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5代スポーツポッドキャスト、すぽきゃす。この番組は、スポーツを通じて、人々の健康生活の実現を目指す、5代グループの提供でお届けいたします。
皆さん、いつもありがとうございます。GODAI 白楽支配人の石崎優太と申します。
この番組は、スポーツを中心とした情報を、5代から幅広く発信していきたいと思い、立ち上げました。
それにはまず、5代をより知っていただくために、5代のスタッフを中心に改めてご紹介をしていきたいと思っております。
私がインタビュアーとなって、コーチ、フロントスタッフがどんな人物なのか、いろいろと掘り下げていきたいと思いますので、ぜひ聞いてください。
それでは。
はい、5代スポーツポッドキャスト、すぽきゃす。本日は、亀戸支店ヘッドコーチ、津田コーチです。
はい、ありがとうございます。
よろしくお願いします。
はい、津田です。
よろしくお願いします。
このポッドキャスト、先ほど説明しましたが、津田さんは感が良いので、大体わかると思います。
完全に理解しておりません。
よろしくお願いします。
だんだん、先週も河村コーチとお話ししたんですけど、だんだんみんな理解していただけるかなという形で、
もう終始は、津田さんのことを知りたくて知りたくてしょうがない人たちに、
はい、いないと思いますね。
もうね、これわかんないですよ、これは。
もうね、めちゃくちゃ知りたい人たちがいっぱいいるかもしれないんで。
基本的に、おばちゃんです。
そうなんですね。
若い女性はいないですね。
いないですね。
それは、いつも津田ファンにお届けできればと思いますので、よろしくお願いします。
客層の90%は、50歳以上です。
50歳以上です。
すぽきですもんね、おかげさまですよ。
おかげさまでございます。
そうですね。今、亀井戸支店が立ち上げ3年目に入りましたよね。
そうですね。
もう早いものでっていうところなんですけど、
まず津田沢五代に入社したのが、一番最初、まだ広北支店ができてない時に、
そうですね。
博楽4年です。
博楽4年間?
今ちょうど16年目ぐらいですね、五代。
五代で16年目。
そろそろ飽きてきましたね。
嘘ですよ、絶対。
みんな聞いてるんで。
16年目で、博楽で4年間、そして広北で10年。
そして亀井戸ができるっていうところで移動になりました。
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今、亀井戸支店3年目というところです。
そうですね。
これは五代の、津田さんと一緒にレッスンをやっているコーチもそうですし、
僕もそうですし、お客様もそうなんですけど、
今日は五代に入ってからっていうところよりも、
津田さんの五代のちょっと前、
テニスに、もっと前ですね、16年ももっと前の、
テニスにまず出会ったところから、
なんでテニス、そしてなんでテニスコーチになったのかっていう。
ちょっとそのとこ聞きたいなと思って。
はい、喋っちゃいます。
では、まずなんでですね、津田さん、テニスに出会ったのかっていう。
はい。ちっちゃい時からお母ちゃんが、
CAコートとかに行って、連れてかれてたんですけど、
木のラケットで打ってて、
打った。
お母ちゃん下手だったんですけど、
遊びではテニスやってたんですよ。
全然競技とかに興味があったわけでも全然なくて、
友達がプロに習うって言い始めて、
レッスンプロに習うって言い始めて、
そっから一緒にやらねって言われて、やるやるって言って、
レッスンプロに習うっていうところがスタートで、
本格的にやり始めたの中2ぐらいなんですよ。
中学校2年生。
僕遅いと思うんですよね。
やっぱり小学校の時にソフトボールやっても野球やっても、
ボールを打つ系の競技はすごい得意で、
バトミントンとかやっても、
だいたい詩で一番とかになっちゃうし、
そこそこいけるんで、
いい気になってたんですけど、
テニスやったらえらい難しくて、
超ハマった。
だって難しいやんか。
難しいやんか。
全然思ったとこいかんし、
全然空振りとかするし、
なんやこれめっちゃ難しいやんと思って、
この難しいのがまた面白いと。
めっちゃハマりましたね。
そうなんですね。
ちなみに津田さん出身は?
福井です。
福井県生まれ福井県育ち、高校までは?
高校まで鶴賀市っていうところに、
野球強い鶴賀県飛行校の出身。
関西人ですよね。
いやいやもう福井県です。
関西系なんですね、言葉が。
言葉は、
なんて言えばいいんですかね、
関西系になりますよね、言葉って。
関西鉛です。
この前僕福井行ったばっかりだったんですけど、
鉛ってるんですよね。
北側は福井鉛で、
南側は関西鉛なんですよ。
北側の人は、
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僕何言ってるかよく分からないです。
分からない。
昨日なんとか買ったんやんけ、
したら何々でって言って、
うにょうにょするんですよ。
南半分は関西鉛なんですよね。
そうなんですね。
福井県民の半分でちょうど言葉違うんですよね。
なるほど。
そんなところも交えながら、
津田さんのイントネーションっていうか、
独特だなって前から思ってて、
聞いてる人も、
どこの人なんだろうって思うと思ったんで、
今差し込んでしまって申し訳ないんですけど。
けっこう敬語で喋ろうと思っていると、
敬語に関西弁が混じるとめっちゃ変な言葉になるんですよ。
なるほど。
基本的に都会っぽい雰囲気も出したくて、
普通に喋ってるんですけど、
ふっと自分に戻ると、
なってしまうんですよね。
なるほど。
福井出身の、
中学校2年生から本格的に習い始めて、
本格的なレッスンプールを習い始めたのが中学生になってから。
そうです。中2で。
それは地元のテニススクールに?
そうですね。その人も開校するって言った時の、
僕ら初期メンバーなんですよ。
だから思い入れもあって、
鬼でしたね。
まだ健在のスクールですか?
スクールではなくて、個人でやってらっしゃる。
その人の一番最初に入れた生徒なので、
本当に5人くらいしかいなくて、
本当に鬼コーチです。
振り回しも呼吸ができなくて、
倒れてるとボールがぶつけてくる。
完全なるスパルタっていうことですよね。
はい。めちゃくちゃ厳しいです。
目が血走ってるんですよ。
めっちゃ怖いんですよ。
逆らえなくて、テニスめっちゃ上手いし、
絶対勝ってやろうと思って。
それですごい一生懸命練習して、
いきなりエントリーしてきたんですよ。
健在会に。
エントリーしてきたの?
僕らを健在会にいきなりエントリーしたんですよ。
もう勝手に申し込んじゃった?
はい。練習して3ヶ月でエントリーするんですよ。
健在会に。
鬼かって。
いきなり僕ともう一人友達とエントリーして、
僕が優勝です。
優勝。
その友達が準優勝です。
だから福井県は何をしてるんだってところなんですけど、
ジュニアでスクールでやってる子たちを3ヶ月で抜いたんですよ。
だからコーチってすごいんですよ。
スパルタコーチで目が血走ってるコーチは半端じゃないと思って。
それから言うこと聞くようになりましたね。
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そのコーチの?
コーチすげえなと思って。
それがあって、ジュニアですごいやり始めてから、
結局そのコーチとは中学校の終わりくらいで決別したんですよ。
なんでですか?
やる気はあったんですけど、
彼の意識についていけなくて、
もう辛すぎて頑張りすぎて、
やる気ないなら帰れって言うんで、
すごい我慢して5分くらいは聞いてたんですけど、
5分間同じことしか言わないんで、
もう分かったよ帰るけどもう二度と来ないよって言って、
辞めたんですよ。
部活入ったんですけど、
高校入って、
鶴ヶケヒ高校、
ペニス部に入ったんですよね?
はい。
全員先輩がヤンキーだったんですね。
全員先輩ヤンキーで、
またこれが弱いペニス部だったんですよね。
で、なんか先輩たちヤンキーなんですけど、
試合になると緊張するし、
試合になると緊張するんでどうしたらいいんだよって言いながら、
すごい色々良くしてもらったんですよ。
家に行くと毎日全員タバコ吸ってる感じの、
そんな感じの部活で、
部活自体は本当にやる気あんのかなっていうところもあったんですけど、
自分は部活の先輩たちと練習するっていうよりも、
コモノ先生とやっぱり練習してもらって、
本当は鬼コーチにずっと習っていれば、
もうちょっと上手くなったかもしれないんですけど、
その後でもう一回お話をしたときが大人になってからあるんですけど、
すごい来たんですよ。
大人になってから、
大人になってから、
コモノ先生とやってて、
コモノ先生とやってて、
コモノ先生とやってて、
コモノ先生とやってて、
もう一回お話をしたときが大人になってからあるんですけど、
すごい期待してたんですって。
期待してて、
厳しくなって、
それで僕は耐えられなくなったけど、
その彼は、
ずっと僕の部活にコモノとして申請を出してたんですって、
その後。
ずっと学校のコモノ先生になるって言って、
その後僕らの後追いをしてたんですね。
で、僕が卒業するときに学校のコモになったんですよ。
その方が。
それまで僕の学校っていうのは、
今まで全国なんて行ったこともなくて、
県大会でももう一回目か二回目に負けちゃうような団体の学校だったんですけど、
その先生がやっぱりそのコモになってから、
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もう十何年とか連続でインターハイとか、
そんな感じになったんで、
やっぱりあの先生はすごいコーチだったんですよね。
すごいですね。
でも全然理解してなくて、
マジ怖くて厳しくて、
なんかそこは、
今思えば、
自分のためだったら、
もうちょっと我慢できればなっていうところがあって、
だから今ちょっとすげえ中途半端なテニスになったんだろうなっていうのはあるので。
いや、中途半端じゃないですよ。
だからやっぱりそういうのって、
出会いですし、
あと自分で、
その時幼くてよくわからないことで、
将来になった時に、
なんか自分こうしておけばよかったなって思うのは、
その時のことはちょっと今でも思います。
でも今コーチやってて、
そのコーチがすごいなっていうのもよくわかるし、
なんか3ヶ月で県大会優勝させろって言われたら、
僕今無理だよとしか言いようがないんで、
やっぱすごいなって。
すごいなってその時から多分思ってる。
なるほどですね。
じゃあその方との出会いが、
津田さんの職業、将来的にテニスコーチっていいなっていうのが
物に変わっていったっていうところなんですね。
それもあると思いますね。
コーチすげえと思って。
だからやっぱり大学の時からテニスコーチのバイトをやりまして、
で、栃木ですね。
栃木で、それは大学1年生の時からやってたんですか?
大学2年くらいから、
コーチのバイトを始めて、
超金髪だったんですけど、
金髪だったんですね。
超金髪ですね。金髪のロン毛がその時ちょっと流行ってたんですよ。
でもそういう年頃じゃないですか。
今ドラマで始まりましたけど、
今日から俺はできるよね。
今日から俺はできるよね。
三橋的な頭が流行ってたんですよ。
ちょうどその頃ですね。
それで、あの頭で行ったら、
その頭を何とかしたら採用しますって言われて、
次の日から黒く染めて、
テニスコーチを始めました。
三橋とは真逆の今日から俺は?
今日から俺はテニスコーチ。
へえ、面白い。
アルバイトでやって、
アルバイトは2年で、
契約社員を2年やったんですよね。
やっぱりコーチとしてとか、
その時はもうとにかく、
僕すごい負けず嫌いなんで、
とにかく自分がいる中で、
とにかく一番になりたいんですよ。
だから学生とか関係なくて、
そのテニススクールで一番になりたくて、
学生で2年やって、
その後2年やって、
4年くらいで、
成績でとにかく一番になったんですよ。
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で、一番になったらダメだと思って。
で、関東に行こうって決めたのは、
できるだけ日本一のテニススクールで、
一番下っ端からやらないと、
絶対自分は良くないって。
とにかく一番下っ端になれるところに行こうと思って。
で、いろんなところを見たんですけど、
一番五台の博楽に来て、
お客さんを見た時に、
なんでこんな16人とか14人とかいて、
みんなニコニコして楽しそうやなと思って、
こんなにいっぱいいたらテニスできへんやろと思って、
でもなんかクソ楽しそうだなと思って、
ここにしようと思って決めました。
いろいろ見に行ったんですね。
その中で直感でここだなっていうところが、
五台だったわけですね。
めっちゃ楽しそうで、
お客さんの顔を見てたら、
ここめっちゃ面白そうと思って、
そこに決めたんですけど、
ほんとに超一番下っ端になれまして、
学生の頃から、
下っ端は下っ端で好きなんですよ。
一番下っ端でいながら、
常に1個でも上昇したいとか、
メインコーチ持ちたいから、
メインコーチ持って4年とか、
一生懸命やってきて、
一番上昇したいとか、
メインコーチ持ちたいから、
メインコーチ持って4年とか、
メインコーチ持って4年とか、
4,5年とかやったら、
お客さんの評判がちょっと良かったんで、
全部メイン持って、
五台で一番のコーチになったら、
もしかしたら日本一のコーチになれるかもしれないって思って、
日本一のテニスコーチになりたいなって思ったのが、
多分、昔4年やって、
昔4年やって、
5台に来て5年やって、
多分10年目とか、
それぐらいで、
日本一のテニスコーチになりたいなって思った。
なるほど。
そこのチャレンジ精神っていうか、
一番最初にテニスを習おうと思って、
出会った指導者のコーチに、
いろいろ言われて、
何クソと思って、
絶対に見返してやろうと思って、
そういったところから何か始まってて、
で、
もともと、
小さい頃から負けず嫌いっていうのは、
あったんですかね。
むちゃくちゃ負けず嫌いですね。
だから、
フェアプレー精神とか、
マナーとかはクッソ悪いですね。
その年ね。
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勝っちゃいいんだろうみたいな、
まさに三橋ですよね。
とにかくどんな手を使って。
はい。
すごいね。
テニスを理解するまでは、
多分勝ちたくて、
ジャッジも悪かったと思うし、
態度も悪かったと思うし、
そういうのは、
多分下手だから、
そうなってたんでしょうね。
上手くなると、多分余裕があって、
そういうところって、
ちょっとずつ改善されるじゃないですか。
すごいちっちゃい人間ですよね。
そこって、
今の僕らの、
若い人たちとは言いたくないですけど、
今の20代の人たちも、
ジュニアの子たちにも、
何かそういうのって、
持ってもらいたいですよね。
そうですね。
すごく、
全国のトップに行く子とか、
世界に行く子って、
すごいですよね。
ちっちゃい時から、
俺一番強いって思ってると、
通用するし、
真面目にコツコツやってく人は、
日本のトップのところで、
行ったり来たりして止まりますよね。
突き抜けてる人って、
6-0で負けておきながら、
俺コーチより強ぇし、
今日調子悪いだけだし、
っていうじゃないですか。
俺そういう子、
すごい好きなんですよ。
すごかったりしてる子で、
自分の才能信じきってる子って、
めっちゃ強くて、
それがジュニアの時から、
すごいコツコツやってて、
伸びる子と、
天才肌なんだけど、
下手で、
俺一番って思ってる子だと、
将来性にすごい差があるなって、
思って見てて、
それがね、
すごい見てて分かりますね。
個人名ではちょっとあれですけど、
本当にそういうのを見た時に、
これ才能だって思うんですよね。
変な人好きなんですよ。
津田さんがそういう環境でやってきたからこそ、
そういう経験してきたからこそ、
そういったところが分かるというか、
いつも、
やっぱり先ほどね、
津田さんも言ってたとおり、
僕の来てくれるお客さんは、
ジュニアではなくて、
50歳以上なんで、
そうですね。
やはりベテランの方々が、
津田さんのところで、
そうなってくると、
津田さんはそういったところで、
日本一のコーチという定義が
いっぱいあると思うんですけど、
そうですね。
今、津田さんはメインとして
やってらっしゃるところが、
そういった一般の方達で、
週1回、
もしくは週2回から、
経験的には3回くらいとか、
はい。
今、家庭を持っていらっしゃる方達に、
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ほぼ大人の方達を相手にしている
レッスンをやってるんですけど、
そういった中での、
どんな思いで、
どんな考え方で、
レッスンを今やってるんですかね。
僕は人のテニスに合わせて、
とにかくその人のテニスを
グレードアップしたいんですよ。
だから、
その人の打ち方を変えようなんて、
一切思ってるわけじゃなくて、
その人のテニスで、
もうちょっと勝てるようになるには、
今どれが必要かな、
っていう指導をするんですね。
だから、逆に、
ちょっと上級の下手な人だったら、
今、1試合、
1回戦で負けてるところを、
この人1回戦勝つには、
何をさせたら勝てるのかな、
っていう指導をします。
なるほど。
逆に、
全日本で、
すごい上手いんだけど、
弱点だけあって、
全日本出れるんだけど、
勝てないんだよねっていう人には、
全日本を優勝するには、
何が必要なのかなって思って、
それを指導します。
だから、僕のお客さんは、
年齢別の全日本を取らせるのが、
基本的に最終的に目標にしてるかな、
って思うので、
そういう人たちが意外と集まってきますね。
だから、自分のテニスに、
何を足したら、
この先が見えるんだろうっていうのは、
結構みんな努力してるから、
見えないんですよ。
だけど、その道筋をはっきり、
これできたら、
多分勝てるって見えたら、
多分その人もすごい楽しいし、
それは楽しいですね。
僕も、それを見つけて、
それがハマった時が最高なんですよ。
なるほどですね。
実際、全日本を優勝してくれた方も、
23区のチャンピオンの方もいますし、
やっぱり、
それだけレベルが高い人のテニスで、
何かを変えた時に、
その人が、
今いるカテゴリーよりも、
ちょっと上に行けたら、
僕はもうそれだけで、
すごい満足感があって、
多分、そこが生き甲斐なのかなって、
思うんですけど。
なんか深く、
本当に、
コーチですよね。
ちょっと真面目に喋りすぎたんちゃう?
いや、ちょっとね、
僕らの会話ではありえない。
俺とイシちゃんの会話っていうのは、
基本的に下しかないじゃん。
そんなことないじゃん。
だからさ、真面目に話すと、
ちょっと恥ずかしい。
まあ、そうですね。
でも、
本当に、
本当に、
本当に、
ちょっと恥ずかしい。
まあ、そうですね。
でも、
こういう、
本来、
それって、
コーチ同士でも喋んないじゃないですか。
喋んない。恥ずかしい。
恥ずかしいのかな。
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でも、そういうのが、
もっと、
知ってほしいし、
僕も今日聞けて、
すごい良かったなって感じがする。
あんま喋ったことないね。
本当に、
その人たちに会わせるっていうのは、
非常に、
一見、
そうじゃなきゃいけないんじゃないのって、
思わせられるような感じ。
要は、こちら側の都合でね、
レッスンするんじゃなくて、
その人に会ったっていうところで、
僕らグループレッスンで、
あれなんですけど、
やっぱりその一人一人を、
しっかりとね、
見させてもらって、
その人が求めてるものと、
津田さんにも言ったように、
こちら側のアドバイスっていうのが、
ハマったとき、
これはすごい嬉しいですよね。
超ハマるよね。
嬉しいんですよ。
いやー、これはでも、
ちょっと良い会話ができましたね。
ありがとう。
まともな話したね。
まともな話しましたね。
皆さん、ちゃんといつもまともな話してますからね。
嘘?
嘘じゃないです。
絶対、下関係の話じゃなくて。
ポッドキャストですから。
言っちゃいけない言葉を、
心の中で溜めて、
すげー頑張りしてるからね。
これはノーカットでいきます。
普段のだと、
もっと危険な話が僕の中で。
それはですね、
ぜひね、違うところでね。
ピー入れてくれる。
これピー入れること可能なんで。
すごいね。
ポッドキャストすごい。
コンプライアンスに入らないと。
あと10回くらいやって、俺に。
1回で終わらないですからね。
ですんで、
これは本当にまずは、
津田さんの追い立ち。
追い立ちですよね。
どんな思いでっていうところで、
どんな気持ちでっていうところで。
これはもう本当に第1回っていうところなんで。
また第2回。
第10回、津田スペシャル。
スペシャルまで。
皆さん、広報期待です。
ずっと喋ります。
よろしくお願いします。
ありがとうございました。
ありがとうございました。