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こんばんは、!ka !ch!kawa第242回目だと思うんですけれども、!
ka !ch!kawa第242回目の放送がですね、西
暦2025年の7月26日、午後8時過ぎ、収録がスタートしました。私
はですね、この!ka !ch!kawaのツインディージェイのうちの一人、一家子を占めるですね、ノスタルジー鈴木です。
もう一名のDJの稲村ジェインさんはですね、前回の放送の冒頭でも述べました通りの理由などでですね、
この放送には収録には参加していませんけれども、いつも気持ちは一緒ですね。気持ちは二人で一つ。そんな感じでお送りしています。
!ka !ch!kawaの今日の放送、たぶん2回目なんですが、この放送ではですね、何を話そうかと。
いつもこの!ka !ch!kawaでは一家子に関わり、いろんなことを話しているんですね。
今私が、今日この音でわかるかもしれませんが、ストリートからお届けしています。午後8時過ぎのストリート、7月26日なんですが、
実はですね、今から9年前の7月26日、何があったか覚えている人いるでしょうか。
この時に何があったかというとですね、一家子の話じゃないんですけど、神奈川県のですね、
神奈川県坂見原市、津久井山入り園という障害者施設でですね、19人の命が奪われるという殺人事件がありまして、
それがあった日として、この7月26日、結構多くの人が記憶していたりするのかなと思うんですが、
かなりもう史上最悪規模ともいえるような、このひどい殺人事件ですね。
殺人事件、人を殺すということに、どんな理由があっても脳を唱えたいなと思うんですが、
いわゆる無差別というかですね、無差別の殺人であるという、理由があれば殺してもいいというわけではもちろんないんですが、
理解し得る理由とそうじゃない理由というのはあるかどうか、私はちょっと司法の、いわゆる司法的な考え方があまり詳しくないわけで、
全然詳しくないんですけども、この時はですね、いわゆる簡単に言うと、
侵害者がですね、侵害者というものが必死に通わないでから椅子を殺してしまおうみたいな、そういった司法の持ち主であるということなわけです。
その考え方を知ったときに、多くの人はですね、そんなひどい考え方で到底受け入れられるものではないというふうに言ったと思ったと思うんですけど、
もちろん私もそう思ったわけです。
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ただですね、一方で、そういう行為に、加害行為に及ぶか及ばないかと言うとして、あるいは生きていてもしょうがないとまだ言わないまでも、こう思う人がいるかもしれませんね。
例えば柔道の知的障害のある人がですね、例えばこの高度に発達した資本主義社会で言うと、
例えば会社に会社勤めをして、周りの人と同じぐらいの障害のないような人と同じぐらいの、いわゆる会社の基準における効率よく仕事をこなして成果を上げる、売上という成果を上げるというようなことを、周りの人たちと同じようにすることができるかというと、多分多くの場合はそれができないとなると。
それを端的に非常に雑な、雑かつ暴力的な言葉で言うと、役に立つか立たないかというと役に立たないというふうに、鍵カッコ付きで役に立つ立たないというと立たないという方に位置づけられるというふうに思うのは、むしろ自然と思っている人もいるかもしれませんし、そういうふうに考え方がかなり多くの人が持っているのかなという気もするんですね。
でもこの役に立つ立たないということで、人に優劣をつけるというのは、会社の中での就業者、従業員の評価という意味ではそういうのがあったりするでしょうし、あるいはですね、例えば自分がプロ野球の監督をやっていますとか、さらに経営に携わっていますといったときに、チームの勝利とか、あるいはその球団の人気への貢献度という意味で高いお給料を払っているので、
それに対する貢献度が高い低いとか、役に立つ立たないとか、勝利に役に立つプレーをしているかどうかとか。
例えばホームランを同じ数打っている選手が2人いてもですね、チームのチャンスに勝利につながるホームランを打っている選手と、全然もうここで打っても全然関係ないよというような対照している、あるいは大会しているところで場面でばっかり打っている選手が、例えば行った場合に校舎の場合は役に立つか立たないかで言えば相対的に役に立たないというふうに思われます。
そういうアスリートの世界というかプロフェッショナルなスポーツの世界だと、しかもそれが多くのお客様からお金を頂いているビジネスである以上そういう観点があるのは一般的かなと、2015年の現時点では一般的な気持ちだと思うんですが、
でもですね、社会全体で見て人々に価値をつける誰かがですね、どんな立場かと思いますが価値をつけて、しかもそれが役に立つか立たないかという観点で価値をつけて、役に立つ人、それを役に立つというのは簡単に言うと利益をもたらす、お金をもたらす、あるいはみんながなかなかやってくれない仕事をしてくれる人、そういう意味で重宝するみたいな、
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そういうふうにみなされる人は有益であると、それ以外の人は無益あるいは有害である、有害というのはちょっとよくないですけどね、そういうふうな考え方を持つ人がいるということ自体は私も理解はしますが、そういう考えが多数を占めていく、浸透していくとか広まっていくこととどういうことが起きるか、
例えば先日の7月20日に行われた参議院選挙、第27回参議院通常選挙がありまして、その選挙の前のいわゆる選挙期間中に名前を出してしまうと、三政党というわりと新しい政党が日本人ファーストというキャッチコピーを掲げていていましたけれども、
あれなんかもですね、ここは日本だから日本人がファーストなのが当然だろうという主張です。実際にはこの日本という社会地域には国籍によらずいろんな人が住んでいるわけですね。でも彼らはいろんな人が住んでいるけど、日本人がやっぱりファーストなんだ、それ以外はセカンドなんだという考え方なわけですよ。
でも違う人たちは外国人も日本に貢献しているじゃないか。例えばコンビニスーツだったりですね、いろんなものを作っている工場だったり、あるいは農地、農業に携わっている人、漁業とかに携わっている人、そういう人たちの中に外国人がいっぱいいるわけだから日本に定住していて、つまり役に立っているじゃないかと。役立つ外国人がいっぱいいる。
彼ら労働力として非常に必要不可欠なんだから、共生していくのは当然だろうという意味において言っている人もいるんですね。
でもですね、例えば怪我をして働けないとか、さまざまな理由で働けない、あるいは高齢で仕事なんかできないというような外国人は役に立たないから、厚くサポートする必要がないのかというような考えも当然出てきますし、
さらには日本人ファーストという考え方の人たちの中にも、すごく日本という国の国益なんかに貢献する人とそうじゃない人と分けてしまったり、
例えば寝たきりの異動といって、自分で口から食べ物を食べて栄養を摂取することができなくなって、お腹に穴をあげてそこから食打で栄養をとって、なんとか生きているという人はいっぱいいるわけですけれども、
そういうような人のことを役に立たないというふうに身なし得るという非常に危険な思想につながりやすいのかな、というようなこともこの前の選挙を通じて思ったりもしました。
ちょっと途中話が飛躍ないし展開していってしまいましたけれども、この7月26日本日ですけれども、障害者施設において無差別的な非常に残酷な、ちょうど今スリルトレーのこの話をしていますけれども、目の前に猫さんがいますね。
猫の方もこっちを見ていますね。
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非常に優雅な、悠々地的という感じですね。
ちなみにここ市川市の鬼鷹というところに今歩いているんですけど、歩いているこのスリルトがですね、青山の方にあるのとはまた別のキャットスリルトといってですね、キャットがいっぱいいるんですね。
このキャットはちゃんと飼育されているんですけどね。
いわゆる地域猫ではないと思うんですけれども、キャットスリルトがあります。
あんまりこの、たくさんのリスナーが聞いているこの放送でこういう話をしてしまうとですね、いろいろな問題が起きないこともないかもしれませんけれども、そんなところでございます。
また猫さんが、違う猫さんが私を見ていますね。
いろんなところから猫の目が私を見ています。
変な人間が歩いているぞと。
たまにあいつここから歩くけど、なんだあの男はという感じで見ていますけれども。
今度ですね、市川市の神室台の方にある場所でですね、私、公演というとちょっと大げさかつ堅苦しく感じられるかもしれませんけど、お話をする機会をいただきまして、まだですね、どんな話をするか細かいことは決まっていません。
実は8月にお話をしてくれないかというですね、要請を受けたんですけど、その8月のその時はですね、ちょっと都合がたまたま悪くてですね。
9月のこの日はというふうにまた再度打診されたんですけど、その日もたまたまですね、ちょっと家族の用事等がありまして、私が参加できないと。
10月の下旬のある日曜日にこういうテーマでお話ししてくれませんかということで、改めて3度目の正直的な感じでこのオファーをいただきましてですね、その日はちょうど空いていましたので、ぜひ私でおければお引き受けしたいなというふうにお答えしたんですが、
何かというと大きなテーマとしては共生社会みたいなところですね。
今今日お話しするのは障害をお持ちの方もそうですし、あるいは国籍や異なる外国籍の方、日本においては日本以外の国籍を持っている人とか外国ルーツの方とか、もっと他にもいろいろいるかもしれませんけど、いろんな人たちと共生するということについてのテーマだというふうに思っています。
実際にはそのオファーしていただいた偉大なですね、私もリスペクトしている大先輩のと、今度はこう、杯を組み交わしながら、どんな話をしてほしいと私に思っているのかということをちょっと聞いてみたいと思っているんですけれども、市川かどっかの駅の近くの飲み屋さんで聞いてみたいと思っています。
最近この飲み屋さんとか飲み屋というと飲み屋牧さんを想像してますよね。元ピチカタ5の飲み屋牧さんを。ピチカタ5の飲み屋牧さんは確かボーカリストとしては3代目なんでしたっけ。3代目か。確か飲み屋さんの前が田島さんでしたっけ。田島孝夫さん。オリジナルラブの。その前が誰かいたんでしたっけ。というわけで3代目かな。
ちょっと話が逸れましたが、その方にオファーしていただきまして、共生社会、地域の共生の話をすることになっています。
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地域の共生という言葉がある一方で、共存という言葉もありますよね。漢字で見ると、共に生きると書いて共生なんですよね。
共存という方は存という存在の存という字ですよね。
だから共存は共に存在するというか、という意味だと思うんですよ。
嫌悪なくそこにいるという事実を表している感じ。それ以上でもいいかでもないというか。それ以上ではない。それよりもっと一歩踏み込んだ感じではない。
共生は共に生きると書くわけですよね。共に生きると書くと、一緒に住んで生きるというのはもちろん共生だと思いますけど、そこまで行かなくても同じ地域である程度ルールとか価値観を共有しながら、あるいは相互の違いとかも理解した上で、みんなが快適に。
でも、どうしてもお互いが育ってきた環境も違うし、好き嫌いも否めない所があるんですよね。あるいは宗教的な様々な、他の宗教とか宗派の人には理解し難い、いろんな規律とかがあったりして、それを守るという事があったりもするかもしれませんけど、それもひっくるめて、ちょっと嫌だなと思う事もあって当然ですが、それも含めた上で、
まるっと、まるっとという言葉もちょっと私もあまりなじみがありませんけど、まるっとぐるっと、包括的に、全部ひっくるめてでも何とかやっていこうという感じで、この地域でやっていこうという、生きていこうというのが共生なのかなという風にも思いますけれども、
本日7月26日は何の日かというと、津久井山家園という相模原市という所にある障害者施設の所で、もう19人だったと思いますけれども、たくさんの命が奪われたという、そういう痛ましい事件があった日ですけれども、そんな事を思いながら、
実は私、ちょっと今、路列があまり回ってないかもしれませんけど、実は下瀬中山駅の駅前で、食堂アオという、食堂という漢字で、アオというのはアルファベットのAとOでアオ、ドットかな、ピリオドかな、あれがついてますね。
食堂アオという所で夕飯を、ある人物と家族なんですけど、食べまして、私はそのクラフトビール、あそこは生ビールかクラフトビールなんですね。いわゆるラシナルブランドの有名なビールメーカー、2社のビールはビーンビールとして提供されていまして、生ビール、私はクラフトビールのホワイトビールですか、白ビール、ホワイトビールを飲みまして、
もう一杯は、これも有名な国産のウイスキーを使ったハイボールを飲みまして、あといろいろなものを食べてお腹がいっぱいになりまして、その帰り道に今収録をしていると、市川市の二鷹という所で収録しているというわけです。
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数時間前にはですね、この前の市川市川の放送を収録していまして、実はその収録した直後に、収録して公開した直後に、自分でもリスンしたんですけども、もう風が強くてですね、日差しも強かったんですが、風も強くて、日差しが強くても音には反映されませんけど、風が強いとですね、音に反映されるというか、雑音としてすごい聞きづらいなっていうところがございまして、
すでにリスンしていただいた方にはですね、ちょっと聞きづらいぜと思われてしまったかもしれませんけど、その辺はちょっと素直にアイムソーリーと、ザ・チェッカーズのシングルの曲名で言うと、素直にアイムソーリーという言葉で、少しすまないなと、申し訳なしという言葉をこの場で言ってみたいと思いますけれども。
そんなこんなで、一階市川第、たぶん242回目の放送はこれにて終了したいと思います。次回、あるいは別の放送回でお耳に聞かれましょう。ノスタルジー、鈴木でした。