けはやさんがされてるのはまさに教養っていうのが関わってきますよね。
やっぱりいろんなことを知らないと作れないですよね。
僕が作ってるのは忍者のアニメーションなんで、ちょうどこの間、高科誌っていう忍者の本当に本家みたいなところに行って、
めちゃくちゃ勉強になって、やっぱり忍者について詳しくなんないといけないと思って、
本当に分厚い忍者の本を買っちゃいましたからね。
あれ買ってちゃんと調べて理解した上で、そしたらやっぱり作品世界の中に、本当にちゃんとした忍者の知識を入れて勉強できるんで、
でもということはやっぱりちゃんと勉強しないといけないしっていうので、
何かやっぱりものづくり始めると当然ね、その付随して自分の勉強不足に気づいていく過程が始まっていくわけなんで、
僕の場合だと今はAIでアニメーションを作ったりしている中で、
いや全然勉強不足だって頑張って急遽勉強し始めてますね。
それ確かに取り掛かってないとね、それを知らないってことにも気づかなかったりするから深まっていきますね、どんどんどんどん。
面白い。でも教養確かに多分これからもっともっと大事になってくる感じがしますよね。
しゅうへいさんは何を学ぶ?
朝早く起きたほうがいいと思いますね。
絶対に。
そういう朝起きれないけど、なんとかこうフリーランス法人で生き残ってる、7年8年生き残ってるんですけど、
池谷さんの話にも繋がるんですけど、とはいえじゃあAIのアニメーションをやろうとか、
そのために映画を見ようって思ってもみんな日常的に余裕がない。
これ精神的なものだと思うし物理的なものだと思うんですよね。
その余裕をまずは作るっていうことがすごく2026年特に大事かなって思います。
その中で余裕って具体的に何かっていうと、結局僕は今資本主義だから、
月5万円自分で作れる力っていうのがやっぱりスキルとして学ぶべきだなって思うんですよね。
どうしても金額ってインフレしやすいからね、5万じゃ足りない。
10万、20万とか何なら100万、7桁稼ぐぞっていうのもいいんですけど、
フリーランス学校やってきて、累計で多分2千人、3千人相談してきて、
すごい思うのが、やっぱりみんなこう自分の可能性に自分で気づけてないっていうか、
もうできないって思い込んでしまっている。
それは割と多分、社会的な欲が詰まると思うんですよね。
とにかく忙しいし、空いた時間にスマホを見て、
いろんな人の成功話とかすごい情報が返ってきて、
自分にはできるかわかんない。
結局また次の週も同じ振り返してしまう。
周りにいる人も多分似たような状況になってしまってると、
そこから抜け出すというか、別に会社員辞めなくても別にいいんですけど、
たぶん池谷さんみたいにアニメーションとかを作ろうっていう意欲が湧く。
湧きにくいと思うんですよ、基本的に。
何か自分から好奇心に基づいて、お金になるかどうかわからないけどやってみようみたいなものは、
たぶん機械として現れにくい。
機械があってもそれをたぶん選びにくいので、
そこを選べるようになる、もっと一個、もう池谷さんよりもう一個前の段階でいうと、
やっぱ月5万をどう作るか。
そこにトライしたときに、僕もそうでしたけど、文字書けない。
自分の商品って何作ったらいいのかとか、
SNS自分何を言ったら人って見てくれるのかみたいな、
そういう視点の足りてなさみたいなのがやっぱり5万作る中で気づくんですよね。
逆に5万円ぐらい作れると、マーケ視点みたいなものでいうと、
僕は9割ぐらいほとんどそこで学習できると思っていて、
残りはたぶん本当にどこまで突き詰めたいかだと思うし、
基本的なマーケティングスキルみたいな月5万作れるスキルがあると、
それを10万、20万にすることもできるし、それを本業に生かすこともできるしっていう、
だし見える世界が変わる。
いろんな可能性があるんだなってことに5万の中で気づけるので、
それがやっぱりもう繰り返しにはなるんですけど、
改めて2026年大事なのかなというふうに、
余裕を作るための行動、トレーニング。
多分この方が歩く不完全、歩く不完全って言ったら。
アンパーフェクトヒューマンだね。
あれだけど。
よく周りの方に、しゅうへいさんはダメなところをちゃんと公言してるからいいなと思いますっていう声かけがよくあるんですよ。
朝起き始めたらダメなんですよ。
起きてください。
それ以外にね、またあるから。
いっぱいダメだな。一個じゃないもんね。一個だと思ってた。
でもそれって一つヒントになってます。
だから愛される、それって実は不完全なところが愛されるべきところだったり。
だってもう完璧なサイボーグって愛されるとこあんまりないはずなんですよ。
結局流行るアニメとかもそうだよね。
ワンピースだってルフィがゴム人間でめっちゃ強かったって、海に落ちても大丈夫だったら多分ダメだよね。
あれ海に落ちるとダメなんですよ。
そういうゲームなんだ。
ゲームオーバー?海に落ちたら。
そうゲームオーバーです。力出なくなります。
でも海賊だけどって。
海賊だけど海に落ちたらダメだよね。
皮肉がそこにあるよね。不完全さがね。
もしルフィがゴム人間じゃなかったらってことだと思うんですよ。
じゃなかったらって。
じゃなかったら伸びないし手って。
そしたらもうルフィのアイデンティティ揺らげません?自分はもうただの手だった。
ただのゴム人間でもなかったみたいなことになると。
まぁちょっとわかんなくなるけど。
でもとにかくそういうこと。
サザエさんがドラ猫を追いかけなかったらっていう世界ですよね。
お財布忘れっぽくなかったらとか。
あの歌になってないよね。
ドラえもんがどれだけそんな好きじゃなかったらとか。
ネズミが苦手なのよ。
ネズミ苦手じゃなかったらとか。
アンパンマンが水で濡れても力が出なくない。
ウォータープルーフだったらね。
ウォータープルーフですけどみたいな。
全然愛されないじゃないですか。
あいつみたいな。
いやでしょ。
もう一回ウォータープルーフ。
ウォータープルーフですけど。
めちゃくちゃかっこいいくはあるけどなんかね、もうちょっとデメリットもあるよみたいな。
思うじゃないですか。
人間って多分みんなそれぞれ不完全でしょ。死ぬまでずっと。
完全な人いないでしょ誰もっていうところで。
だからこそ不完全なものの美しさを感じられる力が2026年。
結局ちゃんとまとまるのがすげえな。
それはいいことおっしゃってると思いますよ。
確かにTikTokで詫びサビみたいな流れがトレンドになってるっていうのはそういう何かありますよね。
BDRとかなんかこう実際にこう本当の生の自分、完璧じゃない自分を自分たちで愛せるようになりましょうっていうのは
2025年からも結構見えてるメッセージだし。
2026年にさらにそれが一般的になっていく。
そして詫びサビ、その不完全なものの中で美しさを見出すっていうのはおっしゃる通りある種トレンドになっていくし、
そのメンタルを持っていくといいよねっておっしゃる通り。
あれこきょうですね。
多分それを若い子たちほど敏感に察知してるんじゃないかなって。
というかそこにさらされ続けてるのかもね、10代の子とかが多いからこそ。
もういや違うなっていう動きが多分始まってるんじゃないかなって思いましたので。
そのさ不完全なものを美しくめでるようになるためには何をどうやって勉強したらいいんでしょうね。
不完全なものを。
さを愛するための勉強的なもの、学び方が難しいわって思いました。
これってもしかしたら人生における体験なのかもしれないですよね。
あれこさんはテレビリポーター、ラジオDJをやってたときに周りの人は本当に完璧に思えるぐらいすごい人たちが多かったわけじゃないですか。
その中でレギュラーだったりとか番組を持つまでのプロセスがまさにそれなのかなって。
たしかに。
私も最初は実はもう本当に綺麗に喋るアナウンサーになろうと思って、
でもなれなくって私がこんなんなんで、すごいもがいてた時期があったんですけど、
あるときやっぱりこうふっとこう力を抜いて素の自分で喋ったときにバーンって跳ねたときがあって、
私、ディレクターからも絶対そっちがいいって言ってもらった時期があって、
それはたぶん池早さんが面白がってくれるのも同じなんですけど、
その体験、他の人がその素のダメな自分をいいじゃんって言ってくれた瞬間に、
あ、それがいいんだっていう気づきが、それまでは私絶対そんなこと思ってなくて、
絶対にそのなんか昔から天然って言われるのがすごく自分の中ではコンプレックスではないけど、
絶対それを出してはダメだって思っていたし、その自分が嫌だっていう、
もっとこざかしいって思われたい、こざかしいって思われたい、かしこいって思われたいとか、
そっちの方がかっこいいんだと思っていたけど、あ、そうじゃなくて、
普通の素の自分の方がいいって言ってくれる人がいるんだっていう経験が学びになったので、
多分それはなんか本とか読んでても出てこなくて、
誰かにその不完全さがいいんだよって言ってくれる経験が学びだったかなって。
そればかりはそうだね、確かに読書を通してとかだとなかなか難しいよなっていうのはね、
本を紹介する番組にもなっているので、
うまく人とつながる中で認め合い、それで気づいていくタイプの気づき学びですよね、こういうのはね。
それは今ピッと思ったのが、まあパーでもいいんだけど、まあまあいいや、まあそれはいいんだけど。
ピンと来たよね。
ピンと来たんだけど、自分が誰かにその不完全さいいよって言ってくれるのもそうなんだけど、
自分自身が誰かの不完全さを受け入れることが最初なのかなって思いました。
なるほどね。
完璧なものだけを追い求めてたら、自分にも他人にも厳しくなっちゃって、到底自分の不完全さを受け入れられないから、朝起きれないのはいいじゃねえかって。
苦し紛れに思う、受け入れるっていう。
でもこの行動が大事なのかなって思ったんですけど、何か思った?
SNSでよく叩かれるやつの風刺で、ロバに乗ってる兄弟のやつだっけ?
最初に何やっても批判される。
批判されるロバに乗ってなかったら乗ればいいのに、ロバに乗るとなんで一人だけ乗ってんだ、二人で乗るとロバがかわいそうとか。
あれとかまさに他人に対して完全さを求めてるような図かなと思ってて。
僕自身はやっぱり池谷さんにブログが伸びないから相談したときに、借金とかマルチ絶対表に出した方がいいよって切り口した方がいいって。
いやでもこんなの自分で言ってたけど、やっぱりダメな自分を言うのはやっぱり怖いし。
でもそれを言ったときに面白がって池谷さんもリツイートしてくれるし、お利息でこいつ死にそうになってるとか、それでみんなが見てくれて。
こっちの方がいいんだよね。まさに有子さんとの体験じゃないか。
だんだん自分出した方が人って見てくれるんだっていう、変に完璧。
僕は東京からユータンしましたけど、愛媛ですごい豊かに生きてますみたいな感じだった最初。
嘘やんみたいな。お前金なくなって強制相関やんみたいな。島林じゃないですかと。
そっちの方がいいし、このコワーキングも最初はコワーキングを立てた自分っていうのはすごい人なんだみたいな。
実績としては分かりやすいじゃん。田舎暮らしのすごいビンワン社長みたいなアイデンティティが自分に降ってきて。
でも人がいないわけよ。いつも一人でカタカタ寂しくやってて。
はぁーみたいな、うまくいってないのがバレちゃダメだとかと思ってたけど、赤字コワーキングが人柄柄だったらXで200万500万出て。
毎回バズる。
この方がいい。でもやっぱ言われるのは言われるんですよね。
池谷さんもAIアニメ出した時に下手くそとかめちゃくちゃ言われて。
でもその不完、完璧なものなんてないですよね作品で。
そもそもね、それを求めること自体を間違ってるのはあるしね。
エヴァンゲリオンとか作品みたいに僕らしたら完璧な作品にしか見えないけど、エヴァ嫌いな人とかここがダメだとか好きだから言う人もいて。
だからそれを含めて全体性みたいなもの、いいとこも悪いとこも含めてそれなんだっていうような感覚になる。
トレーニングが大事だよね。
結局やっぱ元に戻るんだけども。
練習が必要、これ多分すぐできない人も結構多い。
慣れというか、集会になってる人はあれだけど、なかなかそう思えない人も多いだろうかな。
そういったものを作品に載せるっていうのもいいかもしれないですよね。
不完全であるのが当たり前だからね、何か作品を作ること自体がね。
だからそれに慣れるのはいいよね。
池原さんはその考えはいつから持ってらっしゃるんですか?不完全を受け入れてるという。
やっぱりブログ、僕中学生ぐらいからずっと文章を書いてて、それもやっぱり強く子供の頃から思ってますよね。
完璧なものを書けないからもう出すしかないから出して、出したら下手くそって言われて、もうしょうがねえだみたいな。
最初完璧なものを出したいって思わなかったんですか?
いや、まんまそこは思わなかったかもしれないですね。
ネットで、まあ楽しく普通にネットで、まあ当時はブログじゃないですけど、ウェブサイトでやっただけなんで、楽しくて普通にやったらなんかちょっと目立ち始めると叩かれるみたいな。
その中で、いやでも無理だろうみたいな。
完璧なの出せないし、今の最大限しかできないし、まあ上手くなるから待ってろみたいな感じでやってましたね、ずっとね。
かっこいい。
上手くなるから待ってろっていい言葉。
それをね、みんなそういう、本当に実際エクササイズとして、なんかちゃんと下手でもいいから出すから、まあ最初下手だけどちょっと待ってろみたいな感じで。
出せるようになってくると自分の不完全さと、あと他人のね、不完全さとか、まあ見つけやすくなる部分があるかもしれないね。
面白い。
だからそういうふうに、だから不完全さ許せるから自分が出しやすくなりますよね、本当にそういう意味だとね。
で、なると見つけてくれる人もいて、まあもっと広がっていく。
なんか完璧なものがあって、それを出せたけど死んでったとかって、もったいないもんね。
なんか生きてるうちになんか発表どんどんしてね。
うん、うんですね。
まあ生きやすさにもつながるのかなって。
確かに、もうなんか頭打ちした感じがするね、そのSNS映えですごい人みたいな。
もうインスタとかはね、結構2年前ぐらいからその感じはあるよね。
綺麗なもう完璧なインスタはもう伸びないみたいな。
そうだね、だからなんか弱みを出すようになったじゃん、みんな。
でもその弱みを出すマーケティングにもみんな気づき始めた。
僕だから、その借金6000万とか言ってたら資本家だろって言われ始めて。
借金の証拠だぜ。
借金の証拠だぜ、むずいよ。
本当なんですよ、逆に。
そう、他人の証拠だぜみたいな。
そう、逆に借金肩代わりしてくれませんかって思っちゃうけど。
だから面白いですよね。
そういう意味で言うと、向こうは自分に完璧さを映し出してるのかもしれないと思ったら。
実はこいつは完璧なやつだって思い込んでいる。
この人はマックのエルポテ食べてるから相当余裕がある人だぞ、この人みたいな。
逆の、逆張りをしてくる人がいて。
ありがたいのか怖いのかちょっとよくわかんないけどね。
でもそれだけやっぱり借金を持ってるとどうしてもネガティブになってさ、
そんな明るく振る舞う人がいないからこそ本当かなってやっぱり思われてるってことだよね。