Aの方は、ゆっくりするっていうのが対策のA。
その人は脊髄で喋ってるんで、話のペースを落とさせたりとか、一回強制的にでもカットインして黙らせたりすると落ち着くことがたまにあります。
あるいは、それを繰り返しても話すようであれば、自分がその人を圧倒するだけの長い量のボリュームを話す。
パターンのBの方は、その人ダダこねてるだけなんだっていう気持ちで、その他のことは何も聞かないっていう。
さっきのミキさんの25%にしろとかそういうのって、私でいうとパターンのB。別に話が長かったわけじゃないと思うんですけど、
それは私はダダをこねているものとして、私は理解をするんですよ。
明確な理由がないんだったら、「あ、ダダこねてるんですねー。」みたいな。
そうなると、お気持ちとかを超えて、「あ、ダダをこねてる人っていうのがいるんだなー、いるんだなー。」っていう風になって、
あとの言葉を聞き流すと、比較的うまく対策ができるっていう。対策とセットで今回はお届けしました。
なんか聞いてるフリとかするのもしんどいですけどね。やり過ごすしかないんですかね。
聞いてるフリするっていうか、私も聞いてないですからね。
ミキさんあれですね、修行が必要かもしれないですね。聞き流しっていうか、ダダをこねてる人を30分間ぐらい見続けるっていう。
多いですよ。
辻褄の合ってないこととか、全然ちぐはぐなことを言って長い人であれば、そういう…
毎回、もっと私が尖っていた中学高校ぐらいの時は、話の長い修行式とか修行式の校長って何考えて長い話をしてるのかなと思ってましたもんね。
私まだちょっと思ってません。
校長先生みたいなもんか。
校長です、校長です。別に変なこと言ってるわけじゃないじゃないですか。
意味もないんだけど、簡単に言うと、気をつけて勉強して健康でまた次会いましょう。
楽しく過ごそうぜみたいな。
楽しく過ごしてみんなまた会おうねを、長い紙にわざわざ書いて印刷して言ってるってことだと思う。
当時は本当に意味わかんないなと思ってたけど、彼らからするとそれが大仕事なわけですからね。
校長の式典挨拶には若干形式日みたいなところがあると思ってて、権威のある人が30分時間を使うみたいなことに儀式的な要素も生まれてくると思うんですけど、
週次のミーティングで儀式やらなくてよくねっていう。
それは間違いなくそうだな。
多くの会社でアジェンダというものがセットされる理由ですね。
三木さんの辛いというか大変そうな日々が今。
見事に誤調が早くなるところにやっぱり人間って面白いなっていう。
そうなんですよね。まあまあ置いといて。
私ものぞみさんのメモから気になったの聞いてみてもいいですか?
ぜひ。はいはい。
学生時代に考えていたコミュニケーションのメタファーは線路とトロッコと貨物とは?
私学生の時にESSっていう部活におりまして。
英語ミュージカル部?
英語を使うんだけど、いくつかの競技が、競技っていうか部門があって。
劇をやるのもあった。一つ。
私はディスカッションっていう競技をやったんですよ。
3時間ぐらい一つのテーマについてどういう政策をやるかっていうことを議論する。
例えば中絶とか安楽死とかああいうことを仮想政府になりきってどういう政策をとりますかっていう議論をするっていう競技、一領域あって。
それをやってましたと。
本当にいろんな大学の人がいるんですよ。
東大、京大みたいな英語ペラペラな人もいれば。
かしこさんもフルフラットみたいな人もいれば。
帰国主張みたいな人もいれば。
地方の国立大で少人数だけど英語頑張ってやってますみたいな人もいれば。
文学部英文学科がある私立の学生みたいな人もいればと。
真剣さも様々ですみたいなことがあって。
一応その競技ってディベートとかだと相手をボコボコに論理で打ちまかして、
ジャッジの人があなたの勝ちって言ってくれればいいんですけど。
私がやったディスカッションっていう競技は一応テーブルにいろんな人がいる中で、
うまくアジェンダセッティングをして合意を取っていかなきゃいけないっていう競技なんですよね。
そうですね。ちょっとまだ分かってないかも。
よく分かんないですよね。
中絶みたいなことについてこういう政策がいいんじゃないかっていう議論を提示した人がいて、
いやこれおかしいんじゃないかって反論した人がいて、
それをこういう議論かなっていう論点整理した人がいて、
ちょっと分かんない人がいるんでサポートしましょうかっていう人がいて、
いろんな人がいるわけですよ。
その中でこの人が一番議論の結果あるいはプロセスに対して貢献度が高かったねっていう人が評価されるっていう競技なんですよね。
だからめちゃめちゃ賢い人が1位を取れるっていう競技でもない。
例えば8人いて東大の人と京大の人が2人ですごい高度な議論をずっとしてましたっていう時に、
その2人のどっちかが優勝するって優勝して優れてると評価されるわけでもない。
それだったら2人で盛り上がっちゃったから良くないっていう評価ですよねきっと。
そういうことになる。もちろん内容に貢献はあるんだけど、
6人をなぜ無視したのかっていう点に対する何かこうディスクレーマーを求められるっていう感じ?
めちゃめちゃ前向きがなくなっちゃいましたけど、
っていう時に私はその競技で何とかするためにすっごい言い方を悪くすると、
バカな奴にどうやって分からせたらいいだろうなってことをめっちゃ考えてたんですよ。
で、その人を考えた時に、この線路とトロッコと貨物っていうことを、
これさっきの船の例えと全く同じようなことを考えたんですけど、
貨物を相手に届けたいんだと。
なので英語も正直よく分かってないし、内容に対する勉強もあんまりしてないし、
頭の処理能力もそんなに高くない人に貨物を届けなきゃいけないと。
その時にその貨物自体は自分のものを届けたいんだけど、
線路とトロッコは相手の規格に合わせてあげようっていうことを思っていた。
なんか3時間くらいその競技あるので、
その間にこの人はどういう線路の入り方をすると理解がしやすいかなとか、
この人はどういうトロッコの形状にすると、
頭の中に入っていきやすいかなみたいなことをめちゃくちゃ考えてたんですよ。
逆に貨物は譲らない。
自分が渡したい貨物は絶対受け取ってもらうんだけど、
線路とトロッコだけは別に譲ってもいいなと。
自分は話すのが得意だから、どんな時も話すっていう、
口頭っていうチャンネルを使おうっていうことにもこだわらないし、
自分が使いたい整理のフレームワークみたいなのも別に手放してもいいし、
内容だけは守るみたいなことはすごくないし、
やっていたってことをこの本編で思い返したっていう。
それで多分こうそうしたってことだと思うんですけど、
ディスカッションという競技において、その考え方で。
その時のコミュニケーションのポイントとしては、
だから線路とトロッコについては何もこだわらないっていうことが良かったっていうこと?
なんか秘訣みたいなものはあったんですか?
こだわらないっていう前提と、
相手がどういう線路とどういうトロッコを求めてるかっていうことを掴むことがものすごく大事だなっていうこと。
例えば、相手が分かりやすいメタファーに寄せてあげるみたいなことってあるわけですよ。
例えば、なんでここってこういう物事になるか分かんないって言った時に、
その人が例えばすっげー反流ドラマが好きだったら、
反流ドラマのあのシリーズのここのシーンってこういうシーンあったじゃない?
あれと同じことみたいなことを、すごい家庭っぽい話ですけど、
そんなふうな話し方をしてあげるっていう。
なるほどな。
じゃあ良い線行ってたってことになりますね、この秘訣は。
線路とトロッコと貨物は。
そうね、行ってたのかもしれない。
じゃあコンテクストがなかったけど、
結局どんな線路とどんなトロッコが必要かっていうのを考える時にコンテクストを考えてたんですもんね。
そうですね、だからコンテクストで言うとあまり多様性がその時で言うとないので、
みんな大学生だし、年代も一緒だし、やってる教育もあるだろうそうですけど、
会社に入ると、あ、そこでコンテクストの分断があるんですか?
一つの会社だと思ってたんですけど、あ、そことそこ仲悪いんだとか、
ここの事業部とここの事業部はそんなに優先順位が違いますか?とかあるじゃないですか。
そこでさらに一向を求められたっていう感じで、
この学生の時に考えたメタハンって比較的いい線位来たのかもしれないなっていうのは改めて思ったですね。
あとはアンキテクチャというものの多様性VS進化が万能という考え方っていうのは、それなんでこれを考えたんですか?
ちょうどこの本を読んでいる、みきさんとこれを話そうで読んでいる時に並行して読んでたのが、
進化は万能であるっていう本を読んでて、それは何かっていうと、
マットリドレーっていう人が書いた本なんですけど、
めちゃめちゃ簡単に言うと、進化っていうと生物とか種が進化をしていくって時によく使われるじゃないですか。
なんだけどあらゆることに進化っていうことは関係があるんだっていう話なんですよ。
例えば社会ってこともそうだし、技術っていうこともそうだし、
進化っていうコンセプトはあらゆるところに適応ができるっていうことを言っている人なんですよね。
例えば人間で言うと、突然変異でできた目が青い人がそのまま残っていったりとか、
首が長いキリンっていうのが生まれて、そのが生き残っていったとか、いくつか進化のコンセプトってあるじゃないですか。
それと同じように、たまたまできたこういう取り組みが社会のスタンダードになりましたみたいなことってめちゃくちゃあるわけですよ。
そんなに考えてなかったんだけど、そういうふうに結果的になりました。
めっちゃうまくいってますみたいなことってありますよね。
この人の主張って、事前に設計をしたり事前にデザインして生まれたものっていうのはだいたい悪いことしか生み出さないと。
こんな意図を持ってこんなふうにしてみました。はい、ダメでしたみたいな。
一方で進化みたいに、ボトムアップで生まれてくる揺らぎの中で起きてくる変化みたいなことって確実に社会を良くしてると。
ある種のボトムアップ性みたいなことって大事だよねっていうものを並行して読んでて。
この本はね。
アーキテクチャってどっちかというと事前に設計しましょうの要素が強いじゃないですか。
そのフレームを意識することの大事さとかね。全体感をどう把握するかみたいな。
最後に書いてある西新宿好きですかっていうのは都庁のあたりってものすごくしっかり都市デザインやってるはずなんですよね。
上にこれやって、下にこういう道路通してみたいな。
あれはあれで美しさがあるんだけど、公園地のガガヤっていう感じもそれはそれで素敵じゃないですか。
どっちもなんか良さがあるなーみたいなことを思っていて。
インストラクションにおけるこの場だけで通じるインストラクションの妙っていう進化も何かありそうだなっていうことを、
2冊並行して読みながら考えたっていうのが。
もっと切な的な妙みたいなものもあるだろう。
この構造をミキさんでいうと、さっきのやたら話長いおっちゃんに、
インストラクションってこういう構造になってるから、次こうやってやってみたらうまくいくのかなっていうのを設計してやってみるっていうことと、
その場で、なんかこいつもちょっと嫌だからこういう風に書いてみようかな。
あの子も僕言ったじゃんっていう、ある種のたまたまベースで全身的に改善をしていくっていう方法とか。
どっちの方がベターかっていうのは、必ずしもどっちがいいのかっていうのはないのかもしれないなーみたいなことも思ったっていう。
なるほどね。そうですね。
確かに構造化することにパーフェクションみたいなものを見ちゃうとね、そうでもない。
結構何かを構造化するときに抜け落ちるものとかもあるだろうし。
そうね。そうなんですよね。
絶対正義じゃわけじゃないですよね。
構造にするとね、どうしてもちょっと捨てなきゃいけないものが出てくることが多いから。
結構めちゃくちゃ捨てるんじゃないですかね。スライドとか作るときとかね。
その他っていうところにめちゃくちゃ入るっていうのはありますよね。
みたいなことを思っていた本でしたね。
でも全世代ではやっぱりすごくいい本だなっていうのを改めて読んだし、
特に何て言うんでしょうね。
もうおっさんになっちゃうと取り返しつかないと思うんですよ、こういうコミュニケーション系って。
なので、早めにまだ20代とか30代の方で、
こういうふうにして物事を聞いておけばよかったんだなとか言われると気も楽になるし、
あの人物分かりがいいよねって言われる人になるっていう。
確かにな。
そういうのが原因じゃないかっていう気がした本ですね。
私改めてこの本を読み返して、最初に言った感想が、
情報をどう出すかをどう考えるかっていうことについてまとまっててよいって言ったんですけど、
それだけじゃなくてもう一個めちゃくちゃずっと感じたことがあって、
この人ってあらゆる仕事っていうものを、
すごい想像的なクリエイティブな営みだと思っているという感じがすごく出ていて、
いいなって思いました。
例えばどんなところに出ていました?
例えば、自意識が邪魔をするみたいな箇所があるんですよね。
あるね、あったね。
あ、そうそう。
インストラクションの受け渡しにとって最も厄介な障害の一つが自意識である。
自意識が災いすると想像性は失われ、仕事の目的意識は感じられなくなる。
恐れおののき打ち気になり、愛での流れはストップする。
みたいなのが書いてあって、基本的に仕事っていうのは目的意識があって、
愛で自分のクリエイティビティをサクレさせて、何かを生み出すっていうことだと思っているんだなと。
あー、そうね、そうだね。
結構そういう目的じゃない仕事の仕方をしている人も多いし、
仕事ってそういうもんじゃんみたいな片付け方することって多いじゃないですか。
そうですね。
やりたくないから仕事になるんじゃんとか、いや仕事だからとかって言う時って、
そういう仕事は想像的なものではないみたいな文脈を多分にはらんでいると思うんですけど、
この人の言う仕事っていうのは割とどこを読んでも、
本来仕事ってすごい楽しくてクリエイティブな営みっていう感覚があるなって思ったんですよね。
具体的にどことかあんまないかもしれないですけど。
そういうトーンで仕事したいなー。
そういう人の仕事へのトーンがすごいいいなって思った。
なるほどね、なるほどね。
そうなるのを阻害するインストラクションとか情緒管理者っていうね。
そうだよっていう感じ。
そうねそうね。
指示とかじゃないですよね、いかにクリアに指示するかみたいな、
ハウツーに落ちてないってこと自体が、ノウハウ本じゃないってこと自体が、
そういう考え方に基づいているなって思います。
確かに。
ノウハウ本だったら、これの本の3分の1くらいの厚さにしてほしいですよね。
うんうんうん。
私インストラクションの船の絵とかもなくて、
ビジネスでよく見る人物像8パターンとか言って、まず8があって、
そうね。
8パターンごとに対策を書いてきますみたいな感じで終わりますよね。
そうだねー、そうかい。
これで法律抑止してしようとか書いてあって終わると思うんですけど、
全然そうじゃない。
なんかもっと自分の中に深みを出す方法とか、
創造的であるために必要なインストラクションだっていうふうに
ずっと言っていると思いますね。
それはテッドの思いとかとも通じるものがある。
アイデアワーススプレッディングっていうね、いいコンセプト。
いい、すげー好きなタグラインなんだよなー。
アイデアワーススプレッディング。
広がるべきアイデア。
タグラインでいうと、リチャードワーマンが自称をおよび他称を
無知と好奇心の専門家って言ってるらしくて、
めっちゃいいなと思いました。
無知と好奇心の専門家がめちゃかっこいいっすね。
めっちゃよくないですか?
それはかっこいいっすねー。