辛い過去の出来事
なぜこんなことを私が言うのかというと、多分誰に話しても不幸な話っていうことを、私は持っていて、そういう経験をしているので、
あの、えっとね、5年前に私の夫が急に倒れて脳出血で、
それで倒れて寝たきりになって、そこから動けなくなって、鼻にチューブを入れて、まぁ植物状態になるだろうと言われて、そこからもう家には帰ってこれないとなり、
ね、そういう状況っていうのを誰に話しても、あーなんて可哀想な、気の毒なと、いうことになりますよね。
出来事からの気づき
私ももうその時は辛くて、ね、生きているのがもう辛かったんですけども、でもそれさえも5年経った今、意味があったんだなと思うんですよ。
これってね、私にしかわからないことで、良かったな、あの出来事が起こってっていうのはおかしいじゃないですか。
でもそう思える色々な気づきがあったので、良かったというのはちょっと言い過ぎですけど、出来事だったんだなっていう、そうならないと気づけないことがたくさんあって、っていうところで、
困難を乗り越えた境地
もうそれを乗り越えたので、この先何が起こってももう、どうも思わないなというか、一度はね、死ぬ覚悟したので、一緒に。
死んでもいい、どうでもいいや、もうこんな世の中って思ったので。
だからもう最強になったんですけど、やけになっているわけでもなくて、そこから生まれた幸せっていうのがあって、本当に夫婦仲良くラブラブしてそれが幸せっていうことでもなく、
まあ私たちには子供がいなかったんですけど、子供がいないから不幸っていうことでもなく、幸せっていうのはこういう感じなんだなっていうことを実感できました。
独自の幸せの形
これはなかなかこの幸せ感はわからないと思います。
世間で言う幸せっていうことと、私が今感じている幸せは違うと思います。
だからもしかしたら、ここでシェアしても誰もわかってもらえないかもしれません。