本当に。だってまだ日本だから。その時代にもっと北国に住んでる部族の方々もね地球上にいたわけでしょ。だからみんなね。
すごい純能力だよ。でも今多分江戸の人をポンとドラえもんのどこでもドアとかの力を借りてここへ持ってきたとするじゃない。たぶんね3日生きてらんないと思う。
なんで?
だから低温とか高温とかそういうのはさお家作っちゃって守るようになったから弱くなったかもしれないけどそういうなんていうのかな。毒。
毒ね。
食品添加物とか騒音とか空気の汚れとかいうものにはもうものすごい純能してると思う。たぶん江戸時代の方無理なんじゃない。
毒ね。毒と薬って表裏一体というか。もちろん毒になってる面もあるしそれによって利益を得てる面も人間あって分かって使ってたり分かってなかったり両方あると思うんですけど。
例えばコーヒーがねポリフェノールがいっぱい含まれてる。それいい面もあるけど当然悪い面も相手で。
カフェインとかね。
その辺言い出すと何でもそうなんですよね。
そりゃそうだよ。
今は今のなんていうんでしょう。選び方をしているというか。
そうね。
分かってやってる面もある。もちろんあるし江戸の頃は選択すらできなかったって言えばそうですよね。なんか分かんないけど経験則で選んできたっていうところがあったり。まだまだあるんでしょうけどね。経験則で今でもやってるところは多いし。
大多数そうだと思う。でもそれにこの人間の体って人間だけじゃないけれどもさ、順応していくんだよね。そこがすごいよね。
順応というかね。進化なのか退化なのか。
慣れていく。いやほんとすごい。医療の現場でもサチュレーションっていうのがあって、血液の中にどれくらい酸素が溶けてるかっていうのをさ、表皮的にね見るのがあるのよ。
ちゃんと見るのは動脈血を取らなきゃ分からないんだけど、もうピッて手を挟むだけで見えるのがあるの。で、もちろん平均は100ですよ。100が普通。で、98ぐらいまでだったらなる。平気で私たちも。ただ95ってことになると、もうこれ酸素使い始めるの病院だったら。
95しかないと、ちょっと酸素始めようかっていうような状況なんだよ。だから結構息地が狭いでしょ。なのにさ、おばあちゃんとか測るとさ、80いくつとかの人いるんだよ。もう病院だったらパニックですよって感じなんだけど、普通に生活して普通に息苦しさもないんだよね。
つまり急に80になったら失神するほど苦しいけど、じわじわじわじわじわなっていったら順応していくのよ。身体ってすごいよ。
なんかそれはアスリートの人とかめっちゃ高かったり、下がりにくかったりするとかなのか。
あのあれじゃない。コーチトレーニングとかしてるじゃない。ああいうのの意味あるんじゃない。血球がさ、より酸素を抱え込めるようになるでしょ。トレーニングすると。そうすると少々息を止めても、要するに十分に呼吸ができなくなっても、下がりにくいんじゃないかな。
おばあちゃんはもっと活動量を下げてて、低い酸素濃度でも別に何ともないってことね。
もちろん弊害は出てると思うよ。抹消がすごく冷えてるとかさ、そういうのはあると思うけど、でも生きていけるように順応していくのよ。すごくない。やっぱりあれなのかな。ダービンの進化論はあってんのかな。
まあ進化論あってるかあってないかって議論しだすとね、また長い話になっちゃう気がするんだけど、一応今それらしいと言われてるんじゃないですか。あってるあってないというか、やっぱり環境変わったら順応していく。順応しないと。
だからおばあちゃん見てるとそう思うよね。これかなってダービンが言ったのは。
そう、なのでなんかね、江戸時代の人が今に来たら、まずこいつら何でもかんでもせっかちだなって思ったりすると思うし。
そうか、そうかも。でもさ、江戸ってせっかちなイメージない?
江戸が、江戸っ子がなんていうか、キップがいいというかね。
そうそう、良い腰の税には持たねえみたいな感じで。せっかちではないのか。
せっかちっていうのはそういう、短いスパンの話ではなくて、生き急いでるというか、江戸の人はなるようになるさみたいなところがあるようなイメージが僕はあります。もちろん個人差はありますよ。個人差あるけど、なんかそういうイメージが僕にはありましたね。
面白いね。
そう、だからね、今の人がこう、まず電車すげえ走ってて、時間ぴったり来るし秒段入れるとか、時間のね、まあ少なくとも時間の使い方に関しては絶対に今よりのんびりしてたと思うんですよ。
確かに。でもさ、同じ今現代でもさ、東京とさ、地方って違くない?
違いますね。
いや、東京ってほら山手線なんて3分と空けず来るじゃない。なのに1本逃したら、えいっと思ったりする時あるじゃない。
はいはいはい。
いや田舎の方とかさ、いなかったら失礼だけど、本数の少ないところ1本逃したら1時間後だからね。
そうなんすよね。前ね、四国から、あれは自分のミスかもしれないけど、徳島から帰れなかった話もバックナンバーをお聞きいただければと思いますけども、そんなこともありましたが、まあ当たり前ですもんね、それがね。
そうそう。だからそれでさ、もうなんかこうなんていうのかな、その感覚がもう違っちゃってるもんね。同じ現代においても住んでるところで違うんだから、もう時代が違ったらもう大変なもんだろうな。
そう。江戸の人は移動に時間かかるのは当たり前だったし、なんかね、前そういうちょっとした映画にもなった、なんていうかファンタジー小説で江戸時代の武士が現代タイムスリップして、現代のマンション住まいの母、シングルマザーと息子の家庭に居候することになったみたいな話を読んだ時に、やっぱりこう、私名乗るときまず、私直さんでございまして。
ああ、幕府直轄の武士なんだみたいな。で、こちらどの辺でしょうか。ああ、なるほど、須賀もの辺りでござるか、みたいな。ということは江戸から歩けますな、歩いて参りましょうか、みたいな会話をするわけですよ。
武士の感覚では、大手町から須賀もとか歩くわけね、平気で。そういう話を、何時間かかるんだかみたいな、当たり前でしょみたいな。
今は何でもかんでもね、詰め込めちゃう時代だからこそ、今日僕この収録の後もね、おそらくね、この最寄駅のですね、駅前のカラオケに入ってテレワークプランをしてですね、3人ぐらいとミーティングするわけですよ。
もうね、30分ごとに入ってるみたいな。そういう時代、相手もどこにいるんだかっていう時代なんだけども、便利な面もありますけどね。
便利でもあるけど。
なんかこう、なんていうんでしょう。やっぱ自分の中と対面する時間を減っちゃってるというところもちょっと感じていて。
あとオンオフがつきにくいかもね。スイッチが切れないかもしれないね、自分のね。
オフになってる時って決して生産性がない時間じゃないって最近僕もよく思っていて、オフになるとじわっと湧いてくるそうね、みたいなもの。
いやあるある。いや絶対オフがないとダメ。
しかも自分自身は一番ニュートラル見れる瞬間だから、人と会ってる時ってやっぱどっか人ってみんな必ず取り繕うから。
いや絶対そう。
何かまあそれが嘘ってことではないんだけど、自分の中にあるこう頑張ってこう出してる面みたいなのを出してくるでしょ。
そういうのが切れた時に何が自分の中に浮かんでくるかっていうのって実は結構無視しちゃいけないなって最近思うんですよね。
いやもうほんとおっしゃる通り。
僕で言うとさっき最寄駅着きまして、この収録場所までちょっと距離あるんですよ。
10分ちょっと歩く。
ちょっとあるね。
その歩いてる間結構ね僕の中では素直な思いとか、自分が一人になって物を考えられる時間とかになってるから案外これも貴重だなと思っていて。
確かに。
今日はこういう人と会うのか正直嫌だなとかね。
もう含めてちょっとあるわけですよね。
それを普段良い子ちゃんの自分が押し込めて、いやいや相手の時間いただいてるんだからとか。
もちろんありますけど、それが自分の中にある気持ちに気づいておく。
具体的にそれをもう嫌だから相手とのミーティングすっぽかすとかいうことはないんだけど。
でも自覚するということができるのは。
大事だね。
本当に忘れがちじゃないですかね。
本当そう。だからごまかしてるというか気づかないでいることに気づかなくなるっていうかね。
分かる。それはめちゃめちゃ分かる。
なんかもう本当意識が本当そこだけ遮断されちゃってる感じで。