中川 浩孝
コミュニケーション力を究めるゴールデン・トライアングル。 仕事でコミュニケーションを扱う3人が、これまでの経験や最新の話題を語りながら、コミュニケーションとは何かを一緒に考えていくポッドキャストです。
田中 愼一
はい、みなさんこんにちは。コミュニケーションを極めると、自分が見えてくる、世界が見えてくる。コミュニケーションの世界に携わって40年以上、コミュニケーション命、シン・田中こと、愼一です。よろしくお願いします。
高木 恵子
SEからPRコミュニケーション業界に転職して、はや四半世紀、高木恵子です。
中川 浩孝
外資系企業でマーケティングを経験してきた、アメリカ在住中川浩孝です。
田中 愼一
さあ今日はどういう話をしますかね。恵子さん何か面白いことさっき言ってたよね。
高木 恵子
私はこの今週、大谷君と山本君のにらめっこ動画を見て、ずっと毎日心が温かい気持ちになっています。すごく気分がいい感じで今週を過ごしています。
田中 愼一
あれは面白いですよね。
高木 恵子
いいですよね。
田中 愼一
謀りごとがない。謀っているっていう、つまり意図を感じない。
高木 恵子
そうですよね。本当。
田中 愼一
意図を感じないから、全て自然体で意図も感じなく、そこの裏にある謀りごともなく、自然体でにらめっこっていうね。あれはシナリオもなく。
高木 恵子
すごいいいですよね。
田中 愼一
ここがね、やっぱり人の心っていうものを、ある意味ほっとさせるっていう。
たぶん我々の社会っていうのは、本音と建前の世界で生きてるから、いろいろ本音と建前って分けながら見てる。
やっぱり謀りごとをするとか、何か特別な計画があるとか、意図があるっていうのは基本的にはそこにある程度建前的に見えちゃう。
ところがあの動画はですね、それが一切見えない。
あれはね、結構すごいな。それで人の心が動かしちゃうんだもんね。
高木 恵子
あれは別にドジャースファンじゃなくても、2人のファンじゃなくても、なんとなく2人いいなって応援したくなりますよね。そうなっちゃいますよね。
田中 愼一
当然たぶんその背後にはしっかりとした計画とか戦略とか、意図とかそういうのはあったんだと思うけども、
それをそういう意図っていうものを感じさせないような一つ一つの表現にしたってところは、あれはやっぱり素晴らしいですね。
すごく勉強になるというかね、いろんなことをメッセージとして受け取りますね。
高木 恵子
そうですよね。なんか通常試合が終わった後に各選手のインタビューとかちょっとぶら下がりで必ずドジャースってやってるみたいだけど、
あそこで例えば大谷君とか山本君から、あの良さっていうかあの共感、受け手が感じるような感情は多分個別取材ではきっと、なかなか引っ張れないはずじゃないですか。
田中 愼一
たぶん構えるんですよ、取材に。
相手から何言ってくるのかな、何を言わなきゃいけないのかな、何を言わなきゃいけないかなと思った瞬間に、自然体じゃなくなるわけです。
どううまく話そうかとか、いろいろな謀りごとっていうのかな、計画っていうか野心っていうのが出てきちゃって、そこから出てくる言葉ですから、
自然やっぱりそこの背後に何か建前的な要素が、良いこと言わなきゃいけないとか、悪いこと言わなきゃいけないんだとか、あんまり本音で言っちゃいけないんだとか、気をつけなきゃ、そういうことが入ってきちゃうけども、
そういうのが一切ない環境っていう中ですから、自然体にそれぞれが笑ったり、全て自然でいいですね。
中川 浩孝
そういう場作りができてるっていうのは、やっぱりソーシャルチームの雰囲気作りであったりとか、っていうのがうまくできてるってことですよね。
田中 愼一
だから多分これからはますます言葉じゃない形での表現っていう、非言語コミュニケーションって呼んでますが、そこの世界っていうのはやっぱり広く大きくなってるんでしょうね。
非言語のほうがやっぱり人の心を動かすんですよね。言葉っていうのは構えちゃうんですね、こっちもね。
だから言葉っていうのはやっぱりそこに建前と本音の、特に建前の部分を感じ取ってしまうので。
だからこれなんかも、最近よく思うんですけども、そのコミュニケーションっていうのも、コミュニケーションの仕事40年以上やってますけども、
今の時代のコミュニケーションの流れの変化っていうのは、建前から本音っていう。本音をどう表現するのかっていうのが、これからすごく重要になってきて。
今までのコミュニケーションのビジネスというかやり方っていうのは、どっちかというと建前主義が強かった。
みんなから支持、大多数から支持を得るっていう発想で、その当時は建前を話していれば、結構大きな支持が集まってきたんだけども、
社会がどんどん多様化してくると、価値観の多様化につながってくると、一つの建前で多くの人が支持するっていう時代じゃもうなくなってきてますよね。
だから、従来のコミュニケーションが、僕の感覚でいうと建前主義でやってきたコミュニケーション。
つまり、世間的にいいとか、なるべく多くの人の支持を得るとかね。
そういうのが、だんだん今言ったように、いろんなメッセージを受け取るほうの受け皿、価値観ががらっと変わってくると、
建前だけボンと出して、人に共感を与えるっていう、もう時代じゃなくなってきてるっていう。
それは、いい意味でも悪い意味でも、トランプ現象なんか見てると感じる。
田中 愼一
昔からなんだけど、多分多くの日本人が、日本人だけじゃないでしょうね。世界ですよね。
今はもう、とにかくトランプ大統領になったらどうしようっていうのが、ほとんど世界の潮流ですから。
それはなぜかというと、なぜあれだけ支持を得てるのか。
今だって結局トランプの方が支持を得てますよね。
だからなんであんな支持を受けてるかというと、やっぱり彼のコミュニケーションっていうのは、
ある意味その時代のコミュニケーションの流れの変化にあってて、いわゆるこれからは建前じゃダメなんだよと。
やっぱり本音を語るっていうふうに受け取った側が、本音で語ってるっていうことを受け取らないと共感しなくなる時代になってきてるんだと思うんですよね。
そうするとトランプの特徴っていうのは、いかにも本音言ってるような感じじゃないですか。
だから言葉数も少ないし、言語で相手を説得するんじゃなくて、非常に俺本音語ってるからねっていうところを引き付けていく。
だからそれがまだ彼の支持基盤になっているコミュニケーションのスタイルっていうんですかね。
いかにも本音を語ってることを見せかけてるのか、あるいは本当に本音を語ってるのかわからない。
中川 浩孝
本音だとしても内容が大変困る内容なんで、あんな本音でいいのかっていう問題がまずあるんですけどね。
田中 愼一
あるけどそこに引っ張られるんですよね。
中川 浩孝
いやでもそうなんですよね。
田中 愼一
この人正直に言ってるって、人間のそこの感情っていうのは倫理的とか理屈的とはちょっと反してて、本音語ってる人間の方に指示しちゃうっていうね。
ここはいろいろとあるんですけど、ある意味トランプ現象なんていうのは、これからはその本音をどう表現するかっていう時代に入ってきてる。
建前だけ言ってる時代じゃもはやないって感じですよね。
中川 浩孝
まあそれは確かにその通りですね。
田中 愼一
結構、例えば新入社員とかそういう若手と話してる時っていうのは、やっぱり建前を話してもあんまり面白くなくて。
あと向こうは思ってて、こっちも結構彼らの建前主義をいくら聞いてもあんまり面白くなくて。
お前本気にどう思ってんだよとかね。
本音をもっと聞きたいっていう欲求が出てくるっていうのは、昔以上に感じますね。
昔は建前を言うことで自分で満足してた自分がいたけど、ある程度自分の本音をさらけ出さないと、人が聞く耳を持たなくなってきたっていう。
だから話すにしても、例えば自分の成功談なんか話すよりも、成功談っていうのは建前主義的なんですよ。
いいことをちょっとね、かさ上げして話してるんですよ。
人間はだいたい自分の成功談っていうのをかさ上げして絶対話してるんですよ。
そのかさ上げが建前主義、建前なんですよ。
高木 恵子
なるほど。
田中 愼一
失敗の話っていうのは、結構やっぱり、お、そうかって耳聞かせてくれるわけですね。
田中 愼一
失敗のところはどこまで自分を落とすかっていう。
かさ上げとはこのところに出てくるんですね。
自分をどれだけ下に落としていくか。
いかに自分ができなかったか、その当時。
ただ、そこにはある程度の計算があって、落とせば落とすほど、そこから立ち上がったときの相手の共感ね。
だから落とさなきゃダメなんです、自分を。どんどん落としていって、反作用のエネルギーを貯めておいて。
でもね、これで俺助かったんだって言った瞬間に、反作用の力がボーンと上がってですね、相手に対する共感度が高まる。
これはね、感じますね、この変化。
だから最近は話すときは自分の成功談はあまり話さず、自分の失敗談から出発して、
なんとかその失敗から乗り越えたっていう話のパターンがあっという間に。
中川 浩孝
まあでも、これって結局その人々が、この人はいいことばっかり言ってるんじゃないかっていう、
なんかこう穿った感じというか、その疑問というか、最初からちょっと疑った感じで見ている人たちに対してそういうのが効くっていうところで、
また今度この方法に世間が慣れてくると、今度はこの人またもって失敗談なんか自分のことが好かれるようにちょっと持ってるなとかっていうふうにだんだんまたなるじゃないですか。
これってたぶん行ったり来たりだと思うんですよね。
田中 愼一
行ったり来たりなんだけど、戦う土俵が変わるんですよ。
建前主義だった時っていうのは、建前の世界で戦ってたわけですよ。
どれだけ建前を言うことによって相手を引きつけるか対、そんな建前嘘だよっていう感じで、
これの引っ張り合いだったのが、もう建前っていうのはなくなっちゃって、ある意味。
土俵としてはもはや本音ベースになるから、どういう戦いになるかというと、いかに本音らしく表現する側と、それを見抜いていく側の、
つまり本音の世界での戦いがまたこれから始まるって、それがパラダイムシフトなんですよね。
中川 浩孝
そうね、確かにそうですね。
田中 愼一
建前はね、もう古いというか、建前はもう意味をなさなくなってきてる時代っていう。
これはこれでまた問題があるんですよ。これはこれでまた新たな問題が出てくると思うんですね。
建前は全部嘘なんて世界になったら、じゃあどうコミュニケーションを取っていけばいいんだよ。
人間社会はどう建設的に次に進めばいいんだよ。
なぜかというと、建前っていうのは、ある意味でいうと、理想主義とか、こうあるべきだっていうようなものが中心で、
本音って逆方向のベクトルがあって、もうこれから何言ってるんだ、もうダメになるに決まってんじゃんかとか、
あんなのね、理想主義すぎるよって、現実を見なさい、現実を。
こういうのって逆に本音的な要素。
たぶん建前と本音っていうのは、ある意味人間社会にとっては、実は必要不可欠で、二つとも。
その二つの中のどうバランスを取っていくかっていう。
今世界的な動きっていうのは、価値観の多様化によってですよ。
建前から重心が、いわゆる本音の方に移動してることは間違いないんですよ。
たぶんこの建前本音の行ったり来たりっていうのは、そこで始まる。
これがスイングするんじゃないかっていう感じ。
中川 浩孝
ちょっとでも私は思っているのは、建前っていう言葉が、本音と建前って言ったときに、
本音が本当の言いたいことで、建前が嘘とまでは言わないんですけど、
さっき言ったみたいに理想だけを語っているみたいな感じに聞こえるのが良くないなとは思っているんですけど、
その本音と建前っていうのは、本当は嘘と本当ではないはずなんですけど、
日本語ではそういう風に使われてるんですよね。
田中 愼一
なるほどね。本音と建前は表裏一体なんですよ。
中川 浩孝
そうなんですよね。
田中 愼一
だって本音がなかったら建前ないんですから。建前がなかったら本音ないんですから。
現実にはそこが二つ表裏一体になっていて、ある意味あれと同じですよ。
どんな事象でも、これは良い事象、これは悪い事象って分けられないんですよ。
良いことと悪いことが表裏一体で、ピンチとチャンスが表裏一体で分けることが絶対できなくて、
向こうから事象が現れるときに、結局そこをどっちで見るかっていう、
どっちに比重を置いてみるかって話だから、
結局本音と建前も同じで、目の前で話してる人が、
この人は建前がどのくらいで本音がどのくらいなのかっていうのが現実問題で、
そこで値踏みするしかないんですよね。
だからそのときに、相手は両方見てくるわけです。
たぶん人間には両方必要で、理想を掲げる部分もあれば、現実を見なきゃいけない部分もあれば、
だからある程度建前を述べながらも、本音でしっかりと現実を見ていくっていうね。
この2つっていうのは重要ですよね。
高木 恵子
それってだから相手によりますよね。
なんか私も部下がたくさんいたときとかに、
例えばこの人には本音っていうかストレートで、
いろいろアドバイスとか何か指示をした方がいいっていうタイプの社員と、
あとは建前っていうか、あんまりストレートに言いすぎちゃうと届かない。
こっちの意図してることが届かない場合には、建前っていうかどうかわからないけど、
要はストレートには言わずに、そこに持ってくために気づいてもらうような言い方とか表現とかにするっていうのってなんかやっぱり、
それはなんか前からね、特に部下とかと会話するときってなんか、
それはなんか多分今までもリーダーの人たちって意識してたと思うんですよね。
田中 愼一
それ間違いないですね。それはね本当に重要で、人それぞれ受信度っていうか、
物事をどう捉えるかっていうのは全部受け皿が違ってて、
多分人によってはね、建前の方に反応する人と、逆に本音の方に反応する人で、
その割合っていうのはもう人によってまちまちなんで、
やっぱりどっちを優先するか、建前で語るのか、本音で語るのか、
どういう比率でタイプと本音を混ぜ合わせて語るのかっていうのは、間違いなく重要だと思います。
だからやっぱり結局根底に行くと、相手とコミュニケーションするときはまず相手を知るっていうところが大事なんですね。
相手の受け皿がこれ建前主義がちょっと強いのか本音なのか、
どっちを使った方が相手は納得してくれるのか、共感してくれるのかっていうのは、
そこで知るってことがやっぱり重要なんですよね。
高木 恵子
だから逆にそこがどうしたらわかるかっていうスキルを実はトレーニングしてあげるのが重要ですよね。
田中 愼一
で、今そこの分野でどういう手法があるかっていうと、
今やっぱりよく言っちゃうのは、まずは自分をゼロにしろと。
自分の先入観、相手に対する先入観とか、初対面でもね、
初対面でも人間は10秒で相手に色を塗るんですよ。
10秒で。で、その印象をつくるのは何がつくるかというと、非言語コミュニケーションがつくるんです。
だから、例えば初対面でパッと見た瞬間、相手の非言語で、
あ、俺苦手、このタイプって思った瞬間、もう相手に色を塗っちゃうから、相手を知ることができなくなっちゃう。
高木 恵子
確かに。
田中 愼一
だから僕はいつも初対面の場合は、
田中 愼一
自分のゼロにするっていうことを考えておき、空想させることが重要だと思うんですが、
それを実際の実体験することが重要なんですね。
じゃないと、本当にできないんですよ。
高木 恵子
そうですよね。
田中 愼一
ゼロにしろと言っても、ただ言葉も重要で、少なくても、
相手にゼロにするってどういうことかっていうのを徹底的に想像させることがまず第一歩で。
なんでゼロにいってどういうことなんだよっていうのを、
ただ、それで日々経験する中で、これが自分をゼロにすることかっていう。
そういう経験がないと、腹落ちっていうのはないっていうのは感じです。
僕なんかもやっぱり、ああそうか、俺この人のこと勘違いしてたかなって。
ちょっと待って、昨日一つそういうのがあったな。
昨日の夜、帰りがてらですね。
昨日ちょっと会があって飲んで、いろいろ議論して戻る。
で、駅から家に戻る間は、夜歩いてたんですよ。
そしたらね、後ろから追っかけてくる自転車を引きながら、僕を抜いていくわけですよ。
乗ってないんですよ。引き引き引き。
で、なんかね、僕としては迫られてる感覚?後ろ。
これ僕も早く歩くもんですね。
で、僕を一生懸命追い抜こうとしてくるわけですよ。
この野郎何野郎だとね。
親父さんが自転車を引きながらね、とにかく俺を抜こう抜こうとしてるんですよ。
競争してるのかこいつとかね。
特に年代が行くとですね、お互い歩くとき競争する傾向になるんですよ。
中川 浩孝
えー!そんなことしてるんですか。面白い!
田中 愼一
歩きっていう運動を僕は長く歩くんですけど、
これね、変な話なんだけど、若手とかね、すごい年寄りだったら別に関係ないんだけど、
年代で、しかも同じスピードで歩き入れてる持ってる連中って競争し始めちゃう。
高木 恵子
えー!面白い!
田中 愼一
まだこれだけ走れるぜってこの年でっていうね。
お互い思いながら、密かなる競争が始まるんですよ。
高木 恵子
なるほど。
田中 愼一
それと同じね、自転車を引いてたおじさんがですね、僕よりはちょっと上かな。
で、抜いていくわけですよ。
この野郎、今こんなことしてるんですね。
抜いていって、かなり抜いていった後、何をしたかって、その次の事象で僕は心を入れ替えたんです。
俺の発想が間違ってたって。
何かというと、自転車に乗って走り出したんですよ。
で、パッとそこで気がついたのは、本当か嘘かわかりませんよ。
ただ、僕自身が受けたその事象のメッセージっていうのは、俺を追い抜かすっていうよりも、早く前に出て自転車に乗るっていうのが彼の目的だった。
中川 浩孝
あー、なるほどね。
田中 愼一
でも、普通の人は自転車に乗ったまま僕を追い越していくんですよ。
中川 浩孝
ま、確かに。
田中 愼一
あの、本当に狭い道だから、自転車に乗って後ろから突然追い越されて。
中川 浩孝
危ないんですね。
田中 愼一
こっちが危ないっていう。
中川 浩孝
なるほど。
田中 愼一
ある人は降りて、で、わざわざ僕だけを早く…
中川 浩孝
まず抜いてから、そうですね。
田中 愼一
抜いたっていうのが、だからこっちは追い抜こうとしてるって感じ取っちゃうんです。
だって抜こうとしてるから。
ところが、その人が抜いた後に乗って行ったっていうところの事象を見て、自分自身の勘違い、自分自身の偏見、
自分自身を追い抜かれるって思い込み?
これゼロにしないと相手が逆に僕のことを考えたっていうか、
あ、ここに人がいるなと。ここで自転車で追い抜くっていうのは。
っていうんで、わざわざ降りて、引いて、抜いて、乗った。
だってほとんどの人がもう自転車を追い抜いていくんですよ。
中川 浩孝
確かに。
田中 愼一
危ねえなっていつも思うわけですよ。
そうなると、あ、これが自分をゼロにすることかっていうふうに。
中川 浩孝
面白いですね、それは。
田中 愼一
そういうことも昨日も。だから僕はそういうのをしょっちゅう経験すると、
ゼロにするってこういうことなんだなっていうのをどんどん覚醒していくから、
だからやっぱり一番初めに何かキーワードを教えてやらなきゃいけないと思うんですよね。
今は僕が最先端、最先端っていうか一番受けがいいっていうか、
みんなが思ってるのは、自分の頃をゼロにしろ、自分をゼロにしろ。
中川 浩孝
なるほどね。
田中 愼一
世代を越えて、この前35人の30代から60代までの人たちを相手に、こういうセッションをやったけども、
やっぱり自分をゼロにしろっていうのが一番。
みんなにチャットさせるんですよ。
やってる間にどんどんチャットを入れろと。
とにかくやってる間に気づいたことは全部チャットしろと。
だからチャットがどんどん溜まってくるんですね。
2日間に集中してたから、どえらい量のチャット。
それをずっと見ていくと、自分をゼロにしろっていうのがかなり受けてたんです。
受けてたってことは、具体的には経験としてまだ腹落ちしてないんだけど、
イメージが少し出来上がるっていうことで、
そのイメージを持っていると、何らかのきっかけで、そういう事象との出会いが出てくる。
今ちょっと説明した、自転車に降りたおじさんっていうケースだったんですけども。
それを体験することによって、こういうのがゼロなんだなって。
たぶん僕は毎日似たような体験してるんでしょうね。
だからたぶんそういう、一旦想像させるある概念で、
一生懸命想像してるうちに、それに想像に合った体験が一つずつ毎日ね。
毎日そういう体験を人間にしてると思うんですよね。
そこでまた自分の考え方が、これがゼロにすることなんだなっていう腹落ち感がどんどん日々積み重ねてくる。
こんな感じじゃないですかね。
中川 浩孝
私、普段あんまりネガティブなことを言うのが嫌いなので、あんまりそういうこと言わないんですけど、
あえてちょっと今日は質問してみたいんですけど、
そういうことを考えている人って、自分のコミュニケーションを良くしたいとか、
あるいはマネージャー側で自分のマネージしているチームとうまくコミュニケーションしたいっていう、
中川 浩孝
目的があって自分のコミュニケーション方法を良くしたいと思っている人だったりするじゃないですか。
たぶんいろんな、グロービスのもたとえばそうですし、いろんな他のセミナーもたぶんそうだと思うんですけど、
皆さんたぶん何かしらのそういう目的というか、たぶん自分をもっと良くしたいという気持ちを持ってくる方じゃないですか。
でも本当はそうじゃない人に変わってほしいじゃないですか。
で、たぶんそういう人と日々は、たぶん日々対面していくことになると思うので、
そういう人たちに対して、どうやったらその人たちに影響を与えられるのかとか、
どういうふうに気づいてもらうのがいいのかって、ちょっとそういうのが一番難しいのかなっていつも考えているんですけど。
田中 愼一
コミュニケーションなんてのは傷つき合いだからある意味。
異なる人間同士が会うわけですから、当然ながら違った受け皿を持ってるんで、
ある程度、傷つけ合う行為ですね、コミュニケーションというのは。
でもコミュニケーションっていうのは、傷つけ合うだけの価値があるから、皆さんコミュニケーションを取ってるわけで。
なぜかと言うと、社会的動物である人間はコミュニケーションなしでは生きていけないんで。
だからある意味で言うと、必要悪なんて言っちゃうとまた誤解が生むかもしれないけど、
いわゆる傷つけ合うことによって、ある程度それに対する免疫性を持ってコミュニケーションをやっていくっていう。
そうすると、目的意識を持ってる相手でもない相手でも、確かにいろんな人と出会うんですけど、
唯一ね、やっぱり僕の経験上、これが絶対的なソリューションだとは言いませんよ。
でも自分をゼロにしろっていうレベルのもっとさらに奥に入るんであれば、
もう人間を好きになるしかないんですよ。
高木 恵子
あー、確かに確かに。
中川 浩孝
無償の愛ですね。
田中 愼一
お笑いは撮ってますが、基本的に人間が好きじゃないと。
面白いもんで、相手を知るっていうのは逆に相手を好きになるっていう極端に言うと。
好きになると別にラブの好きじゃなくてね、好きになるの。自然体の好きになるっていうのがものすごく重要で。
中川 浩孝
確かにね。
田中 愼一
これはなんで重要かというと、それをやると相手が変わるんですよ。
高木 恵子
私好きっていう感情にはならないんですけど、私の場合は縁があると思っちゃうんですよ。
例えば、もちろん部下とかだったら、自分のミッションというか役割として、教育とかトレーニングっていうので、
今ヒロさん言ったみたいに、自分で頑張るっていうモチベーションで人に対して接することができると思うんだけど、
そうじゃない、普通の生活の中でどう判断するかっていう時って、縁を感じる場合ってありません。
なんかこの人と最近よく会話をするなとか、この人から最近よく連絡が来るなとか、この人と会うなって思う時ってありますよね。
その時って、その人からの信号だと私は思っちゃうんですよ。
信号だと、だから基本私は割と誰でもOKっていうか、来るものを拒まず去るものを追わずタイプなんで、
だから来る人に関してはもう全面的に好きじゃないけど、来てくれる人とは必ずコミュニケーションを取る。
その時にその頻度が高くなると、この人はなんか今私を必要にしてるのかなって自分で思っちゃうんですよ。
そう思うと、好きになるというか、その人に関心を持つようになりますよね。
その人から来る言動に関してちゃんとリアクションしてあげようとか、ちゃんと答えてあげようっていう気持ちに、
私の場合はもう何十年もそういう人とのコミュニケーションしちゃってるんで、自然にそうなるんですけど、
でも最初のきっかけって、今この人と縁があるなって思うと、その人からの連絡・更新に関しては全部答えるんですよ。
なんとなく縁があるから。その人がなんとなく連絡がなくなると、
もうこの人には私のサポートはいらないんだなみたいな、私のことは話さなくても大丈夫になったんだな、
彼女の問題は彼の問題はみたいな感じになると、私もなんか自分で達成感もあるっていうか、
その恋愛感情、友達感情みたいな好きじゃないから、別にそこの距離が縮まろうが遠くなろうが、あんまり私にもインパクトはない。
コミュニケーションを自分でやったっていう、その達成感は常に、もしかしたら小さい達成感かもしれないけど、なんかそういうのはあるんですよね。
田中 愼一
ありますね。ご縁を感じるって一つの能力だと思ってますね。
高木 恵子
そうなんですかね。
田中 愼一
能力であるし、能力である限り、しかもそれは別に、もちろん先天的なものってのもあるのかもしれないけども、
でも基本的には後天的なんです。だから鍛えられる。
ご縁を感じる能力ってのは自分で鍛えられるんですね。
だからご縁を感じる能力ってすごくコミュニケーションでは重要ですね。
だから僕なんかもまさに、今けいこさんが言ってた、絶えず人と会ったときにご縁を感じるってことで、
一応、どういうタイトルかというとですね、「ご縁日誌」ってのを書いてるんですね。
中川 浩孝
そんなのあるんですね。
高木 恵子
さすが田中さん。田中さんすごいですよね。
田中 愼一
ありとあらゆるご縁。これは人との出会いだけじゃなく、自称。
人とのご縁。事象とのご縁。全てのもの、ご縁を感じたものは全て日誌として書き入れてるんですね。
高木 恵子
すごい。それはすごい。
田中 愼一
それが僕にとっては、それをやっていくと、より、
けいこさんが今言ったようにですね、物の感じ方が変わっていくんですよ。
もっと先手にご縁を感じるようになる。
ご縁を感じてコミュニケーション的にどう表現するかというと、メッセージを受け取るということなんですね。
高木 恵子
なるほどね。
田中 愼一
目の前にあるもの、人との出会い、事象、すべてはあらゆる無限大のメッセージを持ってるっていうのが僕の考え方で。
いかにどれだけのメッセージをその中から受け取れるかっていう概念ですね。
そういう概念をやっぱりしっかりいつも持っていると、物の見方っていうのはすごくよりオープンになってくるっていうのかな。
見えなかったものが見えてくる。感じらなかったものを感じる。
よりこの、なんていうのかな、非常に、もっとより多くメッセージを受け取る。
ご縁って多分それだと思うんですよ。
とりあえずご縁があるっていうと必ずそこにはメッセージもあって、それがますますご縁を感じる能力っていうのか。
ご縁を感じるようになると、そのご縁のメカニズムに興味を持つわけですよ。
どうやってこういうご縁が来たのかなっていうのを探知していくと、この前の量子力学の世界に入ってくる。
中川 浩孝
なるほどね。
まあでもご縁って本当にアンテナ張ってるか張ってないかだけだと私思ってるんですよね。
そのアンテナを張っている人が微妙にそれを感じ取れるかどうかだけのどっちかというと能力だと思ってるんですよね。
田中 愼一
大事なんですね。アンテナ、アンテナの感覚って。
中川 浩孝
多分全くそれを感じない人もいるんですよね。
何かそういうチャンスが来た時でも、多分私そういうのチャンスとかとも同じものだと思ってるんですけど、
それをチャンスと思えるかどうか、たぶんご縁と思えるかどうかってそういう能力なんだと思うんですよね。
田中 愼一
それはもう明らかにピンチをチャンスに感じる。
ピンチにするにはクライシスが来た。
田中 愼一
ピンチピンチじゃなくて、あ、これチャンスご縁だ!ってやればね、
すごく全然違う世界が展開されるんですよ。
中川 浩孝
そうですよね。
田中 愼一
人間に勇気づけられるんですよ。
うちの会社立ち上げた当初、オールスタッフミーティングか何かで、
ある人がね、「うちの人事採用政策っていうのはどういう戦略を持って実施されてるんですか?」って質問が来てさ、
人事採用って今うち何人いると思ってるんだよって感じで。
まだね、小さい頃だったから。
僕はね、「いいやー」って一生懸命考えて、そんなのあるわけないから。
ご縁かなって。
高木 恵子
あー、はいはいはいはい。
田中 愼一
本音ベースで言ったんですよ、ご縁って。
相手が怒り出しちゃってさ。
高木 恵子
へー。
田中 愼一
ご縁とはどういうことですか?あなた経営者でしょ?とね。
高木 恵子
へー、そうなんだ。
田中 愼一
どうするんですか?っていう対話があったことを今思い出しました。
中川 浩孝
へー。
田中 愼一
だから、いずれにしてもね、ご縁っていうのは大事だなと。
採用。
縁なんですよ、本当に。
高木 恵子
そうですよね。
田中 愼一
でも欧米の人には理解できないんですよね、案外。
高木 恵子
あー、そうか。
ご縁はね、ご縁ってのは。
田中 愼一
誰だっけ、マイクロソフトのトップインド人だったかな。
カルマって言葉を使って、非常に…
高木 恵子
あー、ナデラですね。
田中 愼一
それカルマなんだって言ったおかげで。
多分ね、欧米が理解しているネガティブな意味でのカルマじゃなくて、
どっちかと我々が理解するご縁に近いんですよ。
中川 浩孝
確かにそうですよね。
田中 愼一
ご縁が大事だって言ってるんだけど、日本人感覚ではわかるんだけど、
欧米感覚で言うとそれは、もうね、何言ってるんだと、
宿命論と結びつけるから。
中川 浩孝
そうね、カルマってあんまり英語ではいい意味じゃないですよね、確かに。
田中 愼一
いい意味じゃないですよ、カルマっていうのは。
中川 浩孝
確かに。
田中 愼一
だからね、やっぱね、
そういうことを突き詰めていくと、やっぱり決めつけとか思い込みとか言うんじゃなく、
そのご縁というものを通じて、自由自在に色々なものをメッセージとして受け取っていく、フレキシビリティって言うんですか。
それがやっぱり、さっき言ったピンチをチャンスにする発想にもつながっていくし、
多分それを日々心がけていくと、巡り合わせが良くなってくる感じってのがあるんですよ。
高木 恵子
あー、巡り合わせ。
田中 愼一
受け取るメッセージというのは真摯に受け止めて、もっと色々なメッセージを受け止めて、
ある意味、これまた仏教思想に入るんだけど、仏教思想が基本それなんですね。
つまりすべての目の前に現れているものには、すべていわゆるメッセージがあると。
一つの、いわゆる仏からのメッセージですね、仏教の場合はね。
こういう発想ってのは、キリスト教とかあらゆる宗教の中にもそういう要素ってのが入ってるんじゃないかなと。
中川 浩孝
あると思いますけどね。
田中 愼一
仏教思想ってのはですね、やっぱりアインシュタインなんかも言ってる通り、
やっぱりね、すごい、なんていうのかな、思想としての体系化が素晴らしいんですね。
前アインシュタインの話ししましたよね、仏教に対して何て思ってるかっていう。
いわゆるアインシュタインって、科学なき宗教は盲目であるって言ってるんですよ。
科学っていう、しっかりしてある程度の思想と体系っていうのを持った宗教じゃないと、盲目っていうのは、単なる洗脳って意味ですね。
だからしっかりとした科学なき宗教は盲目であるから、しっかりしたそういう科学っていうか、
本人はこの科学って言葉から物理学者が使ったんだけど、思考体系ですね。
なんていうのかな、仏教は近代科学と両立可能な唯一の宗教であると。
繰り返すと、仏教は近代科学と両立可能な唯一の宗教であるって言ってるわけですね。
仏教の中にある思考体系っていうのは非常にしっかりと組み立てられている。