#180 大人はいじめとどう向き合えばいいの? 前編 ゲスト:大阪教育大学 四辻伸吾さん
2026-06-15 27:18

#180 大人はいじめとどう向き合えばいいの? 前編 ゲスト:大阪教育大学 四辻伸吾さん

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今回のテーマは「いじめ」です。

学校教育を語るには避けては通れない大きな課題に、改めて向き合ってみました。

教師、保護者、加害者、被害者など、様々な視点から予防や対応について考えてみます。


ポイントは3つ

①「いじめ感度」を高める

② 子どもの“成長”ファースト

③ いじめ被害脆弱性(=いじめられやすさ)


初回は「いじめ感度」について。とても複雑で難しい問題ですが、一緒に考えてみましょう。

ご意見・ご感想もお待ちしています。



《 ゲスト:大阪教育大学 四辻伸吾(よつつじしんご)さん 》


大阪教育大学 総合教育系 高度教職開発部門 特任准教授 博士(心理学)。

22年間の小学校教諭・副校長としての経験をふまえて,教員養成や教育実践研究に取り組んでいる。主な研究テーマは,いじめ予防、不登校,学級経営,総合的な学習の時間などをなど。学校現場で培った実践力と教育心理学の知見を生かしながら、子どもたちが安心して学び成長できる環境づくりを追究している。





《 つぼけん 》

大学の自主映画サークルで映像制作の面白さを知り、映像の制作会社に入社。カメラマンディレクターとして、北極🐻‍❄️から南極🐧まで世界各地で撮影をしてきた。現在は「月曜日に会いたい人をふやす」をテーマに、映像🎥・写真📷・Podcast🎤などメディアを横断して活動中。日本大学芸術学部講師。Zinstantクリエイター。



《 大ちゃん:大野大輔 》

「今日が楽しく、明日が待たれる学校であふれる社会」をつくるため活動中。全国の学校園で改革伴走型支援に尽力。伴走理念は「変わる」を「叶える」伴走者。

企業の教育Adviserや組織開発コンサルタントも兼務。(株)先生の幸せ研究所。鎌倉市学習者中心の学び推進参与。板橋区立板橋第十小学校CS委員。大阪市立長原小学校CS委員。など多数。著書に『研修リデザイン』教育開発研究所出版。

https://youtu.be/ZjwgoipmhPA


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サマリー

今回の「ほぼ教育最前線」では、大阪教育大学の四辻伸吾さんをゲストに迎え、「大人はいじめとどう向き合えばいいのか」をテーマに、いじめ問題の前編を深掘りします。番組では、いじめの定義や複雑化する現状、そして「いじめ感度」を高めることの重要性について議論します。特に、教師がいじめの兆候にいち早く気づき、対応することの必要性が強調され、子どもたちの人間関係における信頼関係の重要性や、いじめの予防策についても触れられています。

オープニングとテーマ紹介
こんにちは、ほぼ教育最前線。あなたにかわって、私が聞きます。始まりました、つぼけんでーす。 大ちゃんでーす。
あなたにかわって、大ちゃんとつぼけんの2人が学びのほぼ最前線を探検する番組です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回はタイトルを見ておっと思った方もいらっしゃるかと思うんですけれども、ほぼ教で初めていじめをテーマに取り扱いたいなというふうに思っております。
初めてだね。これは僕もね、経験してるから、やっぱりちょっと真剣に向き合っていきたいテーマだなって思ってます。
ほぼ教でも初めてですし、聞いていらっしゃる方の中でも、ちょっと辛くなっちゃうなっていう方もいらっしゃるかなと思ってまして、一応一番初めにお伝えしておきたいことといたしましては、自分の辛い経験を思い出してしまったり、今、課中にいらっしゃる方で、もしものもしも辛くなってしまったらいつでもストップしてほしいなというふうに思ってます。
誰かが被害者とか誰かが加害者とかじゃなくて、誰かが悪いみたいなふうにはしないようにしたいなと思ってますので、真剣な話題ではあるけれども、いつも通り聞いてもらえればなというふうに思ってます。
というわけで、じゃあ今回のテーマはこちら。
大人はいじめとどう向き合えばいいの?
はい、いつも以上に真剣なテーマとなります。
だいちゃんいかがでしょうか。
ゲスト紹介と大ちゃんのいじめ体験
これはね、過去の自分へのメッセージにもなりそうなラジオだと僕は今思っていて、僕は人生で3回いじめられてるんですよ。
3回ってどういうこと?
3回。何かの回でチラチラいったことはあるかもしれないけど、1回目は小学校の時に無視されたりとか、しかも集団でね。
お前がいるせいで本当にいろいろ止まっていくんだとか、お前がいるから毎回先生に怒られるとか、で、きもいとか、で、その僕だけの悪口で書かれた交換ノートが全員回るとかが小学校のある時期にまずあって、
で、中学校1年生の時にはこのみんなからこいつと話さないようにしようぜみたいななんかキャンペーンが始まってしまった時期があったのね。
ちょっとそういうのとかあったり、で、もう一個がね、高校なんですよ。
高校で茨城の高校に東京から行った時に、なんか東京から変なの来たぞって言って、これはもう明確にもう暴力を集団で物質で行われた。
それでズボン脱がされたりとか、ボコボコにされたりとか、そういうのがあったっていうのが、実際に僕の中で3回明確にあって、細かいの今もっとあるんだけど、なんかそれとこうちゃんと向き合ってきた自分としてはこのお題っていうのは本当に僕も喫緊だと思ってるし、実は僕が教師になろうと思ったいくつかある理由の一つがこれを何とかしたいはあったんですよ。
僕みたいに辛い思いをしている子を無くしたいっていうのが願いの一つとしてあったから、このテーマ扱いで僕はすごく嬉しいと思ってますし、それに最適な僕の仲間を呼んでますので。
分かりました。じゃあもう本当に専門家と一緒にね、一緒に考えていく回にしたいですね。
それでは今回のテーマいじめということで最前線に行ってみましょう。
ゲスト・四辻慎吾さんの自己紹介と専門性
それでは本編です。今回のテーマ、大人はいじめとどう向き合えばいいの?ということでゲストに大阪教育大学総合教育系特任準教授、四ツ辻慎吾さんお呼びしております。四ツ辻さんよろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。大阪教育大学の四ツ辻です。本日はお招きいただきました。ありがとうございます。
ありがとうございます。オープニングに大ちゃんのいじめの告白もありましたけれども、四ツ辻さんに専門家としてきっちり聞いていこうというふうに思っております。それでは簡単に自己紹介をお願いしてもよろしいでしょうか。
はい、今言いましたように大学の教員をしているんですが、もともとはですね、小学校教員を22年間やっておりました。
最後は国立大附属の副校長をしまして、その後私立の大学の準教授、それから今大阪教育大学で教鞭を取らせていただいています。
研究分野についてはもう本当にいじめ問題、これは追々掴めていきたいと思いますが、正直自分の今後の人生、残りの人生の最大のテーマだと思っていますので、何よりもそこに力を入れていきたいなというふうに思っています。
もちろんそれを踏まえていじめ問題を中心にですね、今やはり不登校問題、それから学級経営、教師と保護者がいかに勉強すればいいか等々ですね、いじめを中心とした様々な分野に注目して研究を進めながら学生への指導もしているという状況です。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。いじめの専門家ということですね。現場経過も豊富に終わりなんですね。
そうですね。それで言うとですね、今日こうやって広くお話をさせていただくんですが、専門家としての話をしていく中でですね、やはり自分が教師としてですね、そのいじめ対応ができたかというと反省点がいっぱいあるんですね。
たまたま私の過去のクラスの子どもたちが聞いていてね、先生十分にできてなかったんじゃないのっていうところがやっぱり出てくるかもしれないんです。
そういうのも踏まえてやはり教師生活を反省点としてなったらこんなこれでまた弊害が出てくるので、たくさんのいい思いをさせていただきましたが、教師として。
でもやはりその中で自分としていじめ対応が十分じゃなかった点などもやはり一つ一つ残っているところがあるんですよね。
そういったところを自分の人生を振り返る中で今後できなかったところも、それから世間に伝えたいところもいろんな視点からいじめを研究していき、それから研究だけじゃなくて、それらをもとに大きな社会貢献をしていきたいなというふうに思っているところです。
大ちゃんが四辻さんをゲストに呼んだ理由
ありがとうございます。さあ大ちゃん、大ちゃんがぜひ東京にということでお声掛けしてもらったけど、何で出てほしいなというふうに思ったんですか?
これは運命的な出会いだなって本当に思った瞬間があって、学校名何回も出している大阪市立長原小学校さんで、よつつじさん僕もコミュニティスクールの委員なんですよね。
よつつじさんが今委員長なんですけど、そこで出会いまして、たまたま立ち話をしている時に、僕はこれを人生かけて何とかしたいんだよねって話を伺った時に、僕もですって言ったんですよね。
そこで僕は意気投合したとも記憶していて、そこで次話しましょうと言ってオンラインで二人で熱く語り、今度また一緒にイベントとかもやっていくっていうのも決まっているんですよね。
やっぱりこのほぼ今日の中で僕実は一番最初の方に扱いたかったのはこのテーマだったんですけど、やっぱりこのテーマって僕も経験しているから、安易に扱いたくないなというのはやっぱりあったんですよ。
怖かったしね。それを本当に本気で人生かけてって思っている方に出ていただけるチャンスだと思って声をかけたという経緯ですね。
まさに運命的な出会いでしたね。
いじめの現状とデータ分析
そしてテーマいじめに入っていこうかなというふうに思ってるんですけれども、僕もだいちゃんのおかげで学校にちょっと入らせてもらったりすると本当に子どもたち、出会う子どもたちみんな優しくていいなと思うんですよ。
僕も40代なんですけど、昔はヤンキーがいたり暴力があったりとかして盗んだバイクで走り出すみたいな窓ガラス割れてみたいのがあるから、昔は校内暴力があっていじめが多くて、今は少なくなってるんだろうなって勝手に思ってたんですけど、
実はデータを見ていくと2025年度の調査結果では過去最大76万9千件以上いじめがあるっていうのは、実は恥ずかしながら知らなかったんですよね。いじめとしては増えているっていうことなんですかね。
これはやはり捉え方なんですけども、いじめ防止対策推進法によるいじめ定義によって認知については、文科省も言ってますように積極的な認知が増えたためであるということで、この増え方にはいじめを見逃さず見つけているということで、ある種肯定的な捉えをしてるんですよね。
ですのでいじめという現象が増えたというのに直接的に言うことができないデータなのかなと思います。ただやはりこのデータから見ることで言うといじめは増えてはいるんですけどもね。
例えば2025年度までは一番いじめが多い学年は小学校1年から中学校3年までは圧倒的にずっと中学校1年だったんですね。それがあるときに逆転をしてその後今までもずっと小学校2年生が一番いじめ認知件数が多いんですね。
小学校2年生ですか?
そうなんです。これがやはりいじめの捉え方で子供たちが家に帰って何々くんにこんなことされたって親に言ったら定義で言うといじめになるので学校に報告をして学校の先生方は聞き取りをしてあじゃあいじめですよねということであげていくというようなことが特にやはり1年生で学校生活に慣れて適応していって2年生である程度慣れたときにいろんなことが出てくる
というこの年代に多いのかなと。ただやっぱり未だにある種の深刻ないじめですね。自殺案件でいうとどうしてもやっぱり中1中2あたりになるんでしょうね。我々が学んどかなければならない過去のいじめいくつか本当にやっぱり教師として知ってほしいいじめで言うと1986年の中野富士見中学校事件葬式ごっこというのが有名になりましたけれども
その後1994年の愛知県西雄市のいじめ事件それから有名な大津中二いじめ事件2011年に発生して報道されたのが2012年そしてつい最近では朝日川の本当にもうね言葉に出すのも恐ろしいあの事件
もう全部中1中2なんですよね。ですので今いじめ認知件数が高まっているというのと連動して小学校低学年がいじめ件数が多くて心配なんだっていうところの情報に振り回される場合その本当に深刻な世代のいじめ対応ができていないかもしれないというそういった側面でも見ていかないといけないのかなというふうに思いますね。
ありがとうございます。
いじめの複雑化とスタイルの変化
でそうやって伺っていくとまだまだなくなってはいないのかなというふうに思うんですけれどもいわゆる金橋先生みたいな校内暴力も窓ガラス全部割れてますみたいなイメージ化するとだいぶ違う気がするので今はちょっといじめのスタイルが変わっているみたいなところもあるんですかね。
いじめが入ってきて複雑化してるんですけどもやはり例えば教師がねいじめの先ほどお伝えしたような日本を騒がせた凶悪ないじめがあった時にあれを無視するような先生とかあれを軽んじる先生ってよっぽどじゃない限りあんまりいないと思うんですね。
皆さんああいう状況を見た時に何とかしたいという教師ばっかりであることを信じたい。残念ながら例外もありますけども。でも今世の中のいじめ対応で困っているのはやはりそのいじめ問題の複雑化ですよね。
先ほど言ったようにいじめ防止対策推進法によってされた側、影響を与えられた側が心身の苦痛を感じたら全部いじめであるってなっているのでAさんがBさんからちょっと嫌なことを言われた。それがひょっとしたら本当に日常のトラブルと捉えるという向きもあるかもしれない。
でもAさんはいじめられたと思っている。保護者は我が子がやっぱり大事ですのでいじめられたという気持ちを持って学校に動かしてくださいと言いますよね。
プラス私の子をいじめた子を叱ってくださいと学校に言います。
学校は学校で例えばそのBさんの方にこんなことがあって定義上はいじめなんですよってもし言ったとしたらBさんは納得いかないですよね。
なぜうちの子が普通のこれって揉め事じゃないですかと。このぐらいでいじめと言われたら私逆に傷つきましたのでこれもいじめというふうに捉えるんじゃないですかというふうに。
被害者側のいじめられたという要求に対応する対応。加害者からのいじめの状況を理解がなかなかうまくいかない方面の思い。こういった気持ちが入り混じって結局学校として何をもっていじめられた側の気持ちを守るところというふうに言えるのか。
どこに焦点を当てていじめ問題を対応していくのかがもう本当に複雑に入り混じってね。それで学校が疲弊しているというのが事実だと思うんですね。
その中でもやはり2、3ヶ月前に動画が出回ったようにトイレで動画を回して殴る蹴るという動画が回りましたよね。ああいうのもやっぱりあるのはありますので、どこに力を入れるのかが本当に形状がわからないぐらい日々対応すべきものが多すぎるというのはあると思いますね。
件数だけじゃなくてすごく複雑化してるっていうことなんですね。そうですね。
現場における複雑化の構造
大ちゃんは現場の先生でもありましたけれども複雑化っていう部分では感じましたか?
結構感じましたね。複雑化っていうのは現象としてもそうなんですけど、構造上みたいな捉え方もあって、本当に解決してあげたいし、解決しようと動くんだけど、その動き方次第で複雑になってしまったりとか。
その大人たち、いろんな当事者いるじゃないですか。保護者の方とか我々ね、教員とか。いろんな大人の方の動き方によって解決に向かう場合もあるし、複雑にまたより複雑になっていくみたいなこともあるので、構造的に複雑になっていってしまうっていうのを僕も現場で結構感じていたんですよね。
しかもそれがみんなね、子供のためとか解決してあげたいって気持ちで複雑にしてしまっているのもあって、誰も悪くないっていうスタートが結構多かったなって思いますかね。
そうなんですよ。誰も悪くないというところがやっぱり複雑すぎて、それぞれがそれぞれの立場で、その誰も悪くないが理解できない状況に陥ってしまうというところ。この辺りが難しいですよね。
ありがとうございます。
いじめ予防のための「いじめ感度」
そうしましたら今回のテーマは、「大人はいじめとどう向き合えばいいの?」なんですけれども、すごく複雑化していて、誰と一緒にどのタイミングでどうやって向き合えばいいのかっていうのはなかなか難しいところではあると思うんですけれども、その一歩手前のですね、どう予防していくかって観点もすごく大事だなというふうに思っているんですね。
いじめが起きにくいクラスであったり、人間関係であったりっていうのはどうやって作っていったらいいのか。よつついさん、伺ってもよろしいでしょうか。
まず、いじめが起きにくいクラスとかそういう話になった場合に、いろんな要素が広がっていくんですが、私がもう本当に教師として、まず第一に持ってほしい感覚で言うと、いじめ感度という言葉がありまして、
いじめ感度というのは、目の前のささやかなトラブルや、これは普通のコミュニケーショントラブルかなと思うものでもね、これはいじめになる可能性があるんじゃないかとか、これはもう人をからかっているので、今のうちに何とか対応していかないと気づけるかどうかという感覚だと思うんですね。
残念ながらある一定の方々はトラブルがあって、こんなのは思春期のちょっとしたトラブルで、そんな気にしない気にしないという人もいます。
でも一方では、いやいやここのその対応が後々のいじめ対応に関わっているから、ここでやっぱりスルーせずに一言、今の言い方はちょっと人のことをバカにしないであったりとか、こういうふうに即対応できる、こういうのがいわゆる鋭敏ないじめ感度だと思うんですね。
これをやはりまず教師間でいじめ感度がやっぱり大事なんだっていうのを私は幅広く伝えたい。もちろんもう既に意識している人がたくさんいると思うんですけども、漏れていてはいけないと思うので、とにかくこの教師のいじめ感度というのをとにかく高めるように一緒に頑張りましょうということはもう声を大にして言いたいところですね。
いじめといじりの見極め方
でもよくいじめといじりの違いみたいなことも言ったりするじゃないですか。感度の高い先生がこれはいじりなのかな、なんかこうイチャイチャしてるだけなのかなとか、そこら辺の違いってどう見極めたら感度が高まるんですかね。
これはやっぱりね、そのバックボーンにあるいじめに関する知識があるかないかだと思うんですね。で、いじめ防止対策推進法では本文そのものは非常に複雑なので、ひらた言い方をすると、これは専門家に聞いていただいた、いやその言い方はひらたく言い過ぎだろうと突っ込まれるかもしれませんが、改めて言うといじめられた側が何らかの影響を与える行為をされて心身の苦痛を感じた時にいじめであるというふうになりますよね。
で、それについて知るか知らないかで対応が分かれてきますよね。そうするといじりとかいじめとかからかいとかいろんな言葉があっても、心身の苦痛を感じたらいじめなわけですよね。
で、子どもいじめ防止学会というのが昨年開かれて、会長の野村先生という方がおっしゃってたんですけれども、いじめの定義についてはなぜいじめかというと行為プラス傷つきがセットでいじめとなると。
ということは行為がいくら小さいものでもそこに傷つきがあればこれはいじめであると。行為が本当に一瞬いじめかなと思うようなものでも傷ついてなければ定義上はいじめにならないんですよね。
でもこれってなんでそんな言い方するのかなと思ったら、そこにあるのは人間関係で絶対的な信頼を持っている人からね、「おい!」って言われてもいじめと感じないという側面があって、いじりからかいいじめその辺を本当にいじめかどうかってするのはやっぱりそのAさんとBさんの人間関係に本当の意味での信頼関係があるかないかだと思うんですね。
でも絶対的な信頼を置いていてからかわれても、この子は絶対に私に敵意を向けていないというのがもしあればね、あればいじめじゃないと言えると思うんですが、ただこれは絶対的な信頼というのに基づいているので、
思春期というか多感な時期の子どもたちが他者に対して絶対的な信頼を受けるかどうかっていうのはなかなか難しいと思うので、そういう意味で言うとその人間関係っていうのも脆いものなんですし、時期が変わると半年前に信頼に基づいて私のことをからかってきたあの表現を今思い返すとすごく気分が悪い、あれはいじめだっていうふうに、
やっぱり過去の捉えが変わっていじめと捉える場合もありますので、その辺が非常にやっぱり難しいところですね。
大人でも子どもでも結構難しいなと思いつつ、自分も若い頃とかって仲良い友達といっしょ、いつも遊んでるけど次の日に会ったら不機嫌そうで、あれなんか悪いことしちゃったかなとか、あれが良くなかったのかなとか、そういう関係ってすごく難しいじゃないですか。
子どものいじめ感度と成長
子どもたちもやっぱり感度を高めていくってことが大切になってくるんですかね。
子どもたちの感度っていうのは、実は私が論文で出したものはまだ残念ながらですね、教師のいじめ感度っていうのはちょっとまだ活字になってないんですね。
ポスター発表レベルなんですけども、子どものいじめ感度っていうのは論文のサイトには上がってるんですけども、そこでもですね、教室内で隅っこの方でいじめがあって騒いでいる。
これを見た時にうるさいなーとだけ思うこと、これはちょっと心配だと思って何らかの動きをする子、これがいじめの感度の高い低いになると思うので、
クラスの中でいじめ感度が高い子が増えるといじめはやはり起きにくくなるのかなと。
ただ教師と圧倒的に違うのは、子どもっていうのは集団の中で高いいじめ感度が高すぎる場合には今度監視社会になってしまって、それはギスギスするんですね。
これもいじめ、あれもいじめってね。
ですので教師はある程度高いいじめ感度を持つ必要はあるんですが、子どもたちはいじめ感度とともに子どもたちの人間関係の中で、それはチクチクと嫌なことを言ってる子もいる。
その中でうまくトラブルも経験しながら成長していかないといけないというような側面もやっぱり教えていく必要があるのかな。
この辺が非常に難しいですよね。
お互いをお互い監視をする社会になると、まるでディストピアのワールドになるので、その辺が非常に難しいところかなって思いますね。
子どもが気づくための知識と大人への伝達
でも確かにそもそも気づかないとね、あの子ちょっといじめられてるかもって気づかないことには広められないといけないなと思うんですけれども、気づく感度を高めるってことも子ども自身可能なものなんですかね。
はい、それもやっぱり知識だと思うんですね。まず小学生なりにいじめ防止対策推進法を知るということ。
それからいじめ防止対策推進法のちょっと難しいところが、被害者意識によるいじめ認定なので、
安易に、例えば親切心から相手に物を言った時に相手が傷ついたっていう場合があるんですね。
これはいじめ防止対策推進法からすると、いじめられた側からしたらいじめだと思うんですが、
それをもって親切心で言葉を発した子どもをいじめ加害者と言えますかっていう。
これはやっぱり非常に気をつけないといけないので、だから被害者認定はすぐできるんですけど、加害者認定は非常にセンシティブな部分なので、
安易に断定はしてはいけないっていうのが文部科学省のいじめの基本方針に書いてあるんですよね。
そのあたりも含めて非常に子どもたちにどういうふうに下ろしていくかっていうのは、やっぱりある程度構造的にしていかないといけないのかなっていうのは思いますね。
少なくとも気づくということと、大人は行動に移せるということが大切そうですね。
そうですね。
いじめ感度を高めすぎることのリスク
大ちゃんはいじめ感度に関してはいかがですか。
今、四辻さんがおっしゃったことは結構重要なところで、結構現場にいると、先生これ何とかしてとか、先生やられましたって、わりと日常的にありますよね。
ありますよね。
その時に、例えばこのいじめの定義を子どもが知って、その感度を高めすぎるとどうなるかっていうと、子どもたちの感度を高めすぎると、あ、いじめられたって言ったほうが得だとか、
いじめられたって先に言えばあいつが悪くなるを、別に悪い思いではなく、自分を守るために利用しちゃう子いるんですよ。
そうなるとまさに監視社会で、あいつさ俺のことさ悪いこと言ってきて最悪みたいなこの陣取りゲームみたいに始まって、結果的にもう全く解決できなくなってしまうっていうのはわりとあるんですね。
そうするとまた保護者の方もいじめられたっていうのを、もちろん間に受けない方もいるし間に受ける方もいるんだけど、その連鎖でもう解決不可能みたいになっていくというのが、この監視社会みたいにしてしまうとそうなるから、あくまでもこの教師側の感度っていうのを高めていくっていうのがかなり本質であって、
子どもたちも知ることは大事なんだけど、あんまり意識させすぎるものではない。これ結構ハラスメントと似てませんか?ハラスメントをめっちゃ監視すると、はい何原、はい何原、とかなっちゃうけど、感度を高めることは大事だから、しないことを意識するのは大事なんだけど、監視社会になるとハラスメントもきついとか似てる気がするんだけど。
申し上げる通りで、このいじめ防止対策推進法の被害者、深刻主義になっている状況を踏まえて論文で言ったもの勝ちの社会になっているっていう批判ができてるんですよね。
ただそれをまた今度は教師が逆手に取ってね、いややっぱりいじめ防止対策推進法の法律になってからいじめはもう本当に大変だね、もうそれなんかそれが悪いんだよって極論に行っちゃう人もいるんです。それもやっぱり違っていて。
結局抜けているのはいじめられて苦しんでいる人をいかに守るかという視点が抜けたままいじめとは何ぞやとかいじめの問題点とか言ったもん勝ちとかね、そういう話になるんだったらやっぱりそれは違うなというふうに思いますね。
前半のまとめと後半への展望
ありがとうございました。ありがとうございます。では一旦前半は以上にさせてもらおうかなというふうに思っております。いじめ感度を高めて気づくってこと、そしてまた対策をしていくってことが大切だということがわかりましたので、じゃあ次のステップ、実際にいじめを予防できるようなクラスを作るためにはどうすればいいかとか、具体的な話に入っていければなというふうに思っております。
よつついさんどうもありがとうございました。ありがとうございました。ありがとうございました。
27:18

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