第49回 三好病院救急科で働く。医師を目指したきっかけと救急医の仕事
2026-09-02 24:29

第49回 三好病院救急科で働く。医師を目指したきっかけと救急医の仕事

徳島県立三好病院 救急科の佐藤功志先生をゲストにお迎えします。佐藤先生が医師を志したきっかけや、徳島県内の病院を回った研修医時代、救急科を選んだ背景について伺います。また、重症患者への治療だけでなく、その人の生活や家族、今後の療養まで考える三好病院の救急医療や、ACPを通して患者さんの人生に向き合う佐藤先生の考え方をお聞きします。


▼出演

MC 大野 航佑 (徳島県病院局)

MC 井内 脩介(徳島県病院局)

ゲスト 佐藤 功志 (徳島県立三好病院 救急科 医師)


▼トピック一覧

・三好病院の救急外来で担っている仕事

・高齢化が進む県西部の救急医療

・医師を志したきっかけと学生時代

・救急科を選ぶ決め手になった指導医との出会い

・地域枠を通して三好病院に赴任した経緯

・社会的背景まで考える救急医の役割

・ACPを通して患者さんの人生に向き合うやりがい


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サマリー

本エピソードでは、徳島県立三好病院救急科の佐藤功志医師をゲストに迎え、医師を目指したきっかけや救急医としての仕事について深掘りします。佐藤医師は、地域枠で医師となり、研修医時代に中央病院救急科での経験から救急医の道へ進むことを決意しました。三好病院では、高齢化が進む地域医療の担い手として、重症患者の治療だけでなく、患者の社会的背景や人生設計まで考慮した包括的な医療を提供しています。特に、ACP(人生会議)を通じて患者一人ひとりの人生に深く向き合うことにやりがいを感じていると語ります。

オープニングとゲスト紹介
頼む!来てくれ!!徳島の医師爆増予定ラジオ。
こんにちは、頼む!来てくれ!!徳島の医師爆増予定ラジオパーソナリティーの 徳島県病院局大野幸介です。
同じくパーソナリティーの徳島県病院局 日内修介です。
この番組では、徳島で働く医師や看護師のリアルな声を通じて、
徳島という土地の魅力と、そこで医療に携わることのやりがいを掘り下げていきます。
都市部のように行き着く間もない忙しさとは違い、
仕事とプライベートのバランスを大切にしながら、
自分のペースで成長できる環境が整っているのも、徳島の大きな魅力です。
地域に根差した医療の現場で感じる手応えや、
働く人たちの思いに触れることで、
自分もこんな場所で医療をしてみたいと感じてもらえるきっかけをお届けしていきます。
遊びも仕事もどちらも諦めたくない。
そんなあなたにこそ、ぜひお聞きいただきたい番組です。
それでは本日のゲストをご紹介します。
徳島県立三好病院救急科の佐藤浩二先生です。
本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。佐藤です。
お願いします。
今回は三好病院救急科で働く佐藤先生に、
医師になるまでの歩みや、大学時代研修医時代の経験、
そして救急医としての仕事について伺っていきます。
それでは本編スタートです。
三好病院救急科での仕事内容
まずは現在のお仕事について伺っていきたいと思います。
佐藤先生は普段三好病院の救急科で、
どのようなお仕事をされているのかというところからお聞きしてもよろしいでしょうか。
佐藤 僕は三好病院救急で、いわゆる救急外来というところを担当させてもらっていて、
救急者の応受、あとは障害患者の診察、
あとはちょっと内科だったり、他の整形外科、外科。
普通に一般外来は来たけれども、ちょっと状態悪い、調子が悪そう。
で、いわゆる一般外来では診察が難しい、診療が難しいという方の依頼を受けて、
救急外来の方に来てもらって診察をしています。
ちょっと状態が悪い人というところと、救急者の応受というところがメインの業務になっています。
救急外来って何人ぐらいで回されてるんですか?
救急外来は、基本的に救急医は平日日勤は二人いるようにしていて、
一人が救急担当というと、もう一人が病棟担当という形で二人で回しています。
病棟が忙しくない時とかは救急に応援呼んでという形になっていますね。
その先生ごとに役割みたいなのはあるんですか?もう皆さん同じ仕事ですか?
そうですね。みんな同じ仕事で、救急担当病棟担当は適当に割り振りしていて、
1ヶ月の勤務票の中に割り振っているという形ですね。
佐藤先生は医長という職になっているかと思うんですけども、
他の医院だったりする職の方と違いがあったりとかはされますか?
特になくて、医長っていうそんな大層のものじゃなくて、ただただ年数が一番上ってだけなんで、
僕も令和元年が1年目なんで、8年目になるんですけど、
去年まではもっと僕より上の先生がいたんで、その人が医長してもらってたっていうぐらいなんで、
別に医長っていう肩書きで仕事がどうって、一番長いんで任されることはあるんですけど、
別にそんな威張ってたりとかそういう意味ではないですけど。
佐藤先生の一振りでみんなが動くみたいな、こんな話じゃないですか。
いやいや、気使ってくれてるかもしれないですけど。
そうなんですね。
実際どうなんでしょう?三好病院救急か外来とかの特徴って何かあったりするんですか?
三好病院救急か特徴としては、高齢化率が高いところなんで、
高齢者っていうところでやっぱり重症になりやすいし、やっぱりちょっと弱々しい。
病気だけじゃなくて、その人の社会的背景含めてちょっと脆弱なところがあるっていうところが、
あと県西部医療圏である程度重症度が上がってくると三好病院しかないんで、
他の病院見れないんですよ基本的に。
なんでそういった患者さんが全部運ばれてくるっていうところが一つの特徴になってますね。
これはちょっと僕が単純に疑問なんですけど、
三好病院って県内とか四国の中でも真ん中に位置してる病院じゃないですか。
いろんな県から多分患者さん来ると思うんですよね、四国四県の。
県によって患者さんに特徴とか違いってあったりするんですか?
県によってはないですね。
そのここの人はこんな人が多いとか。
そうですね。三好っていうところが酒どころというか、
お酒が結構三好ギークとかあるじゃないですか。
やっぱりお酒飲みの人がおるはおるっていうのと、
当時からやっぱりタバコの生産地だったじゃないですか。
もうちょっとJT潰れちゃいましたけど、
そこでやっぱりタバコ吸いの大酒飲みというか、
そういう方はいらっしゃるはいらっしゃる。
地域柄が出てるんですね。
地域柄は、やっぱりそういう患者さんは県外からこっちに回ってくるかっていうと、
多分そんなことはあんまりないかなっていう感じですね。
地域ならではって言われるかどうかわかんないですけど、近いからかもしれないですけど。
ありがとうございます。三好病院救急課でどういった役割を担っているのかっていうのがよくわかりました。
医師を目指したきっかけと学生時代
ここからですね、実際にちょっと医師になるまでの歩みについてもお話伺いたいなと思うので、
ご出身とか学生時代のこととか、お話できる範囲で全然構わないんですけど、教えていただいてもよろしいですか。
僕の出身地は徳島市の川内町出身で、そこから中高一科の分離高校に通って、
6年間いて、そこから徳島大学の医学部に入って、徳島大学病院で研修して、
そのまま大学の救急集中治療科に入ったっていう形なんですけど、
そうですね、あんまり深く掘り下げるところはないんですけど、
医師になろう、ドクターになろうと思われたのってどれくらいのあたりなの?きっかけとかってあったんですか?
僕も親が開業してて、高松の方なんですけど開業してて、
親が医者だと、ちっちゃい頃から潜在的に医者になるんかなみたいな、
やっぱその何になる?みたいな、ちっちゃい頃に何になる?って言われたときに、
やっぱそのお医者さんになるって言ったら、みんな喜ぶじゃないですか。
そうですね、子供なりにちょっとそういうのを言うとかね、分かりますもんね。
やっぱそういったところで、医者になる、医者になるって言ってて、なるんかな?みたいなところで、
中学受験もさせてもらったし、そこでふと気づいたら、ビリの方で、
やべえ、僕頑張らないとなってなって、中高でちょっと頑張ったみたいな感じですね。
お父さん、お母さんがお医者さんやけん、医者になったみたいな話もよく聞くんですけど、
そもそも誰にでもなれる職業じゃないと思ってるんで、それでなれるのがすごいですよね。
それで勉強して、お医者さんですって言うのがすごいですよね。
レールは敷かれないと、多分なりづらい職業ではあるんかなと思ってて、
僕はあんまり中高の成績が半分以上だったんですけど、
分離高校どうしても半分で分けられるんですよ。
そういったところがあるんで、半分には入ってたけど、もちろん30番以内とか上一層には全然なれなかったし、
でもやっぱ塾も通わせてもらってたし、やっぱその環境は整えてもらった自覚はあって、
そこでやっぱその、分離高校って中高一科なんで、
高2で全課程が終わるんですよね。
あと1年間は予備校みたいな感じで、自分の足りないところを授業とって受けるみたいな。
科目は決められてるんですけど、この先生のところがいいとか、自分で決めて受けれるんですけど、
その中でやっぱその1年間、高2に受けた模試の点数が悪すぎて、
本当だったら学力的には、進達度的にはもうこの時点で受けないといけないとこまで勉強済んでるんですけど、
めちゃくちゃ成績悪くて、これちょっとやばいなって言って、やっぱその1年間、
自分の模試の成績とかを振り返って頑張ろうって言って頑張った時期はありましたけど。
すごい。ちなみに他に他のこととかされよったんですか?部活とか。
いや特にそういったことはしてなくて、部活は一応将棋部に入ってたんですけど、幽霊部員みたいな感じで、
中学抜けてずっと幽霊部員みたいな感じなんで、あんまり部活動に率先してやったって感じはないですね。
ちなみに大学時代とかは何かされたりとかってあるんですか?
大学は6年間ゴルフやってて。
えーゴルフやってたんですか?
そうなんです。
えーすご。
そんなにすごくはないですけど。
大学からゴルフですか?
なんか量を挑んでスタートできるようなスポーツがいいなと思って。
確かにそうですよね。
あんまりないですもんね、高校でゴルフ部があるところって。
私立の医学部とかだと結構なんか今までゴルフやってましたみたいな経験者の人なんか結構いるみたいなんですけど、
そんなに人はいなくて、そんなにうまくはならんかったですけど。
でも大会に出場したりとかは?
大会は全然僕は大会に、同期の子に経験者の子とかももっとうまいやつはいっぱいいたんで、僕は大会には出場してないんですけど。
そうですね、もうおじさんゴルフでちょこちょこと楽しんでて。
徳島の方がうまかったらどこのコースがいいとかってあるんですか?おすすめ。
えーでも僕はサンピアとかが結構好き。近いし。
サンピアってどのあたりでしたっけ?
サンピアはね、白鷺まではいかん。イルローザの森とか。
あー神山とか神八幡とかあっちの方。
そっちの方ですね。
あーはいはいはい。
すごい綺麗なんですよ。すごいコースも優しいし。
ジークラーシックとかね、すごいいいゴルフ場ですけど。
イメージありますね。
やっぱちょっと遠いし。
確かに徳島大学からだったらちょっと距離ありますね。
そうですね。
なかなか車持ってないと厳しいですよね。
そうですね。
ありがとうございます。すみません。ちょっとなんかいろいろ聞いちゃって面白いけど。
研修医時代の経験と救急科選択の理由
ついて、研修医時代の話もちょっと伺っていきたいなと思うんですけども。
初期臨床研修医の時代について印象に残っていることとかって何かエピソードありますか?
印象に残っていることは、やっぱり僕、メディカルゾーンプログラムって言って、
割と最近僕らが研修医の時に、僕が2代目みたいな、そのプログラムの2期生みたいな感じだったんですけど、
それに入れてもらって、県内の病院いろいろ回れるみたいなプログラムだったんですよ。
本当だったら1年間どっかの病院、1年間徳島大学病院みたいな感じで、
多くって2つ3つぐらいの病院しか回れないっていうプログラムが多いんですけど、
そのメディカルゾーンはもう自分でこの病院のここの側回りたいって言ったらそこに研修出してくれてっていう、
一応僕の裁量権がすごく多いようなプログラムで、いろいろお話も聞いてもらったしっていうプログラムに入らせてもらって、
大学3ヶ月、4ヶ月ぐらい回った後に中央病院の救急科回って、そこの影響を結構強く受けて、
ここいいなっていうところで、半年いかないぐらいですかね、5ヶ月とか。
そのぐらいは中央病院の救急科に置いてもらったっていうところがスタートですかね。
徳島大学の研修プログラムの中で中央病院の方で研修させてもらったっていう感じですね。
その時にやった救急科の研修が今の救急科で働くという感じですね。
そこが一番大きいですね。
どういったところが自分に合って、こういう道に行きたいなって思ったきっかけになったんですか、救急科で。
やっぱもう人かな。人が一番大きいですね。
その中央病院で勤務されている先生が。
川下先生もそうですし、やっぱその下にいる森先生だったり、あと僕の上司の中野先生っていう先生だったりとかがたまたまその時期にいて、いろいろ教えてもらって。
重症のインパクト、研修1年目でいろいろと見ましたけど、どん引きしましたね。
そうですよね。もうちょっと今パッと見ろって言ってたら見えないような気がする。
そうですよね。
大変な子供がいっぱいあるんかなっていうのは素人ながらの想像ではあるんですけど、三好病院に来た経緯みたいなところっていうのはどういう流れになるんですか。
三好病院は僕地域枠で入学してるんで3年間義務年限があって、中で救急集中治療部、医局の方で3年間代々先輩含め派遣してきてて、その流れで僕もちょうど3年目なんですけど派遣させてもらったっていう感じですね。
三好病院に来られて今3年目ですね。
3年目に入ったとこですね。
これは救急課で3年おられるんですか。
救急課で3年目です。
三好病院への赴任経緯
そうなんですね。わかりました。ありがとうございます。最後に救急の話出てきたんで救急医のお仕事についてももうちょっと伺っていきたいなと思うんですけど、救急医というと救急搬送された患者さんへの対応を先もおっしゃっていただいたようなことをお話し聞く前からなんとなく浮かんでたところはあるんですけど、
救急医としての役割と大切にしていること
三好病院の救急課でどんな役割があってどんなことを大切にしながら患者さんと向き合っているのかっていうところを教えていただけたらなと思うんですが。
もちろん救急課としての普通の診療その重症患者さんをいわゆる安定した状態に持っていくっていうのは一つ仕様ところ大事にしているところなんですけど、それだけじゃなくてその人の社会的背景を含めて情報収集して次につなげる治療につなげる今後の療養先につなげるっていうところは大事にしているところですね。
そこをしないとやっぱり根本的な問題がそこにある時が多々あるんで、そこを解決しないとまた運ばれてくるよねっていうことがよくある。
根本治療、根本から良くするっていうところを大事にしてますね。
それは患者さんといろいろ話をしながらとかってことですか?
そうですね。患者さんと話すこともありますし、やっぱりどうしても認知症だったりとかで、そういった難しい話が本人は難しいっていう時は家族さん含め施設の方だったりとか取れるところから情報は取るっていう形ですね。
それって本当に対応力とかその時その時の判断力みたいなのが問われそうですね。そういう力がやっぱり必要だったりするんですか?
そうですね。僕もここで三好病院に来て身につけたところではあるかなっていう感じですね。そこを身につけないと何も解決しないことが多かったんで。
なるほど、自然とやられる。
必要に迫られて、僕らもそこに力が必要だったっていう。
でもこういう能力があれば、たとえもしあれでも仮に三好病院から他の病院に移られたとしても十分やっていける力になりますよね。
特にそのいわゆるACPみたいなところ、人生会議とかって政府もしてますけど、そこのところは四学会合同ガイドラインっていうところで人生の最終段階の治療差し控えとかについてのガイドラインも新しく出て、まだパブリックコメントを募集中が終わったところなんですけど。
トピックスはトピックスなんですよね。今後の日本には必要だし、その高齢者医療は高齢化率トップなんで最前線走ってるところではあるかなっていうところですね。
結構三好病院に来ることによってそういったところを身につけていけるっていうのはそこはあります。
身につけざるを得ない。
なるほど。
そうですね。
そこはやっぱり身につくところってなるんですね。
分かりました。
その患者さん一人一人の社会的な背景を見ていくっていうのにあたって、佐藤先生がどういうふうに、なんて言うんですかね。
どんな工夫とか温暖をして背景を引き出していくとか、そこら辺の手法みたいなのってあったりします?
一応この本っていう本があって、マニュアル本というかこういったテクニックの本みたいなのがちょうど僕が聞いたぐらいに発売されて、僕はもうその信者になって。
あなたのACPはなぜうまくいかないのかっていう中川先生が書いてる本なんですけど、僕この本読むまでは僕がいろいろ話しても患者さんだったり家族さんみたいな顔されるんですよね。
僕もふんってなってるんですよ。
なんで伝わらないのかなって。
僕が提案する治療方針自体はね、病気の治療自体は別にこれやろうって妥当なところを提案してるんですけど、
やっぱその後のもしも悪くなったときどうするかみたいな話になったときに、自分自身も説明してて納得いかない部分も結構あって、
ほら納得してない奴が説明してるから家族さんだったり本人もうんってなるのは当然やし、ちょっと気まずい雰囲気が流れるのは当然なんですけど、
こういう風に話したらいいよ、こういう風に方針決めたらいいよっていうのを実践に即してどういう風に話すか、どういうフレーズで話すかっていうところを紹介してくれてるんで、
これを読むとどういう風に聞き出すかみたいなところは学ぶことができたなっていう風に思いますね。
なるほど。これから救急を目指す学生さんとか研修院の方とかもそうですけど、その本を読んだらまずは。
そう、この本の通りになったらいけると思うんですけど、簡単に言うと死に近い話っていうか、悪なったらどうするかみたいな話って誰も考えたくないし、誰も話したくない内容。
いわゆる本にも紹介されてるように、あなた初対面であなた年収いくらですかみたいな、直近いくらですかみたいな結構ナイブな、仲良くなってから話すような、仲良くても話すような内容を今初めましての先生と家族さんに聞かれるっていう。これはまあ気まずいよなっていう。
そう、そうですね。そう考えると確かに気まずい話ですよね。
なんでやっぱりもうちょっと話しやすい内容を話して、場を盛り上げてから、でもねって今後悪くなるかもしれないけどっていう風な話し方をするっていうのが大筋なんですけど、すごいこのテクニックは使いやすいなっていう風には思いますね。
わかりました。
ちょっと最後に書籍名なんですけども、米国緩和ケア専門医が教えるあなたのACPはなぜうまくいかないのか。中川俊一先生の本ではお間違いないですかね。
はい、あってます。
ありがとうございます。あとそうです先生、そうしたら救急医をこれから目指される方とかでやりがいとかっていうのが知りたいんかなと思うんですけど、先生が思うやりがいみたいなとこって何かあったりします?
やりがいはそうですね、どこかな。でもやっぱりどうしてもこのアドバンスドケアプランニング、ACPをやるとその人の生活まで入っていかないと、生活の背景だったりこの人の生きがいなんなんか、趣味なんなんか。
家族がどうで、孫がいて、その人たちと過ごすことを幸せに感じててみたいな、この人の人生に深く入り込んできてから治療方針を決めることになるんで、このACPをしてると。
そこを聴取からして、救急始めましてあって入院に上がっていくわけなんですけど、入院の始めましてから退院するまで、そこの社会的背景全部聞いた上で治療していくんで。
まあそれが不幸にもやっぱり最後の時になってしまったとしても、家族さんとの関係性は結構できてるしっていうところで、それは一人の人の人生の終わりになるかもわからんところを携わってもらうっていうのは、これやりだしてからやりがいにはなってますね。
本当に最後の時とかって、なかなかそこまでしっかりと患者さん一人で携わっていただけるっていうところが本当にやりがいというか、
そうですね、結構感謝もされますね。
そうですね、そういうところにもやりがいってあるのかなって。
そんなところまで聞くんやって感じの雰囲気出されますね。
ありがとうございます。三好病院の救急医が目の前の病気や怪我に対応するだけでなくて、その後の医療や生活までしっかり考えられてされてるっていうことがよくわかりました。ありがとうございます。佐藤先生本日はありがとうございました。
書籍紹介と救急医のやりがい
佐藤 ありがとうございました。
エンディングと次回予告
今回は先生が医師を志したきっかけだったりとか、三好病院救急科での役割、救急医としてのお仕事について伺いました。
次回も佐藤先生にまたお越しいただこうと思っております。
次回は三好病院救急科の職場環境や県西部の救急医療を支える中でのやりがい、そして若手医師や研修医が成長できる環境について伺っていこうと思います。
最後にお知らせです。徳島県では医師・看護師など医療従事者がまだまだ足りていません。
移住して常勤で働くのはもちろん、週1日の非常勤や短期の応援といった関わり方でも大歓迎です。
少し興味がある、まずは話を聞いてみたいという方は、番組概要欄の問い合わせ先までお気軽にご連絡ください。
あなたの経験とスキルを徳島の医療現場で活かしてみませんか。
皆様からのご連絡をお待ちしています。
番組の感想や質問は、ハッシュタグ徳島医師爆増ラジオでSNSに投稿していただくか、番組の概要欄にあるメッセージホームからお送りください。
皆さんからの声をお待ちしています。
それでは次回のエピソードでお会いしましょう。
お相手は大野耕介と
井内修介でした。
さようなら。
さようなら。
24:29

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