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こんにちは。本茶本茶へようこそ。毎回、一種類のお茶を味わいながら、一冊の本をきっかけに、ゆるやかに語る時間です。静けさを通して、人の創造性を探索する、スタジオスティルネスのFuyutoがお送りします。
今日のお茶は、日本茶のアサミア茶というものをいただいています。これは、1200年の歴史がある、日本最古の名茶と呼ばれる種類なんですけれども、
以前、滋賀県の大津市というところに行った時に、その地元にですね、生成動作法さんという非常に有名なお茶屋さんがありまして、京都に行った後に大津に行ったんですけど、大津に着くのが遅くなって、本当、お店の閉まる5分前とかに駆け込んで、なんとかそこでゲットしたお茶をいただいています。
今日はまだまだ暑いので、ちょっと濃いめに入れて、氷と一緒に冷たくして飲んでいます。結構ですね、色が明るい、ちょっと黄みがかった緑で、とても綺麗で、味もですね、すっきりとしながら、ちょっとやっぱり緑茶の苦みみたいなものも感じて、とてもこの暑い一日に冷たく飲むには美味しいお茶になっています。
そして、今日ご紹介する一冊は、作家の小川陽子さんと心理学者の河合はやお先生の対談、生きるとは自分の物語を作ることになります。
僕の本棚の中にもですね、河合先生の本は6冊、7冊ぐらいあって、色々有名な心の処方箋とか、ユング心理学入門とか、色んな本を読ませていただいているんですけれども、結構この対談とか対話形式の本も河合先生の本って好きで、
今回の小川陽子さんとの対談もそうですし、脳科学者の模木先生との対話の心と脳の対話っていう一冊も出ているんですけれども、両方とも身長文庫かな、これもすごい好きだったりします。
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なんかですね、この対談形式のものって、どっちも模木さんも小川さんもすごい河合先生のファンな感じが伝わってきて、どんどん質問して質問して、対話というよりもお二人が河合先生の頭の中を覗き見るというか、
どんどん引き出していくような関わり方が、すごいそれぞれの対話の雰囲気を感じて温かく、そしてカジュアルに読める本なので、いつも楽しんでいます。
この生きるとは自分の物語を作ることっていう本との出会いはですね、なかなか忘れられない出来事があって、2年前くらいですかね、福岡県の糸島という場所でフィールドワークをやるワークショップに参加をしていたことがあります。
それは町の中にいる地域の人たちに話を聞きながら1日2日過ごすというものだったんですけれども、いろんな右翼を駆折あった中で、たまたまその地域に住まう80代くらいですかね、70代、80代の男性の方にお話を伺うことになりました。
その方は少し前に奥様を亡くされた後ですね、お一人で今住まわれている方なんですけれども、その奥様がお亡くなりになった後、偶然とは言えないようないろんな出来事が起きているということを僕らにお話をしてくださったんですよね。
あまり詳しい内容はあれですけれども、例えば季節とともに巡る町が毎年毎年偶然とは思えないようなタイミングで現れるという話だったり、
すごい奥様との別れであったり、そこからのお一人での生活というものをストーリーにして語ってくれた、そんなフィールドワークをした体験があります。
この本はその後ですね、一緒にそのフィールドワークを行っていた方がやっている糸島にある本屋ある全鎮という素敵な独立系の書店があるんですが、そこでたまたまパッと手に取った一冊になります。
そのフィールドワーク中に聞いたお話とこの本で語られていることがどうも全く無関係じゃないような気がしてしまって、福岡から帰ってくる間にボワーっと読み切っちゃうような、そんな体験をしています。
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この本自体はですね、小川さんは博士の愛した数式という非常に人気で映画化もされた物語を書かれていたり、そこのきっかけでですね、この河合先生と出会われて対談形式でお話が進んでいくというようなものになっています。
そして何度か対談を重ねる中でこの本が書かれるはずだったのですが、残念ながらその途中で河合先生がお亡くなりになってしまったので、実はこの本自体少し薄めになっていたり、埋め切れなかったその後半の部分を書かれていたのですが、
その後半を小川さんが少し長すぎる後書きという形で長めにですね、文章を書かれていたり、そんなような形で作られている本になります。
これは生きると死ぬということと物語ということをテーマにいろんなことが語られるのですが、一つ自分の心に残っている場所をご紹介すると、
まずですね、河合先生が、その矛盾を私はこう生きましたというところに個性が光るんじゃないかと思っているのです、とおっしゃって、
で小川さんが、矛盾との折り合いのつけ方にこそその人の個性が発揮される、と返す。
そうすると河合先生がまた、
まさにこの生きる死ぬということと物語の接点が語られたような、そんな場所になっていて、
一人一人この人生における矛盾をどう生きたかということ、その折り合いのつけ方が個性であり、それを支えるのが物語、そんなような話をされていました。
そしてもう一つ、河合先生がお亡くなりになった後に少し長い後書きに小川さんが書いている部分。
いくら自然科学が発達して人間の死について論理的な説明ができるようになったとしても、
私の死、私の親しい人の死については何の解決にもならない。
なぜ死んだのかと問われ、出血多量ですと答えても無意味なのである。
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その恐怖や悲しみを受け入れるために物語が必要になってくる。
死に続く生、無の中の有を思い描くこと、つまり物語ることによってようやく死の存在と折り合いをつけられる。
物語を持つことによって初めて人間は体と精神、外界と内界、意識と無意識を結びつけ、自分を一つに統合できる。
まさにここで言われているような、人生における矛盾へどう折り合いをつけるかという話や、
論理的でなくどう死というものを人生に統合していくかと、そんなところで求められる物語というものが、
何かフィールドワークで淡々と自分の物語を語ってくださったあのおじいさんと重なるような気がして、
とても心に響く内容になっています。
もう一つ、黙っていられるかどうかというタイトルの章の中で、小川さんから、
死ぬ両方の患者さんで喋らない人とか、沈黙してしまう人っていないんですかっていう質問に対する河合先生の回答がいます。
特に中学生や高校生は、言いたいことがあるんだけど、それを適切に表現できる言葉がなくて、
喋らないというよりは喋れないということを言っています。
そんな時に聞き手側がやってしまいがちなこととして、自分側が納得したくて、
勝手に物語を作ってしまう。
自分が早く物事を了解して安心するために、相手を置き去りにして会話を進めてしまう。
こちらの物語を押し付けてしまう。
その時に河合先生が、黙ったままちゃんとそこにいる。
意味のあるやりとりをするっていうのが重要ではなくて、
その子がいる世界の内側にちゃんと留まるっていうことをおっしゃっています。
これはコーチングであったり、コンサルティングであったり、
さまざまな人とのコミュニケーションの中で仕事を進める中においては、
とても学びが多いなというふうに思って読んでいました。
やっぱりどうしてもこっちが安心するためのコミュニケーションみたいなものってとても取りがちだと思うし、
一方で本当にそれの時に大事なものって、
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チューブラリンのまま一緒にそこに浸るというか、
一緒に黙っていられるかっていうのは一つ、
大事だなあ、でも難しいなあなんていうことを考えさせられる一文でした。
結構深いところのテーマを扱っている本ではあるんですけれども、
それが小川さんと河合先生のほぼ一行一行の対話によって進んでいく部分があるので、
とても読みやすく、河合先生がおっしゃったことを小川さんがわかりやすく言い直していたりとか、
あるいはお二人の中で質問がされあって深まっていく部分であったりとか、
とても読みやすい冊になっているかなと思います。
ぜひまだ河合先生の本を読んだことがない方がいらっしゃいましたら、
とてもいい入り口としてこの本をお勧めしたいなというふうに思っております。
今日は日本茶の朝宮茶をいただきながら、
小川陽子さん、河合駿さんの
河合駿さんの生きるとは自分の物語を作ることをご紹介しました。
それではまた。