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生物学者と書店員のインターネットラジオ、本の虫のススメ。
本を偏愛する生物学者の椿と書店員の佐藤が、本にまつわるあれやこれやをゆるっとお届けします。
さあ今週も始まりました本の虫のススメ。はい。先週ちょっと、ベストセラーだからちょっと避けちゃうみたいな話しましたね。
そう、まのじゃくな話したんですけど、今回もその流れというわけじゃないんですけど、もうこれは大大大大ベストセラーで、
知らない人がいない本だと思うんですけど、読んでなかった本を読みました。はい。どの本でしょうか。
窓際のトットちゃん。ああ、私が散々、いいよいいよいいよ。そう、ようやく、ようやく。
人生を支えてくれた本って、私が自動書の中で紹介したことあるんですけど。
それで、読まなきゃに近い気持ちっていうのがちょっとあったりして。いいのよ、いいのよ。
何やろ、やっぱ、編集も話したんですけど、あれだけ売れてるから、いいものなんだろうとは思ってたんだけど、まのじゃくすぎて。
あまりに売れすぎてるしね。そうなのよ。なかなか手に取れなかったんですけど、
なんか眠れない夜があって、そのときに、結構そういうとき、電子書籍を衝動買いしちゃうんですけど。
衝動買いで電子書籍で。あ、電子書籍出てるよね。そうそうそう、読んだんですよ。
そしたらもう余計眠れなくなっちゃって。そうでしょうね。面白くて、もう一気読みしたんですけど。
本当に、さとぅさんが昔の回で紹介してくれたんですけど、
そっとちゃんって、黒柳徹子さんの幼少時代のあだ名なんですよね。
お母さんが通るってつけるっていうのを最初決めてたけど、生まれてきたのが女の子だったから、通る子で徹子になって、
で、その名残というかで、とっとちゃんって子供にも言いやすいし、黒柳さん自身が自分でとっとちゃんって呼んで、周りもとっとちゃんって呼んでたみたいなんですよね。
そのとっとちゃんが、本当に生き子供全開で、それを今でも、私当時も、もちろんだと思うんですけど、
抑えつけるっていうか、やっぱ伸び伸びって言うと聞こえはいいけど、自分が例えば親の立場になったと想像したら、確かに怖いは怖いじゃないですか。
とっとちゃんに出てくるエピソードでも、やっぱり危険と隣り合わせっていうのは確かにあったりするから、それを安全サイドにっていうのを責めることはできないんですけど、
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でも、すごい本当にとっとちゃんはもう、それを肯定してくれる。この子はできないんだじゃなくて、できるところに目を向けるというか、伸び伸びしたいいところを、本当は君はいい子なんだよっていう先生の言葉がとっとちゃんの支えになったって書いてて、本当にそれに凝縮されてると思うんですけど。
やっぱり、短所と長所は紙一重というか、見方で、プリズムで変わるじゃない。それを短所じゃなくて、長所と見てくれる人たちがたくさんいるような環境が、戦前の日本にこんな素敵なというか、だんだんっていうのは結構信じられない思いで読みましたね。
今、読んでも先進的な教育をされてるというか、校庭の庭やったからに電車を建てて、使わなくなった電車の車両を置いて、そこを教室にしたりとかして。
だから席は決まってなくて、好きな席に毎朝座って。
しかも時間割がなくて、自分で好きなことをしていいとか。
今なんか逆にそういう流れになってきてるから、本当に先進的で、子供がやっぱり本当に好きな方だったんだなっていうのが本当に伝わってきて。
私が初読が、初めて読んだのがこの年だから、コットちゃんの視点にももちろん寄り添うというかなりつつ、でもやっぱ先生もすごい気になるというか。
本当にその思いっていうのがコットちゃんの目を通じて描かれる世界の中に描き出されてて、胸が苦しくなりましたね。
途中でどんどん戦争の影が忍び寄ってきてね、自由んでのびのびした空気がだんだん辛い状態になってくるっていうところもあって。
やっぱりね、先生自身が、戦争の影響でも閉じなきゃいけなくなっちゃうんですよね、富山学園は。
それでもう一回やりたいって言ってた願いが叶わないままっていうのが、あと書きで書かれてたりもして。
それも本当に短い数年間なんですよね。
そうそうそう、確かに。
教育が実現してたっていうか。
奇跡やね、その時に学べた子供たちって。
本当に本当に、どんな胸だっただろうとか、いろいろ考えましたね。
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そうなんですよね、なんかトッドちゃんが今で言う発達障害児って呼ばれるような子供で、小学校1年生で小学校をクビになって、退学になって。
これで受け入れてくれるとこって言って探したのが、智恵学園っていう。
そこで結構、もしかしたら特に日本の中で暮らしてたら、学校で生きていけないっていうのって、もうこの子はダメな子なんやって楽に応じてしまっても、仕方ないとは言わないけど、でも不思議ではないような状況で。
それが当たり前っていう社会だから、特に戦前のトッドちゃんの時代なんて、もっとだったんじゃないかと想像するけど、逆にどうなのかわからないけどね。
それをそんなふうに伸ばしてくれるっていうのは、すごいことだよね。
最初にトッドちゃんが、たぶんずっと喋ってるような子供だったんだと思うんだけど、校長先生に最初に会った時に、2時間、3時間かわからないけど、ずっと話を聞いてくれて、話したいことまだある?って聞かれて、もうないですって。
初めてそんな大人に出会ったっていうことを書いてて、そういうちっちゃい子供やからって、下に見たりとかバカにしたりとかせずに、ちゃんと向き合うっていうことをされてるっていう偉大なね、本当に偉大な教育者やったんやろうなって思って。
一人一人にね、何らかの身体障害を持ってる子供が出てくるんですけど、この子がでも歩いたりとか走ったりとかはできる子だったらしいんですけど、
その子が、もちろん他のみんなにはわからないように、勝てるようなちょっとユニークな運動会で競技を行わせて、その子が勝って、誇らしい気持ちを覚えてもらったりとか、そういうことをわざとらしくじゃなく、自然に自然にいろんなところでやってたんだなっていうのがすごい伝わってくる。
校長先生がいつもいつも、一緒にやるんだよっていうことを言われてたっていうふうに言ってて、でもみんなと一緒にやるんだよとしか言わない。でもそれを常に言ってたっていうふうに、黒柳さんがおっしゃってて。
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で、何かの、国連だったかな?ちょっと忘れちゃったんですけど、大きいスピーチの場で、LGBTに関するスピーチを黒柳哲子さんがされてて、その時も私の中で持ってる言葉は、その校長先生の一緒にやるんだよっていう言葉ですと。
多様性っていうことをね、言うけど、それは誰かを置いていかずに、みんなでやるんだよっていう、この基本姿勢は校長先生から学んだし、今でも変わってないんですよっていうことをおっしゃってて、すごいちょっとなんかうるっとしてしまったというか。
うるっとちゃんが見えるね。
見えるよね。
なんかそういう、そこまで深い言語化はもちろん小学生の当時はできてなかったにせよ、自分の中でなんとなく私ってちょっと普通の子供と違うんやなみたいな思うとことか、なんか疎外観っていうか、みたいなのを勝手に感じてたときに。
あ、佐藤さん自身がね。
私自身がね、そうですよね。私自身がそういうふうに思ってたときに、やっぱりこの本を読んだおかげで、どこかには本当は君はいい子なんだよって言ってくれる人がいるんやろうなっていうふうに思えて、ずっと今でも心の支えにしてくれてる本なんですよね。
いやでもようやく意味がわかりますよ、佐藤さんが。
そうなんですよね。
優しいんですよね、そのすべてが。
あ、そうやね。
もちろんその戦争の影とかがあったりはするんですけど、お母さんもすごく本当に、とっとちゃんのことを思って、退学したっていうことも大人になるまでね。
あ、そうそう、言わないでね、言ってくれたよね。
本当にみんなでこう、社会のはみ出し者になりかねない。
そうそうそう。
はみ出してもいいんですけど、本人も周りもつらくなっちゃうから。
つらいはみ出し方ってあるもんね。
そうならないように一緒にやるんだよっていうのを、みんなが体現してるっていう。
すごいそんな本当に、場所があったんだなっていう、本当に。
すごいよね、奇跡だよね。
今も探したらたくさんそういう居場所ってあるんだと思ってて。
そういうとこにアクセスできやすくなったじゃないですか、今ってインターネットがあるので。
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そうかもしれない。
だから必ずしも、自分がいる場所であってないとかつらいとかっていう人も、
どこかには一緒にやるんだよって、一緒にいていいんだよって、言ってくれる場所があるんやろうなっていう。
本当のロールモデルみたいなものを示してくれてるなって思いますね。
で、そういう、なんだろう、どこか人と違って、なんか生きづらいなとか、生きにくさを抱えてるっていう意味で、一冊ちょっと思い出した本があったので、紹介したいんですけど。
タイトルがちょっと衝撃的なんですけど、
死にたいって誰かに話したかった。
南彩子さんっていう本、本じゃない、著者が書かれた本ですね。
で、これは、なんか生きづらさを抱えてるその女の人の主人公が、そういう生きづらさを共有できる人がいないかということで、
生きづらさを克服しようの会っていう会を勝手に発足して、話せる人がいないかっていうので、チラシを撒いたりするんですけど、それに応募してきた人とか、それからその知り合いとか、そういうのが集まって、話し合いをする会っていうのを通して、
ちょっとみんな、生きづらさはそれぞれに違うんですけど、分かち合っていくっていう話で、これって自助会って呼ばれるものなんですよね。
自助会って、アルコール依存とかでよく勃ち上がってるものなんですけど、当事者同士がその困りごととかを当事者同士の中で話すことで、安心してこう、自分が一人じゃないなとか、こういうこともあるんだなってことをシェアできる会っていうのが自助会っていう。
で、それが精神的なうつ病だったりとか、あとドメスティックバイオレンスとか、そういう領域でよく自助会っていうのをやってるんですけど、これは本当に自助会の形でやっている会の話。
しかしすごい行動力だね、助者の方、最初自分で立ち上げるっていうか、美学ばったりとかで。
そうやね、なんか病院に勤めてるんやけど、その病院にちょっとチラシを置いてみようっていうふうにするんですよね。
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で、最初なんかその息づらさを抱えているその当事者同士が、結構なんか癖が強かったりするんですよ。
全然人の話聞かなかったりとか、自分の話ばっかりするとか、なんかすごいちょっとなんかバイアスかかったものの見方してるな、この人みたいなとか。
女はこうだろうとかっていう男性が出てくるとか。
だけど、だからちょっと癖が強くて、ちょっと性格悪いなみたいな人が出てきたりもするんやけど、
でも、なんかその人がどうしてそういうふうになったのかとか、どうしてその人たちがこう、普通にいわゆる他の人みたいに生きられないのかっていう辛さは、その人たちが抱える不器用さっていうのが内包されてて、
でもその中で、ちょっとずつですけど、その息づらさを克服しようの回の中で、みんなちょっとずつ仲間意識を深めていって、癒されていくっていう。
だからこの本はすごくね、生きづらいなっていうふうに思ってる人にとっては、すごく共感できる本だと思うので、おすすめですね。
なるほど。結構たくさんの人が出てくる感じですか?
いや、えーとね、4、5人ぐらいの人が。
なるほど、その人たちの話が深まっていくみたいな。
深まっていくみたいなタイプの話ですね。
しかもその、共同生活をするんですよね。その、息づらさを。
そうなの?
そう、克服しようの回。
おお、結構ラディカルやな。
そうだよね。まあちょっとその、まさかっていう展開で、あの、まさかっていうきっかけで、男女で共同生活を送ることになるみたいな。
うーん、なるほど。
なんかその、孫徳で共同生活をするんですよ。掃除をしてくれる人を、掃除をしてくれる代わりに、ちょっと家賃を納めつつ、あの、住んでる、暮れる人探してるみたいな感じで。
へー、なるほど。それで互いのことを生活を通して知っていってみたいな感じ。
生活を通してもですし、その事情解を通して、ちょっとずつ、あれ自分の悩みってこうだったのかなとか、なんか思ってたことと違うところで生きてたのとか、
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例えばその、すごいマウントを取るタイプの人が出て、一人出てくるんですけど、最初その、だからめっちゃマウント取ってるんですよ、その人。その事情解の中で。
ありそうな話だな、それはね。
だけど、でも、その人にはその人の心の闇というか、抱えてるものがあって、マウントを取らざるを得ない事情みたいなものがだんだん見えてきて、それでちょっとその、鎧みたいにつけてるそのマウントを取りっていうのがちょっとずつ外れていくみたいな。
なるほど。
だからね、結構その、人のことが愛おしくなる本ですね。
あの、もしかして周りにこいつ嫌やなみたいな人とか、いたりする人もいると思うんですけど、
大抵そうじゃない?
大抵ね。
こんにゃろうみたいな人、いたりすると思うんですけど、
でも、こんにゃろうって思う人も、ああ、こういうのを抱えてたりするんかな、みたいなふうに思えて、ちょっとこう、人が愛しくなる小説でしたね。
なるほど。
はい。
あ、小説なんだ。
小説です。
ノンフィクションかと思ってた。
あ、いや小説です、小説です。
なるほどね。
はい。
それでちょっと思い出した本があって、
言語の本質で有名な、これももう大ベストセラーで、これ読んでないんですけど、
今井むつみさんと秋田芳美さんかなっていう方が協調で書かれた、非常に面白いらしい本なんですけど、
この著者のお一人の今井むつみさんが書かれた本を最近読んで、
そのタイトルが、何回説明しても伝わらないはなぜ起こるのかっていう本で、
なんかそこから結構もう気になる。
気になるね。
それをなんかちょっと認知的な側面とかから掘り下げていった本で、
基本的にはその話せばわかるっていうふうに考えてるけど、
それ自体が疑わしいんじゃないかっていうところを出発点にいろいろと試作していってる本で、
すごい印象に残ったのが、ちょっと読み上げるんですけど、
相手に正しく理解してもらうことは、相手の思い込みの塊と対峙していくことです。
そして相手を正しく理解することは、自分が持っている思い込みに気づくことでもあります。
っていうふうに書いてるのがすごい印象的で、その通りだなと本当に思って、
なんで伝わらんのやろって思ったら、前提がやっぱり全然違ったり、思考の経路が全然違ったり、
例えばこの本で言ってそうだよなって思った例が、猫って言った時に、
かわいい、大好き、マフマフみたいになるポジティブなイメージを内包してる人と、
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なんか昔噛まれた、すごい怖いみたいな、いうのがこもってる人とか、
本当に単純なものやって私たちが思うようなものについても、みんなそれぞれこびりついたイメージというか、
みたいなものがあって、だから本当に分かり合うっていうのは、それを解きほぐすっていうのをしながら、
自分の思い込みはこうだった、この人はこういうふうな経験とかがあって、こういうふうに思い込んでるっていうのをすり合わせていって、
ようやくその、この人はこう思ってるんだっていうところに辿り着けるんじゃないかみたいな、
ごくごく簡単に言うというような本で。
確かにその、何やろうな、つい自分の言いたいことが伝わってなかったりとか伝わらなかったりすると、
相手の方を無意識に攻めるっていうか、何で分かってくれへんねんやろうって。
てねえなっちゃったりしがちよね。
コミュニケーションって相手があって自分があっての相互作用やから、相手だけがどうこうっていう場合って多分少なくて、
そういう、何だろう、自戒も込めて。
なるほど。
面白い本でしたね。
なるほどね。
ベッドセラーの言語の本質を読もうと思います。
アマノンジャックだから。
でももうだいぶね、時間たってるから、出てからね。
そろそろね。
そろそろ読んでおこう。
読めるかも。
いいかも。
何やねんそれって。
あるある。
本当に本当に。
というようなところで今回もいろいろな本の話をしましたけれど。
いろいろ。
基本的にあれですかね、生きづらさとか人との関係の中でっていう話とかね。
また、私たちもはみ出し者ですので、はみ出し者の皆さんからのお便りをお待ちしております。
お待ちしております、年々。お送りください。
ではまた良い読書体験を。
良い読書体験を。
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