1. Cra出しRADIO 工芸とカルチャー
  2. S2 ep11 二つのルーツが混ざり..

京都・清水にて窯元・蘇嶐窯を営む四代目涌波蘇嶐さん・まどかさんご夫妻をゲストにお迎えしてお送りする3回シリーズ。
初回は、陶器って?磁器って?清水焼って?という基礎的なところからお話いただき、蘇嶐さんのルーツである青磁と、まどかさんのルーツである福岡・小石原焼の何がどう違って、それが融合するとはどういうことなのかをお聞きしました。聞けば聞くほど、お二人でしかありえないモノが生み出されていることが見えてきます!

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パーソナリティ:岩田篤 蔡海 福原志保

00:01
クラ出しRADIOは、使わなくなった大切なものを様々な手法で生まれ変わらせるコレクティブ。
コンクラのメンバーが、工芸を軸に、物と人との関係、物を作ることについて、皆さんと一緒に考えていく番組です。
コンクラの岩田です。
海です。
四方です。
ためましたね、海さん。
ためたね、だいぶ。
年明けから3人、リアル収録で3回お送りしましたけども。
久々のリアル収録で、はめ外しすぎた感じもありましたが。
最長回だった。あれ、最長回でしたっけ、あの時は。
最長回になったのかな。なったかも。
まだちょっと収録、編集してきてないからちょっとわかんないけど。だいぶ長かったと思います。
今日も、3人とも興味津々なので、また長くなるんじゃないかなっていう予感がしてるんですけれども。
今日からはゲスト回またお送りしていきます。
3エピソードにわたってまたお話を伺っていこうと思うんですが。
まずは早速お越しいただいてますので。
今日はゲストお二人。初ですね、ゲストお二人。
そうだね。いつも一人。
なのでまずはお二人に自己紹介していただきたいと思います。お願いします。
ソリュウガマの枠並みソリュウです。
枠並みマドカです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
待ちに待ってましたこの回。
というわけでまずは僕の方からお二人の紹介を改めてさせていただきたいと思います。
ソリュウガマより4代目枠並みソリュウさんと枠並みマドカさんにお越しいただいてます。
ソリュウガマは京都清水に工房を構える鎌本です。
京都清水焼きの伝統と福岡小石原焼に伝わる技術をそれぞれ受け継ぐお二人が
互いの技術を融合し茶道具から食卓の器セラミックジュエリーまで幅広く製作されています。
美しさと機能性を兼ね備えた器で新しい伝統への向き合い方を提案され続けています。
というわけで、倉田紫ラジオとしても陶芸というジャンルの作り手の方を招きするというのは今回初めてですよね。
はい、そうです。
というところだけでもいろいろ僕もど素人なので基本的なところがお聞きしたいなとこもあるし、
03:05
ソリューガマさんのすごく独特なところ、今の読み上げた中でも出てきましたけども、
お二人の別々のルーツを融合されているみたいなお話とかちょっとじっくり伺っていきたいなと思うんですけれども、
僕めっちゃ素人なので、海さんとかに聞いてもらった方がいいかもしれない。
どこから声を下げていったらいいんだろう。
例えば、僕も全然知らないからぜひ伺いたかったなというのが、
場所が一応、窓子さんのお話を追って伺うとして、清水という場所と陶芸の歴史みたいなところから簡単にお伺いできたらなと思っているんですけど。
そうですね。清水焼きって何だろうとか。
そうですね。お近くにも陶芸のすごく大きい会館とかあったと思うんですけど、
一観光客としては、この辺りにすごく清水焼きというものがあって、
現代的ないろんな作家さんがおられるということぐらいまではわかっているんですけど、
その歴史であったりとか、成り立ちみたいなところからちょっと伺えたらなと思ったんですけど。
これは曽留さんからお伺いした方がよろしいでしょうか。
そうですね。正式名称は清焼き・清水焼きというふうに2つの名前があるんですけれど、
もともとこの清水の地区、僕らでいうと五条坂っていうところなんですけれど、
ここに京都の陶器をやっている作家であったりとか職人が集まったっていうのがもともとの発祥です。
ただ京都っていうのはいろんな地区もありますし、結構いろんな影響が受けたりとかで、
江戸時代の前伏見大和ぐらいが発展してきて、一人の作家の野沼仁世っていう方からスタートしてるんですけれど、
割と特色というか、なぜこの辺にできたかっていうと、
やっぱりそこにまず上り窯っていう窯を作らないといけないっていう地理的な要素があるんですよね。
そこには坂がないといけないんで、そしたら五条坂のこの辺りの地区に窯を作ろうっていうところで、
結構皆さんが集まられたと。
坂ないといけないんだ。
そうなんですよ。
全国の産地って全部坂があるところにしかない。
06:01
全部坂ではないんですけど、京都は特にこの辺りがよく選ばれて、正確な数はわからないんですけれど、
40基から50近くはあったんじゃないかっていうふうには言われてます。
現像するのは割と少ないんですけれど、
それが集まられたきっかけっていうのがあって、
そこからもう一個特徴として、京都は土が取れないんですよね。
土が取れないってことは、他のところから土を持ってこないといけませんので、
今だったら業者さんが持ってくるんですけれど、
割と昔っていうのはそれぞれが持ってきたりとか、各集まって土を持ってきたので、
割と先ほど言われた陶磁器会館とかそういうふうなところに集まってる作品っていうのは、
割といろんな種類のものがあるんですよね。
ごめんなさい、すっごく基本的な質問なんですけど、
土ってその辺の土を掘って使ったりっていうことでは、
陶器の材料にならないんですか?
その辺の土を取って焼くことはできます。
ただ条件として作りやすい土であったりとか、
焼いたら形が崩れてしまうっていう意味がないので、
結局ある程度陶器に適した土っていうのを取れないといけないんですよ。
それが京都にはなかったんですよね。
そうすると周りのしがら木であったりとか瀬戸とか、
今だったら九州からも入れてるんですけれど、
それを持ってこないといけない。
でもなんで土がないのに栄えたかっていう話をしないと。
ああ、なるほど。
なんかいい連携プレイだ。
なぜ栄えたかって言ったら、
京都っていうのはもともと都ですよね。
桃山時代とか江戸時代っていうのも、
一応天皇さんがいて人が集まってくる土地柄なんですよね。
そこに陶芸だけではなくて、
違う工芸もそうなんですけど、
人が集まるとそういう文化が生まれるんですよね。
特に天皇さんがいられたっていうところもあるんで、
主だったらお茶の文化であったりとか、
お花の文化であったりとか、いろんな文化があるんで、
その中で陶器っていうのも使われていく。
そうすると人が集まっていろんなものを作り出していく。
それが日常のものにもつながっていったっていう歴史が、
やっぱり都っていうのは一つの大きい要素だったと思います。
流通のルートがちゃんと出来上がってたので、
陶器の土を運べるし、都だったのもあって、
いろんな各地の焼き物をする人を呼び寄せて、
切磋琢磨して、より良いものを天皇に。
09:00
そういう文化もあったので、
集まってきて、出来上がっていったみたいな。
だから、産地だから生まれる文化っていうのがほとんど多いと思う中で、
もともとその文化が生まれる条件が揃っていたからこそ、
いろんな産地から素材を集めて作るっていうスタイルが出来たってこと?
そうですね。地方のビゼンとかタンバとかは、
土が採れるから陶芸が栄えるっていうのが基本なんですけど、
京都は本当に土が採れないのに、都だった、文化だったりとか、
そういう流通が栄えたというところから、陶芸が確立していったっていう背景があるので。
面白いですね。
僕、全然詳しくないくせに、
割と近所に住んでた時期があったりもしたので、
御城坂の陶芸祭りとか行って、見てもらったりみたいなことはしたりしてたんですけど、
いまいち清水焼きっていうものが何なのかよく分からなくて、
見ててもいろいろあるなって感じで。
特色がないのが京焼き、清水焼きというか、
その都だったのもあって、いろんな投稿が呼び寄せられてっていうのがあって、
本当に作家さんの数だけ作風があるというか、
ビゼン焼きっていうのはこういうのってみんなが想像できるようなのがあるというわけではなく、
うちみたいな精神もあれば、色絵とか艶やかなものもあれば、
本当に釉薬のないシンプルなものから、
京都、清水焼き、京焼き、清水焼きのこの区切りに入ると、
本当に作家さんの数だけいろんな特色があるっていうのが、
逆に特色がないのが特色っていうか。
だから一番の京焼きたらしめるものっていうのは、
その場所に釜があるかどうかっていう、
そんなことに突き詰めるとそんなことになるんですかね。
でも釜がたくさんあった中でもだいぶ減っていて、
その清水焼きっていうのはどうやって、
場所じゃない条件で残っていけるだろうって今聞いてて。
釜がなかったら清水焼き。
そうですね。上り釜っていうのがあったんで集まって皆さんがやって、
うちの父の頃は京道釜で上り釜で焚いてたんですけれど、
京都市がちょっと条例で煙を出したいけない、
つまり上り釜を焚いてはいけないっていう、
薪を焚いてはいけないっていうことだったんですよね。
そうなると今頼るのは電気釜かガス釜にしかならないんで、
各自が各々で釜を持つようになったんですよ。
それは別に坂がなくても当然平地でできますし。
京都じゃなくても。
そうなんですよね。そこで皆さんが焼いて、
12:00
当然土もそうやっていろいろな土を当ててますから、
うちの特色の製地っていうちょっとガラス質の多い土から
結構鉄分が入っている僕らでいう赤土っていう
ちょっとざっくりした土であったりとか、
それによっていろんな作家さんの特色ある作品が
生まれていくっていうところもあります。
すごい寛容な文化。
何だろう、なんとか焼きはこうでなければとか
なんとかっていうべきがないから、
ある意味何でもありを続けていくのって難しいじゃないですか。
確かにね、何でもありになった時点で
名前がなくなる可能性だってありますよね。
京都ってなんか、京都ブランドというか、
京焼き、清水焼きとか京都っていう言葉にすごく守られているというか、
そこの土地でやるからこそのプライドだったり、
そういうのがあるので。
僕は福岡の妻から、出身の妻から感じるところは確かに、
初めて気づかされたところ。
外の面から見るとやっと分かることみたいな。
世界的にどこかでこんな状況だ、
日本だと京都だけなのかもしれないけど、
他の国とかでそういったような状況の、
何かあります?陶芸とかで。
いやどうだろう、世界に目を向けてあまり調べたことがないので。
多分すごいロイヤルな事情が今の話だとめちゃくちゃ絡んでて、
天皇もそうですし、句言もいて、
すごくラグジュアリーなものに対する需要が目の前にあったということが
すごく大きいなという話を聞いて感じたんですけど、
適当なものを作っちゃいけない、
すでにそういう場所があるというのが、
いきなり我々が言って仕事だけど、
テクニックも何でもありだったら、
これを京都のですって言って認められるかどうかっていうのがやっぱりある。
それなりのクオリティーのものじゃないという。
ただでも京都は伝統伝統って言ってますけど、
やっぱり受け入れるのは受け入れるんですよ。
ですので、そうやって技術を学ばれた方が地方から来て独立される方もいらっしゃいますし、
それを受け入れて当然発表する場であったりとか、
作品で商品を扱われる方もいらっしゃると思うんで、
ただその時点で答えは出ないというか、
つまり京都は歴史があるんで、もしかしたら10年後、もしかしたら100年後に認められていくっていうのが、
京都はそれを繰り返しているような感じは受けるかなと思います。
15:05
今からでも行ってやるぞっていう人は諦めなくていいんですね。
いや、もちろんそうや。
私たちがそもそもアウトローというか、ザ王道という感じではない、
私たちが受け入れてもらったりとか、面白いと思ってもらえるっていうのは。
ちょっとその曽留川さんがどうアウトローなのかっていうところを分解していきたいというか、
お聞きしていきたいんですけど、
そういう清水焼きっていうジャンルがあるっていうお話からですけど、
その中で曽留さんのお家の今4代目ということですけど、
やってこられたことっていうのは清水焼きの中でもどういうことをされてきた?
うちはもう一つのあるものとして、
清水っていう青い焼物を代々受け継いでる家なんですよね。
うちには師匠さんの家があって、
諏訪蘇山さんっていう方なんですけれど、
京焼きの清水では一応第一輪車っていうふうに表現されたりとかされる方で、
その方のうちのおじいちゃん、初代の枠並み曽留が弟子を利用して、
技術であったりとかいろんなこと知識を学んで、
独立するときに枠並み曽留っていう形で、
政治を中心にいろんなことをするんですけど、
政治は主にやっていくっていう青の焼き物の家です。
たぶん、ちょっとまだよくわからない方のために、
磁器と陶器の違いみたいなのもご説明いただけたら。
うちがやっているのは磁器っていう、粘土分類には入るんですけれど、
ガラス質が多い、つまりちょっと繊細な土なんですよね。
それをすることで色合いが結構白さが際立ちますんで、
結構色が綺麗に出る。
陶器のほう、地土ではない陶器のほうは、
どちらかというといろんな不純物であったりとか、
ちょっとざっくりした土なんで、
逆にそれが風合いとしていいパターンもありますんで、
そういうのも大きく分けたら土の種類が二つあるっていう。
どちらかというとうちは磁器のほう、ガラス質の多いほうを使っているっていう家です。
陶芸っていう括りに陶器と磁器があって、
磁器は石の粉でできたもので、陶器は粘土でできたものっていう、
素材がまずスタートが違うっていうのが最初で。
18:02
そういうわけで全然違うんだなって思いました。
現代の人とか分かりにくいと思うんですけど、
磁器が多分できる、世界的に中国とかでやられてたのが、
みんなができるようになったのって、
19世紀とかもヨーロッパで焼けるようになったのもすごい最近だと思うんですよね。
多分それぐらい専門性が磁器に関しては高いようなイメージが、
ちょっと歴史をかじってるぐらいの僕からしたらあるんですけど、
そういう中で初代の祖竜さんとの師匠ですかね、
磁器を京都でやるっていうのは、
結構みやびなものを扱ってるっていうイメージもあるような気がしますし、
そういうような、すごい乱暴な言い方ですみません、
高級路線な感じだったんですかね。
茶道関係が一応中心にやってられる柄なんで、
確かに高級といえば、もしかしたら一般的から見れば高級だったと思うんですよ。
諏訪さんのところも、うちもそうなんですけれど、
金沢からこちらのほうに来てるんですよね。
ということはやっぱり京都、そうなんですよ、金沢出身で、
京都でそういうふうに他のところの技術も学んで、
自分のそういうふうな目指すもの。
うちの諏訪さんのところから言うと、
青がやっぱり綺麗っていうところがあると思うんですよね。
それを目指してやってるっていうところですかね。
ちなみに青いっていうのはなぜ青いんですか。
それも石のそもそもの色が青いってことですか。
結局うちの話になってくると、
先ほどの地土っていう石の粉、デカラス質が多いものに、
そこにもちょっと色合いをつけないといけないので、
鉄分であったりとか何種類かの顔料を組み合わせて、
ちょっと青緑のような生地を作るんですよね。
色を出すわけですね、混ぜて。
白だけだったら深さが出ないんで、土にも混ぜてあげると。
あとはその上にかける上薬っていうものなんですけれど、
それにも鉄分が入っていて、それを最後にかまれたくことによって、
化学変化で青が出てくるっていうところを目指しているというところです。
なるほど。
その調合っていうの、配合っていうのかな。
混ぜ方とかがやっぱりちゃんとやらないとその色が出ないってことですよね。
21:07
結局うち初代からやってるんでレシピがあったりとか作品があるんで、
一番の見本じゃないですか。
でもそれどおりにやってもできない。
結局レシピどおりに土作って予約して、
かまもある程度炊いたらできるだろうって正直最初簡単に思ってたんですよ、スタートするときは。
私今聞いててそう思ってる。
だいだらやってるんでね。
ただそれがやっぱりちょっとした調合の違いであったりとか、
やっぱり感覚っていうんですかね、その釉薬をどのぐらいかけるかとか、
最後のかまの炎の見方であったりとか、
その組み合わせで初代おじいちゃん二代父とかが精査たくましながらやってたっていうところがあるんで。
あと取れる土も原料も年月日とともに変わっていくので、
同じレシピで30年後に炊いて同じものができるかっていうとやっぱり変わるんですよ。
そのときそのときに取れるもので合わせていって一番良い理想を目指すみたいな感じで。
なるほど。
ちょっと並べても全部が全部全く100%同じではないけど、
よく見るとちょっとした一個一個の色味が少し違うっていうのは、
そのときの偶然も入っているってこと?
そうですね。偶然もありつつ、本人が目指す青に向かって調合を随時変えていっているので、
何年前の青とはやっぱり変わってきたりもするし。
なるほど。
そうしましたら、この流れで今、
曽留さんの方のルーツをなんとなく中心に辿ってたんですが、
窓川さんの方の、今どういったら表現したらいいんですかね。
小石原焼き。
小石原焼きの方から今どういうニュアンスがマージしているのかみたいなところまで。
ちょっと言葉がうまく出てこなくてすみません。
そうですね。私の実家の福岡の小石原焼きっていうすごい民芸なんですよ。
夫がやっているのは政治の茶道具とかっていう世界で、
私の実家の方は民芸の生活雑記という、本当に陶芸の世界の端と端にいて、
彼のお家は飾るものだったり、床の間のものだったりを作るお家で、
私の実家は使うものを中心に作るお家みたいなところで、
全く違うところだけど女子陶芸っていう国にいて、
24:02
最初届いたときには彼が作家として活動するのを支える生活というか、
そんな形でずっと行ってたんですけど、
やっぱり茶道具だけで食べていく難しさみたいなのもあって、
どうやって陶器だけで食べていけるかなみたいなところに来たときに、
違う産地の二人が一緒に仕事をしてるって珍しいよねって周りの人によく言われることが増えて、
じゃあ私たちだったらできる世界観があるんじゃないかっていうところから、
実家の民芸の技法のとびがんなっていう技法なんですけど、
その民芸の技法をあえて生地っていう茶道具とかの使う床の間の器に掛け合わせることで、
食器展開というか使える器としての活路というか、
方向性が見えるんじゃないかっていうところから、
その実家の技法を生地に取り入れるっていうところに行き着いた感じです。
そのとびがんなっていうのはどういう技法なんですか?
使うのが昔の時計って、ゼンマイ式の時計って薪時計じゃないですか、
古時計のゼンマイを切って加工した道具を使うんですけど、
その道具を使ってろくろを回転させながら土の表面に当てていくと、
土の抵抗にカンナの先が引っかかって小さくバウンドしていくんですよ。
器を見ると彫刻刀で彫ったような溝ができるんですけど、
ろくろの回転の速さと道具の角度と土の硬さとかいろんな条件があったときに、
連続した削り目が入れれるっていう技法になっていて。
本当に口で説明するのが難しいんで。
説明を設定するのが難しいですね。
僕もある人のやつを見たことがあるんですけど、
ろくろを回して、なんて例えたらいいんでしょうね。
木板にチョークでタタタタタってやるような。
プルプルプルプルっていう。
もう一瞬、聞いている方が思っているより一瞬でその仕事が終わるんですよ。
そうなんですよね。2秒とかで器に入れれる技法で。
速いですね。
極端に言うと一発勝負なんですよね。
そうなんですよね。
この道具なんですけど、本来薄い鉄でできている道具なので、
この柔らかい鋼になってて、当たると反発性で弾くというか。
土の抵抗で引っかかって、これが高速でバウンドしていくっていうのができる。
これ最初に思いついた人天才だった。
最初の窓川さんのご説明で、
ねじ巻きの時計の中のゼンマイのところっていう説明があったんで、
27:04
ほうと思ったんですけど、
この倉田知事は最初の方に民芸の話も3回ぐらいエピソードでやってて、
結構柳宗義って人とかバーナードリッジって人とかが、
割とその時期にいろんな産地をプロデュースしてみてたみたいな、
そういう話とかも出てたんですけど、
そういう時計の部品が道具として使われているってことは、
技法としては割と新しいってことですか。
うち直14代続いてるんですけど。
14代。
14代。数百年。
何年なんでしょうね。
私もあまり詳しい歴史は知らないんですけど、
父の代が14代で、今の当代で15代目なんですけど、
その初代からやってたかっていうと多分そうではなくて、
なんでこれしようと思ったんでしょうね。
ちょっと言葉で伝えきれないので、
聞いてる方はソリューガムさんのサイトをぜひ見てほしいんですけど、
さっき橋と橋って言ってて、
いわゆる民芸でザツキっていう風にご紹介をいただいてたんですけど、
ザツキというには何て言うんですかね、
すご腕のストリートカルチャーみたいな感じぐらいのレベル感はありますけど、
僕からしたらちょっとある種の超絶技巧じゃないですけど。
そうですね。
教えにくそう、すごく。
やってみて練習してやっと習得できるみたいな。
そうですね。こうしてこうするんだよっていうよりは、
本当に数をこなして取得する技法というか。
僕できないですから。
そうなんです。
誰って言われても。
アスリートみたい。
アスリートみたいですね。
僕今日お話しすると思って、
家に昔買った花瓶が、これ多分小石原焼きなのかな。
小石原か温田かですよね、多分ね。
温田が大分県でしたっけ。
そうですね。大分の温田焼きか、福岡の小石原焼きか。
違う場所で似たようなことを思いついた人がいるってこと?
それは福岡の小石原焼きの焼き物をやってた登校の人が、
大分県の方に移り住んで、そっちで温田焼きをしたので、
そこから派生したっていう感じですね。
明確にあるものなわけなんですよね。
とにかくそのトビガンナっていうのが、
いろんな器を作る中でも基本的に必ずそれを入れるみたいな。
そうですね。実家の小石原焼きに関して言うと、
30:01
トビガンナとかハケメとか、
気化学的な連続した模様が特徴になっていて、
それを見るとわかる人は小石原焼きか温田焼きっていうのがわかるみたいな。
これもやっぱり偶然との掛け合わせで、模様がやっぱり一個一個違いますよね。
そうですね。もう人の手が入れるので、一つずつ。
そのたった2秒の間の何が起きているかわからない中での、
それってたまたまの組み合わせで、幅とか深さとかそういうのが決まっていくじゃないですか。
そうですね。
やっぱり体で無意識の中で覚えちゃってるって感じなんですか。
こうしようとかいうふうに意図的に変えられるものなんですか。
それは変えられますね。土の硬さとかでやっぱり深さも変わるし、
回転の速さでも変わるし、道具の角度でも変わるので、
自分がこうしたいと思うところには合わせるようにはするけど、
それでも毎回全部が100%同じように入るかというと、そうでもなかったりするので。
今のお話は小石原焼の代表的なトビガンナの模様の付け方だと思うんですけど、
補足でいうと、一回粘土で成形してから白い化粧みたいなのを付けるわけですかね。
そうですね。小石原焼は茶色い赤土でろくろをひいて、それに白化粧をかけて、
そこにトビガンナを入れることで、削られた溝が下の地の茶色い土が出るという、
白と茶色のコントラストが出るのが小石原焼の特徴です。
そこからの今の僧侶川さんの話の特徴に戻ると、そうではないということですよね。
そうですね。うちはそれを政治とか時期に取り入れているので、
本来だったら茶色と白のコントラストなんですけど、
うちはその単色の土にトビガンナを入れて政治の釉薬をかけることで、
政治の釉薬の濃淡でそのトビガンナの模様を出すというやり方にしているので、
同じ技法にもかかわらず見え方が全然また違ってきて。
この方法でやっていこうというか、この方法いいねというのって、
他にもいろんなトライアンドエラーとかされたりしたんですか。
実家との民下を掛け合わせるということに関してですか。
掛け合わせの、ここを取っていこうみたいな。
例えば別に白化粧をしてから、もう一回政治を掛けてもいいのかもしれないしとか、
33:00
いろいろあるじゃないですか、他の方法って。
でもやっぱり政治の濃淡でやっていこうっていくに至った。
もともと政治が色と形で勝負するシンプルなものっていうのもあって、
夫もそうですけどあまり過微な装飾をしたくないっていうのがあって、
シンプルな中で個性を出すとか、そういうところでいうと、
私たちが今やっている削られた溝に釉薬がたまる濃淡で表すっていうのが、
一番しっくりきたというか。
思いつく前とかは、例えば同じご夫婦で窯を運営されながら、
別々に作刀活動みたいな感じはされてたんですかね。
そうですね。最初の10年とかは私が旧姓のままグループ展に出したりとかはしてたんですけど、
色々ややこしかったり難しかったり。
同じ工房で作るので、作品がどこまでが何でどれが夫でみたいなのが難しくて。
今のソリュウガマのものも工房に来られて、
どれがお旦那さんのでどれが私のですかとか聞かれるんですけど、
それがなくて基本的に必ずどちらもの手が入ってるんですよ。
絶対夫が形を作って、私が削って装飾をするとか、
予約は2人でかけて窯は彼が炊くとか。
100%1人しか携わってないっていうのがないので、本当に強作のものになっていて。
2人の得意なところを主にやってるっていう。
持ち寄ってる。
最初に時期に対するトビガンナを見て、
しかも2方で技法を分け合ってるのを収録の前にお伺いして聞いたときに、
コラボレーションの方法として大発明だと思ったんですよね。
やっぱり得意なところもそうですし、形と表面のテクスチャーがもぞく意味を成しているので、
すごいコラボレーションなんだなっていうのはお話聞けば聞くほど。
これはもうあれだよ。一般の言葉で言うとイノベーションっていうやつなんじゃないかな。
なるほど、でもそうですよね。
きっかけで言うと、それこそ夫が作家として活動しているとこに、
私がとついで10年彼を作家を支えるみたいな感じでやってたんですけど、
その茶道具だけで食べていくのが難しかったりするときに、
うち息子が小学校の低学年のときに早くから俺が5代目継ぐって宣言してくれてて、
すごい意識が高い小学生だ。
36:03
ちっちゃいなりに俺5代目継ぎたいけど陶器だけで食べていくのは厳しいし、
何のバイトしようかなって言われたのがちょっとショックで、
実際そうなんですよ。
リアリティがありますね。
継ぎたいと思う背中なのに陶芸で食べていくの厳しいリアルもこの子はもう感じてるんだっていうことが、
私たちの中で嬉しくもありちょっと悲しくもありみたいなところがあって、
実際そのとき私バイト2つ掛け持ちしながら彼への陶芸を支えるみたいな生活をしてたんで、
それはそう思うわって思って。
じゃあせっかく継ぎたいって言ってくれる息子にどうやったらいい形でバトン渡せるかっていうところを、
2人で目の前の仕事を考えるんじゃなく、
20年30年先を見越した仕事の仕方に変えていかないと、
これはダメだっていうことにそこでちょっと一念本気して、
じゃあどうやったら陶芸だけで食べていけるかっていうところで、
彼の作家としての若波ソリューという活動と別に、
夫婦で違う産地の技術を融合したものづくりのソリュー窯っていうのを立ち上げて、
日本の柱でいくのがいいんじゃないかっていうところに行き着いたんですよ。
10年間このちょっと超絶すごい飛び込んだ技術眠ってたわけですか?
そうですね。私は私のものに使うことはあったけど、
政治に取り入れるとかはやってなくて。
そもそもなんですけど茶道具とか、
床の間のものに民芸を掛け合わせることがタブーじゃないかっていう怖さもあって、
今までのお客様に対する、言い方あれですけど裏切りにならないかとか、
受け入れてもらえるのかっていう怖さだったり、
そこはすごく私たちもちょっとビビってたというか、
ありなのかなしなのかみたいなところがあったんですけど。
怖いね。反応的にはどんなだったんですか?
息子がそういうふうに言ってくれたことだったり、
私たちにできる、私たちだけの世界観を探したいと思うことだったり、
彼の父が高校生の時に亡くなってて、
私たちは二人でとりあえず陶芸でやっていくしかないっていうところがあって、
まずやってみて、お客さんの反応を聞いて、
そこからまた答えを探すっていう、
頭だけで考えて無理とか無理じゃないって判断するよりは、
そうのほうがいいんじゃないかみたいな。
とりあえず形にして物を見てもらって、
いろんな意見であったりとか、
言われない方もいらっしゃるかもしれないですけど、
とりあえずは出していこうっていうのがきっかけ、最初のスタート。
でも私たちの中で一番最初は茶道具には入れないという扉の、
生活の器として政治を使いやすくするために
初期展開の中では使うけど、
茶道具には持ち込まないっていうのを決めてスタートしたので。
39:00
枠並み素流として出すものに対しては、
飛びガンナーを入れないっていう形でして、
素流がまっていうところで、
初期とかそういうところで展開していこうっていう、
一つのルールを作ったんですよ。
めっちゃ分かりました。
なるほどね。
もうちょっと今お聞きした試行錯誤と、
初期っていう方に行ったところのエピソードを深掘りしたいんですけど、
少しお時間が来てしまったので、
次回以降もっと掘り下げて。
次回もお楽しみということで。
ということで、
では来週もお二人をお招きしてお話していきたいと思います。
倉田氏ラジオは毎週火曜配信しておりますので、
来週もぜひお聞きください。
コンクラコレクティブを合わせてご興味をいただければ、
概要欄からリンクをチェックしてください。
あとSNSでハッシュタグCONCRAで皆さんの感想とか、
あとご質問を受けたまっております。
専用フォームもある。
あとちなみにこれ配信が1月の31日なんですけど、
それ以外も何かそのタイミングでお伝えしておくことがあります?
2月はですね、オーストラリアに仕事をし…
ちょっとなんかその話次聞きたいぞってなってしまった。
これが配信されているフォロワーは絶賛オーストラリアに行きたいです。
オーストラリアに行きたいです。
オーストラリアに行きたいです。
オーストラリアに行きたいです。
オーストラリアに行きたいです。
ちょっと次回以降それも話聞きたい。
というわけで来週もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。
41:05

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