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普通の幅を広げていく、社会福祉士のお気楽ラジオ。
この放送は、現役の社会福祉士で、障がい児子育て奮闘中のTadaが、
人と環境の交互作用に着目した発信を通じ、皆さんの中にある普通の幅を広げ、
誰もがお気楽に過ごせる社会になるためのヒントを共有するラジオです。
皆さん、おはようございます。社会福祉士のTadaです。
10月17日、木曜日、今日の放送を始めていきます。よろしくお願いします。
いや、皆さん、タッチの差で逃すってあります?
僕ね、昨日あったのよ。
昨日ね、僕は実は、社会福祉士会の地域ブロックみたいのがあってね、
県の社会福祉士会に所属してるんですけども、その県の中でもブロックごとに分かれてて、地域がね。
そのブロック会の幹事をやってるんですよね。
その幹事会の打ち合わせ、会議があるということで、
夜7時からだったんで、少しね、仕事を早めに切り上げて帰って、
その7時のね、オンライン会だったんでね、オンライン会議に備えたんですよね。
っていうことは、早退してるので、息子とね、会えるわけ。
ちょうどね、家に帰る時間が息子の方で終わる時間とね、昨日同じくらいで、
そう、母から僕がね、家に帰り着く最寄りの駅までね、妻と息子が迎えに来てくれてて、
すごくね、楽しい時間をね、少し過ごせたんですよね。
本当に5時半くらいから7時の会議までの間だったんで、1時間半くらいだったけど、
お風呂にね、一緒に駅から家まで歩いて帰って、
で、その後息子と2人でお風呂に入って、で、夕食をね、サッとだけども食べて、
僕が途中でね、もう19時になるからっていうことで切り上げて、
別れた、家の中ですけど別れたわけなんですけどね。
僕は別の、2階の別の部屋に移動したんですけどね。
うん、まあでも本当にね、貴重な時間でね、いいなというふうに思ったりします。
あの、まあタッチの差で悔しかったことは何かというとね、
息子が寝る時間に会議終わって寝かしつけ間に合うかなってちょっと思ってたんですよ。
まあ大体、地域ブロックの漢字会話1時間くらいっていうふうな認識を持ってたんで、
7時から開始で、まあ8時くらい、8時少し過ぎたとしても
大体最近息子は8時から8時半の間に眠るから、
大丈夫かなというふうに思ってたんですけどね。
まあ今日はね、すごく疲れてたんですよね。
まああの学期始めなんですよ。
うん、うちの息子の通う特別支援学校はね、前期・後期の2学期制なんですけど、
今日から、あ、昨日からね、2学期というかまあ後期が始まったんですよね。
なんでまあ、久しぶりの学校、まあ1週間も経ってないけどね、
まあそれくらいぶりの学校と、まあホーデーとのね、
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もうまあダブルパンチで結構疲れたんでしょうね。
夕方合流した時にはね、もう若干ね、眠くて機嫌悪かったもん。
うん、まあそれでね、やっぱり眠るのも早かったみたいで、
ちょうどね、結構ね、あのブロック漢字会話ね、いい感じに本当に1時間でね、終わったんですよ。
どうもありがとうございましたって言って、
ズームの退室を押して、終わったと思ってさ、
うん、2階の部屋のドアをガラガラって開けたらね、
2階が真っ暗なのよ。
寝てる。
寝てるよ、これ絶対ってね。
寝室に入る前に、もうね、1階のね、リビングとかの、
電気を全部息子消すんですよね。
だからもうそれは寝ますよのルーティンと合図ということで、
はい、妻にね、2階からLINEしました。
さっき寝たって。
めちゃめちゃタッチの差やったなと思ってね、
一緒に寝かしつけしたかったなって思ったりしたというね、
少し悲しい、残念なお話でした。
まあでもね、いつもの平日に比べるとね、
長めに時間過ごせたのかなと思うとね、
それはそれでいい日だったのかなと思ったりもします。
はい、それではね、今日の本題に入りたいと思います。
今日はね、同じような境遇や悩みを持つ人と集まる時に気をつけること。
みたいなね、タイトルでお話をしてみたいと思います。
まあそもそも、同じような境遇や悩みを持つ人って何ですか?
っていう話ですよね。
僕は社会福祉士として支援者側であり、
障害児、障害を持った息子の親として、
いわゆる非支援者側でもあるわけですよ。
まあ両の点からこういった感じでね、
いろんなところに同じような境遇や悩みを持つ人のね、
集まりっていうのがあるわけ。
例えば支援者側の目線としていくと、
アルコール依存症の方をサポートしていたことがありますけども、
そういった人たちには病院であったりとか、
男子会であったりとか、自助グループであったりとかね、
そういったものがあったりします。
依存症系はね、そういったものがあったりするんですけど、
あとは非支援者側としてね、
僕は障害児の親としては親の会であったりとか、
兄弟がいたら兄弟児の会とかね、
僕は違いますけど、そういったものはあったりします。
他にもいわゆる当事者団体と呼ばれるものであったり、
ピアサポートと呼ばれるものであったり、
いろんな呼ばれ方や形があると思いますけど、
いろんなね、境遇や悩みを持った人たちで集まる機会っていうのは、
そこそこにあると思います。
ただ、自分自身がその当事者じゃないと、
そういったものがあるっていう認識がなかったりするので、
実際そんなのあんの?っていうふうに思われるかもしれませんけど、
意外とね、あるんですよ。
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じゃあね、そんな同じような境遇や悩みを持つ人たちで集まって、
何してんすか?ってね、思う人もいるかもしれないんですけど、
これはね、ほんと団体によっていろいろ違うかもしれない。
ミーティングと称して、
例えば同じ悩みを持つことに関する、
それの靴を柔らげたりとか、解決に向かったりするような知識やね、
情報の共有をする機会であったりとか、
ゲストを呼んだりとかしてね、
あとは啓発活動ですよね。
自分たち、そういう悩みや何かしらの境遇を抱えた人たちを知ってほしい。
いわゆるマイノリティなので、
マジョリティの多数派の人たちに知っていただくことによって、
知ってもらうことによって、自分たちの理解を深めてほしいみたいな。
あとはね、そんなにガッツリした感じじゃなくて、
レクリエーション的な感じ?
ほんとにお茶会、座談会みたいな感じで、
当事者として集まって情報交換、
情報交換じゃなくても、ただ話し合うだけ。
やっぱりさっきも言ったようにマイノリティ、少数派なので、
同じ地域にいる人が少なかったりするわけ。
例えば、自分の住んでる町に自分の子供と同学年の子供、
どれくらいいますか?っていうと、
なんとなく分かったりすることあるじゃないですか。
エリアで行ける幼稚園とか保育園とか子供園とかって決まってると思います。
決まってるというか、大体ここら辺だなみたいな。
家の近くか職場の近くとかじゃないですか。
家の近くで選択するなら、こことこことここみたいな感じで。
じゃあこの周りだったら、
ここ近所の何々さんのところは自分のところと同じ学年だから、
そろそろ補活始めるのかなみたいな話をしたりとか、
同じ保育園で出会ったりとか、
じゃあ私あそこに住んでるよみたいな話ができたりとかさ。
なんとなく大きなパイで考えると、同世代の人とかっていうのは分かる。
あとちょっとある程度年をとってくると、
小学校とかになると、自分たちで行動できるわけじゃないですか。
だから自分たちの同じ小学校の人はどこの家にある、
何件先のどことこは1校上の男の子が住んでいるとか、
子供たち自身も分かるわけじゃないですか。
でも例えばうちの子、ダウン症です。
ダウン症の子が僕の住んでいる町にどれぐらいいるのか分からん。
多分おらんのじゃないかなっていうふうに思ったりもします。
ダウン症の子が生まれてくる確率は、
だいたい500分の1から1000分の1っていうふうに言われてるんですけど、
それぐらいの確率なので、
少子高齢化の最中ですよ。
より子供も少ないわけですので、500分の1だったら
町の中にはうちしかいねえかなみたいな感じになるじゃないですか。
そんなわけで出会う可能性が少ないわけ。
だから本当にレクリエーション的に会うだけ、
同じ境遇とか同じ悩みを持つ人で会うだけでも
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全然心の安堵であったりとか、
安らぎ、偏見のない場所みたいなところでの過ごし方が
幸せに感じることもあるわけですよ。
はじめに言ったように、
依存症の持乗家グループとかにしても素晴らしい効果があります。
依存症との付き合いっていうのは、
なんとなくみんな治ったか治らないかみたいな感じで
思ってる人も多いと思うんですけど、
結構1日1日を繰り返すっていうね、
勝負っていうイメージを僕は持ってます。
今日も1日依存物質に手を出さなかった、
乗り越えたっていうのを一生繰り返していく。
それが依存症なのかなっていうふうにも思ったりするんですけど、
持乗グループっていうのはだからこそみんなで啓発し合う。
みんなで頑張ろうって言い合えるっていう大きな効果を持ってるな
っていうふうに僕は思ったりもします。
こんな感じで同じような境遇や悩みを持つ人たちが集まるっていうのは
すごく力強い、力のある、効果が高いものである
っていうふうに僕は考えるんですけども、
しかしながら気をつけなければいけないこともあるなっていうふうにすごく感じます。
それは何かというと、その集まりの中で比べない。
比べることが不幸の始まりとはよく言ったものですけども、
本当にそうだと思います。
他者と比べていいことなんて正直あんまない。
全然ないとは言わないんです。
僕は比較することによって競争力を煽って力を上げていくっていうのは
なしじゃないっていうふうに思ってるタイプです。
例えば勉強であったりとかスポーツであったりとか
自分と近しい力を持ったライバルがいるっていうのは
自分の力を底上げするとてもいい機会だというふうに思ったりもするので
比べるは確実には悪とは思わない。
ただそういう同じような境遇や悩みを持つ人の集まりの中で比べることに関しては
これは悪だと思ってます。
悪種だと思ってますね。
何もいいことないですよね。
例えばうちの子で例に出すとダウン症ですっていうことで
知的障害があったりとか
みんなダウン症の子っていうのはいろんなガペ症を持って生まれてくることが多いですね。
で、その自己障害とかをしていく中で
自分、私の子はこういう病気が生まれつきあります。
こういう障害を持ってます。
今手帳はこんな感じで、手当はこんな感じのものをもらってますみたいな感じのことを説明したとするじゃないですか。
で、じゃあ次の人。
私はうちの子はとてもダウン症を持ってますけども
ガペ症とかは特になく元気に過ごしておりますみたいな感じで
そこで比べない。
どこどこの何々ちゃんはガペ症も何も持ってなくて生まれて
本当によかったねってうちの子はこういうのを持って生まれて
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元気に産んであげられなくて
さらにガペ症まであってごめんみたいな感じで比べると
マジ不幸じゃないですか。
だから、なんか比べるために集まる場所じゃないわけよ。
これがね、長く長くなっていけばいくほど
フレッシュな気持ちがなくなり
人間関係が構築され
なんて言いますか
良くも悪くも慣れ合いのような空気感が作られることがあり
そしてそれが
比較や妬み
そういったものを、そういった感情を呼び起こさせるよう
場所にね、いつしか変わってしまう時があったりするわけ。
これはね、人によったりしますよ。
もちろんね、みんながみんなそうじゃないんですけど
だから、うまくね、その回の運営が
持続的な運営が続かなかったり
一枚岩にならずに大きなね、うねりとならなかったり
っていうことがあったりするっていうのは
現実を起こっていることかなというふうに思ったりもします。
これについての解決策を僕はね、一つ提案したいんですけど
もちろん比べないことを意識するっていうのは
もう大前提で当たり前というふうにして
持っておいてもらえたらと思うんですけどね
もう一つは、適度に距離を保つっていうことです。
なんか、例えばね、自助グループであったりとか
ピアサポートとかに一回参加したら
ずっと参加し続けなくちゃいけないみたいな
変な義務感に駆られない。
近づきすぎた、まんねり化し始めたって思ったら
距離を置くっていうのも一つ大切なことなのかな
というふうに思ったりします。
それがね、もし運営側だとしたら
そうならない、まんねり化しないとか
そういったふうな工夫をして運営していく
っていうのが必要になるのかな
というふうに思ったりもしますね。
こういった感じでね、本当に同じような境遇や
悩みを抱える人たちの集まりっていうのは
すごく強い力を生む可能性を
まだまだ秘めていると思うんですけど
どうにもね、やっぱうまくできてないことも
やっぱりあったりする。チラホラ見たりもするんですけど
やっぱりせっかくある固まり、集まり、個人じゃなくて
小集団、中集団、大集団と大きなうねりになったら
社会を変えていく力がね
可能性があるというふうに思っていますので
僕はね、そういうふうな集まりになっていく
そういった集まりがたくさん増えていくことは
素晴らしいことなんじゃないかなというふうに
思ったりもしました。
そんな感じでね、今日の放送はこの辺で終わりたいと思います。
最後まで聞いてくださりありがとうございました。
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それでは、今日も素敵な一日に
社会福祉士の田田でした。
またおいで