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こんにちは。本茶本茶へようこそ。
毎回一種類のお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、緩やかに語る時間です。
静けさのデザインとケアを通して創造性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
今日ご紹介するのは、谷川よしひろさんの書かれた、
『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』という一冊になります。
著者の谷川さんは、京都にお住まいの哲学者の方で、まだ30代かな、お若い方なんですけれども、
この本以外にも、スマホ時代の哲学という著書を書かれたり、
あとは、京都一律芸大でデザインを教えていらっしゃったり、さまざまご活躍をされている方になります。
この本は、ちくまプリマー新章で、だいたい250ページぐらいの、比較的しっかりとした文量の本なんですけれども、
例えば、チという漫画だったり、ブルーピリオドという漫画だったり、
さまざまな引用をされながら解説がされている本なので、とても読みやすい本かなと思っています。
今日ご紹介したいポイントは3つ。
1つ目が、本当にやりたいことは変化の兆しを見えなくする言葉。
2つ目が、強さではなく深さ。
そして3つ目が、キャリアデザインではなく実験精神。
このあたりのキーワードから、こちらの本をご紹介していきたいと思います。
その前に、まずは本日のお茶から。
本日のお茶は、エンティーというところの花やぐ茶、竹になります。
これは、第6回で、同じシリーズの梅をご紹介したんですけれども、
エンティーというお茶屋さんが、ブレンド茶ですね。
今回は、お茶にクマザサ、ササとミカンの皮をブレンドしたものをティーバッグに入れて提供されているものになります。
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非常に楽ちんで、お湯を入れるだけでおいしいお茶が飲めるんですけれども、
この竹はですね、結構初めに竹の香りが、青い香りがして、
その後に甘さ、なんかあのササ団子のような、竹と和菓子のような甘さがして、
最後に少しミカンの気配がするかしないか、そんなような味わいを楽しめる一杯になっております。
よろしければ皆様もお気に入りの飲み物とともにこの後お聞きください。
では、ここから人生のレールを外れる衝動の見つけ方のお話に戻っていきたいと思います。
最近、もしくは最近というよりはずっとなのかもしれないですが、
人生においてやりたいこととか、自分のキャリア、生き方を考える上で、
何を指針、何を重心に添えていけばいいんだろうかというのは、
いろんな方が悩まれることなんじゃないかなというふうに思います。
この谷川さんは、そういったものの一つのよりどころとして、
この衝動という言葉を使って解説をしているんですけれども、
どうでしょう、衝動って聞くと結構こう、なんだろうな、
瞬発的で強いものっていう印象を僕自身は持ってたんですよね。
ただ、ここで語られているものは必ずしもそういうものではなくて、
もう少し小さくても深いものとか、
何か自分から見つけに行って初めて出会う、そんなものだったりするようです。
まず一つ目のポイント、
本当にやりたいことは変化の兆しを見えなくする言葉という切り口からお話をしていきます。
本当にやりたいことってよくある言葉ですよね。
あるいは本当の自分とか本当の私らしさみたいなことって、
非常によく聞かれるかなと思います。
そういう本当にやりたいことっていうことに対して、
谷川さんは本文中でこんなふうに語っています。
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を、わざわざ本当という重たい言葉で包んで固定しようとするのは、
自分の変化の兆しを見えなくする言葉遣いです。
そんなふうに語っていらっしゃいます。
これを読んで面白いなと思ったところは、
その本当という言葉、本文中だとかけかっこに入って使われていますけれども、
本当にやりたいこととか本当の私みたいなものって、
その固定したいという欲望の現れなんだというのが非常に面白い気づきでした。
どこかにその本当があるんじゃないか、変わらない何かがあるんじゃないかという欲望が、
そういう本当のまるまる探しということにつながっている。
そして僕たちがやるべきことは、
本当にやりたいものということを探すというよりも、
本当にという言葉を使って固定しようとすることをやめることなんだというふうに書かれています。
そして、そういう本当にという固定化された、あるいは固定化したい欲望を突き抜けていくものが衝動、
そんなふうに谷川さんは語っています。
そうすると当然その衝動とは何なのか、あるいは何にではないのかということが気になってくるんですが、
そこで二つ目の切り口の強さではなく深さというテーマに移りたいと思います。
また谷川さんの一節の引用から始めると、
現代人は、「自分を突き動かす欲望は強烈なものであるはずだ。」と考えてしまいがちです。
深い欲望に気づきづらい背景には、
私たちの感性が強さ基準で反応するセンサーになってしまっているという事情があるわけです。
谷川さんはこの衝動というものが強さではなく深さであるというふうに語っています。
この深さというのは、その欲望の個人性や細かさ、
どれだけ強いかということではなくて、
どれだけ個人的でありかつ非常に微妙なニュアンスへのこだわりか、
そんなことがその欲望の深さであるというふうに言っています。
僕も先日、大学の先生でウェルビーングを教えている方と話をしていたときに、
まさにそういう自分に流れる微粒な電流を捉えられるかどうかというような話をしました。
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それは、自分にとって何が心地いいかとか何が好きかみたいなものって、
結構強いもの、強い電流だという勘違いが世の中にありそうだねという話をしていて、
例えば、分かりやすい例で言うと、
大谷選手が野球こそが自分の道だと思うほどの強烈かつ強いインパクトを持つ、
そういう電流が流れる方というのは、もしかしたらそんなに多くないんじゃないか。
どっちかというと、ここにあるような非常に個人的で非常に細やかなものにどうやって気づいていくか、
その自分のセンサーを磨いていく必要があるよねという話だったり、
逆にそこまでの強い電流が見つからない、見つからないって焦っていると、
実は自分由来ではない、外から言われる強い電流、
何々やった方がいいんじゃない、何々がいいよねみたいなことを、
外から取り込んであたかも自分の電流のように感じてしまうと。
この外のものを取り込んでしまうというのを、この本の中でも、
リュイを引用しながら外在的アプローチと書いていますけれども、
そういうような外のものをあたかも自分の電流と勘違いしてしまう。
そんなようなことが起きるんじゃないかという話をしたことを思い出しました。
谷川さんもまさにその後で、
深い欲望は感情的な刺激を伴わない地味な欲望であり、
他人志向型ではなくものすごく個人的な欲求であり、
そうやって表だって見えづらい欲求であるという性質を持っています。
要するに強さの軸で語られるモチベーションが公共的で抽象的であるのに対して、
深さの軸で語られる衝動は個人的で細かく特定化されています。
そんなようなものが自分たちが本当に探すべき自分の中の衝動というものの性格だそうです。
そしてこの衝動というものを探すためには、
自分の非常に細分化された欲望である偏愛というものから探っていくのがいいというふうに話されています。
この偏愛というのはカレーが好きとか運動が好きみたいな大きな好きというよりも、
もっと細かい好きのことだそうです。
例えば偏愛の事例として挙げられているのは、
生き物を見分けて分類するのが好きだというふうに思っていて、
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物学の研究者になろうと考えていた人がフィールドワークで南米に行くんですね。
そこではハキリアリというものを研究の対象に入っていったんですけれども、
実際はアリよりも鳥の方が自分の目を奪うということに気づいて、
生き物全体が好きというよりも、よく移動したり色彩鮮やかで見つけにくいものが好きなんだ。
そこに自分の偏愛があるんだということに気づくと。
なので、研究者という道ではなくて野鳥観察の道に進む。
そんなような事例が書かれています。
この非常に微妙な差、生き物が好きという箱の中をもっともっと覗いていった時の野鳥と、
そういうような細分化された欲望のことを偏愛というんだそうです。
この本ではこういう衝動や偏愛を見つけるためのいくつかの手法がその後説明をされているんですけれども、
最終的にそういうものがどう自分の人生に活かしていけるんだろうかというのは、
おそらく読者の皆さんが気になる部分なんじゃないかなと思います。
そこで三つ目のキャリアデザインではなく実験精神というようなテーマに移っていきます。
これは後半の一章で、この本の考え方とキャリアデザインというのは何が違うのかというところで語られている一節になります。
谷川さん曰く、キャリアデザインを支えているのは結局のところコントロール願望です。
私の人生すべてが計画通りであってほしい、自分で人生の全体をコントロールしたいと、
それ自体は自然な思いなのですが、こうした人生設計は自分の決定に自分自身が驚く可能性を考慮していません。
考慮しないどころか、何か偶然の出会いを通して事故がすっかり書き換えられてしまうなどという事態は、
設計からほど遠いという点で許容しがたいのですと語っています。
よくキャリアデザインという言葉もありますが、
その少しバックキャスト的にというか逆算思考的に行きたい先を決めて、そこに向けた道のりをデザインしていくというのは、
一つよくあるというか、王道的なキャリアに対する考え方だと思うんですが、
ここではそういった考え方に、自分自身の決定に自分が驚く可能性を考慮していないというふうな書き方をされています。
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さらに、キャリアデザインは自分自身で驚くような変化の可能性を抑圧した先に成立するものというふうな一文もあります。
確かに計画的偶発性理論というキャリアの考え方、英語で言うとPlanned Happenstance Theoryというものがあるのですが、
ここでもそのキャリアの8割というものは、事前に予測ができない偶然なものであると。
なので、元から設計をするというよりも、その偶然をうまく呼び込んで活用する、そんなことが大事だというような理論もあったりしますが、
ここで語られているのは、確かにそういう偶然があるということ以上に、何か自分自身がそれまでとは全く異なる選択をする、そういう変容を起こすとか、
自分自身がそれまでの自分からは驚くような選択をする、そんな可能性を入れているというものだと思います。
そして、最終章、衝動のプラグマティズム、あるいは実験の楽しみという章において、
そういうようなことを自分の人生の中で実現をしていくためのポイントとして、成功が保証されていない状況で何となく一歩を踏み出してみる、
失敗するかもしれない状況でとりあえず動いてみる、そういうような実験精神のことを語っています。
このあたりがまさに人生のレールを外れる衝動というところと伏線回収しているのかなというふうに思うんですが、
やっぱり最後のこのジャンプというのが結構難しいところだろうなというふうに思います。
もちろんその衝動というものが適切に見つかると、レールを外れるためのちょっとした実験が思い切ってできるぐらいのエネルギーになるということもあると思いつつ、
その衝動を見つけた後の動き方については、なんかもう少し自分の中でも探求をしてみたいなと思うところでありました。
はい、ちょっと長くなってしまいましたが、今日はNTの花やぐちゃの竹をいただきながら、
谷川よしひろさんの人生のレールを外れる衝動の見つけ方をご紹介しました。
また、ノートにて書き起こしと本のご紹介、そして収録後期を投稿しております。そちらもぜひご覧ください。
それではまた。