能力としての孤独|諸富祥彦『孤独であるためのレッスン』#35
2026-04-29 18:49

能力としての孤独|諸富祥彦『孤独であるためのレッスン』#35

一冊の本をお茶とともに味わう読書Podcast「本茶本茶」。

今回は香駿(こうしゅん)の烏龍茶を淹れながら、諸富祥彦『孤独であるためのレッスン』を紹介します。


▼ 今回のテーマ

より大きな自分/感覚遮断装置/自分の内側が語りかけてくるのを待つ

孤独を、現代をタフに、しなやかに、クリエイティブに生きるための「積極的な能力」として捉え直す一冊。心理学や自己理解、静けさのある暮らしに関心がある方におすすめのエピソードです。


▼ noteで読む


🍵 本日のお茶

香駿(こうしゅん)/宮崎県西臼杵郡高千穂町・釜炒り烏龍茶(桜井焙茶研究所)

https://online.sakurai-tea.jp/products/oolong-tea-koshun-miyazaki


📕 本日の本

『孤独であるためのレッスン』諸富祥彦(著)

https://amzn.to/4vXAU8d


👤 話し手

Fuyuto

「静けさのデザインとケア」をテーマに、コーチング・プログラム開発を行うStudio Stillness代表。

note → https://note.com/honcha_honcha

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

本エピソードでは、諸富祥彦氏の著書『孤独であるためのレッスン』を紹介。孤独は避けるべきものではなく、現代を生き抜くための積極的な能力であると捉え直す。より大きな自分、感覚遮断装置、自分の内側が語りかけてくるのを待つという3つの切り口から、孤独との向き合い方や活用法を解説。現代社会の喧騒の中で、自分自身の内なる声に耳を澄ますことの重要性を説いている。

はじめに:本と茶の紹介
こんにちは。本茶本茶へようこそ。
毎回一つのお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、生き方の問いを一つ持ち帰る時間です。
静けさのデザインとケアを通して想像性の器を育む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
毎週水曜日19時に更新しています。
今日ご紹介するのは、諸富祥彦さんという方の書かれた、『孤独であるためのレッスン』という一冊になります。
著者の諸富さんは明治大学の文学部の教授でいらっしゃる方で、また臨床心理師・カウンセラーということをやりながら、
トランスパーソナル心理学という、人間の心を個人とか社会のレイヤーだけではなく、それを超えたより大きなものとの関わりで答える分野があるのですが、
その二本における第一人者でいらっしゃいます。
この本が書かれたのは2001年なので、もう四半世紀前ですね。
ちょっと前の本だなと思いつつ、今こそ読まれるべき本だなというふうに感じています。
この本のテーマが孤独ということで、冒頭で諸富さんはこんなふうにおっしゃるんですね。
孤独は決して避けるべき否定的なものなどではない。
孤独は現代をタフに、しなやかに、かつクリエイティブに生きていくために不可欠の積極的な能力である。
何かやむを得ず受け入れなければならないものではなくて、積極的な能力であるというふうに捉え直しているところがとても面白いなというふうに思っています。
紹介したいポイントは今日も三つありまして、
一つ目がより大きな自分。
二つ目が感覚遮断装置。
そして最後に自分の内側が語りかけてくるのを待つ。
その前に、まずは一緒に楽しむお茶から。
今日はこれ以前にもご紹介したものになってしまうんですが、
サクレイバイサ研究所の甲醇という品種のウーロン茶を入れてみました。
今日はですね、これもともとちょっと昼間から飲んでいたものがまだ参戦名出そうだったので、お湯を入れていただいています。
前回も紹介したと思うんですが、この甲醇というのは静岡の品種なんですけれども、
この茶葉自体は宮城県の高千穂というところ、神話の里として知られる山間地で生まれたものになっています。
今日は一人とか孤独ということがテーマだったので、
ブレンドではないシングルオリジンのウーロン茶にしてみました。
ではここから本の紹介に戻ろうと思いますので、皆様もお気に入りの飲み物と一緒にお楽しみください。
孤独の再定義と8つの条件
冒頭ご紹介したように、この諸富さんは孤独というものを決して悪いことではないと、
むしろ現代社会を生きる上で必要な積極的な能力であるというふうに捉えています。
大章では孤独は悪化というテーマで書かれていて、
それこそこの社会の中で孤独になってしまっている人、
例えば引きこもりということもあると思いますし、
フリーター、パラサイドシングル、そういうようなものを取り上げてみたり、
一方でどんな人もその孤独になる瞬間、孤独であることというのはあると思うので、
それぞれについて捉え直しみたいなことから始めていきます。
その後に、第2章で孤独であるための8つの条件ということを書いています。
例えば、第1の条件は、
分かり合えない人とは分かり合えないままでいいと認める勇気を持て。
第2の条件、
あなたが人間関係について案に抱いている歪んだ思い込みやこだわりに気づけ。
そして第3の条件、
自分の人生で本当に大切な何か、どうしても大切にしたい何かを見つけること。
そんな風に、孤独というものを自分の人生の中で受け入れて、
かつそれを使っていくための条件が書かれています。
切り口1:より大きな自分
個人的には、この8個ある条件のうちの一番最後の条件がとても面白かったので、
1つ目の切り口、より大きな自分としてご紹介したいなと思います。
第8の条件は、こんな風なものになります。
自分だけは自分の味方であれ。
そのために、自分を超えた地点から自分を見守る眼差しを自分の中に育てよう。
これは結構前に、第15回ですかね、このポッドキャストでも取り上げた、
松浦八太郎さんの書かれた、本当の味方の作り方。
この本ではその自分の内側にも外側にもどうやって味方を作るかっていうような本だったんですが、
これも少し思い出しながら読んでいた場面にはなります。
この自分の中に味方を作るっていうのは結構よくある話だと思うんですよね。
自分だけは自分の味方でいようと。
一方でここがユニークだなと思う自分を紹介すると、
この無条件の自分の味方になってくれる自分は、実はもはや自分自身を超えた存在です。
自分が自分を無条件に認めることなどできはしません。
そんなふうに諸富さんは書かれているんですよね。
自分が自分の味方であるっていうことが必要なんだけれども、
一方で自分が自分を無条件に認めることなどできはしませんと。
一見矛盾するこの語りの中で、じゃあどうしたらいいんだっていうところで一文ご紹介をしたいんですが、
自分のうちのどの部分にも同一化せず、執着せず、離脱した自分を離れた目、
自分を離れたところから自分を見て、何事もそのまま認め、受け入れることのできるもう一つの自分。
こんなものが必要なんだというふうに言っています。
この後紹介するフォーカシングという心理療法を作ったジェンドリンという人がいまして、
その弟子のワイザー・コーネルさんという方は、この自分のことをラージャーアイ、より大きな自分というふうに呼んでいる。
まさに今いる自分を同じレイヤーで肯定するのではなくて、
より大きな視点でそれを見る、そんな自分が必要だと。
孤独でいるためには、そういう自分とのやり取りも必要になってくる。
そんなことを書いたパートになっています。
もちろん、そういうようなラージャーアイを育てていくっていうことのハウはいろいろあるんだと思うんですが、
この本の中では後半に、それこそカウンセリングとかコーチングみたいなものを通じて、
そういうものが育っていくプロセスが少し紹介されていたりします。
いわく、例えばカウンセラーの方に無条件に話を聞いてもらうと。
いい話も悪い話も評価されずに全て受け入れてもらう。
そういう他者に関わってもらいながら自分の話をする中で、
そうやって受け止めるカウンセラーを事故の中に内在化させることができるようになっていく。
そうすると、必ずしもカウンセラーさんに会いに行って直接話をしなくても、
自分の中にそういう存在を持ちながら、まさにラージャアイのような存在を持ちながら、
自分のことをより大きな視点から見ていくことができる。
そんなようなことが書かれていたりもします。
切り口2:感覚遮断装置
二つ目の切り口が、感覚遮断装置というふうになります。
諸富さんは孤独をこんなふうにも表現しているんですね。
自分だけの固有の心の世界を保持するには、
孤独という一種の感覚遮断装置を用いて外界からの刺激、
特に人間関係の刺激から身を遠ざける時間をある程度確保することが必要だ。
感覚遮断装置、こういう言葉を使っている。
孤独というのは、一人ぼっちで寂しい状態ということではなくて、
外界からの刺激を意図的に遮断するための装置として使えるんだというようなことなんだと思います。
そうすると、社会のリズムに合わせるというだけではなくて、
自分という存在の核が持つ固有のリズムに従っていくことができる。
そんなことにも書いているんですね。
やっぱり今の現代社会のリズムというのは、
速くて量が多くて絶え間ない刺激、
それこそ目に見える刺激、耳から聞こえる刺激もそうですし、
SNSみたいなものを通じた情報の刺激、
そういったもののリズムにずっと合わせ続けていくと、
だんだんこの自分の存在自身が持つ固有のリズムというものを見失う。
という時に、一つこの孤独を感覚遮断装置として使いながら、
自分固有の魂のリズムというものを取り戻していく。
こんな装置としても孤独というものは使えるんだそうです。
この部分は非常にスタジオ・スティルネスが考えるところとも近いなと思っていて、
このスティルネスという言葉はうまく訳せる言葉がなかなかないんですが、
日本語で言うと静けさということだったり、
何か整っている、静かに整っているような、
そんな状態のことを言う単語なんですけれども、
とにかく騒がしい、とにかく刺激が多い、とにかくノイズが多い今の社会において、
一旦この静けさ、スティルネスであったり、孤独というものに変えると。
そうすると今まで周りのリズムや周りのノイズに合わせながら生きてきた自分が、
一旦自分のリズムを取り戻せる。
そんなようなことを考えながら活動していたりもするので、
とても興味深いなと思いながら読んでいたパートになります。
一方ですね、必ずしも孤独でずっといようという話ではなくて、
この諸富さんも全体のバランスを取るためには、
自我の欲望を満たしながら、魂のリズムで過ごす時間を確保することが大切と。
自我、社会で頑張る自分とか、他者の関係の中で頑張る自分の欲望は満たしながらも、
同時に一部自分の魂のリズムで過ごすと。
そんなことをおっしゃっていました。
そういう意味で言うと、必ずしもこの孤独だけでもなくて、
いろんなものがこういう感覚遮断装置として使えるんじゃないかな、
なんていうことも思ったりします。
それこそ今日の、この時間、高春のウーロン茶を入れていますけれども、
静かにお茶を入れて飲むという時間もそうだと思いますし、
それこそ先日一緒にご飯を食べた方がマラソンを趣味にされている方なんですが、
そういうスポーツとか趣味に没頭している時間、
そんなものももしかしたら、いい意味での感覚遮断装置になり得るのかなというふうに思っています。
切り口3:自分の内側が語りかけてくるのを待つ
最後の切り口が、自分の内側が語りかけてくるのを待つというものになります。
これは本書の後半の方で、どのように孤独を作るのか、
あるいはどのように孤独を活用するのかという話が進んでいく中で、
第5章にフォーカシングというテクニックが紹介されている中の一節になります。
一文引用すると、自分の心と対話するコツ、自分に語りかけるのをやめて、
自分の内側が語りかけてくるのを待っていよう。
よくですね、自己啓発とか一部の心理学においては、
ポジティブな自分、ポジティブな言葉を自分にかけようとか、
自分で自分を励まそうということはよく言われていたりするんですけれども、
ものとみさんはその逆を提案しています。
ポジティブな言葉であれ、ネガティブな言葉であれ、
自分自身に語りかけるのをやめるということ、
そして心にスペース、空間を作って、
そこで逆に自分の心の方が自分に語りかけてくるのを待つこと。
こういうですね、主客を反転させるようなことを書いています。
やっぱり自分自身の関係でも他者の関係でもそうですけれども、
こちらから語りすぎてしまうと、
逆に本来語られるはずだったものが引っ込んでしまうというか、
聞こえなくなってしまう。
そんなことってあるんだと思うんですよね。
このフォーカシングというものは具体的な手順を追いながらですね、
自分の中の体の一部にどういう感覚、感情があるかというところを
掘り下げていくようなものなんですが、
そういうものを使いながら、
自分から語るというよりも語られるのを待つ、
あるいはそれに耳をすませる。
そんなことがこの最後の切り口になっています。
これ前回の新名Pさんの自分とかないから、
でもご紹介した話とちょっと通じるなと思っていて、
前回もそうですよね。
自分はダメだということを思ったときに、
いや、自分はできるんだという別のフィクションを思い浮かべると。
フィクションでフィクションを洗い流そうとしちゃうんだけれども、
そもそも自分というフィクション自体を手放すと、
そこに空っぽが向こうからやってくるというかですね、
空の方から自分にやってくる。
そんなような話があって、
少し似た構造だなと思いながら読んでいたパートになっています。
まとめと推薦
まとめると、この本においてですね、
孤独というのは一人ぼっちとか寂しさということではなくて、
現代を生き抜くための積極的な能力であると、
あるいはこのノイズ大きい、
あるいは刺激の多い世の中における感覚遮断装置であると、
いうようなことを語りつつ、
その孤独をどう向き合えばいいのか、
どう作っていけばいいのかということを先ほどのフォーカシングであったり、
もう少し別のカウンセリングみたいなことも通じながら解説をされている本になっています。
あまりですね、25年前に書かれた本のようには思えない、
なんかまさに今の世の中に大切なことが書いてある本な気がしているので、
もしよろしければ読んでみていただければと思います。
ということで、きょうは桜井敗佐研究所の
高春というお茶の烏龍茶をいただきながら、
諸富義彦さんの孤独であるためのレッスンという一冊をご紹介しました。
ノートでも記事を書いていますので、よろしければご覧ください。
またSpotifyであったりApple Podcastであったり、フォローをどうぞよろしくお願いいたします。
それではまた。
18:49

コメント

スクロール