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#4 GE、社団法人、都庁...我々のキャリア・自己実現・社会課題との関わり方
2026-06-22 21:41

#4 GE、社団法人、都庁...我々のキャリア・自己実現・社会課題との関わり方

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今日の #ICHIRadio では、パーソナリティのほなみんと、ICHI COMMONS代表のタカさんが、それぞれの経歴を話しながら(飲みながら)、どのように社会課題と関わるに至ってきたのかに触れてみます。

タカさんはどうしてICHI COMMONSを立ち上げたのか?

公務員をやめてフリーランスとして働くほなみんのキャリアとは?

日本人だからこそできることって?

などなど、夜に乾杯して収録した前編をお届けします。

 

公式X: https://x.com/ichicommons

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サマリー

本エピソードでは、ICHI COMMONS代表のタカさんとパーソナリティのほなみんが、それぞれのキャリアの変遷と社会課題に関わるようになった経緯を語ります。タカさんはシンガポール生まれでアメリカ、日本と転々とし、GEでの経験を経て、地方の課題に触れインパクト投資の必要性を感じICHI COMMONSを設立。ほなみんも公務員からフリーランスへ転身し、自身のキャリアを通じて社会課題解決への関心を深めてきました。日本ならではの価値観や、多様な働き方が求められる現代社会における自己実現について考察します。

自己紹介とICHI COMMONS設立の背景
乾杯しましょう。
お疲れ様です。
お疲れ様です。乾杯!
そんなこんなで、ICHI Radioからこんばんは。
今日は夜に収録しています。
今日はですね、ちょっと...
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
これまでの3回とちょっと形を変えて、
私たち自身の話をしてみようと思うので、ちょっと夜に乾杯しながら収録しています。
美味しいね、色は。
美味しいね。なんか今日は暑いしさ、夏日みたいな暑さだしさ、
染みますね。
あ、染みる。
染みる。
なんか本当に染みてるね。
染みてる。
本当に染みてるね。
いやー。
ちょっとなんか自己紹介にもなればいいし、
今私たちが関わっているICHIKOMONSという会社の紹介にもなればいいなと思うんですけど、
なんかさ、なんかこう今まで結構つらつらいろんなことを話して、
いろんなことというかその社会課題についてこう話してきたけど、
なんかそもそも誰みたいなところあるじゃないですか。
あるね。
いや、ね、なんか、
どっから話したらいいかね。
ね、どっから話そうか。
アラバマから話すとちょっと長くなるから。
確かに。
まあまあ、あのバックグラウンドが結構いろいろてんてんとしてたっていう感じでいいかもね。
シンガポールで生まれて。
うんうんうん。
アメリカ、あなたも結構てんてんとしてるじゃないですか。
私もてんてんとしてきたし、たかさんもてんてんとしてる感じなんですけど、
じゃあたかさんの話からいこうよ。
うん、OK。
今までどうだろう、住んだことが。
生まれがシンガポールで、小学校がアメリカのアラバマで、
で、中学で日本に帰ってきて、東京に住み、神奈川に住み、
で、社会人になってから一時、新潟に住みみたいな、5か所ぐらいかなですね。
神奈川だった時期もある?
今ね、実家はね、実は神奈川なんですよ。
あ、そうなの?どのあたりですか?
田園都市線沿いの青葉台っていう駅が実家ですね。
あ、そうなの。
めっちゃ個人情報じゃん。
いや、別に青葉台に行っても別に不趣味にはぶつからないから大丈夫。
タカさんのキャリア変遷と社会課題への関心
じゃあさ、イチコモンズを作るに至った話とかどう?
そうね、イチコモンズは、まあなんか多分2つあって、
で、1つは多分何て言うんだろう、外的要因。
で、もう1つは内発的動機みたいなところがあって、
まあなんか内発的な動機からいくと、
まあアメリカから日本に帰ってきて、すごく異文化体験みたいなことをしたんだよね。
中学でバスケ部に入り、体育会で殴られ蹴られ日本人になるみたいな。
リアルに殴られ蹴られではないというふうに言っておいた方がいいと思うけど、
まあ本当にその日本のその何て言うんだろう、日本語もままならない感じだったので、
なんかでもすごくその部活の経験で、その日本のなんかやっぱり和の感覚であったり、
その部活である程度リーダーシップを発揮する機会ももらってたので、
すごくやっぱりその日本って相手の立場に立って物事を考える国民性があるかもしれないとか、
なんか当時KYとかいう言葉があって、なんか空気読めないっていう言葉があるっていうことは、
なんか読むべき空気を感じられるのは日本人なのかみたいな。
なんかそういうなんか日本って面白い国だなってすごく思うところもあり、
大学時代は逆にあのそういう何て言うんだろう、自分自身の現体験で問題意識があった、
その日本における受験みたいなもの、結構トラウマだったから、
なんかそこがきっかけで教育系のNPOの立ち上げをしたりだとかっていうのをしていて、
そこである種の何て言うんだろう、異業の擬似体験みたいなことをさせてもらって、
いろんなやっぱりその世の中に素敵な大人の方々がいて、
その人たちともご一緒させていただく機会があって、
やっぱりその自分のそのバックグラウンドがアメリカとかその日本をちょっと違う視点で見るとか、
なんかそういう自分の経験値っていうものをやっぱりこの何て言うんだろう、
日本っていうすごく素敵な国民性のある国に生かしたいなあみたいな気持ちはバックとしてあって、
で、とはいえやっぱりその社会人っていう文脈だと、
大学時代にその起業した時にすごい赤字になって、
みんなで本当に一人数十万補填するみたいなことも経験してたので、
なんかやっぱりそのお金って大事だなと思って、
その製造業の財務経理、グローバル企業で全然違うビジネスをやっているGEっていう会社だったけれども、
ヘルスケアとかいろいろ全然違うビジネスのビジネスモデルを学びながら財務を勉強して、
プロジェクトを回すみたいな経験をするってすごく勉強にもなるし、
日本法人で働いてみたいなってすごく思って、
日本人がやっぱりそのアメリカの企業の環境の中でどう働くのかみたいな、
そういうところもあって働いてたんだけど、
その時ずっと日本の地方に行きたいっていう思いがすごく強くて、
新潟の狩輪村っていうところに半年ぐらいその機会があったんだよね。
なんで地方に行きたいって思ってたの?
やっぱり日本をもっと知りたいっていう思いがあったんだよね。
東京とか都市部にいるとすごく、
当時の僕の感覚だとすごく同質的なグループティンクっていうけど、
集団的な匂いがすごくして、
日本って全国的にそうなのかみたいな感覚があって、
全然違う場所を見てみたいと思ってたのもあるのかな。
やっぱり地方に行ってみたらやっぱりすごく加速化が進んでて、
やっぱり消滅可能性都市みたいな話も当時で始めてたときで、
リアルに生活の中でこのまま行くと日本の地方ってなくなっちゃうんだなっていう感覚があったんだよね。
そこにやっぱり住まわれてる方々もものすごく優秀な方々と何にもかかわらず、
あまり未来に希望を持ってなくて、これはまずいっていう感覚があったんだよね。
だからインパクト投資っていう日本中の課題にちゃんとお金を流すような仕組みっていうものは、
一つの課題に当時僕絞れなくて、この課題領域がやりたいとか、
例えば子どもの貧困とか環境とか、絞れなかったっていうのと、
でも全ての課題に通ずるもんって多分資本が必要っていうところだったし、
お金の勉強をしてたっていうところもあったので、
それでいわゆる当時30万人ぐらいいたグローバル企業を辞めて、
日本でそういう社会課題に投資をするとか、
インパクト投資っていう新しい、当時まだ日本であまり知られてなかったインパクト投資という領域で、
で、金融商品の設計とかをしていた一般社団にひょいっと入って、
そこで3年ぐらい活動するんだけれども、
やっぱりそこでいろんな試行錯誤をして、
自治体巻き込み、企業巻き込み、チギンさん巻き込みみたいなことをやって、
さあ日本のNPOであったり社会的事業に投資ができる環境を作ろうってなったときに、
投資家を募ったんだよね。
その投資家を募ったときに、その投資家たちから、
いやいや日本にインパクト投資の市場なんてないよっていうことを言われて、
でも僕はやっぱり地方で生活した経験であったり、
学生時代に起業して、
全国のNPOであったり中間支援機関の皆さんとも接続する機会がそれまであったから、
いるのに投資してもらえないってもったいなすぎるっていう感覚がすごくあって、
もちろん投資をするってなったとしても、
いわゆる上場企業で資産形成するための投資っていう考え方と、
まだ存在していない市場をちゃんと耕すために投資をするみたいな感覚って、
全然違う考え方であったり、
投資としても全然タイプが違ってくるから、
難しいのはすごくわかったんだけど、
でもそもそもそういう人たちにお金が流れてないみたいな関連と、
あとはお金が流れてないだけじゃなくて、
お金って実は流れてるんだよね、そういう意味では。
本当に日本の寄付市場みたいなところを見ても相当額やっぱり流れているし、
でも誰がどういう思いでどこに寄付したりとかしてるかっていうのが全く見える化されてないって、
めっちゃもったいないなと思って、
それをもってですね、
やっぱりその見える化をしなきゃいけないと、
いうのが結構イチコモンさん始める原点かな。
結構あれだね、根本的には日本を知りたいみたいなところから始まってたんだね、高さ。
そうだね、なんかやっぱり学生時代に、
海外のビジコンとかG7会議の学生版とか行ったりしてた時に、
なんかその西洋的なリーダーシップってすごく限界があるなというか、
みんな何かいかに自分が相手を打ちまかすかみたいなディベート形式?
でも日本って多分そうじゃない価値をすごく持っていて、
結構いろんな場で日本人が仲裁に入ってとか、
すごく日本って実は紛争解決とか、
世界の人に対して価値を提供し得る存在なんだっていうのは、
僕は今でもすごく持っていて、
イチコモンズの文明に捉えると、
世界のどこよりも早く人口減少であったり高齢化っていうものを経験している中で、
確実に今1億2000万人いる人口が、
この先50年で8000万人とかになった時に、
8000万人でもちゃんと機能する国みたいなところを作って、
そのノウハウを世界に売る。
そのノウハウを持っているのはやっぱりただ仕組みを売るんじゃなくて、
やっぱり国民性であったり人間性であったり、
地域性みたいなものがものすごく重要になってくると思うから、
そういう価値みたいな日本人だからそれができるっていうところは、
僕の中では結構確固たる思いとしてあって、
だから起業する時も海外の投資家もいて、
それでアメリカでやりなよとかヨーロッパでやりなよとか、
そっちの方が圧倒的に市民社会が成熟してて、
社会課題とかソーシャルセクターも成熟してるから、
なんか早いよみたいなビジネスとして言われたんだけれども、
僕の中ではビジネスっていうよりかはどちらかというと、
日本の世界的価値みたいなところに一番関心というか思いがあって、
イチコモンズを始めたっていう感じかな。
だからある種ものすごく短期でグロースを目指さなければいけないベンチャーキャピタルとかには話をせず、
本当に個人の投資家にある種その問題意識を持って共有して、
一緒に貢献してもらうっていう文脈で関わってもらうみたいなことをやってるのにもつながるかもしれないね。
思いに共感してくれる人たち。
そうそう、思いとか問題意識とか、
そこの潜在的な、まだ資料化してないのにそこの市場を作ろうとしている、
着替えみたいなところに共感いただいて、
投資していただくだけじゃなくて、お金を投資していただくだけじゃなくて、
一緒にプロジェクトをやっていただくみたいなところが結構多いよね。
投資家の方もそうだけど、今イチに集まってるメンバーも結構そういう人が多いのかなと思ってた。
私自身そうだったから。
ほなみんのキャリアと公務員からフリーランスへ
私自身についてちょっと。
いやなんか、今タカさんがおっしゃってた日本人だからこそできることとか、
その世界における日本の立場とか、
なんかそういったところは結構私最初公務員だったんですけど、
なんかその東京都に入った理由がなんかすごいそれ同じだったなって今聞きながら思ってました。
なんかそもそも公務員になろうと思うプロセスって、そもそもなぜ公務員だ?
なんか二軸あって多分、
一つは大学受験めちゃくちゃ落ちまくったんですよ。
なんか希望する大学に行かなくて、だから何か試験を受けて、
ちゃんとちょっとこう受かりたいみたいな思いがあったのがまずすごく大きかったんですけど、
なんかその中でもじゃあなんで東京都だったのかみたいなところでいくと、
なんか当時の都知事が、
アジア、それこそ私タイに幼少期住んでたんですけど、タイとかインドが好きでよく行ってて、
タイとかインドとかその発展途上国に対して、
東京の持ってる社会課題に対するノウハウとかナレッジっていうのを展開していこうっていうこう仕組みづくりをしてたんだよね、
都政の中で。で、なんかそのプロジェクトがすごくなんだろうな、そこにすごい興味を引かれて、
なんか日本だからこそこれってできる、しかも日本の中の首都である東京だからこれができるんじゃないかっていうところにすごいなんか私は共感して、
そのプロジェクトに関わりたい一心で東京都受けてました。
なるほどね。で、そのプロジェクトには携われたの?
で、それがちょうど私が入った頃って、都政、都知事が何回もこう交代してた時期覚えてますか?
はい、覚えてます。
西原さん、猪瀬さん、そっから増添さん、小池さんで、ちょうど私議会の仕事をしてたんですよ。
で、その増添さんから小池都政にこう変わるタイミングでちょうど議会の仕事をしていて、
で、その中でそのプロジェクトもなんか途絶え、断ち消えてしまって、
あ、なくなったみたいな。
心があって。で、ちょうどその小池さんが知事になられた時に、職員向けに演説を行った機会があったんですね。
で、なんか現状維持は怠惰だみたいなお話をすごいされていて、
あ、じゃあなんか、やっぱそんな他人主導でそんなプロジェクトをやってるのに乗っかりたいって思ってるだけじゃダメなんだって思って辞めました。
素晴らしい。素晴らしいとか言っちゃったのか。
だからきっかけはそれだったんだけど、なんかやっぱそこから働くって何だろうとか、
なんか私がやりたい仕事を通して何を誰に還元できるんだろうかみたいなことをすごい考えるようになって、
なんかまずは自分のできることをちょっと増やしたいなっていうところで、
転職を決めたっていうのが大きかった。
そういう意味ではあれだよ、多分その全体のやりたいことの方向性みたいなところは見えてる中で、
なんか今共通項あるなと思ったのは、その自分のスキルをアップさせる転職であったりだとか、
自分が監視になる方向に使える技能を得られる環境に自分の身を置くとか、
そこはなんか僕がGEを辞めたタイミングもそうだし、そこはすごく一緒だなって思ったし、
現状維持はタイだ。いい言葉だね。
いい言葉、結構指針かも、それは私の行動指針になってます。
しかもなんかあれだよね、現状もコクコクと変わっていく日本みたいなところもあるしね、
人口減少っていう文脈で言うとね、だからなんか現状維持はタイだというよりかは、
現状維持していくと資本資産が減っていきますみたいな世界観だから、
多様な働き方と自己実現の未来
なんかそう考えると、もう一つもしかしたら共通してるのはあれだよね、
これはさっき僕話さなかったかもしれないけれども、
なんか小波が、なんていうんだろう、その方向性を実現するために都庁のプロジェクトに携わるっていうのは
結局手段だったわけだよね、別に別の環境で実現もできるっていう気づきみたいなところで、
なんか一コモンズも別にそういう意味では手段だなって僕はすごく思っていて、
もちろんそれが最適な、より多くの人たちにとって最適な手段になってほしいなっていう思いはありつつも、
この領域を、例えば普通のベンチャーだったらいかに市場独占するかとか、
勝ち負けの中で勝つかみたいな世界観があると思うんだけれども、
なんかこのいわゆる社会課題解決の領域ってやること5万とあって、
本当にじゃあ5万を1組織でやれるかっていうと到底ノーだし、
本当に他の人たちの方がそれがやれることなのであればぜひやってくれっていう感覚が僕はすごくあって、
特に市場を作っていくみたいな概念だと、だからプロジェクトもいろんな組織と一緒にやるし、
なんかそれをやっていく中で一コモンズに関わってくれる人たちも、
他の組織の方がフィットがあるんだったらむしろそっちで活躍してもらった方が
市の組織が伸びてくれた方が一コモンズとしてもやりやすかったり、
市としてもハッピーだったりっていうのがすごくあるんだよね。
だから多分よく2人で話してる時に、これから多分1人がいろんな帽子を被らなきゃいけない世界が来るみたいな話をよくすると思うんだけど、
結局そのトライセクター人材とかマルチセクター人材とかいうのかもしれないけれども、
いろんな役割を1人が結局担わなければいけない世の中の中で、
その子が自己実現をするために最適なポートフォリオは何なのかみたいな。
それこそ何か少し前にワークライフバランスみたいな話があったけど、
何か多分その自己実現という表現が適切なのかどうか分からないけど、
自分でやりたいことを実現するために複数の会社で働くっていう未来ってそんな遠くなく来ると思っていて、
そこにやっぱりちゃんと世の中がアップデートされていくと良いなっていうのはすごくあるよね。
確かに。
なんか副業とかも数年前よりずいぶん当たり前になったなって感覚もあって、
本業でやりたいことに携われてなくても副業でちょっと自己実現してますっていう人結構周りに多い。
そうだよね。
逆に言うとライスワークとライフワークみたいな考え方と一緒だよね。
それがだから本当はライスワークも社会に接続してるみたいなのが前回話した内容だよね。
給料をもらっているビジネスも社会的価値を生んでなければみたいな存在しないよねっていう前提があるように。
これはすごいポイントだと。
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