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2025-02-12 31:55

#35 環境が子どもに与える影響はどれくらい?保育園看護師チロ先生と考える幼児期の過ごし方

現役保育園看護師のチロ先生と高校の同級生たちによる保育の情報ラジオ「ホイクベースラジオ」。


今回のラジオでは、「環境が与える影響」をテーマに、大人社会の起業・新規事業の話から子どもの育ちまで幅広く語ります。

高級保育や習い事づくしの園と、公立のわいわいした園との違いはあるのか? 幼少期に大切な「土台づくり」とは? チロ先生の保育現場での経験や、自身の幼少期の思い出などを交えながら、「子どもにとって最適な環境」を一緒に考えてみました。


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BGM : MusMus

サマリー

今回のエピソードでは、保育園看護師のチロ先生が環境が子どもに与える影響について深く考察しています。子ども時代の環境の重要性や、保育期間の体験が一人の人間の土台をどのように作り上げるのかについて掘り下げています。また、乳幼児期の過ごし方や保育者の役割が子どもたちの成長に与える影響を考え、一緒に過ごすことの重要性が強調されています。さらに、幼児期の環境が子どもに与える影響についての考察が行われ、保育の重要性や幼少期の経験がどのように人生に影響を及ぼすのかについて理解が深まります。

環境の影響を考える
こんにちは、保育園看護師のチロ先生こと佐藤です。
合同会社黒船の河津です。
本日は、セントスキソは海外出張中ということでお休みでございます。
というわけで、僕たち高校の同級生3人で、保育業界向けの新規事業を作ろうと日々頑張っております。
特にこのチャンネルでは、現役の保育園看護師である僕、チロ先生が日々考えている保育や保健の情報を中心に、
保育士さん、保育園看護師さん、あるいは小さい子さんを育ての保護者の方に向けて発信できたらよいなと思って続けているラジオでございます。
今日は僕がまたちょっとチロ先生と話したいなということを持ってきてまして、
先に言うと、環境が与える影響みたいなものがどれくらいでかいのかみたいなのを話したいなと思っています。
環境が与える影響がどれくらい大きいか。
環境というものがどういうものかも含めて、いろいろ話したいなというところなんですよね。
すごい、どうしてそれを話したいと思ったんですか?
それも冒頭に話そうと思っていたんですが、先にちょっと言ってしまおうかな。
すごい、じゃあ先に言っちゃいましょう。
言っちゃいましょうか。
よろしくお願いします。
じゃあちょっと予告通りに、なんでそれを持ったかという話を先にするんですが、
軽く補足していくと、僕自身は全く保育システムとか保育業界で働く人間では全くない、
どちらかというとITのベンチャー企業で働いてますみたいな人なんですけど、
全く違う業種ですね。
そうですね。
いろんなインフルエンサーの方のYouTubeを見たり、逆に最近YouTubeを撮ったりみたいなことも、
千代先生のも含めですけどね、やってるんですけど、
いろんなお話を聞いていると、とある企業家の方、
ビジネス系インフルエンサーと呼ばれる企業とかスタートアップとかに詳しいような方が話してたんですけど、
その方40歳くらいで、
40歳。
その方自身は一応会社員というか、企業に勤めながらではあるもののスタートアップに話すことが多かったり働くことが多いという方で、
その方といわく企業家とかスタートアップで働くような人と、
自分の学生時代の同級生とが全然違うみたいな話をしていて、
例えばベンチャーの社長さんとかに新しい企画をこれやりませんか?みたいなことを言うと、
結構もうノールックでというか、もう二つ返事でやりますっていう人が多いと。
一方でその40歳くらいの当時学生時代同級生だった人たちに、
その人たちも40くらいになってくるとビジネスとしてのキャリアは結構あるからさ。
管理職人とかになってたりするとかで結構経験はあるはずなんだけど、
そういう人にやろうよみたいなの言っても、誰もやってくれる人はいないと基本的に。
悩む人がいると。
検討する、悩む、考えるって言って、そっからやってくれた人は一人もいないんだよねみたいな話をしていて。
へー、そうなんだ。
これってその人の能力というところが大きいというよりは、
正直僕はこう、環境というかどういう場にいるかの方が大きいんじゃないかなという気がしていて。
これってその、僕の友人で今起業してますとか、
今日ね、セントスキスも一応自分で会社を立ち上げてっていうのって、
僕とチロス先生は一応やったことない側の人間だから、
それで生きていけんのかって不安が勝つじゃないですか。
確かに。
でもやってみると意外と平気なんだよねってみんな言うんだよね。
なんか聞きますね。
そうそうそうそう。
これって結構その実は能力差よりどこの環境でどう生きるかの方が、
人間のやれるやれないの認知への影響ってでかいんじゃないかなっていう気がしていて。
って思った時にこの環境で、もちろん大人になってもあんだろうけど、
子供の頃とかの方が影響値でかいとかないのかなと。
なるほどね。
すごい極論で言っちゃうけど、超高級、お習い事だらけの高級な保育施設ですみたいなところと、
効率のバチャバチャっとしていろんな人がいる保育園ですみたいなところとで、
何か変わるみたいなことが起きるのかどうかとか、
保育と個人の成長
どのあたりの家でそういう環境違って影響度が大きいんだろうなーっていうのがちょっと気になったなという話でした。
非常に興味深く、そしていろんな本来専門家がいるであろう分野がある。
そうだね、専門的なことを言うと難しいだろうけどね。
なんかアカデミックにきっと語れるところがたくさんあるんだろうなっていう気がするけど、
確かにね、その環境、自分がいる環境だったり、時代とかも含めていろいろあるでしょうけど、
どの切り口から行こうかっていうところですが、
あくまで保育園看護師の僕、チェロ先生として、
保育園で働く人間として思う環境が人にあたる影響というところで言うと、
そもそもその環境って何なんだっていうところから言うと、
人であったり、物であったり、物理的な空間であったり、
それこそさっき言ったような時代だったりとか。
地とかもあるよね。
特に田舎か墓地かとか。
そうそう、自然豊かか、それともビルの中の一角なのかとか。
要は自分の、自分というこの体の外にあるものは、
内的環境も含めてあると、本当自分も含めてだけど、
全てじゃないですか。
そうだね。
だから、環境が与える影響って、環境をどれに絞るかでまず、
きっと専門家がやいのやいの言うだろうなっていうね。
でもさっきのビジネスパーソンの話を聞く限り、
自分が働いている企業だったり、分野だったり、
やっぱその働き方みたいなことを思うと、やっぱり一緒にいる人間というか。
そうだね。
普段働いている人の何というか、属性と言うとちょっとあれだけど、
どんなタイプの人で、どんな仕事をしているのかっていうところが、
なんとなく大きいのかなって気はするけど。
うん。
でもそれで言うと、何というか、保育園、入院時期って、
もうそれこそそういう大人になった後、どういう自分として生きていくかの、
本当土台も土台を培っていく、とても大切な、
心身ともに大切な時期だと思っているんですらしい、
そういうふうにいろんな書籍でももう言われていると思うんだけど。
うん。
で、その中で思うことっていうのは、やっぱり一番大きいのは人なんだろうなと思ってます、個人的には。
ほうほうほう。
なんというか、どれだけ自然豊かな場所で育ったほうが、
そこで一緒に関わる人が、じゃあ無機質なタイプの、
全然自然とかに造形もなく、なんというか興味もなく、
人に興味がないような人しか周りにいなくて育つ子どもと、
例えばビル群の中で育ったとしたって、
いろんな自然のことを知っていて、ちょっとしたことでも気づいてシェアしてくれて、
人と人との関わりを大切にしてくれる大人の中で育った子どもだったら、
おそらく後者のほうが自然というものを大得してというか、
自分の中にちゃんとあるものとして育っていくんじゃないかな、
という感覚がなんとなくあるんです。
ほう。
で、それを思うと、やっぱり置かれた場所というか、
どうしたって子どもたちは自分の場所を選べない、親の都合というか、
言い方悪いけどね、都合という、
どうしたってそれは自分で動いてどうにかできるものじゃないけど、
でも、一保育者としては、僕はいろんな子どもと関わる中で、
良い大人でいようというよりは、
なような人間の中の一看護師、一保育者として、
オリジナリティを持って関わりたいなというのは、
そこが良い影響を与えられたら、
というか、良い影響を与えるというか、
どうしたってマイナスにもプラスにも影響を与えるんだと思うんだけど、
少しでもその子の人生の何か糧になればよいな、
という気持ちではいるんですよね。
はい。
はい。
少しでもその子の人生の何か糧になればよいな、
という気持ちではいるんですよね。
そうだよね。
これ、今さ、ちょっと言葉を捕まえちゃうようだけど、
しろん先生の中では良い影響と一回言ってしまった、
良いというわけではないみたいな話があったけど、
何が良いかっていう話も当然あるよね。
はい、そうそうそう、そうなんだよ。
なんかでも、
おそらく保育の目的みたいなものに立ち返るとさ、
僕もちょっとしろん先生に教えてもらって、
本とかをちょっと世の中にやり、
すごくざっくり言ってしまうと、
社会の一歩目をみんな踏み出すための土台を作るみたいな形じゃないですか、
保育が目指すものって、社会生活を行う一歩目を、
みたいなものが一応保育としてはあるけど、
それが良いんだっけとか、
良い悪いとか、それだけでいいんだっけとかもあるよね。
うん、なんか色々ね、それこそ時代が変わって、
子供にも人権がちゃんとあるんだっていうのが分かって、
そうなっていくと逆算的に、
じゃあより良い社会を作っていく位置、
国民として必要なものはみたいな、
なんかある種そういう計算があった上で、
保育の指針とかだってできたのかな、
それだけじゃないんだけど、
そういう意図だってあってもおかしくないじゃないですか、
じゃないと国力としては、
どうなっていかないわけだし、
そういう意図があることは全然、
むしろ健全だと思うんだけど、
主としてね、人間という主として。
なんかでも、僕もどっちかというと、
川尻と同じような感じで、
なんか、社会性がなんぼのもんじゃいっていう気もちょっと分かるというか、
必要だしね、大切だし、
それを学んでいく期間だということも十々承知しているんだけど、
なんかある種強烈な個があるのであれば、
なんか俺はこれを極めたいみたいな気持ちがね、
その個の中にあるのであれば、
なんかそっちを伸ばしてあげたいなんてちょっと思っちゃう。
まあ、なんていうか、それがね、どうしたって今は、
イヤレグレーだとか発達障害だとか、
いろんな方向で認知されるようになって、
名前がついたがゆえに数も増えているとは思うんだけど、
なんか正直なことグレー、いわゆるグレーと言われる、
診断はつかないけれど、
そういった社会性に例えばちょっと課題があるとか、
そんなような子供は今も昔にたくさんいると思うんですよ。
そうだね。
変な話、自分だってグレーだと思えばグレーな気がするし、
あの、千としきその彼女も、
なんていうか、我々高校時代を共にした仲間たちの半分ぐらいはグレーで、
グレーだと言われればなんかうなずけるぐらいな人も周りにたくさんいるし、
むしろ全くグレーだと思う。
むしろ全くグレーじゃない綺麗に育っている子の方が、
なんかこの子は将来どこかで急にグレたりとかしないかなみたいな、
ちょっとそのそばそばしちゃったりも思っちゃうし。
そうだね。
あの、昔知り合いが、友人が、
お父さんが精神科の先生、お医者さんだっていう方がいらっしゃったんですけど、
環境と子どもの成長
その人が、そのお父さんから聞いた話だとやっぱりこう、
精神科医から言ったら、
病気、精神的な病気、病気って、
パキッと分かれるものじゃないので、
そうだね。
もうみんな大なり脳炭があるだけで、
大なり症内にその症状はあるっていう考えがあるらしいね。
そうなんだ。
その通り。
特に精神科はそれが分かりやすい。
分かりやすいというか、
あの、そういうスタンスが、
スタンスが基本だなと思うね。
そうだね。それが、
形障害とかも一緒だね。
社会の活動に、何ていうか、支障を来すよねと、
決めざるを得なかったがゆえに、
ボーダーラインというものを引いた。
けど、このボーダーラインが、
社会によって定義するっていうのは、
むちゃくちゃあるよね。
今現状こういった、経済含め、
世界の実情含め、
こういった社会の中で求められる社会性っていうのが、
たまたまこうであって、
そこにたまたまマッチした人が上手に働いたら、
ある程度お金を稼げて、
でも、変な話で新しいことをやろうって言われたら、
いやちょっと考えるねっていう、
それが社会の正解だからそれをやってるけど、
ある種、新規授業とかをする人たちの方が、
そういったところにもどんどんやってみて、
変な話、好奇心と衝動性みたいなもんじゃないですか。
そうだね。
捉え方を変えればね。
衝動が強すぎて抑えられてないって言えるわけだからね。
だからある意味そういう、
これは全部人間の本質的なところであり、
人の能力がそこそこで活かされるべきものでもあると思うんだけど、
なんかちょっといろんな方向行っちゃったけど、
結局子供たちにも大人と同じように、
そういうキャラクターというか個性みたいなものは最初からやっぱりあって、
赤ちゃんの時からやっぱりあって。
で、ただそこに、
そういったことをいろいろ考えた上で、
そのお子さんのキャラクターを認めながらでも、
もちろん必要なところで社会性は学んでいく、
培っていく関わりを意識的にできる保育者なのか、
それとも、さあ、小学校に行くぞ。
さあ、みんな座るぞ。
さあ、せざして話を聞くんだ。
みたいなバリバリにやっていくタイプの人と、
っていう人的環境の差っていうのが、
もしかしたら小学校という場面においては、
そのバリバリやってくれた人の方が、
もしかしたらその場にはいれるのかもしれないし、
成績もしかしたら上がるのかもしれないけど、
将来的にその子がちょっと悪いに帰ったときに、
そこにすごく窮屈さを感じて、急に学校に行けなくなりましたとか、
逆に自由気ままに自分を認めてもらって、
座ってられなくたって別に認めてくれたっていう、
その時点がある子の方が、
ゆっくりで終わるかもしれないけど、
大人になってバーンと花開くかもしれない。
そういういろんな可能性を秘めている子どもたちとの関わりだから、
保育者と教育の役割
僕と働いている保育園という場所は、
難しいよね、あんまり短期的な、
そういった何かができるとか、
成績を取るみたいなところを歌っている、
活動みたいなものにはちょっと懐疑的。
増えているっていうね、そういう保育園の方が売れるというか、
いろんな、体操やります、英語やります、
音もやります、
親の代わりに習い事を連れて行きますとか、
全然あるのよ、だし需要もあるのもわかる、
忙しい友達だらけの家庭からして、
子どもにやらせてあげたくて、
でも自分たちにはなかなか時間が取れないから、
遠生活で行ってくれたらありがたいみたいな、
そのスキームはすごく理解できるんだけど、
今、この時期に本当に大切なことって、
どこなんだろうなっていうのが常々思っちゃう、
大事だよ、確かに、そういう習い事をしたりとかね、
英語を最初から喋れた方がもしかしたら、
上手に喋れるようになるのかもしれないけど、
英語とかプログラミングとか、
よく言うよね、体操とかプールとか、いくらでもあるよ、
それらを頑張ってやってる人たちを否定するものでは全くないけど、
でも、そこに重きを置いて、
乳幼児期を過ごすよりは、
今一緒に、笑い合える乳幼児期を一緒に過ごしていたいなって、
個人的には思っちゃう、
うん、そうなんだね、
そうなんだね、
なんかすごい、自分は割と楽観的だから、
そうやって過ごしたことによって、
将来この子は、それこそ英語を喋りたいとか、
あれこれやりたいってなった時に、
そこにチャレンジしていけるだけの、
気持ちというか心、そのゆとりみたいなものの種を今頑張って植えて、
頑張って水あげて、
まだまだ、
それが花開くまでは、よほど時間がかかるし、
本当にそれがね、最後までいけるかわかんないけど、
乳幼児期なんて、ほんと種まいて、
種まいて、
何でもいいからとにかくまいて、水あげて、
一緒に太陽浴びて、
ぐらいでいいんだと思ってるんですよね、
なるほどね、
それが最終的には、環境が、
与える影響っていうところでどうなっていくのかっていうのが、
やっぱデータも取れないしね、
子育ての難しさ
そうしたから、それだけじゃないから、
要素がね、複合的すぎるからね、
でも、
良い保育者でありたいなとは思うな、
今、千代先生が言ってくれたさ、
種をまく、植える、仕込むみたいな、
ものをさ、
多分千代なりには、
どっちかっていうと、
共に時間を過ごす的な意味合いなのかなと捉えたんだけど、
一方でたくさん習い事をさせるというのもあるしさ、
そうなんだね、
それはそれでね、
どれかがハマるかもしれない、
意外と自分が何やりたいかとか思わない子っていうのが、
いるかもしれない、やってみたら意外とハマるみたいなこともあるかもね、
みたいなのもあるわけだよね、
そうなんだよ、
そう、親のエゴじゃなくね、子供がやりたいって言って、
それを惜しみなくお金払ってやらせてあげる、
っていうスタンスだったら全然いいと思う、
し、
子供が実は割と消極的だから、
親が引っ張っていくところと思って、いろんなとこ連れ出して、
いっぱいやらせてあげるっていうことが、
実はその子のちゃんと肩になるっていうケースってもちろんあると思うから、
だから難しいんだよね、
っていうのが保育の難しいところで、
全てがケースバイケースで、全てがその子の、
なんていうか、
その子なりの、みたいなところがあるから、
だから親は悩むし、
子育ての悩みが永遠に消えないのは、
みんなそういうことだよね、きっと。
自分の子に置き換えると、ああでもない、こうでもないって言いながら、
気づいたら大きくなっていっちゃうっていうのが、
子育ての難しいところなんだろうな、
っていうふうにやってて思うけど。
これ難しいのがさ、
まあ僕は、たぶんさなきさん言ってると今、
子供がいるわけでもない意味なんですけど、
自分自身の認知としてはさ、正直その、
保育園での経験が今に来てるとか、
小学校の頃の習い事が今に来てるとかっていう、
実感は少なくとも全くないわけなんですよ。
だからその、
それを裏返すと、じゃあ何しようがどうでもいいんじゃね?
自分だけの主観だけで言えば。
そんなことしようがないんだよって思っちゃうんですよね。
俺の中でこれはすごい、すごくこう、
子欲というか、
綺麗に言うとだけど、
ある意味、記憶にも残らないぐらい、
覚えてもないぐらいな、
保育園生活だっていうことが、
実はすごく素敵なことなんじゃないかなって。
だってすごくこれが嫌だったみたいな、
お昼寝させられるのが嫌だとか、
みたいに千と月曽が覚えてるって話をね、
すごい前にしてたんだけど、
なんかそれがなく、
幼少期全然何も覚えてないけど、
今元気に生きているのであれば、
もうその幼少期はそれが正解だったんだって。
要はプラスの要因がなんか強くあるっていうよりは、
マイナスの要因がないということがすごく素敵なこと。
そっちのベクトルで考えてもいいんだろうなって気はちょっとして。
それはあるね。
その子の記憶に残らないぐらいでも自然にそこにあって、
その子の健康を守ってきた看護師が実はいたんだよみたいな。
エピソードゼロみたいな、
そんな活躍がかっこいいな。
千尋先生はそこに至ると。
うん、なんとなく。
その子の人生の物語を何光合に例えるんだろう。
なるほどね。
僕らはエピソードゼロの人間だから。
エピソードゼロってなんか大体、
最低でも10巻ぐらいまで出てからやるみたいなとこあるもん。
後々になって思い返してみたら、
親から聞いた話だけど、
あんた保育園でこの先生のこと大好きでずっと抱っこしてもらってたのよみたいな。
いやー、全然覚えてないな。
でもそこで抱っこしてもらったからこそ、
人との愛着関係がちゃんと形成できて。
確かにね。
そういう本当、
いやー、そもそも保育って儚い仕事だよね。
そうだね。
逆に、命に関わる可能性もあるから、
ミスしようといえばどこまでもミスできちゃうみたいな怖さもあるわけですね。
そうそう。
そこに求められる保育者としての倫理感とか、
ああ、本当高いものをね、求められてるなあという気はするね。
だし、求めたいしね。
そこを求めてやっていきたいしね。
なるほどね。
うん。
今ちょっと話してて思ったけど、
チロ自身は自分の保育園時代とか、
幼稚園なのか分かんないけど、
そういう頃の幼児の時代は覚えてるんですよ。
こういうのあったなあとか。
俺は本当にね、記憶が薄い方で、
あれだけど、でも幼稚園だったんだけど、
通ってたのが年中年長ぐらいの2年間ぐらいしか確か通ってなくて、
ほとんどなんか自主保育みたいな感じで、
お母さんと一緒にいるか、
なんかその近所の子供たちと一緒に遊ぶみたいなのがあって、そこにいたか。
だから、ずっと公園で走ってるか、なんか木登ってるか、
幼稚園行ったら行ったで、
行ってた幼稚園が本当自由保育のとこだった。
そうなんだ。
覚えてるのはね、
お弁当をね、ストーブで温めて食べるってことと、
当時ポケモンカレーとかが出てさ、
それをこうかけて持ってって、
幼児期の影響と印象
ストーブの前に置いといてみんなで温めて食べる。
溶けないの容器は?大丈夫なの?
ちゃんと溶けないステンレスもなんかだった気がする。
すごいね。
あと、卒園文集みたいな、
なんか卒園のなんかアルバムを、
なんか表紙を書いて、
俺絵心があまりないタイプの人間なんで、
なんかね、バッチを作る機械みたいな、
なんか当時ポケモンがやっぱ流行ってたから、
なんかポケモンのバッチを作る装置みたいなのをなんか書いたらしいのよ。
でも、なんか完成したものを見たらすごい、
それ上下逆さまでこう演じされてて、
あ、これ逆なんだよなって思った記憶がある。
学びがあったんだ、そこで。
覚えてるな、なんかそういうエピソードの思い出はあるんだね、いくつかね。
そうだね、なんか日々何したかとか、
誰とどういう風に仲良く遊んでたかとかっていうのは、
当時の記憶としてじゃなく、
ちょっと大きくなってから親から聞いた話とかで覚えてるみたいな感じだから、
あんまりないんだよね。
カワジはある?
だって物心ついたのは割と最近なんでしょ?
そう、僕は物心ついたのが23歳なんで、
ちょっと今覚えてないな。
小学生、中学生とかはあんまり、
高校生で僕とチロ先生は会ってるんですけど、
その頃まだ物心ついてないので。
あ、そっかそっかそっか。
あん時まだちょっと自分と人の境目がなかった。
そうなんです、そうなんです。
ようやくちょっと自他の境目が芽生え始めた頃だったので。
なるほど、なるほど。
よくやってたな、じゃあ。
確かにね。
なんだろう、あ、でも保育園の思い出ではないんですけど、
自分は昔から親からも言われてたんだけど、
兄弟が、兄が言ってるんだけど、
お兄ちゃんにはずっと寝る前に霧絵とか、
お絵かきとかを見せたりやらせたりしていた。
だから、お兄ちゃん絵がめっちゃ上手い。
フラフラっと絵描けるし。
みたいなタイプだけど、
ちょっと次男の僕にはもうなんか、
絵描くのとかめんどくさいから、
父親がその、
1たす1はなんだ、2。
じゃあ、2たす2は4。
4たす4は8みたいな、
2の劇場をひたすらやるっていうのをやらせてたらしくて。
1024とかまで頑張っていったりとかしてて。
おー、すごい。
だんだん、これはちょっと覚えてるんだけど、
小学校がいつだったかわかんないけど、
少なくとも小学生以下、
小学校低学年以下の頃から、
101かける99はなんだ、
Aプラス1かけるAマイナス1のかけ算みたいな、
方程式の、
A二乗ひく1か。
そうそうそうそう。
これはA二乗ひく1になるんだよっていう、
そういうものを解かせようとしてきて。
へー。
とか、101の事情はなんだ、
これは100たす1に分けてとか、
させられて。
方程式なんですか?
だから、中学生の時に苦戦回収があったんですよ。
これかーって。
これかーってなるっていうのがあって。
へー。
そういうのがあった結果、僕は結構数学とか好きになりましたね。
そうだね、なんか文系の皮被った理系だもんな。
ほんとに。
そうなんだー。
パズルとかも延々とやらせたみたいなの言われてたけど、
確かにパズルも今でも好きだし、
一人で問題と向き合って解くみたいなのが好きっていうのは、
確かにあったかもなーって思いますね。
面白いね。
やっぱりそういう環境が大人になってちゃんと影響してるのが、
大人様にそうだね。
面白いねー。
やらせるかなー。
そう、大人の労力が楽っていうのがおすすめポイント。
保育の重要性
1たす1は、2たす2は。
電卓さえスマホで用意するときは無限にできるんで。
確かに確かに。
あっという間にいっちゃう。
面白い。
いやー、この手の話はあれだね。
永遠にできるね。
そうだね。やろうと思えばもうちょっといけるけど、
だいぶ尺的に止めつつあるみたいなところがあるからね。
そうですね。
総括すると、
結局保育はすごいって話ですね。
お得意の。
お得意の。
全て保育に繋がっていくんですよ。
新しい宗教みたいな。
僕も保育園の思いであんまないとか言っておきながら、
幼少期の経験が意外と生きてるんだっていうことを話しながらね、
気づけたし。
自覚した。
物心ついてなくても影響あるんだっていう。
そうそうそう。
だからやっぱりこの幼少期に関わる保育者が担っている、
その子の人生のすごい大切な時期を共に過ごしているっていうことを思うと、
やっぱり保育園看護師もっともっと専門性を向上させて、
役に立てるように何かやっていけたらなっていうふうに思っております。
そうですね。
ぜひ保育園看護師の方とか保育士の方とかは、
そういうすごくいい仕事なんだよって改めて言うと。
マジで最強。
最高。
いい仕事だと思うんだけどな。
とりあえず。
というわけで、今回はちょっと緩いラジオになりましたが、
今後もこんな感じで保育園看護とか保育園保育に関する情報を中心に発信していきたいなと思っています。
ぜひ概要欄等でGoogleフォームのURL書いているので、
感想や質問を送ってください。
お待ちしております。
ということで、セントス夫妻会でしたが、
ザックバランに環境が人に与える影響についてちょっと話してみました。
ぜひ感想ください。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
31:55

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