2025-08-25 20:18

#136 恩師ってどんな人? ゲスト:めいむーん(谷本明夢)

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「恩師」と「普通の先生」の違いってどんなところ?

あれこれ考えていたら「ギフト」という素敵なキーワードが出てきました。



《ゲスト:めいむーん/谷本明夢 》


高校時代数学0点から旧東京工業大学理学部宇宙論研究室に行った作家・ライター。 「数学セミナー」2025年4月号より #夫は数学者 連載中。物理を本気で楽しむ恩師との出会いで、人生が変わった人。数学者の夫と2人の子供と、東京→アメリカ→デンマーク→熊本→名古屋とほぼ世界一周。アメリカ・コペンハーゲン在住時には小学生を相手にサイエンスワークショップを主催。デンマーク在住時には、現地の教育に興味を持ち、訪問やインタビューを通じて教育と幸福度についての知見を深める。好きなものは家族、コーヒー、本、学者、懐手して宇宙見物。科学は推しです。


note「浪人時代の私が17年越しに起こしたちょっとした奇跡のおはなし」Meimoon | 谷本 明夢


https://note.com/meimoon/n/n4e8d7da71f52




《 つぼけん 》

大学の自主映画サークルで映像制作の面白さを知り、映像の制作会社に入社。カメラマンディレクターとして、北極🐻‍❄️から南極🐧まで世界各地で撮影をしてきた。現在は「月曜日に会いたい人をふやす」をテーマに、映像🎥・写真📷・Podcast🎤などメディアを横断して活動中。



《 大ちゃん:大野大輔 》

組織開発コンサルタント。

学校と自分が嫌いだった学生時代を、ある恩師が幸せに変えてくれたことがきっかけで教師の道を志す。10年勤めた公立小学校を退職し、現在は(株)先生の幸せ研究所のコンサルタントとして全国の学校園の伴走型支援を行うなど、「教育をもっと自由に」をテーマに活動している。

○(株)先生の幸せ研究所 コンサルタント

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サマリー

このエピソードでは、恩師に関する深い考察が展開され、めいむーんさんの経験や恩師から受けた影響が語られています。また、恩師の捉え方や逆境における学びについても触れられています。恩師や指導者の役割について考え、特にめいむーん(谷本明夢)さんの経験を通じて受けた影響とその重要性が語られています。図書館や無意識に与えられる影響力、そして恩師になることの意義が深く掘り下げられています。

恩師とは何か
続きになります。ゲストは、めいむーんさんをお迎えしています。
よろしくお願いします。
前回は、めいむーんさんの素敵な恩師のエピソードをいただきました。
今回のテーマは、恩師ってどんな人ということで、恩師とはをちょっと深めてみようかなと思います。
そもそもなんですけど、教師がたくさんいるわけじゃないですか。
恩師って言われたら、絶対嬉しいでしょ?
先生は皆さん、恩師になりたいって思ってもんのじゃないの、だいちゃん?
人によるんじゃないかな。
本当に?だって誰だってさ、先生のおかげでとか、恩師だと思ってるんですって言われたら嬉しいでしょ?
嬉しいは嬉しいと思うんだけど、たぶんね、それね、こだわりによってはね、なりたくないって人いると思うよ。
本当に?
そんな自分のおかげでって気づかれずに、その人が成長したが好きな人もいるし、
確かにね。
あなたのおかげで成長できましたが好きな人もいるから。
どっちかっていうとね、おかげでを言われないように頑張る派だから。
自分言いまくるくせにね。
俺は言うくせに。
確かに確かに。
しかも冒頭、俺、恩師めっちゃいるって言ったじゃん。
いるんですよ。
なのに、自分は恩師って言われたくないを目指すっていう。
ひねくれ倒してる。
矛盾の男だね。
じゃあ、普通の教師と恩師って何が違う?だいちゃんの中では。
これ難しい問いですよね。
だからなんかさ、やっぱりさっき1個目のエピソードで話したけどさ、
なんか時間を超えて感謝が続いているっていうのは、僕が思う恩師たちはそれだなと思ったんだよね。
あとやっぱその影響力っていうのがあって、
それがある人が恩師であって、別にそれがないけどいろいろ教えてくれたりとか、
先生やってくれた人とかは教師なんじゃない?
僕の中ではね。
恩師の影響
知らんけど。
最近ね、関西の友達からこれ便利だぞって教わったんだけど。
言い終わった後に、1、2、知らんけどって。
これいいんですよ、これ。便利。
せっかくだから僕の恩師エピソードも。
まずいらっしゃるんですか?
あれ、いたんですか?
なんか恩師なんかいませんか?
いませんか?を最初出してたね。
ずっと考えてたんだけど。
あ、見つかった。
恩師かどうかのわからないけどって一応つけとくと。
何それをつけるの?
なんで保険かけるの?
めいむさんの場合はさ、大丈夫って言ってくれた言葉がずっとここに残ってるじゃない?
僕もすごく残ってる言葉があって、中学校1年生の時に担任をしてくれた理科の先生だったんだけど、
たぶんお子さんがまだ小さかったから30代くらいだったのかな?若い女性の先生だったんだけど、
すごく素敵な言葉をずっと繰り返してた言葉があるわけ。
それが、「どちらに転んでも占めた。」っていう言葉。
結構、理科の中では有名な先生の言葉なのか調べるとよく出てくるんだけど、
たぶんそこの先生の影響があるのか、「どちらに転んでも占めた。」ってずっと言い続けてたの。
それっていうのが、人生って選ばなきゃいけない時あるじゃない?
結婚するかしないかとか、留学するかしないかとか、いろいろ選ばなきゃいけないことがあるけれども、
どっちを選んだとしても、AでもBでも、どちらでも占めたと。
この人生でよかったんだって思えるんだよってことを、中学生の僕らに対してずっと言い続けてたんだよね。
だから何か迷ってたりとか、これじゃなかったかなって思っても、
いや、あの時先生がどちらに転んでも占めたって言ってたしなっていう気持ちはずっとあるわけよ。
で、考えて、これは恩師の言葉とカウントしてもいいですかね?
いいと思います。
自分が恩師って思ったら恩師なんですよ。
そこは感情的な基準だと思うよ、僕は。
明確にこれがあったらっていう感じじゃないんだよ。
影響力ずっと持ってるし、時間を超えてもあの時に声をかけてくれた感謝っていうのもずっとあるかもしれない。
ふと後から大人になってから思い出す先生とかがいたら、結構影響はあるんだろうなとは。
確かに。
折々に先生、あんなこと言ってたなとか。
思い出す先生って思い出さない先生っていうのは、残念ながら言いて。
皆さん絶対私たちに何かをくれてるんだけど、
でもやっぱり繰り返し繰り返し、人生の重要な時とかに思い出したりすると特別だよね。
何かね、存在として。
だから、恩師って言うと、さっき言った先生が一番最初にバーンとはくるけれども、
やっぱ何人か思い出す先生っていうのがいて、
いい面もあれば、時に何くそって思う教師と反面教師じゃないんだけれども、
っていう場合もあるけれども、
数学0点取った時に、みたいな顔で私に0点のトーンを返したあの先生とかは、
正直ちょっとあの時何くそって思ったわけですよ。
そうね。
いい反応とは言えないとは思うんだけども、
でもあの時にやっぱり少なくとも私の心に火はついたよね。
そうだね。
悔しいみたいな。
グーみたいなのがあって、
私は結構受験終わって、あの先生のところまでツカツカ行って、
登校で受かりました。
移り学科。
結構ちょっと下り顔で、さらって広角して、
うお、まじかって後ろをずさりさせたことを、
いまだにスキリな記憶として覚えていたりするんだけど、
あの時はちょっとムカついてたけど、今思い出すと、
あの先生がいなくても、もしかしたら私のあの時なかったかもなと思ったりもする。
確かに。
そうそうそう。
それもまただから、いろんな先生がいることの良さなのかなっていう気はして、
みんないい先生だったら、たぶんそこはないじゃない。
たまになんかちょっと人間的にちょっとひねた。
まあまあまあ。
残ってた先生だったんだと思うんだけども、
私にとっては、たぶんもう一回会えたら、
ちょっともう今どちらにいらっしゃるかわかんないんだけど、
あの時でも何くそって思えたのは先生のおかげですって言うかもしれないなって今思ってます。
恩師の多様な側面
意図的かもしれないよね。
もしかしたらね。
意図的かもしれない。
火をつけた。
こういう方が燃えるだろう、意図的に知りながらこうやってたかもしれない。
そこまで来たら感動するね。
実はねみたいな。
手の上転がされてる感じでしょ。
なんかメイムンがさ、メイムンって呼んでます皆さん。
メイムンが恩師を恩師にしてる感もあるな、僕が聞いてると。
リフレーミングしてさ、こういうのがあったから私があるよなっていうのって、
ある意味恩師を恩師にしてるっていうところがあるよね。
おかげだよね。
おかげだね。
おかげだね。
自分一人でできることって本当にないなっていうのはもう思っていて、
あの時にやっぱああいうふうに言ってくれたからだなとかって全部こう、
これはだいちゃんの受け入れでもありますけど、
おかげ成人というかこうね。
おかげ成人。
だいちゃんは私おかげ成人って呼んでるんですけど。
おかげ成人と呼ばれております。
そうそうそう、なんでもね誰かのおかげですって。
全部自分の功績でも自分の頑張ったことでも全部誰かのおかげにしちゃう。
生き方のほうがすごい素敵だなっていう、
だいちゃんの影響もあるかもしれない。
そういえばね、その先生に対して感謝できるのもね。
さっきさらっとメイムンが言った言葉、僕めっちゃ好きなんだけどさ、
誰かしら何かをくれてるって言ったじゃん。
それが僕のね、実はコアにあるんだよね。
みなさん知ってますか?あの名調、吉川英二さんの、
我以外皆我が子っていう本知ってますか?
めっちゃ古い本で、僕家にずっとあって、
これまあでも難しすぎて読めてないんだけど、一応さらっと読んだんだよ。
でも読み切れてないけどずっとある本で、
これつまり自分以外はみんな師匠であるっていう、
って思うってことが僕はすごい大事だと思ってて、
そういう目で見てみるとね、恩師になってくるんだよね。
確かにね。
メイムンのさっきのそういう見方の変化はあるよね、実際。
そうなんですよ、ツボ犬。ツボ犬は一人もいないけど、
僕、農家になってる。
さっき一人って言ったけど、冗談ですけど。
そういうのが僕の中にあるかな。
で、なってくると先生方ってさ、子供から学ぶって実際言うじゃない?
子供のおかげで成長できた、親も自分の子供のおかげで成長できた、
親にさせてもらったとかって言うじゃない?
じゃあ先生にとったら子供は師匠になり得るってこと?
はい。
そもそも子供と大人とか年齢で分けるっていう見方をしてたら、
それはちょっとまずいなと思って。
僕、究極ゲームキャラクターとか恩師になるもん。
マジで。
そういうことです、だから。
それでいくと、安財先生とかね。
そう、ほら。
間違いないね。恩師だもん。
それがね、年齢とか性別とかいろんな分け方あるじゃん。
あれがシームレスすごいなってて、
全てから恩師的にもらうっていうのになってくると、
すごい僕は楽しいんだよね。
その生き方でも素晴らしいなと思うというか、
誰からでも学べることはマジであるなと思う。
ある。
恩師っていうと、なんか結構完璧な人っていうかさ、
モデルケースみたいな、こういう大人になりたいっていうぐらい、
全てが理想の関わり方をしてくれた人とか、
よっぽど特別な人みたいな像があるけど、
そうじゃなくて、この部分の恩師みたいな、
パートパートでさ、この人のこういうところが私の師匠なんだよねみたいに、
切り取ってあげれば、どんな人でも恩師になり得るぐらいあるなと思うし、
誰からの出会いから学ぶみたいなぐらいの気概でいる人って、
受け取る量がもう全然違う。
何でもかんでも心のシャッター落ちちゃうとさ、
何にも受け取れなくなる。
それは苦手意識の話もそうだし、人に対してもそうだよね。
この人からはもう絶対受け取りたくないとかさ、
シャッター下ろしちゃった瞬間に何も受け取れなくなっちゃうけど、
関わり方を模索していく中とか、いいとこ探すとか、
やれるようになると、本当に人類みんな恩師みたいな感じには確かになるね。
良いこと言った、今。
部分で抽出できるんだよね。
それをね。
さっき僕ね、チャットGPT5くんに聞いたのよ。
恩師の定義って。
そしたらね、チャットGPTまだまだだね。
お手本となる人っていうのが1個入ってたの。
それってさ、それを設定した瞬間に、本当は恩師になれるのに、
なれる人そいでいくよね。
そうだよね。
お手本にはならないけど、さっきメイム言った部分的にここいいじゃんとか、
たった一言でもいいんだよ。
僕ね、今ね、メイムのストーリー聞いて、
あとその今の話ね、聞いて1人出てきちゃった。
またさらに増えた。
僕が小学校のね、6年生ぐらいまで遊んでた、
早稲田の鶴巻公園っていうところがあるんですよ。
いいね。
そこにね、ホームレスの方がね、5人ぐらい前からいたんだよね。
で、その方々と僕たち野球とかをしてたんですよ。
えー、すごい。
僕大好きだったんだよね。
で、その人たちが、なんかお駄菓子屋さんで駄菓子を食べながら言った言葉が、
俺らはラッキーだって言った。
で、こんなに自由なんだって言ったんでね。
なんかそれ聞いて、僕ね、すごい安心したの。
うん。
当時僕、やんちゃ。
まあ一応、やんちゃな部類だったから。
なんかそうやって、僕も人生終わったぐらい思ってたときに、
それ多分4年生ぐらいなんだよね。
そのときに、ラッキーなんだって聞いて。
あ、僕なんかどうなってもいけるなっていう。
なんかどんな人生になってもラッキーって言えばいいやとかは、
その人から教わってるから。
もちろんその今、ホームレスの方いなかったんだけど、この前言ったときに。
なんかその人もある意味、僕は恩師って思えるみたいな。
そう。
それはその部分的抽出なんだよね。
どうだ、つぼけん。
来いよ、もっと。
恩師エピソード来いよ。
違うか。
恩師エピソード来いよ。
恩師の重要性
よくわかんない、挑発のしか。
かかって来いよ、みたいな。
まあでも学ぶっていう意味だと、本とかね。
さっきも、めいむんと話したんだけど、
図書館ってすごいよね。
いや、すごい。恩師の宝庫だよね。
全部、本師が並んでて、ただで読めるわけよ。
やばいよね。
やばいよね。
デカルトの名言であるんですよ、実は。
唯一偉大な人と会話できる手段だっていう。
間違いない。
そのちょっと正式な言葉は忘れたけど、あの言葉まさに今の図書館なんか、もう恩師まみれ。
アリストテレスとかね。
恩師まみれ。
恩師まみれの空間。
確かに。
人類規模での恩師がすせそろしてるようなところだからね。
なんか、恩師になるならないっていうのは、
私もワークショップとかをやっていたことがあるんですけど、
中には、本当に何年越しとかに会いに来てくれて、
あのときのワークショップがあったからとか言ってくれた子もいて、
めちゃくちゃやっぱり、すごい嬉しいし、感動したけれど、
やってるときにそれを考えてたかって、一切考えてなかったっていうか、
もう人生の本当にご褒美みたいな感じで、後から降ってくるもので、恩師の称号みたいなものは。
全然ねらってなかった。
私はね、当時先生だったとき、それどころじゃないというか、
もっとすごいただただ一生懸命で、彼ら彼女たちの人生にどう食い込もうかっていうところまでは、
そこまで本当に考えてなかった。ただただもう必死だったから。
でもその中で、中には何かが響く子がいて、
それは全員の恩師になるってやっぱり難しいよね。
自分なりにこの子たちに何か与えられるかもしれないものを、ただただ並べてあげて、
持って帰ってくれたらラッキーっていうか、そのぐらいの感じなのかなっていうのはなんとなく思ってた。
だから逆に受け取る力をみんなが育てれば、恩師って勝手に増えるじゃん。
うん、確かに。
その嬉しいの連鎖が増えるから、恩師になれるかなれないかはラッキーの話だけど、
恩師を作る方の努力はできるよね、私たち一人一人がね。
影響力についての洞察
そんなふうにはちょっと今ふと思った。
何今の、すごい良いまとめ。
すげえ今のストンと落ちたな。
成ろうとしちゃいけないんだよなって僕は思った、実際。
てか、成ろうとしてなれないんじゃない?
だいちゃんあんまりもしかしたら好きじゃないかもしれないけど、金髪先生とかいたじゃないですか、昔ドラマでね。
で、あれなんかもうまさになんていうか、みんなの金髪先生のおかげでみたいな感じで終わる感じじゃないですか、クラス中が。
なんかだいちゃんが震えてるけど。
やっぱあれの私の影響で、いい先生になろうとして人生に関わろうとしてくれる人は増えたと思うんですよ。
先生を目指す人のゴールとしての先生像に金髪先生を連れてる人ってすごくいて、私もいたんですよ一人。
あの単人の先生で完全に金髪先生に影響されてる人がいて。
熱血教師みたいな。
熱血教師の方がいて。
卒業式の日には送る言葉。
送る言葉をわざとギター持ってきて弾いてくれて。演出なんですよ、そこまで来ると。
記憶に残ろうとしてる気満々なんかが伝わってきてしまって。
悪い先生ではなかったし、すごくいい先生だったけど、そういうものではないかなみたいな。
なろうとしてなるものじゃないかなっていう。
本当にただただ自分が持っているもので、君たちの人生にもしかしたら何か役に立つかもって言って、とにかく並べてくれる。
持ち帰りは自由っていうか、そこは強制もせず、いてくれる人の中から大切なものを選んでもって帰るっていう感じの方が近かったなって。
ちょっとふと思った、思い出した金髪先生のことを。
つぼけん、これだんちゃん、だんばら先生のエピソードで今の話してたよね。
僕がさ、だんちゃんね、だんちゃんって恩師の、だんちゃんにこういうことありましたよねって言ったら、記憶にございませんって。
いや、本当にそうだったよね。
これですよ、これ。
面白かったね。
本人は全くそんなつもりないんだよ。
そうなんだよね。
なんかあったっけみたいな。
それがやっぱり恩師になっていくのかね、もしかしたら。
押しつけがないんだよね。
押しつけがないね。
全然あげてる感覚とかもきっとないんだよね。
何かを教えてあげてるみたいなものもきっとなくて、勝手にこう受け取っていけるみたいな。
でもなんかさっきのつぼけんさんのさ、同じ言葉を繰り返してくださってた方とかもいたって聞いてて、それもそれですごいいいなと思って。
この言葉だけはこの子たちに残してあげたいって、多分意識して絶対に口に出されてる先生だと思うんだけど。
それも本当にギフトだな、一生もののギフトだなと思うし。
もう耳に残るからね、繰り返されただけで。
でも恩師になろうとかではなく、本当に多分ギフトなんだろうなと思うけど。
そういう人一人の自分の人生を支えてくれた言葉みたいなのを先生が次の世代に渡してくれるっていうのは、それはそうやってすごくいいよね。
それもいいパターンだなって。
ギフトっていいね。なんかイメージついたな。
僕もついた。
お前はこれ好きだろうから、これを大切にしろって言われても絶対しない。
押し付けには反抗したくなるよね、抵抗したくなるもんね。
いや、結構ですね。
誕生日だろうから、これ選んでいいよ、持っていかれなくてもいいけど。
だったら、こう選べば好きになるよね。
しかもノールックパスだからね。
そうそうそう。
サラッとホイッみたいな。
そうそう。
記憶にございません。
記憶にはないけども。
それがいいよね。
覚えてもらってないっていうことが、ショックっていうよりはむしろ面白がっていう。
え?覚えてないようなことなの?みたいな。
俺にとっては一緒ものなんだけど、みたいな。
その関係性のほうが面白いね。
温度差100度だからね。
100ゼロだからね。
ゼロそうだったね。
だって昔、ダンちゃん、給食で野沢菜が出て、給食のおばちゃんにおいしかったよ野沢菜って言ってたの。
あれでね、僕、ショックに感謝するようになったんですよ。
記憶にございません。
それはないんだろうけど。
なんかすごいさ、ヒドゥンカリキュラムってよく言うんだけど。
知らず知らずに影響を与えている、意図的ではない働きかけ教育みたいのって、たぶんね、意外と影響力あるね。
すごく相応かもしれない。
これあるんですよ。
デザインされてないところから、繰り返し発されているメッセージ。
自然とだから、その人がナチュラルにやってしまっているものの中に、たくさん実はギフトがあるのかもなって。
自分らしい恩師像
そういう振る舞い一つにとっても、子供にとっては気づきがいっぱいあって、本人は全く意識してないみたいな。
だから、変に名言っぽいことを言って、感動させようみたいなこと、ほんとしなくても、たぶんよくて、
先生たち一人一人は、たぶん垂れ流されていると思うけどね。
生徒たちと接している中で。
200人いて、一人でもなんかだってね、何か持って帰ってくれてたら、それだけでもすごい嬉しくないですか。
たった一人の生徒でも、ずっと覚えてくれていることがあるなんて、教師みよりに尽きそう。
先生ではないけど。
良かったですね。
良かったね。
見えてきた。
何が?
文字とはが見えてきた。
ひとまず押し付けたら、覚めると。
ってことだけはよくわかりました。
それじゃないがわかればいいよね。
そうですね。
それじゃないがわかればいいから。
一つじゃないがわかった。
てつやではないっていうのが、きんぱちではない。
てつやかもしれないけど、きんぱちではない。
きんぱちではない。
聞いてくださっている全国の先生もね、自分らしく素敵なギフトを送ってくれればというふうに改めて思いました。
ひとまずゲストめいむさんありがとうございました。
ありがとうございました。
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