頼む!来てくれ、徳島の医師爆増予定ラジオ。
こんにちは、頼む!来てくれ、徳島の医師爆増予定ラジオ、パーソナリティ徳島県病院局の大野耕介です。
同じくパーソナリティ徳島県病院局の井内周介です。
この番組では、徳島で働く医療者のリアルな声を通じて、徳島という土地の魅力と、そこで医療に携わることのやりがいを掘り下げていきます。
地域に根差した医療の現場で感じる手応えや、働く人たちの思いに触れることで、自分もこんな場所で医療をしてみたいと感じてもらえるきっかけをお届けしていきます。
都市部にこだわらず、自分らしい働き方や暮らし方を考えたい、そんな方にこそぜひお聞きいただきたい番組です。
それでは本日のゲストをご紹介します。
徳島県立中央病院、消化器内科部長、そして臨床研修管理委員会委員長を務めていらっしゃいます。
尾谷俊博先生です。本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
尾谷先生は、人との縁を大切にしながら、医師としてのキャリアを築いてこられ、現在は徳島県立中央病院で診療に当たりながら、
臨床研修管理委員会委員長として若手医師の育成にも関わっておられます。
今回はそんな尾谷先生に、これまでの歩みや若手医師への向き合い方、そして徳島での働き方や暮らし方について伺っていきます。
それでは本編スタートです。
それではここから尾谷先生のこれまでの歩みについて伺っていきたいと思います。
まずはですね、医師を目指すことになったきっかけから教えていただいてもよろしいですか。
はい。僕はですね、和歌山県出身なんですけども、生まれたのはですね、実はですね、和歌山県の一番最南端ですね、串本町っていうところの町立串本病院っていうところで生まれたんです。
で、両親がそこでですね、父親が教員でそこの、多分その時は中学校におったんですけども、
その時にですね、よく港で釣りをするですね、医者を見ていたらしくて。
そこからですね、何か僕は小学校の時にですね、お医者さんは良さそうだぞという話を聞いてですね、それがちょっとこうインプットされて、なんだか流れの中で医者を目指すという形になった。
そういった感じで、父からのアドバイスというか、そういう質問があったような気がします。
それその実際に釣りに来られてた方とお話。
いや全く分からないですね。
お父さんがその方と話してて。
多分父も釣りに行っていて。
あ、なるほど。そこでちょっと仲良くなって。
そうですね。
で、お医者さんってことが分かって。
だということが分かって。
お医者さんっていう仕事はいいんだぞ。
そうですね。
釣り人の方とかにはなんかちょっと憧れたりはなかったんですか、特に漁師さんとか。
僕は釣りは実は苦手でして。
そうですね。
退屈してしまうというか。
実際釣りしてる人に聞くと、釣れるかどうか、実は一生懸命頑張って空腹してるらしいんですけど。
僕は行くと何もしない状態で、このままおるんはちょっと退屈でハマりませんでした。
若山もそうですけど、徳島も負けず結構釣りとか有名ですけど、スポットとか。
特には行かれたりはしないんですか。
釣りはその後、あまり。
ありがとうございます。
幼い頃に医者を目指そうと思って、学生時代とかってどんなふうに勉強とか目標を立ててやられたんですか。
そうですね。
小学校の時にそれを思って、中学校の時にブラスバンドに入っていて、クラブですね。
そこで先輩が、1年上の先輩が、その時若山にできた中学高校の一貫高校に受験したという話を聞いて、
それではそうしたら、僕も受けてみようかなということで受けて入ってですね。
するとその中の環境としては、やっぱり医学部を目指す人が多い中高だったというところもあって、
結局世間知らずなんですけども、他の仕事についてはあまり情報を得ず、そのまま医学部を目指したという形でした。
徳島に実際に来られたタイミングはどのタイミングでしたか?
小林 大学からですね。
大学生の時に徳島の大学に来られて、それが徳島来るのは初めてだったんですか?
小林 そうですね。初めてですね。
なぜ徳島の大学とか聞いてもいいですか?
小林 徳島の大学はですね、受験科目ですね。
受験科目とその頃は共通一致というのがあったんですけども、それの拝点とかいろいろありまして。
自分の得意な科目のそこの大学がやってる受験の仕組みみたいなので、一番良かったところが徳島大学。
小林 そうですね。徳島大学。和歌山も近いのもありますし。
そうですね。確かに和歌山から近いですよね。それで徳島に初めて来られてと。
小林 そうですね。
で、就職も特には和歌山に戻るとかも考えつつですか?
小林 そうですね。和歌山。最初に和歌山に戻ろうかなと思って。
一応ですね、和歌山の方の病院見学というかね、そういうのにするときに、和歌山の健康診断。
何かね、その提出書類に健康診断を受けなきゃいけなくて。
和歌山で海行医さんのところで検診をしたときに、お勧めしないって。海行医さんに和歌山県立医大学、そのときはちょっとね、いろいろあったらしくて。
それならば徳島の方がいいんじゃないかというアドバイスもあって、そのまま残るという形ですかね。
もちろんここに残ったのは一番仲の良かった同級生、もちろん徳島大学の同級生がたくさん入るっていうこともあって、
友達と話をして、消化器内科がいいんじゃないかっていう話になってですね、やっぱり人のつながりがね、やっぱり大事で。
同級の中ですごく魅力的な同級が同じところに入るということで消化器内科を選んだっていうところですね。
導かれるように徳島の暮らしに一直線に進んでらっしゃる形でいらっしゃいますね。
特に何か抵抗することはなくですね、皆さんのアドバイスとかですね、流れに沿って生きてくると県中に今のところにつながったというか、ご縁があったということで。
分かりました。ありがとうございます。
ここから少しプライベートなお話もさらに踏み込んでいこうかなと思うんですけど、
事前にいろいろお話を聞いていたところ、尾間先生は日々の生活の中でも無理なく体を動かすように、健康のためにもいろいろ気遣って動かされているということなんですけど、その辺にお話を伺ってもよろしいですか。
そうですね、元々運動をずっと続けていた運動があるわけではないんですけども、
やはり健康診断とかを受けていると脂肪感だったりとか、いろいろ項目が上がってきてですね、ちょっと体を動かさないといけないということで、
大震災がありましたよね、東日本の大震災。
その前あたりは病院に来るのに、朝自宅から走ってきて、病院でちょっと着替えて診療して、終わったら走って帰るっていうのを2年か3年ぐらい続けていたんですね。
すごいですね。
今続けているのは自宅でですね、ぶら下がり健康期にぶら下がったりとか、あと階段をなるべく利用するとか、そういったところになってます。
何か続けてくるものがあったらよかったんですけども、そういうのは今のところないんですけども、ただ健康に気をつけてということでしてるんです。
ぶら下がり健康期ってどこに効果があるんですか?
走るとかは結構イメージは湧くんですよ、全身を使って運動してるなっていうのは。
基本ぶら下がってるんですけど、ちょっと数回以降は懸垂というか、上半身ですね、上半身の方をなるべくちょっと動かしてみてですね、
今、実は診療の関係でですね、実は僕はエコーを使う検査とか処置をしてるんです。
そうするとですね、エコーのプローブって言うんですけども、押し当てる器具が出てまして、これ結構長いこと押し当てていなくちゃいけなくて、
握力ですね、握力が実は結構重要で、きっちり押していないと。
なるほど、なるほど。
そうですね、病変を病出するにあたっても、戦死して小腹というんですけども、焼き付けするにあたっても、
やっぱり腕力というかですね、手の力が結構重要になってくるので、それも考えてぶら下がっているというのもあります。
なるほど、やっぱりそういう部分では握力がいるところだったりとか、結構体力がいる部分もあるから、そういうところもやっぱり気にかけて鍛えられてたりするんですね。
そうですね、強い力じゃないんですけど、ずっと押し当てているというのが持久力であるので。
ぶら下がり続けるという。
すごいですね、先生忍耐力がやっぱりすごいんですね。
2年間毎朝走って来られてるんですか?
もちろん雨降ったりとか、そんなときは夜まで来てますけども。
それはそうですね、けど距離どれくらい?
距離もそんなに長距離ではないんです。
僕は富田中学校の辺りに住んでいるので。
県外のリスナーさんはちょっとわからないですけど、手伝いの人だったら富田中学校から千代病院までって考えたら結構の距離あるってわかりますよね。
そうですね、車で行こうって徳島県民だったら。
なりますよね。
なります。
3キロ前後ですかね。
わかります。
日本憲法とかもされてたのか聞いたんですけども。
実は小学校の時の高学年の時は剣道の。
剣道も大学に行ったんですね。
中学校に入っても剣道部には入ったんですけども。
ちょっと通学がバスと電車を乗り継いで結構かかっていて。
帰るともう7時過ぎになって。
中学生にはちょっとしんどいって。
そこで辞めてしまって。
高校も運動部は禁止の時代でその頃は運動部高校に入ったら禁止ですって言われていて。
そこでなくて。
大学に入ってどうしようかって言った時に同級生で。
実は防衛大学に入ったんだけども途中で辞めて医学部に入り直したっていう人が身近にいて。
その人がやっぱり防衛大学いろいろしてますからね。
逮捕術とかいろんなことをしてて。
その中で日本剣法っていうのも習ったのか知ってたのか知らないですけども。
徳島は結構日本剣法っていうのはその頃は有名というかしっかりあって。
大学に日本剣法部っていうのがあったんです。
大学にも部活としてあったんですね。
そこに誘われて入ってしばらくしてました。
ただずっとすごく柔術とかそういうことをしてたわけではないので。
剣道の防具ですね。
剣道の防具みたいなのをつけるんですよね。
手はいわゆるボクシングの裏側をつけて。
何をしてもいいっていう不思議な感じでするんですけども。
やっぱり殴られるとフワッとすることもあって。
それは途中でこのままではパンチドランカーにやるということでやめています。
だからその後はそういったハードなのはしてないんですけども。
分かりました。ありがとうございます。
そしたらですね、最後に徳島で働くこととか暮らすことっていうところについて伺っていきたいと思うんですけども。
香山県ご出身の尾村先生から見て、徳島にはどんな魅力があると思います。
そうですね。実際徳島に大学から来てみてですね、すごくみんな優しいというかですね、面倒見の良い人が多いなっていうと。
すごく暮らしやすいですね。徳島自身が暮らしやすくて、何でしょうかね。
来た時によく聞いたんですけども、いわゆる都会におるですね、親子さんがですね、徳島であれば、いろいろ誘惑するものも少なくて。
学生として送り出すにあたってね、徳島であればいいよと箱入り娘でもですね、出してくれるっていうような話も聞いたことがあります。
だから徳島自体そうですね、すごく恵まれた環境というかですね、いい環境かなと来てみて感じてですね、残ってもいいかなっていうのももちろんそういった中で。
ずっと6年間ですね、大学の中で感じた徳島の人柄とか土地の環境とかで、すごくいいところだなと。
気候もそうですしね、気候も温かくてね、いいですしね。野山もあって、海もすごく近くにあって、川もね、ラフティングができるような川もありますし、すごく恵まれた土地かなという印象があります。
ありがとうございます。あと医療面とかではどんな感じですかね、徳島の魅力というか。
そうですね、徳島はですね、やっぱり昔から医学部というのがあってですね、徳島大学、歴史もある上に医学部も歴史があって、すごくOBがたくさんいるっていうところと、
大学自体も先端のことを取り入れようとしてですね、いろんな先生方ですね、他の地域の大学の先生方もどんどん招いてですね、徳島大学の特徴としては、いわゆる垣根が、その多大学とかですね、多府県とか、そういったところの人を受けることについての垣根が低いところなのかなと思っていて、
だからすごく先端の先生方、教授の方とかも来てくださいますし、先端の勉強もできると思っています。
世界に発信できるような研究もですね、こちらでできるのではないかと思っていて、いわゆるわざわざ都会に行ってということをしなくても十分自分の力を発揮できるような環境が徳島にはあるのではないかと思っています。
なるほど。医療の技術のレベルっていうのに関しては、特に都市と比べても全然遜色ないし、何なら暮らしやすさ進んで、こっちで実際に医療にそういうのに携わりたいというのだったら、こっちの方が物価とかも安いし、積み合わせ環境も暖かいし、集中して取り組める環境ではあるんですかね。
そうですね、そうだと思っています。大勢非常にお勧めなところだと思っていて、いろいろITも発達していますし、特にわざわざ都会に行ってですね、例えば研修するにあたっては、たくさんの研修医がいてというところで埋もれてしまうよりは、
徳島でですね、しっかりとうちの病院、特に救急医療もそうですし、承認医科医療もそうですし、すごくセンターのことを取り入れたりとかですね、症例数もたくさん軽減できるような環境をキープできているので、
わざわざ出て行って、それよりは徳島で頑張っていただく方が得るものが多いんじゃないかなというのは日々ちょっと思っております。
分かりました。ありがとうございます。今までの尾間先生のお話を伺ってですね、徳島での医師としての働き方は単に勤務地の選択というだけでなくて、自分がどう生きていきたいか、生活したいかというのにもつながっているように感じました。
実際に徳島での働き方とか暮らし方のイメージも先生のお話から想像できるようになりますね。
尾間先生、ありがとうございました。
ありがとうございました。