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はい、フォーニッツ大山ラディオ、大山です。
いつもですね、東方のラディオをお聴きいただきまして、ありがとうございます。
はい、今回はですね、少しね、ゆるくちょっとお話したいなと思います。
えっとですね、私はですね、いつもTwitterとかstand.fmでね、
これから不動産を始められる方へということで、あの発信の方をね、させていただいています。
で、あのおかげさまでですね、Twitterのフォロワーさんがですね、2600名以上、
あとstand.fmでも350名以上のフォロワーさんがフォローね、私のことをしていただいているという感じですね。
で、stand.fmにつきましては400回のね、放送、400回以上放送をしてまいりました。
で、その中でですね、最近ちょっとふと思ったんですけど、
フォロワーさんね、フォローしていただいたらTwitterとか出ますけど、
ちょっとふと思ったんですけど、フォロワーさんの方がね、ほとんど不動産の投資家さん、賃貸業をやられている方、
もしくはこれから始めたい方ということで、フォローしていただいている方が非常に多いんですけど、
で、その方々のね、フォローしていただいている皆様のプロフィールとかちょっとたまに覗いてみたりすると、
これから始めたいという方が非常に多いんですよね。
で、結構いわゆる最近の言葉で言いますと、ファイヤーを目指されている方が結構いらっしゃるような気がいたします。
私がね、勤め人を退職する時点でのお話をね、今回はちょっとゆるくね、ちょっとしたいなと思います。
私はですね、不動産を始めたのは2008年からなんですけど、勤め人をね、辞めたのが2015年のちょうどですね、
11月をもって退職しましたので、丸6年がね、もうすぐ経つという感じですね。
2015年の11月いっぱいでね、勤め人を辞めました。
そこからは独立して不動産一本で生活しているという感じですね、現況を言いますと。
ただですね、辞める直前がどうだったかというのをちょっと今ふと思い返してみますと、
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不動産につきましても、そこそこの家賃収入であったり、いわゆるキャッシュフローがあって、
サラリーマンの時の給料と同等かちょっと超えたぐらいか、税引き前でですね、それぐらいのキャッシュフローだったんですね。
だから必ずしもね、よくファイヤーとかセミリタイヤーとか言われますけど、
そういうレベルの時間的な自由というのは手に入れられたかもしれませんけど、
いわゆる経済的自由かと言われると、非常に心もとない中で私は退職したんですよね。
その退職した当時を振り返りますと、前にもお話したんですけど、私の場合は不動産を買う際にアパートロンをずっと使ってきてたんですね。
アパートロンで目一杯借り切った状態で、もうこれ以上融資がつきませんと、思い切り債務調査の借り入れ方の状態になって、
この先に融資がちょっと難しいなというところで、
ちょうどですね、会社で毎年8月とか9月ぐらいにね、その部署の上司と面談をするんですけど、
たまたまね、8月だったと思うんですけど、私の上司と面談する時があって、
ほとんど思いつきでですね、会社を辞めますというような感じでね、ちょっと言った記憶があります。
理由はいろいろあるんですけど、先ほど言いましたね、借り入れがね、もうそれ以上多分難しいという話と、
当時私42歳で会社をね、勤めにも辞めたんですけど、
その2年かな、3年ぐらい前に、同じ職場の上司がね、パワハラで有名な方がいて、
そういうのでちょっとパワハラになって、自分はね、そこそこ大きい会社でしたので、
出世とかそういうのはね、もうないなっていうのがもう自分の中でわかってて、
そのパワハラに会ってから2年間ぐらいは、部署を変えていただいて、
内金をね、某建設会社のゼネコンのね、純大手のゼネコンの東京支店という、
一番ね、人数の多い職員の多い支店のね、中で内金をね、ちょっとやっておりました。2年ちょっとですね。
その中でね、非常に感じたのがやっぱり大きい組織の中で、支店にいますとね、
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私いた業界というのは建設業界というのは非常に逆ピラミッドのね、人口制でして、
実際のように私が30歳超えてもですね、下の部下がつかないぐらい、
新築の現場とかやってる時も、なかなか私の下に部下がつかないような、
そういう上の層はすごい多いんですけど、極端に若い層がね、少ないという逆ピラミッドの層で、
まさにね、その宿図がですね、その支店の中にあるんですね。
で、その当時私が40超えたぐらいだったんですけど、支店の内金に移ったのがね、
私の部下が1人か2人かいてっていう感じで、あとは私の上司ですよね、皆さんね。
そういう状況を見た時に、この先どうなるのかっていうのを考えた時に、
やっぱりこの組織の中ではね、ちょっとね、仕事も非常にやりづらかったんですね。
いわゆる中間管理職的な年代の中で、上司はたくさんいる、部下は少ない、
ちょうど中間ではあると、年齢層としてはですね。
なかなか先の将来がね、望めないなというふうにも思ってました。
それはね、私が不動産を始めた35歳の時にすでに感じてた感覚ではあるんですけど、
そこで思い切ってね、私35歳の時に始めた時には、45歳の時には独立しようと目標を立てて、
それで部署をいろいろ変えてもらって、この会社でね、
すべて建築に関して学べるものは全部ね、習得して独立しようというふうに思ってましたけど、
結果そういうところもありまして、42歳の時に退職したんですね。
先ほど言いましたように、経済的自由化というと収入的にはね、まだまだ少なくてということで、
最初の独立して2年間ぐらいはね、民泊をやろうかとかですね。
あとは廃墟不動産投資ってね、村上由翔さんがやられてるやつありますよね。
転代のね、空き家を転代にしてというやつとか、いろいろ取り組もうと思ったんですよね。
あと子立てを取得してとか、現金で買ってとか、借り入れが難しいということで、そういうこともちょっと考えたりしたんですけど、
何分ちょっと性格的にね、ちょっと合わないというか、
いっぺんにガサッとやりたい、ちょっと面倒くさがり屋というかそういう部分がありまして、
結局ね、物にならず2年ぐらいはね、ちょっと瞑想したんですけど、
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今から4年ぐらい前にね、再生物件をちょっとやるようになって、
そこからね、だいぶちょっと風向きも変わってきたかなという感じですよね。
今はね、独立して6年になりますけど、
私が会社をですね、勤めを辞めた時というのが、
実は今19歳の長男が中学1年生だったんですね。
で、今中学3年生の次男が小学校の3年生ということで、
まだまだね、息子2人いて、これからお金もかかる時期ということで、
非常にね、大きな不安がありました。
それとね、不動産だけということで、
私、中古の物件ばかり買ってましたので、何か大きな修繕とかね、
機械類とかそういうものが壊れると一気にね、大きな出費があって、
想定通りの収入が得られないということも想定できましたので、
非常にね、やっぱり不安でしたよね。
そういう思いが非常にね、私の場合にはありました。
おかげさまでね、今は上野長男が19歳になりまして、
あと1年経ったら就職をしてということになりますので、ある意味手が離れて、
次男もね、今中学3年生で、来年の春から高校生ということで、
ひとつね、少し子育てもね、一段落したような、
ちょっと少しね、全部終わってませんけど、肩の荷が少し気分的に降りたような感じはありますけど、
そういう感じでしたかね。
そういった感じでね、不安を持ちながら独立したんですね。
そのことをね、ちょっとふとフォローしていただいている皆様の
ツイッターとかを少しチラッと見た中で、
そういえば独立した当時って自分ってそういうことを考えていたな、
そういう気持ちだったよなとかいうことをちょっと思い出しましたので、
今回はね、こういう放送をちょっと雑貫というかですね、
思うがままにちょっとね、お話しさせていただきました。
特に何が伝えたいとか、そういうことはありませんけれども、
今となってみればね、ちょっと私が思うのは、
42歳で私独立したんですけど、逆に言うとその年代でね、
私独立してよかったのかなというふうに今思っています。
今私、今年49歳になるんですけど、
やっぱり今の年になって独立というよりは、やっぱり若くて独立して、
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いろんなそういう再生物件とかも取り組んだりとかですね、
そういうことで、あとやっぱり子供が小さい時にね、
一緒に自分なんかサッカーを子供たちと一緒に
少年サッカーとかでもやってましたので、
時間を共有できたのはよかったのかなというふうに今では思っていますね。
これも不動産のおかげかなということで、
非常に感謝している部分と、
これから不動産を始められる方に向けて、
いつも私は発信させていただいていますけど、
そういう意味もあって、これから始められる方には、
私みたいな遠回りをするのではなくて、
失敗をしないのはもちろんですけど、
より安全に、そういった形で不動産経営がうまくいくように
ということで、毎日私の方は発信をさせていただいております。
今日はちょっとだらだら話してしまいましたけども、
いつも東方のレディオをお聞きいただきましてありがとうございます。
それでは今回はこちらの方で失礼します。ありがとうございました。