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強い人とは、何があっても同時ず、自分の考えを貫き通せる人だと思っていないでしょうか。
でも、本当の強さとは折れない硬さではなく、しなやかに曲がって、また元に戻れる柔らかさなのかもしれません。
こんばんは、藤田勇です。ゆる道ラジオ:耳から整える言葉の鍼の時間になりました。
この番組では、ゆるく、楽しく、自分らしく、遊ぶように生きるためのヒントとなるようなお話をお伝えしています。
今日はですね、柔らかい人が一番強いっていうお話をしたいなと思うんですけれども、よくね、重力豪を制すっていう言葉がある。ご存知でしょうかね。柔道の語源となった言葉ですね。
これはですね、柔らかいものが強くて強いものを制するんですね。
これね、一見すると不思議な感じの言葉になるわけですね。
一般的にはですね、強さっていうと、力があるとか、意志が強いとか、我慢できるとか、何があっても動じないとか、自分の考えを曲げないとか、そんな姿を思い浮かべるものです。
でね、反対に柔らかいとかね、弱さとか、頼りなさとか、意志がないとか、流されやすいとか、そんな印象になりがちです。
でもですね、これ自然界を見てみるとですね、本当にそうかっていう話になるんですね。
例えばですよ、硬く乾いてしまった木ですね、の枝。
力、こうやって強い力があるとポキッと折れちゃうわけですね。
一方で竹ですね、柔らかい竹は、例えば強い風を受けて大きくしなるわけです。
風に正面から頑張って抵抗しようとしているわけじゃないわけですね。
風を受け入れて大きくしなってるわけです。
で、強い風が吹いたらその力に合わせて曲がるわけですね。
で、風が止まったらまた元に戻ると。
その柔らかさが竹の強さです。
折れないっていうこと、頑張って折れないようにするっていうのが強いわけではなくて、折れないために曲がることができる。
この柔軟性があるっていうのが本当の強さなわけですね。
これは老子ですね、私がいつも言っている老僧思想、太子の思想の中の特に老子に同じようなことが書かれています。
老子はですね、生まれたての赤ちゃん、英児って言いますね。
とても大切な存在として描いています。
赤ちゃんはですね、一見するとすごい弱い存在じゃないですか。
自分は何もできない。
体は柔らかい。筋力もない。
大人に守ってもらわなければ生きていけない。
ところが老子の視点では、その柔らかさの中に生命の強さがあるっていうふうに考えるんですね。
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生きているものは柔らかい。
命を失ったものは固くこわばっていく。
死んでしまったら体は固くなっていっちゃうわけじゃないですか。
草とか木ですね、生きているときは柔らかい、しなやか。
でも枯れてしまうと固くなって、乾いて固くなって簡単に折れちゃうわけです。
つまり柔らかいっていうことが単に弱いっていうことではないってことですね。
柔らかさとは生命、命が動ける余白を持っているっていうふうに言い換えるとことができる。
状況に応じて変化ができる。
受け入れることができる。
力を逃すことができる。
倒れてもまた起き上がることができる。
心の中にこういった力を持っていることをレジリエンスっていう言葉で言います。
ストレスとか受けてポキッと折れて鬱になっちゃうみたいな。
そこを柔らかさ、柔らかい強さですね。
レジリエンスっていうのがあるとそうなりにくいとかって言ったりしますね。
困難とかストレスとか一切受けない強さですね。
一切受けない強さではなくて、何かに傷ついたとしてもダメージを受けたとしても
そこから回復できる力を持っている。
うまくいかないことがあってもその経験を受け止めて
また歩き始められる力ですね。
これも固さではなく柔らかさですよね。
何があっても傷つかない人が強いのではありません。
傷ついてもいい。落ち込んでもいい。
時には立ち止まってもいいっていうことですよ。
でもそこにずっと留まるっていうわけじゃなくて
少しずつまた回復、動き始めることができる。
その力、それが心の柔軟性であり本当のイメージの強さだと思います。
私が伝えるゆる度ですね。まさにこの柔らかさを大切にするものです。
ゆるく楽しく自分らしく遊ぶように生きる。
これは何も努力をしないとか、
嫌なことから全て逃げるとか、
自堕落に生きるとか、責任を持たないとか
っていう話じゃないんですね。
何かが起きた時にこうでなければならない。
絶対に失敗してはいけない。
人に迷惑をかけたらダメ。
私が我慢しなければならないとかね。
そんな一つの考えだけに凝り固まってしまわないっていうことが大事と。
こういう考えもあるかもしれないなと。
今日はできなくてもまぁいっか。
少しぐらい人に頼ってもいいかなと。
予定通りにいかなかったけど、
まぁこれはこれで面白いんじゃないっていうスタンスですね。
そうやって状況に合わせて心の形を変えることができる。
これがゆるむということだと私は考えています。
私の治療院に来られるほとんどの方、
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心身症の方、真面目でいい人で頑張り屋さんが多いわけです。
責任感が強い人に気を使う。
自分よりも周りを優先する。
完璧主義。
これは決して悪いことではないですね。
その人のむしろ長所でもあるわけですよ。
実はね。
ただその強さが固さに変わってしまう。
頑張らなければならない。
我慢しなければならない。
きちんとしなければならない。
言わねを吐いてはいけない。
誰にも迷惑をかけてはいけない。
こうしたねばならないっていうのが増えてくると
心がだんだん固くなってきてしまうわけですね。
固くなってしまった心は予想外の出来事を受け流すことができません。
余裕がないわけですね。
小さな変化にも強く抵抗してしまうわけです。
そして逃すことのできなかった力が
体の中に蓄積していくわけです。
肩とか首に力が入っちゃう。
呼吸が浅くなってしまう。
眠れなくなってしまう。
胃が動かなくなってしまう。
耳鳴りとかめまいが気に始めてしまう。
自律神経が乱れて様々な症状として表れてきてしまう。
症状はその人が弱いから現れたものでは決してないです。
むしろ強くあろうとしすぎて固まってしまった結果なわけですね。
だから私は患者さんにさらに治るために頑張りましょうとは絶対言いません。
反対にもう少し力を抜きましょう。
無理だったら逃げてもいい。
誰かに頼ってもいい。
まあいっか。で流しましょう。
もう今の状態はしょうがないので平気になりましょう。
そんなことを伝えています。
心身症を抱える人に必要なのは
さらに自分を鍛えることではなくて
心に柔らかさを取り戻すことだということです。
これは年齢を重ねる上でもとても大切なことです。
人というのは年齢を重ねると経験が増えます。
経験が増えればこういうものだという固定観念ができるわけですね。
普通はこうするべきだ。
自分のやり方が正しいという考えも増えてきます。
もちろん経験というのは財産ではあるんですけれども
長年積み重ねてきた知識とか技術が
もちろん大切にすべきことですよ。
でもその経験によって自分の考え方が頭が凝り固まって
違うもの、新しいもの、違う価値観を
受け入れられなくなってしまうということがあるわけですね。
最近の若い人がとかね、自分たちの頃はとか
こんなやり方ではダメだとかね。
自分が生きてきた時代の常識だけで
今の人たちを判断しようとしてしまう。
これがいわゆる老害ですね。
これは年を取ったこと自体の問題ではないわけです。
心が固くなって変化できなくなったことが問題です。
私自身も年を重ねる中でそうならないようにしたいとは思っています。
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自分の考えを持ちながらも自分が間違っているかもしれない。
そんな見方もあるのかな。
今はそのやり方の方が合っているのかもしれないと
受け入れられる余白を持っていたいですね。
治療も同じです。
これまで積み重ねてきた技術や考え方は
大切にしながらもそれが唯一絶対ではないと。
新しい知識や若い人たちの感覚、
患者さん自身の言葉からも学んでいく。
死ぬ直前まで変わり続けて
進化できる人でありたいと思っています。
これが以前もお話しした
合気道の植芝森平ですね。
あなたはいつが一番強かったですかとある人に聞かれたら
たぶん死ぬ直前じゃろうと言われたというところですね。
死ぬ直前まで進化して
より高みを目指していきたいというところも
老害にならないというのが一つ重要なポイントだと思っています。
またダーウィンの進化論でよく言うのが
生き残るのは単に力の強い存在ではなく
環境の変化に適応できる存在だと言われています。
これも柔らかさですよ。
どれほど強くても環境が変わったときに
自分の形を変えられない。
その環境に合わせて変えられなければ
生き残れないわけです。
一つの方法だけに固執してしまうのではなくて
状況を見て臨機応変に変わっていく。
今までのやり方が通用しなければ
別の方法を試してみる。
正解が変わったなら自分も変わっていく。
これは個人の人生においても同じです。
仕事の環境が変わる。
家族との関係が変わる。
年齢とともに体が変わる。
社会の価値観が変わる。
その変化に対して
昔はこうだった。
こうでなければならないと
抵抗し続けるほど苦しくなるわけです。
反対に
今こういう時代か。
とか
それなら自分も少し変わっていこう。
とか
予定とは違ったけど
こちらの道も面白いかもしれないと楽しめる。
とか
そうやって受け入れることができれば
人生は断然楽になっていきます。
ただですね
とはいえ
大切なことがここに一つあります。
柔らければ全て良いとも思っていません。
柔らかいだけでは
周りに流されてしまうという部分があります。
人の意見を何でも受け入れて
自分の意思を持たなければ
それは柔軟性ではない。
ただ自分を見失っているだけです。
時には譲らないということも大事です。
大切な人を守る。
自分の尊厳を守る。
自分が信じる道を進む。
やるべきことを最後までやり抜く。
そのためには
GOの強さも必要です。
東洋医学ですね。
東洋医学、東洋哲学では
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GO・JU・SO・SAIという考え方があります。
GOとJUがお互いに助け合う。
硬さだけでもダメ。
柔らかさだけでもダメ。
軸は持っている。
でもやり方にはこだわりすぎない。
譲れないものは持っている。
でも違う価値観を否定しない。
決断する時には決断する。
でも間違っていたと分かれば
素直に方向を変える。
こういうことですね。
陰陽のバランスとも言ったりしますね。
しっかりと根を張って
風が吹いたらしなやかに揺れる竹
のような存在あり方ですね。
私が考える先人の強さも
腕力で力強く
相手をねじ伏せるような強さではない。
自然の流れを感じて逆らわず。
遊んでいるように見える。
でも本当に大切な場面では
ぶれない軸がある。
緩く楽しく自分らしく遊ぶように生きる。
それは弱い生き方では決してありません。
変化の大きい時代を生き抜くための
私はしなやかで強い生き方だと
確信しています。
辛い時には無理に
立ち向かわなくてもいい。
時には逃げる。
時には誰かに頼る。
それでいいと思うんです。
そして風が止んだらまた自分のところに戻ってくる。
そんな竹のようなあり方。
柔らかい人が一番強い。
あなたも折れないように頑張るのではなく
折れないために少し柔らかくなってみてはいかがでしょうか。
今日は以上になります。
ありがとうございました。