はまようが育てようとしているコミュニティにおける市民性とは?を、生活発表会になぞりながらお話しする幼児教育談義回です。
サマリー
このエピソードでは、はまようちえんの生活発表会に向けての準備や子どもたちの成長について話されています。「まちを遊ぼう」というテーマのもとで、子どもたちは自分の得意なことや好きなことを披露し、協働性や創造性の大切さを学んでいる様子が紹介されています。また、コミュニティと市民性についても考察され、子どもたちが自分の役割を理解し、地域コミュニティの一員であることの重要性が語られています。家庭とコミュニティの違いが明らかにされ、公共のルールを共有しながら他者との協力の意義が強調されています。はまようちうえんの生活発表会や青空祭りなどの行事を通じて、子どもたちの成長とコミュニティの重要性がさらに強調されています。市民性を発揮する活動を通じて、対話や協力の中で価値観を学ぶ様子が描かれています。
収録のひととき
ラジオ版今日もはまようび、私になる僕になる、食う飲む走る人生。
この番組は、浜予知園の61歳のチーフディレクターでトレールランナーのハタが、
幼児教育とランニングに満ちた毎日の中で、今語りたいと思ったことを気軽にお話しする番組です。
僕の経験や考え、そしてささやかな挑戦が、聞いてくださる誰かの心に少しでも響いてくれたらいいなと思ってお届けします。
どうぞあれこれしながらお気軽にお聞きください。
1月14日水曜日、今は18時44分です。
今日もお疲れ様でした。僕も最後に仕事終わって収録するところです。
2日空きましたけども、12日成人式でしたね。
12日成人式は成人を迎えた皆さんおめでとうございますということで、僕はトレーニング山に久しぶりに行っていました。
前日のシクロクロスの疲れが太ももにあったんですけど、膝の上に。
ハムストリングスの痛みもまだ完全には治ってないので、ゆっくり歩きました。
歩いたり走ったりしました。
黒岩尾根というところを、新神戸駅をスタートして、市川原というところを経て黒岩尾根というところを登っていくんですけども、
黒岩尾根は寒かったですね。むちゃくちゃ寒かった。
体は装備を寒さに備えてしていくんですけども、手袋のチョイスを誤ってしまって、
冬用のゴアテックスのちょっと厚手の5本指の手袋しか持っていってなかったので、
まったん冷え性の僕は、指先がとにかく冷たくて痛くて、だんだん感覚がなくなってきて、
途中で日だまりのところで、天気良かったのでね、日だまりのところで止まって、指先を温めながら進みました。
菊生台まで行って、マヤさんの菊生台ですね。
いつも100万ドルの夜景が見えるところですけども、そこも人が少なくて、体はそんなに冷えないんだけど、
手先がとにかく冷たかったので、表六甲の方に山寺尾根を降りて、そまたに登ってきて、
そしてまた新神戸に降りてくるマヤさん、旧マヤ堂ですね。旧マヤ堂を使って降りてきました。
日曜日土日かな、日曜日めちゃめちゃ風きつかったですよね。
今回いつも走っているコースなんですけども、とにかく倒木がすごく多くなっていて、
枝も落ちているのはもちろんなんですけども、結構な太さ、直径50センチぐらいの大木も倒れていたし、
20センチぐらいの木も折れていたし、途中から。まるで雷に撃たれたようにバキッと折れていましたね。
そういう倒木が見とれる、またいでいる箇所が何箇所もあって、これは何のせいかな。
木が寿命なのかな。そこにやっぱり恐怖が来て、持ちこたえられなくなったのかなという。
とにかく陸光さんも陸風がすごかったんでしょうね。かなりの倒木で、かなり道を遮られました。
で、けがなく5時間ぐらいですね。5時間18キロ、1400アップかな。
無事に山の練習を再開できたので、月末31日の奈良石部隊の120キロレースに向けて、
もうあまり時間がないんですけども、調整していきたいなというふうに思っているところです。
13日、昨日は始業式ですね。子どもたちが全員やってきました。
朝始業式の朝の集まりを緩くやって、そして僕自身のスケジュールは1日ミーティングががっつり入っていて、
ミーティングと面談ですね。2年目、3年目の人たちの面談が入って、それが夕方。
それから給与振り込みをして、最後まで6時ぐらいまで1日進んだので、
6時以降はもう僕は仕事をしないというのを、
50歳、それはちょっと難しかったんですけど、50歳過ぎて6時以降に仕事をするのはやめたい。
生活発表会の準備
仕事をしたくないという理想が、以前の職場、30代に働いて、最後のコピーライターの仕事をしていた事務所で、
わずか3人で独立して、僕は引っ張られただけなんですけど、事務所で働いていたときに、
僕より後の2人は20歳は上だったんですね。年上の2人で。
その2人のうちの1人が50歳ぐらいの人、その人が一番年上だったのかな。
年齢ははっきり聞いたことないんですけど、50歳以上だったと思います。
夜中、僕はいいんですよ。夜中、大体1時、2時、3時まで仕事をしている事務所にいるというパターンですけど、
でもその人も1時に打ち合わせから帰ってきたとか言って仕事をしているんですね。
その人の姿を見て、悪せく働いている姿を見て、仕事が好きだったと思いますけど、
でも落ち着いて仕事をしている人ではなかったので、こういう50代は過ごしたくないなというのを、
その時強く思いました。
全然ビジョンがその後あったわけではないんですけど、
こういう働き方はしたくないなという、こういう人生にはしたくないなと思っていたんですけども、
自分自身の人生にも、結局50代は一番忙しくて、今まで述べてきたように、
一番犠牲にしたのは、やっぱり自分自身が一番プライベートな時間ですよね。
それと眠る時間、睡眠を削って、走る時間を削って、ケアする時間を削って、怪我しまくったというのが50代でした。
今はおかげさまで、6時以降は仕事をしないというふうに寄っていて、
ほぼほぼそれはできつつあるというか、できているかな。
去年ぐらいはもうできているかなというところですね。
昨日はそんなことなので収録できず、そして今日は朝からケアに行って、
全身90分マッサージしてもらいました、ゴッドハンドに。
なかなか痛いんですよ、マッサージが。
痛んでいるところをぐいぐいマッサージされて、終わると軽くなっている。
もうてきめん分かるマッサージなんですけれども、それを午前中行ってきて、
帰ってきてからは面談とまたミーティングが入っていて、今になりました。
3学期、今日は、そして3学期の話をしたいな。
幼稚園の行事、生活発表会が最後にあるんですね。
幼稚園の世界、幼稚園の世界にどこでもあるというわけではないけど、
浜幼稚園の場合は、3学期に1年の集大成となる生活発表会という行事があります。
昨週、その話をしましたね。
で、スタートするわけなんですけれども、
生活発表会は兵庫県立青少年創造劇場愛称ピッコロシアターで通っているんですけれども、正式名称。
そこを借りて行います。
大ホールが396席あって、ご家族の方に来ていただいて、子どもたちが自分の得意なこと、好きなことをステージ上で披露する。
そういう催しですね。イベントをします。
今年は毎年それについてテーマを決めていて、
今年は行事のテーマを町を遊ぼうというテーマにして、
そもそも最初は町に落ちているゴミを木にかけた子どもがいて、
その人からゴミに対する興味関心が広がって、ゴミを拾う舞台が生まれて、町歩きをすることになって、
そしてそれが青空祭り、いわゆる旧運動会ですね。旧運動会である青空祭りのテーマになって、
種目がそれに応じて作られ、ゴミ拾いの合戦みたいなやつとか、
そういう種目がみんなで子どもたちが考えて、体を使って遊ぶということをし、
そしてファンタジープロジェクトという、旧というともう24年前の話ですけど、
作品を作る作品展というのがかつてあった、それの発展系としてファンタジープロジェクトというものができて、
そこでもストーリーの中でゴミある星の人が、人っていうのもおかしいんですけど、
自分の町がゴミでいっぱいになって困っている、それで何とかしたいという問いが子どもたちにふって湧いてきて、
子どもたちはあれこれ考えながら、そのゴミをリサイクルしたりリユースしたりということで、
ゴミを何かに変えていくというアイデアを自分たちで考えて、そのものづくりを形にしていくというプロジェクトがあったんですね。
最後も街をそのようにして、自分たちの街歩きを何度もしていって、
最後は浜内園は、最後の年長大きいグミが卒園するときに、どんな子どもになっていてほしいかなというところの目標、狙いの中に、
共同的な学びってよく言われますけども、自分の得意なこととか好きなこととかをコミュニティの中で活かしていくということ。
子どもたちの成長
共同性、創造性、イマジネーションとクリエイティビティ。
自分のイマジネーションとクリエイティビティを誰かのために使っていくという。
そして、誰かと共に協力して働くということの大切さとか、必要性とかを感じてもらう。
そこをしっかりと受け取ってもらって、小学校に上がっていってもらうということを大事にしているんですね。
一つの目標にしているんです。
そこで、先生たちとの話し合いの中で、今度の発表会を街を遊ぼうというテーマで今までやってきましたけども、
最後にどんなステージ上で今までやってきたことを披露する。
どんな形で披露するかということを、これから子どもたちと考えていくというプランを打ち合わせしたんですね。
そのときに、狙いがあって、今までのお仕事をやってきた生活の狙いの中で、
自分たちで自分たちの生活を自治していくという、子どもたちなりにね。
それは大きい組が中心となって、家族の暮らしをより良くしていくということなんですけども、
より良くしていく手立てとして、お仕事。
掃除したり、机拭いたり、机出したり、片付けたり、おもちゃ片付けたり、いろいろな仕事があるわけですね。
そうやってきたお仕事と、自分たちが家族の中でやってきたお仕事はお仕事としてあるよね。
そして町の中に出ていったときに、町の中にも様々なお仕事があるよねということに目を向けました。
で、この前言っていた、生骨院だったかな。
生骨院かな。
自分たちの地域には生骨院が多いなということを発見したりとか、病院も多いですけど。
自分たちが秋のサンマパーティーでサンマを買う魚屋さんがあったり、チキンパーティーで買う鶏肉屋さんがあったり、お花屋さんがあったり、
コミュニティの構成
いろんな業種、居酒屋とかも書いていましたけども、お好み焼き屋さんがあったり、洋服屋さんがあったり、古着屋さんがあったり、
そういうお店とか、はたまた警察があったり、消防車も彼は知っていますので、町には消防車が守ってくれる、警察が守ってくれるとか、
そういうことを改めて自分たちで並べて列挙して、そういう人たちのおかげで町は成り立っているんだなということを考える、知る、そして感じるということをやります、最後に。
自分たちがこれから属するコミュニティの中で、自分にできる役割を考えて行動しようという思いになってくれたらいいよね。
そうできるために先生たちはいろいろ仕組むわけですね。
コミュニティとは何かという話になりました、そのときですね。
コミュニティを考えるときに、コミュニティとでは家族との違いは何かという話をあげました。
コミュニティを考えるときに、一番コミュニティを語るときによく聞く、もう一つつながってくる単語って何かなということを問いかけると、地域コミュニティというのが出てきますよね。
地域コミュニティですね。
地域コミュニティとは何かではという話になります。
家族と地域コミュニティの違いは何か。
それを決定的に分ける要素は何か。
一言で言うなら何かというような、そういう問いかけをしながらミーティングを深めていきました。
家族とコミュニティが決定的に違うというのは、家族は私ですね、私、プライベート。
そしてコミュニティは公家系です、パブリックですね。
プライベートとパブリックの違いが決定的に違うということ。
ですから家族の中では自分たちのだけのルールで好きなように何でもできる、すればいい。
コミュニティに出て公家系の場では自分だけが良ければいいとか、自分はしないとか役割を担わないということはできないよね。
そのコミュニティの最小単位が幼稚園の家族です、クラスですね。
それを知って、これまで子どもたちは3年間、3歳からずっと積み上げてきています、お仕事を。
そして年長になったら、そういう成り立ちを社会はこのようにして成り立っているということを腹落ちしてもらうというのが最終的な目的です。
市民性の理解
コミュニティとは何かといったときに、なかなか出ないんですよね。
これがコミュニティ。
コミュニティにある何かと問われたときに、コミュニティにあって家族にないものって何かということですね。
まず構成因が違いますよね。
家族には、現実の家族には、自分たちの血のつながりのある、夫婦は血のつながりないですけど、契約としての家族という夫婦というつながりの中で、
私的な、プライベートな単位として家族、プライベートな人しかいない、身内しかいないということですよね。
コミュニティには他人がいる、です。
で、公であるということ。
だけど、コミュニティというのは共同体と言われるように、訳されるように、その他人が、価値観の違う他人が、ルールや場所や環境ですね、
意味や考え方などを、共有するもののもとに集まっている。
他人が何か共有するもののもとに集まってきている共同体がコミュニティですよね。
で、その共有したものを、時間なり空間なり考え方なり、ものだったり、そういう共有したものをどのようにシェアするかということを、
ルールの中で、ルールを共通理解して守って、お互い様、お互いで争いなく平和に暮らしていくということが、コミュニティの一つの形であり、約束であると思うんですね。
一番地域コミュニティの中で、一番象徴的に共有するもので、そして時に大きな問題にならないものというのは、最も生活に近いものとしてあるのが、ゴミ出しルールですよね。
ゴミ出しルールを守る。それによってコミュニティの平穏な日々が守られる。
ところが、ゴミ出しルールを守らない人が一人でもいたら、やっぱり気持ち悪くなりますよね。
地域によっては、そういう問題、ゴミ出しルールの問題が地域ごとに違いますから、それを知らなかったりとか、守れなかったりとか、文化の違いとかでわからなかったりとか、あるいは言葉がわからなくて伝わってなかったとか、そういうことでしばしば問題になりますけれども、
それをいかにコミュニケーションとって分かり合っていくか、価値観の違いを受け入れて分かり合っていくかというところが、コミュニティを良くするというか、円滑にする。
誰もが気持ちよく過ごすために必要なことだと言えると思います。
そこで大事になってくるのは、何のために共有しているのか、そして役割分担ですよね。役割を分担し、それから責任を果たすということです。
公共の場や時間や物などを共有し、どういうルールのもので守り、気持ちよく過ごすかということが問題になってくるわけですけれども、
そこで自分だけがよりよく勝手なことをするということは、それはどうなのというところを子どもたちの理解ができる範囲で子どもたちの暮らしに乗せて理解していく。
それを自分たちの街に広げていって、ちょっと思いを馳せる。そんなことを最後に大木組は考えていくんですね。
そうした考えたこととか、それをどうステージの上で物語仕立てにして表現していくかというのをこれからみんなで考えるわけです。
コミュニティの一員であるということの中に、浜淵園は市民になるということを育てたい子ども像のキーワードとして掲げています。
では市民性とは何かということですけれども、市民になるとは何かということですね。
コミュニティの中の一員としての市民性とは何かというところですけれども、市民性とはコミュニティで共有されたルールをどう用いるか。
コミュニティの中での振る舞い方の役割と責任をどう果たしていくかということが市民性になっていくと思います。
子どもには子どもの市民性の振る舞いがある。
例えば道路の真ん中を手をつないで横並びに歩くとかというのは、それは交通ルールを共有しているコミュニティの中ではルールを逸脱している振る舞いになるわけで、
それはやるべきではないということになりますよね。
そういうことを一つ一つ知っていくわけですね。生活の中で。
もっというと、そういった最低限の責任を果たすとともに、自分がこれまでやってきたお仕事とか、また遊びの中で見出した自分の強みとか得意なこととか好きなことを、
自分のコミュニティのために、他者のために使って、他者から喜ばれる実感を持ってもらう。
喜ばれる、褒められる、端的に言うと褒められたり感謝されたりということですよね。
ありがとうと言われたり、すごいねと言われたり、そういうことが自己肯定感を上げるし、また自分がやってよかったなと思って、自分が社会の一員としている実感ですね。
居ていいという、居られるという、そこにそういう確かな実感を持ってほしいな、そのためには自分ができることをするということ。
そしてもう少し最低限のルールを守るということから、コミュニティのルールを守るということから、他人、隣の人とか、友達とか仲間とか地域の人に、
活動としてのコミュニケーション
それぞれのコミュニティで、他者のために何かをできて、それが自分の喜びにつながればいいよね、というところですね。
それは決して強制されるものではあってはいけないと思うし、自発性の中で、自らやりたいという思いの中でやれることができることが重要だと思います。
その自らやりたいという思いが生まれるような環境を作るのが、幼児教育・保育者の仕事であります。
アソビの理解の中で、この度、昨年、ハナー・アーレントの人間の条件の中で書かれている、労働と仕事と活動という、レイバーとワークとアクション、その人間の条件として必要な3つの段階について学びました。
浜内園で。
労働は、生きるために繰り返し必要となる活動で、終わりがなくて、自分のためにやること。
着替えをしたり、拝設に行って、手を洗ったり、ご飯を食べたり、そういうこと。
私のために、私がやる。
ある種、仕方がない。他の人には大体してもらえない。
他の人にご飯を食べてもらって、自分が満腹になるということはあり得ないので、生きるためにしなければならないことですよね。
それを労働と呼ぶと。
そして、仕事とは、そのコミュニティーの中で、世界の中、環境の中で、自分が他者と何かを作る目的に応じて作り上げていくこと。
作り上げていく行為を仕事という。
ただ、物そのものですね。物そのものを作るということに重きが置かれているかなというふうに思います。
物そのものを作ること、掃除もきれいにするということは仕事になるかな。
掃除も仕事。公共の空間のための仕事になる。
そして、最も大事なのは活動と言われていて、それは掃除のように正解があって決められたことをやるという仕事ではなくて、
他者とコミュニケーションしながら、アイデアを出し合いながら、何か対話しながら自分を表現していき、自分の言いたいことを言い、考えていることを言い、
そして他者と共同するということ。
共同して何かを作ったり表現したりする行為を一番大事な活動である。
人間の条件として一番大事な活動であるというふうに言われていて、
それはまさに浜幼稚園の遊びや生活の中にはあることで、この文脈の中で労働、仕事、活動という段階を子どもたちは経ていっている。
0、1、2歳は労働。自分のことだけ労働する。それで良いというところですね。
幼稚園になったらそれをいろいろなスキルができてくるので、掃除をしたり準備をしたり、浜幼稚園のなあさりでも自分で食事の準備をしたり、2歳の子どもたちはしようとしますけれども、
実際的にはそれは仕事というよりワークというより遊び感覚ですよね。
それが幼稚園家族になると仕事になって日々の仕事になる。それは自分のためだけではなくて家族のため、目的がありますよね。
浜幼稚園の生活発表会
みんなでともに食卓を囲むという仕事が起こり、文字通り浜幼稚園の中にもお仕事というものがたくさんある家族の中で。
そういう掃除とか片付けとか準備とかということを超えて、今回の生活発表会とか青空祭りとかファンタジープロジェクトというのは活動として存在するんですね。
ですから活動は一番上位概念で、その3つの行事というのは年長の大きい組が中心になって、大きい組のための活動であるんですね。
その大きい組が考えてアイデアを出し合いながら作り上げていく、その表現、それぞれの表現、活動の中で、真ん中組、小さい組が乗っかってくるというのが浜幼稚園の行事なので、当然ハイライトされるのは年長になります。
小さい組がちょろっとしか出てこないとか、小さい組にあんまり華やかさがないとか、そういうふうに言われるんですけれども、それはそういうものなんです。
小さい組は小さい組として仕事をやり始めたときの段階の人だから、まだ活動もできないので、そういう大きな行事の中ではごまめみたいな役割ですよね。
だけどその人たちは排除されない仲間です。
なので一部の役割、自分にできる役割を与えられる、与えられたことをするという形ですけれども、その段階を我々はうまく伝えていかなくちゃいけないと思うんですけれども、
その段階を伝えきれていない節もちょっとまだあるかなというところはありますね。
毎年行う感想を聞いたりすると、そういうところがまだ伝わっていないかな、伝えきれていないかなというところはあります。
ですから、この発表会も大きい組が中心になって何をするかというのを考えています。
今年は真ん中組もそういうことを考えるのが好きな人が多いので、真ん中組もアイデア出しの段階からミーティングに入って、いろんなアイデアを出せるんじゃないかというふうな見通しを先生たちは大人は持っているようです。
ここからは僕はもう手放しているので、どんなことが毎日行われるのかわからないんですけど、やった後だけ報告というか毎日のミーティングで聞かされるだけなんですけれども、そこからはあんまりほぼ口出しはしないですね。
保護者の皆さんと同じように当日、「おお、こんなんか。」という人事のように見るのが僕の役割です。
客席から見たらこう見えたよという、この流れでは客席から初めて見たときに分かりにくいなというようなフィードバックを返すのが僕の役割なので、皆さんと同じように当日を楽しむというところで、
今日は浜幼稚園が考えているコミュニティと市民性、そしてその中で子どもたちがどのように成長していくかということについて触れさせていただきました。
AIの時代に書くことのできない力は、こういったコミュニティの中で市民性を発揮する活動だと僕たちは考えています。
その活動の中で対話をして、議論をして、アイデアを出し合って、他者の意見に触れ、価値観に触れ、今の子どもたちは価値観というほどのものでもないですけれども、好き嫌いというのは価値観の一つですから、これがしたい、あれがしたいということですよね。
協力する、共同する、リーダーになる、フォロワーになる、そんなことをこの活動の中で最後にこれまで学んできたことを全部出し切って、いい意味のあるステージにしてくれると僕は信じています。
結果はどんなステージになるかはそれほど重要ではなくて、子どもたち、大人がどう見えたかというのは申し訳ないんだけど、そんなに重要に思っていないところが浜淵園です。
それはいつも言っているところだと思うんですけど、大人のためのサクセス保育はしないという、子どものためのプロセス保育であるということで、子どもがそこまで発表会のステージまでどのように考えて、
どんな心持ちで取り組んでこのステージに立っているかということをそこに注力して、一人一人がどんなふうに成長したか、何を得たかということを終わった後に皆さんにお伝えできればいいかなというふうに考えています。
ということで、今日も43分48秒話しました。長時間聞いていただきありがとうございました。では本日もお疲れ様でした。さようなら。
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