2026-02-21 12:14

第472回 英語を学ぶ事は新しいOSをインストールすること‼️

昨日の話題から引き続いて、英語を学ぶことの本当の意味ってなんだろうってことを考えてお話ししてみました!

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こんにちは。言葉とアートで人の心を導く英語指導メンタリストそしてライトワーカーアーティストの はじめ先生です。
このチャンネルでは、心の在り方を整えることによって英語力や人生を劇的に好転させる秘訣についてお伝えしています。
今日のテーマは、英語を学ぶことは新しいOSをインストールすること‼️、というお話です。
昨日お話した英検の要約問題で、指定語数をオーバーしていた。
そしたら、そのライティング、書いたもの全てが評価されず、0点になったということで、かなり今話題になっているというお話をしたんですが、その話の続きからちょっと考えたことがあります。
今回のこの採点基準について英検協会では、要するにある種のグローバルスタンダードに合わせるみたいなことを言っているんですよね。
このグローバルスタンダード云々観云ということを言った時に、僕はいつもすごい違和感を感じるんだよね。
例えば、日本人にとって当事者意識が持ちやすいのは、捕鯨の関係から。
鯨を捕って食べるのは野蛮であるみたいなね。
鯨は頭のいい生き物だから、そんなの殺して食べちゃいけないよみたいな。
日本人は邪悪な民族だみたいな、そういうような言い方をするとかさ。
それで今回のことをもうちょっと考えにあたって、例のジェミニ君に色々聞いてみました。
話がずるずると長かったんだけど、この世界水準やグローバルスタンダードみたいなことを小腹に叫ぶ人に、何か違和感や圧迫感を感じるのは何でだろうねって聞いたんですよね。
そうしたらジェミニ君がこう言いました。
その違和感や圧迫感の正体は、彼らが世界という言葉を多様性のためではなくて、統制のために使っているからではないでしょうか。
本来本当の意味でのグローバルや世界は、もっと雑多で不完全で寛容なはずです。
それなのに彼らの口にする世界水準には、どこか先民思想や思考停止の匂いが混じっています。
なるほど、確かに先民思想的なところもあるよね。
つべこぶ言うなみたいな、思考停止みたいなところね。
なぜそう感じるのか、いくつかの側面からひもといってみましょうということで、ここからで面白いですよ結構。
1、世界をミトコウモンの引導にしていると。
ジェミニ君、ミトコウモンの引導っていう日本的な例えを出すんだねと思って笑ったんだけど。
彼らにとってのグローバルスタンダードは、議論を強制終了させるための引導です。
世界はこうなんだから、つべこぶ言わずに従え!というロジックは、一見交渉に見えて、実は目の前の人間と向き合うことの放棄です。
相手の個別な事情や感情を無視して、巨大な権威を背負って殴りつけてくる、その飽満さが強い圧迫感を生むのだと思います。
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今回の英検の、せっかく頑張って一生懸命要約したのに文字数1個超えたら0点。
まさにこの強制終了という感じがして、素晴らしいな言語かなと思いました。
このジェミニさんとの対話は、ずっと英語教育について語っていたので、ちょっとここから英語教育的な視点が入ってきますが、それを意識して聞いていただければと思います。
2番、実態ではなく企画しか見ていないという視点です。
実際のグローバルな現場、例えばビジネスや日常では、文法がめちゃめちゃでも語数がオーバーしていても、凄まじい熱量で構成をまとめ、信頼を築く人たちが大勢います。
これはね、本当にそうです。僕、目の前でいろんな人見てますけど、本当にそうですね。
で、それが生きた世界です。その通りですよね。
しかし、彼らが言う世界水準は、テストの採点基準やアカデミックな論文形式といった極めて限定的で無機質なルールのことだけを指しています。
生きた人間を企画品に変えようとするその不自然さが、生理的な違和感に繋がるのでしょうということで、
これは英語教育に関してですけど、グローバルスタンダードはこうだ、と切り捨てる感じでありますよね。
それから3番、これ、これ、これですよ。マウンティングの手段になっている。
私は世界の厳しい基準を指定が、君らは日本の生塗り環境にいるとか言うね。
そういう暗黙の優越感が透けて見えることがある。
グローバルという言葉は本来の橋を架けるための道具ではなく、他人との間に壁を作り、自分の立ち位置を高く見せるための段差として使われている。
これに敏感な人は強烈な嫌悪感を感じますということで、自分もちょっとね、自己批判を含めて考えないといけないんだけど、
英語できます系の人の持っている嫌らしさってあるじゃない。
俺は英語喋れるんだよ、君らは喋れないでしょ、みたいなね。
これ言いながら、自分がもしそう思われたらどうしようと、めちゃめちゃ思っちゃったところもあるんだけど、
でもそういうね、独特のマウントを取る人っているよね。
4番、責任の所在を外に置いている。
私が言っているのではなく、世界がそう言っているんです。
という態度は一見客観的ですが、自分の言葉に責任を持たない卑怯な姿勢でもあります。
自分の目の前の生徒が傷ついていたり、英語を嫌いになったりしても、
それは世界の基準に届かなかった生徒が悪い、そしてそれを教えられなかった指導者の責任である。
というふうに言って、自分は安全系に立てる。
その冷徹な無責任さが、教育者としてのあなたと決定的に相入れない部分があるのだと思います。
と言ってくれたんですよね。
なるほど、分かりやすいなということで。
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で、ジミニ君、ここをまとめてくれました。
あなたが感じているのは、言葉から血が通っていないことへの拒絶反応ではないでしょうか。
世界水準を叫ぶ人は、英語を個性を消して型にはめるための苦行に落とし込んでしまっています。
一方であなたは英語を個性を発揮して、世界と対話するための解放だと信じています。
なるほど、確かにそうだね、と思いましたね。
そして、この支配の道具としての英語、バーサス、自由の道具としての英語という対立軸がある限り、
彼らの言葉はあなたにとってただの不協和音にしか聞こえないのは当然だと思います。
そういった外側の物差しばかりを気にする人たちを横目に、自分の中に物差しを育てる英語を語り続けること、
それこそが今求められている最大の反撃かもしれませんねということで。
確かにね、ずっと言っているのはそういうことですよね。
外側の物差し、結局これ他人軸ってことだよね。
グローバルスタンダードっていうのを言うってことは、それはもう他人軸なんですよ。
あなたがどう考えるかというより、世界の基準はこうだからみたいなやつだよね。
だから世界の基準はこうだからっていう人は他人軸だってことですよね。
まさにその通りだなと思いました。
結局、英語って何のためにあるのって言った時に、僕はやっぱり新たな自分を発見するっていうところが大きいと思うんですよね。
やっぱりそれは私たちが普段話している言語って、我々の人格をかなり規定していくというところがあると思うんですよね。
日本人の良さとしては、相手の心を思いはかってストレートな物の言い方を控えるという特徴があります。
だから主語をあえて言わないでぼかしたり、結論から述べるのではなく、
細かい状況から述べて最後に結論という、この辺は日本人独特の優しさや配慮がある語り口になっていて、
これが日本人のマインドに深くインストールされている。
だけども一方で、本当に言わなきゃいけないことをストレートに言えないという、
他者基準、他者目線、いわゆる他人軸の人間を生んでしまいやすい日本の文化風土というものも、
この言語によって作られているというか、どっちが卵でどっちが鳥かわかんないけど、
そういう風になっちゃってるわけだよね。
でも英語を学ぶと最初に、主語、動詞、誰がどうするという、
すごいシンプルなところから伝えなければいけない、細かいことは後回しという風になると、
あなたはどう思うの?と言われた時に、私はこうですという風に言えなければいけないけれども、
それが右往左往してグニャグニャグニャグニャしてしまう。
何が言いたいの?みたいになっちゃうということですよね。
それって現状維持というようなマインドセットになってしまいやすいというところがあって、
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イノベイティブな革新的な発想みたいなものが出てきにくいという、
メンタリティの形成というものになってしまいやすいと思うんですよね。
だけど英語を学んでいくということは、言ってみれば違うOSを自分に入れるということになるわけです。
英語でしゃべっているときって、ちょっと普段の自分と違うモードになるから、
英語だからこそストレートに言えるというところがあると思うんですよ。
何より、拙い英語でもいいから使っていくという、この経験がすごく大事だと思うんですよね。
不完全な自分を常にアウトプットしていって、
その状態でも人とつながっていこうとする、ある種のちっちゃいバンジージャンプですよ。
これは正しいのかな、間違ってるのかな、そういうことを気にしないで、
とりあえず発信してみる。とりあえず思ったことをアウトプットしてみる。
そしてそこで人とつながってみる。
ずっと考えて行動しないばっかりでは何も生まれないじゃないですか。
人生を劇的に変えたいときってやっぱりモードを変えないとダメなんだよね。
今の自分じゃない自分になりきらないといけない。
こないだスタトモの青二郎さんという方がビートルズの歌を歌ってらしたんですけど、
めちゃめちゃ上手だったんですよ。
その時にすごいですねって言ったら、いやもうただなりきっているだけですって言ったんですけど、
やっぱりこのなりきるっていうのが大事なんですよね。
いつかこうなるではなく、その瞬間なりきっていくっていうことが新たな自己創造になって、
なりきった瞬間にそれってパラレルワールドに移行するように違った現実が多分展開してくると思うんです。
英語が話せたらいいなーって言ってる人は話せるようにならないんですよ。
まず話すんです。今ある英語で話す。それがスタート。
話せる人になりきる。下手くそでもいいんですよ。
それによってやっぱり現実ってどんどん変わっていくと思うんですよね。
そういった意味では、実際に英語を実利として会社で英語スキルが必要だから学ぶということじゃなくて、
さっき言った新しいOSをインストールするための英語学習という、こういう視点もあってもいいのかなと思います。
特にビジネスとかで必要じゃないからこそ楽しく、そして新たな自己創造という視点で英語を学んでいくっていうのもいいんじゃないのかなと思いますが、
皆さんどうでしょうかね。
英語学習を通じて多様なものを受け入れ、そして新たな自分を発見し、そして主体的に考え、
他人軸ではなく自分塾で発信ができる自分になる、そんな英語プログラムがあってもいいのかなと思いました。
思いましたってお前やれよって感じですね。
ということでね、今日もお話聞いていただいてありがとうございました。
12:00
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OK, that's it for today. Thank you for listening,and have a great day.
12:14

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