第42回 若手に寄り添う研修委員長が語る、徳島で見つけた理想の医師ライフ
2026-06-24 25:48

第42回 若手に寄り添う研修委員長が語る、徳島で見つけた理想の医師ライフ

徳島県立中央病院の面家敏宏先生をゲストにお迎えし、医師としての歩みと、若手医師の育成に関わる立場からのお話を伺います。進学や進路の選択、徳島に残ることになった背景、日々の健康管理の工夫など、働き方や暮らしの視点も交えながら、中央病院で研修を支える仕組みと、現場で大切にしている考え方を伺います。


▼出演

MC 大野 航佑(徳島県病院局)

MC 井内 脩介(徳島県病院局)

ゲスト 面家 敏宏 (徳島県立中央病院 消化器内科 部長 / 臨床研修管理委員会委員長)


▼トピック一覧

• 医師を目指した原点、幼少期の記憶と進路の選択

• 中高一貫校での環境と医学部受験、徳島大学を選んだ理由

• 日々の健康管理のための続けやすい運動の工夫、仕事に結びつく体力づくり

• 臨床研修管理委員会の役割、研修医を支える「お世話係」の具体像

• 研修医への向き合い方、不安やつまずきに寄り添うために意識していること

• 徳島で働き暮らす魅力(人柄、環境、暮らしやすさ)

• 徳島の医療と教育環境(学びの機会、症例経験、成長の土台)


▼番組へのメッセージ

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サマリー

徳島県立中央病院の面家敏宏医師は、幼少期の経験から医師を目指し、徳島大学医学部へ進学。卒業後は徳島に残り、消化器内科医として診療に従事する傍ら、臨床研修管理委員長として若手医師の育成に尽力している。自身の経験から研修医に寄り添う姿勢を大切にし、健康管理のために無理なく続けられる運動を取り入れている。徳島の暮らしやすさや医療・教育環境の魅力を語り、若手医師に徳島での活躍を呼びかけた。

医師を目指した原点と徳島への道のり
頼む!来てくれ、徳島の医師爆増予定ラジオ。
こんにちは、頼む!来てくれ、徳島の医師爆増予定ラジオ、パーソナリティ徳島県病院局の大野耕介です。
同じくパーソナリティ徳島県病院局の井内周介です。
この番組では、徳島で働く医療者のリアルな声を通じて、徳島という土地の魅力と、そこで医療に携わることのやりがいを掘り下げていきます。
地域に根差した医療の現場で感じる手応えや、働く人たちの思いに触れることで、自分もこんな場所で医療をしてみたいと感じてもらえるきっかけをお届けしていきます。
都市部にこだわらず、自分らしい働き方や暮らし方を考えたい、そんな方にこそぜひお聞きいただきたい番組です。
それでは本日のゲストをご紹介します。
徳島県立中央病院、消化器内科部長、そして臨床研修管理委員会委員長を務めていらっしゃいます。
尾谷俊博先生です。本日はよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
尾谷先生は、人との縁を大切にしながら、医師としてのキャリアを築いてこられ、現在は徳島県立中央病院で診療に当たりながら、
臨床研修管理委員会委員長として若手医師の育成にも関わっておられます。
今回はそんな尾谷先生に、これまでの歩みや若手医師への向き合い方、そして徳島での働き方や暮らし方について伺っていきます。
それでは本編スタートです。
それではここから尾谷先生のこれまでの歩みについて伺っていきたいと思います。
まずはですね、医師を目指すことになったきっかけから教えていただいてもよろしいですか。
はい。僕はですね、和歌山県出身なんですけども、生まれたのはですね、実はですね、和歌山県の一番最南端ですね、串本町っていうところの町立串本病院っていうところで生まれたんです。
で、両親がそこでですね、父親が教員でそこの、多分その時は中学校におったんですけども、
その時にですね、よく港で釣りをするですね、医者を見ていたらしくて。
そこからですね、何か僕は小学校の時にですね、お医者さんは良さそうだぞという話を聞いてですね、それがちょっとこうインプットされて、なんだか流れの中で医者を目指すという形になった。
そういった感じで、父からのアドバイスというか、そういう質問があったような気がします。
それその実際に釣りに来られてた方とお話。
いや全く分からないですね。
お父さんがその方と話してて。
多分父も釣りに行っていて。
あ、なるほど。そこでちょっと仲良くなって。
そうですね。
で、お医者さんってことが分かって。
だということが分かって。
お医者さんっていう仕事はいいんだぞ。
そうですね。
釣り人の方とかにはなんかちょっと憧れたりはなかったんですか、特に漁師さんとか。
僕は釣りは実は苦手でして。
そうですね。
退屈してしまうというか。
実際釣りしてる人に聞くと、釣れるかどうか、実は一生懸命頑張って空腹してるらしいんですけど。
僕は行くと何もしない状態で、このままおるんはちょっと退屈でハマりませんでした。
若山もそうですけど、徳島も負けず結構釣りとか有名ですけど、スポットとか。
特には行かれたりはしないんですか。
釣りはその後、あまり。
ありがとうございます。
幼い頃に医者を目指そうと思って、学生時代とかってどんなふうに勉強とか目標を立ててやられたんですか。
そうですね。
小学校の時にそれを思って、中学校の時にブラスバンドに入っていて、クラブですね。
そこで先輩が、1年上の先輩が、その時若山にできた中学高校の一貫高校に受験したという話を聞いて、
それではそうしたら、僕も受けてみようかなということで受けて入ってですね。
するとその中の環境としては、やっぱり医学部を目指す人が多い中高だったというところもあって、
結局世間知らずなんですけども、他の仕事についてはあまり情報を得ず、そのまま医学部を目指したという形でした。
徳島に実際に来られたタイミングはどのタイミングでしたか?
小林 大学からですね。
大学生の時に徳島の大学に来られて、それが徳島来るのは初めてだったんですか?
小林 そうですね。初めてですね。
なぜ徳島の大学とか聞いてもいいですか?
小林 徳島の大学はですね、受験科目ですね。
受験科目とその頃は共通一致というのがあったんですけども、それの拝点とかいろいろありまして。
自分の得意な科目のそこの大学がやってる受験の仕組みみたいなので、一番良かったところが徳島大学。
小林 そうですね。徳島大学。和歌山も近いのもありますし。
そうですね。確かに和歌山から近いですよね。それで徳島に初めて来られてと。
小林 そうですね。
で、就職も特には和歌山に戻るとかも考えつつですか?
小林 そうですね。和歌山。最初に和歌山に戻ろうかなと思って。
一応ですね、和歌山の方の病院見学というかね、そういうのにするときに、和歌山の健康診断。
何かね、その提出書類に健康診断を受けなきゃいけなくて。
和歌山で海行医さんのところで検診をしたときに、お勧めしないって。海行医さんに和歌山県立医大学、そのときはちょっとね、いろいろあったらしくて。
それならば徳島の方がいいんじゃないかというアドバイスもあって、そのまま残るという形ですかね。
もちろんここに残ったのは一番仲の良かった同級生、もちろん徳島大学の同級生がたくさん入るっていうこともあって、
友達と話をして、消化器内科がいいんじゃないかっていう話になってですね、やっぱり人のつながりがね、やっぱり大事で。
同級の中ですごく魅力的な同級が同じところに入るということで消化器内科を選んだっていうところですね。
導かれるように徳島の暮らしに一直線に進んでらっしゃる形でいらっしゃいますね。
特に何か抵抗することはなくですね、皆さんのアドバイスとかですね、流れに沿って生きてくると県中に今のところにつながったというか、ご縁があったということで。
分かりました。ありがとうございます。
健康管理と体力づくりの工夫
ここから少しプライベートなお話もさらに踏み込んでいこうかなと思うんですけど、
事前にいろいろお話を聞いていたところ、尾間先生は日々の生活の中でも無理なく体を動かすように、健康のためにもいろいろ気遣って動かされているということなんですけど、その辺にお話を伺ってもよろしいですか。
そうですね、元々運動をずっと続けていた運動があるわけではないんですけども、
やはり健康診断とかを受けていると脂肪感だったりとか、いろいろ項目が上がってきてですね、ちょっと体を動かさないといけないということで、
大震災がありましたよね、東日本の大震災。
その前あたりは病院に来るのに、朝自宅から走ってきて、病院でちょっと着替えて診療して、終わったら走って帰るっていうのを2年か3年ぐらい続けていたんですね。
すごいですね。
今続けているのは自宅でですね、ぶら下がり健康期にぶら下がったりとか、あと階段をなるべく利用するとか、そういったところになってます。
何か続けてくるものがあったらよかったんですけども、そういうのは今のところないんですけども、ただ健康に気をつけてということでしてるんです。
ぶら下がり健康期ってどこに効果があるんですか?
走るとかは結構イメージは湧くんですよ、全身を使って運動してるなっていうのは。
基本ぶら下がってるんですけど、ちょっと数回以降は懸垂というか、上半身ですね、上半身の方をなるべくちょっと動かしてみてですね、
今、実は診療の関係でですね、実は僕はエコーを使う検査とか処置をしてるんです。
そうするとですね、エコーのプローブって言うんですけども、押し当てる器具が出てまして、これ結構長いこと押し当てていなくちゃいけなくて、
握力ですね、握力が実は結構重要で、きっちり押していないと。
なるほど、なるほど。
そうですね、病変を病出するにあたっても、戦死して小腹というんですけども、焼き付けするにあたっても、
やっぱり腕力というかですね、手の力が結構重要になってくるので、それも考えてぶら下がっているというのもあります。
なるほど、やっぱりそういう部分では握力がいるところだったりとか、結構体力がいる部分もあるから、そういうところもやっぱり気にかけて鍛えられてたりするんですね。
そうですね、強い力じゃないんですけど、ずっと押し当てているというのが持久力であるので。
ぶら下がり続けるという。
すごいですね、先生忍耐力がやっぱりすごいんですね。
2年間毎朝走って来られてるんですか?
もちろん雨降ったりとか、そんなときは夜まで来てますけども。
それはそうですね、けど距離どれくらい?
距離もそんなに長距離ではないんです。
僕は富田中学校の辺りに住んでいるので。
県外のリスナーさんはちょっとわからないですけど、手伝いの人だったら富田中学校から千代病院までって考えたら結構の距離あるってわかりますよね。
そうですね、車で行こうって徳島県民だったら。
なりますよね。
なります。
3キロ前後ですかね。
わかります。
日本憲法とかもされてたのか聞いたんですけども。
実は小学校の時の高学年の時は剣道の。
剣道も大学に行ったんですね。
中学校に入っても剣道部には入ったんですけども。
ちょっと通学がバスと電車を乗り継いで結構かかっていて。
帰るともう7時過ぎになって。
中学生にはちょっとしんどいって。
そこで辞めてしまって。
高校も運動部は禁止の時代でその頃は運動部高校に入ったら禁止ですって言われていて。
そこでなくて。
大学に入ってどうしようかって言った時に同級生で。
実は防衛大学に入ったんだけども途中で辞めて医学部に入り直したっていう人が身近にいて。
その人がやっぱり防衛大学いろいろしてますからね。
逮捕術とかいろんなことをしてて。
その中で日本剣法っていうのも習ったのか知ってたのか知らないですけども。
徳島は結構日本剣法っていうのはその頃は有名というかしっかりあって。
大学に日本剣法部っていうのがあったんです。
大学にも部活としてあったんですね。
そこに誘われて入ってしばらくしてました。
ただずっとすごく柔術とかそういうことをしてたわけではないので。
剣道の防具ですね。
剣道の防具みたいなのをつけるんですよね。
手はいわゆるボクシングの裏側をつけて。
何をしてもいいっていう不思議な感じでするんですけども。
やっぱり殴られるとフワッとすることもあって。
それは途中でこのままではパンチドランカーにやるということでやめています。
だからその後はそういったハードなのはしてないんですけども。
分かりました。ありがとうございます。
臨床研修管理委員会の役割と研修医への寄り添い
ここでまたお仕事の話も聞きたいなと思うんですけど。
臨床研修管理委員会の委員長ということでご紹介をさせていただいたと思うんですけど。
こちらのお仕事についてもお聞きしてもいいですか。
これはですね。
医学教育センターっていうのがですね。
全職員の医学、教育に関する中枢であってですね。
その下の部門として初期臨床ですね。
初期臨床の研修についての管理をするというところの部署になります。
医学教育センターの中の一番上に副委員長ですね。
尾崎先生っていう先生がそれをされていて。
その下の部門にはなるんですけども。
実はその副委員長ですね。
副委員長に放射線科の滝先生という先生がおられて。
女性なんですけども。
僕と滝先生と2人で基本的には初期臨床の研修員のいわゆるお世話係ですかね。
いうようなことをするような仕事をしています。
取りまとめるというかなんていうんですかね。
初期臨床の研修員の先生方っていうのは全てですね。
それぞれの各科ですね。
内科なり下科なり。
産婦人科、小児科、いろんな科ですね。
研修をするんです。
その時はそれぞれの科で教えてくれるですね。
上級医ですね。指導医って言うんですけども。
指導医が担当して指導をしてくれています。
そういった指導医とかですね。
あるいはいろんな部署ですね。
看護部だったりとか臨床検査部だったりとか薬剤部だったりとか。
いろんな方にお世話になるんですけども。
その方々から研修員に対する評価をいただくとか。
研修員に対してどういう指導をしてほしいだとか。
もういう依頼をするとか。
そういった係ですね。
もちろん研修員の先生の普段日常ですね。
精神状態とか体力の状態とか。
いろいろ把握して無事に2年間過ごしていただけるように
お世話をするっていうのがメインのお仕事かなと思っていて。
実際の主義とかについてですね。
指導するっていう立場ではないです。
分かりました。ありがとうございます。
またこの次の回でもいろいろ初期臨床研修員さんの
お仕事の話に対してそういう臨床研修の話は聞こうかなと思うんですけど。
あとちょっと小林先生自身できない人の気持ちが分かるからこそ
こういうお仕事っていうのも研修員に寄り添っていられるっていうのを
お伺いしたんですけど。
ちょっとその辺のお話も聞いてもいいですか。
そうですね。
まずですね僕たちの頃っていうのは
僕たちがその医者になりたての頃はですね。
もちろんこういう制度はなくて。
すぐですね実践っていう形でですね。
病院の方に出てたんですね。
でその時には僕自身は臨床もしてるんですけども
その時は大学院ですね。
大学院にすぐ入れてですね。
大学院に入った上で臨床もしていたと。
そういった中でですね。
やっぱりそのいわゆるいろんな先生方ですね。
接する中でやっぱり精神的にもですね。
不安定になったような同級生がおったりですね。
しますしあるいは実際すごくできる研修医ですね。
もう周りにいたんですけど。
僕自身はもう山中先生じゃないですけども。
できない研修医ですね。
いろいろみんなに迷惑をかけた記憶があってですね。
そういった形でいわゆる困ったことがたくさんある。
困ることがたくさんあって困っているっていう状況を
たくさん実感として知っているのでですね。
いわゆるすごくできるこの気持ちはわかりにくいんですけども。
できないこの気持ちはすごくよくわかるというですね。
そういったいわゆる反面教師みたいなところになるんですけども。
そういったことで研修医のまとめ役というかお世話係としては。
いい人材をですね。
実は前の委員会の委員長が気づいてくれたというか。
見つけてくれたのかなと思っていて。
すごくやりがいのある仕事だと思ってやっております。
なるほど。ご自身の過去の経験とかからそのようなできない。
そうですね。
できないというのはあれですけども。
片方の気持ちがわかって。
わかっているのを医師の方の先生だったりとか
研修医の先生とかにも寄り添えていける。
そういう先生の方がすごい下につかせてもらう立場からするとやりやすいですよね。
非常にありがたい。やりやすいですよ。
副委員長の、副委員長の滝先生が優秀なので。
優秀な小畑先生の気持ちがわかってくれて。
僕はちょっとやばいな、頑張らないといけないなという気持ちを指していくのが仕事かなと思っています。
尾村先生ともこれだけでお人柄というかすごい優しそうな感じが見えますよね。
この数十分とかで既にね。
ほんのものです。
ほんのものなのですごいそういう下について研修医できる先生方はすごい恵まれているんじゃないかなって思いますね。
はい。
ありがとうございます。
徳島での働き方と暮らしの魅力
そしたらですね、最後に徳島で働くこととか暮らすことっていうところについて伺っていきたいと思うんですけども。
香山県ご出身の尾村先生から見て、徳島にはどんな魅力があると思います。
そうですね。実際徳島に大学から来てみてですね、すごくみんな優しいというかですね、面倒見の良い人が多いなっていうと。
すごく暮らしやすいですね。徳島自身が暮らしやすくて、何でしょうかね。
来た時によく聞いたんですけども、いわゆる都会におるですね、親子さんがですね、徳島であれば、いろいろ誘惑するものも少なくて。
学生として送り出すにあたってね、徳島であればいいよと箱入り娘でもですね、出してくれるっていうような話も聞いたことがあります。
だから徳島自体そうですね、すごく恵まれた環境というかですね、いい環境かなと来てみて感じてですね、残ってもいいかなっていうのももちろんそういった中で。
ずっと6年間ですね、大学の中で感じた徳島の人柄とか土地の環境とかで、すごくいいところだなと。
気候もそうですしね、気候も温かくてね、いいですしね。野山もあって、海もすごく近くにあって、川もね、ラフティングができるような川もありますし、すごく恵まれた土地かなという印象があります。
ありがとうございます。あと医療面とかではどんな感じですかね、徳島の魅力というか。
そうですね、徳島はですね、やっぱり昔から医学部というのがあってですね、徳島大学、歴史もある上に医学部も歴史があって、すごくOBがたくさんいるっていうところと、
大学自体も先端のことを取り入れようとしてですね、いろんな先生方ですね、他の地域の大学の先生方もどんどん招いてですね、徳島大学の特徴としては、いわゆる垣根が、その多大学とかですね、多府県とか、そういったところの人を受けることについての垣根が低いところなのかなと思っていて、
だからすごく先端の先生方、教授の方とかも来てくださいますし、先端の勉強もできると思っています。
世界に発信できるような研究もですね、こちらでできるのではないかと思っていて、いわゆるわざわざ都会に行ってということをしなくても十分自分の力を発揮できるような環境が徳島にはあるのではないかと思っています。
なるほど。医療の技術のレベルっていうのに関しては、特に都市と比べても全然遜色ないし、何なら暮らしやすさ進んで、こっちで実際に医療にそういうのに携わりたいというのだったら、こっちの方が物価とかも安いし、積み合わせ環境も暖かいし、集中して取り組める環境ではあるんですかね。
そうですね、そうだと思っています。大勢非常にお勧めなところだと思っていて、いろいろITも発達していますし、特にわざわざ都会に行ってですね、例えば研修するにあたっては、たくさんの研修医がいてというところで埋もれてしまうよりは、
徳島でですね、しっかりとうちの病院、特に救急医療もそうですし、承認医科医療もそうですし、すごくセンターのことを取り入れたりとかですね、症例数もたくさん軽減できるような環境をキープできているので、
わざわざ出て行って、それよりは徳島で頑張っていただく方が得るものが多いんじゃないかなというのは日々ちょっと思っております。
分かりました。ありがとうございます。今までの尾間先生のお話を伺ってですね、徳島での医師としての働き方は単に勤務地の選択というだけでなくて、自分がどう生きていきたいか、生活したいかというのにもつながっているように感じました。
実際に徳島での働き方とか暮らし方のイメージも先生のお話から想像できるようになりますね。
尾間先生、ありがとうございました。
ありがとうございました。
若手医師へのメッセージと今後の展望
尾間先生のこれまでの歩みと若手医師に寄り添う思いがよく伝わってきました。
最後に、徳島での働き方に関心を持っている医学生や若手医師の皆さんに向けて、尾間先生から一言メッセージをお願いします。
徳島でですね、世界を目指してですね、県産を住んでいただいて、いわゆる世界に向けて貢献できるようなね、一生目指してともに頑張っていきましょう。
そうですね、ぜひ中央病院に行っていただきたいですね。世界を目指してということで。
はい、ありがとうございます。
最後にお知らせです。
徳島県では、状金はもちろん、週1日の非常金や短期応援など、さまざまな形で医療に関わってくださる医師の仲間を募集しています。
まずは話だけでも聞いてみたいという方は、番組概要欄の問い合わせ先までお気軽にご連絡ください。
あなたの経験が、徳島の医療現場を支える力になります。
次回も尾間先生にお越しいただきます。
徳島県立中央病院の臨床研修について、院長としてどのような体制で研修医を支えているのか、さらに詳しく伺っていきたいと思います。
お父さん・お母さん体制で研修医を支える仕組みや、基礎力をしっかり身につけるカリキュラムなど、中央病院ならではの研修環境の魅力に迫っていきたいと思います。
ぜひお聞きください。
番組の感想やご質問は、ハッシュタグ、徳島医師爆増ラジオをつけてSNSに投稿していただくか、概要欄のメッセージフォームからお寄せください。
皆さんからのメッセージをお待ちしています。
それでは次回の配信でお会いしましょう。
お相手は大野光介と、
裕治修介でした。
さようなら。
25:48

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