僕のおせっかい感なんですかね。
そこも世界観というかコミュニケーションというか何というかね。
対人の考え方とかですね。
それだから言うと僕逆にめちゃくちゃおせっかいしいじゃないけどしいなところが多分もともとあったりするんですよね。
そうなんですかね。
なんかねもうすごい人の人生に介入しよう介入しようっていうなんかしちゃって。
どういう言える範囲って言うんですか。どういう介入の仕方をなんかしちゃいがちですか概念的に。
概念的に。
概念的になんかこういう状況っていうのもあってもいいかもしれないですね。
例えばなんかこう話してるじゃないですか。
ちょっと親しくなっていって家族構成どうなのとか何が好きなのとかいろいろ話すじゃないですか。
家庭の話とかになってきたりとかいろいろ今までこういうこと経験してるとか聞いてくるとだんだん感情移入していって今頑張ってるとかこういうことがあったのに何とかしてるとか。
なんかそういうのほらいろいろ聞いてなんか結構自分ごとみたいな感じでくるっていうか。
なんかわーなんかすげーな頑張ってんなーとかなるともう訳わかんなくなっちゃって。
例えば仕事を頼みに来た人と話してるじゃないですかお客さんとね。
親身になりすぎてなんかもうちょっとお金とかもらわなくていい?とか思って。
えっ無償でなんかやっちゃうんですか。
いやいや無償ではしないってかまぁちょっとケースバイケースなんですけど。
なんか無償でもしちゃいそうな気持ちで全部なっちゃうんですよね。
あーまぁやっちゃいそうになる自分がいるっていうことですかね。
基本的にやっちゃいそうです。
基本的にそれをやっちゃいそうなんですね。
もうてかもうお金とかを僕なんかすごい持ってたらっていうかそしたら多分もうやっちゃうんでしょうね。
じゃあもういいよ今回お金なくていいからみたいな。
こっちで出せるからみたいな。
そうそうそうそう。
へー。
うんなんかそれはすごいあって。
だからそれをつなぎとめてるのはやっぱりほら生活していかないといけないとか。
はいはいはい。
お金がどうだとかっていうことできちんと対価をもらわないとダメですよってなるんだけど。
もうただそれだけですよ。
そこはもうエモーですよね。
エモーですね。
エモーの方が強いんですよだから実際通常時が。
であって我に返って現実的な話が出てきて。
ただでしたらどうすんのよみたいな。
今月どうなんのよみたいな話になって。
あーってなってじゃあいくらですみたいな話になるっていうかね。
だから本当介入するというか感情移入するというかなんかもう良くない部分でもあるんです。
良くもあるんでしょうけど。
でほら結局おせっかいじゃないですか。
だからそれもなんかすごい弊害があったりして経験でですね。
だから自分がほらなんかこうすごいこう深入りしすぎちゃって相手もほらそれが普通ってやっぱり思ってきて。
どんどん要求が高くなってきて。
で途中で自分がいやちょっとおかしいぞってなるって。
途中で気づいちゃうって。
そうそうなんかいやいやそんなことは言ってないですよってそこまでほらサービスしますよって言ったらもうただにしてくれって最後言い出せちゃうみたいな。
あーそういう感じになっちゃうんですか。
例えばね今ちょっとメダファー的な話なんですけど。
ちょっと極端に言っちゃうと。
極端に言うと。
もういいだろういいだろうが重なっちゃってじゃあただでみたいな。
そうそうなっちゃったりして。
でもうそこでほらいやこっちもそれは無理ですよって言って。
でなんか向こうもほらもうなんかだんだんだんだんほらそのちょっとずつちょっとずつ安くなっていって急にただになっちゃう。
じゃないとなんでおかしいぞとかなってもってなっちゃってみたいなね。
やっぱその自分のそういう性格がやっぱそういうのほら起こしたっていうかねってわかるんで。
そういう状況にしてさせてしまったみたいなね。
そういうことしないようにしなきゃなーって常々思ってるんですけどね。
でもなんか自然と自分のその感情に従ってるとそういう状況が出ちゃうことがあったってことですね。
あるんですよね。
だからもう常にやっぱりそれ隣り合わせでだからその優しさっていうのなのか甘えなのかみたいななんかそこもだから難しいですよね。
厳しさ、優しさ、甘えみたいなのが例えばこうあってね。
真ん中が優しさだとしたらどっちにも触れすぎたらダメみたいなっていうか。
優しい子とかいいっていう風に世の中持ってるかもしれないですけどそれもなんかケースバイケースというか。
そうそうそう。
いろんな状況といろんな関係性との中でここの場合は優しい場合だとか優しくない場合だとか。
そうそうそう。
多分いろいろあるんでしょうね。
ねー。だからそのやっぱ見極めがすごい難しいっていうか。
難しいですよね。
もともとがだからどっちかのそのさっき言ったね。
そうそう。
あのね、やりすぎとね、触れてたら厳しさとね、甘えの方に触れてたらやっぱりなかなかその真ん中に持っていくのってなんか難しいなって思っちゃいますけど。
属人的にどっちが得意かっていうのもあって。
はいはいはいはい。
で、エモ側なのか。
規律側なのか。
規律側なのかとか。
まあそれが大局にあるのかまた別のちょっと次元があるのか。
まあ諸行無常系の国なのかとか。
そうですよね。
いろんなパターンがあるんでしょうね、優しさにも。
でもその人なりの多分最低限の優しさがそれなんでしょうね。
強く言うっていうことが優しさって人もいれば。
何も言わないってことが優しさって人もいれば、おせっかいする人が優しさっていうところでしょうね。
そうですよね。
今聞いてて優しさって言ってるやつを別のあれで思うと、
やっぱり相手の気持ちに立つというか相手にしてあげるとか、
そういうふうにやっぱり聞こえてきますよね、優しさっていうのがいいから。
それだとすると僕やっぱ最大限の優しさはその人が言ってくるまでは何もしないな気がするんですよね。
だから自由を担保してあげるみたいな。
そうですそうです。
助ける自由もあるし助けを求めない自由もあるので、
助けを求めない人に対してのおせっかいは優しくないと思うんですよ。
なるほどね。
求めてきたときにその求めた分だけちゃんと一緒に考える。
なるほどね。
へー。
のはお互いに優しい気がしますね。
あーそうかー。
で、あとそれを無理せず自分のできる範囲でっていうのは。
めちゃくちゃ大人じゃないですか。
いやいやいやいやいや、できないっす。
そんなに。
もう言ってるだけかもしれない。
ほんと?でもさっきその話ってなんかそのギブアンドテイクっていうなんか本?
うん。
なんか前紹介していただいてなんか読んだんですけど、それになんかそういうこと書いてありましたね。
おーなんですかギブアンドテイクって。
あのなんかギバーテイカーって一時期流行ってるじゃないですか。
そうそうそうそうそうそう。
なんか全然知らない話でさっきの話を別の人にしてたら、
自分が甘えさせすぎてっていう話でね。
ちょっとこうトラブルがなったりすることがあったみたいな話をしたら、
なんかそのギブアンドテイクっていう本の話をされて、
なんかそのギバーテイカーって話でね。
でなんかその与える人、ギバーっていうのは与える人ですよね。
マッチャーっていうのがいて、マッチャー5050に物事を進めたい人。
でテイカーっていうのが相手よりもより多く自分の方に取りたい人みたいな感じの話だったんですけど。
だからなんかそのギバーっていうのが与えるから、
まああたかもいいように聞こえるんだけど、
中にはその良いギバーと悪いギバーみたいなのがあって、
悪いギバーはさっき言った自分の話みたいに与えすぎちゃって、
もう関係性が逆に崩れちゃうんで。
良いギバーっていうのはやっぱりその自分に無理がない範囲で与える人っていうなんか定義だったと思うんですけど。
まさにだからその岡田さんの考え方っていうか今話してた話って、
その良いギバーのなんか感じと同じだなーって思いましたけどね。
なるほど。その良いか悪いかもまぁ状況に変わっちゃいますけどね。
もっと与える時が必要な人も多分いると思うんですよね。
そうですね。
枯渇して死にそうだみたいな人とか。
分かんないですけどね、それも。
そうね。だからなんかその自分のできる範囲っていうのが多分あって、
だから自分が空っぽになってしまうほど与えてはダメだっていうことだと思うんですよね。
とても大事かもしれない。
余力がある範囲でっていうか。
続かないですもんね。
そうそうそうそう。
結局やっぱりそのなんか最近なんかね、流行りで持続可能性とかなんかさ、
パステナビリティ。
言いますけど、でもほんとそうですよね。
そこについてなんかあんまり考えてこなかったなんか、
世の中があるような気がするっていうかみんなもですけどね。
だから最近やっぱそういう言葉をなんかよく聞くようになってからは、
結構そこにできないんですけど、やっぱり考えるようになりましたね。
なるほど。
ちゃんと継続的に支援できるのかとかですね、やって。
確かにそうですね。
だからめちゃくちゃ自分苦手なんですよ。
苦手なんですか?
継続させていくのっていうのが。
何の継続ですか?
だからその何か物事を継続させていくのに、
0から1を始まるじゃないですか、何事もですね。
それからずっとその育てて1を100まで育てていくとか。
事業とかもそうですし、関係性はそんなにないんだろうけど。
だから持続可能にしていくために、
渡せる範囲での交換が行われてる。
そういうことですよね。
なるほどね。すごいですねそれは。
渡せる範囲での交換。
等価交換みたいな。
そうですよね。
そういうやつですよね。
その範囲を超えないようにってそんな会話して優しさ吐ける人いないですけどね。
でもなんかやっぱみんなこうなんていうんですか。
優しさセンサーで測ってるんでしょうね。
自分の中のね。
そうそうそうそう。
でも確かに仲良くなる友達ってどんなんだろうって友達と話してたことがあるんですけど。
仲良くなろうと思ってない人と一番仲良くなるって話してたんですよ。
それって多分無理してないってことなんですよね。
そういうことですね。
基本的な幅の余白の範囲でしか交換をしない人っていうのが気を使わず無理しない人。
なるほどね。
それはあるかもしれないですね。なんか心地よい関係っていうかね。
それはあるなあ。
関係性ね。だから今ちょっと優しさから離れるけどやっぱその関係性っていうののそれは確かにいろいろ面白さありますね。
なんかちょっと無理してでも好きだからこうするみたいななんか関係性も時にはいいようになんか感じるときもあるしとかですね。
あとその好きになってこう大事にしてほしいっていう人が一人なのか複数いるのかとか。
例えばその仕事だとその専業でずっと会社員でこの会社でずっと勤めてきましたっていう人とフリーランスで何社とかやってますよみたいな人がいると。
やっぱりその一人から嫌われたりもうダメになった時のその恐れってやっぱ全然違う。
確かに怖いですよね。
気がしますよね。
なんかその恐れによってこう与えなきゃとか。
そう自分自身がこう。
救わなきゃみたいな。
みたいな。
よく見られよう上司にはなんとかこう背負うなきゃみたいなちょっと古い話なんですけど。
そういう仕組みによって自分の優しさとか行動の変容って実は起こってる可能性もあるかもしれないですね。
確かに確かに。
その枠組みに自分自身も意外と気づいてないというかいう可能性もあるかもしれないですね。
構造ですね。
実は構造によって自分の優しさが変容してるというか。
確かにそれあるかもな。
だから会社とかでよくあるのがそのほらなんか一社依存みたいなね。
一社の太いお客さんがいてそこがメインでそこがなくなったらもう終わっちゃうみたいなね。
そうですよね。
そうなるとやっぱりどうしても優しさを強要してこられる可能性が多くなりますよね。
そうかもしれないですね。
無理しろみたいなね。
子供の発達の発達心理学で有名な確か教授の柏木慶子さんの方でも書かれてたんですけど
なんか専業主婦の方の方がすごく育児不安になりやすいっていう。
やっぱりそこしかないっていう状態で専念しちゃう方が
実は子供の方も不安になるし親も不安になるっていう話があったりとかで
兼業で働いてる方の方が意外と育児がうまくいくというか。
いくみたいな。
そういうような研究をされてたのをちょっと思い出しましたね。
そんな細かく正しく今伝えられてないと思うんですけども
すごくザクッと言うとそういうことをおっしゃって。
何かに専念してここしかないっていう状況ってすごくリソースが投下できてて
素晴らしいようには見えるんだけど。
見えますね。
意外と脆い状態になりやすいっていう。
なるほどね。
とか関係性の中でそれはちょっと親と子っていう中で示唆されたっていう話かもしれないけど
でもなんかそれってやっぱりさっきの会社の話とかもそうですけど
意外といろんなところで細かく起きてるかもしれないですね。
確かに。
何かね自分の中でも今聞いてて何かありそうだなと思いましたよ。
何か自分はこれしかしていませんみたいな職人気質の人みたいなね。
でも何かそれがもうできなくなっちゃったらみたいなのとかね。
ちょっと違うかもしれないけどサラリーマンの人がずっと勤め上げた会社
もう定年したら急に何か老け込んで死んじゃったとか。
そうですね。
スポーツ選手の怪我とかもまさにそれですよね。
何か人生終わったみたいな。
みたいなね。
だからやっぱり何かこう今ほらこのデュアルライフじゃないけど
二拠点生活する人とか結構増えてるじゃないですか。
だからああいうのと一緒でやっぱり何か分散しておくっていうのは
優しさというか余幅というか余白というかお母さんがボートに行った話ですよね。
そういう優しさの要素っていうのを確保するための何か大事な要素なのかもしれないですね。
そうですね。
選択肢がある状態を作っておける。
戻ってきましたね。
そうですね。
一周回って。
何か回って何かやっぱ選択肢っていうのが。
選択肢に戻り過ぎて。
優しさが。
それが余白をボートに置いてたことかな。
なるほどね。
いやでもそこまで僕考えてなかったんで。
いやでも何か戻ってきましたね。
今の対話で戻ってこれかって感じですね。
でも何かその脆い状態で一つに集中してるっていう状態も何かそれ自体が悪いっていうかは
それがあるからこそ何かこう成し遂げられたものとか。
ありますよね。
あの時の状態だからできたっていうことっていっぱいあると思うんですよね。
かつそれはその歴史上見てもあれだけこうストイックに何かをやった人が世界を変えてきたみたいなのがいっぱいあるので。
いやいやいや。
いっぱいありますね。
それ自体を何かどうとかっていうよりかは
あと今いる自分がこの状態でどっちを選べたいかっていうことも含めて選べることがまた優しさなのかなとか。
確かに確かに。
いいですね。
その状態認識できてるかどうかっていうところも変わってくると思うんですけど。
確かに確かに。
そこで何か楽さとかを調整できてると何か健全かなっていうぐらいな感じですね。
確かにね。
全然良い悪いとかじゃない。
もちろんもちろんそうですよね。
いやいや今日何かねちょうど友達が何かアートギャラリーをやっててですね。
そこがリニューアルというか移転してオープンしたっていう感じでお祝いに行ってきたんですけど。
すごい原宿のど真ん中って。
そうそうそうなんですよ。
何かね今の話をふと思ったのがギャラリーとかそういうギャラリー、
あんまりみんなそういう職業って身近じゃないかもあれなんですけども。
やっぱり自分のところの所属作家さんとかをいかに価値を高めてあげれるとか。
そういう広く広く知ってもらえるようにするとかっていう仕事とかも一つあると思うんですけど。
そこの所属のアーティストさんがめちゃくちゃコンテンポラリーっていうか現代アートの中ではもうすごい有名なんですよ日本の中でも。
そうなんですか。
もう世界でももう出てて。
すごい。
めちゃくちゃ有名で。
でやっぱりそのもちろん才能もあるし絵もやっぱりすごい素晴らしいんですけど。
ギャラリーは実はその二人三脚でここまで盛り上がってきたというかやってきて。
そうなんですか。
その世界でも知られるようなアーティストになられて。
その裏にはそのギャラリーでギャラリストの人がいてっていう状態なんですよね。
でなんかほらお二人ともだから片方のギャラリストの人は絵を描かないんですけど。
でもう片屋その作家さんはやっぱ絵しか描かないっていう感じじゃないですかね。
で育ってくるというかさっき言ったみたいにすごいお二人ともめちゃくちゃこうほら自分の持ち場をやってるんですけど。
ただそれがなんかすごいリスペクトし合うことっていうかで信じ合うことっていうか。
やっぱ今そこまあそんなねあんな一等地に新しくギャラリー作ったりっていうところまで。
なんか僕すごい昔から知ってるんで。
なんかねそんな今はそうなってますけどやっぱ初めの全然小さかった時からやっぱり見てるからですね。
すごいなあって思うんですけど。
さっきのその一個のことをしていくっていうのは危険性もあるんだけどそれを補う人たちがいること。
なんかそれもなんか優しさみたいに言えるんですけど信頼とか優しさとか。
背中を預けて一緒にこう何かできる人。
そうそうそうそう。
たちのこの全体のこの優しさ感。
なんかそれ感じてすごいなんかちょっと感動しましたよね。
感動レベルの関係性ができてるんですよね。
そうまあだって絶対そう思うんですよね。
そうだからそういう話もしてたんですけど今日。
だからなんか自分たちは石ころだったみたいな話をしてて。
石ころだった?
もともとね。
この辺にある石ころぐらいからやってっていう話で。
いやもともと才能あったよって話したんだけどいやいやそんなことはないですよって。
まあまあそれはもちろんあったんでしょうけどやっぱり知られてなかったし。
で多分そのステージを二人で上げていくことで多分ずっと努力してどんどん良いものを作っていったみたいな感じもなんかあったみたいだから。
そういうのってのもやっぱりねさっき言った背中預けるじゃないけど。
まあなんかスポーツ選手とかもそうですよね多分監督とコーチと選手みたいなねああいう関係っていうか。
俺はもう岡田さんとそういう関係になっていきたいですね。
なるほどね。
どういう立ち位置かわからないですけど。
確かに。
未だに何の関係かよくわからない。
謎の関係。
暇仲間って。
そうそう暇仲間として。
暇仲間宗教仲間シャチ仲間。
もうパラメーターがわかんないですね。
でも今日からあのですね岡田さんあだ名がスペイシー岡田になったね。
スペイシーって宇宙とつながった会話じゃん。
そうそう宇宙と交信する男スペイシー岡田になったね。
スペイシー岡田とピーターニャン。
もう意味がわかんないですね。
わかんない。
もうこの会話がスペイシースペイシー。
優しさっていうところで言ったら関係性みたいなところの作り方ですかね。
信頼関係とかリスペクトっていうところの根底があると何か同じ行動でも捉え方が優しさっていう意味でも変わりそうですよね。
そうですよね。だからさっき言ったみたいなおまでぐらい自分が無理しない程度に相手にしてあげるっていうのを
なんかちょっと超えそうな感じがするっていうか。
そうですよね。
もう自分を全部渡してでもそいつが何かこうのためになることだったらしてあげたいってのを
すごいお互い思ってる状態っていうか。
でもそれってすごい優しい世界かな。それはそれでですけどね。
優しさとは違うのかもしれないけど。
なんでしょうね。でもすごいきついこと言われても親友に信用と信頼してて
あいつだからこそ言ってくれたとか。
なんかそういうことを考えて優しさだなって捉える人はいるかなっていうふうに思ったりで。
そうですよね。確かに確かに。
なんか優しさが一気に内容が変わるというか怒られたと感じるのか。
優しいことをちゃんと今誰も言ってくれないだろうからと思って嫌だと思ってるだろうなって思いつつもちゃんと言ってくれたって捉えるのか。
そんなこと普段言う人じゃないのにとかいうふうに思ったりとか。
確かに確かに。
でも受け取り手のその状態によってもそれを優しさと感じる時なのか、おせっかいで嫌だなと思う時もあったりとか。
確かに。
この辺は相当変数だらけで難しい。
確かにですね。
思春期の子供とお母さんみたいな。
なるほどね。
うるせえよって言うのじゃなくて、いや違うのあなたのための。
もうほんとそれですよね。それもういろんなところで見ますよそれ。
ほんとに。
でもまあ掃除手でももうわからないっていうのもしょうがないかなって思っちゃいますけどね。
そうね。わからなくていいと思って嫌われてもいいと思ってやれるっていう優しさもありますよね。
そうそうそうそう。自分はそっちタイプなんですよ。
子供とかにさっきお母さんが言ったのに似てるかもしれないんですけど、わからないけどっていうのがあるから、あえてこうしなさいって言わないっていうかね。
答えはなんか出さないっていうかね。問いの状態である程度考えれるようになんとかしてあげたいなって思いながらなんか余白を残したいと思ってなんかしてますけどね、子供とは。
待つっていうのもやっぱ一つの優しさだし、立派ななんか行動の一つですよね。言わないっていう。
っていうのもですね、なんか言いたくはなるんですけどね、もちろん。
だからなんかそれも面白いなんかこと言ってる人がいて。
子供っていうものを子供として扱わないみたいな。それがそもそもだから人間として扱うっていうところが、子供に対する、子供っていうか相手に対するリスペクトみたいなこと言ってたりですね。
そう。
だからね、やっぱり子供っていうのは、まあなんかほらいろんな感情がほらなんかあると思うんですよ。
子供に対して。
子供に対して。
自分の子供、まあ人の子供にもあるのかもしれないけど、まあその生活してるからな。
そしたらなんかね、やっぱ自分の追体験ですね。
僕の、僕の思ってる子供のそのなんか感じることとかいいことみたいな。
自分の追体験するっていうのはですね、めちゃくちゃ大きかったです。
なるほど。
うん。
なんで、幼少期の時って多分その、今は社会人になって社会のいろいろ学ぶじゃないですか。
うんうん。
だからそれによってこうなんか出来上がったなんか考え方とか頭とかあるけど、
やっぱその追体験することで子供の時に普通にもう何も知らなくて考えてた自分の素の部分みたいな。
素の考え方とか。
そっか。
そうだこれ自分こうだったみたいな。
そう。
素の感じ方とか。
うん。
やっぱ思い出せて。
うん。
なんかもう1回そのなんか自分の元々の状態になんかちょっと立ち戻れる感じがするっていうかですね。
そっか。
えー。
元々のあの頃の少年宮川くんを思い出して立ち戻ってる感覚なの。
そうそうそう。
あるんですよ。
あ、これこうだったわ俺みたいな。
そうそう。
あ、俺こういうの好きだったわとかね。
うんうんうん。
でやっぱりさ、あのね。
あれの話でもそうですけど今日話した話でもなんか才能みたいな話とかね。
うんうん。
だから自分の好きっていうのとかってなんだったんだろうってやっぱみんな。
なんか自分はわからなくなってるのかなみんなって思う節があったんですけど。
でもなんかそれがね、その子供の追体験で思い出せるっていうのはなんかすごく大きい価値というか感覚。
なんか自分と似てる人とか近しい人との対話って究極の自分の内、内政と繋がってるのかもしれないですね。
あ、そういうこと。
うーん。
不思議ですけどね。
へー。
いや面白いですよね、だからそういったのは。
うん。
僕も親と話してて、なんか困った時に父親とか母親に相談したりするんですけど、
なんかどう思うっていうことを問うて帰ってきたこととかがあんままんま自分だったらそう思うなってことばっかり返ってくるんですよ。
へー。
悩んだら結構意外と近しい人に相談して戻ってきて確認作業するってなんか解決に繋がるかもなっていう。
確かに確かに。
思いますね。
うーん。
面白いですね。
なんか子供で感じたことあるけど、その親でそういうのだから、なんか親ともこうやって話すとまた違うかもしれないですね。
そうですね。
うーん。
なんか、なんか理解できなかったなって行動も、よくこう親の方に聞いてみるとあの時こう思ってたからっていうので、
あれ?それって優しさじゃない?って今の自分の感覚だったら分かるみたいな。
なるほどねー。
こととかも。
はいはいはい。
実はその親との関係の中でもそういう追体験ってあるのかも。
なるほどねー。いやあるでしょうね。
だから優しさと気づかなかった優しさを探すっていうのは意外と親でもできるかなと。
確かに。
ね。
あるかもねー。
あるかもしれないねー。
そうだから僕の家が、その家庭が離婚してるんで。
うんうん。
なんかほらそこまで多分、なんか親、親とこうすごいグーってこうね、なんかほらしてるっていうのが多分ちょっと他の人に少ないのかもしれないなーって今思いましたけど、