自己実現の問い
こんにちは、英語指導メンタリストのはじめ先生です。 このチャンネルでは、気候を変えることによって、英語力と人生を劇的に好転させる秘訣についてお伝えしています。
今日のテーマは、 子供を自分の自己実現に利用していないかという問いについて
というお話です。 僕がね、物心つかない頃から大好きだったと、まあ親に言われてそうだったんだと思ったぐらいの
アニメがあるんですけど、 巨人の星という、本当に昭和のアニメなんですけれども
伝説の野球選手と言われた星一徹という男性がいたんですが、まあ戦争やいろいろで夢を絶たれてですね
自分の息子である星ヒューマというね、少年に小さい頃から野球を仕込んで
まさにジャイアンツ、巨人軍の星となるべく育てるというね、物語がありました。
で、結構今にしてみればツッコミのこの満載の物語なんですけど、 もうね生活の全てが野球のためなんですよね。
ご飯を食べるときに、本当は右利きなのに、左ピッチャーの方ね、サウスポーの方が有利だということで
確かね、そうだと思います。左右ね、わざわざ左手で何かをすることを強要されていたり、あとね
筋肉をつけるためにダイリッグボール、妖精ギブスというね、バネのついたなんていうのかな、その器具をねつけられて、それで日常を過ごされていたりとかね、それからもう真冬のね雪が降りしきる中でね
投球練習をさせられたりとかですね、もう本当にあのあらゆる苦難を子供に味合わせながらですね
いいか、ヒューマン、あの巨人の推しを掴むのだ、みたいな感じで話が進んでいき、そして彼はですね、念願叶ってジャイアンツに入団し、そしてダイリッグボール1号、ダイリッグボール2号、ダイリッグボール3号といわゆる真球をですね、次々に発明してジャイアンツのトップ選手となっていくんですが
まあその後にですね、思わぬ悲劇が待っていて、そこで最後に父親とのなんていうかな、初めてまた親子として触れ合えるという、そういう物語だったんですけれども
まああの親子でね、同じ夢を追いかけ、そして苦難を乗り越えて、そして父親がまあ時に自分の息子を先人の谷から突き落とすようなことをして
それでも厳しく育てていって、夢を実現させていくというような話で、当時見てた時には感動的な物語だなというふうに思ったんですけど、今思い起こしてみると、いろいろ思うところもありますよね
星ひゅうまは父の星一徹の自己実現の肩代わりをさせられたんじゃないか、そんな考え方もできるかなというふうに思ったんです
親子関係の考察
こんな話を思い出したのはなぜかというと、ある英語の先生が自分の子供をバイリンガルに育てたくて、ずっと英語で語りかけをしていたということで
喜んでやっていたんだけれども、最近なんかもうお母さんそれうざいからやめてって言われたって言って、えらい落ち込んでたっていう話を聞いたんですけど
その子供の年齢を聞いたら、まだ小学校1年生だって言うんですよね
中学生ぐらいになればさすがにもういい加減うざいからやめてくれっていうのはわかるけど、小学校1年生でそうなっちゃっているのはちょっと早い感じがしますよね
多分その子にしてみれば、お母さんであってくれっていう感じだと思うんだよね
普通にお母さんとして受け入れてほしいのに、いろんな話も聞いてほしいし、いろんな話もしたいのに英語で話をしてくる、それうざいだろうっていう感じはするんですよね
実際に母国語が英語と日本語を両方話せるお母さんで、ごく自然に英語と日本語が混じっているとか
あるいは旦那さんが英語で、奥さんが日本語で、普通に2つの言語があるという状況で、その中に浸っていて普通にバイリンガルになるってことはあると思うんだけど
そういう環境を人工的に作るっていうふうになった時って結構難しいと思うんだよね
やり方なのかもしれないけど
やっぱり子供本人にしてみれば、自分の人生を歩まされてない感じがすると思うし、やっぱりお母さんにお母さんであってほしくてきちんと自分を受け入れてほしいとか
甘えさせてほしいとか自然な欲求もあるわけなんですけれども、それでも親としては子供のために欲場と思ってやっているということもあって
いろんなケースがありますよね
例えば早いうちに名門市立に入れてしまって、その後エスカレーター型で有名大学まで行かせてしまおうということで、ちっちゃい頃から勉強させてエスカレーター式のところに乗せるというやり方もあるわけです
僕はそれはあんまり好きじゃないんですよね
子供が望んでやっているわけではないというか
子供の時ってまだ分別もついていないから何がいいかわからない、だからこそ良いものを与えてというものはわからんでもないんですけれども
でもそれって誰の望みという感じだと思うんですよね
そういうふうにレールに乗せてあげれば、名門中学、名門高校、名門大学と出て、有名企業、安定企業に入り、一生安泰に暮らすというシナリオとしてあると思うんだけど、それを子供自身が本当に楽しいと思うかどうかということですよ
冒頭に出したね、巨人の星の星島くんは本当に野球しか見せられない、野球しかない生活を強いられるわけです
友達と遊ぶわけでもなく、恋愛に溺れるわけでもなく、アニメとか見るわけでもなく、漫画を読むわけでもないわけですよ
とにかくそれにひたすら集中させられると
例えばそれはある意味の低要額を仕込んでいるみたいなところもあると思いますし、実際に成果を出して立派になっている子供も出るんだと思うんですけど
その子供が本当に自分の人生を生きていられるようになっているのかどうかというところは、よくよく考えて接しないといけないと思っているんです、子供に対しては
子供に限らず生まれてくるからには何らかのミッションみたいなもの、この人生でやりたいことを天から課題として持ってきていると思うんですよね
これは輪廻転生的な考え方になるんで、そんなこと信じないよという人もいるかもしれないんだけど、僕は少なくともそう考えていて
親として本当に子供の幸せを願うというふうになった時に、その子供がどういう花になるかというのを見極めながら伸びたい方向に伸ばしてあげるということが重要だと思うんですよね
さっき言った保守ヒューマーの話というのは、もとしたら親子だからDNAもあって才能がある、それで野球がめちゃめちゃ好きだっていうところからそっちに伸ばしてあげるっていうならまあいいのかもしれないけど
そうじゃなくてやっぱり自分が挫折した、自分の挫折した夢を子供を通じてもう一回叶えたい、それを親子の夢だみたいにして言い換えるのは微断ちゃ微断なんだけど、でもそれって実は親のエゴじゃないの?と僕は思っちゃったりするんですよね
今はうちの父が同じようなことをよく僕に話してくれました
うちの父はですね、祖父の代から続いていたそこそこな規模の建設会社のうちに生まれたわけですけれども、それを当たり前で長男だからということで理由もなく運もなく継がされたわけなんですけれども
子供の人生を考える
やっぱり父としてみれば職業の選択の自由がなかったんですよね、もうこれで継ぐのが当たり前だというような感じになっていて、それが嫌で嫌でしょうがなかったらしいんです
それで僕が中学生ぐらいの時に祖父から引き継いだ仕事を従業員に譲って、そして父はまた新たなビジネスを立ち上げていったということがあって、そんな経緯もあってですね
うちの父の口癖はお前は本当に自分の好きなことをやれよと言われていたんですよね
言う割に僕が美大に行きたいとしたらそんなに食えるかと言われたので、言うがやすく僕のほうが難しいというところですよ
やっぱり自分の子供には失敗をしてほしくないし、できれば成功をしてほしいし、できれば人に誇れるような成功をしてほしいと思うのも親の心情ではありますけれども
でもやっぱりね、そこは痛いことがあってもグッとこらえて、転ぶなら転ぶ状態を見ていて、痛くて泣いていても頑張れよと思って見ていて
万が一ね、車に引かれそうになったら身を挺して守るみたいな、そのぐらいの感じの心持ちでいるわけです
これは非常に父親的な考え方かもしれないです
母親というのはもっともっと自分のお腹を痛めた子供なので、母子の密着というのは父親との密着と想像がつかないぐらい深くて
子供の痛みというのを自分の痛みと本当に同一ぐらいに感じるんじゃないかなと推察するので、そこは同じような感じでは言えないと思うんですが
でもね、子供だからといって永遠に自分の手元にいるわけでもないし、永遠に自分の思う通りになるわけでもないわけですよ
やっぱり子供を通じて自己実現する前に、自分を自己実現するってことの方が大事なんじゃないかなと思うんですよね
本当に自分が自分らしく生きているかということを見つめていく
そういうのを子供は多分見ていて、やっぱり背中を見て学ぶんじゃないかなというふうに思うんですよね
親の言う通りにはしないが、親のする通りにはするというふうに言うので、やっぱり親としての自分の生き方を子供はよく見ていて、何かそこから学び取っていると思うんですよね
なので、まず自分が本当に自分として自分の人生を生きているかどうか、そっちを考えていくことの方が子供の教育にとってはいいんじゃないかなというふうに思いました
ちょっと偉そうなこと言いましたけども、もし今日のお話が参考になったよという方は、いいねやコメントなどよろしくお願いいたします
OK, thank you for listening and have a great day.