こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。 新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
同じく、黒船の河地です。 僕たちは高校の同級生3人で、保育業界向けの新規事業を作ろうと日々頑張っております。
このラジオではですね、僕たち3人が保育士さんの皆さんに向けて、ぜひ読んで欲しいなと思っている本を毎週紹介しながら、そこからいろいろ発声しておしゃべりしていけたら良いなぁと思って、
何やかんや続けているそんなラジオです。 というわけで今回は、また河地さんプレゼンツということで。
河地──私から本を紹介させていただきます。 今日紹介するのは、自分の小さな箱から脱出する方法という本です。
これはですね、アメリカのビジネス書で、主に会社の人間関係とかについて書かれている本なんですよ。
だから組織の中で、自分が箱に入っちゃうよね、みたいな話。 この箱っていうのがどういうものかっていうのは、この後説明するんですけど。
そういう感じで組織間の人間関係とかって、こう考えるといいよね、みたいなことを書いている本なんですが。
まあこれは今回保育の皆様にどう紹介しようかなと思ったんですけれど。 この本で扱っているテーマはもうちょっと噛み砕くと、
目の前にいる人のことをちゃんと一人の人間として見られているかっていうテーマなんですよ。
この箱っていうものに入っちゃうせいで、余計なバイアスが入っついていませんかっていうのを問いかける本なんですね。
本の中ではもちろん同僚とか上司と部下みたいな、そういう会社の人間関係っぽい文脈で語られているんだけど、
これは当然、保育士さんと子供とか、保育士と保護者とか、それこそ保育士同士もあるよねっていう話だと思います。
人間関係すべてにおいてあり得る話だよねってことね。
そうそう。特にその中でも保育って子供に寄り添うみたいな、寄り添いってすごい大事だと僕は思ってるんですけど、チロ先生あってますか?
寄り添うということが前提ではあるかな、大切というか。
もう基本条件みたいな。
もうそこはもう保育士である以上、ベースとして寄り添うはもうなきゃダメよねぐらいのものじゃないかな、多分。
で、この本はその寄り添いっていうものをしたときに、その寄り添いが本物なのかっていう問いとかもあって。
大事だな。
で、この本物と偽物っていうのは何が違うのか。じゃあ偽物っていうのに何でなっちゃうのか。
で、自分の寄り添いってどっちなんだろうみたいなのが、わかるような本だと思って持ってきているという、そんな話は今日はしていこうと思います。
はい、承知しました。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
二人とも80回話してるんで、何単これから僕が言うこと分かるかもしれないんですが、
僕はですね、この論、反対です。
本当の自分理論だからな、これは。
腹張って話すと繋がっていきますよね。
もう一回これ言ってます。
僕は正直、逆で内心がどうであろうが、ちゃんと丁寧に接する方がいいだろう。
一貫してそうで。
内心見下していようが、見上げていようが、丁寧な方がいいだろう。
でもその人がやったことが全て真実だと言っても過言ではないという。
それでしかないというあれですもんね。
そう思っているんだけど、よくよく考えると実はここを同じように繋げられるかもなっていうのも考えていく。
どういうことかっていうと、正直最初は苦手だなって思っちゃってた。
内心が苦手だけど外側で丁寧に対応するみたいなことをしていくと、
そこからだんだん内心が変わっていくっていう順序があるんじゃないかなと思うんですよ。
丁寧に接することで。
そう、丁寧に接することで心が、認識が変わっていく。
この順序があると思うんですね、僕。
これ本から飛び出してます、僕の意見なんですけど。
僕はそう信じているから、心っていうものは形から作られていくので。
なるほどね。
認識っていうのは行動で作られていくので、
形から丁寧にやっていくとだんだんこの人も大変なんだなって相手に寄り添えるみたいな順序があると思う。
なるほど。面白いね。
だからこそ、よくよく読んでいくとこの本も、
形だけ整えて心がついてこない状態っていうのは良くないみたいな話もしているので、
そこを最終的についてくるんであれば形から入るっていうのも僕はありかなと思います。
なるほど。
今の話ってやっぱ難しくてさ、
見下しながら丁寧に接するみたいなのって、
実は丁寧じゃなくなっちゃうみたいなこともあると思うのよ。
どっか傲慢さが生まれちゃうみたいな。
じゃなくて徹底的に丁寧な振る舞いは何かっていうものをちゃんとやることで、
心がちゃんとその人を尊敬するようになるみたいな順序の方が、
僕は再現性があるなと思っている。
すごい重いな。
変な話はあれだよね。俳優さんとかの演技とかってあるし、そういうところもありそうだよね。
毎回本当に好きな人と演じてるわけじゃないだろうしさ。
でもそういう手でやっていくうちにみたいなところありそうじゃん。
うん、そうね。
でもそれだとやっぱ川地のその姿勢が、ある種最初はその表層演技的なところから入って、
心はこうなんかついてきてないけど形は丁寧にやりっていうところで、
すごい川地自身にもすごく負荷がかかってるんだろうなっていうのはとても強く思っている。
最初の時はそこのギャップがあるからね。
表と。
感情労働的にね、すごくついだろうなっていうところ。
もう一個は、すげえ作動みたいだなってちょっと思ったの。
要は形がしっかりあって、形をまずは身につける。
意味なんてわかんなくていいから、まず形を身につける。
で、それを10年、20年続けていくうちに、ある時急にその形が、
こことここがパチンと繋がって、あ、こういうことだったんだって態度していく。
それはやっぱり形を覚えてからじゃないと行き着かないものもあると思うと、
やや道というか他をみたいなところの考え方にもなってるんだなって思うと、
メリット、デメリットじゃないけど両方あるんだなってすごい思った。
そうだね。
形的な発想は僕結構好きなので、そういうのやりがちかもなと思いますね。
なるほどね、確かに。
ここまで箱に入ってる状態とかの話をしてきて、
ここまで来たらやっぱ箱出たいじゃん。
そうだね。
果たして可能なのかって今すごく疑問を持ってる。箱から出ることが。
すごくいい疑問です。
まさにね、箱から出るにはどうすればいいかって気になるところなんだけど、
正直この本にこうすれば出られますみたいな手順はないです。
なるほど。
だって今の話聞いてもさ、もうなんていうか人間のアンコンシャスバイアス的な、
無意識感のバイアスがあるものだから。
確かに。
認知はできても、出るっていうのは難しいじゃん。
まずは自覚しなさいよっていうところがこの本の一個ゴールみたいなものなの?
そう。で、一応本書でその本に入ってる教えとしては、
もうすごいシンプルで、あの人が悪いとか、あの人のせいだっていう気持ちを手放した時に箱の外に出られるとだけ書いてある。
まあ、他責をやめろっていうことなのかな。
この気持ちをどう手放すかとかは書いてない。手放せって。
手放す。
いいね。急にアウが書かれてる。
自己啓発みたいだね。
まあ、自己啓発ですからね。
さすがですね。
手放しね。
あの人が悪いとかっていう風なところに行かないようにしましょうってことか。
そういう風な気持ちを手放した時に箱から出る。
で、これはもう一段階言うと、今あの人が悪いとか他責ってみたいな意味合いで言ったけど、
もうちょっと言うと、その人の、これは僕なりの職業になってくるけど、
相手している人間の背景とか事情とかを常に鑑みようねみたいな意味合いだなとは感じた。
例えば、その仕事を行ったことをやらなかった人みたいなのがいた時に、
やらなかった悪い奴だで終えるのは簡単なんですよ。
退屈な奴だとか。
で、終えるのはすごい簡単。
そうするともう楽。
こいつが悪い以上。
うん。
なんだけど、そこに至るまでもしかしたら、それこそ何か身内に不幸があったかもしれないとか、
本当に鬱みたいな症状が起きているかもしれないとか、
私生活が大変かもしれないとか、
何かしらの理由があってそうなっているかもしれない。
もしかしたらそれが本当にないみたいなこともある。
時はある。
そこに何かしらの事情とか本人なりの内心とか。
正直多くの人って別に他人に迷惑をかけようとしてないのよ。
わざわざね。
そう。
わざわざかけたいってされるってことは、それはそれで何かしらが起きてるから。
それは起きてるよな。
ほぼ犯罪だもんね。
戦いのレベルだよね。
っていうこの、事情を反がみようねっていうことが第一歩なのかもなというのはすごく思う。
人を表層的に捉えない。
立場とか状況とか一人の人間として何を考えているかみたいなところに目を向けようね。
みたいなのが一番大事なんだな。
これこそがある種寄り添いの本当の意味なのかもなって思ったっていうところですね。
自分の主観で完結しないで相手の目線はどういうふうに、
相手の状況はどうなのかみたいなところに思いを馳せるみたいな工程が必要だよねってことか。
なるほど。
まさに。いいまとめ。
確かに。