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グッドバイブス ミッドナイト楽座 by 倉園佳三
第8期書き上げ塾の卒業式
こんばんは、ただいま9月4日月曜日の午前2時34分です。 今日はですね、第8期書き上げ塾の卒業式だったんですね。
最後の講義というか、半年でやりますんでね。 毎月1回のリアル講義、オンラインもハイブリッドでやるんですけども、これが6回全部でありまして、第8期の最終講義が今日でした。
これはですね、神保町のレンタルスペースというか、貸し会議室なんですけどもね、珍しくこの道路に面している路面展というか、路面会議室なんですよね。
だいたい普通はですね、この手のスペースはビルの南海とかっていうね、そういうビルの一つなんですけども、道路に面しているんでね、とても開放されている感じというか、ドアとかね、パッと開けっぱなしにしておくといい風が入ってくるようなね、そういうとても雰囲気のいい場所なんですよね。
もう3年ぐらいここ使っているんじゃないかな、おなじみの場所ですね。
ここで最後はですね、終了証書というのを毎回用意しまして、これがですね、一応もうデザインも毎回変えて、私の手作りなんですけどもね、これを額縁に入れてですね、リアル会場にね、お越しいただいた方にはその場で手渡しして、そしてオンラインの遠方の方々にはですね、後ほどその郵送するというそんな流れになってまして、記念写真を撮ってね。
で、その後懇親会をやって帰ってきたところなんですけども、第8期の皆さんもね、本当にいい感じの方々ばかりで、ちょっとね、今期はですね、原稿書く量はそれほど多くなかったかなという感じもあるんですが、それなりにね、とても充実した時間、半年をね、過ごせたと思っています。
この中でですね、今日、とある方がですね、ちょっとこの8月最後の月ね、最後のラストスパートを書けたかったこの8月に、ちょっと心の状態がね、良くなくて、なかなかこの執筆ができなかったというお話が出たんですね。
で、これはもう本当にその通りでね、私はですね、ちなみにこの日々自分がやることっていうのをね、このピラミッドのような感じでイメージしてるんですね。
で、下の方は量が多いですよね、ピラミッド。で、上に行くと小さくなっていくというか、量が少なくなっていくんだけども、下の方はですね、なんとなくこの手を動かせば終わるような作業みたいなのが並んでいて、で、上に行けば行くほどね、クリエイティビティっていうんですかね、この創造力みたいなものが必要になっていく。
だからまあこのできる量が減っていくというかね、やれることがこう限られてくるという、そういうイメージなんですよね。だから下の方は、えっとなんか調子悪くてもまあまあできるっしょみたいな感じ。で、上に行けば行くほどこのクリエイティビティがね、要求されるので、やっぱりこの心の平安というのがね、大事になっていくというそんなイメージなんですよね。
で、もちろんこの僕にとってのこの執筆とかね、まあコンテンツを制作する創作活動かな、当然このポッドキャストもその一つだと思っていますが、これはですね、もうピラミッドで言うとキャップストーンのあたりにいるんですね。
まあ頂上ですよね。この辺の頂上をやるには相当心が平安でないとできないと、そんなお話をさせてもらったんですね。だからその通りなんですと、まあ要はこの平安が失われるに従ってね、上の方にあるものはできなくなると。
まあでもそれでもね、それほどそのクリエイティビティが必要ないものであればね、こなしていけるんでね、おそらくその方の8月というのもそういうことばかりに追われていたみたいなね、そんなお話だったんですけども、やっぱり自然にそうなっていくんですよね。
もちろんですね、週刊誌とかね、場合によっては新聞の日刊みたいな、こういうところで連載を抱えているようなね、プロのライターさんとか、もしかしたら、私はあまりよく知らないんですけど、もしかしたらこの漫画家の方とかね、こういう方々はですね、今のロジックみたいなものに従っていてはね、仕事にならないんで、
一つのある種のテクニックとしてね、心の平安とかそういうもの関係なくこれをね、こなしていくとかっていうそういう技術でしょうね、これはね、一つ身につけている可能性もあります。
でもこれをね、あのいわゆる仕事にしてないというかな、職業にしてない方、まさに今回のね、その書き上げ塾の受講生の方は別のお仕事をされてますからね、本職ではないわけですよね。
だからこういう場合はやっぱりなかなか難しいと思うんですよ。まさに先ほど私が言った公式通りね、上に行けば行くほどやっぱり心の平安というのが要求されるだろうなと思います。
何が下で何が上かっていうのはね、僕はたまたまその作業的なものがこの下にどうっといてね、上に行けば行くほどクリエイティビティが高くなるみたいな分類を自分でしてるんだけども、これはまあ人によって異なるかもしれませんね。
必ずこうなるとは言えないと思います。でもやっぱりね、私の場合はこのクリエイションにはね、どうしてもこの閃きが不可欠だなと思うんですね。
考え思考ではなくてね、いつもこの番組でお話ししている2人の自分のうち本来の自分のね、閃きこれを使いたいんですよね。
だからなおさらのことね、この平安でいることが不可欠になる。
偽りの自分は頭で考え、そして恐れや不安を抱くというね、ここで文章を書きたくないんですよね。
だからこのようなお話をしてですね、だから私も日々この良いコンテンツを作れるように心を平安に保つようにしているというようなね、そういうお話をしたんですよ。
ではもちろんこの緑の本、グッドバイブスご機嫌な仕事を書いたきっかけのこれは一つでもありますね。
これは以前にもお話したと思いますが、私にとってこの良い感じというかね、ご機嫌というのはまさにこの自分でものづくりをするというかね、創作活動を良い感じでやりたいというそういう願いがあって、どうすればそんな自分でいられるのかなというね、それを探求した答えでもあるわけです。
ここでね、よく考えてみると、じゃあどうやって平安を保つかみたいなことはね、あまり深くその話さなかったんですね。
まあおそらくもうね半年間この書き上げ塾に来ていただいているのでね、あ、なるほどそういうことかっていうんでね、阿吽の呼吸かなというふうに思いましたんでね。
でもなんかこの家に帰ってみてね、ここもちょっと詳しく話してみたいなというそんな感じが湧いてきたんで。
この番組でね、このピラミッドのキャップストーン、頂点にあたるようなクリエイティビティが必要なね、執筆を始めとする創作活動かな。
これをいい感じでやるために、私が日々やっている1日を通してね、平安な自分をキープする方法というかな、まさに私がやっている取り組み、これをですね、紹介してみようと思います。
朝の支度とゴールの確認
で、確かね、前回もそうだったんですけども、これはですね、やっぱり寝起きが最も大切なんですね。
起きた瞬間から取り組みが始まるという感じ。
なぜかというとですね、僕らはその寝る前、昨晩というかな、前の晩まで、この頭の中にあったね、不安とか罪悪感とか怒りかな、朝起きた瞬間にね、もうドカーンと押し寄せてくるんですね。
だからここでこのままね、その流れに身を任せているとですね、起きた瞬間からもう平安じゃなくなるというところにね、行ってしまって、これを立て直すのはなかなか難しいんですよね。
だからやっぱり起きた瞬間、ぼーっとしてますけど、この話を忘れずにですね、パッと目が覚めるじゃないですか。
そこで出てきそうになっても、この不安、罪悪感、怒りみたいなことね、これを絶対に考えないっていうふうに決意する。
そしてそのぼーっとした頭をね、できるだけそのぼーっとしたまんま、真っ白に保つようにするのがいいんですね。
僕はここでね、なるべく早く朝一でベランダに出てですね、カフェオレを飲みながら、目の前に大きな森があるんですよね。
これをね、じーっとたたたたこう見つめるんですね。眺めておく。
森が綺麗だなーっていうのも、四季に応じてね、このいろいろ落葉したり、緑になったりね、花が咲いたり、いろいろありますんでね、その様子をこの毎日毎日、ちょっとこの変化している感じとかも含めて見ながらですね、
その上に例えば青空とかね、雲とか太陽があれば、それを見て綺麗だなーとかね、たたたた感動したり驚いたりするという、これをやっていくわけですね。
この間、できるだけその考えないようにする。そのためにいろんなものを見ているのかもしれませんね。
ここでできればですね、本当にこの、なんかこの自然物があるといいんですけどもね、私も昔都心に住んでましたけども、なかなかちょっとね、窓を開けても、家とかビルしか見えないという環境が多いんですけどね。
なんとかその公園行くとかね、まあでも朝一は無理かな。
あれでもいいですよ、なんかベランダに鉢植えを置いておいて、植物を見るとかね、そういうのでもいいかもしれない。
なんとなくこの生き物というかな、この自然にあるものを見るのがいいような気がしますね。
で、それを見ながらね、私はちなみにこの自分を生かしてくれている環境というのをね、しっかりと確認して、
なるほどと、この森からね、微量なのかもしれないけど酸素が出てるかもしれないと、まあまあ象徴ですよね。森は一つの象徴。
それがまあこの地球全体にぶわっと広がっていてね、海があって、空気があって、まあいろんなもの、僕を生かしてくれるために必要なものがここに一揃いあるんだなというね、この環境。
これをしっかりとイメージしながら、この私を生かしている環境と一つであるんだなということを思い出すわけですね。
そしていつもこの番組でお話している、私はこの宇宙の森羅万象から生まれたカチマックスな存在なんだよねっていうことを思い出すわけですね。
まあこれはあの手を抜かずに毎日毎日これをやってますね。朝一が大事です。
で、これをやっている最中はもう大抵はですね、この反対側から、今僕はいい感じになろうとしてるんだけども、反対側っていうのかな、自分の心の反対側からこの不安、罪悪感、怒り、こういうものが割り込んできて、そんな大きなことを考えている場合じゃないんじゃないの?みたいなことを言ってくるわけですね。
もっと世知辛いことを数々こう挙げてくるわけですよ。
だからこれをね、さらにこの反対に押し寄るようにして心から消すんですね。ここで負けてはいけない。
どうせね、いくらリアリティがあったとしても、この朝のね、ベランダでカフェオレを飲んでいるここで考えても、全く意味のないことばかりがね、おそらく心の中に湧き上がってくるので、これはですね、その誘惑だな、誘惑という感じがしています。
私はね、これに負けずに、えっと反対側にね、グッと押し合って心から消すようにします。
そしてベランダタイムが終わったらですね、ここで今日のゴールというのをね、確認します。
これは毎日同じです。
今日もゴールは幸せ、この一つに統一するぞっていうのを確認して朝の支度を始めるわけですね。
できればここから朝の支度はですね、ゆっくりやるのがいいですね。
だからこの朝の寝起きが大事という中に、僕が急いで支度をしなければならないような時間には起きないというね、これもとても大切なポイントだと思います。
なるべく余裕を持ってね、朝の時間も節約したいと思うかもしれないんですが、
ここで焦ってしまうとですね、一気に平安が崩れてしまうので、おそらくね、焦っていると家族、パートナーと揉めたりもするでしょう。
余計なね、口論をしたり、言わなくていい一言みたいなことを発してしまうのでね。
しかもここで急ぎ始めると、もう僕の心はですね、このペースというのかな、これが焦り急ぎみたいなところに乗っかってしまうので、
それをしないようにね、できるだけ余裕を持って、ものすごい長い時間の余裕は必要なくて、
本当にゆっくりやって、さあ行こうかなってちょうどいいぐらいのね、あまりこの無理のない時間に起きるようにする感じですね。
そして忘れずに、今日もゴールは幸せの一つに統一するぞっていうね、これを確認しておくことです。
このあたりをね、朝一でやっておくんですね。
結構重要なポイントが含まれています。
この私を取り巻く環境と一つである。
日中の過ごし方においての3つの要素
そしてこの宇宙の真羅万象から生まれた私はね、まさにこの宇宙の真羅万象と同じ価値を持っているんだみたいなことをしっかり確認して、そしてゴールを確認する幸せというね。
ゆっくり支度をして外に出るわけですね。
ここからは日中の過ごし方になるんですけども、これはね、私はその時期によって名称を変えているんですけども、
要はこれはですね、これが心の中に侵入してきたら、間髪入れずに即座に手放すということを心がけるわけですね。
これを本当に日中過ごしながらかなり綿密にやっています。
で、今はこの名称というかね、これが3つありまして、
罪悪感、これはいつもこの番組でお話している、もう絶対に持ちたくないもの。
罪悪感、これが一つね。
で、2つ目が攻撃ですね。
で、3つ目が不満。
この3点というのが今の私のね、最新の手放すように心がけている3点なんですね。
これが心の中にね、罪悪感、攻撃、不満、これがポンと入ってきたらその瞬間にもう無条件で手放す。
心の中から消すというような捉えをしています。
攻撃について
で、どれもですね、許すというこの1点で消すことができるんですね。
前にこの番組でお話したように、このポイントはですね、心がその苦しさを感じるその場所にね、同じその心を癒せる力があるという、これを忘れずにいるということね。
この外に癒す力があるのではなくて、私がね、この罪悪感持ったなとかね、うわ、なんか攻撃してとか、すんごいこれ不満だなと感じている。
それを感じると多分心がモヤモヤして、胸のあたりにね、何かこうつっかいたようなものがこうスッと現れるんですね。
この同じ場所にその嫌な感じを癒せる力があると、このように捉えておくわけですね。
そうしないとですね、このモヤモヤは多分消えないんですね。
ここにあるもので癒すしかないわけです。
これをですね、一つその参考までに、私はね、球体のようなイメージを持っているんですね。
このモヤモヤも球体、ユルスも球体、一つの球体なんですね。
これが半分が赤で塗られていて、半分が白で塗られている、そういう球体ですね。
で、罪悪感、不満、攻撃、これが心に入ってきているということは、この球がね、何色でもいいんですけど、僕の場合は赤の方にひっくり返っているって感じ。
私の心の中にね、なんていうのかな、地球儀みたいな丸い球があるんですよ。
で、これはくるくる回って、半分が赤で半分が白なんで、罪悪感、不満、攻撃が入ってきているってことは、この地球儀みたいな球がですね、赤い方を向いているって感じ。
これをですね、ゆっくりとね、ユルスと言いながら、白い方にふーっとひっくり返していくような、そんなイメージを持つわけです。
で、こうするとね、赤が白にひっくり返っていくような、この様子もなんとなく自分でね、こう掴みながらね、
おー、大丈夫、大丈夫、許せている、許せている、みたいなね、そんな感じで消していくわけですね。
外側にこのね、癒す力があるんではなくて、この球をね、くるっと回す、これがもうまさに癒す力、つまり許す力なんだなっていう、同じところにあるっていう、このイメージが大事ですね。
この球体自体に自己治癒力があるような感じですね。これをくるっとひっくり返せば、これは治るんだよねっていう、この感じでこの3つとも受けせます。
あえてちょっとね、細かく言うとすれば、攻撃かな、罪悪感は本当に許すで消すしかないんでね、この赤から白にすっとひっくり返すと元に戻ります。
攻撃はですね、ちょっと厄介なんですね。これだけは、なんていうのかな、僕らの中にちょっとした悔しさとかね、それから正しさとかね、そういうものが邪魔をしてしまうので、
なかなかこれはね、この3つの中で一番難しい部類に入ると思うんですね。だからこのちょっとしたコツをね、使う必要があるかもしれない。
私はちなみにですね、結構やるのが、何か攻撃したいなと思う場面に出くわしたらですね、これはなんか多分揉めてたりとかですね、
なんだそれとかってこういうちょっと行き通りを持ちながらどうするのこれみたいなね、そういう問題に直面している場合が多いんですよね。
こういう時はですね、攻撃しないとしたらどんな解決法があるんだろうっていうふうに自問しているんですね。
つい最近も実はね、猛烈に攻撃したい欲求に駆られた出来事がありましたね。
でもまあ一応私はこのGood Vibesの取り組みを通して、日頃から攻撃というこの手段はね、完全に封印すると決めているんですね。
だから何かあった時は、この攻撃を使わずに何ができるかっていうのを考えるしかなくなっているわけです。
自分でね、この打つ手、攻撃という打つ手を封じているのでね、じゃあ攻撃しないとしたら何ができるんだってこれを問うしかないわけです。
さっき言ったようにね、攻撃しないとしたらどんな解決法があるんだろうということを即座に自問するんですね。
そうすると本当これは面白いんですけども、障害物がね、消え去ったような感じで、かなりいい解決法だけがね、残ってくれるというかね、それだけがパッと見えてくるんですね。
何というか、この攻撃というベールね、これに隠された本当の解決法っていうのかな、私を幸せにしてくれる解決法が現れてくるような感じね。
だからこれはですね、攻撃しないとしたらどんな解決法があるかというこの自問はですね、何というのかな、ちょっと不自由さとかね、そんなの悔しくないみたいなことを感じるかもしれないんですが、
結果としてはですね、本当にいいものを見せてくれるというふうになんとなく私は実感していますね。
だから先ほどお話しした猛烈に攻撃したい欲求に駆られた出来事というのもね、もちろんこの攻撃せずにどんな解決法があるっていうこの問いによって、とてもいい落とし所をね、いくつもいくつも見つけましたね。
不満の手放し
そして何度、僕も心を痛めることなく平安を失うことなくですね、こういうのは相手がいますからね、僕は相手を攻撃せず、そして先方もですね、僕が望むような方向にね、この問題を修正してくれたというまあハッピーエンドですね。
だいたいそうなると思いますね。これが一つ目。それから二つ目はですね、これ単純にね、攻撃は目に見えない爆弾のようなものと捉えてみるといいんですね。これはもうこの番組でお話ししましたけれども、自分は傷つかずに相手だけを傷つける攻撃っていうのは絶対にありえないんですね。
僕らが行う攻撃は必ず双方に向かうもろはな剣なんですよ。なぜそうなるかはね、バックナンバーでいくつかお話ししていると思うんで、ぜひ聞いてみてください。でも一番簡単にその説明するとすればまさに一つだからなんですよ。
あなたと私はね、僕らがどれだけ否定しようと一つなんですね。偽りの自分は絶対にこれを認めませんが、これはもう事実として一つなので、あなたを攻撃すればその同じ攻撃がね、自分に向かってくると。これはもう当然のことなんですね。だからこの爆弾のようなものと捉えるのは悪くないんですよ。
要は私がね、手元にその爆弾を持ってたとするじゃないですか。そしてこのキーバック装置をパンとオンにすると、相手ものとも自分も爆発に巻き込まれますよね。まさに僕らがね、やっている日々やっている攻撃というのはこんな感じがしますね。とてもなんか自分で言って変ですけど、いい例えじゃんじゃないかなと思います。
まあでもこれをね、本物の爆弾を想像してもリアリティはないんですけども、例えばこれがね、泥水爆弾とかね、あるいは破裂するとこの生クリームを巻き散らす爆弾みたいな、このぐらいでもね、結構十分抑止力にはなってくれると思うんですね。
攻撃してえなと思った時に、これって泥水巻き散らす爆弾よ、もしくは生クリーム巻き散らす爆弾よみたいな感じでイメージすると、やめとこうみたいな感じで踏みとどまれるかもしれない。
それとそのまさにね、この話のそのポイントである、これがなぜ攻撃を手放すのか、この目的がね、自分を傷つけないためっていうことを思い出せるといいですよね。
私の場合はその平安を保つため、つまり自分を傷つけないためなんですけどもね、ここを忘れちゃうんですよね。
なんか相手を傷つけないために攻撃を手放すみたいなふうに考えてしまうので、いやいやこいつこんだけのことしたんだから傷ついていいだろうっていうふうに思って、ついつい放ってしまう。
いやでもこれが自分も巻き込む爆弾なんだよっていうことをね、認識できればね、もうちょいここのね、行くしかないっていう感覚は薄れるかなと思います。
ちなみに私は以前はね、この罪悪感の次は恐れや不安だったんですね。恐れや不安を手放すと、今はこれを攻撃に変えたんですね。
もう私の中にその恐れや不安を手放すというこの文言はいらないなと思っていて、なぜならば、僕らがね、最も恐れや不安を感じるのは何かを攻撃しようとした時だからなんですね。
これはですね、今までのその人生を振り返ってみると、すごくわかりやすい例がね、あの皆さんの記憶の中にたくさんあると思います。
例えばね、まあ友達でもいいんですけども、まあ仕事の方がいいかな、とにかくね、なんかもうここはしっかりとこのね、苦情というか文句かな、これを言わなきゃいけないみたいなことを決意してね、アポ取って会う約束とかね、もしくは仕事の場合だったらミーティングみたいなことをセッティングしたとしますよね。
さあ言ってやるぞと。最初に考えた時はね、あんまり怖くないんですよね。もうこれはやっぱり言わないとダメだよ、みたいな、こういう感覚の方が強くてね。でもいざ、じゃあその場所に行く、そして相手がそこに来る、そういうことを想像したこの前日とかね、もしくはこのミーティングが始まる数分前、これを想像してみればね、わかりますよね。
たぶん心臓バクバクなはずなんですよ。なんで俺は言いたいことを言うだけなのに、こんなに心臓バクバクなんだろうな、みたいな感じになるんだよね。これは攻撃をしようとしているからなんですよ。
以前にもお話ししたように、ちょっと嫌な話でしたけどね、僕らがその心に抱く攻撃的な考えというのは、これは程度は実はあまり関係なくてですね、基本はやっぱり相手を破壊して消滅させたいというこの願望につながっているんですね。
前にこの一本の矢みたいなお話をしたんだけど、この矢が向かっていく方向、そしてその先には必ずこの願望があるということ、相手を破壊して消滅させたいというね、あんな奴いなくなればいいとかね、消えてしまえばいいとやっぱり言いますよね。これがあるんですよ。これは非常に恐ろしい願望だということを僕らは知っているんですね。
なので、このような恐ろしいことを企んでいて怖くならないはずがないわけです。だから恐れや不安を手放すのようにしなくてもね、この攻撃と攻撃的な考えを手放すだけで、おそらくほとんどの恐れや不安というのは消えていくわけです。
だから私はですね、以前は恐れや不安というふうに言っていたんですが、今はもっと直接攻撃を手放すというふうに考えています。行動として、言動としての攻撃だけでなく、攻撃的な考えですね。この野郎というこの考えね。これを持った瞬間に僕らは実は怖くなって不安になるんだっていうね。
これもあの日々自分の心を見張っておくとね、確かに今攻撃的な考えを持った瞬間になんかちょっと怖くなってるぞ、不安になってるぞっていうね、この感覚が実感できると思います。だから今はどちらかというとですね、不安よりも不満の方を気をつけているわけです。だから3番目に不満が入っているわけですね。
これは以前も最近ですよね。このお話をしたのは、不満はやっぱりこの見ている世界を曇らせるだけではなくて、問題の原因が外にあるというふうに勘違いしてしまうんですね。だから今はかなり注意してこの不満というのを手放すようにしていますね。非常に見張っています。
罪悪感と攻撃不満
これもね、攻撃と同じように不満を手放すとですね、やっぱりこの問題の本質が見えてくるんですね。この不満を持っている状態というのはまずはこの自分の不満な状態というのを解決しなければならないというふうに気に入らないっていうのかな、気に食わない、この感覚を解決しなければいけないというこれを優先してしまうのでね、問題の本質をやっぱり見失うわけですね。攻撃と同じですね。
攻撃というのはやっぱり相手にまずは一心報いなきゃいけない。このクレームをまずぶつけなきゃいけないっていうこれを解決の第一優先順位に持っていってしまうので問題の本質が隠れてしまうわけですね。これと同じように不満もそのような力を持っているということ。
だからこれはですね、決してこの現状を黙認するとかね、現状に妥協して放っておくという意味ではないわけです。これを持たなければ持たないほど問題の本質が見えてくるので、余計解決しやすくなるというふうに私は捉えていますね。
この不満に関してはね、前の番組でもお話ししたんですが、私はとてもこの不満を手放すのに有効な問いというのがあると思っていてね、これがですね、何か不満だなぁとか思うじゃないですか、感じるじゃないですか、その時本当にこの出来事ね、もしくはこの人の言動、これに私は傷つけられているのかっていうこの自問をするのが一番手っ取り早いんですね。
で、答えはどうなるかというとですね、これしっかり細かくですよ。綿密に見ていくと、いやいや、傷つけられてないなというこの答えに行き着くんですね。これはね、やってみればわかるんですね。で、ちょっとこの話はですね、少しややこしいというか、もう少し詳しくお話ししないとね、なぜそうなのかっていうとこまではいけないのでね、これはまた別の機会にお話ししたいなと思っています。
でもこのね、本当にこの出来事やこの言動に傷つけられているのかという問いを立ててみて、確認してみるというのはね、とても大切な試みなので、本当にそうかと思うかもしれませんが、ちょっとやってみていただけるとね。
確かにこれ全然俺は何も失ってないぞとかね、いや俺どこも痛めてないぞみたいなことにね、実は気づけるんですね。まあこれも一つこの不満を手放す方法としてはね、有効だと思います。
そして何よりもですね、えっと今お話しした、えっと罪悪感、攻撃不満、なんでこれを手放すんだっけっていうこのね、目的と理由を忘れないようにすることがね、最も大切なんですね。
これを忘れてしまうとですね、どうも自分だけが騒音していると、何でこんなものを不満を持たないといって手放さなきゃならないんだと、何でここで攻撃しちゃいけないんだよっていうね、ここがわかんなくなっちゃうんですね。
で私の場合はもう冒頭にね、お話ししたようにこのピラミッドの頂点にあるキャップストーンのところにあるね、クリエイティビティが必要な創作活動をいつでもいい感じでやりたいっていう風に、もうかなり真剣に臨んでいるんですね。
このために私は平安をキープしたいと、かなり真剣に臨んでいるわけです。
だからこれに比べるとですね、例えばこの悔しいとかね、ムカつくみたいなことは、かすかに残ることもあります。
でもね、どうでもいい感じがするんですよ。本当どうでもいいなと、そんなものはどうでもいい。
それよりも僕はこのピラミッドの頂点にある、例えば、執筆とかね、文章を書くとか、この番組でいい感じでお話をするとかっていう方を大切にしたいなと思うわけですね。
これに比べるとですね、もうなんていうのかな、わざわざこの天秤にかけるまでもなく、罪悪感も攻撃も不満もね、いらないなっていう風に思えるんですよね。
しかもこの3つはですね、よーく見ていくとわかるんだけど、僕に何一ついいことはもたらしてくれていないんですね。
なんとなくね、その瞬間というのかな、これを感じた瞬間はこの3つが必要な感じがするんだけど、僕にとって大切な感じがするんだけどもね、後で振り返ってみると、やっぱこれはいらないなっていうかね、何にもいいことしてくれないのでね、やっぱりなくていいなって思いますね。
比較と他の人の評価
で、私はこの罪悪感攻撃不満の3点なんですけども、ここにですね、比較というのと他の人の評価っていうのを加えてもいいかもしれませんね。
これはどちらもこの番組で過去にお話ししたね、特別でありたい願望から来るものですね。
つまり他の人に勝ちたいという欲求なんですね。
これが僕らの平安を著しく見出す。
これはもう詳しく説明するまでもないですよね。
もうどうもやっぱり人と比べてしまってダメなんですよとかね、人の評価が気になるんですよっていうのはね、本当に誰もが感じたことがあると思います。
これは僕らにとってとても平安をキープしにくくなる要因でしょうね。
私ももちろんね、これは日々やりがちというかね、油断すると比べたくなったりとかね、評価どうだったっけみたいなことを気にしたくなるんですが、そこでまたすかさずある問いを投げるわけですね。
自分にこれがですね、なぜ私はそもそもいい感じで創作活動をしたいんだっけっていうこれを自問してみるわけです。
そうするとですね、答えは私の文章を読んでくださる方、そしてこのポッドキャストを聞いてくださる方、このような人たちのためにやっているというのが理由なんですよ。
なぜ私はいい感じで創作活動をしたいのか。
読んでくださる方、聞いてくださる方がいて、その人たちにいいものを届けたいからですね。
平安な自分のキープと創作活動
だから私は平安な自分でこのピラミッドの頂点にあたる創作活動をやりたいわけです。
だとしたら、そのような人たちに勝つ必要はないわけですね。
そして僕が特別である必要もないわけです。
僕が一人だけね、なんかカリスマとか特別な存在でなくても、読んでくださる方、そして聞いてくださる方のためにね、文章を書いたり、このポッドキャストを収録したりできるわけですね。
その人たちに勝たなくてもいいし、特別である必要もないということ。
そしておそらくね、私がこの勝ちたいという願望、そして特別でありたいという願望、これを満たしたとしても、先ほどの罪悪感、攻撃不満と同じようにね、多分私にいいことはほとんどもたらさないでしょうね。
まあちょっとした優越感とかね、やるいいみたいなね、それからなんかビップルームに連れて行ってもらえた時のね、なんかちょっと特別扱いされてるね、気持ちいいねぐらいのことで。
これも先ほどの天秤にかけるまでもなくですね、このいい感じで創作活動をし、そしてそれをね、待っていてくださる方のために届けるというね、これに比べたらですね、もう本当にどうでもいいこといらねえやっていうそんな感じですね。
まあだからこのあたりを先ほどの3つ、まずは罪悪感、攻撃不満ね、そしてプラスアルファ、比較と他の人の評価、まあ言い換えるならば特別でありたい願望と他の人に勝ちたいという欲求、このあたりがね心に侵入してきたら、もうその場で気づいて、その瞬間すぐに手放すようにしているということ。
これをやればですね、その毎日創造力が爆発しまくるみたいなことはないんですけども、コツコツ続けるくらいはできるんですよね。
だから先ほどもね、冒頭でお話ししましたが、特にこの仕事がね、お仕事がすでにあって、本職というのかな、本業みたいなものがあって、それとは別に本を書いたりね、ブログを書いたりとか、コンテンツを作ったりするようなそういう活動、これをやるためにはね、そのまあ例えばその本業をやっている時間、ここをですね、今私がお話したような感じでこの平安に過ごせるかどうかというのが、
例えば家に帰ってそれをやる時間に向き合うというここの勝負どころになるわけですね。ここでね、気持ちを切り替えてやろうなんていうのはまあ無理だと思います。これがその最初にね、悩みを打ち明けてくださった書き上げ塾の受講生のね、まさに言わんとすることなんですよね。
これはもうほんと1ヶ月2ヶ月になって、生ぬるいもんじゃなくて、平気で1年2年続きますからね。えっと、だから何かやりたいことがあるのになかなか向き合えないっていう。でね、気がついたらもう1年2年経っちゃってて何もできてねえなみたいなことをね、やっぱ僕らは繰り返すわけですね。
これはおそらくですね、やっぱりこの日常というかな、そこに向き合う前の自分をいかに平安にしておけるかというここにかかっている感じがします。本当にまあ僕だけなのかもしれないけど、ここで気持ちを切り替えるなんて芸当はね、まあできない。だからさっき言ったようなこの本職の人でない場合は特にこれをね、気をつけた方がいいと思うんですね。
まあ本当にプロのライターさんとかプロの漫画家とかであればね、まああと例えばミュージシャンで曲作らなきゃいけないっていうこういう人たちであればそれが本職なのでね、えっとどういった状態でもやるんですよ。形にするんですね。でもおそらくやっぱりね、この本職じゃなくてそういうことをやるという場合にはそこまでのモチベーションというかそこまでしたいというふうに多分ね、心がこう沸き上がらないですよね。
だからこれを自然に行えるようにするためにはやっぱりこの日々のね、平安の取り組みというのが大事なんじゃないかなと思います。だからなんかやりたいんだけどできねえなーって場合はね、この時間管理とかそれからまあもう言わんやね、この自分を戒めたり責めたりする前にまずはこのね、日々を平安に過ごすと平安な自分をキープする。
なんて言ったらいいのかな。変な例しか浮かばないんですけどもね。大好きな人とお付き合いができましたと恋愛ですね。で、その人のデートが例えば翌々日に控えているとこの2日間ね、なんかいい感じで過ごしてこのいい状態の自分でその相手に会いたいというこういう感じかもしれないね。
とても大切な時間大切なことそしてやりたいことが待っているのでそこまでそこまでの時間を僕は平安に過ごすんだとこういうこのようにね決意してそして今お話ししたようなことを手放していく瞬時に手放していくというねそういう感覚ですかね。
これをなんか私はやっている気がしますね。だからなんか私にとってやっぱりこの創作活動というのかな文章を書いたり喋ったりするのはまさにその恋人と出会う瞬間なのかもしれません。そんな風に捉えている可能性もなくはないかなと今ちょっと感じていますね。
よかったらぜひやってみてください。この番組で最近お話ししたことのねちょっとしたまとめとしても使っていただければと思います。今日はこんな感じですかね。でまさにねこのお話が登場したこの書き上げ塾ですね。
9月10日から第9期が始まります。だから今日ねこのお話を受けてやっぱり私はこの第9期はですね。一つこの皆さんがたくさん文章を書けるようにですね。できれば半年で一冊書き上げられるような勢いでいけるようにこのね日々をどのように平安に過ごすかみたいなところはねちょっと力を入れてお伝えしていきたいなという風に思っています。
そしてくどいようですがまだ空席がね一つ残ってるんですね。今日もねあの佐々木さんとねなんとかここ生まれといいですよね。誰が来るのかなみたいな話をしてたんですけどもね。よかったらぜひトライしてみてください。であの9月10日が第1回の初回講義なんですね。で実はこの毎回ですね。この初回講義だけダメなんですよっていう方がね不思議なことに必ず1人以上いらっしゃるんですよ。
その場合はですねあの個別にスケジュールを組んでですね。まあズームのオンラインになるんですけども。初回の講義でやる企画のフィックスとね。それから書き上げ塾の基本の方ここをお伝えするというこれがメインになるんですけどもこれをですね個別にやりますんでね。もう一人ずつでもやりますんで。そうするとだいたい9月のねまあ半ばか20日ぐらいまではいけるかな。
このぐらいまでにですね。この初回講義を受けていただければ十分ですね。あの皆さんのペースについていけますのでね。ちょっと9月10日いきなりNGなんですよという方はですね。まああの全然この気になさらずに申し込みのフォームがありますんでね。そこのテキスト欄にその旨書いていただければすぐにスケジュールをね組みますんでね。このあたりもね気になっているという方はですね。ここはなんとかなりますんで。
自分に向き合う心を持つ
ぜひトライしてみてください。そして今週末の9月9日かなここでまたジャジンワークですね。これはもうまさに今日のテーマ通りこの6時間をね。いかにいい感じ平安で過ごすかというここに特化したイベントですんでね。
今日の話ちょっと興味あるなと思った方はですね。9月9日13時から19時までで今回のリアル会場はですね。南大沢じゃないんですね。どこだっけな。確かえっと八丁堀ですね。八丁堀の会議室でやります。もうですね。リアル会場を何人かお申し込みいただいてますんでね。寂しくありませんから近いなという方はですね。ぜひ八丁堀のリアル会場にもお越しください。
もちろんオンラインでも参加いただけます。かぎ上げ塾とジャジンワークですね。よろしくお願いします。じゃあ今日はですね。これ多分ね。創作活動に限らないかなという感じが今してきました。どんなことでもね。ちょっと今やりたいことがあるんだけどなかなかそれに向き合う心にならないんだよね。というそういう悩みをね。
お持ちの方はですね。ぜひ今日お話したようなやり方を参考にしていただいてね。1日平安な自分をキープするというこの試みをやりながら。そしてその時間が来たらどうなっているかというのをね。
試してみてほしいと思うんですね。そのようにしてできた。やりたいことできんじゃん俺みたいな感じでいい1日をお過ごしください。ありがとうございます。