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#1551 やりたいコトこそ楽しいコト
2026-04-01 10:10

#1551 やりたいコトこそ楽しいコト

#1551 やりたいコトこそ楽しいコト

「やりたいコト」は単なる欲望ではなく、魂が本気で望む自己一致です。例え困難があろうとも、その過程にこそ深い充実感と喜びが宿ります。

「やりたくないコト」は反面教師です。違和感や不快感は、本当に自分が求める喜びへの指針になるのです。

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笑倍繁盛チャンネルの望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
さあ、本日から4月でございますね。
まあ春、ようやくやってきたぞ、という感じなんですけども、
4月となるとですね、まあ入学式であったりだとか、入園式であったりだとか、
あとは入社とかね、新しい生活になる方も大勢いると思うんですけども、
これをきっかけでですね、4月はなんか新しいこと、自分も始めてみようなんていうですね、
こういう動機づけになる月だとも言われてるんですよね。
だからあの、習い事だとかさ、新しい勉強だとかさ、そういったことを始めやすいとも言われてるので、
1月、4月はね、なんかそんな気分になりやすいんだよね。
なんだけども、大事なのは習慣なんでね、とりあえずは3ヶ月、
3ヶ月ができたら6ヶ月、こんな感じでですね、
目指していただくと習慣化しやすいぞ、なんていう話もございます。
ということでですね、本日はですね、やりたいことこそ楽しいっていうですね、
この一言についてですね、ぐいぐいと掘っていきたいかなと思います。
この言葉はですね、一見すると単純な快楽主義のようにね、聞こえるかもしれないんですけども、
これを深く掘り下げていくとですね、自分の本音や本心、本質、希望と行動が一致してるっていうですね、
この自己実現とか自己一致の状態っていうね、これを指してるわけですね。
自分の好奇心とか情熱が向く方向にはですね、必ず喜びが伴うんですよ。
しかしですね、ここで注意が必要なのは、やりたいことを欲望ね、さっきも言ったようにですね、
快楽主義、欲望と吐き違いないことなんですね。
魂、自分の魂が本気で望むことはですね、時に困難ともなってもですね、
その流れやその工程自体ですね、深いね、充実感、つまり楽ですね、これを感じさせてくれるんですよ。
自分の好奇心とか情熱に従って行動してるときですね、脳内はドーパミンなどのですね、
神経伝達物質が活発に分泌されてるんですよね。
なのにこれはね、単なる快感ではなくてですね、未知の対象に対してもっと知りたいとか関わりたいとか、
こういう意欲を引き出す報酬系システムが機能してる状態なんですね。
心理学者さんでですね、畜生登未配さんという方がいらっしゃるんですけども、
その方は不老体験という概念を提唱したんですよ。
これね、時間を忘れるほど何かに没頭してするとですね、
自分とその対象との境界線がなくなるとか没頭してますからね、一心不乱になってますんで、
この溶け込んでる状態、世界に溶け込んで境界線がなくなってるような、
こういう感覚のことを不老体験って言うんですけども、
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これはもう皆さんも経験あると思うんですよね、不老体験はね。
この時ですね、人の自己意識っていうのは一時的に消えてる。
ただ行いそのものと一体化してる状態だったんですね。
だからこの不老状態こそが本質的な楽しいの正体なんですよ。
でもね、ここで注意しなきゃいけないのが、
やっぱりこの真の望み、魂の望みと欲望、
これを混同しちゃう、間違っちゃう、錯覚しちゃうっていうね、ここなんですよね。
仏教とか宗教的視点とか哲学的な視点から見るとですね、
欲望っていうのは欠乏感から生まれるものなんだよと、
あれを持っていないから欲しいとか、人より優位に立ちたいとか、
これ外部からの刺激や比較によって生じるわけですね。
これはね、それを達成しても一時的な満足感は与えてもらえるんですよ。
ところがですね、すぐ次の渇きですね、渇いちゃう、渇きを生んじゃうわけですね。
継続性、持続性がないんよ。
これはやっぱり自分の外側に答えを求めてる状態だから、
結果的に魂の充足感、忠実感にはつながらないんですね。
だから一方ね、本当にやりたいこと、魂が求めてることはですね、
自分の内側から溢れ出すエネルギーですから、
自由の哲学というところに通じるかなと思うんですけども、
人知学ですね、自由の哲学というのがあるんですけども、
人間はですね、自らの内なる精神的な衝動ですね、
こういったものに従って行動するときはですね、
そこには強制されてるだとか義務感だとか、そんなもの全くないんですよ。
純粋な愛、純粋な自分の中の求めるものに基づいてですね、
行動、行為が生まれるわけですね。
このときのね、だから行動動機っていうのは、
結果としての報酬ではないんですね。
結果が欲しくてやるわけじゃなくて、その行為を行うこと自体なんですよ。
やりたいからやるっていうのが目的なんですね。
しかしですね、楽しいっていう言葉をですね、
楽っていうですね、楽をするっていう意味で捉えてしまうとですね、
本質見失っちゃうかなとも思うわけ。
だからなんだろうな、魂がさ、本当に望んでる道っていうのはね、
時と場合によってですね、大きい困難とか壁だとかね、
課題だとかっていうのがね、出てくるわけよ。
だけどですね、望んでる道歩んでるときってのは不思議なんですけどね、
その混乱にね、立ち向かっているとき、壁をね、
よじ登っているときでさえね、なんか深い充実感ね、伴ってるんですよね。
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そんなもんなんですよ。
でもこのね、逆の視点っていうのもちょっとあってですね、
やりたいことだけをやるのはわがままで、やりたくないこと我慢してこそ成長があるなんてね、
こういう意見もさ、根強くさ、あるわけじゃない。
確かにですね、社会生活を送る上で忍耐とか規律っていうのはですね、
必要不可欠の要素にも見えるんですよ。
ところがですね、もし我々がですね、やりたくないことに
人生の大部分費やし続けちゃったらさ、どうなんのかねっていう話なんですよ。
これはね、今までも何度もお話してますけど、
やっぱり自己一致書いてる状態ですからね、
自己不一致が起こっちゃうんですよね。
なので自己肯定感は、自信は低下していくわけですよ。
で、慢性的にストレス、ストレスってのは本来の自分と現状の自分の差ですからね、
自己不一致してるってこととこの差がどんどんどんどん激しくなるってことですからね、
だからストレスどんどんどんどん高まるわけですね。
で、嫌なことね、無理に続けてるときってのはですね、
ストレスホルモン、コルチゾルですね、これがバンバン出ちゃうわけですね。
だから年、どんどんどんどん加齢しちゃうしね、年取っちゃうしね、
想像性も学習能力もね、落ちるよということがこれね、
脳科学的にもですね、分かってるんですよ。
やりたくないことっていうのは、どう考えるかというと、
実はですね、自分の本質、本音、本心がどこにあるのかっていうことを教えてくれる役割だと、
こういうふうに思うわけですね。
不快感とか違和感っていうですね、この辺はですね、
この辺がわっと湧いてきた場合は、
あらーって、じゃあ自分にとっての本当の喜びって何なんだろうなっていうね、
こういう問いかけができるわけですよ。
つまり、こういう逆風があるからこそ、
順風のありがたみと方向も明確になるということなんですね。
だからね、自己実現っていうのは、
決してね、日常を捨ててどこか遠くへ行くことでもないんですね。
好き勝手やることでもないんですよ。
今目の前にある何かしら、それから人間関係、それから自分自身の思考に対してですね、
どれだけ本心で素直に正直に向き合えるかっていう、
実践であり現実なんですよね、これね。
哲学者のニーチェはですね、この精神変容ですね、変わっていくのを、
ラクダ、獅子、子供のですね、これ三段階で例えたんですよ。
義務を背負うラクダ、自由を求める獅子、
最終的に純粋な遊びとして生きること、生ですね、生きることを肯定する子供に、
純粋な子供に至るというんですね。
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この子供のような純粋さで世界と関わるとですね、
仕事も遊びも困難も成功もですね、
全てがですね、自分にとって楽しいことっていうですね、
一つに統合されるわけですね。やりたいことは楽しいことっていうですね、
この革新ですね、これはですね、自分深く信頼できるようになるわけ。
信頼することからも始まるしね。
だからこれはエゴではないですね。一時的な快楽ではないですね。
快を求めることではなくて、情熱の炎、自分の中から湧き出るもの、
こういったものから始まって、その道のり全てをちゃんと受け取って愛していくと、
こういうことなわけです。
ということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
4月ですね。さっきも言いましたね。春ですね。やりましょうか。
楽しいことをどんどんどんどん、ここからやっていこうじゃないですか。
ということで、また明日お会いしましょう。それではバイバイ。
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