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こんにちは、いわみです。
12月17日の火曜日、いかがお過ごしでしょうか。
いつもの収録環境で録っているんですけど、最近ちょっと音をもうちょっと良くならないかなと。
まだ今何もやってないんですけど、マイクの距離とマイクの音量をちょっと変えてみようかなって思ったんですが、
これね、ずっと慣れたセッティングを変えるとなると、わりと頭を使ったりとか、
比較をするためにちょっとした労力が必要になるので、
でもやっていった方が良いんだけど、徐々に音質を上げていくためにはやっていった方が良いことなんですけど、
思いつきでできる時と、今日はちょっと時間がないので思いつきを喋るだけ喋って、今度やってみようというアンカーポイントみたいに打ってみました。
なぜそれを思ったのかというと、野村孝文さんの配信を聞いたんですけど、
クロニクルというポッドキャストレーベルを立ち上げて、すごい面白い番組をたくさん作っているポッドキャストのプロデューサーですよね、もはや。
それでクロニクルのサポーターになっているんですよ、月額払って。
サポーター特典で裏話みたいな特典の音声が聞けるのが毎週1個配信されていて、それがすごく面白くて聞いているんですよ。
ここ最近の15回、16回くらいは、アシスタントプロデューサーの伊藤さんという方が対談形式で話されて、いろんな話題について。
基本的に音声配信周りのマニアックなことを、でもこれ結構興味がある人にはすごい貴重な話だと思って、
いかに音声配信をどうやって企画するとか、テーマをどうやって決めるとか。
これはプロデューサーという目線なので、演者とか和社をどうやって見つけてくるかとか、選ぶかみたいなそういうところのコツとかを、
野村さんは本当に言語化がすごいんで、本を読んでいるような感じで聞けるんですよね。
そういう話もしてましたけど、書籍編集者であることがポッドキャストプロデューサーにすごく活かされているみたいな話もすごく面白かったんですが、
その中で音質が大事だよって丸々1回使って話している回があって、
ラジオとかポッドキャストで音質が大事ってのは僕も重々わかっていたつもりなんだけど、
それをね、なぜ大事なのかっていうことを結構言語化ちゃんとしていて、
僕は言語ができていなかったポイントがあるんで、それをそのまま真似して喋ってみると、
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これは音質が悪いとリスナーというかユーザーに余計な情報が入ってしまうっていう。
だから脳みその負荷が上がるっていうね、そこを指摘してたんですよね。
つまりノイズとか雑音とか、あと音が悪いとか言うのも、
別に音が良いことで聴き手が心地よくなるっていうんじゃなくて、
音が悪いとマイナスになるからそのマイナスをできるだけゼロにするっていうことですよね。
話に集中させるためには、音は本当は対話で話している生の声により近づけば近づくほど
いいっていうね。だから後ろでエアコンとか扇風機とか回っているザーッと音とか
救急車の音とか入ったりしますけど、そういうのは入ると話している話がいくら面白くて
話が上手でもちょっとその意識が持っていかれるじゃないですか。
だからそれをなるべくやらないようにするっていう。
入っちゃったものはしょうがないかもしれないけど、プロフェッショナルとしてそこをなるべく落としていくっていう。
これは本当にあのですね、野村さんは民放のラジオとかでも結構しゃべっている方なんで、
それをね、結構その方式を取り入れていたりするところとか、
参考になるときもあるし、ちょっとそこまでは僕はできないかなって思うこともなくはないんですけど、
でも基本的には勉強になるなと思って聞いています。
これクロニクルのサポーターね、月額1100円からだったかな。
入ると聞き放題になるんで。
別に特典を聞くためだけっていうよりも、
ポッドキャストの文化を個人というかその会社で盛り上げていこうという会社はすごく応援したいと思っているし、
僕もちょっとそういう仕事を取り入れていきたいなと思っているので、
そういう一環でサポーターになっているんですが、
これ前段の話なつもりだったんですけど、すごく長かったですね。
そうだから音質をどうしたいかっていうのは、
マイクの距離ちょっと離して後で持ち上げる感じでね、
僕は結構今まで自宅収録のハンドマイク方式で、
かなり松山千春ぐらいのマイクの近づけ方をしていた。
これちょっと前に話したことあるんで、今は説明できませんが、
それぐらいの近づけ方をしていたんですが、
ちょっとそれと低音が強すぎるかなっていう気がしたので、
後でボリュームを持ち上げたりとか、
イコライザーで削ったりするのをやってみたらどうなるかなと思ったので、
まだ別に特に変えてないんですけど、
その思いつきを5分ぐらい、もっと喋っちゃいましたが、
本題はサクッと短く話せたらと思います。
今日の本題は自由意志みたいなことについて、
他人の自由な意志を潰す人は、
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自分ではそのことにすごく無自覚なことが多いなっていうことに気づいたみたいな話をしてみたいと思います。
ちょっとどんな切り口で話そうか迷ったんですけど、
自由意志ってね、自発性みたいなことですけど、
僕はこの自発性という言葉を使って、
自分の人生の中でトップ1でもいいんですけど、
重要視している要素でよく考えるんですね。
自発性はどういうことかというのは後で後回しにしても、
自発性が失われている瞬間というのは、
瞬間というか傾向というか、
自分が自発している瞬間というか、
自発性が失われている瞬間というのは、
瞬間というか傾向というか、
失われているなーって気づく時が最近あるんですよ。
そのこと自体はすごくいいことだと思っているというか、
もう一個の観点としては、自分の自発性が失われているところに
敏感であったほうがいいということを思ったんですよ。
この話や敏感であるみたいな話は前にしたことがあるので、
もう一個の要素として、自発性って結構簡単に言うと、
すごいつまらないケチをつけてくる人によって奪われるというか、
縛られちゃうところがあるなと思って、
僕はそれを気づくんですけど、
気づかないまま自分の自由意志を潰しちゃって
そのまま生きている人って結構多いなと思ったという話なんですね。
今回は僕の自由意志じゃなくて、
この人の自由意志は結構周りのつまらない大人によって
潰されちゃっているんじゃないかなという心配になったという話なので、
若干分かりづらいですけど、とにかく話してみますね。
そのまま話すと差し障りがあるかもしれないので、
若干濁らせてしゃべるんですけど、
最近僕がやっている仕事で、
役所関係というか、役所に許可を得る必要があるみたいなことがあるんですよ。
別に許可というのはそんなに大した許可じゃないんだけど、
大きい会社だと一応建前として許可を取ってくれるみたいなことがあるから、
普通に個人でやっているブログとか、記事とかだったら
別にそんなの気にしないと思うことでも、
大きい会社、大企業とかだと後々面倒くさいのか、
コンプライアンス的なことなのか分かりませんが、
とにかく事前に許可を得るということを異様なほど大事にする会社ってあるんですよね。
僕はあんまりそれを知らなかったんですけど、
それは許可の話は別に置いておいて、
役所関係の人と割とやり取りをすることが最近多くて、
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その中で気づいたことの一つなんですね。
何を気づいたかというと、
この人はなんでこんなに窮屈そうなんだろうということなんですけど、
これはあんまり具体的に言うと差し障りがあるというのと、
そんなに僕もメールとかのやり取りだから、
たまに電話で話したりとか、
半分以上僕の想像で喋っているということですけど、
でもやっぱり皆さんも経験というかあると思うんですよ。
役所とか行ったり、何かそういう公的な手続きで
公務員とやり取りする時ってあると思うんですけど、
その中で僕ぐらいに年齢の人で、
公務員に対して面倒くさいなって思ったことがない人って
多分ほとんどいないんじゃないかなって思うんですが、
そんなことないですかね。
僕は今まで人生で何回かあるんですけど、
マインナンバーカードを取るときに、
なんでそこまでこれでいいじゃないかって思うんだけど、
決まりですからっていうことで、
ちょっとやり取りに行ってみました。
アドリブで濁しながら喋るっていうね、
そのトークスキルが自分にはまだないんだなってことが分かってきて、
何を言いたいのかというと、
いろいろ考えながら喋るとだんだん口ごもってくるなっていうね、
だんだん話が明瞭じゃなくなってくるなっていうのを
自分で喋りながら気づいているんですが、
自分で喋りながら気づいているんですが、
若い人がね、役所関係の若い人が、
新しいことを何かやろうとしてるなって、
でもその人を数ヶ月後とか1年後とかに見ると、
すごくね、知事困っちゃってるってことで、
その人の元気がなくなっちゃって、
その人が、なんか全然言ってなくてもね、
何か言い返してくれなかったりとか、
そういうのをやってるんですよ。
1年後とかに見ると、なんかすごくね、縮こまっちゃってというか、
あの時あんなに元気だったのに、もうなんていうか、見る影もないというか。
よく言えばね、こなれてきたというか、大人になったみたいなことではあるんだけど、でもやっぱり
すごくね、僕から見るとなんかつまんない人間になっちゃったなって思う例をね、何回か見たことがあるんですよ。
それでなんでこうなるのかなって思った時に、今まで僕は自分で役所とかの人とね、仕事をしたりしたことがなかった時は、
大体ね、解像度の荒い感じで、こんな風に思ったんですよ。
人間ね、こういう大きな組織にいたら大体ね、こういう堅苦しいことになるんだなっていうぐらいにしか捉えてなかったんですけど、
実際にね、その内情みたいなのをちょっとだけ垣間見る、垣間見ただけでも、
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なんでそのね、大きな組織にいるとこうやってつまんない、人間がつまんなくなるかっていうのが結構ね、リアルに実感できたなっていう気がしたんですよ。
それでそれがなんでなのかっていうと、すごいつまんないことにケチをつけてくる人がいるからっていうことなんですよ。
これね、バカみたいな話っていうか、すごい細かい、ちっちゃいことかもしれないけど、
でも自分でね、それを食らってみると、思いのほか自分がね、想像力みたいなのが萎縮していることに気がついて、
ああこれはまずいなって思ったんですよ。
すごいつまんないことってなんだろうな。
これも濁らして言うと、どこかのね、何かについて記事を書くとするじゃないですか。
ライターとして僕がやるべきことは、なるべくその記事を面白く書いて、読み手が読みやすくするとか、
テーマとタイトルと読みやすさ。僕は結構読みやすさっていうのをかなり意識して書くんですけど、
それでね、だいたいチェックが入るわけですよ。相手から、依頼元から、クライアントから。
それでそのチェックがね、今まで経験したことのないようなチェックを食らうと、最初はちょっと戸惑ったんですけど、
だんだんね、そこの仕事をするのが嫌になってきた自分に発見して、これなんだろうなってずっと考えてたんですけど、
それで発見したのは、本当なところをずっと探してね、突っ込まれないことが第一に仕事をするようになってきちゃったなっていうのをね、
自分で発見したんですよ。この話の本題は僕の話じゃないんで別にいいんですけど、
だから僕がこの仕事をね、今やっているちょっとあれと思った仕事を続けるか続けないかっていうのは、
今日僕が取り上げたい言いたいことは、それを言っているね、つまんないケチをつけている人は、
自分がね、まずいことをしているってことに全然気づいてないっていうか、むしろね、正義感を持ってやってるんだなっていうことをね、
思ったんですよ。その構造のね、矛盾みたいなことに気がついて、それをね、今日伝えたかったんですが、
どういうことかというと、話を単純化するためにクライアントとね、
働く人がいますよね、ライターでもいいですけど、
ライターはね、コンテンツを面白くしたりとか、そのライターからするとやるべきことをね、仕事を全力でやるわけですけど、
そこのフィードバックが本質と全く関係ないところで、向いている方向が違うんですよね。
向いている方向が違うっていうのは、仕事をする方はエンドユーザーというか読者というか、ユーザーに向いていいと思うことをやるわけですけど、
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それでね、それをチェックする人は、一応ユーザーの方向いていると自分では思っているんだろうけど、
多分本人は気づいてないんですけど、でもそりゃ全然ユーザー目線じゃないですよねってことをすごく言ってくるんですよね。
例えばどういうことかっていうのは、本当はこの例えばっていうのを言った方がいいんですけど、
この例えばは僕今出せる持ち手がないというか、言うとちょっと面倒くさいことになりそうなのであえて言わないんですが、
例えば何ですかね、他の人はそんなこと気にしないよっていうことを、万が一気にする人のことをすごく気を使って、
結局ガチガチに固めるとすごく読みにくいね、いらない情報ばっか詰め込まれたコンテンツになってしまうっていうね。
僕自分でその経験をしたときに、こういうコンテンツね、他でいろいろ見てきたなっていうことに気がついたんですよ。
こういうコンテンツっていうのは教科書的にはね、教科書的というか全方位的には正しいんだけど、どこにも向いていないっていうねコンテンツがね、
よく役所関係とかにあるなと思って、具体的に言わないと全然わかんないんです。
僕が今言いたいのは、それをね、僕からしたらケチをつけてくる人は悪いやつなんですよ。悪いやつって言い方が幼稚ですけど。
なんでこんな嫌がらせみたいなケチをつけてくるんだろうと思うけど、その本人はね、全然そんなこと嫌がらせだったなんて夢にも多分思っていないってことがね、わかったんですね。
これはね、わかったっていうか、多分その構造があるなっていうね、メタ認知ができたんですけど、見てる方向が違うっていうことですよね。
僕は一応曲がりなりにもうライターとかね、コンテンツを作る方の人間として、それを読む人のことを気遣ってというか気にして、読みやすさをね、重視するわけですけど。
情報がね、間違っていないことっていうのももちろん大事だけど、その間違って、情報の間違いにもその程度があって、明らかな事実が間違っているのはまずいけど、でもこれぐらいのね、ことだったらね、他の人はそんなに気にしないよなって。
僕は結構そういうの大雑把なところはあるんで、もしかしたら気にすることはある人はいるかもしれないけど、厳密さを求めるね、その精度がね、全然違うんですよね。
本に残るとか、本とか雑誌もそうなのかもしれないけど、そうかもしれないけど、インターネットの記事、ネットの記事ってね、基本的にそんなにちゃんと読まないっていうか、むしろ何が大事かっていうと、ざーっと流し読みして、そこで何を感じるかっていう、そこが大事だと僕は思っているんですけど、
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その時にね、その長ったらしい説明とか、不要な情報っていうのをたくさんね、それはどんどん省いていった方が僕はいいと思うんですけど、それをね、許さない人っていうのはね、世の中にはたくさんいるんですよね。
なんかだんだん愚痴っぽくなってきたんで、この程度にしますが、つまり訂正してくる、その決着をつけてくる方っていうのは、それがね、仕事だと思っていて、その仕事のね、向き合い方が違うってことですね。
この話をずっとしようとしているんですが、なかなか脱線してしまっていますが、つまり僕にとっての仕事っていうのはそのユーザー目線の、読み手目線のものを書くんだけど、大企業というか大きな企業の人の仕事っていうのは、読み手よりもむしろその社内的というか、社内とかその関係者の中で荒をね、荒を見せないっていうか、波を立てないことが、それが仕事になっているなっていうね。
それをね、分かってやっているんだったらまだね、いいんだけど、すみません、ちょっと本当はこんなこと本質的じゃないんだけど、すみませんねっていうね、別に言わなくてもいいんだけど、
そういう態度があるというか、もしくはこの人はそれはね、一応分かっているけど仕方なくやってるんだなっていうのがあると、まあなんとなくね、許せるって言ったら偉そうですけど、納得はいくんですけど、本当にね、気がついていなくて、これこそはね、正義だって思っている人がいるんだっていうね、驚きをね、今日は話してみたかったんですね。
具体的な事実をね、例とかを全く出さずに、抽象的な話ばっかりをしてしまったんで、ほとんどの人には意味が分からなかったと思いますけど、でもなんとなくね、感じとしてつかんでいただければ、僕としては嬉しいなと思うんですが、
でもやっぱり役所とかね、大きな企業に関わらず、こういう仕事ね、とか組織で働いていたりね、何かをしていると、大体ね、その皆さん経験があると思うんですよね。
その全然本質的じゃないところに全力で突っ込んでくる人って、しかもね、それはね、別に間違いはないから、それが否定ができないっていうところは結構きつくて、そうじゃないんだったら、そうじゃないと思いますって言えるんだけど、
でも一応ね、建前としてはそれは間違ってはいないから、そこは逆らえないんだけど、でもそこじゃないんだよなっていうね、暗黙地みたいなところをね、僕はそこを重視して仕事をしている人間からすると、そこへ行ってくるかっていうのはね、あって。
で、そういう人に囲まれていると、そのケチをつけてくる人たちに囲まれていると、だんだんね、楽しくなくなってくるっていうのはもちろんあるんだけど、他のことを仕事をするにしても、もっと大きく言うと、その生活を普段生活したりとか生きていくのにも、細かいことを突っ込んでくる人たちのね、思考みたいなのがちょっと汚染されてくるというか、何て言うんだろう、そこをね、意識の片隅に置いてやるようになって、
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これはいかんなって思って、どうしようかなって今考えてるんですけど、でも別に僕はこれね、実はそんなに悩んでなくて、嫌だったらやめちゃえばいいし、もしくはその気にしないでいくことも多分ね、トレーニングすればこういう人たちを跳ねのけていくこと、僕はできそうだなって今思ってるんですけど、
僕が今、やばいなって思っているのは、その萎縮していることに気が付かずに、そのままね、成長していってしまうというか、大人になってしまう人がいるなってことにね、そこに危機感を覚えたんですよ。
つまりすごいね、例えば大学を卒業して若い人がそういう企業に入って、他の環境を全く知らずに、それで洗礼みたいな感じでそういう細かいツッコミとかね、つまらないケチばっかを食らっていると、あ、社会っていうのはこういうものなんだ、間違ったラーニングをしてしまって、間違った学習をしてしまって、
それでね、そのまま再生産ね、つまらない人間が再生産されていくのが、もしかして今の日本社会の抱える問題じゃないかなって話がでかくなりましたが、そういうことを思いました。
これはね、結構ね、僕の話としては愚痴みたいな話をしましたけど、僕が今捉えようとしているね、皆さんに伝えようとしていることは結構ね、本質的な深刻なね、本質的な問いというか問題提起だなと思っているんですよ。
これをね、なんて言うんだろう、ちゃんと具体的にね、ポイントを絞って分かりやすく喋るっていうのは、すみませんけどちょっとまだ僕のね、トークスキルではできませんでした。
だから本当に周りをぐねぐね駆け回るような喋り方になってしまいましたが、少しでも何か感じ取ってもらえるものがあれば嬉しく思います。
長くなりましたが、今日はこれで終わりにします。ありがとうございました。良い一日を過ごしください。さようなら。