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2021-11-01 33:27

6: People - うつわボーメ (ボーメ, 陶器作家)

ボーメさんをゲストに迎えて、うつわボーメについて話しました。 

  • 陶器との出会い 
  • 陶器作家を始めたきっかけ 
  • 作ることの楽しさ・遊び心・探究 

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Summary

陶器作家のボウメさんは、自己紹介をし、陶芸の経歴や作品について話しています。ボウメさんの作品は平らな特徴があり、タタラ成形という方法で作られています。作家物というよりも、一点しかない器よりも、もうちょっと砕けた感じで、自分も入り込める余裕があるような器がボウメさんのお気に入りだと感じています。ボウメさんは、作り手であるだけでなく、使い手としての自由度や機能性にも注目しています。自分が使いたいものを作りたいと考えています。

ボウメさんの陶芸の経歴と作品
おはようございます。今日は、ボウメのツアーのボウメさんにゲストにお越しいただきました。
今日はイナズマキャスト第5回目になってました。ということで、朝からボウメさんにお越しいただいて、ちょっとお話聞けたらなと思っています。
まず、ボウメさんの方から簡単に自己紹介してもらって大丈夫ですか?
ツアーボウメの泉美由紀と言います。私が陶芸を始めたのはかなり遅くて、50歳になってすぐぐらいからなので、結構陶芸歴も浅いと思います。
それで焼き物に興味を持ち始めて、初めは買ったり他の作家さんのを見てたりしてたんですけど、自分でも作ってみたいなと思ったときに、
仕事場の近くに陶芸教室を見つけまして、そこで仲間に入れてもらったのがスタートです。
教室というのは一日中じゃなくて、限られた時間帯にやっているので、昼休みにそこに自転車で駆けつけて、30分ほどちゃっちゃとやって、また帰って仕事に戻るというような生活をし続けたんですけども、
そこが教室を辞めるということで、いろんなところを渡り歩いたりして、結局自分で窯を持ってやるのが最善の方法じゃないかなと思って、
そうしているうちに私は京都に始めたんですけど、大阪市に引っ越すことになりまして、そのときに工房というには狭すぎるんですけど、
玄関先に小さな作業場を作って、そこに窯を置いて、今そこで製作しています。
そういう感じで、富士寺とか道明寺は、道明寺天満宮手作り市というのがありまして、そこに応募して出させてもらったのが、こちらの地域との関わりになりました。
最初は昼休みにちょっと行って、習ってという感じが続いたんですか?
そうなんですけども、結構陶芸って乾かしたりとか待つ時間が多いんですよね。
一般的にろくろをひいて、そこを削って乾燥して、湯をかけてという工程なんですけども、
私の場合、ブチブチにちぎれた時間帯だったので、昼休みの30分でそんなろくろができるわけもなく下手くそで時間ばっかりかかって、
そこで私がタタラ成形という、今作っているものはほとんどその成形方法なんですけども、
土を板状にスライスして、それを組み立てるという形が30分でできる最高の時間の使い方だったんですよ。
それでそっちの方で主に作る、始めたのが、今の形の成形のきっかけになります。
ボーベさんの器を見ていると、平らというか水平面がすごい特徴的だなと思って見て、
あれは、そういうやり方というか作り方があるんですね。
タタラ成形って昔からあるんですけどね。
回転体のものはろくろで回転させながら、遠心力を利用してろくろを引くという感じなんですけど、
タタラの場合は平面性というのが基本ですから、それを石膏で作った型に乗せて、
四角でも丸でも形にこだわりなくできるんですよね。
その歪みというのが厄介な問題があって、そこが平らにならなかったりとか、
こっちが歪んだりとかいうのは初期の頃は結構しました。
ああ、そうなんですね。
タタラ成形と平らな作品
他の工業製品とか作る上でも、平らにするとか結構難しいって聞いたりするので、
陶器も難しいのかなと思って。
一番平らになるのは今、量産品なんかで粘土をドロドロにするんですよね。
それを石膏の厚い型にトロトロっと流し込んで、時間を決めて残りを出してしまうんですよ。
そうしたら残ったものは同じ厚さで固くなるわけです。
それを外して何個かに分けるんですけども、
そうしたらそれは粘土の粒が筋質に入っているので、方向性を持っていないんですよね。
ろくろにしても回転しているから方向性があるんですよね。
私がやっているタタラも、かぶせて乗せて平らにするときにどうしても力が偏りがあるんですよね。
だから歪みとかもあるんですけども。
それはでも最近はその歪みも面白いなと。
自分で土を練って作るので、練る方法がいろいろ楽しめて、
今やっているマーブルの器も、もとは失敗でマーブルになっちゃったというのが初めなんですけども、
でもそれって面白いやんと思って、
わざとマーブルを全面に出すようなのをここ2年ほどやっているんですけども。
でもあれもあれでユニークな。
そうです。あまりやっていらっしゃるマーブル全面にというのはないというのを聞きますけども、
それもずっと延々と続けられるかどうかは私の中で飽きるかもしれないし、
今はまだ差し掛かったところでは、面白さを発見できている限りはやると思いますけども。
でも逆に言うと、ぼうめさんのファンの方もいると思っていて、
ぼうめさんのファンでマーブルのやつを気に入っている人からすると、今買っておいた方がいいかもしれない。
でもきっと1年前よりは面白く作れていると思うので、先に期待してほしいんですけど。
今はやっていることはベストの状態を持っているけれども、まだ分からないよという。
もっと面白いことをするかもしれないよというのがありますね。
それはありますよね。今がベストなものを作っていて、そのうち何か新たな気づきが得て、
変わっていくのもまた面白いですよね。
なるほど、なるほど。
僕がぼうめさんと会ったのって、たぶん1年ぐらい前の気がするんですよ。
その時もたぶん展示家なんかされていたような気がして。
ボウメさんの器の特徴と需要
展示する前後ですよね。
僕はたぶんたまたま来て、さっちゃんに紹介してもらって話をしていて、
なんかその器を見ても今まで見たことがない。
平らっていうのは今まであんまり、平らがその目に留まるデザインというか、
あんまり見たことがないなと思っていて。
どちらかというと底が円形になったりとか丸くなったりとか?
そうですね、器的には多いですよね。
板という言い方をするんですけど、本当にオードブルを乗せるような、
まず平らなものを作っている方がいらっしゃるんですけれども、量産には向かないでしょうね。
焼く時も平らなものって結構場所を取るんですよ、釜の中で。
壺とかやったら10個入っても、平らなものだったら1枚しか入らないとか。
あまり作家さんとかは作られる、興味を持たれている方が多いので作れると思うんですけれども、
あまり市場には出回らないですよね。
そうなんですね、だからないですね。
そういうらしかったのかもしれないですね。
なるほど、近所に陶器の作り方の教室があってって話ですけど、
そこに入ろうかなと思ったきっかけみたいなのがあったんですよね。
そうですね、昔から手で何かを作るというのはずっと続けている人なんですよね。
そうなんですね。
子供の時は家が量産していたので、布を切れで人間の服を作ったりとか、紙で切って何かを作ったりとか、
子供も私だけだったので親相手に遊んでいたんですよね。
そうなんだ。
大学も京都のデザイン科に行ったんですけれども、
プロダクト的な量産のデザインとかよりはちょこちょこ作る方が多分好きだったと思うんですけれども、
キャンバスに絵を描くという行為には興味を持ったことがなくて、
常に何か媒体としての手描きはあっても、それそのものが額に入れて飾るという方向には向かなかったんですよ。
うちの大学は割とアート系なので、デザインといってもクラフト、
バウハウスとかその辺の系統を引いているところだったので、
今の最先端の3Dで何かを作れるデザインはその頃にはまだあまり開発されていなかったので、
まだ手仕事っぽい感じのものづくりをしているのが好きでしたね。
版画とか写真とかちょこちょことやっていました。
じゃあ機械を使ってというのも製品としてあるけど、
手作りというかそっちの興味が強かったんですかね。
そうですね、多分世の中がまだそんなに機械化というのは産業的にはあるんですけれども、
デザイナーって何やねんという感じの時期だと思うんですよ、昔の話ですけど。
紙でコンテを書いてそれを型作る人に作ってもらってというのはあったと思うんですけれども、
私の方は自分で作る方が変更もできるし、
途中で見つけるというのかな、マーブルのように見出すこともできるし、
興味が湧いたんですね。
歪みなんて言えないけど、技術があまり表面に出るというよりは、
さりげなく作ってて私にもできます的なもので、
使いたい人が好きに使っていただいて、
くすって笑えるような余白があるのが自分が好きだったので、
器にもそういうのは多分出てると思うんですよね。
それはすごいわかりますね。
主張というところが少ないなというのは、
印象としてやっぱりあって。
ありがとうございます。それを目指すところです。
主張がないからこそ、いろんな人の手に取ってもらえるし、
やっぱりボウムさんがおっしゃっているように、
その人の好みに合わせて使ってもらえるのかなというのがいいですね。
結構コロナ禍のせいで、おうちご飯というのが盛んになってきていると思うんですよね。
それで結構ここにも来られましたけど、
若い男性が自分のために器を買うとかね、
そういう方は結構ちらほら見かけられるんですよ。
そういう需要があるというのは私も初めは考えもしなかったんですけども、
みなさん結構上手にお料理を作って、
どこかで何か買ってきて盛るとかね、
そういう楽しみをなさっているんですよね。
それと忙しいだろう子育て中のお母さんも、
意外にみんなおうちの生活を楽しむという方向で、
器を求めてくださったりもするんです。
やっぱり年齢が上がると、
もううちにいっぱい器があるからもういらないみたいになってしまうので、
お好きな方はそれでも一つ二つ求めてくださりますけども、
作家物と一点ものの器
割と作家物というよりは一点しかないという器よりは、
もうちょっと砕けた感じの、
自分も入り込める余裕があるような器というのがお好きだと感じています。
方向性として僕は個人的に好きだなと思っていて。
ありがとうございます。
特徴的なデザイン、器というのもあれば、
特徴をあえて削ってというか無くしてという形も、
使う人のことを考えてくれているなというか、
その人の個性とかユニークさみたいなのに光が当たっているみたいな感じがしていて、
僕は好きなんですよね。
ありがとうございます。
割と譲らないものってあまりないんですよ。
もしこれをもう少し深くして欲しいと言ったら、
できる限りやってみましょうかみたいな感じで、
こういう用途で使いたいんですけども、
作ってもらえますかという依頼もあるんですけども、
そこのぴったりフィットできるかどうかは分からないけど、
私なりにお話を聞いて、
じゃあこういうのを作ってみますという、
そういうところから物が出来上がってくるのもサイドであるんですよね。
主義主張の少ない器ですよね。
まあでも、それが坊主さんにとってもそういう器を作りたいなという気持ちと、
あと、坊主さんのファンの方もいると思うんですけど、
一致するポイントがあればいいものになるんだろうし、と思うんですよね。
次、どんなのを作っているか見に来てみようと思ってくださっていると思うので、
ボーメの実験と偶然性
そちらもリピートしてくださる方が多くて、ありがたいなと思います。
またね、手作りのうちはそれなりに楽しいんですけども、
今そんな会話が弾むような状況ではないので、
またね、外で市、マーケットが出来るようになったらやりたいと思っています。
コロナが落ち着いてくれば、だんだんマルシェとかそういうのとか外とかでも出来るかもしれないですよね。
市で、ドンベジも近いんでね、そこのマーケットで知り合ったお客さんが見つけて、
今インスタとかね、結構SNS使いやすくなっているので、
ここを見つけて、恥の里の農家さんに来てもらったりとか、
何かどこかで会ったことがありますよね、というような感じの出会いもありますし。
そうですね、そういうのは面白いかもしれないですよね。
それとここは、天使の幸子さんがお菓子とか料理を作って結構人気なんですけどね、
それに私の器も使ってみようかと思ってくださって、
こんなん出来たから、今度これでどうかなって提案したらこうした方がいいとか、
そんな強くはおっしゃらないけど、こっちよりこっちの方が使いやすいわとか、
これ重すぎるんですけどって言ったら、いやこの重さはこの器には必要かもしれないとか、
そういうね、提供する側の立場の話も聞けるし、大変ためになります。
ありがたいですね。
ぼうめさんって実験したりするの好きなんですか?
大好きですね。
好きなんですね、なるほど。
でも実験して、僕なんか思うのは、実験して人に見せるときにちょっと怖いなみたいなところとか、
気持ちとして若干あったりするんですけど、そういうのはあんまりあるんですかね?
結構失敗もしてるんですよ、途中でね。
でもそれは絶対原因があるから失敗につながってるから、
ちょっとその辺を何かいろいろ変更してみたりとか手法を変えてみたりして、
成功した時はやったって感じだし、
お客さんにどうですかって見せても量産に向かない、
量産って言っても私の場合知れてますけども、
続けて作るにはちょっと難しいところがあって、
ポシャル部分もあるし、頭ですごく考えてて素晴らしいと思っても、
出来上がったらつまらないのもあるし、
だからそれなりに等達されるんですけどね。
実験は好きですね。
釉薬も自分でパーセント、基本あるんですけども、
それで増やしたり減らしたりしてやってるんですよ。
私修行っていうのをしてないんで陶芸家さんのもとで、
全部自己流なんですよね、修行。
修行したらろくろもうんと上手になったかもしれないけど、
なぜ始めたのか50歳ですから、もう時間がもったいなくて。
それでテキストにしたのがフランス、ルーシー・リーっていうオーストリアの出身の女性作家さんで、
もう大前に亡くなったんですけども、
その人のレシピって言うんですけど釉薬の配合を本にしたのを、
マニュエル・クーパーさんやったかな、こんな厚い本を出してるんですよ。
それを元に自分なりに近い素材で置き換えてテストして、今、釉薬を使ったんですけどね。
それでもなかなか材料が微妙に産地とかで違うんですね。
石灰石とか蝶石とかでも、どこの蝶石とかで多分違ってくると思うんですよ。
ヨーロッパでももちろん違いますしね、土も違いますしね。
でもそういう偶然性というか、そういうのもありますよね。
そうですね、ありますね。
自分の技術とかだけでは決まらないことっていうのが。
多いですよね。
その偶然性のどこを自分がキャッチするかっていうのは、
つながりますからね、将来に。
なるほど、なるほど。
なんか楽しみでもありますよね。
そうですね、はい。
偶然性を全然失敗しても懲りません。
懲りない、めげない、諦めないというのはもっと。
確かに。
偶然性っていいですね、キーワードとしてね。
それをまた楽しむことができる気持ちもまたあるっていうのも、
多分その面白みにつながるのかもしれないですね。
はい、そう思いますね。
やっぱり自分で作ってて飽きないとか、可能性がまだあるなとか、
思えるポイントがあるんでしょうね、ボウムさんの中でもね。
続けられるっていう。
飽きませんね、全然ね。
それはなんかとてもいいですよね。
人と話してたらそこからヒントももらえるし、
次こんな人とコラボしたらこうなるかもしれないとか、広がりますよね。
一直線で積み重ねていくっていうのでは、
多分私の場合ないと思うんですね。
あっちゃこっちゃで何か可能性をトライキャッチして、
興味のあるものをちょっともらったり投げかけたりとか、
そういうキャッチホールしてると思います。
なるほど、でもなんかあれですね、
僕はなんかボウムさんの作品をノーウェアに展示してあるのを見ただけで、
ボウムさんとかでじっくり話す機会もそんなになかったし、
どうやってその最初スタートしてっていうのを聞けたし、
あとはなんかその形って、やっぱボウムさんが作る形っていうことに対して何か興味があったんですよね。
さっき平っていう特徴的なものもあったけど、
何かその裏に主張しないみたいなのも実はあったんだと思って、
なんか面白いなと思って。
平らな大きいお皿でも指がどこかに入らないと運べないじゃないですか。
そうですね。
その辺だけはやっぱり作ってみないと分からないので、
成形形に作った時はある程度高さがあっても、
焼くと重みで沈んだりするんですよね。
そうしたら肩をまた修正するんですよね。
なるほど、なるほど。
指一本入る深さはどの辺までかとかね。
そういうのは実験にしないと一回ではうまくいかないかもしれない。
なるほど、そうですね。
あとデザインの話ちょっとだけ触れようかなと思うんですけど、
僕デザイナーでも何でもないんですけど、
よく足すデザインと引くデザインというキーワードが
記事とか見てると出てくるんですけど、
この辺なんかどんな風な感じというか。
多分あまり足せないタイプだと思いますね。
といってそぎ落として、これがシンプルの極みというのも
自分の中の遊び心というのは盛り込めない部分もあるんで、
どっちとも言えませんよね。
ただ技術、前も言いましたけど、
技術が前面に出てくるような作品は苦手なんで、
指跡がありありと作家さんの指跡が残るような器とかね、
そういうのはあまり好きじゃないんですよね。
器に絵を描くというのも、筆で絵を描くというのも苦手なんですよね。
やるとしたら、撥水剤という水をはじく素材があって、
それを土が艶きの段階で撥水を塗った後、鉄筆で描くんですよ。
そうしたらそこが傷つきますよね。
そこに色を入れてもう一度焼くとその色が定着して、
そこに油絵粉をかけて焼くというのはやったことがあるし、
今でも時々ワークショップなんかにするんですけどね。
そういう湾工程があるような足し算というんですかね。
そういうのは好みなんです。
ただ筆で花芽を描くとか、そういうのは技術的にもできないと思うんですね。
結構難しいんですよね。
筆につける量の問題とかね。
なるほど。
まあ、そうですよね。
足すってなった時に何を足すかっていうのもまた悩みどころですよね。
機能が加わるから、いっぱいつければええというものでもないですよね。
確かに。
洗うとか収納するとかを考えると、
デコボコはなるべく避けて重なれるようにしたいとかね。
その辺は最低限それは大切だと思っているので、
あまり足すことはできませんね。
逆に引くっていうキーワードを聞いた時に、
引くってどんな感じなんですか。
ぼうめさんの器作りの考え方
引くって聞いた時。
不要なものを外すっていう感じですかね。
なるほど。
それは製作する過程でちょっとやってみたけど、
これは私らしくないわと思ってやめにするっていうのはたまにありますけども。
そうなんですね。
やっぱり頭で考えてるとね、やっぱり仕上がると違うんで。
重さとか、髪の上では重さって感じないですけど、
大切な要素ですからね、重さとかね。
見た目だけじゃなくて。
やっぱり陶器って、実際に焼くっていう工程が入るから、
さっき言われたように、出来上がりで指が実際に持った時に入らないとかっていうのも当然あるじゃないですか。
重みでさっき下がるって言われてたように。
そうです、そうです。
実際に持った時にバランス的にいいのかとか。
見た目よりも重い器と見た目よりも軽くなる器とかって、
どっちがいいとも言えないんですけどね。
口のところを薄くして、触った時にあんまり重量感のないようにするとかいうのはやれますね。
平のお皿でも指一本入れるために肩は削るし、
乗せる土も公園部って周辺部を薄く仕上げるとか。
ただ描きやすいんで、また工夫があるんですけどね。
こんなのはきっとプロダクトではなかなか形にならないと思いますね、量産には。
作家っていう形で作られてくる器っていうのもまた、
量産品ではできないことができたりすると思うし、
その点は何かいいのかなと思いましたね。
大体本編はこのぐらいかなっていう感じなんですけど、
最後にいつもこのラジオで聞いてるんですけど、
クリエイティブっていうカタカナ言葉について、
ぼうめさんってどう思いますかって質問してるんですけど、
どんな感じですか、クリエイティブとか創造的とかみたいなことって。
やっぱり使い手の自由度を維持しながら、
押し付ける表現ではなくて、
偶発性のある手仕事の味わいみたいなのを残しつつ、
やっぱり機能を重視したいというのがもっとですかね。
現代ものじゃなくて昔作家さんが作られたものも
すごく素敵だなと思うのも、
美術館にあるようなものでも感動しますし、
それは楽しませてもらってますけど、
自分ではもうそれは作れないと思いますので。
でもあれですね、ぼうめさんの話を伺っていると、
作り手であるぼうめさんから見たときの作り方というよりは、
使う人側から見たときの使い勝手とか、
あるいは機能性だったりとか、
使い手の自由度みたいなのを重要視しているという感じなんですかね。
きっとそこにあると思いますね。
自分が使いたいものを作り始めたというのがスタートですから、
いくら素敵でも使えないものは作りたくないですね。
飾り物というのもあまり興味がないと思います、私自身は。
なんかその辺の、
今日お話聞いてみて、
ぼうめさんの優しさみたいなのが聞けて嬉しかったなと思って、
人に対する優しさみたいな気遣いとかっていうのは、
逆に使ってくれる人のことを思ってのことかなとも思ったので、
なんかいいなと思いましたね。
ぼうめさんの優しい心と作品への思い
ありがとうございます。
リピートしてくださる方には、
あのお皿汚れてきてませんかとか、
かけはないですかとか聞いてしまいますね。
余計なお世話です。
私がアドバイスできるようなことは、
この程度だったら、
安いで擦って、
手とかを切らないように使ったら十分お家で使えますよとかね、
シミはこうしたら取れやすいですよとかね、
そういう話はしますね。
長いこと楽しんでいただきたいというのがありますから。
そうですね、はい。
大体そうですね、
ぼうめさんとちょっと短い時間でしたけど、
お話聞けて嬉しかったです。
楽しかったです。
なかなか振り返ることが。
振り返りをね、できるといいですよね。
今回の今の展示っていつまであるんでしたっけ?
11月7日ですね。
7日までですね。
11月7日までのうえ、
はじの里で展示がされているので、
ぼうめさんも何日か来られる予定があったりしますし、
また実際ぼうめさんとお会いして、
話してもらってもまたいいかなと思いました。
11月3日の祝日と最後の土日ですね。
6日なのか在転しますし、
最後の日はちょっと5時頃に搬出になるので、
早めにお越しください。
じゃあ今回の稲妻キャストですね、
第5回目になりましたが、
ぼうめの妻のぼうめさんにお越しいただきました。
ありがとうございました。
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