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幸せの定義〜私は幸せの形を追いかけていた〜
2026-10-12 08:01

幸せの定義〜私は幸せの形を追いかけていた〜

私のエッセイ「幸せの定義」を朗読しました。

当たり前だと思っていた幸せの形。
そこから少しずつ、自分にとっての幸せを考えるようになったお話です。

よかったら、最後まで聴いていただけたら嬉しいです。

✍️ noteでもエッセイを書いています。
https://note.com/safe_hawk6284


 

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サマリー

ひまわりが、自分にとっての幸せの定義が変わった経験をエッセイとして朗読する。かつては、良い学校、安定した仕事、結婚と家庭という「幸せのレール」を当たり前だと思い、公務員の妻として家庭を守ろうとしていた。しかし実際の生活にはモラハラや経済DVがあり、外から幸せに見えても本人の中身は違っていた。違和感が大きくなり離婚に至った後、上司の勧めでnoteに文章を書き始め、読者の反応を通じて自分の言葉にも価値があると感じるようになる。離婚や文章との出会いを経て、自分で選び歩きながら幸せを見つける人生が動き出し、毎日を楽しく感じられるようになった。幸せは世間の常識や外から見える形ではなく、その人自身の心が決めるものだと語り、過去をやり直すのではなく、経験を抱えたまま自分の人生を生き始めることだと結んでいる。

当たり前だと思っていた幸せのレール
こんにちは、ひまわりです。 初めての配信になります。
ノートでは、自分の経験や、 人との関わりの中で、感じたことをエッセイにしています。
これからは、その言葉を声に乗せて、 こちらでも届けていけたらと思っています。
今日お届けするのは、幸せの定義、 私は幸せの形を追いかけていた、というエッセイです。
最後まで聞いていただけたら嬉しいです。 それではお聞きください。
幸せって何だろう? 今回は、
私の幸せの定義が変わった話を書こうと思う。
昔の私は、いい高校へ行き、いい大学へ入り、 安定した仕事に就き、結婚して家庭を築く。
そんな人生が当たり前で、 それが幸せなのだと思っていた。
だから私は、そのレールを歩き、
当時は公務員の妻として、 パートをしながら家庭を守ろうとしていた。
もちろん、その生活の中身が充実していて、 幸せならそれも一つの幸せだと思う。
ただ、私の場合は違った。 外から見える形は幸せでも、
中身はモラハラや経済DV、 幸せそうに見えるだけの張りボテだった。
離婚と文章との出会い
何かいいことないかな? その当時の私の口癖だった。
今思えば不思議だ。 幸せになるための形は手に入れたはずなのに、
なぜか私はずっと何かを探していた。
今思えば、私はとても受け身だった。 誰かが幸せを運んできてくれるのを待っていたのだと思う。
でも、心のどこかでは、 この生活があと何十年も続く。
そう考えるだけで、体感的にゾッとしていた。
ただ、私は本当にこのままで幸せなのだろうか。
そんな違和感は少しずつ大きくなり、 いろいろな出来事が重なって離婚に至った。
そんな頃だった。
仕事ぶりや私自身を見ていてくれた上司が、
ひまわりさんは文章を書くのが上手だし、 人生経験もあるからノート合うと思うよ。
誰かの役に立つかもしれない。 そう声をかけてもらった。
でも私は文章が上手いなんて思ったこともない。
私の経験なんて誰が興味あるの?
そう思っていた。
自信なんてゼロだった。
けれど、一般的に言えば、 幸せのレールから一度外れた私は、
自分で選ぶ幸せの形
とりあえずやってみよう。
そう思えた。
書き始めると、共感しました。
考えさせられました。
そんな見方もあるんですね。
思っても見なかった言葉をたくさんいただいた。
私の言葉にも少し価値があるのかもしれない。
そう思えるようになった。
そして気づけばあれほど口癖だった。
何かいいことないかな?
を一度も言わなくなっていた。
離婚や上司の言葉、そしてノートとの出会い。
いろいろな出来事が重なって、
ようやく私が主役の人生が動き出した気がしている。
私は自分で選び、歩きながら見つけていく幸せの形もあるんだと初めて知った。
30代後半。
決して早くはないけれど、
でも私は今、自分で幸せを探している。
迷うこともあるし、立ち止まることもある。
でも不思議と毎日がワクワクして楽しい。
昔の何かいいことないかな?と言っていた私からしたら、
今の私は想像もできなかった。
人生は何歳からでも生き始める。
私はやり直せるという言葉があまり好きではない。
幸せは心が決めるもの
それまで歩いてきた人生も苦しかった経験も、
全部今の私には必要だったと思っているからだ。
だからやり直す必要はない。
私にとって生き始めるとは、
人生が生き生きと動き出すこと。
自分で人生を選び、自分の足で歩き始めることだ。
幸せとは世の中の常識でも、外から見える形でもない。
その人自身の心が決めるものだと私は思っている。
だから私は、私という一つの事例をここに置いていこうと思う。
幸せの形は人それぞれ違う。
これは私が見つけた幸せの形だ。
もしこの話が誰かの、
私にとっての幸せって何だろう?
を考えるきっかけになれたなら、とても嬉しい。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
ノートでは他のエッセイも書いています。
よかったらそちらも読んでみてくださいね。
これからも言葉を声に乗せて届けていけたらと思います。
それではまた。
08:01

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