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はい、どうも裕太です。今日はですね、自分自身の話をまたしたいなと思っております。
今月ですね、両丸心理学コミュニティの【心LABO➕】の方でですね、テーマが【被害者意識】というテーマでワークをやりました。
正直ね、あのこのテーマって【被害者意識を持つのは良くないよ、良くないですよ】みたいな、なんかそういった話なのかなと思ってたんですけども、
実際ワークをやってみるとですね、あれなんで俺がこんなこと、こんな考え方をするのかなって、ここに繋がってたんじゃないかなみたいなところまで見えてきたんで、一応記録として残しておこうかなと思います。
もう自分自身のことを話すので、何言ってるねんって、よくわからんわって思われるかもしれないんですけども、一応残しておきたいなと思います。
はい、といったところでワーク1、ワーク大きく分けて4つありまして、それぞれ質問があったんですけども、まず1つ目ですよね。
人生がうまくいかなかったのは誰のせい?っていう。
そう、私の人生がうまくいかなかったのはぶっちゃけ○○のせいだと思うことありますか?という質問でした。
これ考えた時やっぱり僕は父親やなって思ったんですよね。
以前受けた2ヶ月集中ワーク、集中講座のワーク、でもだいぶここやなって思って、すごい認識して改善した感覚はあったんですけども、
やっぱ時間が経つとね、ふとね、なんでこんなに人の気持ちいいさすることできへんねんやろうなとか、なんかこう怒りみたいな感情が出てくることがありました。
そしてもっと掘っていくとですね、両親のせいとでも言えるのかなっていう気持ちも出てきましたね。
おかんは絶対悪くないと思ってたんですけども、いや、あの相手を選んだのはおかんやし、2人とも学力低かったし、未熟だったし、
経験値が少ない中、少ない状態で結婚して子供を産んで、おとんが23、おかんが21、子供が子供を産むようなアンポン単な親だったから家族がうまくいかなかったんじゃないかみたいな。
そんな思いがありました。そんな思いに気づきましたね。
2つ目、今でも許せない人。今でも許せない人いますか?という質問ですね、次は。
これもすぐ父親が出てきましたね。父親のこのわがままやったり浮気やったり暴力やったり、それが原因で家族、両親が離婚して家族がバラバラになったっていう。
だから許せないなって思っていました。
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本当はね、もっとまともでいてほしかったし、何なら普通の父親でいてほしかったなって。
人間としてそれはあかんやろみたいな、すぐポイズンしたり、嘘ついたり。
なんかそれはあかんやろって、人としてこいつゴミやなって思うこといっぱいあったんですけども、それでも見捨てることができなかったんですよね、小学校2年生の時の僕は。
そこに悔しさとか後悔もあるんですよね、実際。
お母さんのところに行けばよかったなっていう、行けたのに行けへんかったっていう後悔があります。
そんなふうに思ったことは途中までなかったんですけど、改めて考えるとやっぱり後悔してるんやなって気づいちゃいましたね。
僕は父親を見捨てることができなかったことをずっと後悔してたというか、それが自分の我慢癖にもつながってるんじゃないかなって。
それまで母親と暮らしてるときは、あんたすごいわがままやったよとか言うこと聞けへんかったしとかって言われてるのに、
一緒に暮らしていたおばあちゃんからは、あんたはいい子でねって、わがままなんて一切言えへんかったしなって言われて、
全然真逆の人間になってる感想が。ただ単におばあちゃんが優しかったのか、お母さんがうるさかったのかもしれないですけど、意見が全然違うというか、そういうふうな体験もしましたね。
ワークさん。何でも言っていいならその人になんて言う。父親に対してですよね。何でも言っていいならその人になんて言う。
これに対してもやっぱり父親が出てきまして、まず家族を崩壊させて申し訳ございませんでしたって謝れよって。
こいつ謝れへんねんなっていう。そしてプラスで許さんけどなって心の中で思って。
でも大事なことに気づきましたね。僕は許したくないんじゃなくて、許してしまったら何が嫌なんて聞かれたときに、
父親がやってきたことを肯定することになりそうでそれが嫌やったんですよね。
許すということとやったことを肯定するということがすごいくっついてたんですよね。
それはそれ、これはこれで分ければよかったのに、何か認めることになってしまうなっていうのがすごい気持ちが悪かったなっていうことに気づきました。
ワーク4。じゃあどんな被害を受けたのっていう。
これはもうまとめみたいなところになるんですけど、具体的に先ほども申した通り父親のわがままや浮気や暴力によって
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両親が離婚して家族が崩壊したという被害ですよね。
崩壊したことによって、僕自身どんな被害を受けたのか考えたときに、いい子でいなきゃいけないっていうのが始まったんですよね。
父親に対する恐怖やったりとか、暴力、怖かったんで。
だからいい子にしないといけないと思うようになったし、自分の言いたいことを我慢するようになったし、
行動も制限されるし、顔色をうかがうし、怒らせないようにしなきゃっていう。
そうやって我慢することが自分のスタンダードになっていった、そんな時期でもありました。
それが今の自分にもすごい残ってると言いますか。
6歳までの経験でメンタルというか思考が形成されるって両丸さんが言ってたんですけども、
本当にそんな状況やなって思いますね。
そして母親と離れてしまって寂しい思いをさせてしまった。
自分自身も寂しかったし、だから僕が感じている被害という言葉をするならば、発言や行動の自由を奪われたという感覚がありました。
そしてもう一つ出てきたのが未熟さってところですね。
すごい両親のことを未熟やなってどっかで見下してたんですよね。
それも最近になってようやく気づくことができたというか、当たり前のように見下してたなって思いますね。
冗談半分で言ってたことが、これ本当に思ってたんやなって。
だから自分に対してや他人に対しての未熟さにものすごい腹が立つんですよね。
なんでちゃんとできへんやろうって、なんで人の気持ち分からへんやろうって、なんでそんなことするんやろうってそう思ってしまうんですよね。
でもなんでそんな未熟さが嫌いなんやろうって考えたときにですね、ここで通ずるものがあって、
未熟だと安心安全な家族が崩壊するからなんですよね、僕の場合。
その感覚がすごい植え付けられてるみたいで。
未熟であることに対してすごい敏感になってるのかなって思いました。
でもその反面、親なんて子供できた瞬間から親になるので、未熟で当たり前なんですけどね。
それがなんかこうあってほしいとか、こうあるべきやろうっていうのが先行してすごい見下してたんやなって。
感じましたね。
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最後に出てきたのが、小さい頃にやっぱり理不尽な父親を経験したから、
人の気持ちが分からない人を見てきたんで、寂しい思いもしたし我慢もしたし、
だからこそ人の気持ちを考えられる人になれたんかなって、優しくなれたんかなって今は思えるようになりました。
残念ながらあの父親のせいで、父親のおかげでよかったって簡単には言えないんですけども、
傷ついたことは傷ついたしね、奪われたものもあるし、許せない気持ちもある。
でもなんかそれも含めて、全部自分の人生やったり人格やったりを形成してきて、
今の仲間やったり家族やったりがあるのかなって思うとね、意味があったことなのかなと思えるようになりました。
はい、といったところで、ちょっと何の話か分からなかった人には申し訳ないんですけども、
こういったことを勉強したよっていう報告でした。
ここまで聞いてくれてありがとうございます。ではまた次のラジオで。