1. ホイクベースラジオ
  2. #82 その寄り添い、本物ですか..
#82 その寄り添い、本物ですか?──「箱」に気づけば保育が変わる
2026-04-01 35:39

#82 その寄り添い、本物ですか?──「箱」に気づけば保育が変わる

現役保育園看護師のチロ先生と高校の同級生たちによる保育の情報ラジオ「ホイクベースラジオ」。

今回はアメリカのビジネス書『自分の小さな箱から脱出する方法』を紹介。「箱」とは、自分の気持ちに嘘をついたことを正当化し、相手を"一人の人間"ではなく"迷惑な存在"として見てしまう心理状態のこと。本書では夫婦間のエピソードを通じてそのメカニズムが語られますが、今回はこれを保育の現場に引き寄せて考えます。

お迎え時間を過ぎても連絡のない保護者、思い通りに動いてくれない子ども、指示と違う動きをする同僚──5分前まで普通に接していた相手が、ある瞬間から「迷惑をかけてくる存在」に変わってしまう経験はありませんか?さらに、表面上は丁寧に接していても心の中では見下している"もう一つの箱"の存在にも話が及びます。

本書の主張に対して「内心がどうであれ、まず丁寧に接する"形"から入ることで心がついてくる」という独自の視点を提示。茶道の型の話や感情労働の負荷にも議論が広がります。箱から出る方法は「あの人が悪い」という気持ちを手放すこと、そして完璧を目指すのではなく「今、箱に入ったな」と気づけることが大切だというメッセージを、三人それぞれの"自分の箱"を告白しながら語り合います。

▼「ホイクベース」ダウンロードはこちら

iOS版

⁠⁠https://apps.apple.com/jp/app/%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9/id6503190795⁠⁠

Android版

⁠⁠https://play.google.com/store/apps/details?id=com.hoikubase&hl=ja⁠⁠

▼ラジオの感想、質問などは以下フォームよりお送りください。

⁠⁠https://forms.gle/99JjK5eacPnjN7YAA⁠⁠

BGM : MusMus

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回の「ホイクベースラジオ」では、アメリカのビジネス書『自分の小さな箱から脱出する方法』を保育の現場に当てはめて考察しました。著者は、人が「箱」に入ってしまう心理状態を解説しています。これは、自分の言動を正当化するために相手を「迷惑な存在」と見なしてしまう心理状態です。例えば、夜中に子供が泣いても寝たふりをしてしまった夫が、妻に「早く起きてほしい」と不満を抱くケースが挙げられます。この「箱」は、保育現場でも、お迎え時間に遅れる保護者や、思い通りに動いてくれない子供、指示と違う行動をする同僚など、様々な場面で現れると指摘されています。さらに、表面上は丁寧に接していても、内心では相手を見下している「もう一つの箱」の存在にも言及しました。 この本に対し、話者は「内心はどうあれ、まず丁寧に接する『形』から入ることで心がついてくる」という独自の視点を提示しました。これは茶道の型の習得や、感情労働の負荷にも通じる考え方です。箱から出るためには、「あの人が悪い」という気持ちを手放し、完璧を目指すのではなく、「今、箱に入ったな」と気づくことが大切だと語られました。最後に、話者それぞれが自身の「箱」を告白し、その難しさや、箱から完全に脱出することの是非についても議論が展開されました。

はじめに:ホイクベースラジオと今回のテーマ紹介
こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。 新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の基礎です。
同じく、黒船の河地です。 僕たちは高校の同級生3人で、保育業界向けの新規事業を作ろうと日々頑張っております。
このラジオではですね、僕たち3人が保育士さんの皆さんに向けて、ぜひ読んで欲しいなと思っている本を毎週紹介しながら、そこからいろいろ発声しておしゃべりしていけたら良いなぁと思って、
何やかんや続けているそんなラジオです。 というわけで今回は、また河地さんプレゼンツということで。
河地──私から本を紹介させていただきます。 今日紹介するのは、自分の小さな箱から脱出する方法という本です。
これはですね、アメリカのビジネス書で、主に会社の人間関係とかについて書かれている本なんですよ。
だから組織の中で、自分が箱に入っちゃうよね、みたいな話。 この箱っていうのがどういうものかっていうのは、この後説明するんですけど。
そういう感じで組織間の人間関係とかって、こう考えるといいよね、みたいなことを書いている本なんですが。
まあこれは今回保育の皆様にどう紹介しようかなと思ったんですけれど。 この本で扱っているテーマはもうちょっと噛み砕くと、
目の前にいる人のことをちゃんと一人の人間として見られているかっていうテーマなんですよ。
この箱っていうものに入っちゃうせいで、余計なバイアスが入っついていませんかっていうのを問いかける本なんですね。
本の中ではもちろん同僚とか上司と部下みたいな、そういう会社の人間関係っぽい文脈で語られているんだけど、
これは当然、保育士さんと子供とか、保育士と保護者とか、それこそ保育士同士もあるよねっていう話だと思います。
人間関係すべてにおいてあり得る話だよねってことね。
そうそう。特にその中でも保育って子供に寄り添うみたいな、寄り添いってすごい大事だと僕は思ってるんですけど、チロ先生あってますか?
寄り添うということが前提ではあるかな、大切というか。
もう基本条件みたいな。
もうそこはもう保育士である以上、ベースとして寄り添うはもうなきゃダメよねぐらいのものじゃないかな、多分。
で、この本はその寄り添いっていうものをしたときに、その寄り添いが本物なのかっていう問いとかもあって。
大事だな。
で、この本物と偽物っていうのは何が違うのか。じゃあ偽物っていうのに何でなっちゃうのか。
で、自分の寄り添いってどっちなんだろうみたいなのが、わかるような本だと思って持ってきているという、そんな話は今日はしていこうと思います。
はい、承知しました。よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
「箱」とは何か?心理状態の解説
というので、さっき言った通りこの本の話をしていくんですけれども、キーワード、ずっと言ってる箱。
箱ね、面白い。箱ってね。
そう、タイトルも自分の小さな箱から脱出する方法。この箱はもちろんボックスの箱ですと。
で、ここで言ってるのはその物理的な、ダンボール箱みたいな箱っていう意味では当然なくて。
ある心理状態みたいなものを箱に入っていると例えていると。
で、何で箱って言ってるかっていうと、例えば物理的な箱を想像したときにダンボール箱の中とかに入ったら外の景色って見えなくなっちゃうじゃないですか、当然だけど。
ちょっと穴開けりゃね、チラッとは見えるけどね。
じゃあ鉄の箱に入ってください。
あれじゃね、鉄の箱としてエレベーターの中入ったら外見れないよね、みたいな話でもある。
そうだね。
そうだよ、危ない。
すいませんでした。
で、それと同じように箱に入っちゃってると周りの人のことが正しく見えなくなっちゃってるよね。
見えてるつもりなのに実は全然見えてない。
さらに言うと、その人自身は箱の中に自分がいるっていうことも気づけてないことが多いよね。
バイアスがかかってる。
だから箱っていう例えを使おうっていうので使われてます。
なるほど。
あんなる壁じゃなく、四方八方にっていう感じのね。
ある意味見るものがバイアスかかっちゃってるぐらいの意味があるかなと思います。
「箱」に入るメカニズム:夫婦の例と正当化
で、箱に入ってる状態みたいなものを例えとして説明が本の中に載っていて、
それをちょっと紹介するんだけど、まずある夫婦がいますと。
で、夜中に赤ちゃんが鳴いちゃいました。
これもチロ先生はすごく想像つく状況だと思います。
あるある。
で、夫側、男性側がその泣き声を聞いて目が覚めて、
自分が起きてその子供を見てこようかな。
妻も疲れてることだしと思ったんだけど、
結局寝たふりをしちゃいました。
一瞬目覚めて自分行こうかなって思ったけど、やっぱ寝たふりをしてスルーしちゃった。
っていうことが起きたときに、この寝たふりをした側の夫の頭の中で何が起こるか。
うん、なるほどね。
まず、「いや、自分は明日朝早いからここで寝ちゃうのはしょうがないんだ。」とか、
妻の方が夜泣きの対応上手いんだから上手い人に任せた方がいいんだとか、
そういう起きなかった自分をかばう理由が出てきちゃう。
なるほど、正当化したいな。
そう。
で、なんならこれが行き過ぎると隣で寝てる妻に対して、
「さっさと起きて言ってくれよ。」みたいな不満すら湧いてくる。
マジ最低。
これが学校に入ってる状態だ。
ここで起きてることを整理すると、
最初に自分が起きて子供を怪した方がいいなって自分で感じたんだけど、
それをしなかったわけですよね。
はいはいはい。
だから自分の思った気持ちに嘘をついた。
で、その次にもっと大事なのが、
起きなかったそのものじゃなくて、
起きない選択をしたことを正当化してしまった。
朝早いからしょうがないとか、
なんなら相手の方が悪いみたいな状態に入っちゃう。
これが学校に入った状態だってこの方がやっています。
なるほど。
これは保育に限らず伝わりそうだね。
そうだね、学校に入っている状態の人って、
さっきまでは、最初は妻も疲れてるだろうしなって思ってたのに、
それを減ると、なんで起きないんだよって思っちゃうみたいな。
自分の中でも見え方がガラッと変わっちゃう。
確かに。180度変わっちゃってるもんな。
これが歪んでるとかじゃなくて、普通に考えたらそう思うじゃんくらいの、
当たり前のことくらいまで逆回転しちゃう。
みたいな状態には気をつけようねっていう話です。
なるほど。
今の話、結構足様に言ったけど、大なり小なりみんなあるだろうなと。
今の例は現代日本で話すと、いやいや夫が悪いでしょうと。
やれよと。
やれよと。
昨今特にね。
そういうの題材にしたら、漫画やら何やらいっぱいあるからね。
だけど、これもうちょっと切り替えて、
仕事とかで部下がうまく動いてくれなかった時とかに、
最初は向こうも大変なのかなって思ってたけど、
なんかあいつが悪いやつに見えてくるみたいなことは多分往々にしてある。
なるほど。
あるでしょうね、確かに。
今のが箱の仕組みみたいな話だったんだけど、
保育現場における「箱」の具体例
これ保育だとどう現れるかっていうのは、
これは僕の想像だけどチョロフ先生にありそうみたいなジャッジしてほしいんだけど、
例えば、夕方のお迎えの時間とかに保護者の方がいらっしゃらない。
はいはいはい。ありますあります。
あります。
いいね、カズさんの解像度が高いですね。
それがですね、もう分かってますね。
もうこっちだって帰らなきゃいけないのに、
時間過ぎても全然連絡こないと。
遅れるなら遅れるって言ってくれりゃいいのに、それすらないみたいな。
そうだと、それが起きる5分前までは、
ただただ保護者のお母さん、お父さんだった人が迷惑をかけてくる存在に変わっちゃう。
うん。
こういうのもあるし、箱に入っちゃってる状態かもね。
なるほどね。いやー、あるね。
子供でもあるよね、正直。
あるよ。
楽しく遊んでるだけで嫌なことをしてくるみたいな、
いたずらっ子といえば可愛いけれど、
本当にやってほしくないテーマでやってほしくないことをするみたいなのがあったときに、
ふーんみたいになっちゃう。
どうしてそこで噛むかなとかね。
あーもうなんで今このタイミングで机の上に登るかなとかね。
なんでも早く上に戻りたいんやけど、
どうして靴を脱いで上に上がってくれないのかねとかね。
出てくるね。
でもそれもこれも全部ね、自分の力量なんであれですけどね、
そうさせてる自分にも課題があるんですけど。
かっこいいね。
子供とかはね、まだちょっと難しいけど、
これがまた同僚とかになってくるとまた難しい。
いやーわかるよ。
今これやってほしい、今それをしてほしいんですけど、
そのつもりで指示してるんですけど、
どうして今そっち逆の方してるんでしょうかねみたいなことはね。
これあの上近さんと非常近さんの、
しかも非常近さんの方が途中へというパターンであるあるな。
まあこれそうだね。
あるあるなミスコミュニケーションでございますね。
これは多分このレベルは僕も人君もわかるよね。
わかるわかる。
社会あるあるだよね本当に。
人と関わってる最低限あるよね、そういうこと。
ここで大事なのは、いやいやとはいえ、
「箱」に入っている相手への対応の質
本当に変なことしてるとかサボってる人とか迷惑なことしてる人っていうのもいるじゃん。
っていうところなんだけど、
ここで言いたいのは本当に悪いことしてるとかサボってるかどうかではなくて、
そういうことをしてる風に自分が認識してる人をどう見てるかっていう話なんですよ。
それを相手をちゃんと人として見ているとか迷惑な存在として見るのか。
で対応の質が変わってきちゃうしその違いは相手に伝わるよねっていう話が書いてあります。
特にやっぱ対人援護職である我々保育者だったりその他のサービスも含めてだと思うけど、
常に心に埋めておかなければならないことでございますね。
そうですね。
確かに僕はキサさんとかには何言ってもいい人だって思っちゃってるから、
そういう対応が出ちゃうみたいな、そういうことかもしれない。
そういうことだね、本当に。
めちゃめちゃ箱に入ってるね。
めっちゃ箱入ってる。
自分で作ってる箱。
マイクラくらい作ってるかもしれないね。
ボーンスみたいなすごい。
作り上げてる。
何も響いてない。
「丁寧な接し方」の中の「箱」:見下しの心理
確かに。
入りがちなんだから箱に。
これはちょっと面白いんだけど、笑えない入り方も当然あるから。
うがりすぎちゃってもう保護者に対してすごい攻撃的な態度だったり、
言い方をしてしまうっていうのもなかなかまだ青2歳だなという感じのね、
そういうケースもありますよね。
これもう一個ポイントがあって、ここからまたもうちょっと本の話をしていくんだけど、
今チロウ先生が言ったように尖ったコミュニケーションをしちゃうっていうのも箱の一つだし、
もう一つ丁寧に接してるんだけれどっていう箱もあるっていう話があるんで。
気になるな、もうちょっとあとそれは。
これ本の中にあった例紹介するんだけど、ある会社に転職した主人公が上司との研修を受けて、
ワンワンみたいなことをしているっていう場面があって、
その主人公は転職してきたけどもう部下がいるような人で、
基本的に部下には丁寧に接していて、自分でもちゃんとやれてるって思ってる。
なんですけど上司から、丁寧に接してる時にあなたは心の中で何を感じていますか?
見下しているのと変わらないような心を持ってませんか?って言われた時に、
主人公がそれが何も言えなくなっちゃうっていう描写があるんですね。
だから丁寧に接している時も、心の中では使えない部下の相手をしてやってるって思ってたらしいんですよ。
外側ではニコニコしてるけど内側では見下している。
みたいなのもこれはこれで箱の中にいるよね。
なるほどね。
難しいな。
厳しいとこだけど、でもなんかある気がするよ。
箱か。
使える?使えない?って言うとあれだけど、
難しいじゃん。
仕事における処理能力の差異であったり、
今でこそそれこそ大人の発発障害みたいなものがすごい認知されてきた中で、
やっぱりちょっと合理的配慮が必要だろうな、この人は、みたいな感じの職員もやっぱり一定数いると思うんだよね。
特に、対人縁護職、保育とか看護とかの中にも一定数いると思うんだけど、
そういった人に対して、
ある種、それこそ箱に入った状態で、
この人にはこれぐらいまでしかできないだろうとか、
お願いできないよなっていうところのその判断が、
本当に必要な配慮であったり、あるいはその子を育てるために必要なものであったりとか、
っていうのがちゃんと、上司含め、縁全体でコンセンサスが取れていってなされていればいいんだけど、
その辺が個人の範疇でなされてしまっていることもたくさんあるだろうから、
そういうふうに考えると、今の日、その主人公の例は非常に刺さるものがあるね。
このラジオってもう80何回ぐらいやっているし、
独自の視点:形から入ることで心がついてくる
二人とも80回話してるんで、何単これから僕が言うこと分かるかもしれないんですが、
僕はですね、この論、反対です。
本当の自分理論だからな、これは。
腹張って話すと繋がっていきますよね。
もう一回これ言ってます。
僕は正直、逆で内心がどうであろうが、ちゃんと丁寧に接する方がいいだろう。
一貫してそうで。
内心見下していようが、見上げていようが、丁寧な方がいいだろう。
でもその人がやったことが全て真実だと言っても過言ではないという。
それでしかないというあれですもんね。
そう思っているんだけど、よくよく考えると実はここを同じように繋げられるかもなっていうのも考えていく。
どういうことかっていうと、正直最初は苦手だなって思っちゃってた。
内心が苦手だけど外側で丁寧に対応するみたいなことをしていくと、
そこからだんだん内心が変わっていくっていう順序があるんじゃないかなと思うんですよ。
丁寧に接することで。
そう、丁寧に接することで心が、認識が変わっていく。
この順序があると思うんですね、僕。
これ本から飛び出してます、僕の意見なんですけど。
僕はそう信じているから、心っていうものは形から作られていくので。
なるほどね。
認識っていうのは行動で作られていくので、
形から丁寧にやっていくとだんだんこの人も大変なんだなって相手に寄り添えるみたいな順序があると思う。
なるほど。面白いね。
だからこそ、よくよく読んでいくとこの本も、
形だけ整えて心がついてこない状態っていうのは良くないみたいな話もしているので、
そこを最終的についてくるんであれば形から入るっていうのも僕はありかなと思います。
なるほど。
今の話ってやっぱ難しくてさ、
見下しながら丁寧に接するみたいなのって、
実は丁寧じゃなくなっちゃうみたいなこともあると思うのよ。
どっか傲慢さが生まれちゃうみたいな。
じゃなくて徹底的に丁寧な振る舞いは何かっていうものをちゃんとやることで、
心がちゃんとその人を尊敬するようになるみたいな順序の方が、
僕は再現性があるなと思っている。
すごい重いな。
変な話はあれだよね。俳優さんとかの演技とかってあるし、そういうところもありそうだよね。
毎回本当に好きな人と演じてるわけじゃないだろうしさ。
でもそういう手でやっていくうちにみたいなところありそうじゃん。
うん、そうね。
でもそれだとやっぱ川地のその姿勢が、ある種最初はその表層演技的なところから入って、
心はこうなんかついてきてないけど形は丁寧にやりっていうところで、
すごい川地自身にもすごく負荷がかかってるんだろうなっていうのはとても強く思っている。
最初の時はそこのギャップがあるからね。
表と。
感情労働的にね、すごくついだろうなっていうところ。
もう一個は、すげえ作動みたいだなってちょっと思ったの。
要は形がしっかりあって、形をまずは身につける。
意味なんてわかんなくていいから、まず形を身につける。
で、それを10年、20年続けていくうちに、ある時急にその形が、
こことここがパチンと繋がって、あ、こういうことだったんだって態度していく。
それはやっぱり形を覚えてからじゃないと行き着かないものもあると思うと、
やや道というか他をみたいなところの考え方にもなってるんだなって思うと、
メリット、デメリットじゃないけど両方あるんだなってすごい思った。
そうだね。
形的な発想は僕結構好きなので、そういうのやりがちかもなと思いますね。
なるほどね、確かに。
「箱」から出る方法:気持ちを手放すこと
ここまで箱に入ってる状態とかの話をしてきて、
ここまで来たらやっぱ箱出たいじゃん。
そうだね。
果たして可能なのかって今すごく疑問を持ってる。箱から出ることが。
すごくいい疑問です。
まさにね、箱から出るにはどうすればいいかって気になるところなんだけど、
正直この本にこうすれば出られますみたいな手順はないです。
なるほど。
だって今の話聞いてもさ、もうなんていうか人間のアンコンシャスバイアス的な、
無意識感のバイアスがあるものだから。
確かに。
認知はできても、出るっていうのは難しいじゃん。
まずは自覚しなさいよっていうところがこの本の一個ゴールみたいなものなの?
そう。で、一応本書でその本に入ってる教えとしては、
もうすごいシンプルで、あの人が悪いとか、あの人のせいだっていう気持ちを手放した時に箱の外に出られるとだけ書いてある。
まあ、他責をやめろっていうことなのかな。
この気持ちをどう手放すかとかは書いてない。手放せって。
手放す。
いいね。急にアウが書かれてる。
自己啓発みたいだね。
まあ、自己啓発ですからね。
さすがですね。
手放しね。
あの人が悪いとかっていう風なところに行かないようにしましょうってことか。
そういう風な気持ちを手放した時に箱から出る。
で、これはもう一段階言うと、今あの人が悪いとか他責ってみたいな意味合いで言ったけど、
もうちょっと言うと、その人の、これは僕なりの職業になってくるけど、
相手している人間の背景とか事情とかを常に鑑みようねみたいな意味合いだなとは感じた。
例えば、その仕事を行ったことをやらなかった人みたいなのがいた時に、
やらなかった悪い奴だで終えるのは簡単なんですよ。
退屈な奴だとか。
で、終えるのはすごい簡単。
そうするともう楽。
こいつが悪い以上。
うん。
なんだけど、そこに至るまでもしかしたら、それこそ何か身内に不幸があったかもしれないとか、
本当に鬱みたいな症状が起きているかもしれないとか、
私生活が大変かもしれないとか、
何かしらの理由があってそうなっているかもしれない。
もしかしたらそれが本当にないみたいなこともある。
時はある。
そこに何かしらの事情とか本人なりの内心とか。
正直多くの人って別に他人に迷惑をかけようとしてないのよ。
わざわざね。
そう。
わざわざかけたいってされるってことは、それはそれで何かしらが起きてるから。
それは起きてるよな。
ほぼ犯罪だもんね。
戦いのレベルだよね。
っていうこの、事情を反がみようねっていうことが第一歩なのかもなというのはすごく思う。
人を表層的に捉えない。
立場とか状況とか一人の人間として何を考えているかみたいなところに目を向けようね。
みたいなのが一番大事なんだな。
これこそがある種寄り添いの本当の意味なのかもなって思ったっていうところですね。
自分の主観で完結しないで相手の目線はどういうふうに、
相手の状況はどうなのかみたいなところに思いを馳せるみたいな工程が必要だよねってことか。
なるほど。
まさに。いいまとめ。
確かに。
「箱」から出ることの難しさとメタ認知
でも難しいよね。
連続でやってきたらもう悪意を感じるというか、
毎回あの人には何かあったのかもって言って、
どこまでその人に優しくできるかっていうのがめっちゃ難しいなって思うよな。
難しいね。
下達しないと無理。
何回、裏切るじゃないけど期待したことを、
期待というか約束したことを破り続けられたとして、
毎回この人には何かあったのかって考えるので、
かなり難しいよな。
ちょっと認知負荷が強すぎる。
強すぎるよね。
自分の働いてる法人のこととか思うと。
実際その自分たちの法人の理念みたいなところに、
理念というか、
こういう姿勢で保育であり領域であり、
義務というか業務に当たりましょうみたいな指針みたいなものがあるんだけど、
それをかみ砕いて言うと、
今話していたような相手の立場に立ってちゃんと考えましょうね、
みたいなことが一つのテーマではあるの。
それって全部に共通するような、
福祉全てそういったものは共通してあると思うんだけど、
その姿勢って、
もちろん利用者と支援者側、
保育士と子ども、保育士と保護者っていうところももちろんそうだし、
それだけじゃなく同僚とか女子部下も含めてみんなそうで、
一般的な人と人との関係性も実は全部そうだよね、
みたいなところに落ち着いていくんだけど、
いくらこっちが相手の立場に立ってみたとて、
決して本当にわかるわけではないっていうジレンマもあるじゃないですか。
だから何をもってその箱から出れたと認識して良いものなのか。
そうだね、捉え方の問題でしかないから箱から出るって、
相手の行動を変えることはできないじゃん、これって。
できない。
そこだよね、マインドセットの話というか、
そういうことに対しては無力だし、
そういった意味じゃ手放しをみたいな最後のメッセージは、
非常に自己啓発っぽくて好きですけどね。
結局ね、何かを解決できるわけではないにせよ。
そうありたいよねっていう、
そうあるとちょっと心持ちいいよね、みたいな。
かつ、そういう思想というか仕組みというかメカニズムというか、
箱っていうものがあるんだなって知っておくだけで、
ちょっと状況を孵化できるというか。
そうだね。
もうたびたび話してるメタ認知的なところに繋がっていく。
逆に言うと、いかにメタ認知ができてないかみたいな、
こういう話多いのってさ。
あと普段はできてるけど、いざという時にできなくなってしまうみたいなこととか。
あとはできてると思ってる人が多いっていうのもある。
そうだね、そこも難しいよね。
ある程度経験も重ねてきて、それこそ部下もいて、
ちょっとキャリアも積んできてぐらいの中堅と言われる人たちの、
よくあるちょっと傲慢な姿勢って確かにこれだよね。
そう、なんか大体の仕組みを分かった気持ちになっちゃうっていうのが、
メタ認知が足りてない時に起きがちな姿勢だなとは思うね。
めちゃめちゃいいじゃん。
それこそ主任までいかないぐらいのリーダー層とか、
副主任ぐらいの階層別の研修とかで、
この本の大を扱った研修とかしてくれたら、
ちょっとハッとできそうな気がする。
そうだね。
本からのメッセージ:完璧より良くなろう、自分の箱を探せ
この本って最後面白かったメッセージみたいのも2つぐらい持ってきてて、
まとめてて、
1個がその完璧であろうとするのはより良くなろうと思えっていうのがあって、
やっぱ箱に入ること自体は誰でもあるっていうのは、
この本だけでも何度もあって、
なんだけど大事なのは入らないようにするじゃなくて、
今入ったなって気づいて出ようねっていうメッセージとかがやっぱり本の中にもあったんですよね。
なるほど。
あとは他の人の箱を見つけようとするのは自分の箱を探せっていうメッセージもあって、
いいね。
だから、あの人箱入ってるじゃんみたいな話はしなくていい。
しがちだよな。
そんな話をした瞬間に自分が箱に入っちゃってるよみたいな。
人をジャッジする道具じゃなくて自分の内側を見るための道具にしてくださいねっていうのが。
逆にさ、確かに。
俺今こんな箱入ってるわっていう話はできるってことかな。
そうそうそうそう。
俺ちょっとこういうふうにこんな箱入ってるんだよねみたいな感覚で、
他人の箱を指摘するのは難しいけど、
いやなんかこのテーマのめっちゃ最初から思ってることは、
箱から脱出できなくねっていうのが、
その何かしらのバイアスとか角度って人間誰しも持つじゃないですか。
完璧に無くすって俺無理だと正直思っていて、そのバイアス的なもの。
バイアスに自覚的であるかどうかっていうことはできると思うけど、
それ自体を無くすっていうことってさ、
極論何でもない人というか面白くもない人になっちゃいそうだなと思ってて。
なんか視点の偏りとかその人なりの見方があるから、
面白いよね人間ってっていうふうに思ってる人間としては、
箱から完全にみんなが脱出したら逆にどんな世界になってしまうんだろうっていう感覚が強い。
俺それすごい試験の一つだけ言っていい?
箱を完全に出てる人っておそらく自閉症だと思う。
なるほどね。
もう完全にコミュニケーションが、いわゆる定型発達のコミュニケーションはなせない。
完全なる自閉症スペクトラム症候群の方の、
でも繰り上げる作品とかから感じるものとかって、
もう箱から完全に逸脱してるという。
その概念がマルチとすることない。
俺逆だと思ってた。
「箱」から完全に脱出することの是非と自身の「箱」の告白
自閉症スペクトラムの人たちは逆に究極的な箱に入っているみたいな感覚だと思ってた。
でもそれもそうな気がする。
他者視点とかなくて、もう自分の世界があるじゃん。
それに100%な感じがするんだよね。
なんかすごい今めちゃめちゃ面白いの。
今度この話3時間ぐらいにしよう。
この話?
今日長くて寝すぎですよ。
箱が出てるか。
箱の話までも。
両方確かにそうだなって思えたね。
箱の話でこんだけ盛り上がれるっていうのがまずいいテーマだな確かに。
そういう築きというか、話のフックみたいなところがあるね。
そういうので、そういう自分の箱みたいなものを、
きそくんが最後言ってくれた通り、脱することは難しいので、
あるなという整理から。
だから整理ですべてだと思うので、
やってみるといいなと思います。
僕の箱は年上の男性にちょっと厳しい目で見るです。
面白いな。
あと、知らない人のことがちょっと嫌いです。
デフォルト嫌いだから。
デフォルトちょっと嫌いから入るな。
なんかちょっとわかる気がするな。
面白いね。
その2つで生きております。
いいね、こんな箱あるよっていう話が。
じゃあちょっと我々も1個ぐらい箱いっとこうか。
ぜひぜひ、最後だから。
どうだろう。
なんだろうな。
僕は自分のあまり恐ろしく自覚的だからね。
自覚的だね。
それはさすがだよね、メタ認知の鬼みたいなところ。
メタ認知の鬼。
最近気がついた、知らない人間のことちょっと嫌いなんだな。
それ面白いね。
なんか自覚してるだけで、初対面の人とうまくやれそうな気するもんね。
いかに知ってる人にも早く持っていくかっていうのがポイントだね。
なるほどね、対策できるもんな。
こんなにコミュニケーション好きでもないし得意でもないのに、そんなにコミュニケーション頑張れてるのはマジで偉い。
偉いよね。
すごいわ。
どんな箱に入っているか。
中安の箱。
箱か。
難しいな。
そうだな、バイアス的なものだよね。
あれかな、やっぱどうしてもずっと許せないことがあって。
改札とかで出た瞬間とかエスカレーター降りた瞬間に止まるというか減速するみたいな人がね、
俺の行く手を阻むなと思ってしまう自分がいるんだよね。
自分のペースで進めなくなる。
何かそのことをしてくる奴って、こいつ周りのこと見えてないなって思っちゃうバイアスがあるの。
そういう人なりにね、苦労の人なり。
お前周り見えてねえだろって思ってしまう自分がいるね。
素晴らしい。
もしかしたら自分もそのことをやっちゃってることがあるかもしれないけど、その瞬間はやっぱそう思っちゃう。
確かにね、箱だね。
箱なんだよ。
俺はね、おいしいご飯作れる奴はなんだかんだ言って絶対いい奴だよなって思っちゃう箱があるかな。
すごい箱だなそれ。
作った飯がうまけりゃ、どんな極悪人だろうが実はいいとこあるだろうって思っちゃう。
それって逆は成り立つの?めちゃくちゃ飯まずいやつは絶対悪いやつだみたいな。
でも、食の趣味が合わなすぎる人とは友達になれないと思ってる。
それはちょっとあるかも。
確かにそれも箱だね。
食の趣味合わないって何?
僕がすごくおいしいと思うものとか感動しているご飯に対して、あまりにも何も感じないとか、その良さを何も1ミリも感じ取ろうとしてくれないとかだとちょっと悲しいみたいな。
なるほどね。
俺、本当に思ってるかどうかは別としておいしいって言えるよ。
それ大事だよな。
それ大事だよな。
それでいい。
俺全部おいしいから。
そうね。生き値が低いっていうね。
食べられるだけでおいしいって思う。
お金出して買える外食でまずいものってないと思ってるから。
素敵な考え方だなそれは。
いい箱だねそれは。
これも話すと長くなるのでやめましょう。
まとめと今後の発信
OKです。
今回はまた川地さんからご紹介いただきました、自分の小さな箱から脱出する方法という本を紹介していただきました。
というわけで、こんな感じで保育士さん、保育者の皆さんにぜひ読んでもらいたい本を紹介していくという、そんな感じの発信を続けていきたいなと思ってますので、
概要欄などにGoogleフォームのURLも書いてますので、感想、質問、ご意見等々ぜひぜひ送ってきてください。
よろしくお願いします。
ご清聴ありがとうございました。
ありがとうございました。
35:39

コメント

スクロール