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2026-01-28 41:02

#73 感情労働の未来とは?脳科学から学ぶ保育者のための感情コントロール術

現役保育園看護師のチロ先生と高校の同級生たちによる保育の情報ラジオ「ホイクベースラジオ」。

今回はチロ先生が脳科学者・恩蔵絢子さんの著書『感情労働の未来〜脳はなぜ他者の見えない心を押し量るのか〜』を紹介します。

「感情労働」とは、CAや看護師、保育士など対人職において、自分の感情をコントロールしながら働くこと。本書では、脳科学の視点からこの感情労働を深く掘り下げています。

番組では、感情労働における「表層演技」と「深層演技」の違いについて議論。思っていることと違う表情をする「表層演技」と、自分の解釈を変えて感情そのものを調整する「深層演技」。最新の脳科学研究によると、実は表層演技の方が疲労が溜まりやすいことがわかってきたそうです。

また、感情が人間の意思決定に深く関わっていること、子どもの感情教育においてまず大人自身が自分の感情に気づけているかが重要であること、そしてAIが発展する時代において「感情労働」こそが人間に残された強みであることなど、保育者にとって示唆に富む内容が盛りだくさんです。

子どもと関わる全ての方、そして感情を使うお仕事をされている方にぜひ聴いていただきたい回です。

▼「ホイクベース」ダウンロードはこちらiOS版⁠⁠https://apps.apple.com/jp/app/%E3%83%9B%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%B9/id6503190795⁠⁠

Android版⁠⁠https://play.google.com/store/apps/details?id=com.hoikubase&hl=ja⁠⁠

▼ラジオの感想、質問などは以下フォームよりお送りください。⁠⁠https://forms.gle/99JjK5eacPnjN7YAA⁠⁠

BGM : MusMus

サマリー

ポッドキャストでは、感情労働の未来に関する書籍『感情労働の未来』が紹介されており、脳科学者の温蔵綾子が感情の定義や感情労働の重要性について論じています。また、感情が意思決定に与える影響や、最近の脳科学の知見に基づく感情労働の理解が深まっています。このエピソードでは、感情労働についての理解を深め、特に保育士における表層演技と真相演技の影響を考察しています。また、最新の脳科学から得られる知見に基づいて感情のコントロール方法にも触れています。このエピソードでは、感情労働の重要性とそれに伴う感情教育について論じられています。保育者が感情を正しく認識し、適切に表現する方法を学ぶことが、自己認知と他者理解の基盤となることが強調されています。このエピソードでは、感情労働の未来やEQの重要性について議論し、測定可能性と感情労働の関係が探求されています。

感情労働の紹介
こんにちは、保育園看護師の千朗先生こと佐藤です。
新規事業の力で日本を開国せんとす、合同会社黒船の木曽です。
同じく、黒船の河地です。
僕たちは高校の同級生3人で、保育業界の新規事業を作ろうと日々頑張っております。
このラジオでは、2026年から僕たち3人で、保育士さんの皆さん、保育関係者の皆さんにも
ぜひ読んでほしいなーって思っている本を毎週紹介しながら、
いろんなことをお話ししていきたいなーと思ってやっていこうと思っているラジオです。
はい。
ちょっとね、挨拶の文言が変わりましたが。
そこまでカッチリしたものはなかったです。
あのね、いつも河地さんがいろんな本を紹介してくれてるんですけど、
たまにはというか、これから僕とか高谷さんもね、ちょっと文字回りで、
ぜひ本を紹介していきたいなというところで、今回は私、佐藤が紹介をさせていただきたいなと思うんですけれども。
ちょっとあの、普段ね、もし聞いてくださっている方がいたら、河地さんほど僕、要約力ないので、
ちょっとお手柔らかにお願いしたいんですけれども。
全然いいんじゃない。
じゃあ抗議文届いたら面白いよね。
いや本当に、それはそれでありがたく頂戴します。
ありがたい連絡だよね。
今回ね、僕が紹介したのは、感情労働の未来っていう本ですね。
感情労働の定義と特徴
感情労働の未来。
サブタイトルに、脳はなぜ他者の見えない心を押し量るのかっていうのがついております。
脳はなぜ見えない心を押し量るのか。
押し量ろうとするか、人は。
押し量っていきたいと思いますので、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
この本、脳はなぜって書いてあるとこからもご察しの通り、脳科学者の温蔵綾子さんという方が執筆されている。
脳科学者の方なんだね。
認知症のね、お母様との。
認知症の母と脳科学者の私っていうのがすごいヒットしたというか。
NHKのスペシャルですごい反響を呼んだそうで。
そうなんだ。
脳科学者の母が認知症になるっていう著書があります。
結構その認知症界隈のところでひらたくとバズったという。
そんな脳科学者の方がおかけになった感情労働についての本だったので。
僕なんか、いつだか撮ったラジオで感情労働について一回取り上げたことあるような気がする。
それよね、昔4日の回で保育士さんっていうのはね、感情労働の仕事なんだみたいな。
頭脳労働と肉体労働とも違うみたいな話したよね。
すごいちゃんと覚えてる。
覚えてるよ。
感情労働って名のつく書籍って俺あんまり見たことなくて。
そこそこ大きめな本屋行ってもそんなに目立っては見ないんですよね、なんとなく。
まあそうだね。
たまたまこれ10月に、昨年の2025年の10月に初版で発売されてる。
出たばっかりなんだ、まだ。
比較的新しくて、すごい興味深いなと思って読んでみたっていう感じなんですけど。
そもそも感情労働って何ですかっていうと、改めてどういう説明になるの?
一応この本でまとめられているところで言うと、
ホック・シールドっていう人が最初に定義した用語、言葉で、
すごく平たく言うと感情を使うお仕事ですって言うとちょっと雑すぎるんだけど。
1983年にその言葉を作ったんだね。
一番最初この言葉を作った時はCAさんだね、キャビンアテンダントさんが、
どんな人、迷惑な客が来てもしっかり笑顔で対応するみたいな、
そんなところから感情をある種管理されている中、
こういうふうに振る舞うべきっていう、自分の感情とは違う感情を表現するというか、
っていうところに対価が発生するっていうところに感情労働っていう言葉を作った時に、
定義されたっていう感じになったね。
感情を発することに対価がっていうのが、僕や木曽くんは多分もう千代先生話してるからイメージつくけど、
改めて例えるとしたら、工場で働く人っていうのは確かに機械が相手だろうから感情は発しない。
けど飲食店で勤務するその従業員、接客の従業員の方とかは、
楽しそうな顔とか丁寧な振る舞いとかで感情を出して働いてるよねみたいな違いとかそういうことなのかな。
それもそういう触れ方でも大まか間違ってはないかなとは思うんだけど、
じゃあなんかこのホックシールドによる感情労働を求められる職業に共通する特徴っていうのも書いてあって、
基本的にその対面あるいは声による顧客との接触が不可欠だというところ。
要はお客さんがいて、直接あるいは電話とかでのやり取りがまず発生しているところと、
他人の中に何らかの感情の変化を起こさせねばならない。
ちょっと言い方あれだけどね。
自分の感情ではなく他人の感情を何か変化させるところなんだ。
というところと、3つ目に雇用者側、会社とか企業側が研修だったり管理施設を通じて、
その労働者の感情の活動をある程度支配しているっていうこの3つの条件とか特徴があるよね。
これ感情労働を求められている仕事にはというふうに書いてある。
感情の影響と未来
なるほどね。難しいね。
その定義だと飲食店はどうなんだ?飲食店スタッフは当てはまる?
ちょっとさっきの話になっちゃうけど、結局感情労働っていう言葉としてはあるけれども、
感情作業みたいな用語として捉えられているものの中には、それこそ子育てだったりとか、
結局人間関係みたいな人と人との関わりの中で、
いやをなく感情労働的な場面はたくさんあって、
この本の中でもしばしば出てくるところとしては、それがやっぱり軽視されているというか、
決してそこが大切に思われていないというか、軽く見られているということは書いてあるからね。
そこまで認知されている。
この人は農家会社だから、農の働きとしては、
そういった支援とか看護師、あるいは保育士とかももちろんそうなんだけど、
のやっている労働的な感情の使い方と、日常生活における子育てしかり、
それこそ認知症のお母様とのやり取りしかり、
そういうところにも感情労働的なことはたくさんある。
で、なんかね、一個面白かったのは、
それこそ就勤する人、取り立て。
これ感情労働だって最初に言っていて。
そうなんだ。
だってブチ切れながら金を取り立てなきゃいけないじゃん。
まあ、そっか。
そっちの面もあるんだな。
なんとなく嫌な客に対してニコニコしてるみたいなイメージがあったんだけど、
脅かすような恐怖心を与えて、目的を達するみたいな周期員とかも、
感情労働的でもあるっていうのが、ちょっと面白いポイント。
その本自体は、感情労働ってこういうものですよ、みたいな本がありつつ、
どういう主張というか、どういう理屈というかみたいなのがあったりするの?
なんかその感情労働っていうところを切り口に、
そもそも感情とはどういったものなのかっていうのを、
脳科学の視点から今ある、一番新しい知見を全部持ってきて、
感情ってのはこういうものだっていう定義づけから始まって、
感情労働に対する紹介とか、
結局脳がどう人の心を理解するのかっていう、
脳科学の視点からいろんな研究があって、
そことAIだったり、チャットGPTだったり、
この現代のいろんな大規模言語モデルですか、
そういったものが感情を理解できるのかみたいな、
そういう考察だったりとか。
結局今この世の中、SNSがすごくたくさんあるじゃないですか。
その中で私たちってすごく疲れてるっていうところ。
これって結局どういう状態なのかっていう考察を含めて、
将来的に未来の感情労働ってどうなっていくのかっていうのを、
全て脳科学の視点から書いているので、
やっぱり参考文献がすごい。
文献がすごい。
150とか170とか、
155だった。
論文とかがすごい量使っていて、
全部で200ページちょっとぐらいの本なんだけど、
膨大な研究の成果が、丸4、5年かけて書いた本みたいで、
勉強になりました。
西千代先生が読んでる中で一番印象に残ったというか、
これ一番グッときたなとか、面白かったなとかのあったりするの?
最近それこそ今年度特に保育園の中で健康教育としてね、
看護師がする子どもたちへの取り組みとして、
感情教育っていうのをすごいちょっと力を入れてやってみた年なんですよ、
僕の中では。
そうなんだ、そういうタイミングに重なったんだね。
いろいろ感情についても、それこそちょっと論文読んでみたいとか、
いろんな資料を集めて、それこそIQじゃなくてEQを育てたいと。
エモーショナルQってなんだろう。
IQのQと一緒だと思うけど。
そのEQを育てていかないとなっていうところで、
いろいろ読んでいく中で、
感情というものに対する理解度がだいぶ自分の中では上がっていたところだったんだけど、
脳科学の視点から言うと、
感情ってどういうものかっていうのがやっぱり面白くて、
一番なるほどなと思ったのは、
人間の行う意思決定ってやっぱ感情が行っているっていう実際がすごい面白いなって。
なんとなくイメージつく、感情が意思決定してるっていう。
それはめちゃくちゃイメージつかないなって。
普通に保育とかじゃなくても、営業の仕事でもロジックだけで物を買わせるって無理だから、
結局最終的に買うか買わないかは感情で決めるよねって。
2Cもそうだし2Bもそうだと思うけど、
行動経済学とかそういうジャンルだとそういう話結構出てくるじゃん。
感情が意思決定させている。
一歩手前で考えれば、今営業の例でだけど、
論理的に考えてこう意思決定するべきじゃないかみたいな思想も、
第一段階としては当然分かりやすいよねっていうのもあるし、
でも本当はそもそももう一段階行くと感情だよねっていうのも分かる。
古代ギリシャに言わせれば意思というものはそもそもなくてみたいな議論もあって、
古代ギリシャに言わせればね。
さすが、ところが深いですね。
意思という概念がそもそもね、みたいな話もあるけど、
分からんのでもいいし、どうでもいいんだけど。
でも本当同じことを書いてあって、
さっき一般的なイメージで言うと、
最初カオジが言ったような、何かロジックで、
こうだからこういう決定をするみたいなところが、
そっちがなんとなく正しいようなイメージがあったんだけど、
具体的な脳科学の視点から、結局報道経済学も一緒だと思うんだけど、
感情によって意思決定が行われているんだと。
意識的にも無意識的にもみたいな、そんな話が書いてあって、
結局感情っていうものが、初めて何かした感情を始めた時に一番動くっていう特徴があるのと、
その感情が動いた時ってのは強く記憶に残る、記憶されるっていうところと、
感情はとにかく早い、移り変わりが早いというか、
どんどん変わっていくものでもあって、
それが個人差だったり文化差っていうものがある。
感情労働の基礎
この4つの特徴が書かれているのね。
さらにそれらが身体性を伴って行われていたりとか、
僕がすごい好きなテーマがてんこ盛りって感じだった。
なるほどね、個人的な興味を持ってテーマがすごい盛り上がった。
好きだなーっていうものがたくさん書いて、なるほどなーっていうのが多くて。
なんかね、ホクシルドが言ってる感情労働の中の表層演技と真相演技というのがあってね、
表層演技っていうのは顔とか声の表面だけ、
取得に合わせる。
要は笑顔でいましょうと言われてニコニコしてるみたいな。
そういう表層演技。
そういうのが表層演技で、
逆に真相演技っていうのは自分が本当に感じていることを書き換えて、
なんか無理やり笑うとか、無理やり怖い顔をする。
だから本当に感じていることと表出していることとの間に、
表層演技の場合はギャップがあるけど、真相演技の場合はギャップがむしろ、
そのギャップをなくしているみたいな、そんな感じ。
それって今ちょっと気になったけど、
俳優とかっていうのはどういう扱いになるんだろうね。
この2つを組み合わせてやってるんだと思うんだよね。
本当に没入が、表裕型の俳優さんみたいなのは、
それを真相演技まで持っていくし、
ね、そういうことだよね。
幅広い役を率なくこなすタイプは、もしかしたら表層演技でがすごく上手みたいな感じがあるのかもしれない。
面白いね。
これらがその感情労働の手段して。
で、なんかこの表層演技、真相演技の中で、
なんとなく看護師としては、
燃え尽き症候群、ワンナウトってやっぱり学校でも習うぐらい、
重大な、なんていうか、メンタルのケアが必要な場面で、
やっぱ対人援護職に多いと思うんだけど、
なんかその企業、要は看護師として核あるべきとか、
保育士として核あるべきみたいなところが、
どんどんどんどん内面化していってしまう。
自分、こうあらねばならんみたいなのをやって、
やり続けた結果、ある日急に燃え尽きてしまう、みたいなのってあると思うんだよね。
で、なんかその中で、なんとなくイメージ、
表層演技の方が真相演技、
要は自分が本当は思ってなくても笑っとくぐらいなことをしてる方が、
深く自分もそう思うからそういう表現をしてる人よりも、
深刻じゃないっていう見られ方をしていたんだって。
表面的な感情の表現をしている人の方が、
なんか軽いと思ってたんだけど、
最近の研究だと、表層演技をする人の方が疲労が激しいっていうことがわかってきたらしく。
要は自分の気持ちと表現するものとのギャップがある方がやっぱり、
疲労するっていうデータが出てきてるのかもしれない。
保育士における演技の影響
感情労働っていう括りで、括りと対人援護職っていう括りが、
ニアリーイコールと思って今話を聞いてるけど、
なんかその話でいくと、基本的に保育士さんとか対人援護職の人たちっていうのは、
その表層演技的なものを強いられる環境にいるっていうこと?
やっぱりイメージがあるじゃない。保育士さんっていつもニアリーイコールをしていてとか。
子供に思った通りぶち切れるわけにはいかないですね。
そうそうそうそう。
そうだよね。
なんかある種、自分の気持ちとは違うという表現をやっぱりしなきゃいけない場面って多々あるじゃない。
そういった意味ではやっぱりそれは表層演技に値するのかなと思うんだよね。
で、なんかその最新の脳科学の中で、
その深層演技、保育士で言った深層演技って、
自分が本当に感じたことはあるけど、状況だったり自分の考えを改めて見直すことによって感情を書き換えるっていうのが、
深層演技の本質だと。
深層演技が俺いまいちわかんねえな。難しいな。
やったことないと思う。
思った通りに生きてるっていうこと?
そうそうそうそう。平たく言うとそうだよね。
深層で演技、演技、感情を書き換える。
ちゃんと読んでみないとわかんないな。
カヤスはほら、感情のコントロール自体はすごく上手だと思うんだけど、
自分に嘘をついてまで何か他人に表現するってことはそうそうないじゃないですか。
そうだね。
でもそれって社会には結構求められるスキルですよね、河内さん。
すごい。トーマスに社会人向きじゃないみたいな話をされてる。
まあでも、ほらユキのその、面白くなくても笑ってると楽しい気持ちになるみたいな。
表情が先に。
レベル引くみたいなことなのかなという解釈はしたというか。
その飲食店で働いた時にさ、
僕もバイトとかしてた時に、別に楽しくはないと思ってたんですよ最初。
そのやってる間とかは。
やって楽しいって感じではなかったってことね。
そうそうそう、とか別に仕事だろうなみたいな感じだったんだけど、
やってるとそのお客さんのためにみたいな感覚がちょっと気づいたら出てくるみたいなのは自然とあると思うんですよね。
今この瞬間はこの人たちに喜んでほしいなみたいなのが生まれるみたいなことは往々にしてあるような気がするから、
そういう類なんじゃないかなというのは何となく聞いていて思ったかな。
真相演技っていうのはそういうこと?
そうそうそうそう。
演技っていう単語がちょっと作為性が強いから引っ張られてるけど、
行動で感情まで変わっていくみたいな感覚だとしたら理解は何となくするなというふうに聞いていたかな。
なるほどね。
まあこれが合ってるかどうかちょっとわかんないんだけど。
ね。
たぶん合ってると思う。
表装演技、真相演技はちょっとちゃんと調べてみたいな。
表装演技はたぶん本当に嫌で嫌でしょうがないんだけど顔だけ笑ってるみたいな状態が必要ない。
脳科学に基づく感情コントロール
けど心の底からお客さんに喜んで欲しくてとか、
お客さんならば今目の前の子供を笑わせたくて楽しませたくてみたいなのでやるみたいなのなのかもね。
ね、難しいなんか前提となってるのがなんか心の状態としてその表装演技はさ、
ごめんねなんか全然感情労働とかじゃなくてその表装演技、真相演技めちゃくちゃ気になってるんだけど、
表装演技はまず前提がさ、
自分が思っていることと違う表情とか違う表質をするっていうことじゃん。
真相は思っていることと違うわけではないけれど、
あ、OK、じゃあ49ページ読み上げますね。
そうだね、わかりやすくね。
表装演技。
ウェイトレスさんと思ってください。
あなたは今ウェイターさん、ウェイトレスさんです。
表装演技ってお客さんからね、ちょっとウェイトレスさん来てみたいな感じで言われたときに、
表装演技をもしするのであれば、
こいつうぜえなって思いながらも、
あ、はい、かしこまりましたってニコニコしながら行くが表装演技。
それはウェイトレスとしてこういうふうに笑ってやりましょうねって仕事だから言われてる。
接客のルールとしてね。
そう、で真相演技はちょっとウェイトレスさんって言われたときに、
あ、もしかしたらこの人はウェイトレスさんの呼び方を知らないだけの人で腹を立てる必要はないんだって思い直して、
ちょっと怒ったんだけど自分でそれをマネジメントして怒りを抑えた上で、
はい、行きます。
っていうのが真相演技。
だから、最初に湧き出てきた感情としてはなんかイラッとするとか怒るとかって一緒なんだけど。
一発で一緒だけど、ちょっとメタニチ的な。
そうそう、解釈というか問題解決的な、
なんていうか、心の働きをさせるのが真相演技としてフォックシールドは定義してる。
なるほどね。
逆に今のはポジティブな解釈で持ち直してお客商売だからポジティブなコミュニケーションだけど、
お客さん、失礼な態度を取られてめちゃくちゃブチギレてブチギレた態度のままぶつかるっていうのも、
それはそれで真相演技が出た競争の結果みたいなことだよね。
こいつはもう敵だって一気に思い込んで、いきなり胸ぐらをつかみにいくみたいなことをしたとしてもそれはそれで真相演技。
一個解釈を乗っけて改めて自分の感情を作って出すみたいな感じかな。
そういうことだね、プロセスが1個1個とか。
こいつは失礼な態度を取ったからぶちのめしていいみたいな思考を入れたらそうなるし、
別にポジティブなこととは限らないよね、その真相演技っていうことは。
それこそだから最初に言った取り立て屋みたいな人たちも、
もう勘弁してくださいって言われてる人に対して、かわいそうって一瞬思ったとしても、
いやいやいや、金取り立てなきゃいけないから、んだこらって言いに行くみたいな、
それもある種の真相演技なんでしょうね。
なるほどなるほど。
そういうメタ認識的なプロセスがちょっと入るのが真相演技ってことなんだね。
求められる感情の表出、感情の動きみたいなものをギャップを持ったまま表現するか、
そのギャップを埋めて何かちょっと一工夫二工夫してからそれを出すかみたいなところに違いがあって、
ギャップがあるのなんかそこのあれを揃えることが。
そうそうそうそう、そのなんとなくギャップを埋める作業の方がなんか大変そうで疲れそうなイメージがずっとあったのに、
そのギャップを持ったまま表現する方が実は疲労が溜まりやすいっていうのが最新の認知化だった。
なるほどね。
そういうことか。
面白い。
この本読んでてそこが一番、あ、そうなんだって思ったポイントかもしれない。
仕事は仕事だからって言って別に楽しくもなんとかないけど笑ってるみたいなことする方が実は疲れるんだよみたいなところがある。
個人的な感覚としてはそりゃそうだろうって思うんだけど、思ってることと違う状態でいる方が疲れないっていう。
あなたはそうでしょうね。
でもそういうことか。すごく理解した今の。
たまたまさ、僕、キソさん、チロ先生含め、あんまり周囲に普段仕事に関わる中でそういうことをする人っていないからそうじゃん。
そうだね。
多分一般論としてそういうことをする人が多いわけじゃん。
表装、演技をせざるを得ない人っていうか無意識にしてしまう人。
そうだね、無意識的な方が多そうだよね。
で、その結果実は疲労してるみたいなのって多いんだろうね。
問題はその逆に気づかない人の方が疲れちゃうってことだよね、きっと。
そうだね。
長子の理論とかを知らずにやっぱり結局その感情労働っていう言葉がそこまで浸透してないことにも関係あると思うけど、
そこは大事に思われてない、その重要性というか意思決定にも関わるようなその感情の働きについてやっぱり正しく理解されていないだったりとか、
感情教育の重要性
そこまで評価されない部類、できて当たり前、感情のコントロールができて当たり前だっていう認識がどうしてもこの文化圏社会の中では大きくある。
大人たるものみたいなスタンスがちょっとあるよね、社会としては。
これは面白いね。
面白い。
子どもたちにそういった感情教育をやっていく中で、改めて自分がどういうふうに育ってきたかをそこではあんま思い出せないんだけど、
どういうふうに学んできたか、でも感情をやっぱりどう表現すべきかとか、
自分のこの感情ってじゃあどういう言葉なのかっていうところを正しく知らないと、それは正しく表現できないよなっていうのが最近よくなんとなく分かってきて、
やっぱり子どもたちに繰り返し、いやこの時の気持ちってこうだよねとか、じゃあその気持ちに気づいたってことはじゃあ相手はどうだったのか、
自分の気持ちに気づいて初めて相手の気持ちを押し量ることができる、その心の理論みたいなものもそうだけど、
結局は自己認知でありメタ認知みたいなところから、初めて他者が理解できる。
で、他者を通じて自己を理解できるっていうところに戻っていくんだけど。
めちゃくちゃ今聞いてて難しそうだなと思ったのはさ、感情教育ってめっちゃ難しそうだなと思って、
特別なことをしないで普通にやっていけば一定あるものとは思うんだけどさ、
大人、教える側自身が自分のその感情と表出のギャップとかに気づいてない人がさ、
要するに子どもより大人にそれが必要なんじゃないってすごくそれは。
我々の世代っておそらく意識的に感情教育を受けてきた世代ではないはず。
それこそ昭和の我々の父母、もっと上の世代ってさらにそれがより色濃いじゃない。
だから感情を上手に扱えない、コントロールできない、
特にそれが社会では何かうまいことやってて見えて家庭では全く持ってできてませんみたいなタイプ。
すごいステレオタイプなイメージとしてあるんじゃないですか。
そういったのがいかに影響を及ぼしているのかっていうのがよくわかるね。
こういう本を読んでいても。
保育者の感情労働
なるほどね。
感情労働っていうとその言葉の響きとかそれ自体がすごく新しい、
比較的新しい目な考え方だっていう風なところに囚われちゃってあれだけどさ、
なんか囚われちゃうんだけど、
シンプルになんか自分の感情にまず大人自身は気づけているのかっていう問いかけな気がするよね。
話し聞いてて思ったのはね。
いや確かにね、その真相演技の根本が自分の感情を変えることだっていうのをさらっと聞いてたけど、
それ簡単なことなのかなとか思っちゃうもんね。
それができたらさ、ストレスもなくなるだろうしね、本来。
そうそうそうそう。
一般的に言うと、よく聞くメッセージ性は逆だなと思ってて、
自分の心に素直になろうとかはさ、ちょっとチンプだけどよく表現じゃないですか。
それはそれで真相と表面を揃えるっていうのがいいのかもしれないけど、
それってさっきの通り反射的にムカついたら殴っちゃうってことじゃないですか。
そういうことだね。
社会性を犠牲にするというか。
そういうことだね。
そういうことだ。
だから多分違くて、それに合わせた今のシチュエーションに合わせた感情を作り直さないといけないんだよねっていうところの把握は確かに難しそうだよね。
正直なこと言うとね、自分も子供育ててて、
こいつの今の息子の失敗めちゃめちゃ可愛いなみたいな、
もう将来笑い話だなみたいな場面でも本人は本気で怒ったり本気で泣いたりしてるわけで、
そこで俺がただヘラヘラしなきゃいけない、
別にいいじゃんとか言って言っちゃうとすごい傷つけちゃいそうっていうのが場面としてある。
で、やっぱ親としてしっかり伝えなきゃいけない。
別にどうでもいいじゃん、お友達のことぶん殴ったらいいんじゃない別に、
ぐらいに思ってても、人のことを叩いてはいけないよってメッセージは伝えなきゃいけないって時に、
そのまんまやっぱ思ってるけどそうじゃないからって表層演技的に取り繕って言ってしまうと、
親側もやっぱストレスが溜まっていく、保育者も同じように溜まっていくんだけど、
お二人が言ってたみたいにそこがやっぱ難しいところで、
そこに対してやっぱ、今俺こういう気持ちだな、でもやっぱ子供にはこういう風に伝えなきゃいけない、
そのためにはこうであるみたいな、
親層演技に寄っていくような工夫であったり、そういった認知力みたいなものがあればあるほど、
自分にストレス少なく、でも適切な表現をして返してあげられる。
で、そうした表現をたくさんやってもらうことで、
その子供の心とか感情というものが育っていく。
で、こういう風に表出するんだ、こういう気持ちなんだ、
だからお友達はこうなんだっていうのを理解していくっていう、
そういう順序なわけだよね。
そこに、やっぱりすごく教育ってところは追いついていないだろうし、
追いついていないからこそ、今すごい大事だっていろいろ言われてきて、
取り組んでる小学校とかもやっぱ出てきてるんだよね、
E型、SE型みたいなものを。
なるほどね、なんか、
感情の未来
それやるならまず生徒にやるより先生たちにやったほうがいいけどね。
そう、本当に本当に。
だからこれを保育者に読んでもらいたいなという理由はそこで。
なるほどね、非常に納得感がありますね。
特にやっぱり、女性の職場なのでね、
看護も保育も、どうしたって感情に波はあるでしょうし、
感情的にもなりやすいでしょうし、
それは致し方なく。
でもその中でちゃんとその感情を使いこなせているか、
感情に踊らされていないか、みたいなところは、
すごくテーマとして重要だと思うのね。
やっぱり子どもとのやり取りで、
実際にその演じに何か心ない一言を言われたとか、
何回言っても伝わらなかったり、
もう全然気持ちが通じ合わなくて、
どうしようってなって困っちゃうというケースって、
絶対保育者ならあるはずなんだよ。
誰でも経験があると思う。
そこで泣いて、自分自身が泣いて終わるんじゃなく、
その感情をどうしたら、
そもそも自分はこの感情にちゃんと気づいているかみたいな。
どうして涙が出ているのか。
そこにね、ロジック的にというか、
メタニッチ的に理解していくことが、
結局は自分を理解することが、
子どもを理解することにもつながっていくっていう、
そんなメッセージ性もあるなってちょっと思ったよね。
なるほどね。確かに。
もちろんこれは保育者だけじゃなく、
一般のビジネスパーソンもそうだと思う。
それこそは意識。
そうだね。感情がある全ての人にって言ったら、
結局同じようなこと言ってるよな。
そんだけAIが発展してきて、
いろんなね、それこそ肉体労働的なところで言ったらさ、
もう24時間365日で機械が動けるわけだから、
動画やるよりもよほど早く正確にいろんなものが作れる。
そうだね。
だし、その頭脳労働的なところで言えばね、
我々では計算し得ないようなことがスーパーコンピューターではできる。
いろんなものが人間よりも上手にできるようになっている中で、
感情労働だけは今のところまだ人間が一番得意な分野なのよ。
うんうん。
尿化学的にも。
で、そこに人と人がこれからも生きていくためのヒントが隠されている気がするし、
将来的に感情労働、この感情を上手に使いこなせる、
ストレスも少なくいろんなことができるっていうところが、
すごく価値になるんじゃないか、みたいなところで結して終わってるような感じ。
うーん。
人が人を育てる、人として生きていくために
どうしたって必要な感情っていうところにフォーカスしたとても素敵な本でした。
というのが私の今回の紹介でございます。
なんかこういうことに困ってるとか、こういう悩みがあるとか、
こういうことを知りたいみたいな人にはオススメだよ、みたいなのあったりする?
単純に感情っていうものをちょっと体系的に知りたいみたいな方であれば、
勉強になるなと思う。僕はすごい勉強になるなと思う。
子どもたちに感情教育っていうのをいろいろ進めていく中で、
分かりやすい本ってあまり多くないか。
どうしても心理の分野に寄りすぎて、
そこまで行くと違うなとか、
発達と感情がうまく組み合わせているものってそうそう多くない。
でもそもそもだから人間の感情的なものに興味を持っている人にはオススメって話だよね。
シロ自身がそうであるようにってことでしょ。
そうそう。で、やっぱりなんか、農科学って面白いじゃないですか。
分かってないな。
勉強、生物が好きな人。
そうそうそうだな。僕の興味ど真ん中だったって感じ。
だしやっぱりね、僕は自分が比較的感情労働は得意だし、
それこそIQよりもEQの方が多分高いと思うんだよね。
単純に頭の良さよりも人の感情の日々に気づくとか、
そこに何かうまいことを適用するみたいな方が割合小っちゃい結果は得意で。
そこに対して確かに評価、そこを評価されたり、
それに対して何か対価を得たりっていう経験はあまりないから、
ちょっと悔しいなと思っていたって。
なるほどね。
うわ、それおもろ。いや、なんで今それおもろが一気に来たかというと、
最近聞いたラジオで、古典ラジオの深井さんという方が、
今の市場主義的経済というか、市場経済っていうものが、
別に深井さん自身もうまく乗れているし、悪いとは思ってない。
90%は正しいと思ってるんだけど、
10%ぐらいやっぱバグがあって、
そのバグが何かっていうと、
計測し得ないものを評価できないことと、
中長期的に価値があるものに投資ができないっていうこの2個だって言ってて。
今のチロはまさにそれだと思って。
なんで俺は環境を変えた方がいいって思ってるかっていうと、
環境を変えるって結果が見えるじゃん、良くも悪くも。
それでめちゃくちゃ荒れてチームが弱くなりましたは負の結果だし、
そのめちゃくちゃ荒れなくて逆に良いように作用してチームが活力になりましたってなる結果だし、
これは計測できる。
環境を変えようというアクションをするっていうことは計測ができる行為。
だけど感情を自分でコントロール。
感情って計測できないじゃん。
によって労働したんだよって言われても、それ何やったか分かんないし、
結果も出てないじゃんみたいになっちゃって。
騒動もあって何かしらのエネルギーを使っていているはずなのに、
感情労働とEQの関係
その外部環境が計測できないというものであるがゆえに存在してないになるみたいな概念。
ここにもあったなぁと思って、繋がってちょっと面白かった。
まさにアート、クラフト、サイエンスの関係性に近いものがあるよな。
メジャラブルなものじゃないと評価されないっていう仕組み。
ある種、この著者も言っているように、
こんだけAIが解説できてこれからももっともっと進んでいく中で、
人間としてIQよりもEQの方が、EQが高いことの方がより評価されるような
そんな社会にもなってくるのではないかと。
実際そうなってるんでしょう、というところも含めて。
本当に何か数字化できるものではないから、難しさはたくさんあると思うんだけど。
でもお互い感覚的に。
EQがもたらされるようになっちゃっても、人間の満足度とか、
働きやすさとか、何年働くかとか、チームの生産性みたいなメジャラブルなもの、
測定可能なものに影響があるよねっていうのが出たからだと思っているので。
結局そこから逃れられてないっていうことですね。
結局測定可能性が故にっていうところを逃れられてないから、
やっぱり2個あって、測定可能性があって、
測定可能性の中にいかに感情労働というものを乗せられるかっていうのもある。
今まで測れなかったものを測れるようにするっていうのもあるだろうし、
やっぱり測れないんだけど評価するみたいなことをどう設計するかみたいなのもあるよねっていう。
感情労働の未来
それ評価ってむずいね。
そうね。
ありがとうございます。私からは。
感情労働というものを乗せられるかっていうのもあるし、
ありがとうございます。
私からは感情労働の未来という本をちょっと紹介させていただきました。
ありがとうございます。
ありがとうございます。ちょっとね、いろいろつたない部分も多かったと思いますけども、
ぜひ全然0.1割ぐらいしか話してないので、
読んでみていただきたいなと思いました。
というわけで、今後もこんな感じでいろんな情報を発信しつつ、
考えを垂れ流していくラジオをお送りしたいなと思っているので、
GoogleフォームのURL書いているので、感想、質問ぜひぜひ送ってみてください。
お待ちしております。
ご静聴ありがとうございました。
ありがとうございました。
バイバイ。
41:02

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