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#1562 楽は遠くて近きもの
2026-04-12 09:55

#1562 楽は遠くて近きもの

#1562 12 楽は遠くて近きもの

「楽は遠くて近きもの」

私たちは幸せや楽を、どこか遠い場所や、条件を満たした未来にあるものだと思いがちです。

しかし、それらは今この瞬間の視点を一ミリ変えるだけで手に入る「最も近いもの」でもあります。

灯台下暗しという言葉通り、外側に答えを求めるのをやめ、自分の内側の静寂に立ち返った時、楽は常にそこにあったことに気づかされます。

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いいたします。
楽は遠くて近きもの、という、本日こんなお話したいと思いますけれども、
我々は、幸せとか楽というものを、遠い場所とか条件満たした未来だとか、
条件つきなものだと思いがちなんですね。
しかし、実はそれは、今この瞬間の視点とか、心の置きどころであったりだとか、
そういったものを受け取り方だとかを、たった1ミリ変えるだけで手に入る、
最も近いものでもあるわけですよ。
東大元暮らしという言葉通り、外側に答えを求めるのをやめて、
自分の内側の静寂、これに立ちかえたとき、楽というものは常に、
今ここにずっとあったということに気づくわけですね。
生態神理学におけるアファーダンスという概念があるんですけれども、
これは環境がもともと持っている価値に気づくことの重要性と、
こういうことを説いているわけですけれども、
例えば1本の木を見ましたと、それを材木という、
例えば家が建つようだとか、テーブルになるようだとか、
こういった未来の利益として見るか、今この瞬間に自分に涼しい木陰を提供してくれる存在として受け取るかという、
こういう概念なんですね。
だから楽という状態も、これに似ているなと、
外側の条件を整えてから手に入れるものではなくて、
今ある環境の中で既に存在している安らぎですね。
これに我々が気づけるかどうかということなんですね。
一方で行動経済学では、人間には現状維持バイアスとか損失回避、とにかくこれ、損失回避、
人は得をしたいというよりも損をしたくないという方が強いわけですね。
だから常にもっと多く持たなければ損をするという、
こういう不安に駆られやすいことが分かっているわけですよ。
分かっているんだからそれを意識すればいいだけなんですよということですね。
この心理メカニズムですよ。
これが今ここという、この充足感から遠ざけるんですね。
で、何か終わりがないさ、獲得競争ですね。
得なければダメだ、増やさなきゃダメだというですね。
こういう競争に駆り立てちゃうわけですよね。
しかしですね、この心の癖を理解してですね、枠組みの変換をしていくとですね、
遠くにあるとか、獲得しなきゃいけないと思ってたね、楽とかね、
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そういったものはもうすでに持っているという感覚に変化したりもするわけですね。
で、ということですね。
さあ、宇宙を想像してみましょうか。
この広大な宇宙には絶対的な中心って存在してますかね。
どこなんですかね。
だからこの観測者がさ、どこに立っていようともさ、
その場所がその人にとっての宇宙の中心になるでしょう。
だからね、心の在り方はこれと一緒だなと思うわけですね。
楽とか幸せっていうのは銀河の彼方にあるわけじゃないんですね。
自分が意識を向けたその場所がですね、
安らぎの起点とか中心とか楽とか幸せになっていくわけですね。
哲学の一部層である幻想学っていうですね、
世界は私たちが意識を向けた通りに現れるというふうに言ってるわけですね。
このフッサルっていう方が提唱した判断保留っていう手法があるんですけども、
これは外側の世界に対する潜入感とか、
こうあるべきだっていう執着を一旦脇に置くと、
棚にあげるということを意味してるわけですね。
こうでなければ幸せになれないなんていうね、
なんかこのステレオタイプで、
巷でですね、ルックされてるような一般的な何か価値観とか、
そういったものですね、これに毒されてるんですよ。
だからそういうですね、強い思い込みを一旦手放したら、
自分の意識にはですね、これまで見落としていた今この瞬間の穏やかさとか、
素晴らしさだとか、高豪しさだとか、
こういったものがですね、見えてきたりとかもするわけですね。
だから外側の世界変えるために放送するのがさ、
なんか人生談みたいなね、評価だとかさ、資産だとかさ、
なんかね、誰にこんなふうに思われなきゃとかとはそんなもんじゃなくてですね、
自分が見たままの世界をですね、
どう受け取るかっていうこの意識の構え方ですね、
これをどう整えるかっていうことだけで、
実はですね、この楽とかね、幸せとか、
なんかこう、そういうものはですね、今常にですね、
今もかつても、これからもここにあるということに気づかされるわけですね。
だからまあね、だいたい現代社会っていうのは先ほども言いましたように、
効率性とかね、生産性を重視してるんですよ。
加速してるんですよ。
こういう流れの中にあるんですね。
だからここにいるとですね、
なんかね、こう人は常に次っていうものを追い求めて立ち止まることをですね、
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停滞してるって、こういうふうに誤認するんですね。
で、恐れちゃうわけですね。
恐怖なんですね、止まることがね。
ところがですね、ドイツの社会学者アルトムート・ローザさんという方がいらっしゃいましてですね、
この方はですね、我々が世界と真に深くつながり、
応答し合える状態こそが幸福の源泉ですよと説いてるんですね。
この共鳴ですね。
共鳴というね、この概念はですね、急いで遠くに向かっている最中には本来ですよ。
ふとね、ちゃんと足を止めて、身近な存在とか自然とか、
あるいは自分自身の内面と静かに対話する余白、
この余白の中にこそ楽の本質が宿るわけですね。
古来よりですね、人類は儀礼ですね。
儀礼ってお祭りだとか、手合わせるだとかですね、お祭辞だとかね。
それからあと瞑想ですね。
これを通じてですね、日常の喧騒からですね、
離れた自分だけの聖なる時間というのを設けてきているわけですね。
これは特定のね、神物をね、崇めることだけが目的じゃないんですよ。
外側の競争ね、社会の流れであったりだとか、
みんながうえやっと何か申しにしてですね、突っ走ってですね、
この競争とか比較とかね、こんなもんから離れてですね、
静止点、静かに止まる点、ここに立ち返るための習慣でもあったわけですね。
これ知恵でもあるなと思いますね。
だからこのようにですね、人は誰でもですね、心の中に侵されることはない、
実は生意気というのを持っているんですよね。
それは静かなんですよ。
でね、遠い山奥にあるわけじゃないですよね。
これもね、また呼吸の一つ一つね、
自分の持っている時間をそこに作るだけね。
これだけで常にここにあるんですよね。
ということでですね、楽は遠くて近き者ってね、
このね、自分の意識のピントですね、焦点をどこに合わせるかっていうことを次第なんですね。
遠くの景色を眺めるさ、望遠鏡も素晴らしいけどもさ、時にはね、そんなもの外してですね、
自分の手のひらを見つめるような親密さ、温かさで現在の自分を眺めるとですね、
実はそこに宇宙があったりだとか、
自然のすべてがあったりだとか、法則が宿っていたりだとか、
いろんなものね、感じられるわけですよ。
ならわざわざ遠くに答え探しに行かなくてもさ、旅をしながらさ、
自分探しとかしなくてもさ、
ただここに静かに座って、自分の内側に広がる無限の空間ですね。
ここに意識を向けるだけで、いつでもですね、
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安息の地に帰れるわけですよね。
だから視点を1ミリとか、外から内側へとか、未来から今へとか、
こうやってずらしてみる。
自分の意識のね、焦点をずらしてみるっていうですね、
この小さい転換がですね、長い旅路から無駄なですね、努力だとか、
無駄な努力っていっぱいありますからね、本当に。
こんなものから開放されてですね、
最も近い場所にあるですね、私服、至る福ですね、
導いてくれると、こんなふうに思うわけです。
ということで本日も最後まで聞いていただき、
誠にありがとうございます。
また明日お会いしましょう。
本日も身近なところにピンと合わせて参りましょうということで、
バイバイ。
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