それでは続きになります。今回のテーマ、大人はいじめとどう向き合えばいいのということで、大阪教育大学四辻伸吾さんお呼びしております。後半もよろしくお願いします。
前編ではですね、いじめ感度という言葉を挙げていただきまして、子ども自身もそして教室の中にいる教師もですね、知識を持ちながらいじめの対する感度を上げていって対策していこうという話をいただきました。
そしてですね、今回のテーマ、大人はいじめとどう向き合えばいいのということで、保護者の方も関わってくるかと思うんですけれども、他にもポイントありましたら四辻さんお願いいたします。
はい、ここでお伝えしたい一つのキーワードとしては、子どもの成長ファーストという言葉が結構いろんなところに重要な視点になってくると思うんですね。
例えばいじめが起きました。今、学校や保護者はどう動くかというと、今このいじめを何とか解決しようと教師がもう全力で解決しようとしているという姿は大変見られると思うんですね。
はい、素晴らしい。
それは本当に親の深い尊い子どもへの愛情だし、教師の責任感だと思うんですが、保護者からすると子どもはその態度は子どもファーストで子どものことを考えていると思うんですね。
残念ながらその中で保護者は頑張っているんですけども、何とか自分の子どもにより良い学校生活をさせたい、今の苦しみをなくしてあげたいということで、保護者が子どもの代わりに努力をしていじめ解決をしているという例が散見されるような気がするんですね。
教師もやはりその保護者との対応というところで、ある種いろんな包み隠さず言うと圧力もあり、うまく連携できない部分もあるので、今この目の前のいじめを解決しようと躍起になっている。
これは間違いないんですが、そこで一点抜けているのは目の前で苦しんでいる子どもがどう変化したかなんですよね。
今その子を苦しめているいじめは大人の活躍により解決したかもしれない。
でもやはりその子がずっと大人に守られているとは限られないわけで、学校や保護者はその子が同じ状況に2回目会ったときに、
ささやかながら前回よりも自分のいろんなスキルや経験を活かして、前の苦しみよりも少し和らげるような対応ができたりとか、こういうふうな嫌なことを言われたときには、
例えばさらっと逃げたり、さらっと言い返したり、すぐにSOSを保護者に出す、学校に出す等々の何らかの対策を子ども自身がもし2回目にできたとしたら、それは1回目に比べて2回目にできたということは成長だと思うんですね。
これがやっぱりその子を一つ一つ成長させていく。これは決していじめに向かって子どもたちが全てのことを差し置いて全力をいじめ解決に注ぐべきだっていうんじゃなくてね。
この子の成長のために大人たちは何のアプローチしましたかっていうところに声を大にしていたくて、だからお母さんが勝手にもう学校に戻ってくるとか、お母さんが代わりに解決してあげるっていうことで子どもの成長を得る機会をもしなくしているならばね、実は子どものためになってないような気がするんですね。
子どもって本当に特に10代って大きく成長するときで、やっぱりこれから社会に出ると様々なトラブルに直面する中でね、自分の中でそういったトラブルにいかに自分なりに、あくまでも自分なりに対応できるかっていうところをスキルとして身につけていってほしいんですよね。
それがその子の幸せにつながると思うんですね。この部分が今世の中には非常に欠けていて、何かトラブルが起こったら、学校の責任だ、いやいや保護者の責任だ、加害者を罰しなさい、こういう議論になってしまっているので、実はそれって一番苦しんでる目の前の子どもをひょっとしたら大事にしてないというふうな捉え方ができるんじゃないか。
そうすると本当の意味でこの子を大事にするためには、ダイソーするんじゃなくて伴奏して、子どもファーストはいいですし、それを持ったまま子どもの成長とは何ぞやというところに意識を向けていくべきなんじゃないか。これが子どもの成長ファーストという視点ですね。
ファースト、ファーストというのはちょっと流行り言葉になりすぎているんですけども、子どもファーストという言葉がよく取り上げられるので、あえてそこを踏まえた上で間に成長が大事でしょうというところをちょっと入れてみて、ちょこちょこ言わせていただいているというような感じですね。
いや、めちゃくちゃよくわかりました。確かにどんな親でも自分の子どもが可愛いですし、子どもファーストになるのは当たり前かなと思うんですけれども、子どもの成長ファーストになれてるかなというのは自分のことを考えてもちょっとドキッとする話でもあるかもしれないですね。
だいちゃんどうですか?
ちょっとそこが把握できてなかったらしいんですよね。で、それをどうなんだって言って、もうすぐにこれはもういじめとして重大案件であげて謝罪をさせろと。
で、みんなの前でBさんに対して謝らせたいみたいにAさんの親が要求してきたんですね。で、対してBさんの親も保護者の方もどうしたかというと、うちもいじめられてたっていう要求をしたんですね。
っていうことをお話しされていて、話聞いてみると確かにやられた部分があるから、うちもAさんにいじめられてるんだ。だから向こうだっていじめ加害者なんだから謝罪をしろっていうのが始まったんですね。
で、学校としてはすごく真摯に向き合って、じゃあちょっと話し合えば作りましょうよとか、ちゃんと事実確認とか聞き取ったりとか一生懸命やっていたんだけど、正直そのAさんBさんの保護者の方同士がもうヒートアップしちゃって、で、お父様も出てこられて、両親どちらも出てこられ、そこでもうどっちも譲らなくなってしまったというのがあったんですね。
で、学校にも結構方向先が向いて、それを日々なんで指導しなかったのか、なんでこういうのをちゃんとみんなで見ないのかってなったんですけど、これちょっとここからがジョークになってしまうかもしれないんですけど、子供たちはもう解決してたんですよ。
で、AさんとBさん、校庭で内緒で遊んでたんですね。だから大人がずっとこの解決してない、なんとか謝らせたいってやってた中で、子供たちは自分たちでもういない時間にね、遊んでたわけですよ。で、まあ今LINEとかもあるから、もう当時ね、もうごめんねとかなんかやったらしいんですね。私も悪いとこあったとか。
で、もうそれがわかった後でも、いやこれはもう絶対に遊ばせたくないとか。で、いやこれは向こうが謝罪するまでって言って、結局これ裁判だったんですよ。
そこまで言っちゃったの?嘘でしょ。
で、Aさんの確か保護者の方が、もう学校に行かせませんって言って、子供は行きたいんだけど行かせない、危険だからみたいにして、最終的には学校に謝罪を求めるみたいになったんですね。
で、まあこれちょっと結局かなり遠回りして言いたいのは、なんかこの子供の成長どこ行きましたかっていう議論がここすごい抜けてたと思って。
抜けてますね。
でも、子供ファーストではあるんですよ。我が子を助けたいっていう親御さんのこの必死な願いだったわけなんですよね。
でも、子供の成長って考えたらきっと違う対応だったんだろうなって僕は思うんですね。
さらにこの続きがあります。このAさんの保護者の方が、もちろんその後ですよ。裁判とかはもちろんしないで済んだので、ギリギリで解消したんですよ。
学年が変わって、クラスが変わって、解消になったわけですね。
ただもう二度とそのBさんとは触れ合わないような学級にしてくれみたいな要求があった上で離れて落ち着いた。
その2年後にですね、ちょっと似たような案件が出ちゃったんです。
そのAさんのこと、次Cさんです。
これがね、AさんとCさんのご両親の方、仲良しなんですよ。
何にもならなかったんですよ。すぐに解決しました。
ここで何が行われたかというと、Aさん、Cさんのご両親の方で連絡取り合って、これは子供のことだから。
前からもそのAさん、Cさんの家族で仲良いから、これは子供のことだからさ、本人たちのことだから、ちょっと話し合わせて、私たち見守ろうよってなったらしいんですね。
これって多分子供の成長ファーストに僕近いなと思ったんですよ。
この2つの事案って、内容を見てみるとほとんど類似しているのに、親の関わり方でだいぶ違ったな。
もちろん裁判なんかAさん、Cさんになるわけないし、子供たちが話し合う場をあって作ったらしいんですよ。
そこで君たちはどうしたいんだとか話を聞いていって、すぐにその関係性は再構築されたという、いい解決にいったんだと。
これなんかすごい僕、資差があると思ってて。
さっきの成長ファーストの話に繋がるなと思うんですけど、洋次さんどうですか。
おっしゃる通りですね。
ありがとうございます。子どもの成長ファースト。成長ってなると、ちょっと未来の話じゃないですか。
どうしたって目の前で泣いてたりしたら、今何とかしたいって思っちゃうけど、
本当にちょっとだけ、10年後とか20年後とかじゃないから、本当にちょっとだけ未来を考えてっていうふうに、
自分ができるかっていうとまたちょっとわからないんですけど、なれればいいなって改めて思ったりもしました。
ちょっとエピソード話していいですか。今ね、浮かんできたのはね。
僕、高校の時いじめられたって冒頭、オープニングで話したじゃないですか。
その時に、高1だったんですけど、僕もう本当に向かってくる車に自転車乗りながら、
これいつ飛び込んだろうかなってずっと思ってた。その日は。
でも毎日毎日も、あと何日で休みだとか家帰れるとか。
寮に入ってたんだよね、僕ね。野球部の。
それを考えながら過ごしていた中で、その当時の増田志郎っていう僕の恩師がいるんですけど、
その人のおかげで結構救われて、その人はね、僕もちろん両親にも伝えてくれたんですね。
そのいじめてる側は結構6、7人いたのかな。7人ぐらいがいて、
その6、7人にももちろん働きかけを言ってくれたんですよ。
その時に僕に言ってくれた言葉が、大野が卒業する時をちょっと考えてくれと。
その時の自分だったら、今俺に何してほしいって聞いてくれたんですよ。
すごい救われたんですね。
つまり僕が3年後、高3を卒業する時に、
どんなある意味成長とか、今回のきっかけを学びに変えたりできるかとしてはまずくれたんですよ。
その上で俺はお前のために何でも動くぞっていう空手の世界チャンピオンだった増田志郎先生が言ってくれたんですよね。
そこで僕が言ったのは、いやちょっと僕に乗り越えてみていいですかって。
自分で言ったのをはっきりと覚えてます。
僕は親にも連絡して、大丈夫だから一旦俺の方で動かしてくれと言って。
詳細は言えないんですけど、ある喧嘩みたいなのを通して、僕はそのいじめてた主謀者というか主犯者と親友になったんです。
いまだにそいつまだ会ってる。
ショウちゃんっていう僕の親友になったんですよ。
これ多分当時増田志郎先生が介入すごくしちゃって複雑にしちゃったりとか、お前が悪いみたいにただジャッジだけする警察官みたいになっちゃったら多分その僕の人生上いい成長できなかったなって今思うんですよね。
すごいバランスのいい関わりをしてくれて、ちゃんと俺ら何でもすると助けたいよって言ってくれた上で、でも成長の機会も用意してくれたっていう。
親も両者結構今思えばすごいスタンス良かったって言ったのは、いつでも助けられるけどどうして欲しいとか親も聞いてくれたし、親のもうちょっと訴えるとかもなかったし。
そこのヒーロー大人たちのこの連携プレイを考えたら、すごい僕に成長をくれたんだって思ったっていうのは四つ星さんの話を聞きながらすごい想起できて、今おかげで僕は幸せに生きられてるわけなんで。
子どもの成長ファーストっていうのはすごいいい視点だなって思いましたね。
そうですね。やっぱりその間の共有ですよね。
今本当に、これ言い過ぎかもしれませんが世の中的に切ない的に生きてる感じがしてね。
今日のトラブルを今日のトラブルとして大きく扱い、今日のニュースでも騒ぎ。
いやいやでも世の中ってどんどんどんどん移ろっていく中で子どもたちがどう変わっていくかっていうところにやっぱりもっともっと視点を向けなければならないのに、今この問題は何なんだっていうところですよね。
ちょっとせっかくの場なので私もいじめ研究をしているのは子どもの頃いじめられてたからなんですね。
いじめられてたからこそ小学校の教員になり今度はいじめ対応に非常にも困難だったということも含めて今大学の教員になっているというようなところなんですが。
正直私の場合は小学校5年生6年生中1中2暗黒の4年間で本当に思い出すと今でもフラッシュバックがあってね。
殴る蹴るリポビタンデーの茶色の瓶をコツンと割ったらナイフみたいになりますよね。あれを首に突きつけられたりとかそういうことがあったりとかしたんですね。
正直私はその自分のいじめ経験の中でいじめを解決するという部分に直面したことは正直なかったです。
なんとなくクラス替えとかなんとなくの収束でしかいかなかったんですよね。
ただやっぱりその中でなんとか自分が高まっていくことが一つの解決かなということで自分なりに勉強をしてですね。
液体高校とかも含めてある程度自分をランクアップさせようという努力はしたのかもしれない。
それが今に繋がっているかもしれないですね。でもその中でこれをすると解決できるんだっていうところには自分のいじめられ経験では正直できなかったんですよね。
ただ一つ言えるのはそのすごい本筋から外れるんですけど実は今の一つのいじめの研究であるんですけどもね。
本当に暗黒の時代の5、6年生中1、中2の時に私はサンドの飯よりビートルズが好きなんですね。
本当にもう殴られ蹴られ帰ってきて家でもう涙を流しながら寝てた時にジョンの美しい声を聞いたらもうすべて忘れられたんですよ。
最近お仕活をすることの良さ、メンタルにすごく良いんだっていうところってあると思うんですけどそれも実は繋がっていて好きなものっていうのは生きる希望にもなるし
生きる希望っていうのは実は未来を見ているので、実は本人なりの子供の成長に繋がっているのかなっていうね。
だからそういうのも実はいじめアプローチの一つの要因で、いじめはなぜ行われないのかっていうような視点での研究もしてるんですけども。
それでいうといじめを行わない人はなぜいじめを行わないのですかという質問をした時にいくつかの因子が出てきて
まずやはり当然相手のことを思えるという他者理解。ダメなものはダメなんだという規範遵守。加害者に回ってしまったら結局自分の人生損だよという損失予期。
4つ目が人をいじめるなんてそんな気持ちはない。なぜならば楽しいことがいっぱいあるからという心理的充実。
この4つって結構重要だなと思ってね。学校はどっちかというといじめはいけないという道徳的なところであったり、特にいじめと絡める場合ってそこばっかりなんですよね。
意外とルールの指導はあるんですけども、ダメなものはダメといういかでの規範遵守としてのいじめのアプローチも意外と弱いような気がするんですね。
もっと弱いのは加害者に回ったことによる結果予期によるいじめをしたら自分の人生が損になるというところ。これって人権教育的に言ったらそんなところ着目していいのっていう批判はあると思います。
でもやっぱりそういう部分と、それからやはり心の余裕をもたらすような楽しいことってすごく大事で、本当に私はジョン・レノンの声の美しさに全ての悩みを忘れて、こんなに美しい声があるのかというところで4年間しのげたなというところなんですよね。
そういうのも踏まえて今に至るというところですね。ただ自分がいじめの経験があったから今いじめの研究をしているんだという言い方ってすごく難しくて、それをある種理由にもしたくないし、いじめの経験によって強くなったなんていう美化は一切したくないし、なぜならばいじめで苦しんでいまだに立ち直れない人がいるわけですよね。
自分は言ったら、そういう経験をもとにこんな風に話ができているということはうまくいったわけなので、そういう本当に苦しんでいる人を差し置いて、あの経験があったから今自分はこんなことを話せるんだという言い方は本当に気をつけようと思ってますし、したくないなというふうに思っている感じですね。ちょっと話は逸れましたけど。
ありがとうございます。心理的充実はすごくわかりますね。やっぱり僕もテレビの業界にいたので、犯罪の加害者の方の取材とかもよくやらせていただいたんですけれども、そこでも心理的充実のなさっていうのをすごく感じることが多いなというふうには思ってまして、またそんなことも想起させてもらいました。