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IKUKO Labo ワンダーランド
こんにちは、IKUKO Laboの金田 イクコです。
えーと、また大天気が寒くなってきて、
今日はエアコンと灯油のストーブを両方つけておりますけれども、
もう少ししたら、ゆで実用の補足、追加の動画を少し撮らなきゃいけないので、
そうすると、今ね、灯油のファンヒーターがついてるんですけど、ちょっと音が大きいですね。
これ止めて撮らないといけないなというところで、
えーと、ポッドキャストもYouTubeもそれほど音質にはこだわらないんですけれど、
ゆで実は音質すごいこだわって、音質っていうか、いい音じゃなきゃいけないっていうんじゃなくて、
雑音がものすごく厳しくチェックされるんですね。
雑音って何かっていうと環境音ですね、ゴーっていう遠くの車の音とか、
あるいは何ですかね、何かの冷蔵庫とかのモーター音とか、
普段生活する中で全然気にならないような音たちっていうのが、
自動で検出されるんだと思うんですけど、全部チェックされるんですね。
ありがたいことに、ゆで実をお休みしている間にですね、
編集に使っているファイナルカットプロがバージョンアップしていって、
そういう声にかぶっている環境音的な雑音をカットしてくれるっていうボタンが付いたんですね。
今までそれやろうとすると、何か手作業で音を低周波のところを下げるとか、
インジケーターみたいなやつで手作業でやらなきゃいけなくて、
全然きれいにできなかったんですけど、今度付いたボタンをポチッとクリックするだけで、
すごいきれいにノイズが除去されるんですね。
おかげさまで今回、その機能を使って作った動画は全てパスしました。
パスというのは合格することができました、一発で。
ということで、音ちょっと気になるよねっていう話か。
今日お話ししたいのはそのユデミのことではなくて、
もう一つの最近興味を持っている自立型分散経営だったかな、
そんな感じのティール組織みたいな話に最近YouTubeで動画をいくつか見て興味を持っているんですけど、
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若干理屈っぽいっていうか、それから今そういうのを推進している人たちはやっぱり社会活動家みたいな方たち多いですね。
自然農法が好きとか、みんなで集まって畑をやりたいとか、わかります?
そういう感じの自然回帰型みたいな、
もしかしたら若い人たちの中では一つのファッションというか、
素敵な生き方だよねっていうことなのかもしれないんですけど、
私たち昭和に生まれて、高度経済成長の時代に10代20代を過ごしたので、
消費は美徳だみたいな感じで、高いブランドもの買いたいしみたいな、
そんな空気の中で育っているので、
今から農村に移住して農業とか絶対嫌なんですけど、
でも、いろんなグループが強力なカリスマ性を持ったリーダーに導かれなくても、
自分たちで知恵を寄せ合って、
持続的に長期にわたって会社とかグループを運営していくっていうのはむちゃくちゃ興味があるわけですよ。
それは興味がある。だけど、自然農法は関係ないっていう感じですかね。
ちょっとその辺はよくわからないんですけど、
とにかく若干のそういう匂いを感じるので、
こないだもフェイスブックで交流会があったんですけど、もちろんリモートですよ。
そこに参加しようという気にもやっぱりちょっとなれなくて、
明らかに異質な感じがするんですよ、集まろうとしている人たちと私がね。
だけど、自立型分散経営には超絶興味があるんです。
困ったもんだ。
とりあえずこういう場合は文献とか本とか、そういうところから始めるのがいいかなと思ってまして、
で、なんでそんなに興味があるかっていうと、
必ずしもお話ししたようにダンスチームを運営するためにそれを勉強しようなんていう、
それはちょっとそこまでの学習コストはかけたくない。
じゃあなんでそんなにって言ったら、やっぱり私はなんかね、言語化さえできてなくて、
自分の中で意識にすら昇ってなかったんですけど、
たぶんうっすらとずっとこの落筆協会になるものを、
ツトモが死んだ後どうするんだろうっていうのは若干の懸案事項だったんですよね。
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でもまあ今すぐでもないし、
それから私と直接関係があるのかって言われると微妙なところで、
ウェブサイトの管理しかしてませんからね。
でもすでに生徒さんとも全然会ってないし、
だから放っとけば終了していくだろうと、消滅していくだろう。
でもそういう強力なカリスマ的経営者がいなくても、
みんなで回せるっていうのが仕組み的に作れたら、
もしかしてっていうことは、
それはだって習った人の立場からしたら誰かが継続してもらいたいじゃない。
せっかくね、習ってきたのに、消滅されてはちょっとって、
昔こんなのがあったんだよねみたいになるよりは、
今も協会があったほうが嬉しいでしょ。
だから消滅させたくないっていう希望は多いだろうとは思うけど、
じゃあその中の誰が、じゃあ私が引き継ぎますとか言うわけないじゃんっていう感じですよね。
で、下手に私はそこで話出ていくと、
じゃあいっこさんが後構ねえみたいに、それはそれで困るし、
で、この話は本当に発砲塞がりで、何をどの面から考えても、
自分、私がね、いっこさんが損をする展開しかイメージできなかったんです。
そこにでもこの自立型分散経営みたいな話が入ってくると、
画面なんか様相が違って、
なんか楽しそうじゃないってとりあえず思うし、
それからみんなで、私の中でみんなでこの仕事をやろうね、
って言って成功した試しもないんですよ。
いくつもありましたけどそういうの。
だいたい消滅する。なぜかっていうと、
私がやらなくても誰かがやるやって思うんですよ、何人もいると。
で、逆に私があんまりこのデシャバルと浮くんじゃないかしらとか、
あるいは私が陥りがちなように、
いいよいいよって言って作業を引き受けてると、
いつの間にか私だけが作業をして他のみんなは遊んでるっていう、
で、こんなのやってられるかって言って切れると。
でもこの分散型、自立的分散、何だっけ、経営では、
そこのところをうまいこと設計してて、
誰かがサボってるってことが可視化できる。
誰かが動いてるっていうことも可視化できる。
それから今置かれている状況、経済的なこととか売り上げとか、
情報が透明で全員がそれを見ることができる。
その中で動く人、動かない人が歴然と分かる。
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それから、何て言うのかな、
それが不公平でさえなければ、
たくさん動いた人がたくさん取り分があるのであれば、
みんな文句もないわけでしょ。
だけど同じ、例えば同じ給料、同じ時給なのにサボってる人がいるとか、
それと喧嘩になるわけで。
それを公平にしましょうよっていう話し合いができればいいっていうことですよ。
それをやっていくと、ある時点で、
みんながサボりあっこするよりも、
とりあえず自分はみんなが得になるように動いた方が、
自分にとって得だっていうことが、
なんとなくみんながそういう感覚を共有するようになるんですって。
つまり、人のことを責めたり、
自分が楽をしようとしたりっていう行動をとっているよりも、
少し頑張って貢献した方が、
自分にとって有利であるっていうサイクルに、
そういう感覚に変わる時があるんですって。
つまり、自分が頑張ったら、
それがみんなにも分かるっていう感じかな。
それが成果につながっていくと、
サボってる人っていうのが居心地が悪くなるっていうのかな。
そういう人が抜けていくことができる、
最初からそういう仕組みにした分ですね。
やりたいから参画していて、
やりたくなくなったらいつでも抜けていいっていう、
そういうふうにしておくんですって。
細かい仕組みのことは聞いてもよく分からなかったんですけど、
それができるなら、私が懸念するとしたら、
楽室を、ツトムがいる間はいいですよ。
創設者なわけですから、唯一絶対の中心人物じゃん。
ツトムが良しと言えば良しだし、
ツトムがダメと言えばダメなんです。
ところがそれがいなくなった、例えば死んだとしたら、
残りの人たちの立ち位置、立場、微妙ですよ。
ものすごくツトムから目をかけられていた人もいるし、
でもその人より前から習ってるっていう人もいるし、
それからその人たちよりもたくさん教えて、
生徒さんをいっぱい持ってるよっていう人もいるわけだし、
この誰が発言権が強いんですかっていう、
もうすでにそこで破綻するし、
昨日そういう話をちょっとツトムとしたんです。
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そしたらツトム的にも考えていないわけじゃなくて、
自分の後はこの人に託したいみたいな人が、
当てがあるんですって。
3人ぐらい作って指名したいって言ってるんですけど、
それは求来的なやり方ですよね、
社長が指名する次の人をね。
でも今、今日ツトムに知られて、
実は生前ツトム先生から私は引き継いでいましたっていう人が現れたら、
他の人たちどう思います?
え、知らんしそんな話って、聞いてないしって、
そんなあんたが言ってるだけじゃないのとか、絶対揉めますよね。
密執の中でそうやって権利、権力を引き継ぐって、
昭和以前のやり方で、伝統的ではあるかもしれないけれども、
まあその後起こってくるいろんな不平不満が、
手に取るように想像できるし、
言ってもみんなこれで生計を立ててる人はいないので、
落室だけで、みんなやらなきゃいけない理由はそれほど強くないんですよ。
だとしたら中心人物が、指名された人が、
じゃあ私が引き継ぎますって言った途端に、
残りの全員が消滅するっていう、離れちゃって、
誰もいないみたいな、でまたゼロからの出発かよってなるっていうのが、
まあ普通にほっといたらそうなるなって。
でね、私の立ち位置ってのがだから微妙なんですよ。
協会の中でいるわけじゃないので、ウェブ担当者でありつつ、
実はこの一連の出来事の青蛇神を引いたのが私で、
で、どのように関わるかっていうことを、
ある程度私も選択権があるわけで、
そんな破綻するようなことだったら最初から関わりたくないじゃない。
関わると巻き込まれて泥沼で往存でしょ。
どこからもだって何にも、それってお金が儲かる話じゃないので、
みんなのために存続させた方がいいんじゃないのって言ってんのに、
この内紛に巻き込まれ、でなんか最後誰もいなくなるみたいな、
しかもその過程で嫌なことがいっぱい起こるみたいな、
なんか想像できる状況だったら私は最初から関わらない方がいいし、
知らないふりをしている。
十分できるんですよ、それも。
でも、私のこの素直な気持ちから言って、
みんな続けてほしい気持ちの人がいっぱいいるんだったら、
続けられるような方策を考えたらいいんじゃないって、
ただそう思うっていうだけなんですね。
で、もう一つ言うと、その引き継いだ二代目の人が
すごい力がある人だったとして、
それがうまくやっちゃったとしますよね。
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二代目が。
で、私の立ち位置どうなりますかって言ったら、
ちょっとウェブサイトこういうふうにしたいもんで、
やってくださいみたいなふうに言われる、命令される。
これはこれでちょっとねって、嫌じゃない?
ね。
それだったら私はもうやれないので、
ウェブサイトを外注してください。
っていうしかなくなって、本当にそこで関係性が切れますね。
それはそれでいいですけど、
いずれにしても私も命令するのも嫌いですけど、
されるのはもっと嫌いなので、
もし私が関われるとしたら、
そういう分散型の経営で、
要は誰か一人が頂点に立って命令をする、支配をするじゃない構造になってるんじゃなかったら、
私は参加する余地がどこにもないっていう。
逆に言うと唯一、この私が関わって落室を継続していけるとしたら、
そういう分散型の自律的な経営体制で、
別に会社である必要もないんですけど、任意団体だっていいと思うんですけど、
それも含めて最初からそういうことができる。
運営に携わりたいって本当に思っている人たちが集まって、
集まるって言ってももうこのご時世っていうかね、
実際にどこかに集まる必要はほとんどないので、Zoomとかで十分。
であれば北海道の人でも九州の人でも経営に参加できるわけだよ、運営というか。
落室教師としてはあんまりイマイチでも、そういう管理に向いている人っていうのもいると思うんですよね。
裏方の仕事だったらすごい頑張れるとか。
だから必ずしも務めから見て、この人はできる人、この人はできない人っていうんじゃなくって、
やっぱり本人のやる気みたいな興味とか、そういうの優先でまず組み立てないといけないし、
そうしていくと私は2代目に権利が移る前にちょっとそこ待ったみたいな、
こういうふうにやっていくと思うけどどうですかって、
家の一番に声を上げる必要があるんですよ。
でみんなが、え、それはちょっとって言うんだったら、分かりました、じゃあお好きにどうぞって。
で、1回2代目が引き継いでやり始めたところに後から言って、
いや分散型にしましょうとか無理なんで、何言ってんのって、邪魔しに来たのって。
なのでこの権利が移情されるその瞬間に一番最初にこの話は割って入って切り込まないといけない。
でそれがいつですかがわからないってとこがね問題で、
今とかまあこの1、2年内だったらツトムが思っているその2代目候補に渡してもいいかもしれないけど、
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ツトムがあと10年生きたらその人たちも10歳年を取るわけじゃん。
でもしかしたらちょっと認知入っちゃったとか、長くもない。
とするともしツトムが死ぬのが10年後だとしたら今より10歳若い人たちに目をつけて育てないといけないわけじゃん、10年かけて。
10年かけて育てます、そんなもの。
だからこの話は本当に決められない。
誰に引き継ぐとか。
でなおかつ私が長生きする、元気で長生きするっていう前提の上での話。
なのでますます何が何かわかんないんですけど、私どっちかっていうと未来予測には強い方なんですよ。
空想力が強いので、この先ほっといたらこうなるなみたいなのは割とわかる方なんです。
視野が遠いっていうか、近未来のことはよくわかるんですけど、今目の前のことよくわかんないっていうタイプですよね。
だからその特性を生かしてある程度そういう予測のもとに打てる手は打っておき、一番何もかもがうまくいったときですね。
もしかしたら私は新しい組織の中核人物であったりとか、あるいは顧問みたいな形でそっちに関わって発展させていける可能性があるなっていうことです。
今のストムが支配している落室協会とかには一切関わりたくないんですけど、ストムはどっちかいうとそういう想像力があまりないので、
今目の前のことに強いんです、すごく。だけど本当に何ヶ月後にこうなるよねみたいな話全く理解できなくて、
今この目の前にないことに関してはむちゃくちゃ弱いんですね。だから話してても話が全然噛み合わない。
でも私がこうなるよって、こういうふうにしたらいいと思うよって言った通りに今まで進んできているわけで、
でもその話し合ってる瞬間には全く理解してくれてなかったんですよ、何言ってるのみたいな。
それでもやっぱり一歩一歩進んでいくと3年ぐらいの時差があるなっていうことなんですけど、
私がこうなる、だからこれをしておかなきゃいけないって言い張ってたことが実際そうなるのに3年ぐらいかかっちゃってて、
3年ぐらい経つと私が昔そう言ってたことをみんな忘れたりするわけですよ、自分がそれをやってきたみたいにね。
それに気が付いた時にこれ以上ここにはいられないと思ったし、他の仕事でもみんなそんな感じだっていうのもわかったんですけど、
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でもいろんなそういうことを1回ゼロに戻して考えた時に、楽筆っていうのは何かっていうと、
先生が書いた文字をそのまま上手に真似しましょうから入らないっていうところですよね。逆です。
自分が何かは素敵って思えるような、自分の中にあるアイディアみたいなのを思う存分外に出しましょうっていう。
今までのオシュージとかとは逆なんですね。ゴールがきれいな字を書けるようになりましょうじゃないんですよ。
自分を自由に表現できるようになりましょう。私コンセプト的には素晴らしいなと思っていて、本当にこれからの時代にマッチしているし、
それをアートっていうかお絵かきとか、図画工作みたいな、そういうジャンルで広げていこうっていう話なので、
これはプロジェクトとしてもムーブメントとしても、22世紀、これからの新しい時代に向けてぴったりだと思っている。
ただ、ツトムの中にはそういう意識はなくて、俺が考えたこのメソッドをお前に伝えていくみたいな、昭和的な感覚なんですよ。
だからツトムが生きている間にはそういうふんわりしたね、これを世界に広げていこうみたいな、広げていくの意味が違うっていうかね、
広げるイコール自分の境界に囲い込んでいくっていうのが昭和型。これからもなんとなく違うと思うんですよね。
よくわかんないけど。私が思うなんとなく、自分と世界はつながっているっていうふうな前提に立つんですよね。
そうすると、今落室やってない人がほとんどですけど、私たちはまず知らないから、落室をまだ知らない人たちっていうふうに定義できて、
その中の全員とは言わないけれど、10人に1人ぐらいは知れば、知っているよっていう状態になりうる。
知っている中のまた何パーセントかは、ちょっと興味がある、面白いねって。面白いねと思った人の中で、ちょっとやってみたいな。
やってみたいなの中の何パーセントかが、縁があって、機会があって、ちょっと体験してみたよって。
体験した中で、なんかめっちゃ面白かった、もっとやりたい。
で、習い続ける。
で、中にこれをもっと極めたいとか、私も教室やってみたい、教える側になりたいとかで、
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じゃあ、講師養成に入っていくみたいに、ものすごく細かい段階を経て、
こういう風になっていく人もいるし、ならない人もいるんですけど、
全部がグラデーションみたいになっているって繋がっている。
だから今、落室知らないよっていう人とも、一応地平的には繋がっているわけですよ。
同じ世界の中にいて、だから敵ではないと思うんですね。ただ知らないし。
中には知ってるけど嫌いっていう人もいるかもしれない。
それも敵ではないんですよ。知ってくれてるわけだから。
そんな風に、ものすごいグラデーションが揺れ動くみたいな感じで、
自分との世界とか、一つの地平線上にあるみたいな感覚で見た時に、
今までのマーケティング理論の言っている意味が変わっちゃうんですよね。
今は、ツトム的な昭和的なやり方だと、説得して体験に来てもらった人の中から、
営業して売り込んで、セールスで売っていくっていう感覚で、
本当に仮利をするみたいな感じ。できたらよっしゃみたいな。
でも、これからって私の中にある感覚で言うと、
でもそれは本人がやりたくて選ぶことだから、いろいろありますよ、経済的なこととか。
それを乗り越えてでもやりたくなるような魅力あるコンテンツを提示するしかないんじゃないのかなと。
コンテンツって何?っていろいろあるんですけど、それは仲間意識かもしれないし、
この人たちと一緒にやってみたいみたいなコミュニティかもしれないし、
まだやれることはいろいろあると思うんです。
ツトムなんかコミュニティ運営は絶対できないですから、
自分が一番でありたすぎて、人と平らな関係って難しいんですよ。
たぶんね、エニアグラム的にはタイプ3だと思うんですよね。
3って要はカッコつけなんですよね。
タイプ8のビッグボスも人の上には立ちたいんですけど、
それは本当に自分に囲い込みたいんです。
自分のチームにしたいから、親分みたいな。
敵に対しては厳しいけど味方に対してはとことん世話をするんですよね。守ろうとする。
3も俺が一番って言いたがるんですけど、
人のことはあんまり考えてないんですよ。自分のことしか。
自分がどんなに素敵かっていうことが何より大事っていうタイプだと思うので、
だから人と平らな関係は築けないですね、たぶん。
たぶん浮きますね、どういう意味でも。
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だからこういう自分が親間の対象でいられる在り方というか、
こういう立ち位置はぴったりではあるんです。
でもコミュニティ運営は無理かなっていう感じがしますね、なんとなく。
なのでツトムがいなくなった場合は、ギャラリーを作る。
そういうことができるようになっていくはずなので、
思っていろんなことを考えていくうちに、
気がついたら、私の中ではもう落室はやめるって、もう無理だって思ってて、
ツトムがいなくなったらそれまでだっていう風に完全に諦めていたんですけど、
ツトムがいなくなったら、もう落室はやめるって、もう無理だって思ってて、
完全に諦めていたんですけど、
ツトムがいなくなってからが本番だ、これが伸びるのはそこからだっていう可能性をちらと感じて、
気がついたらすごいワクワクしてたんです。
ツトムが死ぬことを期待してワクワクしてたとは違うんですけど、
でも本当にね、完全に諦めるっていうか大嫌い、むしろ大嫌い、絶対関わりたくない、
っていうぐらい嫌な経験っていうか、
ツトムとの間でですよ、他の人たちは関係ないんですけど、
全く意思の疎通ができなくて、今私が喋ってるようなことも、
ツトムに言い始めたら10秒でそっぽ向きますからね、いや5秒かな、
何言ってるか分かんないんですよ、私が。
それが自分をバカにしているように多分聞こえるんだと思うんですよ、分かんないから、
こいつ難しいことばっかり言ってって、理屈っぽいとか。
でも私からすると理屈じゃなくて、なんかイメージの中に見えている世界を
そのまま言おうとしてるだけなんで、理屈っぽいだの、それからそっぽ向くとか、
私は良かれと思って提案してるのにってなっちゃうわけで、だから折り合わないんです。
なので完全にもう手を引こうと思ったんですけど、
そういうわけで、私の空想の一つとしてね、そんなことも実現したら
私の老後は楽しいなって思うようになったっていう話でした。
はい、以上です。
お聞きいただきありがとうございました。
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