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気の毒な奥様、岡本香子。ある大きな都会のアミューズメントセンターに起立している映画殿堂では、夜の舞がもうとっくに始まって、満員の観客の前に華やかなラブシーンが映し出されていました。
正面玄関の上り口では、やっと寒酸の実になった案内係りの少女たちが、たあいもないおしゃべりに夢中になっていました。
突然、駆け込んできた女がありました。瓶はほつれ、目は血走り、全身はわなわな震えています。
少女たちは驚きながら訳を尋ねると、女は慌ててどもりながら言いました。
私の夫が恋人と一緒にここへ来ているのを知りました。
家では子供が急病で苦しんでいます。その子供をかかりつけのお医者様に頼んでおいて、私は夫を連れに飛んできました。どうか早く夫を呼び出してください。
少女たちは同情して、その女や夫の名前を尋ねました。
すると、さすがに女は自分の夫の恥を打ち明けた上で、名前まで知らせることは躊躇しないではいられませんでした。
思いとどまった女は、
名前だけは私たちの名誉のため申されません。
恋人を連れてここへ来ている男ですよ。子供が苦しんでいるのですから、早く呼び出してください。
としきりにせきたてます。
案内係りの少女たちは、
名前を告げなければだめです。
と言っても、その女は、
それをどうにかしてください。
と言って聞きません。
これには少女たちも全く困ってしまいましたが、
そのうち、さいはじけたひと少女が、
心笑顔に筆を持って盾札の上に、
女の言葉をそのままそっくり書きしるして、
舞台脇に持って行って立てました。
恋人を連れた男の方。
あなたの本当の奥様が迎えにいらっしゃいました。
お子様が急病だそうです。
地球正面玄関へ。
がぜんとして座席は大騒ぎになりました。
あちらからもこちらからも、
立派な紳士が立ち上がって正面玄関へ殺到しました。
数十名の紳士たちが殺到したのです。
あきれてしまった少女たちは、
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世の中の奥様たちのことを考えて、
じつに気の毒と思いました。