一冊の本をお茶とともに味わう読書Podcast「本茶本茶」。
今回はマンサニーリャ(カモミール)を淹れながら、中島岳志さんの『思いがけず利他』を紹介します。
▼ 今回のテーマ
主格と与格/統御ではなく沿うこと/受け手が利他を生み出す
利他は、与えるところからではなく、受け取るところから立ち上がる。哲学や生き方に興味がある方におすすめのエピソードです。
▼ noteで読む
🍵 本日のお茶
HORNIMANS マンサニーリャ(カモミール)
📕 本日の本
『思いがけず利他』中島岳志(著)
https://amzn.to/4dcoe4J
👤 話し手
Fuyuto
「静けさのデザインとケア」をテーマに、コーチング・プログラム開発を行うStudio Stillness代表。
note → https://note.com/honcha_honcha
感想
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サマリー
このポッドキャストでは、中島岳志氏の著書『思いがけず利他』を、カモミールティーを味わいながら紹介しています。利他とは、与える行為からではなく、受け取ることから生まれるという視点に基づき、主格と与格、統御ではなく沿うこと、そして受け手が利他を生み出すという三つの切り口から、利他の本質に迫ります。特に、自分の意思を超えてやってくる現象を受け止める「与格」の考え方や、相手の個性に沿うことで潜在能力を引き出す「介護しない介護」の実践、そして利他は事後的にしかわからないという考え方が強調されています。この本は、利他という概念を深く問い直し、思いがけない利他のあり方を探求する内容となっています。
はじめに:本と茶の紹介
こんにちは。本茶本茶へようこそ。
毎回一つのお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、生き方の問いを一つ持ち帰る時間です。
静けさのデザインとケアを通して創造性の器を含む、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
毎週水曜日19時に更新しています。
紹介する本:『思いがけず利他』
今日ご紹介するのは、中島岳志さんの『思いがけず利他』という一冊になります。
中島岳志さんはですね、ご専門は南アジア地域研究であったり、近代日本政治思想史という政治や歴史についての学者さんでいらっしゃるんですが、
かなりテーマが多様に渡っていて、神欄とかガンディとか、そういうような領域でも著作を持たれている方になります。
この本はちょっと昔ですね、2021年に刊行された本で三島社から出ているんですけれども、
ちょうどコロナ禍をくぐった先で、このテーマにある利他、他のためになるということですね。
とは何かということを問い直す一冊になります。
本との出会い自体はあまり覚えていないんですけれども、
今日取り上げようと思ったのはですね、たまたま最近引越しをしまして、本を全部ですね詰めて段ボールに運んできて、新居で今開封をしているんですが、
ちょうどその時に手に取って久しぶりに読み直したことで、今日ご紹介しようと取り上げさせていただきました。
本日の茶:マンサニーリャ(カモミールティー)
紹介したいポイントは三つあって、一つ目が主格と予格。
二つ目が当業ではなく創こと。
そして最後に受け手が利他を生み出す。
その前にまずは一緒に楽しむお茶から。
今日はホルニマンスという海外のお茶メーカーのマンサリーニャというお茶をいただいています。
これはペルーのお茶なんですかね、ブランドなのかな。
マンサリーニャというのはスペイン語でカモミールのことです。
なのでカモミールティーですね。
今日飲んでいるのはティーバッグに入ってお湯を入れるだけでいただけるものなんですが、
これは知り合いがスペインに行った時に買ってきてくれたお土産になります。
今日リタであったりゾウヨみたいなテーマを話すので、このお茶を選んでみました。
このカモミールティーですね、すごいリラックスできる、とても香りのいいお茶で、
就寝前にリラックスとか安眠のお茶としても親しまれているもので、
僕もとても緩やかな気持ちで話せるかなと思います。
ではここから本の紹介に戻ろうと思いますので、
皆様もお気に入りの飲み物と一緒にお楽しみください。
利他とは何か?:合理的利他主義と「思いがけなさ」
この本ですね、タイトルにあるようにリタ、利益の利に他ですね、という言葉がテーマになっています。
最近このリタという言葉が特に震災であったりとか、
こういうコロナ禍みたいなものを経てとても注目をされている言葉かなと思います。
この言葉の反対は利好ですね、己の利益ということ。
なぜ人は他の人にいいことをしようとするのか、
そういうことというのは本当にリタと呼べるのかということがこの本のテーマになっています。
一つですね、リタを深掘っていく上で面白い視点が冒頭に、
ジャックアタリーという方が提唱した合理的リタ主義という定義が飾られています。
これは何かというとですね、リタ、他の人のためになるということをやっていると、
それが巡り巡って、例えばお返しが返ってくるとか、
いいことが連鎖して最終的には自分に戻ってくる、自分の利益になると。
ということは、最終的には利好、自分のためになるためにリタをする、
そんなですね、合理的なリタ主義の話から入っていきます。
本当にこれってのはリタなんだろうかということから始まっていくんですよね。
一文用すると、中島さんは結局のところ、
利好的欲望の実現やサバイバルのためにリタを利用する構想は、
リタが持っている豊かな世界を破壊し、
利好的世界観の中に閉じ込めてしまうのではないかという思いがどうしてもよぎります。
というように話をしているんです。
これは何かというと、最終的に自分に戻ってくるからリタでいよう、
他の人にいいことをしようというのは、
リタ本来が持つ世界というものを破壊してしまうんではないかというふうに話しています。
そしてもう一文用すると、
私はリタの本質に思いがけなさということがあると考えています。
こんな一文もあるんですね。
何か他の人のためになることをする、リタをするというのが、
思いがけなさがあると。
これはとても面白い視点だなと思って、
本来であれば、誰々のためにとか、誰かのために、
という意図的にそういうものを行っていく方が自然な気がするんですが、
違うんだと。
この思いがけなさというものがリタの本質であるということを冒頭で定義しながら、
ここからですね、
例えば落語の話であったりとか、
神乱の思想であったりとか、
あるいはヒンディ語、民芸、
非常にいろんな世界の題材を組み合わせながら、
この思いがけずやってくるリタというものを探っていく、
そんなストーリーが展開をされていきます。
第一の切り口:主格と与格
一つ目の切り口が、主格と予格。
この主格と予格、ちょっと文法用語っぽいので解説をしておくと、
主格というのはですね、
主に格言の格ですね、というもの。
予格というのは、与える与えられるのよ、に格言の格で予格というものになります。
主格というのは、私がほにゃららするというような構文のこと。
自分の意思で何かを行うということですね。
私が風邪をひく、みたいなこと。
一方で予格という構造の文章を、
ヒンディ語ですとか、他の言語は持っていたりもするらしくて、
これはどういうものかというとですね、
自分の意思を超えてやってくるものを受け止める、
そういう文章構造だそうです。
私に何々がやってきてとどまっている。
さっきの風邪の例でいくと、
主格は私が風邪をひいただったのですが、
予格では、私に風邪がやってきてとどまっている。
こういう言い方をするんだそうです。
これ何かというと、例えば風邪をひくということも、
自分からそう思って風邪をひいたわけではないですよね、厳密に言うと。
風邪なんてひきたくないんだけど、
風邪をひいちゃったみたいな、
自分の意思とか力が及ばない現象、
それを的確に表すためにこの予格、
私に風邪がやってきてとどまっている。
自分はどちらかというとそれに対して受け皿になるような、
そんな表現の仕方をこの予格と言うんだそうです。
ヒンディ語の事例が本書では紹介されていて、
ヒンディ語では、私はあなたを愛しているというように、
主格を使う場面もありますが、
私にあなたへの愛がやってきてとどまっている、
というように予格を使う表現もあるんだそうです。
この主格と予格、
国文小一郎さんが中道体というコンセプトを、
いろんな書籍で語っていたりもしますが、
そこの問題意識ともとても近いですね。
能動体でも受動体でもない、
その中間のことを中道体と言うのですが、
そして例えばこの予格というのが、
民芸でもとても大切だというふうに話が展開されるのですね。
一文用すると、
民芸の重要性はその予格性にあります。
多くの芸術家は美しい作品を作ろうとして素材に向き合います。
しかし同じ形の日用品を作り続けている人は、
美しいものを作ろうなんていちいち考えていません。
毎日の仕事を丁寧にそして淡々とこなします。
柳はここに儚いを超えた要の美が現れると言います。
まさに自分が作るということよりも、
作るという行為が自分の中に宿っていると、
そんなようなことかなと思っています。
この予格という話がどう利他に接続するかというと、
中島さんは利他的になるには、
先ほどのように自分が器のような存在になって、
予格的主体を取り戻すことが必要であると言っているのですね。
第二の切り口:統御ではなく沿うこと
冒頭にあった合理的利他主義みたいな、
自分が利他をするんだという主覚で利他に向き合うと、
どうもうさんくさいと、
なんかその先でお返しを狙っているんじゃないかみたいな、
それって本当に利他なんだろうかということを考えてしまうんですけれども、
予格的主体、自分が器になって、
その中に自分を超えたところでこの利他が起きてとどまる、
そういう考え方が大切だとそんな話をしています。
ちょっとまだ分かったような分かんないようだと思うので、
2つ目に進みますと、
2つ目の切り口は、
統御ではなく相こと。
統御というのは熟語で統率の統ですね。
あるいは統一の統に、
御は制御の御。
統率して制御するということだと思うのですが、
ではなく相ことだというのが2つ目の切り口です。
この本の中で中島さんは沖縄の千葉る食堂という
沖縄食堂の事例を取り上げながら話しています。
この千葉る食堂というのが何かというと、
皆さんもしかしたら注文を間違える料理店という話を
聞いたことがある方がいらっしゃるかもしれないですが、
ちょっとそこのコンセプトを一部活用していて、
この食堂で働く方々というのは認知症のある人々なんですね。
そういう人たちが支えられる、
介護される側というよりも、
できる範囲で自分らしくその地域の担い手として働くという、
介護しない介護という逆説的な姿勢で
そういう方々が働いている沖縄の料理店になります。
そこでの実践を例に挙げながら一文引用してみると、
利他において重要なのは、
支配や闘業から距離を取りつつ、
相手の個性に沿うことで主体性や潜在能力を引き出す在り方
なのではないかと思います。
というふうに書かれています。
ここで語られているのは、
介護が必要な人々に対していいことをしてあげる、
利他をしてあげるというのは、
何かしらの支配とかコントロールを目的としていると。
身の回りのことを何でもやってあげる、
できないと決めつけて何でも提供してあげる、ケアしてあげる。
こういうことが実は利他ではなくて、
支配や闘業の構造であると。
そうではなくて、この千葉る食堂でやっているのは、
その人がもともと持っている力が出てくるのに沿う。
この沿うという行為が介護をしない介護、
新しい介護の在り方だというふうになっていると。
これは僕がやっているコーチングの姿勢みたいなことにも
そのまま通じるなと思うんですが、
何かをしてあげるというのは、
どうしても押し付けっぽい一部が出てくるときに、
相手の中にあるものにしっかりと沿ってあげる。
そんなことが利他においても重要なんじゃないか。
そんなようなパートだと思います。
もう一文を用すると、
利他は時に目指さないものです。
しかし、誰かが活躍し、個性が輝いているときには、
必ずその輝きを引き出した人がいます。
まさに、利他というものは目指して押し付けるものではなくて、
相手に沿う中で結果として現れるもの。
そんなことがこのパートで語られているのかなと思います。
第三の切り口:受け手が利他を生み出す
そして最後の切り口が、受け手が利他を生み出す。
長島さんはいろんなストーリーがあるんですけれども、
ご自身の学生時代のエピソードというものも書いているんですね。
先生から何気なくかけられた一言。
お前はこういうふうなことが向いているからこうやってみろということが、
当時はピンとこなかったけれど、
ずいぶん時が経ってから振り返ったら、
自分にとってとても大切な、大きな利他的な行為だと気づいたという、
そんな話になります。
そこからですね、長島さんが導き出したのは、
特定の行為が利他的になるか否かというのは、
事後的にしかわからない。
つまり、相手のためを思って何かをやったとて、
それが本当に相手のためになったかというのは、
与えるときではなくて、
それを受け取る人がいつどう受け取ったかということに起因する。
私たちは与えることによって利他を生み出すのではなく、
受け取ることで利他を見出します。
そして、利他となる種はすでに過去に発信されています。
ということを言っています。
つまり、利他を生み出しているのは、
与えてではなく受けてだということ。
そこから考えると、
今、自分が利他に対してできるというのは、
何かを与えることそのものもあるんだけれども、
逆に自分が受け取り手になること、
受け取ることで利他を増やしていくということがあるのかもしれない。
そんなことが本の後半で語られていきます。
まとめと推薦
まとめると、
主覚的に利他をしてあげるということではなくて、
利他が入ってくるような予覚の器になるということ。
いいことをしようと、
相手をコントロールとか闘魚しようとするのではなくて、
相手の個性に沿いながら発揮されることを待つこと。
そして、利他を送り手になるだけではなくて、
自分自身が意識的に受け取り手になることから、
思いがけない利他を立ち上がらせていくこと。
こんなことが、僕の頭には残った一冊になっています。
今日ご紹介した内容以外にも、
新蘭の思想であったりとか、
自己責任論であったりとか、
より深くこの利他、
そして思いがけない利他の在り方について語られている、
とても面白い本なので、
ぜひ読んでいただければと思います。
ということで、
今日はスペインからやってきたマンサリーニャというお茶をいただきながら、
中島たけしさんの思いがけず利他という一冊をご紹介しました。
ノートでも記事を書いていますので、よろしければご覧ください。
またフォローをどうぞよろしくお願いいたします。
それではまた。
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