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2023-02-27 03:16

#79【青空文庫】女靴下の話

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西東三鬼「女靴下の話」

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Saito Sanki title:Women's Socks(the story is about Women's Socks)

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女靴下の話 斎藤さんき
人間50年以上も生きていると、誰でも私の経験したような、奇奇怪不可思議な出来事に一度や二度は会うものであろうか。恥を語らねば筋が通らない。
話は私の朝帰りから始まる。およそ朝帰りなるもの。こんな嫌な気持ちのものはない。
両親の過酌と言ってしまえばそれまでだが、もっと肉体的な、例えばズボンの後ろに自分だけが尻尾をぶら下げて歩いているような、
惨めな気持ちである。さて、その朝帰りの玄関に出迎えたのが、
思いきや10年以上も会わない東京の悪友で、 のつけのセリフが、
おかえんなさいまし。
であった。 どさくさ紛れの朝酒が夕酒になる頃、
初老の悪道をのろけでいうには、 晩勤、22歳の愛人を得て、昼夜健康、
ただますます便じているが、 艶運はともかく、
このホルモンは羨ましかろう、などなど。 さて、
その晩の汽車で帰る彼を大阪駅に送り、 別杯冷めやらぬままに、うとうとしながら、
郊外電車で帰宅した。 そしてその翌朝、
マントのポケットの煙草が欲しいと家人に言うと、 煙草のかわりに指先にぶら下げてきたのが、
なんと、 2、3度用いたナイロンの女靴下。
それが膝までの短いやつで、 ご丁寧に両足そろっている。
私は不覚にも狼狽した。 そして電光の速さで前々夜の朧の記憶をたどったが、
彼女には膝までの靴下を用いる趣味はないはずだ。 しかし満一ということもあるから、
おそろおそる電話でお伺いを立てると、
ご冗談でしょ? と、受話器の音ガチャン。
まさにヤブヘビである。 家人になんと弁解したか、これを読まれる方々のご参考に
教したいが、実のところ、全然身に覚えのないことだから、 知らぬ存ぜぬの一点張りであった。
その真相は今もってわからない。 たぶんエロスの神の使者が女に化けて、
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すでに女体に触れた靴下を、ひそかに私のポケットに滑り込ませ、 少しばかり老人を燃え立たせたのであろう。
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