筋トレもね。
そうですね。筋トレ200日以上とか。
人生で初めて続いてるんだ。
続いてる続いてる。
まあ、ほんと1日5分10分だけどね。
それはすごいことでございます。
じゃあね、しゅうへいじのヒデンポテンシャル可能性の科学っていう会にもコメントいただいてまして、
こちらへいへいさんからでございます。
子育ての話、少しでしたがめちゃくちゃ気になりました。
振り返ってみれば、自分の母はしょっちゅう本の話を雑談の中でしていて、
それが今の自分の読書にもつながってるなと気づかされました。
めちゃくちゃ役立ちますね。買いますっていう。
この本もね、たぶん買われるっていうことで、いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
これ思ったのが、親の読書習慣とかも含めて、子供の頃自分の親から無意識に受けてたなっていう影響、何かあったりしますか?
なんだろう。
私ね、親がやっぱり子供の頃から図書館に連れてってくれてたんですよ。
毎週移動図書館っていうのが出てきて、必ず親子で行くよって。
無料だし、やっぱり親としては助かるわけですよね。
そこいつも連れてってもらって。
私ももうやっぱりお母さん自身が楽しそうに本を選ぶから、本って楽しいんだなって思って。
やっぱり私もすごい子供の頃からそれで本読んでたのかなっていうのがあったりするんですけど。
親に、その読書習慣じゃなくてもいいんですけど、これ親から影響を受けたなっていうの。
うちの親父ドライブしてる時にめっちゃ歌うんだよね。
横でずっとビリージョインのオネスティーをずっと。
オネスティーってうまいんだ、また。
ピアノマンじゃなくて。
ピアノマンも歌ってた。ピアノマンとオネスティーを何回かサザンとか歌ってたのがあるけど、別にそれに影響を受けてるわけではないな。
でも家に音楽は流れてたような気はする。
親父は音楽が好きだったんだろうな、たぶん。
じゃあ、池早さんの音楽好きは。
でもそうですね、僕が音楽ハマったんですけど、当然上の世代がいろいろ教えてくれたってなって。
それをビリージョインのアルバムとか貸してくれた記憶はなんかあるな。
じゃあ、ジャズとかも父親とか。
それはあんまそっちは言ってないと思う。
自分はビリージョインとサザンぐらいしかたぶん聞いてないけど、なんかよく覚えてますね。
ビリージョインはなんか親父の記憶がすごいこびりついていうのがなんかなんかなーって感じがするけど。
大きいきっかけになってそうな気がするね。
すごい嬉しい。
なんだろう、でもおいしい、いい喫茶店とおいしいランチ屋さんを探すのは好きかも。
あの親父が本当に大好きで。
すごい。
喫茶店めちゃくちゃ行ってる。
だからその年頃の人ってあんま、お母さんと出かけるかもしれないけど、
親父と出かけて喫茶店に親父と行ってランチを食べるみたいな。
そういうのはあんまない。
僕は普通だったんで。
もうなんかここにいいお店があるつったら一緒に行って。
行きつけの。
すごいおしゃれな親父ですね。
うるさいんですよ。
コーヒーがまずおいしくないとダメ。
で、やっぱかかってる音楽がもう微妙だったらダメ。
でもそこ気に入ったらずっとそこ行ったりとか。
素敵な趣味ですね。
そうそうそう。
それはでもだから今もやっぱ探しちゃうしね。
店あったら。
心から行っちゃうんだもんね。
なんかナポリタンをお昼作ったら親父がよく作ってくれてた。
それもなんか多分。
ナポリタンって食べてました?
食べな食べな。
家でも作んねぇだろ。
多分家庭によっては親父さんがよく作ってくれてたからだと思う。
喫茶店ならではなのかな。
そうだね。喫茶店でナポリタン出してたから多分その流れでだと思う。
色々多分受けてると思う。
これやっぱ人に話さないとわかんないよね。
自分の中で当たり前だから。
そうそうね。きっと。
これって特殊なんだみたいな。
うんうんうんうん。
で、えっとね、最後はなぜか上手くいくイタリア人というね。
面白かった。
マフィアの話かな。
そうでしたね。マフィア出てこないんですけど本当はね。
あれなんでマフィアの話になったの?
ゴッドファーザーが。
ゴッドファーザーがマフィアだったって話ですね。
ビッグダディみたいな話になっちゃった。
そうそう。マフィアのビッグダディだったのかな。
間違ってる。
またコスでの動画。
忘れてるでしょ。
でね、こちら京子さんからコメントいただいてまして。
私がこの本で刺さったのはイタリア人の古代から続く寄り道こそが人生の哲学です。
最終目的はあくまで最初の一歩を踏み出す方向を示してくれる北極星のようなもので、醍醐味はその過程寄り道にあるのである。
最後はスピード違反で辻褄を合わせるイタリア人との恐怖のドライブのオチがつくのですが、
何かとゴールを設定してそこから逆算して綿密な計画を立てるが、
思い通りにいかず落ち込む日本人にこのイタリア人OSインストールをお勧めしたいですというメッセージ。
弱女子的なコメントですね。
実際に本も読まれたっていう方なんですけど。
コメントからその奥に何百冊と本の積み上げのあるようなコメントを感じますね。
確かにこれだけじゃないのは伝わってきますよね。
この綿密に計画立てるタイプなのか、その場のノリでやっちゃうタイプなのかって分かれると思っていて、
どっちタイプでいらっしゃいますか?
うちの妻と比較すると僕はちゃんと計画を立てる方だと思う。旅行とか行くときとか。
旅行もですか?
旅行はやっぱりちゃんと計画っていうかある程度さ、決めないといけないのに、
あのうちの妻とかほんとあんま何かないんだよね感覚が。時間の感覚がないし、
あんま予定立てないで旅行とか行こうとするけど。
ホテルとか決めずに?
いやでも最近はちゃんとね、むしろ取るようになったんですけど、昔とか大丈夫かなみたいな感じで。
人によってその計画性って違うよなと思って、夫婦でよく感じます。
あ、じゃあ生き早さも結構もうしっかり。
僕は多分どっか行くって言ったらちゃんと時間も決めて、出る時間も決めて、帰る時間も決めてって感じだけど、
なんかフラッとどっか寄りたくなって、まさに寄り道ですね。
寄り道でもそこで寄り道したら1時間遅れるんだけどみたいな。
あ、そうなんですか。
多いね。
あ、でもほんとそのスケジュール通りに?
そして多分僕の方があって、基本的に。
そこ寄っちゃったらやばいから。
跡が詰まっててか普通に何か色々間に合わないからっていうところに行こうとするんだよな。
大丈夫かな。
面白い。結構イタリア人多いですよ。ちゃんと備えてらっしゃる。
イタリアンな感じですね。
仕事でもそうですか?
仕事どうなんだ。仕事はちゃんとしてるのかなしないですかね。
どうですか?夫婦で違いある?
あれこそ基本時間はきっちりしてますよね。
そうってしてる方なのかな。なんか私は普通と思って、そこまできっちりしてないけど、しゅーちゃんと比べたら。
いやいやしてるよ。
してるかな。
だって毎日チェックして、これが終わって、これが終わって、これが終わって、これが終わってってやるし。
それは多分ほんとに。
映画でも多分普通じゃないのかな。
でも旅行とか、それこそ出張一緒に行ってた時とは。
旅行とかは多分そんな。
全く予定立てないね。
これを僕が多分好きでやっちゃうんですよね。
じゃあうちと似てるんですね。
ただ池谷さんと聞いてて思ったのは、僕も寄り道するから。
もう旅行をとにかく2,3時間遅れても大丈夫なケースとして最初から設定してて。
あれこさんよくさ、しゅーちゃんこの時間は本当に出る時間?って聞くよね。
11時半に出ようって言ったら、しゅーちゃんこれ本当の時間?みたいな。
それが本当の時間じゃないことが多いんですよ。
前日に私結構聞く。何時に出るよねって言ったら、何時って言って。
だいたいそこから1時間、2時間後に出るような計画なんで。
それって本当の気持ちのスケジュール?みたいなのは聞くんですか?
それうちもやるわそのやつ。
うちの妻がそうやん。10時に出るって言って全然10時出ないもんね。
10時半なんだけど大丈夫みたいなことはある。
面白いね。
同じことやってんだ。
こっちはそのつもりで準備するけど。
10時になったらこんな10時に行くって言ったら、やる気がない。行かないのかな?みたいな。
それなら2時間後に言っとけばいいじゃん。
本当の時間教えてほしいっすね。
ですよね。
これはギリギリ癖があるから、イタリア的なあれがあるからわかるんだけど、
いつも自分がギリギリになって、いいお店見つけたら寄りたいとか、
それこそさっきのオヤジの話、喫茶店見つけたらどっかで寄って行きたいみたいなのがあるから、
早めに出てはいいんだけど、またギリギリになって。
難しいですね。
でもこれは分かれると思いますけど、
もしかしたらスケジュールギチギチできつくなってしまう人は、
イタリア人のOSもインストールするといいのかもしれないし、
私もインストールしたいなと思っております。
すごいフリーランスとか副業のオンラインスクリプトもやってますけど、
どちらかというと割と最初の一歩を踏み出せない。
きっちり計画を立てて、これで本当に月10万、20万いくのかみたいな、
それは本当に多すぎてもったいないなって結構思うから、
割と見切り発車でする人のほうが成果出してるケースのほうが多いなって、
それは思いません?
そうですよね。
みんな完璧なスタートを切ろうとしたりとか、完璧なブログ記事にしたからとかさ、
失敗先にしたほうが早いって。
そうそう、軌道修正したほうがいいかな。
使い分けができたほうが一番いいよね。
バランス感覚ですね、結局。
両方できるっていうのはね。
で、前回の本はそういった本だったんですけど、
今回は宗教本を紹介していったんですか?
でもなんか毎回思うけど、ちゃんとつながる部分がね。
そうですね。ここはやっぱり似てるんだよね。
結局ゴンドワナ型神話っていうのは、
自然との関係とか共生とかっていうのはね、
人間が中心主義じゃなくて、
自然の中に動物とか人間とかがフラットにいたっていう世界観をもともと人類は持っててっていう話があって、
だからそれがゴンドワナ型が第一だってことをこの著者も言っていて、
レイチェル・カーソンも基本的にはまさに自然に対する異形とか、
それを一回フラットに、小さい自分として問い直すって話だから、
文脈は全く違う世界の昔の神話と、
むしろこの人は現代の人ですけど、
結局似たようなことを言っていて、
それ自体は無我とのつながりがあってっていうので、
不思議とつながったなっていうのが今回の感想ですね。
ゴンドワナ型のお聞くわけが、
センス・オブ・ワンダーかどうかみたいな感じですよね。
答えみたいなものではないっていう。
考えさせてくれる神話というかね、
感じる神話みたいな感じがあるよね。
忘れてしまうと、たぶんもしかしたら自然を大切にしないとか、
感謝しないっていうことにまたつながっていっちゃうしね。
これももうちょっと深く、もうちょっと紹介したかったんですけど、
ブッダが言ってるのって、
さっきのいろんな宗教がこうです、こうです、こうですって答えて、
だからこうしたらあなたの魂は救われまして、
答えみたいなものを出すなっていうような感じの回答で、
無我です、私はいないって言ってたみたいなんですよね。
だからある種、自分がいるっていう感覚自体を否定してないんですよ、ブッダって。
っていうことも書いてあって、
だからすごいそこもつながってるよね。
この多分、スマンサーラ帳の宗教批判の文脈って、
多分あらゆる宗教みたいなもの、
センス・オブ・ワンダーを含めた宗教を批判してるわけじゃなくて、
むしろそっちを肯定するような宗教批判な気がする。
その答えみたいな、確かめたことでもないのに、
なんでその魂があるとか、固定の自分がいるとか、
そんなものを確かめた人がいるのかと。
それこそ分かったつもり。
分かったつもり、そうそうそうそう。
で、まさにいろんな生物に慈悲の心を持ってって、
持ちましょうってスマンサーラ帳も言ってるけど、
まさにそれだよね。
自分の人間というものは絶対的に正しいとかそういうものでなくて、
生かされてるというか、異形の念みたいなものだから、
本当に根底は全部同じような気がするよね。
レイチェル・カーソンの本とかもそうなんだけど、
やっぱり子供に向けて書かれたっていうのも大きくて、
生まれつきセンス・オブ・ワンダーが備わってるのが子供だっていうふうな見解があるんですよ。
なんかこれできたとか、できなかったことに対しても何か感覚があったりとか喜びとか、
それってすっごい大事な感動で、
でも子供ってできたとか、これすごいとか驚いてるのって、
だから褒めてほしいわけではなくて、分かち合いたいだけっていうところで、
ってことは大人が分かったつもりにならずに、
ちゃんとそのセンス・オブ・ワンダーを備えてないと分かち合えないから、
子供に対して教えていくには、私たち自身がセンス・オブ・ワンダーを持ち続けないと難しいよねって思ったんですよ。
ピカソとかも言ってますよね。
生まれてみんなアーティストだけど、大事なのは大人になってもアーティストであり続けられるかみたいな。
アーティストでなくなってしまうみたいな。そこともつながるけど、
これ結構難しいですよね。好奇心を持ち続けるみたいな。
ぎょうさんがAIの話だった文脈で、教養がないと、AIで何作っても結局面白いものが作れないっていうところも、
なんかそのセンス・オブ・ワンダーに近いのかなって。
これを面白いとか、これを楽しいって思える、何かエネルギーみたいなものがないと、
みんなの作品に迎合してしまって、見たことあるような作品になってしまうというか。
確かにね。うち子供3人いるから、面白いですよ。あいつら見てると。
真ん中の子が結構、よく窓ドライブとかしてると、ずっと外見てる。
よくグラデーションがすごい、空がグラデーションになったりするじゃないですか。
ああいうのがすごい好きで、いつも一人で感動してて。
でもやっぱり娘が感動してるから、こっちも見ると確かに綺麗だもんね。
なるほど、センス・オブ・ワンダー。
気づかされて。
気づかされる瞬間ってかなりあるし。
そうですね。彼女はいろいろずっと見てるんで、ちょっとした違いとかも気づいて。
先生ですね。
それに教わる感覚って結構あったりするんで。
大人として、仕事してるとなかなか空のグラデーションの綺麗さって、目がいかない。
子供たち見てると、そういうのを教わる。
学ぶっていうのはありますね。
大人になったら、感動しにくくなりますね。
最初、ガスト行った時、私コンポタージュマジで感動したんですよ。
ガストのコンポタージュってこんな美味しいものがあるんだって、子供の頃思った記憶があるんですけど。
この前ね、ガスト行った時に、あんなに感動したのにな、みたいな。
やっぱりその一番最初の感動はもう薄まってしまう。
高校生が食べるような、揚げチキンにめっちゃでっかい、卵サンドの詰めるやつの、ベテッて油激しさを頼んでましたもんね。
それはちょっとびっくりしたけど。それは確かにびっくりしたんだけど。
でも感動っていうのがちょっと難しいですよね。
驚くっていうよりは、本当に心が震えて、わーっていう震える瞬間。
確かにね。
センサーがないと、アンテナないと絶対もうなくなっちゃうじゃないですか。
当たり前だもんね。コーヒーもいつも飲んで当たり前と、これ実は当たり前じゃないのにっていう、この感覚。
そうね、なんかそういう驚いっちゃう、負けゲームみたいな感じがしてる気がした。
東京にいた時に、お台場のオフィスですごい夕日がめっちゃ綺麗に見えるんだけど、誰も見なくて。
なるほど。
めっちゃ綺麗。写真撮ってばっかみたいに撮ってて、みんな誰も驚かなくて。
これもう当たり前よみたいな、そんなの。
普通でしょ、18階から見える夜景なんて。
確かに、気持ちは分からないぐらいがそういうね、なるよね、確かに。
俺はそれを経験しているよみたいな、お前まだなのみたいな。
そういう感じ、そっか、経験してるっていう。
あとやっぱり街中で笑えないよね、急に。
僕本当に東京から帰ってきて、こっちに戻ってきて、フリーランスになって、久しぶりに月曜日の朝の電車にたまたま出くわした時に、
みんな駅に向かってくる人が本当に下向いてうつむいてスマホ見ながら、この中でゲラゲラ笑ってたら絶対変な人だみたいな。
その時の朝のスズメの声とか、チュンチュンチュン、めっちゃいい朝なのに、みんなこんな感じで。
なんかそれはすごいギャップとしては感じるけど、でも自分もその中にいたら気づかないんだろうね。
感覚がちょっと麻痺というかね、そんな風になっちゃうかもしれない。
素直に驚ける力って、なんかまさにそういうことなのかな。
みんな田舎に来たほうがいいね。
こういうとこいると別にふっとこう、自然すげえみたいな、鳥すげえとか虫すげえみたいな、俺結構普通にね、ナチュラルに感じる。
都会に行ったら確かにあんまないよね。
そうですね、やっぱ場所によるのも環境って大きいかもしれない。
都会が決して悪いとは思わないけど、制圧してる感じがどうしても出てるよね。
アスファルトだし、ビルだし、悪天候でも全く問題ないし、
なんなら雨に濡れずずっと駅まで行けるアーケードとかあったりすると、あれあるとなんかもう本当に困らないし便利なんだけど。
公園なんて遠かったりとか、めっちゃ人がいたりとか、あと今子供だと公園なんか危ないって話しがいだったけどね。
でもアルコさんあれだったよね、結構公園も行けなかったんだよね、なんかね、危ないって。
そうです、子供の頃とか結構そうだったかも、一人で行ったら危ないとか、やっぱ誘拐とか流行ってたじゃないですか、すごい多かったかな。
イキオさんどうでした?子供の頃。
一応なんかあんまなかったね、やっぱりもう野放しみたいな。
まあ女の子はまあさすが。
男子だと。
なんかね、Xでも最近4,5回見たけど、外遊びする子供はなんかすごい良いみたいな。
なんか4,5回流れてきたね。
それはね、本当にめちゃくちゃ将来が変わるらしいですね、本当に。
スマホ画面で終わってしまうと、それが全ての世界になっちゃうし。
いや本当に田舎に移住したらいいのにっていう結論になると思う。
田舎移住どうでしょうかっていう話ですね。