当時は視野が狭かったんで、大学行かなきゃダメだって思い込んじゃってて。
結構その時はストレスでわかった。 辛いですね。
めちゃくちゃ焦り寄りましたよ。だから僕3年生の最初の3月、4月かなに父親に、ちょっと野球部を辞めさせてくださいとお願いをして、でもダメだって言われた。
当時はやっぱり僕も、これをやりたくて大学行くっていうのはなくて、やっぱりなんとなく大学出てっていうふうな形で受かるところ、受かりそうなところを受けたみたいなところがある。
なんかなんとでもなるんだろうなぁと思いながら。
ずっといっぺんやってみいや精神ですもんね。
そうだと思いますね。そんな感じで生きてますね。結構。
福井で転生。
じゃあ福井で転生始めていきます。今回が内藤さんのおいたち編をお送りしていきたいなと思ってます。
前回が仕事編のところで内閣官房行って西川町行って福井に戻ってきて定着支援ディレクターやってますって話と、結構高校の時に言われたいっぺんやってみいや精神。
そうですね。
それでいろんなところに行って、毎回仕事変わるたびに引っ越しもしてるんですもんね。
5回から6回くらい移動のために引っ越ししてます。
すごいわ。
というところで、そういう話を前回してたので、ぜひ仕事編の話も聞いてもらえたらなと思います。
今回がおいたちというところで、内藤さんがどういう幼少期を過ごしてきたのかみたいなところから聞いていきたいんですけど、
実際、家族構成とかは?
そうですね。両親と4人兄弟。僕が2番目。全員男なんですけど。
その中で6人家族でずっと過ごしてて、小っちゃい時は喧嘩は多かったなと思います。
男4人って相当な感じしますね。
そうですね。母親が大変だっただろうなと今は思いますけどね。
みんな少年野球やってたので、砂だらけで。
洗濯大変でしょうね。
2回か3回やってたんじゃないかなと思う。記憶にないですけど。
僕も兄貴がいて、兄貴も少年野球ずっとやってたんですけど、最終的に洗い物は自分でやるっていうスタイルに変わってて、
いかに泥だらけにするかが空想みたいなところあるじゃないですか。
僕も自分で洗ってましたね。お風呂場で1回洗ってから洗濯するみたいな感じでした。
だんだんそうなってきますね。
少年時代ずっと野球ばっかりって感じですか?
野球ばっかりでしたね。僕以外の兄弟は水泳習ってたんですけど、僕はなぜか習わなくて、ずっと野球ばっかりしてましたね。
すごいですね、それ。上が何人ですか?
上が1人います。長男が兄貴がいて、僕がいて3男4男って感じです。
すごい。じゃあ、お兄ちゃんに習って水泳とかじゃないんですね。
でしたね。僕だけなぜか、そこも記憶ないんですけど、僕だけ断ったっていうことらしいです。
なんかよくわかんないですけど。水が嫌いだったんですか?
いやでも、平泳ぎぐらいはできますけどね。
僕も平泳ぎの方が好きです。クロール疲れるんで。
クロールは僕、そもそも息継ぎが難しくてあんまり、金槌に近いので。
クロール嫌いですね。
幼少期、どんな少年だったんですか?
でも比較的僕は元気な方だった。元気な方っていうと、ふざけてるけど真面目な部分もあるみたいな。
ずるい人間だったかもしれないですね。
めちゃくちゃふざけてるのに、先生来たらすごい優等生な雰囲気を出す。
ちょっとずるい人間だったかもしれない。
先生の姿とかを察知して、一瞬先に止まるみたいな。
そうですね。小学校の学級委員会とかやってたのかな。
結構僕も近いですね。学級委員長みたいなのを結構やってたのと。
真面目なところは真面目にやって、ふざけるところはふざけるみたいな。
メリハリは結構してたかもしれないですね。
友達からはどういう存在って言われてたんですか?
いい意味でも悪い意味でも、僕は中学校の時は、いわゆるやんちゃなことも仲いいし、おとなしいことも仲いい。
ちょうど間ぐらいの感じだったんで。先生からは使い勝手のいい人間だったと思われる。
そうですよね。あいつに何か言っといてみたいな。
風紀委員長とかやらされたので、相当の値段があったんだろうなと。
内藤に言えば、ちょっとやんちゃな子にもちゃんと声かけできるから。
使い勝手のいい人間だと思われてたと思います。
中学も野球ですか?
中学も野球やってましたね。
小中、高校までやってました?
高校までやってました。
全く一緒ですね。
高校は公式野球やってた。
1個下か2個下が吉田正隆くん。
僕は直接名刺がないんですけども、1年生から予判を打ってたので。
すごい人いるんだな、こういう人がプロに行くんだなって本当に言われてたので。
勉強もしながら野球もやってみたいな。
高校時代は勉強が本当にできなかったので、数学とか英語のテストは1桁とか。
当時の一遍やってみんやって言った先生が、内藤くん行く大学ないねって言われちゃって。
そっからでも必死に勉強、塾も通ったりして一生懸命勉強して大学行けたんですけど。
静岡は国立ですもんね。
一応国立ですね。
数学も使わなきゃいけないですよね。
ただここも僕はやっぱりメリハリがしてるので、数学って1A,2B,3Cってあるじゃないですか。
静岡大学の農学部受けたんですけど、そこは3Cが受験科目にないんですよ。
1A,2Bさえがちれば点数取れるっていうところに。
これコスパいいじゃんって思って当時。
しかもセンター試験の配点の比率が高いと。
センター対策していって、あとは二次対策ちょっとやれば受かる可能性高いなと思って。
それで集中してやったら意外といい感じで。
高校時代は英語と数学は一桁みたいな。
そこは高2の冬とかはそんな感じだったんですが、ライティングとかですね。
ライティングが4点とかだった。
数学が12点とかで。
だいぶヤバいですね。
ヤバかったです。
塾通って、通信制の塾通って。
そこでめちゃくちゃ成績が伸びて。
最終的にどのくらいまでいったんですか?
最終的にあれでしたよ。
センター試験は77%ぐらい取れてたんですよ。
結構取れました。
相当な。
伸びしろええかと思って。
20%ぐらいしか取れてなかったんですけど、頑張って勉強しまくって。
1日12時間ぐらい勉強してたんですからね。
学校終わったら塾にずっと行ってて。
僕もそうだったんですけど、野球部の人間って1年生2年生は別に勉強しないじゃないですか。
しないですね。朝練とかがありますから。
夜8時ぐらいに練習終わって。
だから勉強しないんだけど、結局部活引退したぐらいからやることないし勉強しかすることなくなってきて。
勉強しかなかったです。
野球に使ってた体力全部勉強にぶつけると1日10時間とか普通にやるようになって。
できましたね。
急に伸びるみたいな。
本当にコツを掴んだ瞬間ポンってコツをクッと伸びてきましたね。
もともと中学とかは数学とかできたんですか?
僕は理数科だったんですよ。高校。
星高校の理数科だったんで。
もう今ないんですけど。
数学とかできたはずなんですけど、やっぱり予習というものをせず。
先生の授業もあまり聞かず。
寝てて。
僕も寝てましたね、当時。
気づいたら点数がどんどん下がっていく。
でも周りで部活やってる子はしっかり点数とれてる。
じゃあ高校に入ってて結構落ちていく姿が。
そうでしたね。
中学はそれなりだったんですけど、高校になって一気にこれ勉強ついていけないなっていう感じは思いましたね。
それどっちだったんですか?野球やってるからいいやみたいな感じなのか、勉強落ちてきたらやべえなみたいな焦りがあるような感じ?
めちゃくちゃ焦りがありました。
僕3年生の最初の3月、4月かな。
父親に野球部を辞めさせてくださいってお願いをして。
でもダメだって言われた。
あと4ヶ月あるんだから最後まで頑張れって言って。
頑張るか。
めちゃくちゃ焦ってました。
これこのまま本当に僕大学行けなくてどうなっちゃうんだろうみたいな。
今は思わないですけど、当時はやっぱり大学行くのが当たり前って教え込まれてたっていうか。
年とかだったら周りみんな行きますよね。
今だと全然高校卒業してでも何でもできるじゃないですか。
でも当時は僕も視野が狭かったんで、大学行かなきゃもうダメだって思い込んじゃってて。
結構その時はストレスでかかった。
辛いですね。
辛かったですね。
部活との兼ね合いもあるし。
それも行かないわけにはいかないし。
そうですよね。
監督に怒られるし。
どうしようみたいな。
いやーでもそうっすよね。
結構静岡大学なのでお茶とかみかんが有名で。
だからみかん食べ放題でしたね。
めっちゃいいですね。
ゼミでどっかのゼミが収穫してきたみかんが、
各研究室、各ゼミに1箱分くらい置かれて食べてみようと。
すごい。
食べさせてもらいたいとか。
静岡大学行けばよかったです。
静岡大学よかったです。
でも農学部だけちょっと離れてるんですよ。
静岡大学の人しか分かんないですけど。
経済とか理学部とかこっちの方にあって。
橋を渡って。
結構遠いですね。
結構でかめな橋渡って、
坂を登ったところに農学棟があるみたいな。
じゃあ農学部だけ別のあだ名つけられてますね、それ。
そうかもしれないですね。僕らは知らないけど。
はぶられてる。
そう、はぶられてましたね、あの時は。
でも楽しかったです。
サークルとかやってたんですか?
サークルは最初の1年間だけやってましたね。
室内ホッケーで、ユニホックとかっていう。
当時、福井県の方、先輩で福井県の方がいらっしゃって。
ホッケー有名じゃないですか。
そっかそっかそっか。
そこでホッケーやってたっていう方がユニホック。
強いんですか、静岡大は。
静岡大はサークルですから、結構ゆるい感じで。
1年ぐらい活動してましたけど、そっから僕バイトを結構一生懸命やってたんで。
バイトしてました。
バイトか。
バイトバイト。
今思えば、大学生の時僕もうちょっとまともに頑張ればよかったなと。
みんな言いますよね、それ。
でも気づけないと思いますね、大学生の時は。
これはしょうがない。
これは絶対気づけないから。
なんであんなに僕パズドラやってたんだろうと思いました。
僕の高校時代、友達がパズドラハマってました。
僕も時給900円とかでやってるじゃないですか。
そしたらこれ何時間働いたらパズドラの代は何分だみたいな。
その計算だけ僕めちゃくちゃ早くて。
今思えば楽しかったんですけど。
もうちょっと頑張れたんじゃないかな。
大学生頑張るって相当難しいなと思ってて。
難しいですね。
気づかないですもんね。
すごいです。
目的を持ってやられてる方ってその後も素晴らしい考え方を
若くして持たれてる方が多いので。
すごい。
すごいですね、あれは。
僕は当時大学はラクロスやってたんで、
ラクロス部の部活しかやってなかったです。
高校は野球やってたからその感覚でもうラクロスやっちゃってて、
ラクロス部だから部活やっておけば一緒みたいな。
今になったら若者のコミュニティ作りとかやってるし、
もっと教育学ちゃんとやっておけばよかったなと思うんですけど。
今に僕芝居寄せ来てますもん。
そこら辺勉強してなかったから。
今一生懸命勉強してインプットして仕事に臨んでるみたいなとこがあるので。
大学の時にもうちょっと法律とか経済とかのベースができてればもっと楽だったんじゃないかなと。
無理ですけどね。
無理ですね。
結局自分で一回働いてみないと何が必要か分かんないから。
分かんない。
逆算できないんであれって。
だから結局働いて学び直すっていうルートを作った方が効率いいんじゃないかってずっと思って。
そんな気がしますね。
大学って何のために行くのかみたいな話につながるかなと。
就職のために行くみたいなのちょっと違うじゃないですか、本来は。
そうなんですよ。だから結局高校出て一回働いて大学選んだほうが学びとしては健全だなってすごくいつも思ってて。
健全ですよね。
ただまあ高校生から新学校みたいなところに出てると絶対大学に行くもんだっていう価値観があるんで。
なんか擦り込みっていうかね、そうなりますよね。
今だったら社会人にしながら夜間とかで大学行くとかできるじゃないですか。
それもあったんじゃないかなっていう。
まあありですよね。
一番学びの効率は良さそうですよね。
いいと思いますね。
もし子供ができたらそういう選択肢を見せたいなと思いますけど。
それはそうですね。確かにいろんな選択肢あるんだよっていうところは見せたいですね。
静岡、話戻していくと静岡大行って県庁に戻ってくるんですか。
戻ってきましたね、はい。
それ県庁に戻りたいとか何かあったんですか。
県庁というか福井に戻りたいか。
まあでもあんまなかったというわけですけど、本当になんとなくあった。本当に。
そこを僕も後悔。後悔じゃないですけどもっと考えればよかったなって今は思います。
僕は両親がそういう内に帰ってきたらどうだっていう話もあったから帰ろうかなみたいな。
なんかずっとふっかるっすよね。
結局なんとでもなるかなと思う。
多分皆さん結構一つ一つの決断を重く考えがちですけど、
実は後になってみると大したことないなって思う場面って結構ある。
めちゃくちゃありますね。
だって僕も小学校から大学までずっと先生になるって決めてて、結局先生になってないんで。
あの時の決断は何だったかと思うんですけど。
まあでもおかげで今幸せに暮らせてるんで。
ですよね。なんかなんとでもなるんだろうなと思いながら。
ずっといっぺんやってみや精神ですもんね。
そうだと思いますね。そんな感じで生きてますね結構。
大学農学部行って県庁行って全然農業関係ないことしてますもんね。
関係ないですね。もう全く関係なくて。
だからもしこれ聞いてる高校生大学生いたら、そんなに重く選択考えなくてもいいっていう。
そうですね。後でなんとでも巻き返せるっていうか。
そんな悩む時間があったら行動した方がいいよみたいな。
やってみた方が。
いい話ですね。しかも内藤さんの場合だと別に。
そうですよね。県庁行って内閣行って副庁長やってみたいな。
一般人からするとすごいエリートコースを歩いてるような感じしますけど。
でも出会った方々が本当に私は恵まれてたなっていうか。
自分の能力というよりかは出会った方々のおかげでっていうか。
内閣府行く前は広報課にいたんですけど、広報課の課長さんも厳しい方ではあったんですが。
でもなんとか僕も食らいついて、一生懸命頑張ったらそういうふうな内閣府に行く機会をいただけたりとかしたので。
話聞いてると結構いろんなところ食らいついてる印象があって。
高校1年生で勉強めっちゃきつかったけど、勉強落ち込んでてでも部活も食らいつかなきゃいけないみたいな。
やめずに食らいつけるのなんかあるんですか?
負けすぎないなとかあるのかもしれないですね。
負けすぎだと僕は思わないんですけど、なんとなく逃げたら負けだみたいな。
厳しいあれがあるかもしれないですね。
人によってはそれで追い詰められちゃう方もいるかもなんですけど。
僕はそこら辺がうまく。
意外とストレスがかかんないんですよね。
自然と抜けちゃうっていうか。
僕も一緒です。結構寝たら大丈夫みたいな。
そうなんです、そうなんです。
そういったところで食らいつけてるの。
最終、自分が壊れるほどまではいかないけど、ギリギリのラインはなんとなくわかってて。
かつ、一遍やってみんやと全力でやったほうがいいみたいな。
そうですね。でも抜くとかは抜いてますからね。
全力でやるところとは、どうでもいいやつは適当にどうでもいい仕事って言いたいんですけど。
そこの塩梅がうまいんじゃないですか?
どう見極めてるんですか?
一回着手してみて、これぐらいでいいか。
とりあえず一回触ってみてって着手してみて、これちょっと深く考えないとダメだなってやつと、
これはもう作業でポンポンって終わるやつだからもうぐらいで。
いかがみたいなそこをうまくバランスとって。
60って一回提出して怒られたら、これちょっとだけ。
え、マジ?マジ?みたいな。
アラーみたいな。
ありました?ミア誤ってたみたいな。
これ大事な資料だったんだみたいな。
結構ありますけど。
まあまあまあ、わかりますね。
とりあえずやってみて、とりあえずやってみてみたいな感じですかね。
いいっすね。
結局、僕最近読んだ本で、言語家のための小説志向っていう本があって、
それ小川さとさんっていう、最近で言うと映画になったり君のクイズとかを書いた小説家の人なんですけど、
その人が小説を書くときのマインドとして、
顧客とか読者をどれだけ分析できるかが大事だみたいなことを言ってて、
その読者との距離を間違えると反響を得られなかったりとか、
思ったふうに読者が取ってくれなかったら意味がないみたいな。
じゃあどうやってそれを分析するかっていうと、
一遍出してみるしかないって言ってて。
そういうことですよね。反応を見るしかないっていう。
どんなに自分で頭で考えて読者想定しても、
反応、リアルに言ってみると全然違った反応が返ってくるから、
とりあえず一回出してみて、その反応を見て、その分析ちゃんとやった上で次を書くんだみたいな。
トライアンドエラーしかないよみたいなこと書いてあって。
そうなんですね。
確かになーと思いましたね、そういうときは。
トライアンドエラーですね、確かに確かに。