すごい、どうしてそれを話したいと思ったんですか?
それも冒頭に話そうと思っていたんですが、先にちょっと言ってしまおうかな。
すごい、じゃあ先に言っちゃいましょう。
言っちゃいましょうか。
よろしくお願いします。
じゃあちょっと予告通りに、なんでそれを持ったかという話を先にするんですが、
軽く補足していくと、僕自身は全く保育システムとか保育業界で働く人間では全くない、
どちらかというとITのベンチャー企業で働いてますみたいな人なんですけど、
全く違う業種ですね。
そうですね。
いろんなインフルエンサーの方のYouTubeを見たり、逆に最近YouTubeを撮ったりみたいなことも、
千代先生のも含めですけどね、やってるんですけど、
いろんなお話を聞いていると、とある企業家の方、
ビジネス系インフルエンサーと呼ばれる企業とかスタートアップとかに詳しいような方が話してたんですけど、
その方40歳くらいで、
40歳。
その方自身は一応会社員というか、企業に勤めながらではあるもののスタートアップに話すことが多かったり働くことが多いという方で、
その方といわく企業家とかスタートアップで働くような人と、
自分の学生時代の同級生とが全然違うみたいな話をしていて、
例えばベンチャーの社長さんとかに新しい企画をこれやりませんか?みたいなことを言うと、
結構もうノールックでというか、もう二つ返事でやりますっていう人が多いと。
一方でその40歳くらいの当時学生時代同級生だった人たちに、
その人たちも40くらいになってくるとビジネスとしてのキャリアは結構あるからさ。
管理職人とかになってたりするとかで結構経験はあるはずなんだけど、
そういう人にやろうよみたいなの言っても、誰もやってくれる人はいないと基本的に。
悩む人がいると。
検討する、悩む、考えるって言って、そっからやってくれた人は一人もいないんだよねみたいな話をしていて。
へー、そうなんだ。
これってその人の能力というところが大きいというよりは、
正直僕はこう、環境というかどういう場にいるかの方が大きいんじゃないかなという気がしていて。
これってその、僕の友人で今起業してますとか、
今日ね、セントスキスも一応自分で会社を立ち上げてっていうのって、
僕とチロス先生は一応やったことない側の人間だから、
それで生きていけんのかって不安が勝つじゃないですか。
確かに。
でもやってみると意外と平気なんだよねってみんな言うんだよね。
なんか聞きますね。
そうそうそうそう。
これって結構その実は能力差よりどこの環境でどう生きるかの方が、
人間のやれるやれないの認知への影響ってでかいんじゃないかなっていう気がしていて。
って思った時にこの環境で、もちろん大人になってもあんだろうけど、
子供の頃とかの方が影響値でかいとかないのかなと。
なるほどね。
すごい極論で言っちゃうけど、超高級、お習い事だらけの高級な保育施設ですみたいなところと、
効率のバチャバチャっとしていろんな人がいる保育園ですみたいなところとで、
何か変わるみたいなことが起きるのかどうかとか、
どのあたりの家でそういう環境違って影響度が大きいんだろうなーっていうのがちょっと気になったなという話でした。
非常に興味深く、そしていろんな本来専門家がいるであろう分野がある。
そうだね、専門的なことを言うと難しいだろうけどね。
なんかアカデミックにきっと語れるところがたくさんあるんだろうなっていう気がするけど、
確かにね、その環境、自分がいる環境だったり、時代とかも含めていろいろあるでしょうけど、
どの切り口から行こうかっていうところですが、
あくまで保育園看護師の僕、チェロ先生として、
保育園で働く人間として思う環境が人にあたる影響というところで言うと、
そもそもその環境って何なんだっていうところから言うと、
人であったり、物であったり、物理的な空間であったり、
それこそさっき言ったような時代だったりとか。
地とかもあるよね。
特に田舎か墓地かとか。
そうそう、自然豊かか、それともビルの中の一角なのかとか。
要は自分の、自分というこの体の外にあるものは、
内的環境も含めてあると、本当自分も含めてだけど、
全てじゃないですか。
そうだね。
だから、環境が与える影響って、環境をどれに絞るかでまず、
きっと専門家がやいのやいの言うだろうなっていうね。
でもさっきのビジネスパーソンの話を聞く限り、
自分が働いている企業だったり、分野だったり、
やっぱその働き方みたいなことを思うと、やっぱり一緒にいる人間というか。
そうだね。
普段働いている人の何というか、属性と言うとちょっとあれだけど、
どんなタイプの人で、どんな仕事をしているのかっていうところが、
なんとなく大きいのかなって気はするけど。
うん。
でもそれで言うと、何というか、保育園、入院時期って、
もうそれこそそういう大人になった後、どういう自分として生きていくかの、
本当土台も土台を培っていく、とても大切な、
心身ともに大切な時期だと思っているんですらしい、
そういうふうにいろんな書籍でももう言われていると思うんだけど。
うん。
で、その中で思うことっていうのは、やっぱり一番大きいのは人なんだろうなと思ってます、個人的には。
ほうほうほう。
なんというか、どれだけ自然豊かな場所で育ったほうが、
そこで一緒に関わる人が、じゃあ無機質なタイプの、
全然自然とかに造形もなく、なんというか興味もなく、
人に興味がないような人しか周りにいなくて育つ子どもと、
例えばビル群の中で育ったとしたって、
いろんな自然のことを知っていて、ちょっとしたことでも気づいてシェアしてくれて、
人と人との関わりを大切にしてくれる大人の中で育った子どもだったら、
おそらく後者のほうが自然というものを大得してというか、
自分の中にちゃんとあるものとして育っていくんじゃないかな、
という感覚がなんとなくあるんです。
ほう。
で、それを思うと、やっぱり置かれた場所というか、
どうしたって子どもたちは自分の場所を選べない、親の都合というか、
言い方悪いけどね、都合という、
どうしたってそれは自分で動いてどうにかできるものじゃないけど、
でも、一保育者としては、僕はいろんな子どもと関わる中で、
良い大人でいようというよりは、
なような人間の中の一看護師、一保育者として、
オリジナリティを持って関わりたいなというのは、
そこが良い影響を与えられたら、
というか、良い影響を与えるというか、
どうしたってマイナスにもプラスにも影響を与えるんだと思うんだけど、
少しでもその子の人生の何か糧になればよいな、
という気持ちではいるんですよね。
はい。
はい。
少しでもその子の人生の何か糧になればよいな、
という気持ちではいるんですよね。
そうだよね。
これ、今さ、ちょっと言葉を捕まえちゃうようだけど、
しろん先生の中では良い影響と一回言ってしまった、
良いというわけではないみたいな話があったけど、
何が良いかっていう話も当然あるよね。
はい、そうそうそう、そうなんだよ。
なんかでも、
おそらく保育の目的みたいなものに立ち返るとさ、
僕もちょっとしろん先生に教えてもらって、
本とかをちょっと世の中にやり、
すごくざっくり言ってしまうと、
社会の一歩目をみんな踏み出すための土台を作るみたいな形じゃないですか、
保育が目指すものって、社会生活を行う一歩目を、
みたいなものが一応保育としてはあるけど、
それが良いんだっけとか、
良い悪いとか、それだけでいいんだっけとかもあるよね。
うん、なんか色々ね、それこそ時代が変わって、
子供にも人権がちゃんとあるんだっていうのが分かって、
そうなっていくと逆算的に、
じゃあより良い社会を作っていく位置、
国民として必要なものはみたいな、
なんかある種そういう計算があった上で、
保育の指針とかだってできたのかな、
それだけじゃないんだけど、
そういう意図だってあってもおかしくないじゃないですか、
じゃないと国力としては、
どうなっていかないわけだし、
そういう意図があることは全然、
むしろ健全だと思うんだけど、
主としてね、人間という主として。
なんかでも、僕もどっちかというと、
川尻と同じような感じで、
なんか、社会性がなんぼのもんじゃいっていう気もちょっと分かるというか、
必要だしね、大切だし、
それを学んでいく期間だということも十々承知しているんだけど、
なんかある種強烈な個があるのであれば、
なんか俺はこれを極めたいみたいな気持ちがね、
その個の中にあるのであれば、
なんかそっちを伸ばしてあげたいなんてちょっと思っちゃう。
まあ、なんていうか、それがね、どうしたって今は、
イヤレグレーだとか発達障害だとか、
いろんな方向で認知されるようになって、
名前がついたがゆえに数も増えているとは思うんだけど、
なんか正直なことグレー、いわゆるグレーと言われる、
診断はつかないけれど、
そういった社会性に例えばちょっと課題があるとか、
そんなような子供は今も昔にたくさんいると思うんですよ。
そうだね。
変な話、自分だってグレーだと思えばグレーな気がするし、
あの、千としきその彼女も、
なんていうか、我々高校時代を共にした仲間たちの半分ぐらいはグレーで、
グレーだと言われればなんかうなずけるぐらいな人も周りにたくさんいるし、
むしろ全くグレーだと思う。
むしろ全くグレーじゃない綺麗に育っている子の方が、
なんかこの子は将来どこかで急にグレたりとかしないかなみたいな、
ちょっとそのそばそばしちゃったりも思っちゃうし。
そうだね。
あの、昔知り合いが、友人が、
お父さんが精神科の先生、お医者さんだっていう方がいらっしゃったんですけど、