2回ぐらいは会ってると思いますね。
やばい、その時の曲僕めっちゃ失ってます。
前回が、今若者のチャレンジ応援ディレクターをやってる木林さんに来てもらって、木林さんに県庁で面白そうな話できる人いないですかって聞いたら、じゃあ内藤君だねって紹介してもらって今回来てもらいました。
軽く内藤さんの他個紹介的なことを紹介すると、結構異色な経歴だなと思ってて、県庁に勤めてその後内閣官房に出向。
2年間出向してその後山形県の西川町に移住。
移住ですね。
移住して副庁長になる。
当時32歳。
32になる年ですかね。
副庁長ってその地元で何十年もやった人がやるようなポストだなってイメージがあったんですけど。
そうですね、ありがたいことです。
外から来た人間が急に副庁長になり、その上で県庁にさらに戻ってきて、今は若者の定着支援ディレクター。
県庁の中では若者の支援プロジェクトは3本の矢みたいになっていて、僕がやっている若者のチャレンジ応援のチームと関係人口のチームと内藤さんの定着支援のチーム。
この3人が福井の若者をどんどん盛り上げていくみたいなところと聞いておりますので。
ありがとうございます。よろしくお願いします。頑張ります。
今日は内藤さんの仕事論みたいなところをやっていけたらなと思っておりますので、よろしくお願いします。
福井で転生。
早速なんですけど、僕は聞きたくて仕方ないのが内閣の官房の仕事と西川町の庁長の話って。
副庁長の話も全然知らないぞみたいな。
しかもこの番組を聞いている人でいうと結構若者たちが多くて、そもそも県庁に入りたいけどどういう仕事をするのか分からないとかいう人が多い中で、
内閣官房ってどういうことをやっていたのかとかをまず聞いていけたらいいなと思ってて。
分かりました。簡単に話せばいいですか。
簡単に言いもらってもいいですか。
内閣官房では私、地方版総合戦略というものがございました。
これは何かというと、人口減少対策に向けて各都道府県、市町村で戦略立ててやっていきましょう、計画的にやっていきましょうというものが地方版総合戦略なんですけども、
そちらの全国調査とか分析業務みたいなところをまず一つやっていたのと、
あとはその戦略に基づいて事業をやっていくにあたって地方総勢交付金というのがございました。
その交付金の相談業務とか審査業務というのを2年間やってましたね。
1年目は岩手県の担当で、岩手県と岩手県の市町村。2年目が愛知県の担当ということで、
自治体の職員の方々とやり取りしながらこういった事業をやりたいですみたいなご相談をいただきながら一緒に。
それって担当都道府県みたいなのが決まってくるってことですか?
そうでしたね。私の時は担当都道府県が決まっていた形でしたね。
じゃあ福井、そもそも論でいうと一般の人からすると県庁からそこに出向するルートがあるんだみたいなのが結構謎だなと思って。
実は毎年、例えば内閣官房だけではなくて、総務省とか経済産業省さん、あとは民間企業といったところの出向みたいなのはありますね。
毎年10人前後ぐらいは県庁の方から派遣して。
じゃあ県庁からも国の仕事を知った上でまた帰ってこいみたいなイメージで作られてるんですか?
そういうことだと思います。
で、その中でいろいろ仕事をされて、そこから西川町に行くっていう。
そうですね。当時その時に同じ島で仕事してたカンノさんという方なんですけども、その方がちょうちょになったんですかね。
私がまだ内閣官房にいたタイミングで退職されてちょうちょになられて。
で、私も一旦福井県に戻って、そのタイミングでちょっとお誘いいただいて。
じゃあ一回は内閣官房に行ってから福井に戻ってきて、誘われて山形に行くっていう。
そうですね。ありがたいことに行かせていただいて。
1年間は福井に戻ったんですが、その後は2年間山形に。
すごいな。
僕の調べた限りでは、稼ぐ自治体にしていくみたいなのを結構中心にやってたんで。
そうですね。もともとカンノさんは内閣官房にもいて、国の交付金であったりとかっていったところは内部を知り尽くしてる方ではありましたので。
西川町に関しては人口4300人ぐらいで、高齢化率が50%近くあるので、2人1人は高齢者っていう中で、
なかなか税収っていったところ、自己財源が少ないのでやっぱり外部の交付金というか国の交付金とかをしっかり取らなければいけないっていう意味で、
そういったところも含めて稼ぐというふうな趣旨でしたね。
国の制度と自分たちの売り上げを作っていくみたいな、両方の観点で。
特に内閣から言ってるからこそ、国のところからどうお金をもらって町を残していくかっていう。
あとは稼ぐで言うと、自治体で初めてデジタル住民票NFTっていうのを発行して。
1枚1000円なんですけども、それに13000人ぐらい応募いただいて。
二次流通できるので、それを売買することによって手数料収入は自動的に実際に入ってくるようになるんですけど。
今多分1枚当時1000円だったのが3000円ぐらいになってる。
じゃあ結構上がってますね。
上がってますね。
すげえ。
直近でやり取りされてるのが。
すごいな。
そういったところをちょっとずつ在現にしていっているっていうところがあります。
すごい。
それを踏まえた上で、県庁に戻ってきて若者の定着心をしてるっていう。
そうですね。
始まったばっかりですけどね。
始まったばっかりですね。
今なんとかどういうふうに進めていこうかっていうのはある程度固まりつつあるっていったところかな。
だから結構これ聞いてる人で県外に出た方がいいのかとかって考えてる人もいれば、
転職どうしたらいいのかとかいろいろ悩んでる人もいるかなと思うんで、
そういう人のサポートになればいいなと思ってこの番組は結構AIに残ってないようなそういうところをいろいろ聞いてるんですけど。
今普通に聞いてて、30前半ぐらいで県庁のいろいろ王道ルート、内閣官房まで国行って県庁戻ってきて、
そこでそもそもそのまま県庁で行くつもりでいるわけじゃないですか、当時。
急に西川町に誘われて行くっていうメンタリティが結構不思議だと思うんですよね。
僕が高校時代の恩師、三谷先生という方がいらっしゃるんですけど、
その方の口癖が一遍やってみいやっていう。
それが僕は未だに残ってるので、せっかくお誘いいただいたので、一回やってみようかな。
失敗したらその時また考えればいいかなと思って。
とりあえず一回やってみようって。
一遍やってみいやって。
今のは大きな決断ですけど、小さいというと小さいですけど、
身近な事業とか、こういうことをやりたいということも、とりあえず一回やってみるっていうのは結構しみついてる。
僕も結構こっちに来て、もともと僕も神奈川出身で、20何年間神奈川に暮らして、
たまたま大野に友達が住んでて、その大野の友達が若者チャレンジを応援しているメガネの人を紹介してくれて、
その仕事があるなら行ってみようっていうのでこっちに来てて、全くゆかりもない状態でこっちに来てて、
割と一遍やってみいや精神。
素晴らしいですね、一遍やってみいや精神が本当に来てると思いますね。
県外から来ると変に癒着も何もないから、わからないからとりあえずやってみようっていうしがらみがなくできてるのは結構個人的にはやりやすいなと思ってて、
でも内藤さんの場合だといきなり知らない町に行き、知らない町で副町長っていうすごい肩書きを持った上でやるから結構大変なのかなと思って。
そうですね、最初はやっぱり誰も知り合いがいない状況でありましたので、
逆に言うと副町長という肩書きを外してですね、一人の人間として町民の皆さんとか職員の皆さんと接するっていうのはめちゃくちゃ心がけてました。
産付けしてくださいっていう、副町長って呼ばないでくださいって私4月の1日に言ったと思います。
副町長とは僕のことは呼ばないでください、産付けでお願いしますって言って。
結局でもそれで産付けしてくれる人もいれば副町長って言う人もいましたけど。
確かに肩書きじゃなくて産付けで呼ぶとかっていうのって結構大事だなと思ってて、
僕も出会ってる若者とかに会ったら何て呼ばれてるの?みたいなのから入って、結構その人が普段呼ばれてる呼び名で呼ぶっていうのは結構意識してて、
肩書きで呼んじゃうと肩書きで見ちゃうから本人見れないみたいな感覚があって。
僕もなるべく僕の場合は塚ちゃんって覚えてもらいやすいから、塚ちゃんって呼んでっていう感じで、年齢関係なく塚ちゃんって呼んでもらうんですけど。
いいっすね。そういうことだと思います。私も最初多分副町長っていう肩書きで見られるじゃないですか。
町民の方ともちょっと距離があったんですけども、一緒にお風呂入ったりとか。
ああ、そういうところまでやるんですね。
一緒にお風呂入ったりっていうのはたまたま音浴施設があるので、そこで話したりしたとき。
ああ、普通の兄ちゃんじゃんみたいな感じで。
そうなんですよね。
そうなんですよ。やっぱりそこで、職場で会うとやっぱりあれですけど、職場外のところでたまたまお会いしたときには普通の番組でぶちかけていったりしました。
確かになんか普通に肩書き持ってる人でも喋ってみたら普通の人というか。
そう思いますね。
この番組でも喋ってると、それこそ元々チャレンジオインディレクターやってた寺井さんとか、前回は木林さん来てもらってますけど、
2人もパッとインスタだけで見るとすごいチャキチャキ仕事してる人みたいな話だけど、たっちゃんなんて普通にニートでしたみたいな話。
そうですね、確かに。木林さんそうでしたね。
いろいろやってる人の裏側には普通の人生があって、そういう裏側にフィーチャーした番組を作れるのかなと思ってこれやってるんで。
でも今、若者の定着支援ディレクターっていきなり就任したわけですよね。
そうですね。
また県庁に戻ってくるみたいなことは葛藤とかはなかったんですか?
あ、なかったです。全然なかったって言われるんですけど、やっぱり西川町の方々はありがたいことに寂しがっていただいてくれてたのかちょっとわかんないですけど。
でもやっぱり僕は元々福井出身ではありますね。福井に恩返しすると言いますか、福井で仕事をするっていうのは念頭にはあるので。
それって何かいつから思い始めるんですか?
いつからですかね。大学生ぐらいの時かもしれないですね。
意外と。でも最初僕仕事に就いた時、いろいろ理由はあったんですけど、やっぱり家族の、自分の両親の意見もありましたし、私自身が公務員という仕事をやりたいというのもあった。
確か大学は外に1回出てるんですよね。
静岡大学卒業してって感じでしたね。そのまま静岡とか東京とかっていう選択肢もあったんですけど。
結果的に福井、そんな大した理由なかったですね、今思えば。
なんとなくUターンしようって言って帰ってきて。でもやっぱり仕事してるうちに、こういうことやりたいな、こういうことやりたいな。
なんとなく軸っていうか、こういうことしたいって軸が固まってきて。
それめっちゃいい話です。
今に至るか。
福井で言うと結構外に出る大学生多いなと思ってて、その外に出た大学生もこの4月、5月に帰ってきてる人も結構いるなと思うんですけど。
なんで福井帰ってきたんだっけって思い始めるのが、たぶんここから1年経つと思い始めるんだろうなと思ってて。
そこはなんとなくでしたね。とりあえず一旦Uターンして仕事してみるかみたいなところで、仕事したら県の仕事っていうのは僕もピッとしたのかもしれないですね。
いろいろ県でこういうことやりたいって思い、軸になっていってっていう。
それいつから思い始めるんですか?
いつからですか?毎日って言ったらですけど、目の前の仕事を頑張ってやっていくうちに、ありがたいことに先輩職員にも僕は非常に恵まれてたので、厳しいご指導をいただいたこともありましたけども、それが結構自分の糧になって積み上がってきてすごくいい感じに。
だんだん福井のために何かしようっていうのが芽生えていくんですか?
そうですね。なんとなくうちからと言いますか。
そのうちから出るものってどっから作られるのかめっちゃ興味があって。
どっからなんですかね。
寺井さんとかで言うと、あの人は一回外に出て福井知られてなかったから、それが悔しくて福井をPRするんだって言って県庁帰ってきて。
タッチャンで言うと、たまたまアルバイト時代に入ったら、今の教育長とか、そこの部長さんたちの働いてる会にたまたまアルバイトで入って、その人たちが福井を良くしようって働いてるから、じゃあ俺もそれでやるかって言って、いいプロンプトが入ったからそれで働くようになったって言って。
僕なんでなのかな。自然に気づいたらそうなってましたね。
でも一つあるとすれば、僕はありがたいことに内閣官房、内閣の方に出向させていただいた時に、やっぱり全国の自治体さんの悩みとかを聞くわけじゃないですか。
その時に、やっぱり東京にいても解決できることとできないこと。できないことの方が多いなと僕は個人的には感じたので、そこら辺からやっぱり地域、福井かどうかは別としても、地域に根差して仕事するっていうふうなところが芽生えたかもしれないですね。
なるほどな。だから一回外に出て都会で働いてみたからこそ、現場の声をそこで聞いてたら、現場の声聞いたらやっぱり現場にいた方がいいでしょみたいな。
そうだと思いますね。これ間違いないと思いますね。
で、たまたま縁があって西川町に行って帰ってくることになったから、今は福井。
西川町に行った時も対話会っていう形で、結構いろんな町民の方と触れ合う機会っていうのはめちゃくちゃあって。
やっぱり現場に出て、悩みを聞くと、そんな悩みがあるんですか?とか、本当に気づかない。
行政、普通に職場で仕事してたら気づかないようなこととかもあるので、それを一つ一つ対応していくっていうか、兼ねていくことで町民の皆さんにも満足していただけるっていう。
結構大変ではあるんですけどね。
僕も聞いたことがある話で言うと、秋田の大立市っていうところで、最年少市長の方が去年エキセントリックカレッジの講師に来てもらってて。
その人が住民の人と対話会してて、大立に仕事がないんですみたいな話をよく聞いてて。
仕事がないっていうことはよく聞いてるけど、何がしたいのっていうと、やりたい仕事が都会にしかないみたいな話だったらしくて。
企業誘致をしていくっていうよりも、仕事の総量を増やすんじゃなくて、仕事の種類を増やさなきゃいけないっていうふうに気づいて、仕事の種類を増やす政策に変えていったっていう話を聞いたことがあって。
そういうことなんだろうなって。
そうだと思います。それに近いと思います。非常に近いと思います。
現場の声を聞いた上でちゃんと考えるみたいな。
それこそ今の時代、どこでも仕事ができるようにありがたいことになっているので、そういう意味では地方にもまだまだ可能性とかチャンスはあるかなとは思いますね。
なんかすごいな。
せっかくなんで、若者の定着支援をやっていくっていう話も聞いていきたいなと思ってて。
どういうことをそもそもやるディレクターなのかっていう。
若者定着支援っていったところで言うと、私一人ではどうしようもないので、寺井さん、木林さん含めて、役堂チームで一緒になっていく。
3本のやった形で一緒になってやっていこうという中で、私のメインのミッションとしては、やっぱり奨学金の返還支援制度の見直しっていうのと、あとは若い若者の皆さんの生の声をしっかりと聞いていくというふうなところです。
奨学金返還支援制度で言うと、今、日本の3人に1人が学生支援機構の奨学金借りてますし、何らかの奨学金借りてる人で言えば2人に1人っていう。
やはり就職してからの最初の主になるのが奨学金の返還。
だいたい平均300万ぐらい1人借りてますので、そういったところの支援っていうのをもう少ししっかりできるんじゃないかといったところが1つと、もう1つは若者の声。
もちろんこれまでアンケートとかは取ってましたけども、アンケートでは聞けないような生の声。
さっきのは対話会みたいな話ですよね。
そうです。そういうリアルな声。そういうリアルな価値観ですね。どういったふうに思って仕事してるのかなといったところをこれからワークショップなどを通じて聞いていきたいなとは思います。
奨学金の話、個人的に興味があって聞きたいんですけど。
僕はたまたま両親が教員やってて、すごい頑張って大学の費用とかも全部奨学金なしで生かしてくれてたんで、そういう苦労はあんまりなかったんですけど。
どういう苦労があるんですか?奨学金を借りてた人たちに。
そうです。奨学金を借りてた人からすれば、例えば平均は300万ですけども、多い人では1000万円を超える奨学金。
奨学金は2種類あって、返済いらないですよというものと返済しなければいけないというのがあって。
だいたい返済しなければならないということの方が多いと。
そうすると社会人になった時に毎月2万円ずつ給料から。
新卒ではそんなに給料もない状態で2万点引きされる。
そうです。2万点引きされていって、それが20年とか。
なってきた時に、例えば結婚を躊躇したりとか。
お子さんを産むのを躊躇したりとか。
あとはマイホームとか。もしかしたらマイカーとか。
そういったところに買いたいとか、こういうことをしたいのにできないっていうそういう悩みっていうのは効くので。
なるほどな。どう支援するものなんですか?
今あるのが県の奨学金の返還支援制度でもUiターンの奨学金がありますので。
そこを今だいたい年間100人ぐらい支援できているんですけども。
そこをもう少し増やせるのかどうか。
今対象っていうのもある程度絞られてますので。
そこを広げていけるかどうか。
データプラス対話っていったところから設計していくっていう風な。
その支援制度の枠組みをどれだけ広げられるか。
ミッションになってくるとは思います。
今の制度も素晴らしい制度でUiターンの方々にも利用されていただいているので。
それをグレードアップするようなイメージかなと思うんですけども。
それも結構Uiターン向けなんですが。
一回外出た上で帰ってくる人には支援制度として奨学金の返済をいくらか県が負担するみたいな。
返還した分を実績に応じてお支払いするっていう最大100万円っていう。
奨学金を支払った額を。
ご本人が返済するじゃないですか。
その返済実績に応じて5年間ですね。
奨学マックスで100万円。
っていうのが今の現状の制度で。素晴らしい制度で。
いいですよね。
そこが今300万借りてる人がいれば100万円はその県の制度使える。
一方でずっと福井県にいらっしゃる方。
例えば県内出身、県内の大学で県内に就職した方。
これが今対象外ってなっているので。
そこをどう考えていくかっていったところは一つあるのかなと。
それなんかよくいろいろ話に上がってる気がするんですけど。
県外出た人はUiターンで優遇されるのに。
県内でそのまま大学行って県内で就職するって。
一番福井県としてありがたい存在なはずなのに。
そこの優遇制度があんまりないみたいな。
そういう声をいただくっていうのは非常にありがたいと言いますか。
それがまさに課題として出てくることなのかなと思って。
そこはしっかり対策していかなければいけない。
すげーな。僕が制度を考える側にいないからこそ。