お葬式
2026-09-27 10:38

お葬式

第2回 お葬式

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サマリー

親戚の死去をきっかけに、喪主や葬儀の段取り、参列者への対応などで慌ただしく過ごした体験を振り返る。伊丹十三監督の1984年の映画『お葬式』を見て、死亡診断書や打ち合わせ、親戚が集まる様子などに、40年経っても変わらないリアリティを感じたという。悲しむ前に連絡や準備に追われ、ひとりで故人を悼む時間は式の後に来るのではないかと考える。また、葬儀費用や、家族・親戚が集まる機会としての葬式についても語る。

親戚の死去と葬儀の始まり
はい、ゴータイです。ゴータイの雑感の時間でございます。はい、ゴータイの雑感ですね。こういうタイトルにしました。
YouTubeの方でやってたんですけれども、まあいろいろあって、リッスンの方でやることにして、
タイトルもね、少し変えて、雑感、ゴータイの雑感というタイトルにしました。
これでいきたいので、よろしくお願いします。
今回の2回目のテーマですけれども、お葬式ですね。 2回目でいきなり葬式かっていう感じかもしれないですけれども、
実はですね、親戚が亡くなってですね、
何というか、数年前から寝たきりが続いていてですね、いつ亡くなるのかなという感じで来たわけなんですけれども、
で、あれですね、まあ先週か、先週、待てよ、まあまだギリ今週なのかな、まあとにかく、
この1週間バタバタはしていましたね、総理とか国別式とかで、
まあそれで何かいろいろね、一区切りついた感じかと思いますね。
で、そうですね、だから私の場合は、最初の枕寮ですね、最初のお遺体ですね、
親戚のところで、まあ亡くなった日、その明日ですけれども、まあお正香とかね、
あげに行ってっていう感じですね。
それで、まあだからいろいろなお葬式に関してね、まあその時期ですね、
映画『お葬式』に感じた現実味
まあYouTubeの方で、YouTubeの方でというか、そういえばお葬式っていう映画があったなっていう、
あってその板見十三さんのお葬式っていう映画があって、そういえば何か見てなかったなーっていうのがあって、
まあYouTubeでね、公式ではないんだけれども、あんまりこう見るものじゃない、公式じゃないものを見ていいものなのかなーって思ったりはするんだけど、
まあ見ました。
で、それで結構あれなんですよね、その葬式のリアルっていうか、
まあ本当にこう、まあフィクション、まあお葬式の映画の中の内容はもちろんフィクションなんですけれども、
非常にこうリアリティが伝わるというか、ああなんかこんな感じだったなーっていうのがあって、
なんかそのいろいろ、まあ亡くなった時の寝回しとか葬儀屋さんの、
劇中にはまあ葬儀屋さんみたいな人はいたかな、まあお正さんとかは来てたんですけども、まあなんかいろいろね、
あの、死亡診断書とかさ、いろいろあの、午前とかね、あと、
まあ来た枕がどうなこうだっていう、なんかいろいろなんかありましたけどもね、あと親戚っていうか、まあ長文客、まあいろいろ来るんですけどもね、なんかいろいろ、
葬儀の段取りと悲しむ時間
ああなんかこれ1984年の映画なんですけども、あのもう、今は2026年で、もう40年が経ってるわけですね、まあ全然なんか変わんないなっていうか、
まあ僕の場合はね、だから最初の枕経だけ出席したんですけども、まあ葬儀の告別式は後でっていうか、まあ終わってからまたまあ行ったんですけどもね、あのお墓参りですね、
なんていうか、あの、なんかいろいろなんか映画見てなんか思い出しましたねっていうか、あの、もちろんこう、今回亡くなった親戚より前の別の方が亡くなったときは、まあ葬儀とか告別式ね、結構あれなんですね、まあ参加したんですけどもね、結構大きなっていうか、
なんかいろいろ、だから偉い人とか結構来るんですよね、あの、もう何十人とぞぞろ来るんで、なんかまあ僕はなんか結構いろんな、なんだ他人数っていうか結構人混みが苦手なんで、
それで結構いろいろなんか心身悲鳴するっていうか、なんかそれ気づいたのもね、ほんとにこう、なんだ、気づかされたっていうのはほんとに最近なんですけれども、なんかね、非常に、うーん、なんか考えさせるものがあったっていうか、うーん、だからその、そう、うーん、だからその映画とか、まあね、見てね、
なんかいろいろ思ったのは、なんかほんとになんか、悲しんでんのか何なのかっていうのはなんかわからなくて、あの、本人が亡くなって、なんかそれよりもやっぱりこう、事前の値回しっていうか葬儀の値回しの方が大変で、
あの、まあだからそれをね、だからまだ葬儀をね、あの、自分で仕切ったっていうか、まあ具体的にね、その値回しっていうところで関わったっていうわけじゃないんだけども、その、まあもしというかさ、そういうようになったらあれですよね、ほんとにこう大変というか、
なんか純粋になんかあいつ亡くなった人をなんか悲しむよりも、なんかそっちの方で、なんか引き寄せるっていうか、なんかちゃんと悲しむまでに、なんか時間かかるなっていうのは、うーん、なんかそういうのは感じましたね、なんかお葬式も、だから映画のお葬式もそうだし、なんか実際のお葬式でも、なんか、なんか参加した時もね、なんかそんな感じなんですよね、なんか、うーん、
ほんとはさ、あの、葬儀の、あの、寝回しとか、聴聞客の、だから挨拶とかなんかそっちが大変で、あの、だからあれですね、ちゃんと一人で悲しむっていうかさ、なんかそういうのはなんか、ああ、あの、式が終わった、もう少し後なのかなって感じはしましたね、
葬儀費用と親族が集まる場
あとなんかな、まあ、やらしい話だけども、だからお金の話も、なんかあって、うーん、なんかどうなのかなっていうか、まあいろいろなんか希望にもよるんだけど、まあ、あのー、ね、だからそういうのもあって、いろいろなんか考えさせられたなっていうのはありましたね、お葬式、まあ映画もそうですし、なんか、
実際の、ね、あの、体験したことでも、なんか重なったっていうか、ああ、あれあるみたいな、ね、その、映画の方を見て、うん、で、40年経ってもな、あの雰囲気を感じてしまったんだよね、ほんとに、ああ、なんかいろいろね、結構、打ち合わせで結構ね、あのー、長いんですよね、ほんとに、なんだかんだで、
だからな、そういうのでな、いろいろ思ったっていう感じですね、あと、やっぱりな、なんか、そう、家族っていうか、家族、親戚が、なんか集まるっていうか、やっぱりその、大人になってしまうとみんなバラバラになっちゃうで、で、
それでなんか集まる場所っていうのかな、こういうなんか、まあお葬式もそうだし、だから冠婚葬祭とか、なんだろうな、だからな、そういう、うーん、誓いっていうのもな、だから、なんだろうな、あのー、まあ貴重な場所っていうかさ、まあ、やっぱりあれですよね、まあもちろん家族が破綻したらさ、まず、こういうことはないんだろうけど、
うーん、なんかね、そういうのもね、なんか感じましたね、結構集まれる場所っていうのか、こういう機会なんだろうなって、冠婚葬祭なんだろうなっていうのが、うーん、なんか、改めて思い知らされたっていうか、そういう感じでしたね、はい、で、このお葬式だけれども、うーん、まあだから、うーん、まあ繰り返しになりますけどもね、ほんとに考えさせられる、まあいい、と、
いい機会、いい機会って言っていいのかな、あのー、まあ、そんな感じですね、はい、ということで、えー、今回はこれで終わりたいと思います、ありがとうございます。
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