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2022-01-03 02:52

#19【青空文庫】茶話・ペンキ一缶

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薄田泣菫「茶話・ペンキ一缶」

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Susukida Kyukin title:Can of paint

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茶話・ペンキ一缶
ススキダ球巾
ニューヨークのあるペンキ商店での出来事だ。
ある日、主人が店の前へ出てくると、多くのペンキ缶の中に、
たった一つ、ついぞ自分の店で取り扱ったことのないペンキ缶が転がっている。
主人はそれを見て、支配人を呼んだ。
この缶はどうしたのだい?
うちで扱ったことのない代物じゃないか?
さようでございます。扱ったことはありません。
主人の目は不思議そうに支配人の顔を見た。
扱わないものが、何だって店に転がってるんだね。
支配人はいつものようにニコニコ顔で、
さればでございます。
けさほど、一人のお客さんがお見えになりまして、
このペンキはこちらの店で買ったのだが、
不要になったから元値で買い戻してくれないかとおっしゃいます。
見ると、店で扱った品ではございませんが、
お客様の機嫌を存じてもと思って、
言いなり通りお金を渡して、缶は受け取っておきましたようなわけで、
それを聞いた主人は手を打って喜んだそうだ。
支配人の考えでは、その缶はどこで買ったものか知らないが、
客がそれを戻そうとするときには、
ペンキ屋といえばすぐ今の店が代表的に頭に浮かんできたので、
そこへ持ち込んだにすぎなかった。
それを、いや違います、手前どもで扱った品ではありませんといえば、
客の頭に他のペンキ屋を思い浮かばせるのみか、
自分の店に対して不愉快な悪い印象を与えることになる。
そこが起点のきかしどころで、
はいはいと言って二つ返事で買い戻しておけば、
客は少なからぬ好意を持って店を見ることになる。
わずかなペンキ一缶の値で、この好意が買えたかと思うと、
こんなに嬉しいことはないというのだそうだ。
村女そこらのデパートメントストアや小売店は、
牛がニレを噛むように、山形甲がすり絵を食べるように、
よくこの話を噛みしめてもらいたい。
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