こんにちは、保育園看護師のチョロ先生、こと佐藤です。 こんにちは、保育園看護師のチョロ先生、こと佐藤です。
新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。 新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
同じく、黒船のコアジュです。 同じく、黒船のコアジュです。
僕たちは高校の同級生3人で、保育業界向けの新規事業を作ろうと、日々頑張っております。
このラジオでは、保育士さんに向けて、いろんな本を紹介しながら──
そんなラジオです。
というわけで、今回は高谷さんかな?
はい、そうですね。
紹介をしていきたいと思います。
お願いします。
今日紹介する本なんですが、こちらになりますね。
発達障害の私だからこそ抵抗できた。
これ、ニトリの人なんだ?
そう、お値段以上ニトリのニトリさんが──
東京社の方が書いている本というか、出した本なんだけど──
まずシンプルにニトリってやっぱりニトリさんだからニトリなんだってところからね。
ちょっと面白いなと思ったんだけど。
あ、北海道だよね?
そう、すごいね。よく知ってるね。
なんか、そのアイヌ系の言葉の響きだと思っていた。
ああ、なるほどね。
苗字なんだ?
そう、苗字。ニトリさん。
へー。
今、ニルニトリでニトリさんだったよね?
そう、ニルニトリでニトリさん。
ライカーバードってこと?
そう、ライカーバード。
なんだっけそれ?
ライカーバード。
わかんない。
イントーってる。
で、まあこんな感じのそのニトリさんが書いたというか出した本ですね。
紹介していきたいんですが、なんか3月中に出たみたいで──
この間久々にデカめの本屋をうろちょろしているときに──
あまり別にニトリのビジネスモデルとかに詳しいわけでもないんだけど、
タイトル的にその発達生涯っていうキーワードが、
けっこうこの保育の授業とかを進めている中で──
なんだろうな、それまでそんな気にしてなかったんだけど、
けっこう出てくるようになったじゃないですか。
そうね。
そうそうそう。だからなんか、改めてそのキーワードの本が出ている。
かつ、いわゆるその保育の本ではない。
うん。
っていうところがちょっと面白いなぁと思ってざっと読んでみたので──
今日はこちらを紹介していきたいと思っております。
確かに。特に千尋先生の働いている縁というか──
千尋先生自身の興味もあるかもしれないけど──
そういう領域の話とかね、我々とっててもちらほら出るし。
うん。そうだよね。
気になる。
改めて、俺正直あんまりなんていうの──
自分がそうだとかそういうそうでないとかそういう話ではなく──
あんまり病名とかに対する興味がない薄い人間だから──
気にして生きてきたことがあんまりないんだけど──
確かに。興味なさそう。
なんかそのラベリングに興味がないって感じかな。
あんまり人がどうだとかっていう──
自分がどうだってもそうだけど人がそうであるとか──
っていうことであんまり意識して人を見たことがなかったから──
なるほどね。
で、この授業というかこういうふうに一緒にやってる中で──
そういう単語とかをよく聞くようになって──
あんまり興味ない興味ないって知らないのもなと思って──
考えてみようみたいな感じでちょっと引っかかったって感じですね。
今回のほうは。
なるほど。
高谷さんがどういうふうに発達障害を捉えるのかも含めて楽しみです。
確かに。
楽しみにしておいてください。
よろしくお願いします。
お願いします。
改めて、発達障害の私だからこそ成功できたっていうニトリさんの出した本。
選んだ理由というか保育士さんに読んでほしい理由っていうのが──
いくつかあるというか大きく2つかなあって──
1つはシンプルに俺が言うほどのことでもないんだけど──
その発達障害を持ってるエンジとかとの接点が──
少なくとも普通の一般企業で働く人より多いんだよね。
単純に子供との接点が多いから。
一般企業で働いてる人って大抵自分の子供がそうかそうじゃないかで──
接点の角が全然変わるじゃないですか。
でも保育士さんとかっていうのは──
自分の子供じゃなくてもそういう人たちと接する機会が多いっていう意味で──
発達障害というキーワードとか──
そういう人がどういうふうに物事を捉えてるかみたいなことを──
理解するのにいいなというのが1個あります。
正直それは保育士さんだったら少なからずそういう勉強とかもしてるだろうから──
発達障害の専門書とかそういうのでいいのかなと思っているんだけど──
もう1個の読んでほしい理由として──
保育士さんに限らずなんだけどさ──
小学校の先生、中学校の先生、高校の先生とかもそうだけど──
いわゆる進路を指導するとか──
人の将来に関わり得るような──
仕事をしてる人っていうのがその進路の選択肢を知らない?
進路の選択肢を持ってないっていうケースが俺は多いと思っていて──
どういうことかっていうと──
小学校の先生って大体大学を出てそのまま教員になるから──
人間企業で働くのがどういうことかとか──
今の世の中に存在している業種、職種みたいなこととかって──
そんなに知らないことが多いじゃないですか。
もちろん個人的に勉強してる人とかいるだろうなっていうのは前提としてあるけど──
自分がそこで働いた経験がある先生たちってそんなに多くないと思ってる。
この本、保育士さんがもし本屋行っても──
あんまり手に取らない可能性が高いなと思っていて。
そうだよね。ギリニトリじゃんってちょっと思うぐらいだよね。
ニトリにめちゃめちゃ興味がないと取らないかもしれないな。
でもニトリに興味あってもニトリの家具とかは全く出てこないからね。
そうなんだよな、おそらく。
ご迷殺ですよ。別に家具自体は出てこなくて──
どういう家具がいいとかって話をしてなくて。
いわゆるビジネス書とか自己啓発書みたいな類のところにあるものではあると思うから──
発達性がいいっていうキーワードは入ってるけど──
いわゆるビジネスパーソンの成功本みたいなものって──
そんな手に取らないと思うんですよ、シンプルに。
ちょっと遠いよな、保育からは。
うん。
だからこそ、進路指導っていうことじゃない、保育園に通うような年齢の子たちだったら──
そんなにガチガチに進路を知ってる人はないと思うんだけど──
そういう発達障害とかっていう特性を持ってる人が──
かつ、そういう保育ではない領域で何かしら事業をしてきた人っていうのが──
意図的に発達障害であるということをオープンにして書いてる本っていうのは──
そんなに多くないと思うからさ。
確かに。
そう。だからなんか、進路指導ではないけど──
そういう発達障害のお子さんとかと関わるときの──
その子の将来の捉え方というかさ。
こういうふうにビジネスで成功していくような人もいるし──
そういう選択肢もこの子にはあるんだなっていうふうな観点を持ったら──
なるほどね。
感覚?
うん。
確かにちょっとこういうふうに育っていったり──
こういうふうに社会貢献していくっていう道もあるんだって知れるだけでも──
ちょっとイメージがね、より具体的に湧いていいかもしれない。
なんか、直に進路に関わる高校大学くらいの教員だったらもっとダイレクトにそうだと思うけど──
保育園っていうかなり人生の初期に関わる先生がそういう観点を持ってるかどうかでも──
確かに。
日々の保育とか接し方が若干変わるかなというふうに思って──
読んでほしいなって。
裾野の広い保育士さんにね、ぜひなっていただきたいですもんね。
そう。
なんかビジネスって保育から遠いものって思われるし──
保育士さんが積極的にビジネス本を読むっていう印象はないから──
あえてここで紹介する意味があるかなと思って選んだって感じだね。
確かにね。保育士さんは積極的にビジネス本を読まないし──
我々は積極的に保育本を読まないからね。
そういうことだよね。
そういうことなんだよ。
先にを超えることってなかなかないからね。
そうそうそう。なんかやっぱどうしても自分には関係ねえなって思っちゃうじゃん。
なんか業種の中でも一番ネジレの位置にある感じがするよね。
そうやね。なんか資本主義と福祉みたいなね。
そうそうそうそう。
っていうところが大きくて──
だから本の中身自体を語るというよりは──
本を読んでちょっと思ったことというか──
これはどういうことかなみたいなちょっと──
考えてみたいことがいくつかあって
考えよう?
考えよう
考えよう
考えようし
これをぜひぜひ考えてみたいなと思ってるんですが──
まず結構シンプルなクエスチョンなんだけど──
まあその発達障害であるという診断があった上で──
この本でもさ──
なんていうのかな──
最初の方に人と違う──
だから自分は周りと違っていたとか──
っていう見出しがあったりとかするんだけどさ──
なんかまず俺がここで思ったのは──
人と違うって何やねんっていうところ?
人と違うってどういうことなんだろうっていう──
発達障害だから違うっていう部分
もちろんあるんだろうけど──
そもそも人と違うってなんだっていう──
逆に言うと人と一緒であるっていうことは何なんだっていうのが──
まず疑問に思っていて
そうそうそう
なんか人と違うんだから自分は違うんだみたいなことを書いてはあるんだけど──
要するに結局は数の問題というか──
自分のいる環境の話なのかなと思うんだけどさ──
周りの人、周りの多数の人ができるけど自分はできないみたいなこととか──
で、別に発達障害に該当すること以外でもいろいろあると思うよね──
いろんなことに対して
そうだね
だから、この本を否定するわけでもないんだけど──
で、発達障害っていう言葉というか──
その切り口みたいなものを──
明らかにさ、さっきの中で言うと自閉症スペクトラムとかは──
社会生活を送る上でのいろいろ困難があるから分かるし──
で、ADHDとかっていうレベルであっても、内容であっても──
他の人と比べたら苦労するよねみたいな話もあると思うんだけどさ──
苦労しない人なんてまずいるんかっていうところがちょっと多くなって──
なんかテーマで話されてる中で、なんか本当──
一章、一章の2ページ目3ページ目ぐらいに書いてありそうな──
だよね、やっぱそこにやっぱ疑問を抱くというか──
疑問だなっていうのをね、改めて感じられてて──
今とても初心に戻ったような感じがする
その先には何が書いてあるの?発達障害の本は──
俺はそれがずっと気になってんだよね
いや結局、高谷さんが感じてることはもうそのまんまで──
ただ、臨床的なと言うか──
あれで言うと、結局それって個性じゃんっていう着地が一個あるのよ
発達障害っていうものはみんなの性格が違う、髪の色が違う、目の色が違うみたいな同じで──
個性の一つであるっていう捉え方が一個あるのね
だからそれとどう付き合っていくかとか──
じゃあそこを得意なところは伸ばし、苦手なところをカバーできるような──
社会にしていこうよみたいな福祉の考え方もあると思うのね、すごいざっくり言うと
ただそれを個性として受け入れてやっていけるだけのスペクトラムの中で言えば──
そのレベル感なのかどうかっていうのも一個大きくて──
本当に本当の、より重度なADHD傾向というか──
大概ASDも併発していたりすると──
本当にコミュニケーション取りにくいどころか──
そもそも人と関わることが一切できません、しゃべれません、自立できません──
ぐらいのレベル感の方までいるのよね
だからそういう人たちからすると──
それにも見えるっていうのがすごい難しくて──
だから本当にね──
語れない、何も言えない、そうだよねとしか言えないというか──
高康の思う疑問に対しては、いやもうそうだよねって──
そんなみんなそうじゃん、みんな困難さを抱えているし──
得意不得意があるし、いや本当そうなんですよ、ねえって──
そういうのが一個の答えというか──
続きのページには書いてあることの一つではある
きそくんの最初の問いに戻ると──
人と違う、あるいは人と同じとはみたいな──
あえて集約する障害の話とかではなくて──
一旦障害の話ルートに進むと──
しろ先生が今言ってくれたとおりで──
程度が0から100までは広すぎて──
それを一つの議論にすることがまず難しいんだなと──
感じた──
僕らがニトリさんみたいな発達障害を持ちつつも──
社会的には成功できる人材も発達障害だし──
しろ先生が言ってくれた、そもそもコミュニケーションが一切取れませんみたいな人も発達障害だと──
これをそもそも同じ枠に入れてること自体が──
この議論を難しくしているので──
どっち側はむずいんだなと今感じた──
一旦戻って人と同じ人と違うを考えるみたいなのを──
言われた時に真っ先に思ったのが──
人と違う人と同じの人って誰だろうっていうポイントが──
個人的には気になってて──
それって結局周囲にいる人じゃねっていう感覚があると──
なんでかっていうと最近これをひどく感じたことがあって──
めっちゃ気になるの
こないだ久しぶりに会った──
今俺が働いてる会社を辞めちゃった人、元同僚──
2人ぐらいと飲み行ったんだけど──
その人が我々のチョイスター、今年30だか31ぐらいのチョイスターの人で──
5日で彼女ができたんですみたいな自慢から入って──
その自慢もちょっとよくわかんねえなっていう気持ちで聞いてたんだけど──
ここの話から先に滲み出るから先に言ってるけど──
僕はその人はちょっと嫌いなのね
この嫌いは本人にも面と向かって言えるタイプの嫌いさ
僕はあなたのこと苦手ですって堂々と──
飲み行ってるぐらいですね
なんかいいけど嫌いみたいな
オープンな嫌い
なんで嫌いかっていうのは今まであんま言語化できてなかったんだけど──
彼女ができましたなんだけど──
その彼女さんがその人自体はタイプな見た目だし──
性格とか話も合うんだけど──
信仰宗教と言ってもその一定の──
我々も絶対聞いたことある
っていうのを
本人は子供とかできても強制はしたくないとか──
お母さんがすごかったとはいえ──
本人も本人でちゃんとイベントとか行くしみたいな──
やってるぐらいのラインっていう話を──
僕の元同僚が大学時代とかの友達と仲いいから──
話したらしくね彼女できたんだみたいな話をしたら──
めちゃくちゃ結婚を止められたと
もうそいつの女と結婚するならもう友達辞めるわみたいなことを──
言われたんだって
でその結果3日後ぐらいに別れたみたいな連絡が来て
なるほど友達を取ったんだね
そう友達を取ったんだと
本人はその人のことタイプだと思って話しまうって個人で見たらそうなのに──
その周りが言うその信仰宗教とは付き合うなっていう概念によって──
もう違うんだから辞めた方がいいに行けるっていうこれが──
みたいな感覚自体は僕もちょっとあるのでそこ自体は分かるんだけどそれが──
人によって意見を最終的に自分で変えるっていうのに至る速さが──
やっぱ俺この人嫌いだなって思う理由だって思えたというか
君には自分がないのかいって
そうそうそう
周りの人が言ってるからそれをするっていう
周りの人っていうものを世間と置き換えがちじゃん
事実だけを取れば3人とか4人とかなんだよ
をまるで1億人いるかのごとく捉えやすいじゃない人間の認知って
そうだね近くにいる方が大きく影響を与えるからね
なんなら人間が本当の意味で出会う人間なんて本当ねせいぜい何百とかじゃん
めっちゃ有名どこの人でもな
生涯で人とちゃんと環境を築ける数はある程度上がるからね
日本に限ったとて1億分の1000とかって全然じゃん
それでわかることってないわけじゃん
その人たちが正しいとも限らないからね
そうなのにそれで人と同じでいたいあるいは違っているみたいな認知になる
その人の認知がバグりやすいなって思うというか
そうだね
人と違う人と違うっていうのも人は完全にその自分の周囲のことだろうね
自分が比較可能な距離にいる人じゃん
大体その周りも学校とかいう
たまたま同じ時代近い地域に生まれただけの人間が集められただけの
何の差
自分に関係もない人間たちがたまたまその場にいただけの
関わりでしかない
人間を見て勝手にへこむみたいな
学校嫌いすぎ
違うバイアスがあるかもしれない
いろんな思想が入り混じってて面白い
俺が学校嫌いなだけかこれは
学校も人もそんな好きじゃない
学校も人もそんな好きじゃないから
全体その人を好きじゃないとかもちろんあるんだろうけど
なんていうので要するにその人っていうものの認知が自分の中で勝手に大きくしすぎて
なんかバグってることによる影響の方が
影響もありそうだな
そっちが俺は個人的には
嫌だなって思う
人と違う人って誰だよっていう話で
そうそうそうそう
お前のそのみんなって誰だよみたいな
みんな言ってたよのみんなは誰だよみたいな
でもほらもう我々はすり込まれてるじゃん
金込み鈴にすり込まれているから
みんな違ってみんないいが
あれで初めてみんなを
みんなという概念をこう
得るよね
そうだね
なんなら人外のものまでみんなとして捉えているから
僕でもそれを習ったときまだ物心ついてなかったから
あんま覚えてないんだよね
最近だもんね物心ついたのね
そうそうそう22歳だから物心ついたの
人と違うってなんだろうねっていうのは
ずっと俺的には発達障害を否定したいとかっていう話でもないんだけど
シンプルにやっぱ人と違うっていうのはなんだみたいな
一緒とはなんだっていう話で
高谷瀬にとっては人は違うものだっていうのが大前提
そこがすごく前提として強くあるから
なんで人と同じさを求めたのか
同じであるというところにみんな固執するんだろうっていう疑問の方が強いわけでしょ
強い強いでちょっと今日今話してと思ったのは
本の中で出てくる人と違うっていう話もさ
学校とか集団生活の中での何か差異みたいな部分
さっき池田が言ってた人って誰だよのところで言うと
自分の近い環境の中にいる人
この比較に当然なるんだけど
なんでその違いを意識することになるかっていうと
学校の成績の付け方とかでさ
いわゆる他の人ができてる多数ができてるのに
できてないことがあるっていうさ
身近な中での比較によって
人とは違うっていう
チェロがまさに言う通りで
違うの前提だろっていう感覚が強すぎるんだろうね俺の中では
だから人と違うことをコトサラ取り上げて言う必要なくないって思っちゃうんだけど
そこがまず1個ちょっと思ってたところかな
あとは思ったこととして