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個人主義という文化がやっとわかってきたかも
2026-04-22 25:15

個人主義という文化がやっとわかってきたかも

2026/4/21

#声日記

 

感想 1

どうしてAkikoさんのモノローグ声日記は聞き入ってしまうのか。でもそれがAkikoさんの魅力なのかもしれません。 こちらは日本・大阪の町工場ですが、「私の仕事の範囲はここまで、それ以外はやりません、知りません、見てみぬふりです」っていう従業員さんが多いです。でもそれは町工場に限ったことではなく、日本の大きな組織も小さなチームの集まりで、前職でも同じようなことがあったなと思うので、Akikoさんの感じている違和感が文化的要素なのかはなんとも言えないなぁ、と思いました。

サマリー

ヨーロッパの団体で働く中で、話し手はタスクの引き継ぎや業務分担における衝突から「個人主義」という文化への理解を深めています。これまで漠然と捉えていた個人主義が、個人の責任範囲を「フォルダー」のように尊重し、他者が干渉しないという働き方に繋がっていることに気づきました。日本のタスク中心の仕事文化とは異なり、まず「人」を起点に業務をデザインするこの考え方は、柔軟なチームワークには課題があると感じつつも、個人を深く尊重する文化として理解し、自身の対応を改善しようと努めています。この気づきは、今後の人間関係におけるストレス軽減にも繋がると考えています。

新しいオフィスとゲストハウス探し、そして靴の冗談
こんにちは。4月21日の21時半です。
普通の声日記というやつを、なんか久しぶりに撮ってみる。
本当に日記です。でも、どっちかちょっと考えたことって感じです。
引き続き、某国の某町にて、新しいオフィスをセットアップする仕事をしています。
それから、ゲストハウスといって、国際スタッフとかが私も含めて宿泊する家を探すということもやっていて、
昨日見つけた家が結構良かったのと、
今日、他の団体の人が見つけた家を参考までに見せてもらったんですけど、それも面白くて。
でも、今日見せてもらった家は、私たちの予算より1.5倍ぐらい高いし、
高くて、ちょっと贅沢すぎですかね。
でも、ちょっとびっくりしました。ああいう家もあるんだって。
何がびっくりしたかって、靴を収納する場所がものすごいいっぱいあって、
そこで冗談のようにして、昔のフィリピンの大統領が汚職で捕まったときに、
奥さんがすごい靴を持ってたって話、わかる人います?
これだいぶ昔の話ですよね。
それで、それを言いたかったんだけど、そのフィリピンの大統領の名前も忘れたし、奥さんの名前も忘れたから、
冗談を言いかけたんだけど、全然言えなかった。
たぶん、エメルダ夫人ですよね。
エメルダ夫人の靴の数っていうのが、そういう贅沢の象徴として印象的だったエピソードですけど、
もう何年前のことかもわかんないし、大統領の名前もわかんないです。
あまり重要じゃないので、どうでもいいんですけど、
とにかくそういう汚職しそうな政治家の奥さんの部屋ぐらい靴を入れる場所がいっぱいあって、
それはさすがにいらないんじゃないかなとは思ってるんですけど、面白い絵でしたという話です。
ヨーロッパの職場で直面する「個人主義」の壁
そんなことはどうでもよくて、もっと大切なこと、全然今話したこと関係ないんですけど、
なんとなくヨーロッパの団体で働いていて、私が直々に衝突するというかうまくいかないなと、
人間関係においてなかなかうまくいかないなと思ったり、
もしくは他の人のやり方を見て少しイライラしてしまったりすることの主に、
ほとんどの場合は誰かが自分の責任だと思っている業務分担があって、
それに関しては他の人は本当に口を挟んではいけないし、干渉してはいけないし、
ノータッチという不分立みたいなものがあって、
それでそれをちゃんと休み前に引き継いで、例えば休暇を取りますとかいうときに、
それをほとんどの人は休暇中はこれとこれとこれは誰がやってくださいって引き継ぎをしていくんですけど、
たまに引き継ぎをしない人もいるんですよ。
でも引き継ぎをしないということも含めて、個人が決めていいのでOKというか、
そういう人もたまにと言いつつ、ちょくちょくいたりもします。
引き継ぎをしなかったときに、じゃあ誰かがカバーしなきゃダメじゃないかって私は焦るんですけど、
それも他の人はもう仕方ないねっていう感じになるんですよ。
まず休暇というものが本当に尊重される尊いものなので、
休暇という理由で何かがうまくいかないというのは許されます。
引き継ぎをしないということも含めて個人の自由なので許されます。
引き継ぎをしないで誰かの仕事が止まったときに、仕方ないねって言って放置されますという現象がたびたびあります。
これをヨーロッパの大きい省で語るのは大問題だと思うので、
うちの団体の話ということにこれについてはしたいんですけど、
うちの団体の話というのももしかしたら大きくて、
私たちが今行っている国のあるミッションの話ではそうなっていることがあります。
そういうときに私は心配して手を出しちゃったり口を出しちゃったりするので、
それでちょくちょくぶつかることがありますね。
本当にそれが他の人の仕事に口を出さないということがすごく重要らしくて、
それでうまくいくときはいいんですけど、新しいことを始めようとしたりしているときって、
既存の既に決めてある役割分担とかでうまくいかないじゃないですか。
町が違ったりするし、普通だったら5年に一度とかやればいいようなこと、
つまりオフィスを探すみたいないつもやっている仕事じゃないことが発生したときに、
じゃあ誰がやるのか、何をやるのかっていうことが決まっていないので、
そういうことをやるのが本当に苦手で、しかも本当に苦手だったときに、
みんなで手を出すというよりは傾向としては全てがそのまま放置されるという傾向になっていて、
その現象自体は問題だと思うし、ヨーロッパでもどこでもあることではなくて、
うちの団体の今の現状の人が足りないとかいろんな事情により起こっていることだと思うんですけど、
ただその裏にあるメンタリティというところにはもしかしたらもっと文化みたいなところがあるかなということに気づき始めたんですよ。
なので今目の前でイライラする問題というよりは、
これは背景にもう少し文化的な背景というのがあるからこういうふうになっているんだなということが
なんとなく気づきました。
それが個人主義と言われるものがこれなのかなというふうにも気づいたんですよね。
「個人主義」の真意:人を中心とした仕事の捉え方
個人主義、よくすごくこれはよく聞くと思うんですけど、
皆さんもヨーロッパは個人主義だからとか個人主義が重視されているのでということを私も今までも何回も聞いていて、
それでまあそうなんだなってあまり深く考えずにそれを捉えていて別に違和感もなかったので、
ヨーロッパは個人主義だよねって思ってたんだけど、
それをあんまり個人主義ってどういうことですかっていうふうに考えたことがなかったんですね。
というのは他の人とソーシャライズ、社交的だとかみんなと一緒にご飯を食べるとかっていうのはみんな大好きですごくするんですよ。
だから個人主義って別に一人が好きとかっていうことではないですよね。
それで必ずしも自分勝手だとかっていう感じの意味でもないと思うんですよね、個人主義って。
一人一人の意見が尊重されるとかっていうことは確かにある。
人が一人一人大切にされているっていうのはそういうふうに感じることは結構あるので、
個人主義って言ったときにいい側面としてはそんなこともあるんですけど、あると思うんですよ。
個人主義ってだからその人という話から何を考えるときにもまず人というものを最初に見て、
そのタスクとかを考えるときにもまず人がいます。
じゃあこの人に何と何と何の仕事を頼みましょうっていう順番で、
まず人から考えるんですよね、多分。
人って言ってももちろんポジションだったりすると思うんですけど、
ある一人の人をこのポジションに置きましょう。
このポジションには一人の人が必要ですねと。
それでこのポジションに一人の人にこれとこれとこれとこれを頼みましょうみたいなふうにして、
たぶん仕事をデザインするときにそういうふうに考えていくような気がします。
それがベースにある何を考えるときにもまず人というものを箱のようにして準備した上で、
その中に何を入れていくかというふうに考えて、
すべてが人というフォルダーの中に入っていくみたいなふうになって、
それである人というAさんというフォルダーの中にいろいろなものを入れたら、
それはもうそこに入れたものなので、他の人は勝手に触ったり出したりしちゃダメっていう不分立があると。
このフォルダーの例えはわかりやすいかもしれないですね。
日本とヨーロッパの仕事文化の対比:タスク中心 vs 人中心
それで、いやいや、私全然そういうふうに考えてきたことがなかったと思うんですけど、
これ私だけじゃなくて多分、日本文化よりは日本の仕事文化、改善という発想の文化にある考え方だと思うんですけど、
まずタスクとか業務とかニーズとか、人から考えないで、
これとこれとこれとこれをやらなきゃいけないよねっていうことをまず初めに考えませんか。
仕事の習慣として。
これとこれとこれとこれをやる必要があります。
じゃあこれとこれは誰さんに頼みましょう。
これとこれとこれは誰さんじゃなくても、何とかマネージャーに、何とか部に頼みましょう。
何とか部署に頼みましょう。
これとこれとこれは何とか部署に頼みましょうっていうふうにタスクを並べた上で、
それに対して人をタグ付ける、人はタグみたいにして付けていくみたいな発想があるような気がしていて、
だからタスクがまずあるから、人というホルダーに入れちゃうというよりは、
じゃあこのタスクを誰かがやるって決めたんだけど、
そのタスクが終わるまではその人のタグが変わることはありますよね。
誰かが例えばお休みに入っちゃったら他の人をまたタグを付けて、
そのタスクというものを中心に見ているというふうに考えてきたような気がするんだけど、
そうでもないのかな。
私の仕事の特徴がそういうものだったことが多いのかな。
確かに私が今までやってきた仕事って、
例えば本当に少人数の3,4人で3年間のプロジェクトをやるんだけど、
現場にいる人は入れ替わり立ち替わり違う人がいるみたいなふうになることが多かったので、
ある一人の人しかこのタスクはできないってやっちゃうと仕事本当に回らなくなるんですよ。
だからタスクのほうをまず並べた上で、この期間はこの人がやるけど、
その後誰さんに引き継いで誰が回してっていうふうにして、
引き継ぎながらやる人は変わりながらタスクのほうを中心にして物事を見るっていうのが本当に普通だったので、
ちょっと結構本当にびっくりするんですよね、今のやり方が。
「リベロ」としての役割と過渡期のポジション
人というものがまずあって、その人というフォルダーに入れたタスクはもうそこに入っちゃったものなので、
アンタッチャブルになるっていう。
でも私の今アサインされた役割は、そのやり方だと回らないっていうことが多くの人は気づいている人も多いので、
その人というフォルダーからあぶれている、いろんな落っこちているタスクっていうのを、
まさにバレーボールのリベロのような人が必要で、リベロのような動きができる私だから今の役割をもらっている。
つまりあんまりクリアーじゃないTOR業務分担が他の人に比べるとクリアーじゃないんですけど、
もともと契約書に書いてある業務分担も結構いろんなことが書いてあって、
でもそれすごい多分うちの団体では珍しいポジションなんですよ。
多分もしかしたら私がそういうことが得意だって気づいたからこのポジション作ったけど、
私がいなくなったらあんまりこういうふうに動ける人そんなにいない気がするから、
このポジションも一緒になくなると思うんですよね。
そのトランジショナルなポジションとして、過渡期だからこういう役割が必要だからお願いしますって言って頼まれているので、
過渡期っていうのを過ぎたらこのポジションは残らない方がいいっていうふうに、
私も思うし他の人もみんな思っているんですよ。
個人主義への新たな理解と自身の反省
要するに個人主義っていうのはそこまでして人ということを尊重するものなんだと、
全体の仕事がうまく回るかということよりは、ある人というもののホルダーに何を一旦入れた、
それは本当にどこまでも尊重すべきだっていう考え方が、
ちょっと皮肉を言っているみたいに聞こえるとちょっとあれなんですけど、
皮肉っていうことでもなくて、個人というものをそこまで大切な入れ物としてそこまで尊重するんだということが、
なんとなくやっと今になって気づいてきました。
だから本当にタスク中心に見ていくがゆえに、
すごく軽々しく他人の領域に手を出さないといけないなと気づいたら気軽に私は手を出すんですけど、
それってもしやるとしたら本当に気をつけて、コミュニケーションとかも気をつけて、
寝回しとかもしたうえで、丁寧に丁寧に手を出さなきゃいけないことだった。
それをそんなふうに考えずに、何か落ちている、はい拾いましょうと言って、
勝手に人の家の庭に入っていって落ちているものを拾ったりしていたから、
イライラさせちゃったりしていたこともあるのかなということを、
やっと最近になって気づいてきました。
なかなか本当に勉強になるし、ある意味文化的なものなんだと、
文化的な尊重という視点でこのことは考えなきゃいけないんだというふうに見始めたら、
自分としても反省することも多いし、もうちょっと改善していけるような気もしています。
チームワークと個人主義の課題、そして今後の探求
でも同時にやっぱり仕事を、しかも新しい仕事とかティームワークみたいな視点で見て、
何か物事を、ちょっとチャレンジングなことをフレキシブルに動かしていこうと思ったら、
やっぱりその個人主義というやり方って、なかなかティームワークには向かなくないんですかね。
だから個人主義でかつ、例えばヨーロッパのベンチャー企業とかっていうのはどういうふうにして仕事をしているのか、
みたいなことにとってもちょっと興味があります。
個人主義を大切にしつつもそのタスクを中心に見ていって、
みんなで手を出し合いながら物事をフレキシブルに進めていくっていうやり方をするためには、
どういうふうにやっているのかなということは結構興味があります。
ミーティングをいっぱいやればいいっていう話でもないような気がするんですよね。
うちの団体もミーティングは結構いっぱいやってるんですけど、
みんな私は何をと何をしましたっていう報告ばっかりになるので、
時間の無駄みたいなふうに見ている人も結構多いんですよ。
だからミーティングの報告の仕方のフォーマットとかも、
誰が誰はっていうカテゴリーでまず分けてあって、
そこにこれとこれとこれを終わった、今これが次の課題みたいなふうな書き方をするんですけど、
もうそのフォーマットの作り方自体が個人主義っぽいというか、
もうちょっと今の状況だったらまずはタスクを並べたい、ミーティングのフォーマットには。
このこととこのこととこのことっていうやらなきゃいけないトゥーリストがあって、
人っていうのは後でつけたい、やっぱりまさにタグというか、
チェンジできるものとして、まずはこれとこれとこれをやらなきゃいけないよねって言って、
じゃあ誰がやるかを決めましょうって言って、
でも誰がやるか決めた人がお休みに入ったら、じゃあ次はこの人にやってもらいましょうみたいにして、
見る視点がやっぱり必要じゃないかなと思うし、それがまさに改善みたいな話、
日本の何十年代、六十年代、五十年代、六十年代、七十年代とかの高度成長期の
トヨタ自動車とかをはじめとする改善っていう考え方を私はちょっと学んだ経験があって、
例えばガーナとかバングラデシュの公務員の仕事のやり方をもっと効率的にするために、
もしくはお客様中心という発想を入れるために日本の改善という考え方を取り入れましょうっていう
トレーニングコースをデザインすることとかに携わったことがあるんですよね。
やっぱりそこで私も学んだやり方っていうのは、やっぱりタスクの方をまずは並べていくやり方ですよね。
誰がやるか、いつまでにということももちろん決めますけど、それは後で。
みんなでまずタスクを洗い出してから、誰がやるかということはもうちょっと次の段階になってから決めることというふうに
当たり前のようにそういうふうにやってきたので、プロジェクトマネジメントとかも全部そうだと思うんですけどね。
まずは物を並べますよね。人の名前や業務の職種の名前を並べるんじゃなくて、
やらなきゃならないことをまず並べていくっていう発想だと思うんですけどね。
やっぱりちょっとアメリカ的なのかな、プロジェクトマネジメントとかも。
ちょっとまだわかんないです。私が接している今のヨーロッパの団体ではそういう考え方が本当にあんまりないんですよね。
このポジションの人はこういう役割になってますっていうところから常に話が始まる。
それは結構犯してはならぬタブーみたいにして、変更できないものとして結構あるみたいな感じになってますね。
だからこれが他の団体でも働いてみたいかもしれないですね。
やっぱりうちの団体の特徴というか、ある意味ちょっと欠点なのかもしれないし。
ただ、もしタブーを犯したときの他の人の反応とかに関して、感情的な面に関して言えば、
やっぱりそこは文化としての個人主義、個人というのは本当に尊重されるべきだという主義が文化の背景にはあるんだなということは本当に感じていて、
それは多分うちの団体だけではなくて、他でももうちょっと広くそういう文化、
個人というものは本当にどこまでも一番尊重されるべきなんだっていう文化っていうのはあるんじゃないかなと思っています。
文化の尊重と未来への対応
なんか長い話になっちゃったけど、また本当にこれは記録ですね。
自分のための記録として、これあたりはブログとかにするやつですかね。
ハテナブログに変更するやつとして、自分でも何を話しているかわからなくなってきたんで、長く話しているうちにブログ記事にまとめてもらって、
もうちょっと簡潔にして自分で見てみると、私が何を言いたかったのかもわかるかなと思います。
そんなところですかね。以上ですかね。
本当に皮肉みたいになっちゃうんだけど、どっちかというと、
今日私が言いたいのは、やっぱり文化なんだから尊重しなきゃいけないよねっていうことなんですよ。
今まであまりにもそれを批判的な目で見すぎていて、だからダメなんだっていうふうに見ていたんですけど、
そうじゃなくて、裏にあるのはもうちょっと文化的なもので、
文化的なものの中には、すごく尊敬できるような考え方、
個人というもの、人というものはあくまで本当に尊重されなければならないんだっていう考え方、
それに関してはすごくいいものだなって思えるところもあるので、
そこに私がやっと気づいたよっていうことが本当は一番言いたいことでした。
なんかちょっと批判的なことばっかり言いましたけど。
だから、ストレスフルになった時とか、また他の人とぶつかりそうになった時に、
これはちょっと文化的な背景があるものなんだよなって思えば、
私ももうちょっと丁寧に対応することができるようになるかなと、
イライラしたり、私が正しくて向こうが悪いんだみたいなふうに、
ちょっとやっぱり今までなっちゃってたと思うんで、
そうではない対応もできるようになるかなというふうに思っています。
そんなところですかね。以上にします。
聞いていただいてありがとうございました。また今度。
25:15

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