FP&A Insight 〜FP&Aアーキテクトの鷲巣大輔)と 管理会計のその先を一緒に考えていく番組です。
この放送第7回になりました。毎回聞いてくださってどうもありがとうございます。 初めましての方は初めましてですね。どうぞこれからよろしくお願いいたします。
ありがたいことに、このところですね、FP&Aについてお話ししたり研修したりという機会が増えてまいりました。
嬉しいなあと思うのは、現場でやってらっしゃる方ね、FP&A組織を立ち上げましたとか、新しく始めましたという方と直接お話をする機会が増えたというのがとてもありがたいなと思います。
先日もある研修でですね、このFP&Aどういう風にして組織の中で役割を果たしていくかなんていう、こんな研修のプログラムがあってですね、やってきたんですけども、
質問をいただきましてですね、最後の最後ですね、これがですね、僕の中に非常に突き刺さりました。
自分自身30年間FP&Aやってきて、こうして講演とか研修とかやらせてもらったりするんですけども、今回いただいた質問には答えに急しましたね。答えられなかったんですよ。
で、その後まあいろいろ考えて、まあ突き詰めるとね、FP&Aって一体何なんだろうと、まあ1週も2週もぐるぐる回った後にもう1回ここに戻ってきてしまいました。
改めてね、FP&Aって何なのかな、そんなことを考えたので、今日はですね、これをテーマに皆さんと一緒に考えてみたいと思います。
それでは本編いってみましょう。
さて今日のテーマ、私がいただいたご質問で、そこからFP&Aって何なのっていう話なんだけども、どんな質問を受けたか、何に答え急したのか、そのお話に入る前にですね、少しだけちょっと僕の話をね、させてもらいたいなというふうに思います。
あの僕は実務でずっとFP&Aをやってきました。で、それをまあ研究する、ディープダイブして調べてみるということを考え始めたんですけども、これですね、約2年ぐらい前ですね。
実務でやりながら、自分でなかなかまあこううまくいかないなぁと、特に日本の会社の中でFP&Aを根付かせるって、まあなかなかうまくいかないっていうふうに思っていてですね。
まあいろんなことを考えた中で、一つそれを解消したいなって思って、もう叩いたのが、早稲田のね、会計研究科大学院でした。修士課程ですね。
ずっとね、こうFP&Aって言葉、まあ日本でも盛り上がってて、もうFP&Aやってたら人間だから、あのこのFP&Aが広がるのがいいなっていうふうに思ってたんだけども、
なんかね、こうトピックがですね、どうそのFP&A組織作るかとか、どんな制度を作るかっていう話に偏ってたような印象があったんですよね。
で、実際こうFP&A組織を立ち上げたいっていう話になって、そうすると何人必要ですかね、とか、まあ組織的には経理の下がいいですかね、経営企画の下がいいですかね、とか、
人材はやっぱ専任の方がいいですか、とか、兼務で始めた方がいいですか、経理出身者で固めた方がいいんですかね、事業部から引っ張ってきた方がいいんですかね、っていう、
まあこういう議論になるわけですよ。まあこれ現場のね、切実な思いだと思います。ただ、なんかこうトピックが全て組織の話に寄っちゃってるっていうのに対する違和感っていうのがあって、
あの組織の話はもちろん大事ですよ、大事。でも組織作ってそこに人を当てはめたらうまくいくのかって、ここは僕はちょっとやっぱこうね、本当かっていうふうに思ってたところがあるんですよね。
で、FP&A組織できました、人もアサインされました、制度が整いました。だけど、肝心な意思決定のプロセスとか意思決定の仕方自体が一切変わってないとするのであれば、FP&Aって別に機能しないじゃん、って。
当時はね、ここまで言語化できてなかったんですけども、まあこんなことにこうもやもやしていて、で、それをまあ何か学術のアプローチでね、アカデミックなアプローチで何かヒントがないかなっていうのが、僕が大学院に行こうと思ったきっかけです。
で、僕が行った早稲田の会計研究科っていうのは、通常は2年の修士課程なんだけども、僕は高度専門コースっていうのがあって、1年のプログラムなんですよね。
で、かなり単位を取るのに凝縮された、かなりスケジュール的にはタイトだったんだけども、もう一つタイトな条件があって、何かっていうと学位論文、修士論文を書かなきゃいけないんですよね。
これが通らないと修士もらえないっていう、修了できないっていう話になっていて。で、この修士論文を書かなきゃいけないんだけど、僕の場合はある程度先ほど申し上げた違和感みたいなのがあるから、これを論文にしてやろうというふうに思ってました。
最終的に取り上げたテーマっていうのは何かっていうと、FP&Aが機能するためには、精度が先なのか信頼が先なのかっていうそういうテーマです。
世の中でよく見てたのは、やっぱり精度とか組織を先に作る。そうすると後から信頼がついてくるっていう、こういう順番だったんだけども、逆なんじゃないかなと。
信頼が先にあって、精度は後から固めるものじゃないかなっていう仮説があってですね。で、それを検証するために40社以上のですね、まあ方々、管理会計をやっていらっしゃる方々にアンケートを取らせてもらって、それを統計上の分析を行ったっていうことですね。
正直に言うとですね、僕のこの終始論文、統計の分析としてはですね、ちょっと不十分だったんですよね。まあ自分の理解不足、統計に関する知識不足、理解不足あって、統計的に有意な形で答えが出たわけではない。
ただ、訂正的なインタビューとか分析の途中の段階で、まあ仮説はだいぶ固まってきたなっていうふうに思いました。精度が先じゃない。やっぱり信頼の方が先なんじゃないかなと。で、組織があるとか権限があるかっていうことよりも、FP&Aをやってる担当者、その人が信頼されてるかどうかの方がはるかに意思決定の質に効いてるんじゃないかなと。
で、この最終的には終始論文では定量的な分析っていうのが有意な形で出なかったので、この蹴りはね、博士課程の中でつけようと思ってるし、これを起点にもうちょっと議論を膨らませたね、論文を書こうかなっていうふうに思ってますが、まあこの話はね、またいつかどこかで取り上げてみたいなというふうに思います。
まあこういう形でね、僕は仮説を立てた。で、ある種確信見えたものも持った。だから僕はこの終始課程に通いながらですね、機会をいただいてFP&Aの人材育成とか講演とかそういうことをお話しするときに、信頼が先だろうというお話をしてきたんですよね。
FP&Aの人たちが意思決定権者にいかに信頼されるか、その信頼の積み方というものを中心にカリキュラムを作ってきました。
このFP&Aインサイト、ポッドキャストの中でも第2回でね、マイスターのTrusted Advisorという本をご紹介したと思います。
信頼の作り方、この方程式、こういったものを題材にしながら。で、あとまあ信頼を作るのは別にビジネスパーソンとしては普遍のものだけど、FP&Aとしてファイナンスの専門家として、この定量的な数字、会計の数字というものを使いながらどういうふうに信頼を作っていくか。
特にそのまあ財務モデルの背景にある前提、前提が変わればね、アウトプットって前提変わるね。この前提に着目をする。で、この前提を捉え直したりとか、前提を組み立て直したりとか。
そうすると今まではこれが正解だよねっていうふうに思っていたものが、前提を変えることによって別の見方が見えてくる。
意思決定権者に、「おお、何?そういう角度で見るとこんなことが見えるのかな?」と。
あ、そうだとするのであれば今までやってきたことっていうのは修正が必要だよね。って思ってもらう。
こういうアーハー体験、驚きでもないし、だから何なのでもない、まあアーハーっていう示唆に富むような面白い観点というものを提供し、それを積み重ねることで信頼っていうのが積み重なっていくんじゃないかな。
こんな話をですね、僕の研修とか、僕の講演の中ではよくお話をしてきたんですよね。
自分自身もね、30年ほどFBIでやってきて、うまくいったこと、うまくいかなかったこと、いっぱい経験あります。
意思決定権者にアーハーを届けられた経験っていうのも数々やってきたことがある。
失敗したこともあるし、こういうものも全部両面含めてね、お渡しできるものをお渡ししましょうということで研修プログラムっていうのを作って、講演プログラムっていうのを作ってやってきたわけです。
最後の最後に質疑応答の時間があって、その時ある参加者の方が手を挙げてこんな質問されたんです。
その方は過去にある会社に所属をしていた方で、
その所属していた会社というのは、数千億円単位の大規模な投資を行った過去があるんですね、経験がある。
ある領域のパイオニアの会社です。業界の先端を長く走ってきた。
当時の最先端の技術を実現させようというふうに考えると、おそらく世界の中で最も近いところにいた会社。
その会社に新しい社長さんが就任をします。
その分野では名の知られた方で、社内外でこの領域のリーダーとして見られている。
これまでも非常に難しい判断というものをいくつかやってきて、それがことごとく当たって成功していた。
成功体験が積み重なっていたわけですよね。
おそらくこれが勝負時だと思ったんでしょう。数千億の投資というものを一気に決めた。
実はこれを決めた後、たった数年後に前提がガラガラ崩れます。
為替の問題とか、稼働率の問題とか、競合の問題とか、そういったものの前提がガラガラ崩れ、結果として大失敗になるんですね。
負の遺産として会社の存亡の危機に直結するような、非常に重くのしかかったという、そういう経緯のある会社さん。
そこの会社に所属していた方の質問だったんですよ。
あの時危ないと思ったんです。数千億の投資を一気に決めるって危ないと思ったんです。
でも自分も含めて誰も社長を止められなかった。
これどうやったら止められたんですかね?というご質問でした。
正直ですね、僕は答えられませんでした。
あの、停載をつくろうような場でもないので、もう正直にですね、
僕もしその場にいたとしても、この投資止められる自信はないですってお伝えしました。
本当に心からの正直な気持ちです。
こうしたらできたんじゃないですかなんて思いつかないし、軽い弾みなことも言えないし。
その場はそれで終わったんだけど、後日アンケートにコメントが一つあって、おそらくこの質問をくださった方だと思うんですよ。
なんで書いてあったかというと、リアリティとしてはそうだなと思いました。
あれだけ強い社長がいて、成功体験があって、業界のリーダーで実現に世界で一番近いところにいて、
褒められないのが現実だと思います。ただなんだかモヤモヤします。
って書かれてました。僕もモヤモヤしてました。
僕もモヤモヤしてた。モヤモヤしてた。
だからね、その後ずっと結構考えたんですよね。
ケーススタディの方、答え出たわけですよ。120億の投資小さく始めて、条件付きイエスの形を作りましょうね。
これは結構まあみんな納得するような答えが出たと思う。
それは絶対的に正解かどうかというのは別にしても、こういうふうな段取りで考えたらいいんだろうなと。
ただ、もう一つの案件ですよね。数千億のその案件の方、この答え見つからなかったわけですよ。
似たような問題のように見える。一つは答えが出て、一つは答えが出なかった。
この決定的な差ってのは何なのかなっていうことをですね、その後結構考えてました。
この違いに関して僕なりの答えがあるんですけども、それは何かというと選択肢があったかなかったかの違いじゃないかなと。
120億の投資の案件、ケーススタディの方、これはまだ決まってないわけですよね。これからやる案件なわけですよ。
だから刻むっていう代替案がある。選択肢がある。全部買うんじゃなくて一部は借りましょうっていうアイデアが出る。
条件をつけてやりましょう。マイルストーンを決めてやりましょうっていう選択肢が出てくる。
一方でこの業界パイオニアの数千億の投資の方は議題がテーブルに乗った時にはもう全て決まったわけですよね。
一応表向きは投資をするか否かっていう停載がありますよ。ただ実際にはほぼ全てが固まって最後の最後にテーブルが乗った選択肢が残ってないんですよ。
選択肢が残ってないと言えることはやりましょうかやめましょうしかないわけですよね。
このやめましょうっていうのは言えない。仮に言ったとしても社長の行動を覆すようにはならない。
そこに至る前にやらなきゃいけないことがあった。それをやらずに最後の最後の局面まで来たらもうやめましょうは言えないわけですよ。
こんなことを考えるときにとっても参考になった2つの書籍であり文章であり論文があるので
脇道にそれるように思えるんだけどつながってるんでねちょっとだけお付き合いくださいご紹介させてください。
一つ目がですね中国の古典甘美史ですね。
言っているのは信頼を積んでも罪にならないだけだっていう話です。
信頼があれば意思決定権者に物申すことはできる。これはそうだと思う。
ただ物申せるからといって案件が止まるわけではない。止められるわけではない。
皆さんね読んだことある方もいらっしゃるかもわかんないですけど甘美史っていう中国2200年前ですかねの中国に甘美という方がいらっしゃってその方が書かれた本。
この本の中にですね本って言っていいのかな文章ですよね君主に意見を通すことの難しさを論じたものがあるんですけどもそこに信頼の行き着く先っていうのが書いてあります。
長い時間が経って関係が厚くなって深く計画を立てても疑われない。そして争っても罪とされない。
罪にならないとしか書いてないんですよね。意見が通るってのは書いてないわけです。
信頼を積み重ねて得られるのは物を申す権利だけ。相手が考えを変えることっていうのは約束されてない。
どうですかね。昔の人っていうかまぁまぁ中国の偉人ですからね。染みますよね。
甘美市の中にですねもう一つ興味深い文章がありまして身が危うくなる場面というのが書かれています。
身分の高い人が自分の経営略を自分の手柄にしたいと思っているときそこに説得しようとする者が踏み込むと身が危うい。
先ほどの数千億の投資のケース業界パイオニアのケース当てはまるんじゃないですかね。
新任の社長でしょ。その分野のリーダーでしょ。当たり続けてきた経営判断があって自分の手柄にしたい案件なわけですよ。
ここに正論持ち出して間違いを指摘する。これ一番効かないんですよね。一番効かないんだけど一方で会計に携わる人がこれやりたがるんですよ。
やりがちなんですよ。正論言って間違い指摘して正そうとする。でも変わらない。むしろパージされちゃう。こういうお話ね。
一つ目完備しました。
二つ目。モラレスとランバートという二人の研究者が2013年に発表した論文があります。
タイトルがDirty Work and the Construction of Identityという論文ですね。これは立派な学術論文です。
アカウンティング・オーガニゼーション・アンド・ソサイティというものに、2013年に掲載された論文なんですけども、これ面白かったです。
どんな内容かというと、フランスの航空宇宙の会社に研究者が4ヶ月間入り込んで、ERPを導入する支援だという名目で入り込んで、
管理会計の担当者の日々の仕事を観察した記録、これが作読論文になっています。
この論文の中での指摘3つあるんですけども、一つ目、管理会計の担当者はパートナーとして見られてなかったって話ですね。
担当者は現場のマネージャー、ディレクターと一緒に考えて支えるのが自分の仕事だと考えたし、後言もしていた。
上層部に話を持っていくんだけども、当然ビジネスパートナーとして意思決定権者に行って持っていくんだけど、持ってこられた上層部はその仕事を部下に振っちゃってたってことですよね。
上層部からすると、なんか管理会計者がパートナーとか言ってるんだけど、そういう風に見てない。自分の部下に任せとく。
2つ目、現場のマネージャーにとって数字を修正したりとか訂正したりするのは、ある種の汚れ仕事だ、価値のない仕事だという認識があって、
そういうものは序列が下の人間にやらせとけっていう考え方がある。
その序列の下の人間、そういう作業をやる人間として管理会計の担当者が位置づけられてたっていう話ですね。寂しいですね。
3つ目、この研究のハイライトここにあると僕は思ってるんだけども、3つ目、モラレスとランバートの論文研究、調査のハイライトここ。
現場のマネージャーは、上層部に報告する数字を作るときに管理会計の担当者を呼んでいる。一緒に作る。
なんだけど、いざ経営陣の前で発表するってなると、途端に管理会計の担当者と距離を置く。
説明しにくい数字に話が及ぶと、それを会計の計算の問題にして、俺知らないよ、会計の人間に説明させよう。
会議の出席者全員が管理会計の担当者の方を向いて、数字の説明に時間がかかって、そうこうしているうちに現場で何が起こったかって話が流れていってしまう。
このね、茶読論文に担当者の言葉が載ってるんですけども、どんな言葉かというと、我々は管理会計の担当者ですね。
現場のマネージャーの代わりに殴られるためにそこにいる。
生贄とまで書いてます。スケープ号と。
これがモラレスとランバーとの結論ね。
管理会計の担当者が現場の管理者と一緒にいる時間の長さっていうのは、その場で彼らが果たしている役割について何の指標にもならないと。
意思決定権者に呼ばれました、一緒に数字も作りました、でもその役割ってのは生贄だったって話です。
これをフランスの会社、一つの会社ね、4ヶ月だけ見た記録、それがそのまま日本の会社に当てはまるか、日本の組織に当てはまるかって、そうは言わないです。
ただ思い当たる節はあるんじゃないかと思うんですよね。
ということで、管理士とモラレスとランバーとの論文をご紹介しましたが、ちょっと整理しましょう。
管理士、信頼を積んでも罪にならないだけであって、止めることはできないよって言ってる。
モラレスとランバーと、意思決定権者に呼ばれたとしても役割があるかどうかは別なんだぜって話。
で、振り返って思ったんですよ。で、僕が研修とか講義とかでメインで喋ったのは、なんかこの2つだったんですよね。
信頼の積み方とか、呼ばれるようになる技術っていう。もちろんこれがなければその先にはいけないんだけど、これで全てにしてはいけない。
で、ここからは僕の解釈です。
意思決定権者に呼ばれることは、FP&Aの人間にとってとっても大事だと思います。これはね、揺るがない。
以前もお話ししましたけど、ファイナンス組織の進化って3段階あると僕は思っていて、
第1段階目、まずはレポーティングを自動化する、正確にする、高度化する。で、第2段階目、インサイトを出す。で、意味のある示唆を出す。
この1段目、2段目っていうのは、自分たちの努力で何とでもなる。FP&A組織が頑張れば何とでもなる。
ただ、最後に行き着くところ、3段階目。意思決定のコーオーナー、共同の当事者になりましょう。
これは自分たちが頑張ったとしても決められない。相手に招かれることだから。相手に招かれないとそういう状態にならないわけですよ。
招かれるためには信頼がいる。だから信頼を作りましょう。このロジックは僕は間違ってないと思ってるんですよ。
ただ、呼ばれること自体を目的にしてしまうとどうなってしまうか。意思決定の場で社長にそれはやめましょうって言った瞬間に、呼ばれなくなっちゃうんです。
だから言えないんです。目的はそこに置いちゃいけないんですよね。
先ほどね、モライスとランバートの論文をご紹介しました。この論文の中にもう一つポイントがあって、認められたいという気持ちは数字そのものを変えてしまう。
説明しにくい方向になりそうな時に一部の数字を消して説明できる数字の方を選ぶ。呼ばれることを目的にしちゃうと出す数字まで変わっちゃうんですよね。本末転倒じゃないですか。
呼ばれることは目的じゃない、手段。じゃあ目的って何なの?これがね、僕がこの数週間考えていた問いです。目的、FP&Aの存在意義と言ってもいいかもわからない。
FP&Aの目的、FP&Aの存在意義は意思決定権者を勝たせることと僕は思っています。止めるためにいるんじゃないんですよね。
正しいことを言うためにいるわけでもないわけですよ。勝たせる。もちろんコンプラの問題は別ですよ。あれは止めなきゃいけない。体を張ってでも止めなきゃいけない。
ただ今しているのは事業判断の話ね。身も蓋もないかもわかんないけど、事業判断は止めることはできないと思ってるんですよ。
撤退の基準を作った会社がその基準の方を撤廃したっていう、そんな例があるんですよね。撤退基準を持たない上場企業は7割超えるっていう調査データもあります。
以前お話しした学術研究の中でも、実験の中でもね、人が反対したから止まるってことはなかったわけですよ。
で、多くの場合止めた人は追い出されちゃうわけ。僕の経験上もピアンド映画社長の言うことを止めてそれで止まったケースなんて見たことないです。
僕自身も止めたことない。止めようとして追い出されたことはあるけど、止まったことはない。厳密に言うと止まったことはありますよ。止まることもあります。
ただそれはもっともっと早い段階の状態ですよね。また生贄の状態、アイデアの状態、お金も人もかかってない状態。
その時にこの前提だったら危ないよねとか、こういうようなシナリオの元だとこういうような柔軟性持っといた方がいいよねという話は大いにウェルカムだと思うし、それによって方向性が変わるってことはある。
120億投資した海外案件のケーススタディの例というのはその生贄状態だったわけですよ。だから選択肢の議論ができたんだよね。
だけど業界パイオニアの数千億のケース、ほぼ全て決まり尽くして最後の最後の局面まで来たらもう止まんないです。
止めることを仕事にすると間に合わないことの方が普通なんじゃないかなと思いますよね。改めて意思決定権者、勝たせるってのはどういうことか。
私の主観です。大いに異論反論、大歓迎。社長の言っていることに対してゴーサイン出すことです。
ただ外したとしても大こけしない、安全な形でゴーサインを出す。ギャンブルにさせない。一方でやりたいだけにもさせない。
読めないんだったら読めるようにしたらいい。戻れないんだったら戻れるようにする。そういう構図を作る。
例えば小さく始めて確認して先行き読めるようにして大きく展開するとかね。
海外案件一発で自分たちでやるんじゃなくて合弁で始めて手柄100%にならないけどその人は小さくできる。
いざとなったら引き返せるように条件先に書いておく。
ファイナンスにはリアルオプションって考え方があって40年前からこの考え方あるわけですよ。
今日は詳細は話しませんけどずっと言われたことなんですよね。こういうものを駆使できるはずなんですよ。
どこまでだったら大けがしないのか。それを会計を武器にして数字で決める。いくらまでだったら耐えられるのか。
売上がどこまで減ったら資金繰りに影響するのか。どうなったらキャッシュ尽きちゃうのか。
多くの意思決定権者はそこまで精緻に手を動かして計算してないですよね。
他にもやらなきゃいけないこといっぱいあるし。だからこれは我々にしかできない仕事なんですよ。
FP&Aがやるべき仕事。
やめましょうっていうよりこうなったらいけますよって数字で決めるっていう。
これね難しいですよ。難しい。けど難しいと言って逃げない。
ふと思い出したことがあるんですよ。僕が以前CFOやった時に使えていたCEOから言われた言葉。
優れたCFOがいるとどこまでアクセル踏んでいいかがわかるっていう。
結構これ僕大事にしてて。ラリーカーのコーパイロットのようなものですよね。
隣に座ってナビシート持って、どこはアクセル踏んでよくって、どこはブレーキ踏まなきゃいけないか教えてくれる。
この人がいるから思いっきりアクセルぶっぱなせるわけですよ。止めるのは仕事じゃないんですよね。
どこで止めるか先に決めて踏ませるのは仕事だから。
別にこれは投資だけの話じゃないですよ。ダッシュボードの回では何が起こったら誰が何を判断するのか先に設計しましょうって言いました。
予算の回では数字を握る前に前提握っておきましょうって話をしました。
あれ全部選択肢を残しておく話だと今になって思うんですよね。
このFP&Aインサイトでずっと同じことを言ってきたような気がします。
意思決定権者の判断を否定するんじゃなくて、やめましょうじゃなくてやりましょう。
ただこういう段取りでやりませんか。こうなったらこうしましょう。ああなったらこうしましょう。
だから今アクセル思いっきり踏みましょう。否定しちゃうと信頼いくらあっても問わないですよね。
相手は自分の判断じゃなくて自分自身を否定されたって受け取りかねないから。
はい、ということで整理しますね。
FP&Aの存在意義っていうのは意思決定権者を勝たせること。勝たせるために選択肢が残っているうちに呼ばれるようになる。
選択肢がなくなったらもう何もできないから呼ばれるために信頼を得ましょうと。
だから僕が研修で言ってきた、講演で言ってきた、信頼を得ましょう、呼ばれるようになりましょう。
これはこれで正しいんだけどその先があるんだと。勝たせるんだと。
一言加えると信頼を得ましょうなんだけど狙って取れるもんじゃないよと。
狙って計算しながら信頼取りに行くと相手に悟られます。
なんだこいつ俺のために言ってんじゃなくて自分のために言ってんだろう?
透けて見えちゃうんですよね。
だから狙うのは信頼じゃなくて相手の結果。
この人のやりたいことができるようになるのか。
思い描いているビジョンを達成できるのか。
信頼はそれを狙っている間に結果として染み出てくるものだというふうに思いますね。
この1回信頼が確立すると次はもうちょっと早く呼ばれる。
もうちょっと早く呼ばれればもっと大きく勝たせられる。
螺旋のように回り始める。
だから一番大変なのは1回転目なんですよ。
新人で何の信頼もない周りからはお手並み拝見って思ってて。
入社して間もない人に社長との1回転目をね回せっていうのは無理ゲーですよ。
この人だって会社辞めるわけにいかないですから。
だから個人の努力だけではなくて組織の取り組みが必要になるんだろうなと思いますね。
この番組聞いてくださっている方の中にはCFOの方もいらっしゃるんじゃないかなと思います。
そんなCFOの方に1つお願いがあります。
もし皆さんの会社にFP&Aがいて、どの段階で呼ばれているのかっていうのをぜひ確認していただきたいんですよ。
もし臨機が回り始めてから呼ばれているのであれば遅いかもしれない。
選択肢が残ってない可能性がある。
仮にそれでうまくいかなかったとしてもそのFP&Aの人間の問題じゃないと思うんですよね。
信頼を得てこいって言ったところで止まらないものは止まらないんですよ。
選択肢がない状態ではどうにもならない。
だからその人の最初の1回転目はぜひCFOの皆さんが一緒に回していただきたいんですよね。
一緒に入って隣に座って皆さんの信用をそのFP&Aの人に貸してあげてほしいなって思います。
いかがだったでしょうか。
今日ご一緒に見てきたのはですね、私自身のFP&Aの捉え方が変わっていったというお話ですね。
精度が先か信頼が先かそういう問いを立てて終始論文を書きました。
信頼の方が先なんじゃないかな。
ある種確信めいたものを持ってその信頼の作り方というものを研修とか講演とかで伝えてきた。
一言で言うと信頼を積むっていうのは目的ではなかった。
FP&Aの存在意義は意思決定権者を勝たせることだった。
勝たせるために選択肢が残っているうちに呼ばれなきゃいけない。
呼ばれるために信頼を得る。
信頼というものは勝たせるための手段であり条件だ。
だから信頼の積み方を語ってきたことは間違いだと思ってないけれども、
ただそこで終わらせちゃいけない。
大事なのは勝たせるんだっていうことですよね。
FP&Aインサイトは皆さんとの対話を通じて日本のFP&Aの土台を共に高めていくことを目指しています。
お役に立ったらフォローいただけると励みになります。
ご感想を取り上げてほしいテーマは概要欄のリンクからお寄せください。
お相手はFP&Aアーキテクトの和室大輔でした。
また次回もご一緒に。