推しいないからさ、あんまり語りたいと思ったことないんだけど、
仕事柄、今僕YouTubeの台本を作るとか、
昔は漫画を紹介するメディアとかだったので、
漫画の良さを言語化しなきゃみたいな。
まさにだね。
はあったので、仕事上必要というちょっと珍しいパターンで。
確かになるほどね。
推しというわけではないけれど。
好きではあるけれども、熱量高い推しっていうタイプではない状態で、
でも好きなものを何で好きと思ったか面白いと思ったかっていうのを話さなきゃいけないみたいな経験とか、
感覚を言語化するみたいなのは結構仕事上多かったですね。
でもまさにそういう時に使える本というか、割と実用的な本だなと読んで思ったんだけど、
ざっくり言ってしまうと、
推しについて語る、何で推しについて語るんだっけみたいなところについては、
推しについて語ることって自分への理解を深めることだよねっていうのがこの本の趣旨としてありますと。
面白い。
なんでそれが自分への理解を深めることになるんだろうっていうふうに思った時に、
タイトルにあるように好きを言語化するっていうこと、
自分がそれをなぜ好きなのか、なぜいいと思ってるのかみたいなことについて、
やばい以外の言葉で語っていくと。
何か人に伝えようとするってなった時に、
自分の言葉でかつ他人にそれを伝えるっていうことは、
自分の言葉で、自分の好きについて向き合う必要があるよねということなんです。
結局なんかさ、自分が何を好きかって意外とわからないというか、
感情的な意味で、なんかいいなとかあると思うんだけど、
それをあえて言語化するみたいなことをさ、
日常的にする人ってあんまり多くはないかなと。
そうだね。
なんか何か読んでも面白かったとか、これ良かったぐらいで覚えちゃうよね。
そうなんだよね。
なんか自分に何が響いてそれが良かったと思ったのかみたいなこととかって、
まあ確かに、それをすることによって、
自分が好きなものを語ることを通して、
結局自分について語っているという、そこがあるっていう話。
なるほどね。
確かにね、同じ作品とかを見たり、同じ推しがいたとしても、
感想は決して同じではないもんね。
そうそうそうそう。
で、まさに今ケイタが言ってくれた感想は同じではないっていうところも、
結構一つのポイントになって、この本の中で扱われてて、
結局一般的な言葉、この本の中ではクリシェって言われてるんだけど、
やばいとかさ、いいねとか、
なんかそういうざっくりしたね、社会的通念としてのいいねみたいな、
一般的言葉ではなくて、
自分がなぜそれをいいと思ったのかを言語化するっていうことについては、
正解じゃなくていいと。
妄想でいいから自分の言葉で語ろうよっていう、
趣旨のことを言ってる。
あー面白い。
正解じゃなきゃいけないみたいなさ、
我々の教育過程としてはさ、正解があって、
それに向けて書かなきゃいけないとか、感想文とかもね、
ある種正解があって、そこに向けて書かなきゃいけないっていうふうに思われがちだし、
なんかちょっと擦り込まれてるようなところがあるんだけど、
この本の中では正解ではなくて、
自分の感情と向き合うみたいなところが一つのポイントになってるから、
そういうまあ感想、
自分の感想っていうものをきっちり言語化していく、
トレーニングしましょうみたいな話をしてます。
なんか読書感想文ってもう正解あるやんって思ってた気がするもん。
小学生の時から。
そうなんだよね。
大人が用意した正解の方向性があって、
なんかやっぱちょっと欠かされてるというか、書いてる感じがするけど、
実際そうではなくて、自分が何を好きかを知ることっていうのが大事だよっていう話をしてます。
それがまず面白いなと思ったっていうのと、
主要な流れで言うと、
なんか目次ごととかっていうわけではなくて、
すごいざっくり言うと、
なんで推しについて語るのかみたいな話とかを最初にして、
推しについて語るってどういうことみたいな話をしつつ、
推しについて語る準備っていうセクションというか、
語る準備、要するに言語化する前準備というか、
言語化していく前工程みたいなところの話があって、
後半はね、結構具体的に、
なんていうのかな、
例えばブログ、SNSとかで推しについて語っていきたいというか、
発表していきたい人向けに、
より具体的なそういう書き方の話っていう風になってくるんだけど、
個人的に保育士さんに読んでほしいところとしては、
うっちゃけもう前半分くらいでいいかなと思っていて、
実際に好きな推しについてを、
SNSだったりとかに発表しましょうっていう趣旨で紹介しているわけではなくて、
言語化するみたいなことに対して、
まず汎用的に役に立つよねっていうのが1個あって、
チロとかもさ、前からよく言ってるけど、
保育の業務の中って言語化できないこともいっぱいあるじゃん。
たくさんあるね。
やっぱりコミュニケーションで成り立っていく分野でもあるから、
あえて文章にするとか、丁寧に言語化するみたいな作業っていうのはちょっと省かれがちなんだけれど、
それをやることで他人とのコミュニケーション、
自分について知るっていうのはさ、
一種のメタ認知というか、
いうことにもなってくるかなと思っていて、
自分ってこういう側面あるんだなっていう自分への理解を深めながら、
保育に当たったりとか、
そういう業務に当たっていくとか、
他の人への理解度も高まるみたいな趣旨があったりするかなと思っている。
素晴らしい。
素晴らしい。
あと、ちょっと細かい話になると、
この本の中でそんなにさらっと書かれてるんだけれど、
結構大事だなと個人的に思っているポイントがあって、
ネガティブケイパビリティを身につけるっていう。
ネガティブケイパビリティ。
そう。
要するに、なんでこうなんだ、
悩みというよりは、
理解できないとか、
そういうもやもやを抱えたままにしておく力、
っていうのをネガティブケイパビリティ。
これは三宅さんが言ってるわけではなくて、
ネガティブケイパビリティっていう言葉。
そういう用語があるんだね。
谷川さんっていう哲学者の方が、
ネガティブケイパビリティについて話してるらしいんだけど。
あの人か、スマホ時代の哲学の人。
そうそうそうそう。
すぐに白黒つけずに、
もやもやをじっくり抱えたままにすることで、
本当に感じていることや考えるべきことがわかってくるという。
要するに、すぐに白黒つけがちとか、
つけたくなっちゃうけど、
あえてそういう生逃げの状態で、
そういったものを抱えておく力っていうのが、
生きる上でね、それちょっと哲学寄りの話でもあるんだけど、
大事だよね、ということをしている。
そっか。
もやもやをもやもやのまま抱えておく。
感覚的に言うと問いを熟成させるとか、
そういう感じに近いというところだと思うんだけど。
なんとなく甲斐が出ないけど、それを抱えたまま日々を過ごすというか。
それによって、そういう方向のセンサーが働いてとか、
時間その間に受ける刺激とかで、
そういうもやもやから自分なりの道を見つけていくみたいな話が出てくるんだけど、
そのネガティブケイパビリティって結構、今の時代は、
大事なんだけど見過ごされがちかなと思っていて。
すぐ結果が出る、すぐ答えが出るとか。
すぐ白黒つける。検索してわかった気になる、みたいな。
っていうことがある中で、そういうのを抱えておく力があると、
人として面白くなるよねっていう感じ。
俺としてはね。
これはこの本の趣旨そのものではないんだけど、
そういう部分がちょっと引っかかって、
もやもやを抱えておく力って結構大事だよねっていう風に思っている。
面白いね。
後半の方でもう一個大事だなと思ったところが、
この本の章の中、章というか一つのタイトルの中に、
相手との溝を埋めるっていうセクションがあって、
これはどういうことかっていうと、
これ、そもそも推しについて語る、スキを言語化する技術の本だから、
自分がじゃあ推しについていざ人と喋ったりしましょうってなったときに、
相手がさ、その自分が推している対象についてどれぐらいの知識を持っているかっていう、
その自分の持っている知識と相手の持っている知識のギャップ。
推しについて、例えば何度も言うけどハンター×ハンターについて、
相手がどのぐらい理解しているかみたいなことを考えた上で、
その溝を埋めるコミュニケーションの取り方、
前提となる知識として、これは必要だよねっていうことをきっちり合わせて伝えるみたいなこととか。
っていうのって、別に好きについて語るでなくても、
コミュニケーションにおいて結構大事なことだなと。
確かに。
そう、思ってて。
一方的に、相手がそれを知っている前提で話しちゃうことってよくあるけど、
自分の持っている知識と相手がそれについてどれぐらい知ってるのかっていう想像力みたいなものって、
結構大事なんだけど、気づきづらい。
人とのコミュニケーションがうまくいかないなっていう人は結構そういう部分もあるのかなというふうに思っていて、
そういうコミュニケーションをする上で、めっちゃ役に立つやんっていうことが意外と書いてあるんですよ。
なるほどね。言語化する技術っていうライティングとかそういう系かと思いきや、
そうそう。
どちらかというと内省とかコミュニケーションとか、そういう実用性もあるっていうことなんだ。
そうだね。なんかそういうライティングのことは、まさに後半は結構そのライティングの話。
例えば1回書いて終わりじゃなくて書き直してみましょうとか、
そういうかなり具体的なライティングについての話が出てくるんだけど、
前半部分が結構肝だなと思っていて、
そういった相手との情報格差を埋めていくとか、
あとメモを取ることを奨励しているというか、メモを取るのは結構いいよねっていう話をしていて、
それはやっぱり他人の言葉ではなくて、例えば何か作品を見た時の感想を、
まず自分でメモにちょっとでいいから自分の言葉で書くと。
で、絵として他人の感想とかを先に見てしまいがちなんだけれど、
そういうのは自分の感想をメモとかした後に見ましょうみたいな、
っていう下準備の話だったりとかがあるんだけど、
だからメモを取る目的がさ、業務の忘れないタスクリストみたいな取り方はするけれど、
自分の感情みたいなことについてメモを取るってさ、日記とか書く人は別だけど、
よっぽど自分と向き合っている人でない限り、
そういう日記的なメモの使い方で意外としないし、
タスクは書くけど自分の言葉、自分についてのことって書かなかったりするから、
そういうことを書くってストレス耐性というか、
それもメタ認知というかジャーナリングっていうジャンルもあるじゃないですか。
書くことで客観視できるみたいな部分もあると思っていて、
この本は好きを言語化する技術って言ってはいるんだけれど、
そもそも自分への理解を深める、
コミュニケーションの紐じゃないけど、
前提として結構大事なことが書いてあるなと思って、
保育士さんにはぜひ読んでほしいなと思ったんですよね。
なるほどね。
だから結構軽い気持ちで読んだんだけど、
これは保育士さんに限らずだけれど、
自分でもやっぱできてないことっていうか、
意外と自分の好きについて知らなかったりするし、
それをましてや他人に紹介できるような形で言語化していくっていう、
加工していくっていう作業って意外とやらないから、
ちょっと面白いなと思って。
シンプルにまず自分が何を好きかって、
ちゃんとわかってる人ってそんなに多くないんじゃないっていう前提があるかな。
明確にこれが好きなんだよって言われても、
なんとなくとかいいじゃん、かっこいいじゃんとか、
っていうレベルになっちゃうんだけど、
全部理性的に理路整然と回答がある必要はないと思うけど、
そういう自分の言葉で作品とか推しについて語れるっていうことは、
ある意味で自分について理解してるから、
自分を他人に伝えるっていうところで、
すごいそのまま使えるなというふうに思ったって感じだね。
面白い。
この本と合わせて読んでほしい本が実はあって、
まさかの2枚抜き。
それはこういう、この本は新書だから、
そんなに厚みもないのでサクッと読める。
実用書の一種だと思うんだけど、
この本とぜひ一緒に読んでほしいのが、
麻衣亮さんのイン・ザ・メガ・チャーチっていう、
最近出た本で、小説ですね。
これすごいよね。
小説なの?
小説です。
イン・ザ・メガ・チャーチっていう本。
これはまさにね、おしかつについて、
おテーマにした小説作品なんだけど、
割と自分の中で、
イン・ザ・メガ・チャーチを最近読んでたっていうのもあるんだけど、
ちょうど好きを言語化するおしかつみたいなことに対して、
ちょっとセンシティブというか、なっている時期で、
イン・ザ・メガ・チャーチという麻衣亮さんの本はね、
なかなかエグいというか、
すごいよね。
好きを言語化する技術が、
推しを語ることの光の部分だとしたら、
イン・ザ・メガ・チャーチは推しを語ることの闇の部分。
すごくわかりやすいね。
だからそこをちょっとセットで読んでほしいなというふうに思っていて、
イン・ザ・メガ・チャーチの本の話になっちゃうけど、
あれは、いわゆるおしかつを仕掛けるマーケティングというか、
おしかつを仕掛ける側の人とか、
あとおしかつにハマる人とか、
かつてハマってた人みたいな、
主要な登場人物3人を描いていく。
それでおしかつってなんだろうねみたいな話を、
小説の中で展開してるんだけど、
まさに闇の部分というかね。
えぐいよ。すごくえぐい。
で、やっぱり現代社会をさ、
今、世の中的におしかつってやっぱり、
一般的な言葉に結構なってるし、
推してるとか推しがいるってちょっとこう、
ともすれば、うらやましがられるというか、
幸せに見えるというか、みたいな。
世の中だけれど、その闇の部分というかね。
っていうのがイン・ザ・メガチャーチで描かれていて、
へー。
その光と闇というか、
かたや実用書、かたや小説ではあるんだけど、
それはぜひね、ちょっと合わせて読んでほしいなっていう。
イン・ザ・メガチャーチで一番好きな、
好きなって言っちゃダメなんだけど、
闇の人みたいになっちゃう。
アクセーが主人公の一人として出てくるんですよ。
めちゃくちゃおしかつにハマってて、
それがハマったのが、最近よくある
アイドルのオーディションもの?
100人ぐらい応募者がいて、
上位10人がデビューできますみたいな、
オーディションものって今すごい多いのね。
デビューした後も、一気に人気にならないと、
改めてまた売れないといけないから、人気にしたい
っていうときに 動画の再生数とか 超大事だから YouTubeの動画の再生
数とかが初速でどれぐらいいかない ととかがある
おだしょー 回さないといけない 回さないといけない
しばやん だからどうしたかっていう と 大学のパソコンルームみたいな
のに自分しかいなかったから 100台 ぐらいバーって全部電源つけて
全部に別のアカウントでログイン して 全部で再生するっていう
おだしょー そう
のをやって その写真を撮っちゃ って 一回SNSに上げちゃって 炎上
しかけて消すっていう そこは見て ほしいんだみたいな 私はこんな
に頑張ってるんだよっていうのは 見てほしい それがダメなことだ
っていう感覚が曖昧になっちゃ ってるっていう
しばやん そうだね ホストにハマる 人の話みたいな感じ
だね
おだしょー でもイメージは近い かもね 自分が支えてあげてるみたいな
自分が役に立ってると思いたい という感覚はあるだろうな
しばやん 多分そのスインザメガ チャーチにハマっちゃう人たちは
月を言語化できてなかったんだろう なっていうのもあるかもね
おだしょー そうだね 月を言語化 する技術っていうのは 結局ある
意味で自分の輪郭を明確にする っていうことが一つの趣旨だと思う
しばやん 自分の感想を大事にして ほしいんだもんね 三宅さん的には
おだしょー そう そこを丁寧に やりましょうっていう話で それが
ちゃんとできてればそこまでのめり こまないといったらあれだけど
自分という存在がちゃんとあり つつの押すっていうような距離感
を保てるんだろうけど それがない と本当に自分の一部というか
しばやん なるほどね
おだしょー まさに自分だみたいな
しばやん ちょっともうやっぱ依存 的な感じになってしまうと時短
の区別もつかなくなって その闇 の部分が広がっていくと
おだしょー そう まさに だから やっぱ客観視 その自分について
明確に知ることってメタ認知という かさ 客観視の方法論だと思って
いるんだけど それができないと そういうin the megachurchの世界観
になるよねっていう意味で まさに 表と裏というか
しばやん でもなんかこう 取っかかりやすい
感じがするよね その自分が好きな ものに対して どうして自分が好き
かを今一度考えてみて 自分の言葉 でしていくっていうのがさ 多分
メタ認知とかももっといろんな 手法というかさ もっと哲学寄り
なとこが入り口だったりとかさ きっといろんなアプローチある
と思うけど ある種すごく入りやすい感覚 があるから
おだしょー そうだね なんか好き いわゆるin the megachurchぐらいのめり
込んで押すものじゃなくて 単純 に自分が好きな対象について
をちょっと言語化してみる試み っていうのはさ 結構気軽にできる
と思うし まあそれこそなんだろう 無意識的に例えばチロとさ写真
の展示とか行って これいいねみたいな なんでそれがいいんだろうっていう
のをちょっとこう理由つけたり とかさ なんかそういうレベル
からでも全然いいと思うし 最終的には この好きを言語化する
技術の本のほうではやっぱりゴール はブログsnsとかポッドキャスト
もそうだけどとかで好きなもの について人に伝えるっていうこと
を目的にしている まあそのプロセス を通して自分を知ろうというか
自分を理解できるよねっていう 話をしてるんだけどさ 好きを言語化
することの結構軽く見てるという かあんますごく考えないことでは
あるんだけどこれをするとメタ 認知の訓練になるというか
なるほど
そうそうで引いてはそういう職場 のストレスみたいなものとか人間
関係悩みみたいなものに対して の体制が身につくなと思って
確かにしっかり自分を確立する ことはそのストレスマネジメント
もね
そうそうそうそう
できるようにもなっていくんだ きっとね
確かにね 好きを言語化というか 多分感情とか思いとかを言語化
することで内省するっていうのは あるもんね
そうだね
まさに日記とかは本来そういう ものだよね多分
保育士さんだけじゃなくて本当は 子どもたちにも伝えていきたい
テーマの一つなんだろうなっていう のは聞いてた
そうだね
うん
それぐらいコミュニケーション の基盤というかメタ認知の入り口
のところとしてやっぱ分かりやすいん っていうか
そうそう
どうしてそう思ったのか自分が どう思ったのかを言葉にするっていう
のがさ
確かにアンパンマンの登場人物 で誰が好きかとかね そんな話で
いいわけだからね
要事記にすごい大事なとこでやっぱ そこある種もう発達の段階で自
他の区別がない状態から初めて 自分と他人が別れてでまあ嫌味
属性と人たちはそこからさらに また戻っちゃうような感じなの
かもね
うんうんうん
戻っちゃうというかねより曖昧 になっちゃうところだけどそこで
ちゃんと自分と他人が区別して あって自分の気持ちはちゃんと
言葉にしないと相手には伝わり にくくって
うん
でだし自分自身もその人のことを 読み取ろうとしないと読み取れ
なくってみたいなところが4,5歳 というか5,6歳とかの発達の課題
としても大きくあると思うんだ けど
うん
だからそこをちゃんとこう分か ってその言葉をかけてあげられている
保育士さんともう一緒に分かんな くなっちゃって一緒に感情的になって
しまうタイプの保育士さんとだ とやっぱり前者の方が子供たち
のそういった非認知能力的なスキル みたいなところやっぱり伸びて
いきやすいだろうし
うん
うん
だから
そうだね
いたずらに自分が感情的になって それこそ感情労働みたいな感じで
疲れちゃうみたいなリスクも 減らすことができると思うと
確かに
日常的にスキを原稿化していく っていうことがいろんな他方面
に自分を守るためにそして相手 に伝えるという技術を獲得する
上でも重要なとこだっていうのは すごい保育にマッチしてるなと思い
ました
ねなんか今チロが言ってたことで その感情労働って改めてキーワード
として出てきたけど
うん
なんかそれを聞いて確かにって そこまで俺読んでる時に考えて
なかったんだけどさ
感情労働をしてる人ってやっぱり 自分の感情と違う表情を作る
というかみたいなことが求められる から疲れるのであってここで言ってる
スキを原稿化するはその自分の 感じたことを素直に言葉にできる
だけするっていうことだからさ ある意味で対処療法的である
かもしれないけどそういう疲れてる からこそ自分の感情と違うアクション
を取り続けてて自分がよくわかん なくなってしまうみたいなこと
に対しても改めてちょっとリハビリ 的に使えるなっていうふうにちょっと
日常のそういうこんがらがった 感情を解いてくれる日記もやっぱ
そうだよねきっと
そうだと
そういう要素というかあると思う けど日常的にやってみたいなちょっと
思うかね萌実さんと一緒に
そうだねなんか本当にもう全然レベル 感としてはピン切りというかさ
どこまで丁寧にそれをやるかって いうことだと思うけどすごいライト
にやろうと思えばすごいライト にもできることだしそれでいて
やっぱ自分の理解を深めるみたいな ことにつながっていくからなんか
ちょっといきやすくなるかな って
本当に
いやでもせっかくいい本のお題 だったんで最後にそのおのおの
これ好きだなとかこれ嫌いだな とかちょっと言語化しておくとか
をやってみても面白いかなと思 った
いいじゃないですか
ですけどちょっと僕からいいですか
是非是非
もちろん
じゃあ河地さん
想像力が行き届いてるものが好き なんですよ
おーいいね白く出たね
これは逆に言うと想像力が行き 届いてないものが嫌いなんですよ
何の話を今からするかというと 異世界転生の話をするんですけど
すごい意気があるね
はいはいはい異世界転生
なんでパリル時間
すいません早めに終わらせます 異世界転生あるあるで異世界承認
ものっていうのがあるんですね 商人ってビジネスパーソン的な
意味の商人ですこれが何をする かっていうと異世界というファンタジー
世界の素材とかを空間みたいな とこに送り込むと日本のお金に
代わってそれで日本のものが買え ますとかあるいはそれが直接お金
として出てきますとかあるいは 異世界のお金を送ると日本のもの
が買えますみたいな感じでだいたい 日本のおいしい食事とかで無双
するみたいなのがあるんですけど これ人材のこと何も考えてないん
ですよ異世界のお金というもの が減ってるからマクロで見たときに
お金が減ってるのでお金の価値 が上がっちゃうよねとかインフレ
とかで触れたよねみたいなことを 一切考えてない
そんなところで経済学部が出て くれたね
僕小学部なんですけど
小学部
小学部
原理で探してるってことだよね
日本のAmazonの売り上げが上がってるん だとしたらそれは外貨とか世界
に存在しない金の謎の売り上げ ってものが生まれてるわけじゃない
ですかこれはどうじゃあ税的に 扱うんですかとかそもそも質量
保存の法則っていうものがあって みたいなのを考えてたまにそれ
を考えてる主人公がいるのこれ やりすぎるとよくないなみたいな
経済に影響を与えちゃうからあん まやりすぎないようにしようとか
考えるのよいんだけどだいたい 無視してガンガンやっていくみたいな
のを見ると想像力足りてないの かなって思った
めちゃくちゃポイント面白いな
逆の想像力が生き届いてるなって 思うのは割と僕は現実の漫画の
やっぱそういうのは多いという か現実を舞台にした
異国日記っていう漫画が死ぬほど 好きなんですけど
言ってたなめっちゃ泣いてたやつ でしょ
そうなんですこれは僕映画の実写 映画を見に行ったときに冒頭3分
でこの後起こること全部思い出して 泣くっていうことを
だいぶ言っちゃってる
まだ泣くシーンじゃないのに全部 思い出してもう号泣し始めるっていう
ぐらい好きなやつなんですよ
すごいよねこれはすごい
これって15歳の子供が両親が死ん じゃって交通事故でおばに預け
られる始めたらおばに預けられる っていうところから始まる2人の
共同生活みたいなお話なんだけど 大人ってこうだよねみたいな価値観
を持ってる子供と大人ってそういう もんじゃないよって教えるおば
みたいな話がやっぱ生活ってそう じゃんみたいな大人になってわかる
けど子供のとき思ってた大人って あれは親の一種でしかなくて親の
仮面であっていざ我々も30代とか になってくると人間なんだっていう
のがわかってくるっていうのを 早めに15歳とかに教えてあげられる
っていう状況ってすごくいいんだけど とはいえ15歳からしたらなんか嫌な
大人だなみたいな
うるせえなって感じ
うるせえなみたいななんか全然 掃除とかしないし日常生活遅れない
しお母さんだったらこんなこと しないのにみたいなところになる
よねっていうこの想像力が行き 届いてるというか全部存在しない
2人なのにキャラクターを作り 上げてちゃんと物語としてなっている
っていうところが僕は本当にあり そうなものがやっぱ好きなんだ
なって
なるほどリアリティというかリアリズム というか
そう
へえ
なるほど
想像力が行き届いてる作品がなんか その人の価値観とかが見えてきて
好きっていうのがあります
めちゃくちゃ言語化できてるじゃん
すごい
言語化でしょ
さすが
言語化だから異世界でインフレ とか考えなきゃやっぱ嫌いだし
めっちゃおもろい
そう
本当おもろいわ
うん言語化が上手だからこそキレ 味が鋭くて
キレ味鋭いね
ザクって
あれはねやっぱ許せないよねもっと 考えろよって思うよ
ぜひ世に広めてほしいねそれをね
いいね異世界物読んでそのマクロ 経済考えちゃうっていうのがちょっと
面白いね
いや他にもいっぱいあるんだよ 本当はそのピンと魔法の世界だったら
遺族社会に本当になるのかとか
文化的な考察まで
なんか日本が世界の歴史をなんで 辿るんだってピンと魔法があったら
絶対別の支配形態になるだろう なのでなんで王政なんだとか
なるほどね
そういうのを考えてくれてる方 が好きですね
なるほどねそういうとこのリアリティ というか
そう
なるほどおもしろい
全然自分にない感覚に
確かに
おもしろいなああいう場が脳死で 読むもんだと思って
そうそう
いや日本はそうよ基本はそう読ん でるんだけどやっぱ気になっちゃう
でしょ
気になっちゃうんだよねそれはもう 完全に個人的な思考だもんな
だいたい故障が高く売れたりする のがイギリスだから
そう故障が高く売れるね
でもさ故障が高く売れるっていう 文脈は腐ったいみたいな文脈が
あって価値があるからだけど魔法 とかがある世界でなんで故障の
価値があんのみたいな
そういうこと
そういうところに気になっちゃう みたいな
おもしろいねなんかやっぱそういう 仕事をすりゃいいもんね
僕やっぱりホスピタリティが高い 空間だったり人だったりはすごく
好きだなと思うしもうかわじさん の真似をするとそこに配慮が欠ける
ところってあまり好きじゃない と思いますね同じ手法で言っちゃう
と
配慮が欠ける
ホスピタリティというかサービス の室みたいなところになっちゃ
うんだけどなんかこう狙った空間 があってさここはこういう空間
としてこういう風に物を売って っていう統一されたデザインで
あったりそこで働く人の雰囲気 とかも含めて違和感がない空間
場所商品含めそこに違和感がない とすごく心地よいんだけど例えば
そういうオーガニックな柔らかい 北欧な雰囲気のお店にいる店員
さんがめちゃめちゃチャカチャカ しててなんかしかもちょっと嫌な
感じとかだとすごく嫌なのよみんな そうだと思うけどよりそこにすごい
ストレスを感じるというかだから 本当にすごく高級ホテルみたいな
帝国ホテルぐらいが立派なところ の人が立派じゃないとすごい落胆
してしまうというかだったりして 傾向が自分にはあるなっていう
のを最近よくわかってきてある人 だから別に期待してなければ何
でもいいんだけどやけに期待させ といて出てきたご飯がすごく別に
普通とかだとそれが全然期待せず 出てきたらもうちょっと自分の中で
星4ぐらいつくのに期待させるだけ させといてこれ出てきたら星2
とか3の評価になっちゃうなっていう その自分のバイアスのかかり方
がねなんか正確にあってでなんか それって何でだろうなみたいな
いろいろ考えてったらそれだけ 特にそこで働く人のほんのちょっと
ホスピタリティがあるだけで僕は そこがすごく緩くでできちゃう
なっていうのがあって結局ホスピタリティ 高い人の言動であったりサービス
が見ていてとても清々しいしなんか そういったことは全然配慮しない
でも仕事はちゃんとできてるし 完璧だし何も卒はないんだけど
心は感じないタイプの人はあまり 仲良くなれないなっていう感じ
する
なるほどね
ホスピタリティっていうのは何 気回しとかそういう意味合いなの
なんかこれはねおもてなしの心 と言うととても平たいんだけど
でもそれこそその人の好きがちゃんと 拝見されてる人ならいいんだと思う
別に見てくれがとかじゃないなんか その言葉遣いがとかでもないし
なんとか別に見た目がいかつか ろうが優しさだろうが別に関係
なくてでもその人がプライド持って これが好きだと思って売ってる
商品だったりこれが美味しいと思って 作って出してくれる料理だったら
もう全然好きなのそれをでもなんか そこになんかそこまでそのプライド
ないだろうみたいなそれを売ってる のにも関わらずそのなんていう
か商品としてはそういうプライド がありますみたいな雰囲気で
醸しておきながらそれを提供する 人間にそのプライドがないとすごく
なんか嫌なの
へー
そこまでやりきってほしいなって すごい思っちゃうというのは
これは僕の癖ですね
好きというかもはや癖の話になって くるよね
確かにあんまりその作り手の意思 重いとかで考えたことなかった
な逆に言うと出たものだけで判断 してるから
確かにいやでもチロの話はより 何か生物に近いとかそこも面白い
なと思ったのが多分作品要するに 紙媒体何にせよその作者そのもの
が見えない作品に対して感じる というよりはチロが想定してる
シチュエーションとか環境って 基本的にはそのサービスの話
だから人が見れる前提だなと思 ってそれがまずおもろいなと思
ったかな
確かにそう結局なんかねあんまり お前は人に興味ないだろと言わ
れがちだけどどっちかと人にしか 興味がないぐらいな感じなんじゃない
かなっていう気がする
本当に
まあっていうことにしとこうかな
じゃあ最後高谷さんに聞いて終わり にしよ
木を言語化するという意味で何かな と思ってケイタとかが言ってる
のと同じぐらいの中小度の感じで 言うと多分俺が好きなのは人間
をドラマとかあらゆる作品は基本 的には人間を描くものだと思うん
だけどさなんかその人間を描く 中で人間の業がちゃんと作品にある
かどうかっていうところが結構ある なと思ってて逆にそれをまあさっきからの
フォーマットでいくと嫌いなもの って考えたときになんか例えば
人間の綺麗なとこだけを描くもの とかなんかご都合主義感のある
作品というかそんな綺麗なもん か人間ってみたいなところで
なんかいいとこだけとって綺麗事 みたいにしようとする作品はマジで嫌いだね
なるほどね
人間のちゃんと闇というか弱さも 含めて間違いとか矛盾とか葛藤
みたいなものがそういうのって 得てしてなんか登場人物多い作品
が多いなって俺は思ってるんだけど 自分が好きな作品って
いろんなその葛藤とかのシチュエーション があってでも人間一人でその葛藤
が生まれるわけじゃなくて関係性 の中でそういう弱い部分嘘ついちゃう
とかなんか自分を守りに入っちゃう とかっていうのが関係性の中で
ちゃんと描かれてる作品はかなり 好きだなって
もちろんその異世界モノも読むし 異世界モノでそこのマクロ経済を
気にしたことはなかったけどなんか 趣旨合わねえなって感覚はあるんだけど
あんま気にして読んだことはない なと思って
そうだね異世界モノ読むときに 気にしたら負けだもんね
そうそうそう
全部ご都合主義だもんだよな
異世界モノ好きだけどなんかそういう ジャンルとして
パック考えないためのジャンルとして 好きだけど
確かに
だからリフレッシュとか疲れてるときに 読むのねすごくいいなって思うし
そうだね
俺も別に普段から気にしてるわけじゃない
たまに見るとなんか嫌だなって思う だけよく考えたらそうだよな
世間とか高く売り続けるみたいな話ある
三者三業