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54.ゲスト編21-1「魚骨から貨幣経済を読み解ける!? 考古学者 廣瀬氏と服部シェフが交差する”百草in 木曽谷 専門領域交差型アーティストインレジデンス”(前編)」
2025-08-10 27:41

54.ゲスト編21-1「魚骨から貨幣経済を読み解ける!? 考古学者 廣瀬氏と服部シェフが交差する”百草in 木曽谷 専門領域交差型アーティストインレジデンス”(前編)」

▼エピソード内容:

考古学者・廣瀬允人さん(名古屋大学博物館/動物考古学)/11月に玄草で予定されているアーティスト・イン・レジデンス/昨年まで木曽町に在住し発掘調査、海外発掘にも参加/学部時代はすり鉢など陶器の形態を研究→「器に何が入っていたのか」が気になり動物考古学へ/代表研究テーマは鎌倉時代の都市遺跡から出土した魚骨の分析/マグロ・カジキなど大型魚、さらにクジラ・イルカ利用の増加に注目/背景には貨幣経済の浸透—中国銭の大量流入によるコイン流通と都市需要があったという仮説/技術革新だけでは説明できない社会構造の変化/聞き手・服部大地さんの料理テーマ「トランスルーツ」と接続、「当時の器に何が入っていたか」を料理で再現するアイデアも浮上/後半は縄文や福島関所など基礎町の現場での現地収録へ続く


▼ゲスト:廣瀬 允人さん

1993年生まれ。名古屋大学博物館研究員。理学博士。専門は動物考古学。国内外での発掘調査や研究を通して過

去の人々の食について考えている。著作に『中世鎌倉における魚類の流通と消費』(2020年)ほかがある。


▼番組概要:

人口1万人以下の農村で暮らす3人が、地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考える番組。暮らし、伝統、歴史を学び、今の日本を100年後に残すためのアイデアや方法を考えます。


▼毎週日曜 更新


▼番組へのお便りはこちら:

ask.hitokoto@gmail.com


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▼番組ハッシュタグ:

#ヒトコト


▼MC:

👤服部大地(はっとり だいち)

1992年、北海道生まれ。鶴居村の「Heart’n Tree」シェフであり、「The Royal Express」最年少シェフ。地元食材を活かした料理に定評があり、2023年「RED U-35」でブロンズエッグ受賞。現在は食材ハンターやノマドシェフとして各地でポップアップを開催中。

https://www.instagram.com/hattori.daichi/

https://note.com/nomad_chef


👤内田将大(うちだ まさひろ)

1990年生まれ、東京都出身。株式会社ムラシゴト代表。ゼネコンで約7年間、都市開発案件を担当した後、2022年から長野県原村(はらむら)に移住。「日本で最も美しい村」連合専任の地域おこし協力隊として活動する傍ら、2024年に起業。裂織(さきおり)ブランドの推進を日々行う。

https://www.instagram.com/uchimasa07/

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👤長屋詠一郎

1993年生まれ、岐阜県関市板取出身。20代前半は海外で暮らす。6年後、日本のことがもっと知りたいと思い、長野県木曽町に移住。写真や動画を撮りつつ、木曽谷の手仕事と日本で最も美しい村連合の繋がりを活かした一棟貸しの宿「玄草」を準備中。

https://www.instagram.com/eiichiro_nagaya.jp/

https://note.com/genso_kiso


▼番組概要:

https://murashigoto.jp/2025/02/13/1617/


▼音声編集:

Eiichiro Nagaya / 木曽の実


▼運営:

株式会社ムラシゴト


▼後援:

NPO法人「日本で最も美しい村」連合


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00:00
皆さんこんにちは、hitokoto Radioです。 hitokoto Radio-人の物語を語る時間。この番組では、人口1万人以下のノーソンで暮らす3人が、地域の魅力を掘り下げながら、日本の未来を考えます。
はい、キス町の永谷一朗です。 鶴井村の服部大地です。よろしくお願いします。
はい、今回は僕と大地君がメインのパーソナリティとなって進めていくんですけども、今日、実はゲストがいるんですが、ちょっと最近、大地君何やってるかだけちょっとどうですか、最近。
最近はですね、やっと北海道涼しくなりまして。
あ、ようやく。
もう一回気温の話。
確かに気候の話を。
だって先週まで33度か35度があったんですよ。
えー。
北海道で。
北海道で。
まあ、ちなみに僕は岡山県にいたんですけど、その時。
ちょっとね、その話もね、ちょっと今度深掘りたいなと思ってるんですけど。
そう、これは次回でちゃんとその回を設けるので、ここはサラーと流すんですけど、
北海道ね、今やっと涼しくて、今23度ぐらいしかないんじゃない。
あ、それすごい。
まあ、基礎の方までだいぶ暑くて、なんかもうみんな基礎に涼しさを求めてきてるのに、みんななんかこう、暑いから、これはどうなんだって話を、なんかすごい会うたび会うたびいろんな人がするんですけど、それぐらい暑くて悲しいですね。
あ、そうなんだ。
いや、でも、なんか美しい村連合でね、日本で最も美しい村連合で、いろんなところに僕もお邪魔したりするんですけど、やっぱりね、森があるところは涼しいなって思います。
いや、本当にそう。
木があったり。
そうなんですよ、その話をちょうどちょうど思ってて。
そう、幻想の裏が結構森なんで、今もね、実はエアコン使ってなくて。
あ、エアコンなんだ。
そう、あのもう、ちょっとサーキュレーターちょっと回して、窓開ければ結構風が入ってくるんで涼しいんですけど。
え、そうなん。
はい。
でも、Aちゃんは近況どんな感じですか?
ま、そうですね、いろいろバタバタと本当にしてて、この前原村にちょっとセロリー農家さんの撮影をさせてもらったりとか、幻想の最終のオープンの準備をしてたりとかっていうので結構バタバタしてるんですけど。
お、ついにオープン?幻想も。
ついに、もうかなり、かなりもう。
かなり。
もう、もうその手前まで。
もう待ちに待ちました。ついに幻想オープンも。
あの、遡ってもらえれば幻想の話の回がありますので。
エピソードだね、はい。
ぜひそれも聴いていただいて。
はい。ということで、はい、ちょっとね雑談は長くなっちゃいましたが、僕らに雑談させとくと、もっと永遠に雑談話しちゃうんで。
そう、永遠に喋っちゃうからね。
はい。でもね、実は今日はゲストを2人お呼びしておりまして、その11月に幻想でアーティストインレジデンスというものをしますということを、この前ね一言ラジオでお話をさせていただいたんですけども、実はその大地君も参加者というかの一人として来てくれるということで。
そうなんです。
はい、2人目の方をゲストに呼んでおります。
名古屋大学博物館の研究員の広瀬雅人さんです。
と、あと今日はあの奇想ミュージアムサポートの学芸員さんの伊藤幸男さんもゲストに呼んでます。よろしくお願いします。
03:02
お願いします。
よろしくお願いします。
お願いします。
はい、すいません、雑談をあの最初長くお待たせしてしまいましたが。
大丈夫です。
お待たせしました。
ちょっとざっくりなんですけれども、広瀬さんの自己紹介をお願いしてもいいですか。
はい、名古屋大学博物館で研究員をしております。
広瀬雅人と申します。
研究員って何を研究してるかっていうと、私の専門は考古学でして。
考古学の中でも遺跡を発掘調査して、そこから出てくる動物の骨を研究する動物考古学っていう部分によりフォーカスしたのが専門になりますね。
面白そう。
この話、自己紹介聞いてる大地君の顔を見てるだけで、めちゃくちゃ楽しそうだなって伝わってくるんですけど。
大好きなんですよ、こういうロマンがあるな。
すいません、自己紹介を遮っちゃいました。どうぞ。
去年まで基礎町に住んでまして、基礎町っていうか基礎地域で発掘調査の仕事をしてました。
結構あれですよね、去年とかは海外にも行かれて発掘調査もされてましたもんね。
そうですね、毎年海外にも発掘調査に行ったりします。
なんかその今回、さちとさんといろいろお話をする中で、ザ・アーティストさんっていう方も是非公募で呼ぼうっていう話もしてるんですけど、
同時に、僕らのこの是非知ってほしいというか、表現者という意味で広くした時に、僕からはこの手札として大地君を出しまして、
是非さちとさんとお話しした時に、広瀬さんめちゃくちゃいいんじゃないかって話をして。
これはこの二人の話というかね、たぶんお互いが興味があることって似てるんじゃないかっていうのと、
普通に広瀬さんの話ざっくり聞いてみたいというふうに思っていて、
じゃあちょっと今回はじめまして会も兼ねて何か繋げれるような場所ができたらなと思って今収録をしてるんですけど、
大地君どうですか?この今自己紹介を聞いただけでテンション上がりませんか?
相当上がりますね。
僕、大学とかに無縁の男だったので、研究をするっていう行為をあんまりしたことがないんですよ。
ちっちゃい頃からでも研究好きだったんですよ。
何て言うんだろうな、成果がわかりきってはないんだけど、なんか没頭したくなるものってあるじゃないですか。
土いじりがめっちゃ好きだったんですよ。ちっちゃい頃石とか。
そういう土の中にロマンあるなって、ちっちゃい頃思ってて忘れてたんですよ。すっかりそれを。
なんかそれをね、思い出させられた感じ。
なるほど。
確かに。
ちなみに僕も昔から石とか発掘めっちゃ好きで、家の前あの河原から拾ってきた石まみれだったんですけど、
あーわかる。
化石もすごい好きだし、だから僕最初にフェロスさんに会った時に、マジで僕こういう人生もあったなってマジで思いました。
06:03
だからすごいかっこいいなと思っていて、
だから本当にこういう形で実現するのすごい嬉しいなと思ってて、
ちょっと今回はね、真弘さんの、じゃあなぜその道に進もうと思ったのかとか、
実際木曽町で過ごしてそういう研究をしてみてどうだったかっていう話をちょっと聞いてみたいなと思ってるんですけど、
その研究員って道どういう風に進んでいくことになったんですか?人生をちょっと深掘りしたいんですけど。
人生を遡っていって、どう研究の道に進んでいったかっていうことですよね。
はい。
それはですね、すごい話すと長くなるかもしれないですけど。
いやもう行きましょう、はい。行きましょう。
遡っていくと、ほとんど始まりは小学生くらいだった気がしますね。
うーん。
小学生くらいの時に、自分はこの先どうやって生きていったらいいんだろうって考える。
早っ。
小学生。
早くないですかね。
すごい。
やっぱり小学生とかってちゃんと教育される過程で将来どうなるかみたいなのを頻繁に将来何になりたいかとか頻繁に聞かれたりするじゃないですか。
うーん。
ああいう時に本当に将来私生きていけるんだろうかって考えませんでしたか?
僕結構考えてた方ですね。
考えますよね。
うん。
そうなった時に、私の場合は自分は社会に不適応な人間だからきっと生きていけないだろうと思ってたんですよ。
うーん。
で、じゃあどうやって生きていこうかって考えた時に、もう自給自足してやむを得で暮らしていくのが一番いいんじゃないかと。
それは小学生で。
関わりがない形で自給自足しながら生きていけば誰かと関わりなく、誰にも迷惑かけずに生きていけるんじゃないかなと思ったんですよね。
で、それが始まりだった気がします。
すごい始まりだな。
でもそこから急に研究員にはならないじゃないですか。
そこからまだ土いじり、発掘調査の話には行かないですけど、そこからどう繋がっていくかと言いますと、自給自足しようと思った時に調べるんですよね。
どうやって自給自足すればいいかっていうのが。
小学生ですよね、まだ。
小学生です。
すごいな。
何を食べていけばいいかとか、どうやって自給自足すればいいかとか、どこから水を取ってこればいいかとか、どうやって家を建てるかとか、何を重視して家を建てればいいかとか、そういうことを考えるんですよね。
で、それって普段の生活なんですけど、あまり現代のものを使ってそれをやっていこうとするとどうしても社会とか変わってしまうので、自分一人でやっていくにはすごいプリミティブな素朴なシンプルな手法になっていかざるを得ないっていうのはもう小学生でもわかることだったんですよね。
09:05
で、そうなっていった時に何を調べるかっていうと、昔の人の暮らし方なんです。
昔の人の暮らし方、昭和以前とか、そういう、もっと言えば旧石器時代とか、そういう時代の暮らし方を調べて、将来の自分の暮らし方を想像していくわけですよ、小学生は。
小学生の時の暮らし方なんですよね。
はい。
めっちゃいいですね。
いいわー。
ニヤニヤしちゃう。
で、それを調べていっていく中で、自分の中で目的はどうやって暮らしていくかっていうことを知るために調べてるんですけど、その目的を超えてもっと知りたいと思うようになるわけですね。
この本にはこうやって書いてあるけど、こういうことを考えてて、そこで文献とか信用できないなっていうところとか、文献はない時代のことがわかんないなってなった時に頼りになるのが工という分野だったんですね。
それで大学で高校学を専攻して、どんどん高校学を勉強しているうちに、将来の暮らしとかどうでもいいなと思うようになってしまう。
で、どんどん高校学を調べているうちに、今のこのポジションになってしまっていくと。
えー、やばい。
もう途中から本末転倒したんですね。
そうです。
もう完全に。
いや、すごいな。
いや、もうちょっと自己紹介の話聞いてるだけで、本当にひろしさんに声かけてよかったなって思いました。
面白すぎる。
これだけでもめちゃくちゃ面白いですよ。
本当にいいですね。で、そこから大学に入って、どんなそこは研究とか勉強みたいなのをしてたんですか?
大学に入った時は、そこは高校学でいうと、基本的にファクト調査して出てくるものを扱うんですけど、そこで一番ポピュラーなのは、その残りやすい遺物、昔の人が残したもの、遺物って言うんですけど、
その中で残りやすいもの、お茶碗とか石器とかが主流なんですね。
で、高校学者が発掘調査して出てきたもので、一番何が知りたいかっていうと、その遺跡の時代を知りたいと思ってて、
発掘調査した時にその時代を確かめるためには、一番手軽なのは、お茶碗を見て、我々も道端とかにお茶碗の欠片とか落ちてる時に、これ昭和のものかなとか、現代のものかなとか想像するじゃないですか。
ああいう感じで、我々高校学者も発掘調査して出てきた時に、お茶碗の欠片とか見て、いつ頃の遺跡なのかっていうのを推測したりするんですね。
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そういうものを推測するために、高校学者はお茶碗、お茶碗というか陶器の欠片なんですけど、陶器の形とかを見て、その時代を推定する手法を確立していってるんですけど、
そのカタログみたいなのを作って、その時代ごとにどうやって陶器の形が変わっていくか、器の形が変わっていくかっていうのをカタログにしていて、
そのカタログを見れば、発掘調査して出てきたものを当てはめて、その遺跡がいつ頃のものかっていうのがわかるようになってるんですよ。
主流としてはそういう形を扱う、残りやすいものの異物の形を扱うのが主流だったので、私も陶器の研究をしている研究室に入りましたね。
陶器の形の研究をするんですけれども、発掘調査室とかして出てきたものを並べて、どういう形で変化していったのかっていうのを調べるんですけど、
そういう形を追っていってると、そこで思うのが、なんでこういう形、こういう変化をしていったんだろうとか思うんですね。
でも、そういうところまで調べてる余裕はその時はなくて、
でも、さらにその器を見てるって思う、その当時思ってたのは、この器に何を入れてたんだろう、どういう使い方をしてたんだろうっていうのを調べるのが気になってくるんですよね。
もともとどういう暮らしをしていけばいいだろうとか考えてた人間としては、器の中身が気になってくる。
本来入っていったものが気になってくるんですよね。
そうなった時に、どういう分野に進んでいけばいいかって思った時に、
動物考古学っていう遺跡から出てくる動物の骨を調べて、どんな動物を食べてたかっていうのを調べる分野の方に進めばいいかなって思い始めて、
そっちの可能性も探っていったところ、どうも名古屋大学に行けばそういう勉強ができるだろうということに気づいて、
そこから名古屋大学に行って、マスター修士の時からですね、そこから動物考古学を専門にして勉強して、
だんだん経験を積んで、博士生を取って、今に至るって感じですね。
今回のアーティストインレジデンスが、佐藤さんと一緒に名前を考えて、
百草院基蘇団に専門領域交差型アーティストインレジデンスって名前にしたんですけど、
その裏にはいろんなジャンルが違う人が、専門的に例えばヒロさんみたいに動物考古学をやってる人、大地君ってこの料理を主にしてる人っていう、
パッと見たら全然ジャンルの違う人じゃないですか。
だけど今お話ししてたとこに繋がるものってめっちゃあるじゃないですか、例えば大地君は食べるものを今作っている。
ヒロさんは何を食べてたんだっていう、そういうのが感じたくてというか発見したくて、
15:03
今回のアーティストインレジデンスをやりたいって思って佐藤さんに相談したんですけど、まさにだなって今ちょっと聞いてて思って。
いいっすね。めちゃくちゃ面白いな。
めちゃくちゃ面白い。
いいね。
いやなんかその器から入るっていうか、何が入ってたかを想像するって、僕はその発想はなかったので今まで。
確かに何て言うんですか、昔の食器を見て、これワイン入れてたんかなとか、知らないですけど、考えるわけじゃないですか。
なんかもっと昔ね、味噌汁はないけどなんか汁飲んでたんだなとか言うわけじゃないですか。
なんか僕も料理で何を表現したいんだろうと思ったときに、結構食文化って絶対切っては切れないもんだなと思っていて、
前もちょっと話したんですけどトランスルーツっていうのが僕の料理テーマになってるので、
いろんな地域のルーツって根っこの部分ですよね、本当に根付いてるものを考察することで新しい料理が生まれたり、
その文化を再認知したりだとかっていうことが僕の料理に対してのテーマというかってやってるので、
なんかすごくリンクするというか、何て言うんですかね、これ何食べてたんだろうねっていうのを一緒に考えて、
じゃあそれを表現する媒体が料理だったりっていうのはすごく僕面白そうだなって聞いてて思ったんですよね。
本当にヒロさんの話はね、めっちゃ面白いというか、まだ正直動物に行ってからの話はもうちょっと深掘りしたいなと思ってる次第です。
お願いします。
動物に行ってから。
動物考古学をやりたいと思って名古屋大学に行かれたじゃないですか、そっからはどういうふうに現在に至るもなく進んだかを頼んだ、
一番知りたいってことですよね。
ありがとうございます。
多分そんな感じかなと思うんですけど。
その過程はですね、もっと細かく言うと、学部の頃はトウキって言ってもすり鉢?すり鉢になるものの形を研究してたんですよね。
すり鉢で何吸ってたんだろうって考えたときに、いろいろするものがありますよね。
多分植物が多かったんだろうなと思う一方で、そのとき私が学部の頃調査して研究してたすり鉢は中世、鎌倉時代とかのものなんですけど、
そのときそういう細かくすりつぶす系の食事が増えるって言われてて、すりつぶす系の食事は大体植物が大体想像されてたんですね、そのときは。
鎌倉とかそういう動物すりつぶす系の食事もきっと流行ってたんじゃないかなと思って、
あまり注目されてない感じだったので、魚の研究もいいなって。
18:00
趣旨からは鎌倉時代の魚の骨、遺跡から出てくる魚を研究し始めたんですね。
ちょうど鎌倉時代の鎌倉、鎌倉って中世の港湾都市なんです。
都市なのでたくさん人が集まってて、たくさんゴミが捨てられてて、たくさん人が物を食べて、骨がいっぱい出てくるんですよね、動物の骨が。
その中に大量の魚の骨もあって、それを調べてみようと思って、ちょうどまだちゃんと報告されてない資料があるよっていうのを先生の先生が教えてくれて、
それを一緒に研究することになって、魚の骨を調べたんです。
そこの中世の鎌倉時代の鎌倉の遺跡から出てきた魚の骨を調べたんですよ。
それがなかなか面白くて、大型の魚が多かったんですね。
サメとかマグロ、あとカジキ、かなり大きい魚が捕られてて、それ以前、鎌倉時代よりもっと前の時期には周辺の遺跡を見てみても、
そんな大きい魚は捕られてなくて、あんまり。急に鎌倉時代になって大きい魚を捕るようになったんですね。
ついでに魚だけじゃなくて、クジラとかイルカも捕られてたんですね。いっぱい出動してたんですね。
急に大きい魚とかイルカとか捕るようになって、これは何か理由があるはずだって考えたんですね。
それの理由として考えられるのが、貨幣経済だったんですよ。
全然繋がんない。なんで?
最初、船とかの技術が上がったのかなって思ったら、そっちなんですね。貨幣経済なんですね。
そうですね。私もいろいろ考えたんですね。
その技術があってそれを大きいのを捕れるようになったみたいな考え方は、結構普通にあり得るんですね。
ただ確かに大きめの釣り針とか出てくるんですけど、多分それ以前の技術でも大きい魚を捕ろうと思えば捕れるんですよね。
なんならもう大きいマグロは縄文時代からちゃんと捕られてますよね。
なので鎌倉時代よりもっと前の人たちも捕ろうと思えば全然その大きいマグロとかサメとかカジキとか捕れたと思うんですよね。
それ必要なかったんだ、その頃は。
捕ろうとしなかったんですね。
で、鎌倉時代になって急にその街の人たちはその大きい魚を捕るようになったっていう現象が見られたんですね。
あーそういうことか。はいはいはい。面白かったよ。
そこで本当の原因はなんだろうって考えたときに、多分これ貨幣経済が影響してるなって気づいたんですよね。
21:09
多分ですけどその都市の都市じゃないところの集落っていうのは結構もう人口もあんまり多くなくて多くない集落がポツポツとあるだけだったんですよね。
そういうところで大きな魚を苦労して捕ってきても食べきれない。
全部腐っちゃう。
でもその人口が多い都市であれば苦労して魚、大きい魚を捕ってこればちゃんと貨幣に返還できる。
貨幣に返還すれば他のものとも交換できるし貨幣は腐らないから調動もできる。
だからその時にはその貨幣っていうものが導入された時にはその大きな魚を捕ることでもメリットが得られるようになって大きな魚を捕るようになったんだろうなっていうところに想像が行ったんですね。
人間の経済の変化とか生活、社会の進化みたいなのが社会の変化ですね。
見えるようなのが観測ができてその時私はすごい嬉しかったんですよね。
動物工学の技を磨けばもっといろんなことがわかってくるだろうっていうことにその時気づいていろいろそこから技を磨くようになってきました。
気になりすぎて聞きたいんですけど、大きい魚を捕れるようになったじゃないですか。
それが貨幣経済の発展によって行われたっていうことを理解したんですけど、
それって違う歴史の見方で解明されてなかったんですか?
ここで貨幣経済めっちゃ来たから魚いっぱい捕ったんじゃねっていうのってありえそうじゃないですか?聞いてると。
それはあんまり貨幣経済と結びつけて語られてるのはそれ以前はなかったんです。
すごい発見じゃないですか。
あんまり注目はされないんですけど。
でも貨幣経済があそこで変わったっていうのは、僕ね歴史うといんですよ。あんまりわかってないんですけど、
鎌倉時代で貨幣って一気に変わったんですか?
それ以前の貨幣は物々交換的な、コインじゃないんですよね。
貨幣は一応あったんですけど、ちゃんとコインとしての貨幣は鎌倉時代に大量に入ってくるんですね、中国の方から。
量がないとコインとして使えないので、大量に入ってくることによって貨幣経済として成り立つぐらいの機能が成り立ったということなので。
面白いな。
めちゃくちゃいいですね。
めちゃくちゃいいですね。ちょっともっと深掘りたいけど、たぶん永遠話しちゃう。
24:02
僕とだいちくんがパーソナリティになった時、終わりがないっていう。
終わらないの?ずっと聞いてたいんだもん。
そういう研究もされてて、その後とかに基礎に来ることになったって感じなんですかね?
その後また別の研究をしてて、その後また別の研究をして、その後ようやく基礎に行くって感じですね。
ちょっと研究深掘りたい。
じゃあそれはせっかくなんで、現地にここの来た時にいろいろお話ししながら深掘りたいなと思うんですけど。
今回せっかく佐知夫さんも来てくれてるので、佐知夫さんが広瀬さんと出会った時の第一印象とか、実際一緒に働いてた時の感じとか、どんな感じだったのかもお聞きしたいんですけど、どうですか?
そうですね。広瀬さんと最初に会ったのは事務所の中だったと思うんですけど、最初ちょっととっつきにくいかなって。
自分の世界をね、持ってる。
いろんな話におひれとかがついてて、なんかすごい人が来たよみたいな。やばいよみたいな。博士を持ってるし、ちょっとなんでこんな基礎に来ちゃったの?みたいなそんなノリで。
いろいろな情報が若干入ってたっていうのもあるんですけど、でもどっかのタイミングで、こんな年もだいぶ離れてはいるんですけど、多分研究であるとか、私の場合は学院ということで、ミュージアム関係の仕事ばかりずっとやってきたので、
そういうようなところで気持ちがわかるところもあったせいか、途中から結構打ち解けて、もう本当に言いたいことを言ってますね、今も。
素晴らしい関係性ですね。
そうですね、本当に。だから広瀬さんをどうやってプロデュースするかっていうことには、私もちょっとそういうふうにこともね、なればいいなと思って、気持ちもあったりして、おせっかいを焼いております。
でもね、本当なんかね、この前というか、広瀬さんがキソにいたときに、縄文の遺跡についての発表を五稜館っていうところがありまして、そこでしてくださったのとか、めちゃくちゃ面白くて、
人もね、結構キソの方も集まってくれて、結構世代も幅広かったように思うんですけど、そういうこととか、あとキソ町は四大石書の一つの福島石書があったりとかして、調査もしてくださって、
なんか実際にそのなんかアーティストインレジデンスの期間中に、そういったとこに一緒に行ったりとかして、見ながら現場でなんかポッドキャスト撮ってもめっちゃ面白いんじゃないかなと思ったりしてたりしてるので、
ちょっとね、この前半はちょっとこの広瀬さんの自己紹介みたいなところをメインにさせていただいて、ちょっと次後半、なんかじゃあ実際現地でどんなことできるんだろうみたいな、
とか大地くんがこれやったらめっちゃ面白いんじゃないとか、広瀬さんもこれこういう交流できたら面白いかもみたいな話をちょっとしたなと思うので、じゃあちょっと後半に続きます。
27:08
ということで一回これは締めます。聞いていただきありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
一言ラジオ、人の物語を語る時間。今回のエピソードはいかがだったでしょうか。番組への感想メッセージは、メールアドレス ask.hitokoto.gmail.com までお寄せください。
コラボしてみたいや、こうしたらいいのではというアイデアなど、ぜひいただけると嬉しいです。それでは次のエピソードもお楽しみに。
27:41

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