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#1582 我楽と和楽
2026-05-02 08:12

#1582 我楽と和楽

#1582 我楽と和楽

我々は幼い頃から、「友だちと一緒に仲良く遊ぶ事」を大切な価値観として教わります。

学校や家庭という社会の最小単位の中で、一人でいるのどこか寂しい事…或いは避けるべき事に捉えられ、誰かと行動を共にすることが「正解」であるかの様な感覚を抱きがちです。

しかし…

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
我々は、幼い頃から友達と一緒に仲良く遊べ、とかね、遊ぼうね、みたいな、
そういうのを大切な価値観として教わりますよね。
家庭とか学校とかっていう社会の最小単位の中でですね、
一人でいるのは寂しいよ、みたいな、そういう風に捉えられたり、そういう風に教えられたり、みたいな感じでね、
誰かと行動を共にすることが正解であるかのような感覚をですね、抱きがちだったりもするわけですよ。
しかしですね、成長の過程であるとき、ふとした瞬間にですね、周囲と歩調を合わせているのか何とも言えない違和感を感じたりとか、
いいようなね、疲れがあったりだとか、そういうものがね、そういうものを感じるのが、まあ常かなという風にも思うわけですよ。
気を使ってみたりとか、顔色を伺ってみたりとか、自分の本心を脇に置いたり、蓋したりとかしながら我慢したりしてまでですね、
誰かと過ごす時間というのは、一見すると賑やかで楽しそうに見えても、その内実はですね、
自分の魂の声と外側の行動がですね、実は乖離している不和の状態ですね。
自己一致してないですね。不一致なんですね。それをね、違和感として捉えているんですよ。
脳は社会的な承認を求める報酬系回路をですね、働かせている一方で、自分の真相真理ですね、感情はストレス反応を示しているわけですよ。
なのでね、この違和感は決してね、否定的なものではないんです。
むしろ、自分が何者であり、何に真の喜びを感じているのか、感じるのかを示していくですね、心の羅針盤がですね、バチンと正常に機能している証拠なんですよ。
これは公けですね、みんなの中の自分からですね、本来的な自分に立ち返ろうとする目覚め度もあるわけです。
この不はですね、不っていうのは、要は不一致の状態に気づいた時ですね、人は自分だけの静かな楽しみですね、すなわち我楽ですね、我の楽ですね、こういったものを見出すわけですよ。
我楽はですね、誰に評価されるわけでもない、ただ自分が心から満たされる活動のことですね。
それは読書かもしれないし、花を生けることかもしれないし、自然の中を歩くことかもしれないし、黙々と何かを作ることもあるかもしれないね、何でもいいんですよ。
この自分としての楽しみですね、私だけの楽しみを深める流れはですね、自分の内面にある精神を耕す大切な作業なんですね。
何でかというと、これ自分一人でさ、初めて自分一人で完結するというね、こういう喜び知れば知るほどさ、誰かからの評価っていうね、外側からの何かしらではなくて、自分自身の中でですね、喜びがいっぱい放出される、内から広がっていく光みたいな感じで、自分を照らせるようになってくるんですね。
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自分自身の心良さですね、こういったものを別に他者に委ねているわけじゃないですよね。
だからこういった自立して楽しむことができる状態というのは、精神的な自立でもあるわけですね。
人はこの瓦礫を確立して初めて、孤独を寂しさではなくて、豊かな静寂に変えることができるんですね。
でもこのね、自分の内なる楽しみを極めて、自分という器がちゃんと満たされていくと、不思議なことにですね、今度はその溢れ出した喜びをですね、誰かと分かち合いたいって、こういう願いが自然に芽生えてくるんですね。
これが和楽ですね。和楽ですね。和むというですね、昭和の和楽ですね。
昭和の楽しみですね。ただね、この段階の和楽は以前に感じていたような無理な同調とか、我慢するとか、そういう付き合い方ではないんですね。
自分自身の中心をしっかり持ったですね、自立した子と子がですね、お互いの独自性をちゃんと尊重しながらお付き合いをする、関わっている状態なんで、楽器でいうとセッションしているような状態かなと思うんですけどね。
心理学では自己実現の先にある自己超越の段階になるとですね、自分一人の喜びを超えて、他者や世界との繋がりの中に深い意味を見出すと、こういう風に言われているんですね。
それは一つの楽器が奏でるとさ、美しいね、旋律、これは和楽がですね、他の楽器と出会うことで、重層的なさ、バンドミュージック、公共曲でもいいわ、何でもいいわ、和楽に変わっていくと、上がっていくと、そういう感じですよね。
だから、子というからを脱ぎ捨てると、万物との繋がりの中に愛を見出す、慈悲の心みたいなね、これにも通じているかなと思いますね。
ここで重要なね、逆から見た視点もあるんですけど、それはね、真の意味で誰かと繋がるには、まず本当に一人になれなければならないということなんですね。
自分一人で楽しめない人は、他者にですね、自分の時間を埋めていただけませんか、みたいな、こういう依存的なものを持ち込んじゃうわけですよ。
寂しいとか満たされないとか、何々してほしいみたいなね、自分の欠損を誰かに埋めてもらおうとして、スケジュール帳をいっぱいにするんですね。
それを充実しているという風に勘違いしちゃうわけですね。
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これは調和ではないですね。互いの欠乏を補い合う、ある種、共依存的な結びつきになっちゃうわけですね。
なぜならこの人と遊ぶ人も、またね、欠損を抱えている可能性が高いからなんですよ。お互い様みたいな感じはね。
一方でね、自分の我楽を大切にしている人は、相手に対してもですね、同じようにその人の我楽を尊重するわけですね。
お互い自立した子として存在しているからさ、その間に流れる空気は自由なんよ。
穏やかな調和が勝手に生まれるんですよね。
なので、一人でいても満たされる。
だけど、その満たされた心で誰かと結びつくとき、喜びは2倍、3倍っていうですね、掛け算になっていくというのが、
これがですね、心が結びついた者同士が味わう我楽の醍醐味なんですね。
人生は一人奏でる我楽の時間とさ、共に響かせ合う我楽の時間をですね、振り子のように生き生きしながら深めていけばいいんじゃないの?
なんていうふうに思っているんですよ。あるときはね、静か静けさの中で自分見つめて、またあるときは誰かとの語りに花咲かせて。
こういう両側面が揃うから、人生って非常に楽しく彩り豊かなものになるわけじゃないですか。
だからね、我楽に偏りすぎると、それは独りよがりの閉ざされた世界になるかもしれないし、
でもそれすらも我楽への準備期間だと考えれば、無駄な時間なんか一個もありませんよね。
だから自分を愛し慈しむ心が育った分だけですね、他者を同じように大切にできるわけですよ。
だから一人の時間を楽しむと同時にですね、心が結びついている大切な誰かとの共鳴も楽しむんですね。
そのような柔らかくかつ芯が通った生き方はですね、自分の魂に平安をもたらしてくれるんじゃないかななんて感じるわけです。
ということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
じゃあ今日は我楽で行く?我楽で行く?どっちで行く?ということで、また明日。バイバイ。
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